フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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2020/12/13、冒頭のアルシェ父パート加筆


儀式と父親と魔導王

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 ・

 

 

 

 フルト家は百年以上、帝国を支えてきた歴史ある大家だ。

 少なくともあの愚か者……鮮血帝の代に至るまでは。

 しかしながら、何がどこで歯車が狂ったのか……フルト家は無能の烙印を押され、貴族の地位を追われ、没落の(みち)をたどり、それまでのすべてが変わってしまった。

 私は諦めなかった。

 他の連中が、同じ一等地の邸宅から離れ、従容と(とうと)(くらい)から身をひこうとも、我が家だけは返り咲いて見せると誓った。躍起になった。高利貸しから金を借りるのも、これは必要なことだと確信できた。何故ならフルト家は百年の歴史を誇る貴族。それをあの金髪の若造ごときの専横と独断で断絶し潰すなど、あってはならないことだった。

 なのに、私の娘は、父たる私の考えを理解することはなかった。

 貴族とは何たるか、高貴なる血のある意味とは何か、何度言っても眉を(ひそ)められた。

 むしろ平民の金貸しの方こそが聞き分けが良かった。──そのように思っていた。

 

 だが、ある日を境に──アルシェが妹二人を連れて家を出てからしばらくして──金貸しの男は金を貸さなくなった。これ以上は返済を待てない、返済ができなければと半ば脅されるように証文へサインした。

 

 私はすべてを失った。

 あれほど手放すまいとした家も、家財も……妻も、我が身の自由も……何もかも。

 私と妻は、金貸しの連れてきた男たち、闇金融の者らに連行されるまま、邪神教団の奴隷となった。妻とはそこで別れ、行方は(よう)として知れない。始まったのは、平民以下の暮らし。したこともない肉体労働に酷使され、残飯のような食事で空腹を満たし、同室の奴隷が干からびるように死に、儀式の生贄に選ばれて死に、邪神教団の上位者らの戯れや気まぐれで嬲り殺され死んでいくのを目の当たりにした。死の恐怖に震え、必死に抗おうとする私は薬を盛られ…………気が付いた時には、ここにいた。

 

 

 そして、今。

 

 

 奴隷たちの詰め込まれた一室、その戸口の陰で、私は見た。

 

 怒号を轟かせるバケモノを相手に戦うもの達。

 杖を握る魔法詠唱者の少女が、仲間たちと共に戦塵にまみれ、血みどろになりながらも戦う姿を。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)火球(ファイヤーボール)〉!」

「さがって、アルシェ! 前に出すぎ!」

「ヘッケラン、回復します!」

「ッ、すまねえ、ロバー!」

「いけるいけるいけるヨー!」

《油断するな! 畳み掛けロ!》

「もう一度!〈魔法最強化(マキシマイズマジック)火球(ファイヤーボール)〉!」

 

 バケモノを灼く炎の連射、その輝きに照らし出される少女の横顔。

 父は思い出す。

 あの家で、フルトの屋敷で。

 私が、私たちが育てた、小さく愛しい──娘の姿を。

 

 ──『おかえりなさい、おとうさん!』

 ──『おお、ただいま! アルシェ!』

 

 (いとけな)い両手を伸ばし、駆け寄ってくる体を抱き上げてやった。貴族ならばおとうさんではなく、おとうさまだと、そうただしてやるのもうれしそうな、愛しい我が子。微笑む妻にウレイとクーデの様子も訊ねると、私もおかあさんと一緒にお世話をしたんだよと報せてくる頭を優しく撫でてやった。くすぐったいと笑う娘の小さな掌まで鮮明に思い出す。

 何があっても守りたいと思った。

 だからこそ、この家を、フルトの家を護らねばならないと誓った。

 

 なのに、なのに──私は────

 

 声を懸命に殺し、滂沱の涙を流して胸を震わせる父は、一度仲間(ヘッケラン)を残して戦いを離脱した娘が戻ってくるのを見た。

 娘は、アルシェは尚も吸血鬼のバケモノと相対し、そして────

 

 

 

 ・

 

 

 

 盛大に吹き飛ばされながらも、切り落とされた腕を再生し終えたシモーヌは、心の底から呆れ果てる。

 この死の城からの脱出は、元・十二高弟であるクレマンティーヌがいれば、比較的容易に成し遂げられたはず。

 正しいルートも、待ち構える罠も、転移魔法の鏡の選定も、すべて問題なく攻略できたはず。

 だというのに、

 

「馬鹿な娘だと思っていたけど……ここまで愚かだとは、正直、思ってもみなかったわ」

「挑発のつもリ~?」

 

 法国の漆黒聖典という地位を蹴り、

 次にズーラーノーン・十二高弟の座を抜けて、

 そうしてあろうことか──魔導国の、しかもあれだけ狩りまくっていた雑魚──冒険者のプレートを身に帯びるまで堕ちた元同輩は、ケラケラと甲高い笑声を響かせる。

 

「事実でしょ? ここへ戻ってくるなんて、メリットなんてひとつもないじゃない」

「まぁ、確かニ」

 

 クレマンティーヌは笑顔のまま、シモーヌの意見を肯定する。

 

「正直、私は逃げる気満々だった、けれド──」

「けれど?」

 

 女戦士は言葉を断ち切ったまま、シモーヌの方へ刃を向けた。

 

「言ったでしょ? アンタは、絶対にブチ殺す──私を『片割れ』と呼んだオマエの死を、絶対に見届けないとさ~。こっちの気がすまねぇんだヨ」

 

 本当に、愚かしい。

 

「それは無理ね」

「はぁン?」

「だって、もう──あなたたちは逃げられない」

 

 言って、シモーヌは懐に手を伸ばす。

 先ほどと同じように(・・・・・・・・・)

 

「私が、応援も呼ばずに、チマチマと雑魚の相手を律儀に続けていた理由に思い至らなかったのは、愚昧の極み」

「──なるほどネ」

 

 クレマンティーヌは(まなじり)だけを険しくしながら、吸血鬼が取り出したアイテムの正体を了解する。

 

「そ。応援は、もう、既に、とっくの昔に、呼んでいたってこと」

 

 シモーヌが取り出したのは、十二高弟に支給される、連絡用の手鏡。

 彼女はそれを“起動した状態にしていた”──彼女は懐に手を這わせ、直後、ヘッケランに〈空斬〉で切り落とされて以降、アイテムを取り出すことなく戦闘を続けた。

 クレマンティーヌは無言で顎を引いた。

 その起動した先にいる、鏡の相手というのは。

 

 

 

「おやおや」

 

 

 

 高慢な男の声色が、大広間の二階貴賓室席から奏でられる。

 

「野暮用で城の外に出ていた折に、同胞から何やら連絡がつながった状態を維持されていたが──よもや、ここまで、愉快珍妙な状況になっていたとは」

 

 シモーヌは──フォーサイトという冒険者チームは──その男を仰ぎ見る。

 黒衣を頭から纏った死霊術師。

 痛快そうに笑みの形を刻む唇。

 傍らにはミイラのごとき同胞。

 紫紺の焔を灯して輝く大水晶。

 

「城の守り、ごくろうであった。シモーヌ嬢」

「ずいぶんと遅かったじゃない、──副盟主」

 

 シモーヌたちが視線の先を揃える。

 副盟主の引き連れる竜の死骸──ドラゴン・ゾンビが、侵入者たち六人を取り囲むように、招来した。

 

 

 

 ・

 

 

 

「ええ、アインズ様。お察しの通り、モモン役のパンドラズ・アクターを退かせた副盟主とかいう敵の頭目は、自分たちの拠点に、死の城に帰還したみたいです。──ええ、いい感じにフォーサイトはピンチです。──はい。──わっかりました! 私とマーレは、このまま大画面の魔法を監視しつつ、そちらに中継いたしますね!」

「あ、あの、が、がんばります!」

 

 

 

 ・

 

 

 

 フォーサイトは、完全に追い詰められていた。

 ついに現れたズーラーノーンの副盟主……奴が率いるドラゴン・ゾンビが、優に三体。

 一体だけでも処置が難しいアンデッドの竜に対し、装備やアイテム、魔力と体力が擦り減った冒険者たちは、なす術もなく蹂躙されるだけ。

 

「げ、がはっ!」

「……ヘッ、ケ、ラン」

「こ、こんな、ところ、で」

「ぅぅ、くぅ……」

 

 背後からの絶え間ない圧迫感によって、肋骨に罅が入るのを体感する一同。

 腐敗し、白骨化した巨大な手足で、器用にも踏みつぶすギリギリの状態で身動きを封じるゾンビたち。

 一匹の竜でヘッケランとイミーナが、さらに別の竜でロバーデイクとアルシェが、拘束下におかれているような状態だ。

 拘束解除用のマジックアイテムも、これほどの質量と力量を誇るモンスター相手では、永続的に効果を発揮し続けられない──たった数分の戦闘、否、抵抗の末に、フォーサイトは身動きが取れなくなっていった。

 そして、今。最後の二人も、大広間の床面に、這いつくばることを強要される。

 

「ぎ、くそッ」

《──ちィ!》

 

 悔し気に呻く二人。

 そんなアンデッドたちのうち一人、女戦士の方に、副盟主は感激も一入(ひとしお)という声色で語りかける。

 

「いやはや。今日はなんとも素晴らしい日だ。こうして同胞の一人が無事に帰還してくれるとは」

「同胞、ひとり、ダ?」

 

 元・十二高弟であるクレマンティーヌは、朽ちた竜の左腕に押さえつけられる頭蓋骨のアンデッド──カジットを一瞥(いちべつ)する。

 そして、笑う。

 

「笑わ、せんな。私は、もう、アンタらズーラーノーンの仲間じゃあ、なイ」

「おおお。そのように悲しいことを言ってくれるな……今では立派にアンデッドに転生した、真の同胞だというのに」

「はっ。反吐が出る。私は、オメエラの仲間だけは、もう、死んでも、ごめんなんだヨ」

「……悲しみのあまり、我が竜王たちの手がすべってしまうぞ?」

「ぐ、ぎぃいいイ!」

 

 鎧を砕き、その下にある柔肌と肉体を圧迫していく、不死の巨竜。

 しかし、クレマンティーヌは勝ち誇るように、笑い続ける。

 

「この、ていど……あの方から、の、に比べれば……なんてことなイ!」

 

 首を傾げる副盟主は、元同胞への興味をなくし、同じように身動きを封じられ、砕けかけた黒い頭蓋骨に歩み寄る。

 

「そなたは、魔導王から遣わされたアンデッドかね?」

《……だとしたら?》

「アンデッドであるならば、我等ズーラーノーンの同胞も同然。どうかな? 今すぐ我が同胞の列に加わり、同じ十二高弟として立つ気は?」

《同じ……十二高弟?》

 

 その台詞(せりふ)を聞いて、カジットは砕けかけた顎骨を揺らし、微笑んだ。

 

《フッフッフ……おまえさんでも判らぬか、この儂が、誰なのか。それは、重畳(ちょうじょう)

 

 またも怪訝そうに首を傾ぐ副盟主。

 盛大な溜息と共に、同胞にならぬのであればしようがないと、躊躇なく頭蓋骨の頬骨を蹴りあげながら、(きびす)を返した。

 そして、冒険者たちのリーダー・ヘッケランの傍に……正確には、その近くの床の魔法陣に歩み寄る。

 

「さて。よい按排(あんばい)に素材もそろっているな──さっそく、儀式の準備を」

 

 指示は、大広間の隅で、吸い尽くしたバルトロの死体を大事そうに移動させるシモーヌに対して──ではない。

 下知を受けたのは、別の十二高弟──、木乃伊(ミイラ)のようなアンデッドが空間を開いた。

 そこから放り出されるのは、手足を拘束された状態の人間種や亜人種。

 人間や森妖精(エルフ)小鬼(ゴブリン)妖巨人(トロール)……ヘッケランやイミーナたちは、その中の一人に見覚えがあった。

 

「な、なんでっ?!」

「ラ、ラキュースさん!?」

 

 ヘッケランやイミーナの呼びかけに対し、王国のアダマンタイト級冒険者にあるまじき弱々しさで、黄金の髪の乙女は呻き声をあげる。

 意識はないようだが、生きてはいる。

 治癒魔法を浸透させた包帯以外は、裸に近い下着姿だが、そのようなことに気を取られていられる状況ではなかった。

 

「よし。そこに転がっているオリハルコン級冒険者も含めて、十二の(メス)……予備の(オス)も含めれば、これで二十一か。うむ、十分すぎる量だ」

 

 副盟主と呼ばれる男の企てのために、拉致拘束されたラキュースたち。

 彼女たちの状態を見れば、連中のやろうとしていることがどのようなものであるのか、大体の察しは付く。

 その上で、ヘッケランは問い質す。

 

「てめぇ──いったい、ここで、何を──まさか、死の螺旋とかいう、ふざけた儀式でも、おっぱじめる、つもり、かよ?」

 

 こんな状況でも、ヘッケランは情報収集に余念がない。

 そんな冒険者の悪あがきに対し、男は関心を示す。

 

「死の螺旋? 何故それを……ああ、クレマンティーヌから聞き及んだか?」

 

 そう結論する副盟主は、苦笑するように肩をすくめた。

 

「我が遂行しようとする儀は、そのような些末事ではないさ。我が望みは、それよりも先の次元に位置する」

 

 彼が言っている内容を掴み損ねるヘッケラン。

 些末という一言で切って捨てた副盟主の言に、クレマンティーヌたちも沈黙の裡に疑問符を浮かべるが、

 

「盟主サマがやったとかいう死の螺旋を、些末って言っていいわケ?」

「ははは。なるほど。その噂を信じた口か。確かに我らが盟主が本当にそのような方法でアンデッドという存在に転生したとするならば、我等にとっては重大事に他ならぬだろう」

「ああン?」

《よもや、ズーラーノーンの盟主は、死の螺旋を行っていない、ト?》

「まぁ、そういうことだな、頭蓋骨のアンデッドくん」

 

 首謀者は急ピッチで儀式の準備を進めていく。

 副盟主の指示で動いていた小さな木乃伊(ミイラ)が、ロバーデイクの〈聖域〉のマジックアイテムを中和するように、何らかの魔法を行使。容易に解放された奴隷部屋から、城の主人たちの命令に忠実なしもべとして従う人間や亜人が、列をなして床の大陸図──極大な魔法陣に配置され始める。

 その奴隷のうち“一人”に、アルシェは声をあげかけて飲み込んだ。

 

「余った奴隷は隅にやっておけ……うむ。実に壮観な眺めだ」

 

 浮遊する大水晶を頭上に放りあげ、愉悦を顔の下半分に現す黒布の男。

 

「あとは、“最後の素材”が来るのを待つのみ……いやはや、長くかかってしまったものだが、この儀式が成功した暁には、あの御方もきっと、お喜びいただけることだろう──なぁ、シモーヌ嬢よ?」

「そうね……あんたの理論通りに、何もかもうまくいけば、あの御方の悲願達成の足掛かりには、なるかもね?」

 

 肯定してみせるシモーヌであるが、彼女は内心において──そこまでの興味がある様子ではない。

 せいぜい子どもの戯れを監督する保護者じみた風情で、企図の成就を前に浮足立つ同胞を窘める。

 

「死の螺旋の術式を参考にし、それを広域広範囲にわたって展開するなんて言うのは、誰でも思いつく手法だけど……まさか、本気の本気で実現させようとするなんてね……400年過ごしてきて、あんたほどキている死霊術師は、200年前、十三英雄にブチ殺された不死(アンデッド)の竜王たちぐらいだわね」

「お褒めにあずかり恐悦至極」

 

 褒めたつもりはないと言わんばかりに顔を(しか)めるシモーヌ。

 

「さて、そこの冒険者の女……『このポイントにまで来い』」

 

 何かが砕ける音がした。竜の掌で身動きが取れなくなっていたアルシェが、唐突に解放された。

 が、アルシェは杖を掴みに行くことができない。

 むしろ何故か、副盟主の言うままに、彼が指さす大陸図の赤い点──帝都の位置に歩くことを強要される。

 

「そ、そんな、なんで? わ、わたし達には、精神支配への耐性が!」

「ああ。それであれば、アイテムさえ壊してしまえば、どうということもあるまい?」

 

 そう気軽に言ってくれるが、冒険者の身に着ける無数の武装の中から、ピンポイントでそれを見つけられる確率は。果たして如何(いか)ほどのものか。くわえて、ドラゴンゾンビにそれほど精密な動作を実行させえる副盟主の力量は、底が知れないにも程がある。

 

「いやなに、我が与えられた死の大水晶は、(もと)となったアンデッドの効力で、アイテムに関する審美眼を与えてくれるのだ。これを作り上げた我等が盟主の偉大さが、はっきりと判るだろう?」

 

 ヘッケランたちは慄然となる。

 男が両手に抱える紫紺の宝玉は、今この時だけはドラゴンの特徴的な瞳を思わせる色に置き換わっていた。

 

「それ、そちらの女も」

 

 半森妖精(ハーフエルフ)の冒険者もアルシェ同様、ドラゴン・ゾンビの骨の指で、アイテムを手早く確実に破砕され、命令を強制的に順守させられる。

 ヘッケランは肺に肋骨の破片を感じながらも、怒鳴らずにはいられない。

 

「て、めぇ! い、イミーナ、と、アルシェ、にっ、妙なこと、してみろ──絶対に、絶対絶対、ブチのめしてやるからな!」

「おお、恐ろしい冒険者だ。まるで鬼の一族を思わせる形相である、な、と♪」

 

 副盟主が指揮者(コンダクタ)のごとく指を振るだけで、ドラゴン・ゾンビの掌でめちゃくちゃに城の柱に叩きつけられる。

 魔導国の鎧と、武技〈不落要塞〉の発動がなければ、軽くミンチ肉になっていたような一撃。

 

「う、ぐ、げぇ!」

「ただの儀式の素材候補の分際で、あまり大声で喚かんことだ。なに、儀式が成功し、万事が滞りなく進めば、おまえたち候補連中は命を拾うこともできる。安心してみておれ」

 

 ふざけるな。

 そう言ってやる体力も潰えた。

 涙声でヘッケランの身を案じるイミーナに対して、手を振って微笑むことも不可能ときた。

 さすがに、もうどうしようもない、と──そう諦めることもできずに、死竜の握力に抵抗を試み続けた時。

 

「ふ、ふふふフ」

 

 絶体絶命の危地においては場違いなほど、明るく朗らかな笑声が広間に満ちた。

 

「てめぇの儀式が成功、……せいこー? うぷぷ、そんなのするわけなイ」

「──なんだと?」

 

 クレマンティーヌを抑え込むドラゴン・ゾンビの圧力を強めながら、副盟主は(ただ)す。

 

「ぎ、ぐ……わ、私たちが、魔導国の冒険者が、ここに、死の城にいることは、遠からず魔導国に伝達がいク」

「ほう?」

「おい、シモーヌのロリババア! 私たちが“鏡の部屋”に向かったことは知ってんだロ!」

「……それが?」

 

 吸血鬼の幼女は素知らぬ顔で告げる。

 

「なのに、私らが今、ここへ戻ってきた──この意味がわからねぇのかヨ?」

「……まさか?」

《ふん。然様(さよう)。我等は、すでに目的を達成したも同然。儂が召喚したアンデッドの雑兵(ぞうひょう)に、此度の一件の報告書を持たせ、転移の鏡をくぐらせた──バハルス帝国を警邏する、王陛下のアンデッドと合流しておる頃だろうテ》

 

 シモーヌは(ほぞ)を噛んだ。

 頭蓋骨のアンデッドが用いるアンデッドの召喚モンスター。召喚時間には限りがあるだろうが、長距離をとぶ転移の鏡を用い、然るべきものに伝令を引き継がせれば、それで十分。

 しかし、幼女は反論する。

 

「だとしても、ここへ助けが来ることなんてありえない──ここは、死の神より賜りし、あの御方の、ズーラーノーン盟主の城。魔導国のアンデッドの王に、この城を発見する方法がなければ、何の意味もないわね」

 

 シモーヌは正論を述べる。

 死の城に自由に出入りできる資格を持つのは、十二高弟などの幹部のみ。

 だが、クレマンティーヌと頭蓋骨のアンデッドは、勝ち誇るように笑みを深める。

 

「あの御方に、魔導王陛下に、不可能は、ないッ」

《そう、とも……きっと、何らかの方法にて、貴様らの計略を潰しにかかる、はズ》

 

 異常なまでに魔導王への信義を寄せるアンデッドたちの姿に対し、

 

「それは素晴らしい!」

 

 副盟主は子供のように無邪気な声を響かせた。 

 

「むしろ、そうでなくては困るところ。これで安心して儀式を進められるというもの!」

「……はァ?」

《……何ィ?》

 

 副盟主の太平楽(たいへいらく)な調子に、二人は意表を突かれる。

 (はかりごと)(くわだ)てているはずの者にあってはならないほどの気安さ気軽さで、黒い男は微笑んでいた。

 

「では、よい報せを届けてくれた貴殿には、儀式の“炉心”のひとつになってもらおう」

《ろ、炉心、だ、ト?》

 

 副盟主が、己の持つ大水晶に、黒い雷光をほとばしらせる。

 ただそれだけで、カジットの意識は閉ざされた。

 

《ガ……》

「そういえば、礼儀として名を聞いておくべきだったか。──まぁ、どうでもよいか。エルダーリッチのなり損ない程度」

 

 そのまま、副盟主は頭蓋骨のアンデッドを──大水晶の内側に収める。

 水晶の堅い表面が、まるで泉のごとき水面のようになって、黒い頭蓋をあっけなく飲み込むのを、全員が見た。

 ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイク、アルシェは、あまりの光景に言葉を失う。

 アンデッドゆえに痛覚の薄いクレマンティーヌだけが、吠えることが可能だった。

 

「て、めぇ、いったい、何ヲ?!」

「言っただろう? 『炉心にする』とな」

 

 大水晶が紫紺の閃光を回転させ、内側に収めたアンデッドを圧搾……あるいは咀嚼するような激音を奏でる。断末魔は聞こえない。 

 

「うむ。よい感じだな。魔導王のアンデッドは、やはり質が良いと見える。これならば、儀式の成功も確実だろう」

「なん、なんだ……いったい、その、儀式、っていうのは!」

 

 副盟主が喜悦に歪む唇で語ろうとした……瞬間。

 

「ん?」

 

 その体がかすかに揺れる。

 背後からの衝撃によって。

 黒衣の上からねじ込まれるのは、大広間の破砕した窓硝子の、透明な破片。

 フォーサイトの五人は目を瞠った。シモーヌも。あるいはミイラの十二高弟も。

 

「これは?」

 

 副盟主は振り返った。

 下手人の正体を知る。

 

「わ──私の、娘、を、は、はっ、放せ!」

 

 奴隷部屋にいた、一人の男。

 アルシェの、父だ。

 大陸図を模した紅蓮の魔法陣に縛り付けられる少女は、本気で意外な事態を前に、混乱するしかない。

 アルシェの父は、大きく息を吐き、拾って隠し持っていたナイフ形状の硝子片を、さらに深くズーラーノーンの最高幹部の脇腹に突き入れる。

 だが、

 

「ふむ…………今、なにか、言ったか?」

 

 骨が砕け、肉が弾け、臓物の引き裂かれる音がした。

 

「ぁ」

「!?」

 

 フォーサイト全員が見つめる先で、アルシェの父親の真ん中に、巨大な骨の指が、勢いよく突き通る。

 副盟主の召喚していた竜の死骸、その指一本で実行実現される、圧倒的な破壊の光景。

 こぼれ落ちる臓物。

 大量の血。

 血色を吸った白い骨が奴隷の肉体から引き抜かれると同時に、その肉体は糸の切れた人形のように、床面に崩れる。

 

「あ……あ、ああ……」

 

 痙攣する奴隷の肢体は、かろうじて、まだ、生きている。

 しかし、腹部をごっそり抉られ貫かれた人間など、もって数秒の命。

 奴隷は息も絶え絶えに、血反吐をブチまけながら、娘の方へ向かって、告げる。

 

「あ、る、しぇ……すまな…………すまな、い」

 

 倒れ伏す半死体は、生贄の祭壇に捧げられるように魔法陣の上で半ば磔となっている少女へ──涙ながらに手を伸ばす。

 

「こんな、ちち、おやで……おまえに、すべて、おしつけ……すまない」

 

 何を今更なことを。

 そう激昂することも忘れて、アルシェは父の──末期(まつご)懺悔(ざんげ)を、聴く。

 

「ず、ずま……な…………ぃ…………」

 

 涙を零し絶命した父の姿を前にして、娘は顔を歪め、唇を噛み締めて、ひたすら俯いた。

 

「意識を取り戻していた奴隷がいたのか。まったくよく分からん邪魔が入ったが……」

 

 副盟主は血を一滴も流すことなく、背中から腹部へと差し込まれた硝子の破片を引き抜いて、ゴミを投げるように放り捨てた。

 

「さて。儀式の再開といこう」

 

 奴隷を魔法陣の上に補充した途端、大水晶の明滅に合わせて、大広間の魔法陣も深紅の閃光を走らせていく。

 

「ちょ、なに?」

「こ、れ、は?」

 

 イミーナとアルシェが畏怖と驚愕に凍りついた声をこぼす。

 ミイラ男によって、配置されていく人間やラキュース。屈強な見た目の亜人たち。

 それらを眺める位置にいることを強要されるヘッケランたちに至るまですべてが、血色の世界に浸食されたように染まり果てる。

 

「さてと。仕上げは上々。仕掛けも隆々。これ以上の条件はありえん。あとは──最後の素材を」

 

 副盟主は言葉を区切った。

 そして、力強い……とてつもなく陰惨な笑みの形を、唇に刻む。

 

「来られたか」

 

 なにが?

 そう問うよりも早く、副盟主は大広間の先にある大階段を振り仰ぐ。

 

「隠れていないで、こちらにおいでになったら如何(いかが)でしょう?

 漆黒の英雄、モモン──そして──アインズ・ウール・ゴウン、魔導王殿?」

 

 何を馬鹿な。

 そう疑念し当惑するよりも先に、応える声が轟く。

 

 

 

「ほう? ──私の〈完全不可知化〉を見破るか。それも、その大水晶(アイテム)の力かね?」

 

 

 

 フォーサイトの声ではない。シモーヌやミイラ男のそれとも、決定的に違う。

 現れた存在感は、三人。

 

「モ、モモン、さん!」

 

 声を上げたアルシェ。

 現れた姿は、漆黒の全身鎧を着込む英雄……モモン。そして、その随従たる美姫ナーベ。

 さらに、その隣。

 

「──え?」

 

 既視感を覚える白亜の骸骨。

 闇色のローブを纏う王の姿。

 圧倒的な超越者としての気配。

 万象を静謐に堕としこむ重圧。

 

 それは、ありとあらゆる生がひれ伏すべき──“死”そのもの。

 

「な、──?」

 

 ヘッケランは、赤く染まる大広間の中で、漆黒の色を灯すが如き存在を、見る。 

 思い出す。帝国闘技場で遠目で眺めた、真の冒険者を集いしアンデッドの威容。

 間違いない。

 見間違えようがない。

 

「ア、アインズ・ウール・ゴウン」

「ま、魔導王」

「陛……下?」

 

 ヘッケランとロバーデイクとイミーナの声が重なった。

 実に、フォーサイトがはじめて同じ位置で会い(まみ)える人物。

 

「な、に──この輝き、は?」

 

 ワーカー時代よりも比較して、強力な魔法詠唱者となったアルシェ……彼女が看破の魔眼で見つめる先にある、フールーダ・パラダインを超越し尽くした輝煌を前にしても、嘔吐感を感じることなく、その異様な力の顕現を受容できる。

 

「申し訳ございません。アインズ様……私たちの力、及ばズ!」

 

 死竜の腕の下でひれ伏すクレマンティーヌに対し、魔導王は悠然と語る。

 

「気にするな、クレマンティーヌ。おまえは、よくやった」

「はっ。しかし」

「よいと言っているのだ。今は、己の身を大事にせよ」

 

 萎縮するように、あるいは敬服するように、はたまた劣情をこらえるように、クレマンティーヌは薔薇色に染まる頬を頷かせる。

 

「しかし、どうやって、この城に? もしや、私どもの送った伝令を辿っテ?」

「……え?」

「エ?」

「え?」

 

 ヘッケランも、痛みを忘れて疑問符を浮かべかけた。

 刹那の時間、硬直したようにみえる魔導王。

 しかし、それは錯覚だったようだ。

 

「あ、……ああ、無論、その通りだとも!」

 

 王者の力強い返答を受けて、クレマンティーヌは安堵の表情を浮かべて悦に入る。

 

「──そうか。──そうだな。うん。そういうことだな」

 

 こそこそと独り言を──どこかの誰かと会話しているように聞こえるのも、ヘッケランの勘違いか何かだろう。

 いや。もしかすると、本当にどこかにいる援軍や何かと、密に連絡を取り合っている可能性もあるだろうか?

 

「うん。それはともかくも、まずは──」

 

 魔導王が眼窩に灯す火の瞳で、大儀式とやらを遂行中の男の方へ視線を向ける。

 副盟主は微笑み続ける。

 ローブの下に隠していた細い虹彩の瞳を剥いて、口を耳まで裂きながら、嗤う。

 

 

 

 

「“これで(・・・)揃った(・・・)”!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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