フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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ズーラーノーン -6

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《 が……ァ…… 》

 

 背後から断ち割られたカジットの声が、悔し気に呻く。

 

「なっ!?」

「そんな?!」

 

 ヘッケランやイミーナは驚愕の悲鳴を口からこぼした。

 あまりの衝撃で沈黙してしまったロバーデイクとアルシェ。

 両断され力を失った頭蓋骨が、大理石の床に高音を響かせる。

 

《  ァィ……さま……  》

 

 カラカラという音色をたてながら、わずかに声らしきものがこぼれた。

 そして、眼窩にある二つの火の瞳が、完全に、潰える。

 

「ほい。一丁あがり」

 

 カジットを葬った下手人──ギロチンよりも巨大なノコギリを肩に担ぐバルトロが、情け容赦なく、割れて動かなくなった頭蓋骨を踏み砕いた。

 

「残り、あと五人な」

「てめぇ、コノ!」

 

 踏み(にじ)られた頭蓋骨の破片を目にし、意識が真っ赤に染まりかけるヘッケランは、後ろから襟首をつかむ力に引き戻される。

 ジャキン──という音色が、瞬きの間もなく頭上から降り注いだ。

 あのまま突っ込んでいれば、間違いなく、ヘッケランの中心を貫いていた鋼の輝きを目の前にして、全身が総毛だつ。

 

「ああん。惜ッし~い」

 

 聞こえてくる幼女の声。

 ヘッケランの襟首をつかんだまま、クレマンティーヌが数メートル後退。

 イミーナに「ばか。一人で前に出すぎ!」と窘められ、ロバーデイクとアルシェからも口々に無事を確かめられる。

 そして、天井から蝙蝠の翼を広げて降りてきた幼女が、騎士槍とも見まがう鉄杭か太刀鋏の上に、爪先を乗せた。

 

「あとちょっとだったのに。ほんと邪魔な小娘だわ」

「言ってろ色情吸血鬼。今度こそブチ殺してやるヨ」

 

 ゲラゲラと三日月のように赤く笑う吸血鬼。

 

「きゃっはははは。やれるもんならさぁ──トットとヤッテみロヨ!」

 

 応じるがごとく突撃するクレマンティーヌ。

 シモーヌの振るう鋼の四刃を、アルシェの防御魔法が間一髪のところで防いだ。

 しかし、化け物は二本のノコギリで易々と〈魔法盾(マジックシールド)〉を砕き、踏み超える。

 

「キヒ! さッさトくたバれ! 雑魚アんデっドぉッ!」

「いやいやいや、てめぇにだけは言われたくねぇよッ!」

 

 空中を蹴り上げ、白銀の武装をかいくぐり、幼女の背後に回り込んだクレマンティーヌが、逆手に持ったスティレット二本を突き入れる。

 発動する〈爆撃(エクスプロード)〉二連。

 しかし、内部を爆散されても、シモーヌは尋常でない再生速度で元に戻っていくだけ。

 

「クソが! 奴隷の血で腹一杯ってわけカ!?」

 

 クレマンティーヌの読みに、吸血鬼は朗らかに微笑むだけ。

 吹き荒ぶ鋼鉄の嵐を、女戦士は鋭敏な機動力で回避していくが。

 

「チィッ!」

 

 左腕を盛大に抉り斬られた。

 シモーヌとやらの化け物じみた攻勢は、クレマンティーヌの速度を捉えつつある。

 

「クレマンティーヌさん! ──っ!」

 

 援護に駆けようとした一瞬、戦士の勘でヘッケランは動いた。

 隣を行くロバーデイク──チームの回復役のこめかみに迫る瞬速のノコギリを〈斬撃〉で払い落とす。

 

「させるかっての!」

 

 バルトロは意外にも簡単にノコギリを防がれ、得物を両手から弾き飛ばされた。

 ノコギリは広間の床に突き立ち、数瞬後には液状化してシモーヌのもとへ帰る。

 どうやら拳闘士だけあって、武器をもっての戦闘は得意ではない様子。

 

「チッ……さすがに、目が慣れてきたか?」

 

 得物を失った拳を握り、一瞬で解き放たれる拳技拳速の方が、ノコギリの威力よりも数段勝る脅威であった。

 ヘッケランは〈不落要塞〉で耐えしのげるが、他のメンバーでは胴体に穴が開くほどの威力が込められていると痛感せざるを得ない。

 無論、悪いことばかりではない。

 目が慣れてきたというのもあるが。クレマンティーヌに掴み戻されたおかげで、冷静に状況を見ることができた。

 彼我の実力差を正確に秤にかけて、どうすることが最も生存への道に繋がるのかを考える。

 そして、結論する。

 

「クレマンティーヌさん!」

 

 吸血鬼の相手を務める女戦士を呼び戻す。

 クレマンティーヌは特に疑問もなく、リーダーの指示を聞いて後退。防御の円陣の中に戻る。

 抉られた左腕を血もこぼさずにぷらぷらさせているが、アンデッドの身体を癒す手段が、ヘッケランたちには存在しない。唯一それができたアンデッドの魔法詠唱者(マジックキャスター)は──

 ヘッケランは意識を切り替える。

 失ったものではなく、今あるもので、できることだけを、冷静に思考する。

 

「作戦があります」

「うん。どうするノ?」

「クレマンティーヌさんは、バルトロとかいう男の相手をお願いします。援護はアルシェをつけますので」

「え? ────あー、なるほどね。でも、それだったら援護はいいよ。ようやく体も馴染んできたし。バルトロの相手は、私だけデ」

「だ、大丈夫ですか? その左腕じゃ」

「信用してくれていいよぉ。あのロリコン程度なら、わたしの速度で拮抗できるし。けド」

「けど?」

「本当に大丈夫なノ?」

 

 ケチをつけるというのではなく、純粋に心配している声音で、クレマンティーヌは訊ねてくる。

 勿論、ヘッケランは大きく頷くだけ。

 

「んじゃあ、お願いね」

 

 お願いしますと言って、ヘッケランは協議を終えた。

 

「作戦タイムは終わり~? ならぁ、早く遊びましょうよぉ?」

 

 童歌(わらべうた)でも唄いだしそうなほど明るい声音。

 人血にまみれた微笑と魔眼は、魅了幻惑の作用をもたらす異形の能力。

 だが、幼女の姿をした化け物を前にして、ヘッケランたちは臆することはない。

 あの程度の化け物ならば、──魔導国の地下で、──あの人工ダンジョンで、幾度も相対し、修練し続けてきたのだ。

 だから、迷うことなく、前へ。

 

「──────はぃ?」

「おいおいおいおい?」

 

 シモーヌとバルトロが、本気で意表を突かれている様子で呆れ声をあげる。

 

「なになに? 私の相手は、ボクちゃん達になるわけ?」

「ああ。そうだよ。楽しく遊んでくれや……お嬢さん?」

 

 相手がアンデッドだからこそ。

 ヘッケランたちにはうってつけの戦法が、ある。

 

「はん……まぁ、バカの一つ覚えよりはマシか?」

 

 言いながらも、冒険者チームの作戦を鼻で笑うバルトロに、クレマンティーヌは無言の微笑と右腕のスティレットで対峙する。

 

「いいのかよ? 左腕なしで、片腕の状態で、この俺様の相手なんてよ?」

「楽勝でしょ? 幼児体型としか寝れないロリコン野郎の相手なんテー?」

 

 刹那。

 クレマンティーヌとバルトロが、嗤い合いながら、衝突。

 一切の間断なく、拳撃と刺突と蹴撃と武技が連鎖していく。

 まるで、豹と虎が爪と牙を交えるかのような、双方の機動力を発揮し尽くした、闘争──

 だが。

 そちらには意識を向けず、ヘッケランはイミーナとロバーデイク、アルシェに目を配る。

 

「心配しないの。あんたの後ろは、ちゃんと私らが守ってあげるから」

「大丈夫。皆さんに何かあっても、私が回復させます」

「ヘッケラン──あの子の“位階”だけど……」

 

 最後に、指で数字(・・)を示す妹分の頭を撫でてやる。

 

「おし!」

 

 仲間たちを信じ、ヘッケランは双剣を、シモーヌに構える。

 

「ふ~ん。じゃあ、せいぜい楽しませてちょうだいね……坊や」

 

 余裕たっぷりに歩を刻みだすシモーヌ。

 血に濡れて輝く薄桃色の髪を弾ませながら──

 紅蓮の斑模様を描く白銀のドレスより凶刃を伸ばして──

 

 その間に、フォーサイトも準備を整えた。

 前衛(ヘッケラン)を強化する魔法を重ね掛けし、各々が取り出したのは、各自で携帯しているポーションの瓶。

 まずイミーナの銀の矢が、シモーヌの眉間を狙い、撃たれる。

 

「ふん」

 

 つまらなさそうにノコギリで防御するシモーヌ。

 その銀矢から、何か飛沫のようなものを浴びる。

 しかし、

 

「どう遊ぶのかと思えば──『ポーション漬け』にでもしようっていうの?」

 

 飛沫の正体は即座に理解された。

『生』のエネルギーに満ちた回復薬──ポーションの薬液。

 しかし、シモーヌの実力では、そこいらにあるポーションなどを浴びても、軽く引っ掻かれる程度の痛みしかない。

 

「呆れた。それで倒せるつもり?」

 

 ヘッケランは“水色”の自己強化ポーションを一気に飲み干す。さらに、もう一本の封を開け、中身をルーンの剣に塗り込んだ。その間にもイミーナの弓は銀矢を射出し、アルシェが次に番える矢にポーションの“青色”の中身を浸していく。

 

「ガタガタ言ってないで、かかってきなさい、アンデッド!」

 

 ロバーデイクも牽制として、温存していた魔力を使って、不死者(アンデッド)退散や回復の魔法をぶつけていく。しかし、シモーヌには効きはしない。神官の魔法を、シモーヌはきっちり回避していく。

 

「そんな魔法じゃ、私には届かないわよ?」

 

 ヘッケランは武技の力を貯めながら、頭をフル回転させて考える。

 魔導国で教わったこと。アンデッドの弱点。吸血鬼の特性。目の前の敵の能力。クレマンティーヌとの戦闘風景。炎属性の〈爆撃〉を受けても再生する姿。ポーションで微かに焼かれた肌。神官(ロバーデイク)の魔法を完全に回避する素早さ。

 おそらく、フォーサイトに残された手立ては……ひとつだけ。

 

「あーあ、くっだらない。お遊戯にもならないわ、ね!」

 

 吸血鬼の爆発的な脚力。

 唯一見えているヘッケランが、応じるように突撃。

 思考は一瞬。

 荷袋から〈石壁(ウォール・オブ・ストーン)〉のアイテムを取り出し起動させる──“自分の背後に”。

 

「はん。それで仲間を守ったつもりぃ?」

 

 ノコギリ四本の柄を縄か鞭のように伸ばししならせて急襲させるが、疾駆し続けるヘッケランはそれを紙一重のところで回避していく。

 ふと思い出す。

 

(人工ダンジョンの第三階層──あの樹木モンスター、ラスボスの攻撃に比べれば、まだ避けやすい!)

 

 その間にも、銀矢の曲芸射撃が撃ち出され、ロバーデイクとアルシェ、さらにはヘッケランの投げる青色ポーション瓶が、シモーヌの五体に降り注ぐ。

 

「つまらないわ、ね!」

 

 ドレスの裾を翻す風圧で、瓶を割り砕いて中身を払いのける吸血鬼。かすかに少量の飛沫を頬に浴びるシモーヌ。その超人的な身体能力には悪寒を禁じ得ない。確かに脅威であり驚異の業だが、ヘッケランには別の見え方があった。

 

「やっぱな」

「?」

「あんたは、純粋な戦士じゃあない」

 

 戦士の技量であれば余裕で回避して当然の攻撃を、あえて受ける緩慢さ──化け物の力で、力任せに戦士の速度に追随できているだけという事実。

 

「……それがどうかしたの?」

「なのに。ロバーの魔法は、神聖属性の魔法は完璧に避けやがったな」

「……そうね。だから、何?」

 

 事も無げに肯定するシモーヌの鋼が、棘をもつ茨のような触手になって、ヘッケランを挟撃。

 さすがに(かわ)しきれない棘が幾本もあったが、ヘッケランは武技と根性で耐え抜き、前進。

 

「はっ。ただのアンデッドなら、俺ら魔導国の冒険者の、敵じゃないってこった!」

 

 鋼の凶器四本に対し、双剣と武技で斬り結ぶヘッケラン。

 

「魔導国? あんな新興国家ごときが何だっていうの?」

 

 ノコギリの高速振動で火花が生じる。

 加えて、ハンマーの形に変わった一部の鋼が、ヘッケランの鎧の胸を弾いた。

 

「くッ!」

 

 まるで破城槌に破られる扉のように、戦士の身体を吹き飛ばしてくれるが、鎧のおかげでダメージはそこまで通らない。

 

「アインズ・ウール・ゴウン? ふふ、ナニそれ、くだらない! 私の(たてまつ)るあの御方、私の愛しい盟主さまが成した偉業と歴史、そしてあの御力に比べれば、魔法一発で数万人殺しだの、アンデッドの大量支配だの、どれをとって見ても、まったく、全然、なんてこともないわ!」

「……へぇ。興味あるね。その御方っていうのは、一体、どこの何様だよ!」

「そうね。じゃあ教えてあげる──わけないでしょ、バーカ!」

 

 嘲弄するように突貫してくるシモーヌ。

 格下を侮る行為。油断。慢心。強者の驕りそのもの。

 これを利用しない手はなかった。

 右手の剣を空中に放り上げ、ヘッケランが懐から取り出したのは、奥の手として温存してきたもの。

 

「たっぷりと──」

 

 魔導国の冒険者の“とっておき”。

 

「喰らえよ!」

 

 至近距離で投げ放ったものは、これまでの“青色”ポーションではない。

 わずかにだが発光しているかのような──“水色”の溶液を詰め込まれた飾り瓶。

 

「は。バカのひとつ覚え!」

 

 シモーヌは躊躇なく瓶を振り払うように、砕いた。

 素手で。

 降り注ぐ水色の液体を肌に──顔や腕、胸元の開いたドレスの隙間に──浴びた。

 パシャリという音が響いた瞬間、 

 

「痛ッ──

 あ、ぁ、いダぁあぁあぁぁアぁぁぁぁぁぁァあああああああっ!?」

 

 可憐な幼女の白蝋じみた肌が、大火や強酸を浴びたように、赤々と焼け融ける。

 ヘッケランが落ちてきた剣を掴む先で、狂ったように転げまわり出した吸血鬼。

 

「いた、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──痛い!!!」

 

 先ほどまでの青色ポーション攻撃とは違いすぎる、それは劇薬。

 降りかかった溶液を必死になって拭おうとする。が、そうするたびに白魚の指は血色に染まり、尋常でない激痛が吸血鬼の痛覚神経を刺激していく。

 たまらず、使用者の混乱で暴れまわるノコギリ四本を操り、火傷部分を自切し、ようやく再生を行ったほどの威力であった。

 シモーヌは混乱の渦に飲まれながらも、それが何によってもたらされた結果であるのか覚った。

 

「く、くそガ、こ、れ、なン、?」

 

 ヘッケランが投擲した瓶の中身を、水色の──青色とはまったく異なることを、視認。

 

「この、ポーショ、ン、ミズいろ?

 待て。これ、そんな、まさか──おい! オマエ! こいつをどこで手に入れやがったァッ?!」

「?」

 

 痛覚と混乱で精密動作に欠けるノコギリ……それと刃を交えるヘッケランは首を傾げた。

「どこで」と訊かれても、答えは一つしかない。

 

「──これは魔導国で生産され、冒険者たちに支給されている、“対アンデッド用”のとっておきだ」

 

 魔導国の冒険者組合で支給される、多くのアイテムや備品の数々。

 その中でも、“対アンデッド”というカテゴリに位置づけられるアイテムが、まさにこの神聖属性ポーションである。

 アンデッドの統べる国で、アンデッド対策用のアイテムが生産されていることには疑問もあろうが、魔導国の王は、自分たちの国以外にも存在しているアンデッドと交戦する事態を想定し、このようなアイテムを冒険者たちに配給し始めている。無論、アンデッド側に神聖属性に対する防御策を講じられれば無力化されるだろうが、それでも無いよりはマシな戦力として、魔導国の冒険者──オリハルコン級の各チームに支給することを決定したのだ。無論、魔導国のアイテムを無暗に他国へ横流ししようという輩が出る可能性も危惧されるが、そのような盗賊の類に、魔導国のオリハルコン級の証を授与されるはずもない。

 

 ここからは、ヘッケランが噂話程度に聞いていることであるが。

 魔導王陛下の庇護下におかれ、傘下入りしたという凄腕の神官が、日に十数本単位で生産・貯蔵しているという。その神官は、魔導国内で有名な薬師一家・カルネ村のバレアレ家と協同することで、アンデッドに特攻作用をもたらす強化回復薬“神聖属性が付与されたポーション”を増産する体制を確立したらしい。

 

 これは普通の人間が飲めば回復する以外にも、アンデッドなどの負の存在に対する攻撃力や防御力強化が見込める──だけではない。

 負の存在──アンデッドに直接ふりかけることができれば、神聖属性の溶液によって、不滅の身体に致命的なダメージを与えられる優れものだ。

 その威力は御覧の通り。

 

「アンタは、アンデッドに特攻の炎属性を受けても、すぐに再生できた。それは、いわゆる『炎属性への耐性・対策』を持っていたから。派手に身体を吹き飛ばされていたけど、実際にはそこまで体力は削れていない──つまり、“やられたフリ”だ」

「ぎ……きぃさまッ」

 

 大きく顔を歪めるシモーヌ。ヘッケランは畳み掛ける。

 

「けれど、ロバーデイクの攻撃・神官の魔法を回避したのを見るに、アンタが対策できていない属性は、神聖属性だってことは、簡単に把握できたよ」

 

 それでも、一種の賭けには違いなかった。

 どんなに強大な敵でも、完璧な耐性や対策は不可能。

 だが、ある程度以上、強さに差がありすぎると、効果が十全に発揮されないこともあるらしい。

 だとしても。

 敵の挙動や言行などから、相手が対策できていない弱点を見抜く技巧は、魔導国でよくよく教え込まれている必勝戦術だ。

 

「ぐ、ぅぅ……あ、ありえない……神聖属性、付与の、ポーション……? ま、て──それって、そんなの200年前……の……?」

 

 シモーヌは床に散らばる水色の溶液を見下ろした。

 そして、何かを思い出した。

 

「これ、は……ま、まさか、まさかまさかまさか!

 う、うそ、嘘でしょ?

 魔導国で、アンデッドの国で、どうして、あ、あ、あいつ(・・・)と同じものが──」

 

 ヘッケランには理解しようがないが、数百年を生きる吸血鬼には、それが既知の代物であったことだけは判断がついた。

 

「十三英雄──あの『大神官』──ビーストマンの神人──“小猫の教皇”と同じ、神聖属性ポーションが作られてる? よりにもよって、魔導国で? そ、そんなの聞いてな……いや、いやいやいやいや、あ、ああ、ありえないでしょ!? 神人だったあいつが寿命で死んで、その技法は、完全にあいつ一代限りで途絶えたはず! ほ、法国でも、他の列強国でも、再現不可能な神薬だった──なのに!!?」

「そんなこと俺が知るか!」

 

 混乱の極致にある吸血鬼に対し、鋼の乱攻撃をしのぎ続けるヘッケランは、答えている余裕などない。

 

「知ってたとしても! ここで滅びる相手に、教える義理はねぇよ!」

 

 ノコギリの軌道を抜けて、接近。

〈双剣斬撃〉──突撃の直前、神聖属性の溶液をたっぷりと塗布しておいたルーンの剣で、逃げ惑う怪物の胸部に、大きな十字傷を刻み込む。 

 

「ギャアアアアアアアああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」

 

 形勢は逆転した。

 鮮血を吹いて後退するアンデッドの幼女を、フォーサイトは追撃する。

 

「悪いが容赦はしねぇ。俺たち全員、国へ無事に帰るためにもな!」

 

 クレマンティーヌ……アンデッド化した女戦士では扱い得ない神聖属性をもって、ヘッケランは吸血鬼の幼女を追い詰めていく。

 

「く、来るな!」

 

 泣き叫ぼうが、喚き散らそうが、ヘッケランの剣捌きは容赦なく、幼女の肉体を切り刻む。

 それでも致命傷を回避されているのは、シモーヌの怪物じみた身体と再生能力によるもの。

 一瞬の油断と躊躇が、フォーサイトの前衛を務める男を抉り切るのは、確実の未来。

 だから、ヘッケランは吸血鬼を攻めたてる。

 攻めて攻めて攻めまくる。

 援護を務めるイミーナ、ロバーデイク、アルシェも間断なく吸血鬼の退き足を射抜いていった。

 急がなければならない。このポーションの効果は永続性ではない──その前に、片をつけねばならないのだ。

 

 一方。

 

「な、おいシモーヌ! くそ、あのヤロウッ!?」

 

 予想外の事態にバルトロが(きびす)を返そうとするのを、相手するクレマンティーヌが嘲笑と共に阻む。

 

「はん! イかせるわけねぇだろうがよォ!」

「このっ、邪魔すんじゃねぇ!」

 

 癇癪交じりにバルトロは女アンデッドを蹴りはらおうとするが、クレマンティーヌも蹴り技の応酬で応える。両者のスピードは、攻撃速度も反射速度もほぼ互角。

 

「感謝しとくよぉ? アンタらとの戦いのおかげで、この死体(カラダ)にも馴染んでこれたしサ!」

「チッ、なめんじゃねぇぞ! クィンティアの片割れ風情が!」

「────よし、殺す。殺した後で、もう一回、殺ス」

「ハ! やれるもん……な、ら?」

 

 激痛と、右側への落下感を感じた。

 しかし、前方にいるクレマンティーヌの攻撃ではない。

 バルトロは己の右足を見る。

 足の先を、見る。

 

「これ、は?」

 

 真っ赤な血だまり。

 ビチャビチャという水音。

 右足があったそこにあるのは、大量の血を吹く切断面だけ。 

 バルトロの膝から下の部分……魔法のブーツごと、右足が切断され、消え失せていた。

 繰り返すが、クレマンティーヌの攻撃ではない。

 原因は、ひとつ。

 拳闘士の背後に、いつの間にか召喚された、見上げるほどの体躯を持つアンデッド──骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の、骨の爪。

 そこに、バルトロの右足がぶら下がっていた。

 

 

《……先ほどのお返しダ》

 

 

 ありえない声は、骨の竜の、モンスターの足許(あしもと)から、聞こえる。

 

「おま、な、何でぐげェ!」

 

 蛙を串刺しにしたかのような苦鳴。

 疑問を述べるよりも早く、骨の竜の(あぎと)が、バルトロの身体を噛み喰らったのだ。

 幾本もの鋭い牙が咀嚼を始める。バルトロの肉体をレザージャケット越しに抉り、四肢から──特に防御に使われた両腕から、大量の流血を降りしきらせる。

 

「が、ぁ! う、く、そ、お、おれの、マジック、アイテム、が」

《その状態では使えまい。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の、魔法への絶対耐性──いや絶対ではないようだが──それでも、おまえさんの装備程度は、容易に機能不全に陥ることだろう。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に捕食・接触された時点で、貴様の戦闘力は皆無となル》

 

 ようするに、バルトロのような相手には天敵に近いのが、この骨の竜(スケリトル・ドラゴン)であった。

 悠揚と説明するのは、黒い頭蓋骨の声。

 

 十二高弟の拳闘士が、その手で両断したはずのアンデッド──失われたと思った魔法詠唱者──カジットが、骨の竜を召喚して、戦場に再び現れた。

 

 バルトロは苦悶にのたうちながら叫ぶ。

 

「てメぇ、ご……この程度で、お、俺を殺せ、る、と!」

《案じるな。即死はさせん(・・・・・・)。殺したら、盟主に忠実なアンデッドに転生して、最悪暴走するだろうからな──そのまま、我が骨の竜(モンスター)の中に収まっておレ》

「ッッッ、デめぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ────!!!」

 

 白骨のみで構築された竜の頭蓋に、バルトロの四肢崩壊した五体が格納されていく。

 ああなっては、アイテムを頼りに第六位階以下の低位魔法しか発動できない存在には、文字通り手も足も出ない。喚き声すらも外に一切漏れ出なくなる。

 

《よシ》

「ちょっと、ちょっっと、ちょっっっと、頭蓋骨っちゃ~ん。ひとの獲物を横取りしないでくれル~?」

 

 些か以上に険の深い、クレマンティーヌの表情。

 まさに女豹のごとき眼光で、爪牙のごときスティレットを肩の防具に叩きつけるさまに対し、カジットは臆することなく告げる。

 ついでに、〈負の光線〉でクレマンティーヌの左腕や戦傷を癒しながら。

 

《おまえではアイツを殺しかねん……というか、殺す気まんまんだっただろうが。ここで無用のリスクを冒して、任務続行に支障を生じさせるつもりカ?》

「──チェッ。わかったよ。悪かったよ。反省してま~ス」

 

 どうだかと言って、存在しない肩を竦めるカジット。

 

「ていうか。死の宝珠なしで骨の竜を召喚()べるなら、最初から出しときなヨ」

《こんなデカブツ。狭い通路や奴隷部屋で召喚できると思うカ?》

「ああ~。それもそっカ」

《それに。アンデッドとなった今の儂でも、これを何度も何体もは召喚できん。頼みとするには、いろいろと難があル》

「あとさ~、どうやって助かったの? アンデッドでも、頭カチ割られたら死んじゃうんじゃないノ?」

 

 クレマンティーヌは広間の床──最初のカジットが割られ死んだ場所を見据える。

 粉微塵に踏み砕かれた頭蓋骨の破片は、戦闘の衝撃で吹き飛び消え失せていた。

 カジットは鷹揚に応える。

 

《おまえさんも渡されておるだろうが。アインズ様より下賜されていた〈複製(クローン)〉のマジックアイテム。城の中枢にまで来たからな。お前さんたち全員が広間の控室に行った後、保険として発動させておいたそれを使って、今回はなんとか蘇生できタ》

「ああ。それで不意打ちを狙って隠れてたんだ~、陰険だネ~」

《なんとでも言うが良イ》

 

 死んだのに死から目覚めるという──そんな貴重な経験ができたと笑うカジット。

 なるほどねとクレマンティーヌは笑みを深めた。

 

 アンデッドでも使用可能な蘇生手段──〈複製(クローン)〉の魔法。蘇生魔法は神聖なる信仰系魔法でしか行えないという印象が強いが、魔力系魔法でも蘇生を行うための手段は存在している。

 複製した自分を作り、その複製体に魂を移植することで、術者は完全復活を遂げるという仕組み。クレマンティーヌたちが聞くところによると、「沈黙都市に封じられていた上位アンデッドの戦法をパク……学んで」アインズは自分の配下となったアンデッド二人に、万が一のためにアンデッドの蘇生手段を携行させていたのだ。

 複製体を運用する手間──複製された意志を持たぬ体を、戦場に隠しながら同行させる必要性などを考えると、極めて扱いづらい──特に、純粋な魔法詠唱者ではないクレマンティーヌには、独力での運用は不可能といえる──〈複製(クローン)〉であるが、蘇生魔法が広く普及していない低レベルの異世界では、意外と有用な働きを示してくれる。

 死を超克する絶対支配者(オーバーロード)の偉大さを、二人はしみじみと思い知る。

 

「仕組みは分かるけどさ。つくづく反則だよね、蘇生魔法っテ」

《まぁな。じゃが、あの方々に言わせれば、この程度は児戯に等しいのだろウ》

「はは。確かに。私はカジっちゃんがいないと、使いようすらないし。……んじゃア」

 

 クレマンティーヌとカジットは、吸血鬼狩りを続けるヘッケランたちの方を見やる。

 彼らの助勢に駆けようとした──その時だ。

 

 

「 ふっざけるなよ、カス共があああああああああああああ!!!! 」

 

 

 見据えた先にいるのは、ヘッケランたちの猛攻に、憤怒と狂乱の暴声を奏でる幼女──否──化け物。

 

 

「この私を怒らせたことを……()(ごく)(そこ)で後悔させてやる! 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)!」

 

 

 そう。

 シモーヌは戦士ではない。

 どちらかと言えば、純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)であった。

 これはクレマンティーヌやカジットですら知らなかったこと──吸血鬼の怪物じみた能力しか、二人は見たことがなかったのだ。

 

 

「──・負の爆裂(ネガティブバースト)〉!」

 

 

 発動したものは──第六位階魔法。

 シモーヌもまた、相手がアンデッドではないからこそ使える魔法で、自分の周辺を、生者であるヘッケランごと薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




複製(クローン)〉の魔法については、D&Dを参考にした蘇生魔法です。
 また、〈負の爆裂(ネガティブバースト)〉の位階は「不明」ですが、この二次小説では“第六位階”ということにしております(今後修正するかも)。
 さらに、水色ポーションや十三英雄の『大神官』については、ただの独自設定です。
 これらの情報は原作とは違う可能性が高いですので、そこはご了承ください。

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