いよいよ終盤
※注意※
〈
また、ズーラーノーンの設定については、独自解釈や空想を含みますので、ご了承ください。
50
・
ナザリック地下大墳墓・第九階層。
「では、アインズ様が出立の準備をしている間に、ここでおさらいも兼ねて、諸君らに問おう」
会議の場から席を外したアインズは、奥の私室でアインズ当番のメイドとアルベドを供につけて、出征の準備を整えている。
その間に、デミウルゴスは先ほども言ったように、ちょっとした勉強会の感覚で、守護者たち皆に語りかけていた。
「──そもそもにおいて、我等の殲滅対象となっている“ズーラーノーン”とは、何なのか」
眼鏡の位置を軽く整えた第七階層守護者は、同胞たる守護者らを前に、教鞭を振るう先生のごとく問いかける。
質問の意味を測りかねて沈黙しかける守護者たちの中で、一番槍を務めたのは、漆黒のドレスを身に纏う
「……それは、バカで愚かな人間どもの、秘密結社? というヤツでありんしょう?」
「アンデッドヲ使役シ、夜ナ夜ナ怪シゲナ儀式ヲ催ス……ソウイウ組織ダッタカ?」
「うん。確か、アインズ様がエ・ランテルでモモンとしてご活躍されていた時に、そういう情報を得ていた、よね?」
「あ、でも、あの、お姉ちゃん。確か、帝都で、その、パンドラズ・アクターさんと、ナーベラルさんが捕らえた闇組織の人からも、情報を引き出せた時に、えと」
「マーレ様の言う通り。帝都の闇金融を拿捕・掌握した折に、内部情報をある程度の確定情報として獲得したことが、すべてのはじまりでございましたか」
セバスの言及に対し、デミウルゴスは薄笑いを浮かべる。
「そう。それ以前からも、周辺地域におけるアンデッドモンスターにかかわる情報を、アインズ様は優先的に集積しておられました。冒険者としての活動の影で。帝国のフールーダ・パラダインを取り込んだ折にも。そうして、カッツェ平野の幽霊船や物見の砦──
しかし、と言って、デミウルゴスは指を顔の前で天へ向かい突きつける。
「ならばこそ。アインズ様と同じ種族であるアンデッドを使うとされる組織についても、同様に掌握し利用するほうが良いと、誰もがそう思うだろう」
「それは、まぁ」
「そうでありんすね」
闇妖精と真祖の少女らが首を傾げた。
蟲の悪魔が「ナニガ言イタイノダ?」と問いかけながら、極寒の吐息を吐き出していく。
守護者らの中で、即座に気づいたのは、杖を持った第六階層守護者であった。
「ア、アインズ様は、ズーラーノーンという方達にいてもらうと、何か困ることでもあるのでしょうか?」
「良い着眼点だよ、マーレ……だが、それは正解とは言えないかな?」
「どういうことでありんす?」
正解を教えてほしいとせっつくように眉を顰めるシャルティア。
「ズーラーノーン自体が存在することには、これといった問題はない……問題があるとすれば、その背後にあるものだろうね」
「背後にある、モノ?」
「それは、盟主と呼ばれる敵首魁のことでしょうか?」
アウラとセバスが疑問符を頭の上に浮かべるのを幻視したかのように、叡智と術策の悪魔は頭を振った。
「まったく君は単純というか──まぁ、ここでは盟主の存在よりも、ズーラーノーンという組織がいることで『得をする連中』のことを言いたいのだよ」
「と、おっしゃいますと?」
「いいかね? アンデッドというモンスターを使役するという情報から、周辺諸国も手をこまねくしかないほどの厄種として、ズーラーノーンという存在は認知を受けている。王国のエ・ランテルで死の軍勢を招来した十二高弟や、帝国の地下世界で儀式と称して生贄を捧げる邪神教団などがそれだ。これだけを聞くと、確かに人間国家にとっては相容れない組織であることは明々白々の事実。
だが、彼らが存在することで、圧倒的な利益を得ているのは、他ならない『人間たち』なのだよ」
「はぁ? 言っている意味が、よくわかりんせんが?」
シャルティアの脳内で渦巻く疑念。アウラとコキュートスも腕を組んで考え込む。
「忘れたのかい? ズーラーノーンは、アンデッドを使う組織だ。そして、アンデッドと相容れない存在というのは、何も、
「あ、──もしかして?」
マーレが黄金の髪を揺らした。
デミウルゴスは正答を導き出した同輩に対し、満面の笑みを浮かべる。
「そう。つまり、ズーラーノーンというのは────」
その時だ。
執務室の扉を、何者かが叩いたのは。
・
ズーラーノーンの本拠地・死の城。
中枢部のさらに上層へと昇ったフォーサイトは、絢爛豪華な城の廊下を駆け足で、しかし注意深く進む。
冒険者として習得した技術・魔法・力量のすべてを費やしながら。
下層では数多くのアンデッドモンスターに会敵してきたが、ここでは警備兵の類は配置されていない──そう、クレマンティーヌたちが説明した通り。
それでも、本来であればいないはずの十二高弟が二人……シモーヌとバルトロがいた以上、他の十二高弟が出てこない保証はなかった。
何より、この城に住まう盟主の側近……副盟主が出てくる可能性は十分に存在した。
しかし──クレマンティーヌは肩をすくめる。
「意外と言えば意外だね……ここまで来てるのに、副盟主の奴が出てこないなんテ」
普段から、盟主に任された務めとして、この城内の管理監視を行うはずの存在……フォーサイトが侵入してからというもの、クレマンティーヌとカジットが最も警戒していた敵の登場がないまま、五人は転移魔法の部屋に到着。
イミーナが細心の注意を払い、扉を開ける。
無数に並ぶのは、姿見よりも大きな鏡。
その数、およそ五十枚前後。
敵の伏撃や罠を警戒しつつ、一行は整然と並べられた鏡の間を、慎重に、かつ足早に進む。
「魔導国に一番近いのは、ト」
《帝国のものにしよう。ほれ、あそこダ》
カジットが言って示した鏡は、暗黒の魔法言語で「バハルス帝国・帝都アーウィンタール」と記載されているが、当然一般人では読むことはできない。翻訳魔法を扱える冒険者などであれば話は別だが。
「ここまで来れば、まず安心だネ」
「これが、この姿見が、本当に、帝国に繋がっていると?」
「そーだよー。ズーラーノーンの施設とかじゃなくて、路地裏の影とかに通じる、ただの「一方通行」式だけド」
「ここにある鏡が、全部?」
《
眉唾だと思っていた話だが、クレマンティーヌたちが出会った神に匹敵する御方の存在を思えば、事実として神から託された可能性は高いと思われる。
信じられないという表情で鏡の部屋を見上げるロバーデイクとアルシェに、カジットは注意喚起を忘れない。
《いま、副盟主が出てこない理由はわからんが──奴が来ると厄介の極みだ。城の内部ではそこまでの威を発揮できんが、奴の大水晶は、儂の持っていた死の宝珠よりも、強力なアイテムだからナ》
「確かに。じゃあ、皆ぁ。副盟主のカスが出てくる前に、さっさと帰ろ──ン?」
鏡を前にするクレマンティーヌが振り返る。
ロバーデイクとアルシェ、カジットも見つめる先に佇む
「どう、しましたか、イミーナさん?」
「まさか、敵の罠?」
仲間の問いかけに、チームの眼と耳である乙女は
「皆、──私、──私は」
涙声。
言葉に詰まる彼女が何を言おうとしているのか──彼女が何をしようとしているのか、全員が一瞬で理解した。
・
ノコギリの襲撃を、吸血鬼の爪牙を、魔法詠唱者の脅威を、ヘッケランは懸命にかいくぐり続けた。
幾度も首筋に刃の振動を浴びそうになるのを切り砕き、白銀のドレスを血の色で染めたアンデッド──シモーヌの攻勢を武技で躱し、負属性の魔法攻撃をアイテムで無効化して、しのいだ。
だが、たった一人では、勝算など皆無に等しい。
人間と
数百年を生きるというアンデッドの精密な戦闘技能。
加えて、これまでのような“遊び”ではなく、完全に“戦い”という認識で改めて対峙した敵の強さは、これまでとは比較にならない。
「いくら神聖属性で体を強化しても──地力の差が違いすぎるのよ」
もはや、神聖属性ポーションに対する驚嘆の念を呑み込みつくした十二高弟に、ヘッケランが優位に立てる要素は絶無と言えた。
彼が優位に立てていたのは、ポーションや装備のおかげもそうだが、その実、仲間たちとのチームワークの賜物であった比重が大きい。
その仲間たちは、現在、ヘッケランを
せめて、彼女と同じ十二高弟──英雄級の力を誇るバルトロの血を飲み干され、少なからず回復されることさえなければ、勝敗は覆ったやもしれない。
──だが、状況は、そうはならなかった。
「けほ、ゲほ!」
腕や脚──腹を抉り斬られ、鎧の上からハンマー形態に変形した武装の強打を浴びたことで、肋骨が数本折られた。
それでも、ヘッケランはまだ生きている。
人間など虫のように踏みつぶせる化け物と、今も戦い続けられている。
「〈斬撃〉!」
武技を繰り出す気力も残っている。肉体に奔る戦傷も、痛覚を鈍化させる武技で無視しながら動き続けることが可能。
「無理よ」
言って、幼女は円舞を踊るように、弧を描く剣を受け流し投げ飛ばす。
信じられない速度で大広間の柱に激突するヘッケラン。衝突直前で武技〈要塞〉を発動していなければ背骨が折れていただろう衝撃から、すぐさま持ち直す。
目の前の吸血鬼が、シモーヌが手心を加えたということは一切ない。
魔導国で鍛錬を積んだ冒険者の、戦士としての技量で、どうにか致命的な状況を逃れ続けているという、絶対の事実。
「アンタはよくやったわ。お仲間をまんまと逃がして。私のノコギリ──
ヘッケランは応じることはない。
現状においては、軽口を叩く余裕さえない。
一撃でも多く攻撃を叩き込み、可能な限り敵の足を止め続けることに終始する。
「──〈縮地〉!」
「無理だって、言ってるでしょ?」
距離を詰める間もなく、吸血鬼が背中の翼で空を駆けた。
盛大に空振るヘッケランの頭上に、〈魔法の矢〉が雨霰のように殺到。
「ぐ、が、ご!」
魔法無効化の指輪は使わない──第一位階魔法程度の攻撃に使っては、残る一回の使用回数を無駄に浪費するだけ。
なので、武技〈要塞〉で耐久するのみ。
直後、戦士の勘で振り返る。
発動した〈魔法の矢〉と共に接近してきたシモーヌの一太刀を、〈双剣斬撃〉で防ぎとめる。
盛大に散る火花で視界が焼ける。
「ぐぅうううっ!」
「──ここまでね」
血反吐をこぼしながら戦うヘッケランが疑問する間もなく、吸血鬼が戦士の
「ごぁッ!!」
心臓が弾けそうなほどの一撃。
ポーションの効果がきれかけたヘッケランの身体には、覿面すぎた。
吸血鬼は、己の身体が浄化され炭化することにも頓着せずに、暴力の連鎖をつなげていく。
右肩と左腕に振り下ろされるノコギリと吸血鬼の爪──回避も防御も難しい斬撃を、ルーンの刻まれた剣二本で弾き防ぐ。
しかし、その威力を受け流しきれず、ルーン武器は真っ二つに砕け折れた。
力尽き項垂れるヘッケランの首筋に、断頭台の刃のごとくノコギリの刃が差し向けられる。
「神聖属性が完全に抜けきったら、私の保存食用にしてあげる──今はバルトロの血に、他の野郎の血を混ぜたくないし」
ここへきて、妙なこだわりを見せるシモーヌ。
「それに、こっちで保存しておけば、アンタは復活のしようもないでしょうし?」
「呆れるほどバカな男ね──たとえ、逃がしたお仲間たちが、国に情報を流したところで。ここへ攻め寄せる手段と方法がなければ、何の意味もないじゃない」
「……」
「道半ばで倒れた冒険者の復活? 死体のない蘇生術を扱えるアンデッドなど、存在しない。私があの方に教えられた限り、六大神のスルシャーナ様でも不可能な芸当よ。そもそも不死者たる殺戮の種族に、魔導王というアンデッドに、冒険者を悉く救う術があるとは到底思えないわね」
「……そ、かも、な」
わかっていた。
ここに、敵の拠点の真ん中に置き去りにされるということは、そうなる可能性もあるということくらい。
蘇生魔法の仕様上、死体のない復活の儀式は不可能とされる。ほかにも、魂の強度や、必要となる高額な触媒など、問題点を上げればきりがない。
それでも、魔導王陛下は救ってくれる──帝国闘技場での演説を信じるならば。
そして、フォーサイトの皆も、その事実を受け入れて、ヘッケランを置いていった……そうするしかなかったのだ。
「まぁ、今では認めてあげてもいいわ。アインズ・ウール・ゴウンなる存在が、ルーンの再興や属性ポーションの再生産などに乗り出せるほどの、超級の王であること。──けれど、私が仕えるズーラーノーンの盟主は、この世界で600年以上、存在し続ける絶対者よ。あの方がズーラーノーンを組織したおかげで、アンタらのような人間が、人の国が、人の世が、強大な亜人や異形に食いつぶされずに存続できていた、厳然とした事実」
「…………な、に?」
気になる情報であったが、シモーヌはそれ以上語ろうとはしない。
最後の一本のノコギリが変形し、ヘッケランを拘束する縛鎖と化す。
鋼鉄の鎖は蛇の鎌首や触手のごとく、捕縛者の身体を鎧ごと掴み上げ、浮遊する幼女の目線と同じ高さに持ち上げる。
「これでおしまいね──〈
「!」
ヘッケランは、詠唱された魔法の詳細はわからない。判らないが故に、骨の竜の指輪を、魔法を無効化するアイテムを起動する。
しかし。
シモーヌはスレイン法国の元・闇の巫女姫──通常では使用不能な高位階魔法を発現する媒体と化していた過去を持つ彼女は、かつての頃と同じように、自分では扱えない領域の位階魔法を発動することが可能な、特異すぎる魔法を習得していた。アンデッドモンスターと化したことで、神官数人以上の大儀式が必須なほどの魔力を、いまの彼女は自分自身で錬成可能。もちろん、これは彼女にとっても秘策中の秘策。あまりにも高すぎる魔法では肉体への負荷が加わり、ただの雑魚ごときには披露する意味のない、文字通りの最終奥義であった。
つまり、シモーヌは普段から扱える第六位階の、さらに“上”の魔法を使用することができる。
アルシェの異能で測れた以上の領域を、〈魔法上昇〉の魔法は行使可能とする。
ヘッケランの魔法無効化……第六位階以下の無効化は、効かない。
「〈
発動した魔法は、あまり有名とは言い難い、ヘッケランには未知の魔法──
なのに、
「……え?」
ふと、奇怪な感覚を得る。
幼女の手と重なった映像──
闇より迫るのは白い骨の掌──
強大な化物アンデッドの威容──
この魔法を、自分はどこかで体験したような?
そう。
自分ではない自分が、いつか、どこかで、体験、した?
──瞬間、ヘッケランの額を、奇妙な既視感に酔ったかの如く動けなくなった冒険者の額に、吸血鬼の冷たい掌の感触が、包む。
「ぁ、が!」
激痛をこらえる。
焼き
「終わりよ」という死の宣告──連戦と死闘で疲弊し尽くした体では、敵を蹴り上げる程度の抵抗もままならない。
頭が砕けそうな恐怖。圧倒的な絶望。脳が潰れんばかりの圧力。抗いようのない現実──すべてが終わったかに思えた。
ヒュ、という風切り音が聞こえる。
「な?」
そう言って、ヘッケランの額から手を離したシモーヌ。
手を離したのも無理はない……冒険者を掴みあげていた右腕……可憐な手首と上腕が、鮮血を吹いて断ち斬られていた。
「く、おまえ!」
疑念と怒号を吐き終わる前に、何者かの蹴り足が吸血鬼を弾き飛ばした。シモーヌがノコギリごと大広間の隅にまで吹き飛んでいく。
ヘッケランは神聖属性の輝きを失い、膝を打って前のめりに倒れかけて、嗅ぎなれた女の胸の香りに、束の間──安らいだ。
そうして、虚脱感に緩みかけた意識で、ありえない光景を目にする。
「大丈夫よ、ヘッケラン」
馬鹿な。
そう呟くよりも先に、女の手から、飲みなれた青色ポーションを口に注がれる。
「アンタ一人を、置き去りになんてしない」
バカなことを。
そう言ってやる間もなく、わずかに回復した視界で周囲を見やる。
宙に浮かぶ頭蓋骨のカジット。シモーヌを切り裂き蹴り飛ばしたクレマンティーヌ……
「私たちは、あんたの仲間は皆──ここにいるから」
踊る小馬亭で見た、あの夜の、月下の笑みを思い出す。
「こ、の……ばか……が」
憤慨よりも熱い感情が瞳を潤ませる。
微笑む
・ズーラーノーンに関する、素朴な疑問と考察
書籍十巻の幕間で、アンデッドの魔導王を危険視する法国の神官長たちが描写されていましたが──彼らはどうしてアンデッドを使役する秘密結社・ズーラーノーンの話を、一言もしなかったのか?
アンデッドに関連して想起されてもよさそうな、現地の団体のはずなのに。
魔導王との関係を、協力なり何なり、少しぐらい考えてもいいはずなのに。
何故か?
答えは(以下反転)「彼ら法国は、ズーラーノーンと魔導王がグルでないことを確信できる程度に、ズーラーノーンの内部知識・確定情報を持っているからでは?」
そうなると、ズーラーノーンを率いる盟主の正体というのは──
あと五話くらいで完結する予定(予定)