フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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王国にいる、蒼の薔薇と漆黒たちのターン
(「ズーラーノーン -2」の続き)


ズーラーノーン -9

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 ・

 

 

 

 王国。エ・アセナル。

 内乱の地となった、国境に近い都市。

 そこは完全な廃墟と化した。

 ズーラーノーンの手引きによって巧妙に乱雑に生み出された不死の兵団。

 さらに、十二高弟の率いるゴーレムの軍勢によって蹂躙の限りを尽くされた。

 そして、今。

 打ち壊された街区に、巨大な影を落とすモンスターの姿が。

 その異様と威容は、冒険者・蒼の薔薇にとっては、無視し難いものがあった。

 否。生あるものを魂から震撼させる不死竜の咆哮を、無視できるものなど皆無と言える。

 

「あり、え、ない」

 

 王国軍と合流し、後方の陣地の天幕(テント)で、仲間たちと共に治療を受け始めたラキュースは、ありえないモンスターの登場に心臓が掴みだされるような怖気(おぞけ)を味わった。

 

「ドラゴン・ゾンビ、が、複数? ばかな、そんな馬鹿なことが!」

 

 あんなものを、あんな数で相手にしては、いかに漆黒の英雄だろうとも無事では済まないだろう。

 十三英雄の御伽噺に謳われる不死の竜──確か“朽棺(エルダーコフィン)”や“吸血(ヴァンピリック)”なる竜王(ドラゴンロード)が、そのような存在だと聞かされた。

 ただでさえ強壮かつ強烈かつ強靭な存在である(ドラゴン)が、惨忍で冷酷で強大な不死者(アンデッド)となれば……それはどれほどの領域の化け物であるのか、想像することすら難しい。

 漆黒の彼らや吸血姫のイビルアイであれば問題ないのでは──そう思うのと同時に、あの(ひと)を失う可能性を考えただけで、居ても立っても居られなかった。

 

「剣を! 私の魔剣(キリネイラム)を! 早く!」

 

 回復に努めてくれた軍属の神官たちに指示を飛ばす。

「馬鹿なことはやめろ!」と声を荒げて止めるガガーランたちを振り払う。

 行かなければ。

 私たち皆を救ってくれた英雄を、見殺しにできるはずがない。

 陣幕を払いのけ、脱いだ鎧を再び肌着の上に装着しようとした矢先──

 

「──ぁ……え?」

 

 振り向く。

 いつの間にか、真横に現れたのは、木乃伊(ミイラ)のアンデッド。

 ドラゴン・ゾンビという破格のアンデッドの気配に隠れていた──というよりも、〈転移〉の魔法で忽然と姿を現した不死者に対し、ラキュースは何もできぬまま、負傷したガガーランたちが駆け寄る間もなく、どこかへと飛ばされた。

 

 

 ・

 

 

 竜の死骸が奏でる不協和音じみた鳴号。

 それを身振りひとつで静める男は、告げる。

 

「漆黒の英雄、モモン。聞きしに勝るとは、まさにこのこと──だが」

 

 腐敗し腐食し半ば白骨化した、竜の動く死体……ドラゴン・ゾンビ。100年から200年程度の生を謳歌しただろう勇壮な竜の巨体は、朽ちた翼をはばたかせながら月明かりを受けて、醜く汚れ腐りきった傷口からドロドロの体液を溢して宙を舞う。吐き出す吐息は“猛毒と呪詛のブレス”となり、毒や呪い以外にも麻痺・睡眠・恐怖・腐敗などの各種状態異常を浴びせ、ただの人間程度であれば一秒以下で死亡し、亡骸すら腐蝕して骨粒ひとつ残らない──極悪の権化のごときモンスター。

 それが、“三体”。

 最初にトオムを斬壊したものと、新たに召喚したもの二匹で、合計三匹。

 うち一匹の不死の竜の額に悠然と佇む黒衣の男は、弄虐の音色を眼下の英雄に吐き落としてみせた。

 

「幾千のアンデッドやゴーレムを退(しりぞ)けられても、我が竜王のゾンビたちには、歯が立たないと見えるな」

 

 竜王。

 その単語にピクリと反応するモモン、もといパンドラズ・アクター。

 確かに、あれだけの巨体の竜であれば、竜の王だと、そのように名乗っても不思議でも何でもない。

 しかし、不可解なことが一つ。

 

「……それだけの竜を、死体とはいえ支配下に置くというのは、尋常な力のなせる技とは思えないが」

 

 すでに。

 竜の死骸二匹分との空中戦を一通りこなしたモモンは、疑念の声を飛ばす。

 漆黒の英雄の太刀筋や間合いを正確に測りきったような敵モンスターの実力は、間違いなく、レベル50強……あるいは60代に届くはず。

 パンドラズ・アクターの指摘に対し、十二高弟の中で“副盟主”と呼ばれる男は、超然と微笑むのみ。

 英雄の代行者は、ドラゴン・ゾンビとの戦闘で破壊されたルーン武器の残骸を差し向ける。

 

「その水晶玉……そこにカラクリがあると見るが?」

「答え合わせなど意味がない──どの道、貴様はここで終わるのだからな」

 

 紫紺に輝く大水晶が、ひときわ大きな輝きを放った。

 まさかと思う間もなく、大地が震撼する。

 廃墟の都市をさらに割り砕いて、血の底から這いずり出てきた、竜の骸。

 

「……四体目」

「どれほどの強者であろうとも、この数の不死の竜……捌ききれる道理はない!」

 

 一体だけでも厄介を極める……人間の一個軍以上に相当する、厄災。

 それが四体目ともなれば、確かにどのような英雄豪傑だろうとも、勝利どころか、生存すら諦めるべきところ。

 

「英雄モモン──どうせならば、我が計画のために持ち帰りたい素材であったが、これほど長きにわたって抵抗されては、是非もない」

 

 我が計画──

 その単語に気を取られかけ、モモンは襲撃してくる不死の竜から繰り出される爪撃を受け止めきれない。

 壊れたルーン武器では盾にもならなかった。

 さきほどのアダマンタイト・ゴーレムとの戦い以上に吹き飛ばされるモモンの肉体。

 その先に待ち構えるのは、副盟主が支配しているドラゴン・ゾンビの群れ。

 竜の巨体からは想像もつかないほどの敏捷性で、モモンの鎧はボコボコに蹂躙され始める。

 無論、Lv.100の異形種たるパンドラズ・アクターにとっては、然程のダメージでもない。

 

(さて、どうしましょうか。父上のご命令通り、『ナザリックが威を示せ』を完遂するのもよろしいですが)

 

 それでは、“こちらの計画が狂う”。

 ここで副盟主を殺す予定は、一切ない。

 奴を抹殺する役目は、漆黒の英雄が負うべきものではない。

 

(困りましたね……死んだフリをするにしても、モモンが〈擬死(フォックス・スリープ)〉を使うところを見せるのは差し障りがありますし)

 

 ドラゴン・ゾンビ三体に手毬のごとく弄ばれ吹き飛ばされ続ける中でも、パンドラズ・アクターは冷静に吟味する。

 別に、どうせ殺す相手には違いない。ならば、こちらの情報や力量をいくら披露しても問題はないだろう。

 問題なのは、今回の計画が崩れる可能性と、この戦いを見ているかもしれない存在である。

 

(しかしながら、このような状況で、アインズ様に再び〈伝言(メッセージ)〉を飛ばすのも難しい)

 

 降りしきる毒霧をかいくぐった直後、腐った腕、砕けた爪牙、破れ崩れた翼、骨がむき出しになった尻尾などにブチのめされている……そんな中に、

 

「モモン様!」

 

 この戦いを最も至近で見守っていた、魔法詠唱者の声が聞こえた。

 死竜の蛮声と毒息に対し、魔法の弾幕と防御を唱えて突っ込んでくる。

 傍らには、同じように雷の魔法を両手に灯したナザリックの同胞の姿が。

 

(──そうですね、その手で行きましょうか)

 

 パンドラズ・アクターは即決した。

 ドラゴン・ゾンビの一撃に耐えた感じを装いつつ、突貫してくるイビルアイとナーベの方角に吹き飛ばされる。

 さらに、低レベルでは視認不能な速度で、己の左腕を──────“斬った”。

 傍目には、竜の死骸が放つ一閃で断ち切れたようにしか見えない。

 

「モモン様ッ!!」

 

 大悪魔(ヤルダバオト)との戦いでも、ここまでの損傷を負ったことはなかった英雄にあるまじき姿。だが、さすがに今回のこの相手──不死の竜の質と量であれば、むしろ至極当然な負傷ともいえる。

 モモンはそのまま、飛行してきたナーベラルの腕の中に抱きかかえられる。

 

「……っ!」

 

 痛みに呻くモモン。

 ナーベラルが慄然とした表情で同胞の本当の名を告げかけるのを、肩に回した手指の柔らかさで食い止めた。

 ──大丈夫です。

 そう告げられたように、ナーベラルは決然と頷きを返す。

 

「ここまでだな」

 

 嘲笑を抑えた声音。

 ズーラーノーン副盟主は、勝利者のごとく夜天を舞う。

 

「だが、本当に惜しい。我が不死竜の群と拮抗できる英雄であれば、間違いなく、十二高弟の座も夢ではないだろうに。否、君さえよければ、今すぐ我が同胞の列に参じてもよいが?」

「……ふ、ざけた、ことを」

 

 片腕切断の苦痛に悶絶する演者(アクター)を見下ろしながら、男は苦笑を浮かべる。

 

「だろうな。英雄や勇者というものは、本当に度し難い」

 

 両肩をすくめる副盟主……その隣に、何者かが転移してくる。

 パンドラズ・アクターをはじめ、ナーベとイビルアイも見上げた先に現れたのは、木乃伊(ミイラ)のごときアンデッド。

 

「来たか。そちらは手筈通りにやれたな? ──なに? ──いや、それでいい。むしろ、儀式の素材は多い方が良いからな」

 

 ローブをかぶっていても判るほど──喜悦と期待に歪む、男の口元。

 枯れ切った死体と何事か話した直後、副盟主は四体のドラゴン・ゾンビを傍に侍らせる。

 

「さらばだ。漆黒の英雄。

 せいぜい残り少ない生を、この地で存分に愉しまれるがいい」

 

 待てと言う間もない、転移魔法の発動。

 月を背後にした竜の巨影四体分が、夜の空から消え去る。

 謎の言葉を残したズーラーノーンの副盟主。しかし、これで、エ・アセナルの問題は一応の解決をみた。

 

「大丈夫ですかモモン様!? も、申し訳ありません、取り逃がして」

「いいえ、イビルアイさん……あの場面で下手に手を出せば、こちらの被害が大きくなったやもしれない。守りに徹してくれて、ありがとうございます」

 

 敵の攻撃に対し魔法で防御を張る用意を整えていた冒険者の意志を、パンドラズ・アクターは読み取っていた。むしろ、あそこで攻勢に転じても、被害者の数は増えただけになった可能性が高い。

 まるで心を見透かされたような主張に、仮面の魔法詠唱者は何故か頬を両手で押さえこむ。

 モモンは王国の冒険者を気遣い続けながら、簡単な止血処置などを施してくれるナーベと共に、廃都の地に降り立つ。

 今回の傷は、パンドラズ・アクターが自分で自分を傷つけたダメージだ。低レベルの存在から受けたものとはまるで違う。これを全快させるには、“モモン”用のアイテムではなく、“パンドラズ・アクター”のアイテムボックスを開かねばならない。

 

「今はさがりましょう。奴らの狙いはすでに魔導」

「殿おおおおお~~~~~!!」 

 

 間の抜けた声。

 市街の瓦礫を破砕しながら、暴走機関車のごとく廃都市を疾駆してくる、白銀の獣が目に飛び込んできた。

 主人たちを見つけて急ブレーキをかける四足獣。

 御方のペット枠に分類される存在に対し、まず問いただしたのはナーベラルだ。

 

「ハムスケ……おまえには後方の王国軍の陣営を任せていたはずでは?」

「も、申し訳ないでござるよナーベ殿、ってぇ、うぇぇえ、ととと殿ぉ?! そのひひひ左腕どうし、ぷげら!」

「さっさと、要件を言いなさい」

「は、はいでござる」

 

 なにやらモモンが敗北を演じたことが不平不満そうな顔立ちの美姫の鉄拳は、魔獣の強壮な肉体を完膚なきまでに叩きのめす。

 ハムスケは折檻される自分自身に恥じ入りながら、唖然呆然と絶句しているイビルアイの方をチラリと窺い、そして、告げる。

 

「その、じ、実は────」 

 

 ハムスケの報告を受けたイビルアイは、仮面が吹き飛びかねないほどの大音量を奏でた。

 

「ラ、ラキュースが、(さら)われただと?!」

 

 悄然と、しわくちゃの表情で頷くハムスケ。

 

「ば、かな……ガガーランとティアとティナは何を! ……いいや無理か」

 

 イビルアイは納得するしかない。

 蒼の薔薇は全員──ひとり残らず重傷の身だ。

 モモンたちの助太刀と治癒薬で命は助かり、()()うの(てい)で王国軍の後陣にまで退却した。

 ようやっと本格的な治療に専念できるというタイミングで敵の奇襲を受けたようなもの。彼女らの今の状態では、ハムスケに騎乗して、急を報せに来ることも不可能である。

 そんなガガーランたちの苦い心境を引き継いだかのように、ハムスケは謝辞を述べ続ける。

 

「面目ないでござる」

「攫ったのは、敵のアンデッドとのことですが──それは、まさか先ほど現れて消えた?」

「だろうな。ハムスケ、その木乃伊(ミイラ)っぽいアンデッドは転移魔法で現れ、蒼の薔薇のリーダーだけを連れて再転移した。それで間違いないな?」

「ご同僚の方が言っておられたので、間違いないでござるよ」

「確定だな。ただの木乃伊(ミイラ)が、転移魔法に精通しているとは考えにくい。同一個体とみて、間違いないだろう」

「おっしゃる通り…………まったく、おまえは。モモン様から後陣の守護を任されておきながら」

「も、申し訳ないでござるよ。でも、ナーベ殿。(それがし)がいたところからは、少し遠かったでござるし」

「いま言っているそれを“申し訳”というのよ。恥を知りなさい」

 

 ナーベラルに頬を軽くつねられるハムスケ。

 

「う~、でも本当に、どこへ行ったんでござろうか?」

 

 そう疑問して心配の声をあげる魔獣だが、先ほどの木乃伊(ミイラ)がズーラーノーンの副盟主と共に転移したことを考えれば、答えは一つだ。

 

「おそらくは、ズーラーノーンの本拠地に連行されたのでしょう」

「そんな……何故。いったい、どういう目的で!?」

 

 驚嘆と罵声が混交したイビルアイの様子を観察しつつ、パンドラズ・アクターは思い出したことを口にする。

 

「奴は、可能であればこの私も、何かに使いたい様子でした……確か、“儀式の素材”、だったか」

「い、いったい、何の儀式に?」

 

 訊ねるイビルアイに、モモンは首を振ることしかできない。

 しかし、パンドラズ・アクターは考える。

 アンデッドを使役する秘密結社の、儀式。 

 このタイミングで……エ・アセナルでの戦いで疲弊しきった神官の乙女では、抵抗する余力も残されていなかっただろう。

 連中が今回の内乱を主導したのも、アダマンタイト級を預かる実力者を捕縛・連行する必要があったから──そう考えると、見えている範囲の盤面はだいたい整っていく。

 

(王国の二つの冒険者チームの内、もう一方の“朱の雫”は、評議国で任務にあたっているらしいですからね)

 

 一度はヤルダバオトの出現で呼び戻されはしたが、モモンの活躍によって再び同じ任務に戻ったという。

 だとすれば、王国に残された切り札は、蒼の薔薇のみ……それを狙って、これだけの騒ぎを?

 

(いや、他にも何か狙いがあってのこと)

 

 蒼の薔薇のラキュースを攫うだけなら、それこそ、冒険者組合にそれらしい任務を通して、国外で拉致してしまう手もあったはず。しかし、実際には、大量のアンデッドを使い、十二高弟のトオムにゴーレム軍を出させてまで、一冒険者チームを叩きのめすというのは、作戦としては効率が悪すぎる。

 

(とすると……蒼の薔薇のリーダーを拉致したのは、ただの副次的なもの? 戦いを起こす、そのついでに攫ったと?)

 

 連中が何かをしようとしているという情報は、ナザリック地下大墳墓も掴んでいる。

 しかし、その実態や詳細までは見えていない。

 デミウルゴスが用意した間者(スパイ)は優秀であったが、組織の中枢で行われる奸計──副盟主の企てる計画の全容まで探らせることは不可能であった。

 

(まぁ、一個人の思惑のすべてを明らかにできる者は多くない。おおかたの予想ではありますが、私とアルベド殿とデミウルゴス殿で推測できていますし……ああ、だからこそ父上は?)

 

 理解の光明を得たパンドラズ・アクターは、そのままモモンの役に徹する。

 

「イビルアイさんは、どうします?」

「どう……って」

「仲間が攫われた──この状況で、あなたはどうなさる?」

 

 イビルアイは、少しだけ迷っているようだった。

 しかし、逡巡は一瞬。

 

「お願いします、モモン様──私に、力を貸してください!」

 

 イビルアイは仮面を外して、はじめて素顔をさらしながら平身低頭の限りを尽くす。

 魔導王アインズとの謁見時にすら外さなかった面──それを外すほどの誠意と本気。

 金色の髪が泥と煤に汚れるのも構わず、真っ赤な瞳で、泣訴めいた声音を響かせる。

 

「私は、仲間を、ラキュースを助けたい! そのために、可能であればモモン様のお力添えを、どうか!」

 

 彼女の仲間たち……蒼の薔薇が見れば、驚愕に硬直してしまう光景だっただろう。

 あのプライドの塊のような存在が、ここまでするほど情に深い奴だったのかと──

 そんな同業者の熱意を、漆黒の英雄は高く買う。

 

「“仲間のため”──その意気やよし」

 

 依頼受理による報酬の話だろうかと顔を上げるイビルアイに、英雄は応えてみせる。

 

「ですが御覧の通り、いまの私は片腕。この傷を癒すためにも、業腹ながら、一人のアンデッドの王に、協力を要請するしかない」

「協力を要請……それって」

 

 モモンは告げる。

 

 

 

「魔導国と、魔導王アインズ・ウール・ゴウンと、話をつける必要があるのです」

 

 

 

 そうして、魔導王と連絡すべくイビルアイと少し距離をとったタイミングで、誰あろうアインズ・ウール・ゴウンからの〈伝言(メッセージ)〉を受けたシモベは、アインズの意見に賛同の意を示した。

 あたかもパンドラズ・アクターの行動を先読みしていたかのようなタイミングだ。それも、自らの創造主であれば容易に実行可能な所業に過ぎない。

「我儘だろうか」と訊ねてこられても、パンドラズ・アクターたちNPCにとっては、答えは決まりきっていた。

伝言(メッセージ)〉を終えた直後、漆黒の美姫が微妙な表情で疑問の声をもらす。

 

「しかし、本当によろしかったのでしょうか」

「何がです、ナーベラル殿?」

「いえ……あの下等生物(コオロギ)の申し出など」

「ああ。ナーベラル殿の妹、エントマ殿の一件ですね?」

 

 的中されたナーベラルは、恥じ入るように頬を染めた。

 

「王都でのあの一件は、不幸な遭遇戦だった──そういうカタチで、アインズ様は納得され、王国のアダマンタイト級冒険者への危害行為を自制なさっている」

 

 確かに。

 シモベたちからしてみれば、ナザリックの同胞を傷つけた存在に対する憤りは大きい。

 だが、だからといって、アインズ・ウール・ゴウン御方の許可もなく、事を終えてよい道理はない。

 

 何より、彼女たちはいまだに有用な存在だ。

 

 モモンという英雄の存在を際立たせるなら、現存する英雄たちに語らせるのが、最も費用対効果は高い。

 有象無象に語らせるよりも、既に周辺諸国で知れ渡る人物の口からもたらされる情報の方が、信憑性は否応なく高まるもの。

 これより後、名の知れたアダマンタイト級冒険者・蒼の薔薇の存在は、魔導国の偉大さを世に知らしめるための、良い宣伝広告となってくれる。

 ただ潰し殺すなど、いかにも“もったいない”。

 攫わせたままにするなど“ありえない”だろう。

 でなければ、アインズ・ウール・ゴウンその人が、彼女らを魔導国に招待し、新たな冒険者の存在を教え説いた意義が潰える。

 

(まぁ、魔導国の冒険者がスタンダード化すれば、旧来のアダマンタイト級程度の価値は失墜するでしょうが)

 

 そうなったとしても、彼女らであれば更なる高みを目指すこともありえるだろう。近いうちに魔導国の旗の下で、真の冒険者として働くようになることも、実際ありえる話だ。

 そうして将来的に、世界を征服した魔導国で、後進を育成する教育者の道へと進んでもらうのも悪くない。

 現地では高位の神官の証明となる蘇生魔法の使い手、ラキュース。

 このあたりでは比較的優秀な肉体能力を誇る戦士、ガガーラン。

 ユグドラシルではありえないレベルの女忍者、ティアとティナ。

 エントマを傷つけたイビルアイについては──現在のところ処遇は保留中。

 

(あの魔法詠唱者(マジックキャスター)は、この世界の人間にしては戦闘力が高すぎる。ただの魔法詠唱者では説明がつかない。クレマンティーヌからの情報に聞く神人か、あるいは亜人か。もしくはアンデッドなどの異形種なのでは。だとすると、正体を隠し人間に擬態するアイテムなどを使用している可能性が高い。アインズ様が魔導国に招待した時も、正体の看破にまでは至れておりませんし……いずれにせよ、王国が魔導国に併合された暁には……おっと。いまは捕らぬ狸の皮算用をしている場合ではありませんね)

 

 やはりアンデッドなどのそれとは違う、どう見ても少女程度の気配と体躯で、ハムスケの頬や顎の下を愛で撫でるイビルアイの様子は……本当にただの人間のようだ。

 彼女の身に着けた指輪のひとつを、パンドラズ・アクターは興味の眼差しで見つめかけるが、なにやら不機嫌そうに見つめてくる同胞(ナーベ)の視線を受けて、居住まいをただす。

 

「さて。それでは、反撃の用意をしましょう」

 

 モモンは足元を爪先で叩いて合図を送る。

 パンドラズ・アクターが自切した腕を回収しに行く影の悪魔(シャドウデーモン)たち。

 さらに、副盟主によって裂断されたトオムの残骸も、諸共にナザリックへと送られる。

 

 イビルアイに「魔導王に話が通った」という旨を報せたパンドラズ・アクター。

 吉報に駆け足で応える少女が離れた後、巨大なジャンガリアンハムスターが、口をもごもごもごもごさせていた。

 

 

 

「ん~、さっきからおぬしは何を言ってるでござるか? ──何やらざわつく? なんの話でござるか? まったく意味が分からんでござるよ?」

 

 

 

 

 

 

 


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