ズーラーノーン・十二高弟の情報については、オリジナル設定が登場します。
41
・
死の城。奴隷詰所。
十二高弟との戦闘を始めたヘッケランとロバーデイク、カジットたちの背後で。
「フフッ──それじゃあ、遊びましょうか」
幼い高音。
同じ十二高弟たる幼女は、薄桃色の前髪を揺らして、前進。
それは、散歩に興じる貴族の令嬢を彷彿とさせる速度。
だが、その黒い笑みのプレッシャーは、ヘッケランたちが相手取る“
接近されれば死。
そんなイメージしか湧いてこない。
「近づけさせるナ!」
即応するクレマンティーヌ。
彼女の号令に従うように、イミーナとアルシェの後方支援が撃ち出される。
三本の
「な」
「嘘」
現実の光景を否定しかけた二人の乙女。
噛み砕くことはできない全身へと攻撃範囲を拡散した一斉射は、一瞬で無力化された。
見知っているはずのクレマンティーヌですら瞠目を余儀なくされる、鉄色の乱舞によって。
「無理むりムリ♪」
わらべ歌を口ずさむようなシモーヌの声音。
いったい何が起こったのか。白銀と青藍を基調としたドレス……幼女の身に纏っていたスカートの装甲が、目にも止まらぬ速さで形状を変化させていたのだ。
粘液質な鋼鉄の流動。射かけられた武装も魔法も、金属の防壁に難なく払いのけられ、まるで沼に落ちた小石のように吸収されていく。
「はい、ごちそうさま」
防壁を解いた幼女は
そして、流動する鋼鉄が、空中で四つに分割され、まるで生きているかのように変形していく。
大の男ですら一本担ぐのも苦労するだろう刃渡りと重量を誇る、巨大な武装…………あるいは、“工具”に。
幼女の背丈どころか、この場にいる誰よりも大きすぎるそれを見て、イミーナとアルシェは愕然と呟く。
「あれっ──て」
「ノコ、ギリ?」
ギザギザの刃を閃かせる極大の凶器。
ドレスの装身具……装甲だったはずの
そのうちの二つを、子どもの球遊びのように両手で操るシモーヌ。
そして、
「そぉれ、っと!」
愛嬌すら感じられる子供の声と共に、風を引き裂いて旋回する巨大ノコギリの一本が、信じられない速度で射出された。
「なっ!」
標的となったのは、イミーナ。
正確に頭と胴を分割するべく首を狙われた一撃は、
「シッ!」
クレマンティーヌの鋭く
──直後、
「クレマンさん!!」
アルシェの警告。
その瞬間には、白銀の美姫が金髪の女戦士の眼前2メートルの位置に迫っている。
後衛への攻撃を防いだ一瞬のスキを見逃すことなく、シモーヌが突撃を仕掛けたのだ。
「チッ!」
幼女の歩幅と脚力では、とても考えられない前進速度。
おまけに、ドレスから生じた白銀の武装──ノコギリが、まるで盾のごとく姫の供回りを務める状況。
クレマンティーヌは腰から
魔導国のドワーフの手で刻印されたルーンが明滅するそれは、「殴打攻撃強化」と「武器破壊特化」を備えている。
「寄んな! ロリババア!」
「ほんとうに、口の悪い
呆れ顔で窘めるシモーヌ。クレマンティーヌの殴打武器による二連撃を、まるで円舞を踊るかの如く回避し尽くす。
「遊んでくれないなら……“食べちゃおうかしら”?」
グチリと歪み開く、幼女の唇。
比較的遠く離れたイミーナとアルシェでも心臓が恐怖に硬直しかける、怪奇的な変貌に対し、クレマンティーヌは果敢に攻め立てる。
だが、殴打攻撃は通じない。四本のノコギリ──蹴り飛ばされたはずのものまでいつの間にか手元に戻して、シモーヌは防ぎしのぐ。
「あなたにしては大雑把な攻撃じゃない? 元“疾風走破”の名が泣くわよ?」
「先輩ヅラすんナ!」
大雑把と評しているが、クレマンティーヌの攻撃速度は余裕で英雄クラスの領域に位置している。
王国や帝国の冒険者でいえば、間違いなくアダマンタイト級といってもよいだろう。
しかし“ノコギリ姫”──シモーヌという十二高弟にしてみれば、あまりにも拙く、そして鈍重に見えたようだ。
「うーん。でも、前よりもパワーだけは上がっているかしら? パワーが変に上がったせいで、体がうまく動かせていない? 何かあった?」
「テメェには関係ねぇだろう、ガ!」
二つの星球が、大鋸の刃一枚を割り砕いた。
しかし、割り砕けた金属片が、まるで水銀のように溶けて、幼女の足元からドレスの装甲に、戻る。
「無駄なことしてるって、分かってるはずでしょ? 元・十二高弟であり、故郷を同じくする者同士なんだから」
幼女が指摘した瞬間、クレマンティーヌの二の腕を、装甲から伸びた棘状の鉄が貫いた。
そして、シモーヌが気づく。
「──? あら? あなた?」
「うザ!」
鉄の棘を強引にへし折り、クレマンティーヌは怪力を発揮。
その勢いで眼前の幼女の頭を砕きにかかったが、またも分厚い鉄の装甲に阻まれ、後退を許してしまう。
まんまと引きさがったシモーヌは、訳知り顔で頷き、微笑んだ。
「もしかして、と思ったけど──うふふ」
幼女は常に流動し続ける鋼鉄を、玉座のように精緻で煌びやかな腰掛けイスにしながら、クレマンティーヌの二の腕に空いた傷口を指さす。
見事なまでの貫通痕……そこからは不思議なことに、一滴も血が滴り落ちない。
この現象を、シモーヌはよく知っていた。
「クレマンティーヌ──あなたも、アンデッドになったわけね」
イミーナとアルシェは驚愕の視線を仲間に送る。
対するクレマンティーヌは、否定することなく、ただ沈黙するだけ。
「成程なるほど。道理でオカシイと思ったのよね。……十二高弟たちに例外なく施される“アンデッド化”の洗礼式。あなたはどこかで死んで、そしてアンデッドとして転生を果たした。だから、それだけパワーは上がったのに、技量が追い付けていないのね。納得なっとく」
「はっ。勝手にほざいてろ。私がアンデッドになったからって、それでテメェらの同族扱いされてたまるかヨ」
「うん。みたいね。あなたからは、私たちの愛すべき盟主様……いと尊きあの御方の香りや気配が、まったく全然しないもの」
クレマンティーヌがモモンとの戦いに敗れ、アンデッドと化してから、実に一年は経過していた。
しかし、実のところ。クレマンティーヌが本格的に戦闘訓練を積めるようになったのは、ここ数か月程度──アインズと再会を果たし、ナザリックの軍門へと正式に加えられてからだ。
エ・ランテルから逃げ出した直後は状況に混乱していたうえ、帝国に潜伏し、モモン(アインズ)の動向を見据えていた頃は無用の騒ぎをおこさないよう細心の注意をはらっていた。そんな状況で、アンデッド化したことで得られた新しい力になじむこと=戦闘訓練や実戦などを行うことは、不可能に近かったのだ。
おまけに。アンデッド化において注ぎ込まれた愛すべき主人──アインズ・ウール・ゴウンその人の支配下にあるからこそ与えられる力──それが、並のアンデッド化とは比較にならないほどのステータス上昇の恩恵を授けていたのも、影響としては大きい。正直、クレマンティーヌでも持て余してしまうほどの能力上昇具合で、それと生前の技術・技量・知識や戦闘勘との
無論、格下の雑魚相手であればたいした問題ではなく、魔導国の冒険者として派遣したのも、徐々に力の整合性を身に着けていくことを期待してのこと。
だが、こと目の前のバケモノ──元同胞の幼女──格上の力の持ち主を前にしては、些か不利な戦況と言わざるを得ない。
「クレマンさん」
幼女と睨み合う女戦士の背中に、イミーナが声をかけてきた。
「いろいろと聞きたいことは増えましたけど──まず、あの小っちゃい
「さっき、あの女の子……『あなた“も”』って言ってましたけど……」
アルシェも言葉の端から感じ取れる情報を総合して訊ねてきた。
当然すぎる疑問。
クレマンティーヌは振り返ることなく頷く。
「あれは、あの幼女は、不老不死のバケモノ。
……300年だか400年だか、ズーラーノーンの頂点に君臨する盟主サマへの『愛』だけに生きる
「それ──“国堕とし”とは、違うんですか?」
「確か、十三英雄が亡国跡地──インベルン王の旧領地で討伐したっていう」
「いんや。それとはまったく別の、人の国の物語には語り継がれることなく生き続けた、正真正銘の化け物が、アレなのヨ」
「もう! さっきからバケモノばけものって、人のこと言えないでしょ? もうあなたも同じ、立派なアンデッドなんだから」
腰に手を当て、かわいらしく頬を膨らませるシモーヌに対し、イミーナ、アルシェ、クレマンティーヌたちは警戒を緩めない。
幼女の周辺で、ノコギリが床や壁や鉄格子などを、まるで紙切れでも断ち切るかのように裁断していくのを前に、当然すぎる状況判断を下していくのみ。
/
生き血を啜る“ノコギリ姫”。
都市国家連合の一部地域の寝物語に語られる、恐怖の怪物。
さらに、大陸中央──特に列強と呼ばれる亜人六大国(あるいはその前身となる国々)において、その「バケモノ」の悪名は轟いていた。
400年前に存在が発覚した当時は、被害規模の大きかった亜人たちの大国間で様々な憶測や疑義が飛び交ったが、300年前から目撃例が一挙に激減し、やがて忘却され、今では大陸中央や一部の人間諸国で「悪い子をさらっていくバケモノ」という
/
薄桃色の髪を弾ませながら、幼女は溜息を吐く。
「第一、国堕としなんてガキんちょと同じに思われるなんて、とんだ名誉棄損だわ」
「てめぇも十分ガキんちょだろうが。ロリババア」
「あーあ、せっかくかわいい子たちと遊べそうだと思ったのに。雰囲気もう台無し」
「遊びたいならロリコン野郎に頼め。ベッドの上で喜んでアソび倒してくれるだろうガ」
クレマンティーヌが親指で示す先で、ヘッケランの〈空斬〉をしのぐバルトロの姿が。
シモーヌは平然と肩をすくめる。
「あの子はあの子で、いい具合に育ってくれたけど──やっぱり若い子でも愉しみたいし?」
「……今でも信じられないわ。アンタみたいなクソガキが、元・闇の巫女姫だなんてハナシ」
瞬間。
「何百年前のハナシしてんだよ…………殺すゾ」
幼女の表情が、ドス黒い感情に染まり果てた。
後方に控える乙女二人が、畏怖と絶望で胃の中身を吐きこぼしそうなほどの、狂鬼の面貌。
対するクレマンティーヌは、ケラケラと笑みをこぼす。
「おあいにくさま。今の私はとっくに死んでるんだヨ」
アンデッドだから。
シモーヌは毒気を抜かれたように、表情をもとの幼女スマイルに戻す。
「それもそうね……じゃあ、クインティアの片割れちゃんは、徹底的にブチ壊してあげる方向で。後ろのかわいこちゃん達は……どうしてあげちゃおうかしらね? 試しにバルトロに抱かせてみましょうか? それとも奴隷や傘下の使い走り共に
「──色情魔の吸血幼女が。
私を“クインティアの片割れ”って言ったこと、絶対に絶対に、後悔させてやル」
「あらやだ、こっわ~い」
わざとらしく肩を抱いて震えるシモーヌ。
イミーナとアルシェは半ば置き去りにされる会話内容であったが、半身の姿勢で武器を構えるクレマンティーヌが背中の死角に隠すハンドサイン……冒険者チームでよく使われるやり取り……指先のサインのおかげで、次の作戦へとスムーズに移行できる。
幼女は気づいた様子もなく、クレマンティーヌとの雑談を続ける。
「それが元お仲間に向ける顔なの? ショックで今日は朝から寝込んじゃいそう♪」
「お仲間……仲間──ネ」
その単語ひとつに、女戦士は吹き出しかけた。
「今の私の主人は、アインズ・ウール・ゴウン──魔導王陛下だけなの。
テメェらの担ぐクソ盟主なんて、知ったことじゃない。そして、当然、私がズーラーノーンに戻るわけ、なイ」
「──本当に、不出来な娘ね。本当に、あのスレイン法国──宗教国家の大元で生まれたのか、疑問だわ」
シモーヌは断言する。
「あの方……私たちの盟主であるあの御方の存在と比較すれば、アインズ・ウール・ゴウンなんてもの、どれだけのアンデッドだっていうのかしら? クレマンティーヌ、あなたも一度は会って、盟主様の前で膝を屈したはずじゃない?」
「確かに、盟主のヤツは信じられないくらい強そうだったね──けれド」
クレマンティーヌは背後をチラリと振り返る。
イミーナとアルシェは用意万端と言うように、強く首肯した。
「アインズ様ほどじゃあないわネ?」
おしゃべりは終わり。
クレマンティーヌが勢いよく飛び退いた。
「今ヨ!」
アルシェの唱える〈
「──で? 何がしたいわけ?」
しかし、シモーヌの身体を確実に固縛することはできない。あまりにも力の差が開きすぎている場合、魔法が十全に働かない──
無論、アルシェの魔法は時間稼ぎのひとつにすぎない。
続くイミーナの矢──純銀の鏃に換装したそれを、三本同時に射かけてやる。
銀武器は、吸血鬼にとってはあまりにも有名すぎる弱点。
「だから?」
当然、シモーヌはこれをドレスの流動装甲で弾き落とす。
いかに弱点とはいえ、直撃さえしなければ問題になる道理などなし。
つまらない作戦だと鼻で笑いかけた白銀の美姫──その眼前に、
「──あ?」
元ズーラーノーン十二高弟──元漆黒聖典第九席次“疾風走破”──現、魔導国のオリハルコン級冒険者──クレマンティーヌが強襲をかける。
「〈剛腕剛撃〉」
女戦士の一撃にこもる威力が、段違いに上昇。
仲間二人が時間稼ぎを行う間に武装を換え、魔法の背負い袋から選び取った魔法蓄積のスティレットの一本を、自分の腕諸共という勢いで幼女の口内へ。かみ砕かれるよりも前に、次の攻撃に移らねば。
「〈流水加速〉」
武技発動で生じるスキを埋める加速。
矢継ぎ早にもう一本のスティレットを抜き放ち、これもシモーヌの口に捩じ込み──そして、起動。
二本に込められていた魔法は、〈
それを二連撃──二重に起動したのだ。
〈爆撃〉による轟音は、対象の小さく狭い口内で暴威をふるう。
あまりにも盛大に過ぎる爆音に、バルトロと戦っていたヘッケランたちも身構えるほどの衝撃が、奴隷詰所内で乱反射する。
スティレットを捨てる形で退避したクレマンティーヌが、イミーナたちの傍に着地。すぐさま次のスティレットを両腕に取り出し、構えた。
結果は────
「ちょっっとおおお……少しはぁ加減くらい、しなさいよぉぉぉ」
頭の吹き飛んだ幼女が、直立姿勢を維持する死体が、……“しゃべっている”。
「せめてえええ、もう少しいいい、綺麗に吹き飛ばしてよおおお。再生はあああ、血をいっぱい使うからあああ、あ、あー、ああ──ぁあんまり、好きじゃないのよ、ね、と」
言う間に、シモーヌの爆発四散した頭部が、再生されていく。
首や肩から吹き出る赤い血飛沫が渦巻く霧となり、それが晴れた時には、もとの薄桃色の髪を生やした幼い容貌が現れた。
グリグリと首をまわして調子を確かめるさまは、あまりにも超然としすぎていた。
「クソがッ。やっぱバケモノじゃねぇかヨ」
「これは、化け物っていうのも納得」
「うん──確かに」
クレマンティーヌの主張に仲間たちは頷くしかない。
そんな連中の言動に対し、
「はぁ…………もう、いい」
シモーヌは、キレた。
堪忍袋の緒が切れた。
「私さ、言ったよね。遊んでくれないなら────」
幼女の美しい顔面が、見る間に異形のそれへと変わる。
形の良い唇は耳まで裂けて赤い三日月のようになり、その中に並ぶ奇麗な歯は一本残らず、ノコギリを思わせる乱杭歯と化した。
サファイア色の瞳はルビーの輝きに染まり、虹彩が細長い形状へと変質。目を合わせたものに魅了や幻惑を施す、深紅の魔眼に。
背中の開いたドレスから伸びる一対の翼は、
ヤツメウナギ──
生きとし生けるものすべてを捕食せんと歪んだその姿こそが、“ノコギリ姫”──シモーヌという吸血鬼の本性にして本質の形。
血に飢えたバケモノ──
『