近頃、腕や足にあおじが増えて嫌なんです……
『着信:今井リサ』
私は震える携帯を、ポケットの中で強くにぎりしめた。プラスチック製の携帯カバーがピシリを音を立てたように聞こえる。
これは私の問題。いくら幼馴染とはいえ、リサを巻き込む訳にはいかない。それに、以前、私自身が紗夜に『Roseliaに私情を持ち込むな』と言ったのだ。リーダーの私がそれを守らないでどうするというのだ。
「そうよ……。もう、これ以上は迷惑をかけてはダメなのよ……」
もう一度、強く握り込み、私は携帯をポケットの底の方へと押し込んだ。そして、迷いを振り払うかのように、学校を飛び出した。
──第17話:多忙人は進み、歌姫は惑う
『発信:湊友希那』
耳に携帯をあてながら5人で走るアタシ達。目的地は、とりあえず、友希那の家の方だ。一応、平日の夜だということもあり、友希那の家に大勢で押しかけるのもアレだとは思ったけど、向かってみた。
だが、それ以上に問題なのは……、
『お繋ぎ致しましたが、近くにおりません、ピーという音の後に続いてメッセージをお願いします』
「ダメ!やっぱりでない……!!」
「全く……!!湊さんは何を考えているのですか!?」
隣で紗夜が、世話をやくお母さんのように怒るのに少し口角が上がってしまっていた。紗夜がこんな言い方をする時は、ほとんどが機嫌のいい時だから。
「遥都も早くいくよ!!」
「行きたいのは山々なんだが、湊さんの居場所分かってんのか!?せめて、目的地が決まってから動こうぜ!無駄な体力使ってる気がしてならないんだけど!?」
「居場所くらい、だいたい掴めてるから大丈夫!」
そう、友希那の行く場所なんて大方予想がつく。なにせ、アタシは友希那とも幼馴染なのだから。そんな友希那が起こしそうな行動は遥都よりもすぐに分かる。
そして、今日みたいに、何かを1人で考え込む時、友希那はとにかく静かになれる場所を好んで考え込む。そして、そんな場所は公共の図書館、学校の図書館、そして、自分の部屋のどれか。更に、今日は水曜日で公共の図書館は休館日だから……、学校か自分の部屋となるのだが。
「紗夜、もう6時って回った?」
「18:26ですし、回ってますが……、それがどうかしました?」
「ううん!なんでもない!!」
これで決まり。友希那がいるのは友希那の家一択。なぜなら、学校は19:00に完全下校。そして、図書室の閉館時間は18:00だから、それ即ち、18:00を回ったのなら友希那は静かな場所を求めて家に帰るしかないのだ。多少、寄り道はあっても居心地が悪くてすぐに帰るのが友希那だ。
「んで、結局、どこに行くんだよ!!?」
「友希那の家!!」
「了解……!」
遥都がグッとスピードを上げた。やはり、男の子、身体の発達の仕方が私達とは違い力強く、逞しい。さっきまで、後ろにいたはずなのに、既に私達の隣を走っていて、更には息切れもしている様子はない。
「うわっ!遥都さん、速っ!?」
「す、すごいです……!!」
「これはあこ達も負けてられないよ!!行くよ!りんりん!」
「う、うん!!」
遥都につられ、スピードを上げる後ろの2人。これも遥都の力、知らない内にアタシや周りにいる人達に不思議な力を与える。友希那の時も、お父さんと学校のことが重なって、完全に落ち込んでいたのに、音楽という道で前を向かせたのは遥都だったのだから……。現に、アタシだって、こうして、行動できる力をくれたのは、遥都だから。
腕時計をチラリと見ると、長針と単身が6と7の間で重なりかけていた。いくら初秋とはいえ、太陽はもう沈みかけていて、もう30分もすると街頭がつきそうな暗さだ。
「ハァ……、ハァ……、ん、やっと、着いた……!!」
目の前には友希那の家。アタシは肩で息をしながら、左腕で汗を拭う。ここまで、全力で走ってきたんだ、汗は今年一かいてるんじゃないかというレベルでかいてるし、髪も女の子としてどうなのかというレベルまでボサボサだ。普段あまり運動をしていないだろう、紗夜や燐子は特に汗が目立っているが、二人とも気にしてはいない。そう、今はそんなことどうだっていい、みんながそう思っていた。
こんなにRoseliaのみんなが、そして、遥都が力強く思えたことがあったかな?そう思いながら、アタシは顔を上げた。だが、そこに映ったのは……、
「あれ……?友希那がいない……?」
いつもは電気がついているはずの友希那の部屋。今は電気どころか、人の気配すら感じられない。
*** ***
「一体、何をしているのかしら……」
周りがどんどんと暗くなっていく中、私は住宅街を歩いていた。目的地はない、ただ、足が赴く方へ歩き続けていた。学校を出て、早1時間。流石に足に疲れがきていた。薄暗くなっていく、路地の中でアタシは電柱にもたれ掛かる。
「あ……」
電柱の上についている街頭が、不思議な音を立てながらパッと着いた。途端に足元のみが明るくなり、余計に周囲が暗く見える。私はまたひとつ、またひとつと順番についていく街頭を目で追っていた。だが、目で追っていくうちに、1つのある街頭に目が止まった。それは、今にも消えてしまいそうで、弱々しい光だった。チカチカと弱々しいながらも、ついては消え、ついては消えを繰り返すその街頭。
それが気になり、私はそこへ向かう。特に意味なんてないのは、先程までと変わらない。強いて言うとしたら、近いながらも、目的地があることくらいだ。歩いて、20秒ほどの距離なのだ、言わずもがな、すぐに着く。
「もう、変えてあげないと、消えちゃうわね……」
そう言った途端だった。その街頭は、一際大きく輝いた。そして、何かが切れるような音を立てながら、ライトが消える。
「言ったそばから……」
再び訪れる、闇の世界。あかりに慣れた目ではただの真っ暗な空間にしか見えなかった。しかし、人間とは便利なもので、その後、徐々に暗闇に目がなれる。そこで、アタシはあることに気づく。
「あら……?ここの家、どうにも見覚えが……」
曲がり角に面する、クリーム色の壁に黒い屋根。ごくごく一般的ではあるが、どこか真新しさを感じるこの家、誰かの家だったかしら?見たことがある気がする。そんな違和感を抱えながら、私はもう一方の道路の方へと回ってみた。
「っ!?」
ガラスのような表札には漢字で『伊月』と書かれていて、その上にはローマ字で『Iduki』とふられている。壁の色よりは薄い、白に近い色をしたタイル。そして、オシャレな黒い檻のようなデザインの小さな門。当時の私には高すぎた位置にあった、カメラがついたインターホン。間違いない、今、私の目の前にあるのは、彼の、伊月遥都の家だ。
心臓の鼓動が一気に速くなる。落ち着いて見えていたはずの、住宅街と路地が急にうねり始めたような感覚を覚える。頭がガンガンと痛み、額には暑さからくるものとは違う汗が滲み出る。刹那、立ちくらみを起こす私の体。崩れ落ちるように地面に片膝をついてしまう。片手で頭を抑えながら、立ち上がりはするものの、頭の痛みが収まらない。
「なに……、これ……!?」
体が拒絶反応を起こしつつも、目を逸らしたら二度と見れなくなると本能が訴えかけてくる。塞ぎたくなる両目を、必死の思いで、開いて、遥都の家の玄関を見る。
私の目に映るのは、楽しげに話す、1人の小学生の男の子に、同じぐらいの女の子2人。1人は後ろで髪の毛を束ね、1人はその束ねた子に手を引かれ、家の中へ入っていく。雪が降り出すと、髪を束ねた子が、残りの2人に不格好だが、一生懸命作ったと分かるようなマフラーを渡し、みんなで色違いのマフラーを付けて楽しんでいた。
もう、言う必要が無いだろう。これは、紛れもなく、私達だ。もっと言うと、あの事件が起きるよりもっと前の小学生のころ。私達3人がいつも一緒にいた時の頃のものだ。
「あ、ら……?」
気がつくと涙が流れていた。頬を湿った感覚が伝い、頭を抑えていた腕に雫が落ち、私はその正体を知った。初めは一雫目、二雫目と、数えられるほどしか落ちてこなかったはずなのに、目の前の情景が鮮明になれば、鮮明になるほど、涙の勢いは強くなる。
だが、そんな色鮮やかな情景は徐々に色が抜けていった。背景は変わらない。だが、そこに移る人の色が明らかに褪せていくのだ。灰色へと変わるその景色は、太陽のような明るかった笑顔の色も奪う。赤や橙が良く似合う笑顔は消え、表情は暗く、雨雲の灰色になる。いつしか、楽しげに遊ぶ3人の姿は、私の目に映らなくなった。私とリサが呼びかけはするものの、勉強道具とはまた別のものを持った遥都が出てきて、そのまま去る遥都。私一人で遥都の家の前を通るものも、インターホンすら押さずに引き返す私。そして、最後に映ったのは、中学の制服を着て、かなり怖い目をした遥都だった。
ゾクリとする背中。左足が一歩、後ずさりをする。そして、次の瞬間、私は走っていた。遥都の家を背に、無我夢中で……。あぁ、私は、また……、
ダメと分かっていても一度走り出してしまったら、もう止まらない。遥都の家の前から流し続けた涙が、風に流され、真横に流れるのがわかる。そして、その瞬間、悟ってしまった。
"私はもう二度と戻ってこれない"、と…………。
悔しくて涙が止まらない。走りながら下唇をギュッと紡ぐ。歌う勇気を、意味を、場所のきっかけをくれた遥都に感謝すら出来ないのだから……。
ヒュッ……
右耳に風の音が響いた。それは、一瞬。されど、明らかにそこだけ強く、なにか誇張するかのように。私は立ち止まり、その地点を振り返る。
「え………………?」
「……っ!?み、湊さん……?」
「は、遥都……?」
逃げたはずの相手が、自分が暗闇に突き落としてしまった相手が、そこに居た。
「なぁ、なぁ、紅葉さん」
「あれ?佐山くん?どうかした?」
「最近、自分の出番ってやつがすくなくてですね……」
「あと、1回あるかどうかだけど……」
「え……??」
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