フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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ズーラーノーン -2

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 帝国。歌う林檎亭。

 

「では、こちらが今月分のお給金です。お収めください」

「はい──確かに。ありがとうございます、ジャイムスさん」 

 

 グリンガム──帝国のワーカー“ヘビーマッシャー”を率いる小男は、受け取った金券板を懐へ大切に収める。

 宿を立ち去っていく皴の多いご老人は、ワーカー相手だろうと礼儀正しく、よい年の取り方をとった背中をしていた。

 グリンガムは成り行きを見守っていた仲間たちに振り返る。

 

「おっし、今日は飲むぞ!」

「“今日も”の間違いだろ?」

 

 グリンガムを含む十四人のワーカーたちは、一斉に笑みを浮かべた。

 今月の給料日は歌う林檎亭──ここを去った、とあるワーカーチームの拠点のように使っていた宿の酒場で、飲み明かすと決めていた。

 ひと月に一度の乱痴気騒ぎ。

 皆が羽目を外し、バカ話に花を咲かせ、日頃の憂さを大いにはらす。

 

「ったく、人使い荒かったぜ、今月のご当主様は」

「愚痴れ愚痴れ。んで忘れろ。一応大事な、俺らの雇い主様だからな」

「バカ野郎。言葉に気をつけろ。相手は国の大貴族様だ。騎士連中に連行されても知らんぞ?」

「へいへーい」

「まぁ、いまの帝国で、騎士や貴族にそこまでの権力があるかどうか」

「言うなって。魔導国の属国になったんだから、まぁ……やむなしだろ?」

 

 とある地下墳墓──未知の遺跡探索の依頼を蹴った直後、グリンガムたちに舞い込んだ仕事は、帝国のとある大貴族が治める領地で出没した、厄介極まるモンスター退治であった。

 なかなかに手ごわい相手ではあったが、その依頼を“ヘビーマッシャー”は完全にこなした。そんなチームを気に入ってくれたご当主に贔屓される形で、今もいろいろと便利にこき使われている。

 場合によっては、貴族の屋敷の警護につくこともあったのだが……実は、とある理由で騎士が減り、代わりに帝国内にアンデッドモンスターが蔓延(はびこ)り始めたので、万が一の対抗策として──という感じ。

 しかし、恐れていたようなアンデッドの暴走はなく、こうして定期的な報酬をいただけるのだから、実入りの少ないワーカー稼業としては大成功としか言えない。

 この業界、依頼してくる相手次第で、いつ危うい状況に追い込まれるかもわからない。そんな中でグシモンド家の当主は、そういった不義理な貴族という印象からは無縁な人物であった。

 

「ま、いいご当主だよ。グシモンドの旦那は」

「ああいう貴族ばかりならな……世の中も平和になるんだが」

「ああ。一家全員そろって、俺らみたいな下々にもお優しい限りだ」

「ご令嬢は帝国魔法学院の生徒会長なんだろ?」

「フリアーネ嬢か?」

「そうそう」

 

 酒精の香る雑談は、なんやかんやで先ほど給金を届けてくれた執事の老人に向けられる。

 

「ジャイムスさん。あの人、もとは別の貴族家に仕えていた執事さんでしょ? なのに、もう給金の支払いを担当していいんすかね?」

「ああ。ちょうどあの御屋敷の財政管理をしていた執事長──家令(ハウススチュアード)さんが、高齢と急病を理由に半ば引退したからな」

 

 ジャイムスはその後釜として抜擢されたという。

 

「でも、ジャイムスさんも結構、お年じゃ?」

「確かに」

「なんでも、以前まで仕えていた屋敷でも、それなりに財務関係をこなしてたらしい」

「なもんだから。若い連中にやらせるよりも、早くて正確なんだと」

「へぇ」

「あの人も大変ですね。聞いた話だと、前に仕えていた御屋敷、他の使用人たちと一緒に一斉解雇されたって」

「え、それ、事前告知とかもなしに?」

「いいや。告知はなかったというか、なんとなくジャイムスさんも含めて、全員が前から準備はしていたから、そこまで混乱はなかったとかなんとか」

「前から準備?」

「貴族様が破産するのを予知してたってか?」

「いいや。どうもその貴族様、皇帝陛下即位直後の粛正事件で没落して、なのに貴族としての生活を続けるバカだったらしい。その家のお嬢様と一緒に、バカ当主の作る借金の計算をこなしてたおかげで、金勘定には強くなったようだと」

 

 ご当主から聞いたというグリンガムの主張に、仲間たちは眉をひそめた。

 

「はぁぁ?」

「なんだそれ?」

「そんなのがいるのかよ?」

「貴族にも変わったやつがいるねぇ。そんなことして何になるんだ?」

「さぁな?」

「にしても、そんな家から解雇された割には、大貴族のいいトコロに再雇用されてるよな?」

「コネか?」

「貴族の使用人なんだから、たいていはそういう感じになるって」

「だな。紹介状もなしにやってきたやつを雇用する貴族なんて、いねぇわな」

「そのコネっていうの。なんでも、仕えていた貴族家のお嬢さんが使用人衆を即日解雇する時に、学院の友人だったっていう大貴族(グシモンド)のお嬢さん──フリアーネさま宛に一筆、紹介状を残してあげてたらしい。『信頼に足る使用人たちなので、可能であれば雇い入れて欲しい』ってな」

「ん。待てよグリンガム……お嬢さんが、使用人を解雇したのか?」

「それ気になった。普通、当主とかが解雇手続きするんじゃ?」

「んまぁ……何か事情があったんだろう。詳しくは知らんが」

「没落したくせに貴族を名乗る変人みたいだからな……そのお嬢さんが屋敷の一切だのなんだのを仕切っていても、不思議じゃないかもな」

 

 当然、グリンガムたちは知る由もない。

 自分たちがよく知る元ワーカーチーム、その中の一人が元貴族のご令嬢だと知るわけがなかった。 

 そもそもにおいて、フォーサイト……ヘッケランたちチームメイトですら、一人の少女の家の事情を知ったのは、例の依頼を不受理と決めた時だったのだから。

 

「よーし、皆おつかれ! 明日からも頼むぞ!」

 

 名目上の月一の宴会をちょうどよい頃合いで切り上げたグリンガム。

 夢の世界で寝言をこぼす戦士をグリンガムと盗賊が脇から支え、飲みすぎて顔の蒼い魔術師(ウィザード)を神官がしょうがなしに〈毒治癒(キュア・ポイズン)〉で回復させる。他にも千鳥足の仲間を追いかけて、逆に自分が盛大に足をつっかける者も。

 だが次の瞬間、ヘビーマッシャー全員が身を強張(こわば)らせた。

 

「おっと」

 

 夜の帝都を、重く厚い足音が行脚(あんぎゃ)する。

 その音を聞いた途端、全員の意識が畏怖で硬直した。

 寝ていた戦士も、嘔吐していた魔術師も、もれなく全員起立させられるほどの威圧感(プレッシャー)

 その原因は、大通りを進む漆黒の巨躯……魔導王の支配下にあるというアンデッド……死の騎士(デス・ナイト)だ。

 魔導国の属国となったことで、帝国内でも骸骨(スケルトン)死の騎士(デス・ナイト)などの労働力が、24時間体制で稼働し続けているのを見るようになって久しい。

 帝都の大通りを警邏する魔導国のシモベを、十四人のワーカーは他の通行人と同様、通りの隅で四角くなる思いでやり過ごした。

 

「……いいかげん、慣れたいところだが、夜に出くわすと恐ろしいことこの上ない」

「だな」

 

 見れば、仲間たちも苦笑することで同意を示す。

 昼明かりの下で見る分には慣れたものだが、夜闇の中でアンデッドのモンスターと遭遇するのは、心臓にとてもよろしくなかった。

 しかも、不死者たちの警邏隊は、割と大量に闊歩(かっぽ)している。

 これが宗主国の魔導国では普通になっているというのだから、素直に驚愕するしかない。

 噂に聞く魔法の街灯というものが、この帝都でも盛大に流行するのを、願わずにはいられなかった。

 そして、ふと思う。

 

「……フォーサイトは、ヘッケランたちは、どうしていることやら」

 

 ワーカーを辞め、魔導国で冒険者になるべく、この帝都を去った知人たち。

 グリンガムは、危険だったと判明した依頼を回避させてくれた元ご同業たちの行く末を、それなりに案じながら帰路に就いた。

 

 

 

 ・

 

 

 

 王国。エ・アセナル。

 

「す……すごい」

 

 絶句するイビルアイが見つめる先で、それは起こっている。

 王都で垣間見た、ヤルダバオトと英雄の正面衝突……あの光景を彷彿とさせる、純粋な力と力の拮抗する様。

 しかし、そんな膠着状態に綻びが生じ始めた。

 飛行する冒険者(トンボ)の隣に佇み、ナーベは頭の中で時を数える。

 20秒ごとに強度を増していく、役者の姿を見守りながら──

 そして、

 100秒が経過。

 

「これで──“35”」

 

 モモンの宣告。

 ただの数字のようでいて、その意味を推し量ることができる者は、この世界では限られている。

 アダマンタイト・ゴーレムが、モモンの一撃──鉄槌打ちのごとき上段からの剣撃により、建物の中心へ吹き飛ばされた。

 ゴーレムは見事に壁面に着地するが、即、モモンの神速から繰り出される追撃で宙を舞う。

 それでもまだ、ゴーレムの攻勢の方が上だと思われた。

 再追撃をかけるモモンの一閃に腕を絡め、合気道じみた鬼姫の手腕で投げ飛ばす。

 が、モモンは体勢を崩すことなく、ゴーレムの絡め手を受け流しながら大地に着地。ゴーレムの一刀をルーン剣の刃で受け流す。激突と移動、攻撃と防御が入り乱れ交錯していく両者。

 さらに100秒経過。

 

「“40”」

 

 鋼が砕ける音色と反射光がパラパラと降り注ぐ。

 砕けたのは、細身かつ巨大な鬼の金棒。

 砕いたのは、英雄の握るルーン武器──金属の大塊を砕くにはふさわしくないはずの、片手剣。

 感情のないアダマンタイト・ゴーレムは怯むことなく、腰に佩いた脇差……小刀を左手に抜きはらって構えた。

 さらに100秒経過。 

 

「“45”」

 

 ゴーレムの“刀”が、モモンの振るう一太刀に耐え切れず、半ばのところで砕け折れた。

 切るというよりも、ほとんど粉砕するような威力がなせる(わざ)

 ゴーレムは立て続けに打ち込まれるモモンの蹴り足を、鎧の右腕部で防いだ。が、その防御行動によって、腕の関節が変な方向に捻じ曲がった。人間であれば重傷という容態にも一切頓着することなく、鬼の姫は片腕に残る小刀でモモンを攻め立て、斬り結ぶ。その小刀は、アダマンタイト以上の金属が使用されていたが、モモンの攻勢を受け止めきれる代物ではなく──

 さらに100秒が経過。 

 

「“50”だ」

 

 ついに。

 アダマンタイト・ゴーレムの両腕が、砕けた。

 モモンの大剣とルーンの剣が、鬼の姫の基礎構造部──腕の強化金属骨格を粉微塵に破壊。

 その余波を受けてゴーレムの顔……鬼の美しい仮面がひび割れ、頭の上の重厚な兜までも割れ落ちていく。

 敵の人工物はめくれ上がった大地の上で項垂れ、ついに沈黙を余儀なくされた。

 

「────勝負あった、かな?」

 

 漆黒の英雄は、飛行し続けるゴーレム使いへと振り返る。

 そこにある表情──相も変わらず無機的な少年の無表情は、汗ひとつ流れ落ちていない。

 これほどの状況で、よくもあれほど余裕でいられるものだと、パンドラズ・アクターは素直に感心すら覚える。

 武装を失ったアダマンタイト・ゴーレムは両膝を屈し、戦闘能力は皆無に近い。

 

「まだ続けるか? ズーラーノーンのゴーレム使い」

「──ああ、続けるとも」

 

 剣を向けるパンドラズ・アクターの短い降伏勧告に対し、少年は堅固な意志を表明する。

 

「“まだ”だ──まだ、我が試しは終わっていない」

「強情な。疑い深いにもほどがある」

「それに」

 

 天高く舞う少年は、ニコリともせずに告げる。  

 

「まだ負けてはおらん──なぁ、双子(ソオコ)

 

 膝を屈していたゴーレム、その名前。

 それが(キー)であったかのように、ゴーレムの胸部が、ガシャリと開く。 

 夜闇を煌々と切り裂く光──アダマンタイト・ゴーレムの(コア)部分が、露出。

 完全に意表を突かれた。何をする気だという問答の暇もない。

 瞬間、鬼の姫が脚だけでモモンの胴体にとびかかり、無事な両足で英雄の身体をガッチリと確保。

 さらに、ゴーレムの背中──飾り毛の長髪に隠された部位から、予備の「腕」が現れ、モモンと熱い抱擁を交わす形に。

 見つめ合う両者の胸が、完全に重なり合う距離──ゴーレムの動力炉が、尋常でない光量と駆動音をこぼすこと、二秒。

 

 すべてが光に包まれた。

 

 人の身長どころか、付近の建物をも飲み込んでいく、光。

 衝撃の大爆音が、都市の街区を跡形もなく吹き飛ばした。

 

「ば、バカ、な──」

 

 モモンの助勢に馳せ参じながらも、趨勢を見守ることしか許されなかったイビルアイが、かすれ声をこぼす。

 敵の最後にして最悪の反撃に、臓腑が凍えるような思いを懐いた。

 

「……じ、自爆、だと」

 

 その威力は、〈大絶叫(グレーター・シャウト)〉と呼ばれる魔法にも匹敵する被害をもたらした。

 エ・アセナルの都──評議国と隣接する位置にある都市は、漆黒の英雄とズーラーノーンの激突により、向こう数年は再建不能なほどの惨状に見舞われた。

 離れた位置にいたイビルアイとナーベは無事に済んだが、あの至近距離……ゴーレムの最後の攻撃に組み付かれた、モモンは──

 

「モ、モモン様!」

「落ち着きなさい」

 

〈飛行〉で急降下しようとするアダマンタイト級冒険者の襟首を、漆黒の美姫が掴んで制する。

 絶望に捕らわれた声音で、イビルアイは足掻いた。

 

「は、離せッ! モモン様が──モモン様がァ!!」

「落ち着けと言っているのです……よく見なさい」

 

 ナーベの静かすぎる声に、イビルアイは氷水をかぶったように大人しくなる。

 じっと目を凝らす。

 爆裂の衝撃が静まり、破壊の轟音が鳴りを潜めていく中心──

 そこに聳える英雄が、いる。

 

「モモン様!」

 

 歓喜と祝福、賛辞と熱情に濡れた声。

 高熱に炙られた都市の中心──火山の噴火口か、巨大な溶鉱炉のごとき様相を呈する大破壊の底で、モモンは平然と歩を刻んだ。

 

「ふむ。危なかった──瞬時に防御のアイテムを起動させたおかげで、難を逃れられた」

 

 軽い口調で語るパンドラズ・アクター。

 事実として、彼が握っていた武装たる剣は、両方とも破壊に耐え切れず焼滅を余儀なくされていた。それほどの大破壊力が、あの一瞬で解き放たれていた。

 無論、彼本来のステータスや装備品であれば、あの程度の自爆攻撃で危険などあるわけがないだろうが、モモン状態という制約を考えると、レベル50の状態では危険な威力を、ゼロ距離でブチ込まれかけたのだ。おまけに、あのゴーレムの予備腕に仕込まれていた魔法のアイテムは、相手の拘束耐性──〈自由(フリーダム)〉などの魔法を貫通して、確実に獲物を捕縛するためのもの。たとえ、耐性解除を〈解除〉する魔法をこちらが発動させても、その一瞬のスキで、相手の行使できる防御手段を少なくさせるという意図は明白であった。

 しかし、そこはナザリックが誇る三大智者。

 アインズから与えられていた数あるアイテムの中で、一秒で拘束を解除し、一秒で爆撃や破壊──炎属性を無効化するものを取り出し起動させる程度の芸当は、簡単にこなせる作業であった。 

 

「これで、私の勝ちということでいいのだな?」

 

 パンドラズ・アクター……モモンは問いかける。

 

「お見事」

 

 自爆したゴーレムの残骸──飛び散った鬼姫の(コア)を空中で掴み、己の額にあてる少年。

 残骸を懐にしまったトオムは、ようやく観念したという声音を送る。拍手を三回ほど打ち鳴らすさまは、さながら演劇を鑑賞し終えた観客という風情だ。

 

「これで確信を得た──あなた方は、確かに、我が力を超える領域に住まう存在のようだ」

 

 爆心地から歩み出る漆黒の英雄に対し、少年は〈飛行〉を解除して大地に降り立つ。

 そして、(うやうや)しく片膝をついた。

 

「これまでの非礼を詫びよう、魔導国の最高位冒険者殿」

 

 ズーラーノーンの最高幹部、十二高弟の一人が、完全に敗北を認めた。

 しかし、モモンは事務的に問いかける。

 

「ふむ……これだけのことをして、詫びの一つで済ませようと?」

 

 邪神教団によって引き起こされた動乱。

 破壊された都市の再建にかかるだろう費用と人員。

 エ・アセナルで散っていった王国軍兵士の数は、二桁で済むような勘定ではなかった。

 

「魔導国の王は〈蘇生〉の力を有しているはず。ならば、此度の戦争で死んでいった方たちへの保証──蘇生費用は、全面的に私が賠償するとしよう」 

 

 まぁ時間はかかるかもしれぬが、と少年は快活に告げる。

 そんな淀みのない主張に対し、漆黒の英雄は首を傾げた。

 

「あまりにも思い切りが良いというか──最初からそのつもりだったので?」

「いいや。ただ、こうなることも見越していたのは事実。わざわざ貴殿らが急襲をかけてきた邪神教団のアジト──そこからの救援要請を受け、〈転移〉のアイテムを使って、私はこの都市にやってきたのだ」

「──では、あなたが、この都市(エ・アセナル)に来たのは」

「本来の計画……副盟主の発動した今回の作戦に即してはいる。もっとも、ここから先は、私の個人的な目的に過ぎん」

 

 立ち上がってトオムは語る。

 

「先ほどの問いに答えよう。私が貴殿を試した本意は、『私の望みを叶えるため』と」

「ああ、そう言っていたな」

「そこで貴殿らの力──魔導国の総力を見込んで、頼みがある」

「頼み、ですか」

 

 パンドラズ・アクターは少年に挙動に注意を払いつつ、先を促した。

 そして、聞く。

 

「私は、ズーラーノーンを裏切る」

 

 そのために、ここへ来たという、トオム。

 ガラスのような瞳には、断固とした意思決定の色しか見受けられない。

 最高幹部たる十二高弟でありながらも、少年は揺るぎない意志のもとで、英雄モモンに頼み込む。 

 

「そうして、私を魔導国の幕下に加え、我がゴーレム制作技術を、魔導国の王の名のもとに“保護”してほしい」

 

 保護。

 その単語に、パンドラズ・アクターは即応した。

 

「つまり、君は──貴方の望みは」

「私と、私の技術を、魔導国の保護下に加えてほしい、という話だ」

 

 なるほど、とパンドラズ・アクターは納得する。

 

「そのために、君は、魔導国の力を試そうと……それで私と戦ったと?」

「その通り。試さなければならなかった。私程度の力に屈する者や国に、私の培ってきた技術は、預けられそうにないのでな。だが、魔導国そのものへと攻撃を仕掛けるというのは、些か以上に無粋。そこで、私は魔導国の最高位冒険者たる貴殿を試すことで、その力が偽りのないものであるという確証を得たかった。エ・ランテルを支配した魔導王陛下と対峙した貴殿の力を試せば、畢竟(ひっきょう)、魔導王の実力を推し量れるはず」

「なるほど」

「ちょうどこの時に──ズーラーノーンが大々的に動く今であれば、確実に“漆黒の英雄”は動く。加えて、組織が動いている今であるからこそ、私が軍勢を動かしても特に怪しまれることはない──副盟主の計画で、漆黒の英雄たる貴殿を抑える役回りを得ていたからな」

「ふむ。ゴーレムたちを使って、王国軍と蒼の薔薇と交戦したのは、私をおびき出すために?」

「いかにも。この状況を無視して看過するようなものでは、“英雄”などと褒めそやされるはずがないからな」

「確かに」

 

 理に適っている。

 パンドラズ・アクターは続けざまに疑問をぶつけていく。

 

「君がズーラーノーンにいたのも、自分の研究を護るために?」

「無論。我がアニマル・ゴーレム……鳥や獣などに擬態した動像(ゴーレム)による諜報活動を提供しつつ、私のゴーレム研究に必要な資金や物資を提供させていた……だが、それも近年では、あまり望ましい支援を受けられなくなってな。ここ一年、半年は特に酷い……財務担当のジュードの奴め、再三にわたって予算の交渉を呼びかけたが、結局顔も合わせなんだ」

「なるほど」

 

 ナザリック地下大墳墓──かの地の財務を取り仕切る領域守護者は、役者に徹した(・・・・・・)

 トオムは語り続ける。

 

「我がゴーレムたちは、維持費用こそ掛からぬが、作り上げるまでに必要な材料費や工房の稼働燃料費など──初期投資は莫大な資金を必要とする。……まったく。なにが『現有戦力だけで十分』だ。五年前からケチな財務担当だと思っていたが、これほどのドケチは奴が初めてだ。がっぽり稼ぐ闇金融部門などを掌握しているくせに、どんだけ己の懐にしまい込んでいるのやら。こっちに回す金があれっぽっちでは、新たな研究がまったくできんではないか。帝国が魔導国の属国となってからは、特に縛りがキツすぎたぞ?」

 

 無表情ながらも立腹し、怒りを露わにする少年の様子に、パンドラズ・アクターは微笑を隠しながら理解の意を示す。

 

「そちらの事情は理解しました。つまり、あなたはルーンなどの技術を保護・復興している魔導国と王に、ゴーレム研究の活路を見出した、と?」

「いかにも、その通り。このままズーラーノーンの席に収まっていても、私の大事な研究が失われてしまう可能性があったのだ。私の唯一の望みは、我がゴーレムの開発と研究を継続し行い得るための環境を整えること。それだけだ」

「ほう、その研究というのは無論、魔導国の発展に『寄与』していただけるもので?」

 

 そこが一番大事なポイントだ。

 この、400年を生きるという少年の技術、研究、知識……それを掌握することが、最も望ましい結末と言える。

 まさに、アインズ・ウール・ゴウン魔導王──パンドラズ・アクターの創造主が望む答えを、トオムは首肯という形で確約してきた。

 

「ああ無論だ。

 我が研究を行うために、魔導国と魔導王陛下のお力添えをいただければ、いくらでも私のゴーレムたちが、貴殿らを助力するとも」

「ふふ──ええ、いいでしょう!」

 

 パンドラズ・アクター……モモンは大きく頷いた。

 

「では、先ほどの王国軍の蘇生費用賠償の件は、こちらで工面いたしましょう」

「なに? しかし」

「君の研究と技術力を招聘するための対価と考えれば、あまりにも安い出費だ」

「それは重畳(ちょうじょう)

 

 無表情に微笑んでいるらしいトオム。

 彼は知らなくて当然だが。

 (トオム)を裏切らせたのは、間違いなく魔導国の──“ナザリックの仕業に他ならないのだ”。

 

「私に与えられた権限により、あなたを、魔導国の保護観察下に加え、然る後に、アインズさ──魔導王陛下と引き合わせると確約いたします」

「確約、感謝する。ありがとう、モモン殿。では早速、ッ────、?」

 

 トオムの声が途切れた。

 どうしたと声をあげる間もなかった。

 

「な…………に?」

 

 呟く少年の口から、疑問の言葉が吹きこぼれる。

 苦い声を吐くトオムの中心──胸と腹が、背後から伸びた白い槍のようなもので、背後から貫かれていた。

 ──槍というのとは違う。

 それは、もっと原始的なモノ。

 巨大な動物の、モンスターの、二本指──二本の爪──あるいは、骨。

 

 

 

「やはり、な」

 

 

 

 トオムではない声。

 少年の背後から強襲をかけた、巨大な影。

 朽ちて砕けた皮と鱗。腐って剥がれ落ちかけている肉と臓腑。白濁しきった右目。外へとこぼれおちた左目。腐った腕や脚や翼や尾は、ところどころが白骨化している。ありし日の勇壮な姿──幾百年を生きてきただろう巨躯を見事なまでに醜く(けが)して変質させた、不死を誇るモンスターの一種。

 

「ぎ、()(ざま)ッ、!」

 

 ギギギと痙攣する体を振り向かせた褐色銀髪の少年が見たものは、腐臭と腐肉と、腐敗の瘴気を身に纏った、竜の亡骸(なきがら)

 そのモンスターの名は、ドラゴン・ゾンビ。

 推定レベルは、竜の生前のそれを考慮すると、おそらく50前後。ゾンビ化──アンデッド化によって獲得したレベルも加算するなら、下手すればナーベラル以上の領域にあるやも知れぬ、強大なモンスターだ。

 ……パンドラズ・アクターですら反応が遅れた理由は、〈転移〉の魔法による速攻手段を使われた上に、それが自分へと振り向けられた攻撃ではなかったから。

 そんなモンスターに騎乗する“敵”は、哀惜に濡れ潤んだ声音で、糾弾する。

 

「危惧していた通りだ……悲しいな、我が同胞よ。

 誇り高き我らズーラーノーンをこうも簡単に(だま)し、(たばか)り、裏切ってくれるとは」

 

 黒衣のローブに頭から全身を包む男。

 その両手に抱えるものは、紫紺に明滅する“死の大水晶”。

 腐って崩れかけた竜の頭部に降り立つ人影の正体と名を、トオムは当然知っている。

 

 

「副、盟、主、……!」

 

 

 裏切り者たる少年は、率直な疑念を吐き落としていた。

 

「きさま、何故、ここに──計画、では、城、籠って、る、と!」

「ふふ。今のおまえに、それを教える理由がどこにあるのだ?」

「ッ、それも、そ、か、ヅ、ぐゥァ!」

 

 ドラゴンゾンビの骨の指先二本が、細い少年の身体の中心で、突き入れられた鋏か──拷問機械のごとく、開く。ビリビリと引き裂かれ始めていく肉体の悲鳴と共に、トオムは骨の指をつかんで必死の抵抗を試みたが──

 

 

「おまえはもう不要だ」

 

 

 副盟主の微笑と宣告。

 ズーラーノーンのゴーレム使い──トオムは、胴体を完全に両断され、引きちぎられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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