さて、さて、さて、いよいよ合唱コンクールが終わります。心して……
ざわめきと実行委員会によるアナウンスが鳴り響く体育館。秋に入ったとはいえまだ9月。旧暦だとしたら、まだ夏場。熱気と湿気により汗ばむ肌が服と張り付いて妙に気持ちが悪い。暑さから、胸元でパタパタと服であおぐものや手に持っている冊子状のしおりであおぐものがいる。見に来ている保護者は手持ち扇風機や扇子を片手に付近の保護者と談笑したり、子どもを見つけると手を振ったりと中々に騒がしい。
『静かにしてください』
実行委員会の一言によりざわついていた体育館が徐々に静かになっていく。体育館右前方に座る、実行委員会は静かになったことを確認すると、高らかに宣言した。
『これより、○○年度、□□小学校、学園祭を開催します』
──第28話:英雄の誇りの矢と雨音
最初の長ったらしい校長の言葉を皮切りに、地元の公立中学の宣伝も兼ねた吹奏楽の演奏が始まった。女子の方では「吹奏楽部、入りたいよねー!」と言う話、男子では「あのフルートの人可愛い」「いや、俺はクラリネットの人派」「いや、お前それはないわ」としょうもない話が行われていた。その後もクラブチームのダンスが行われるなど、会場のボルテージは吹奏楽を起点に徐々に上がっていく。
そして、熱い空気が流れる中、アナウンスにより、遂に合唱コンクールの幕が上げられた。
『続いては、合唱コンクール部門です。各クラスはプログラムに従って準備をしてください。初めは一年一組の皆さん、よろしくお願いします』
その言葉に会場で歓声が上がる。調子に乗った男の子や励まし合う女の子の声、様々な声が様々な所から聞こえてくる。この学校は一年から行い、一学年3クラスなので、学年ごとに最優秀賞を決めている。学年内の順番はくじのより決められているのだが、遥都らのクラスは6年の中でのトップバッターだった。
次々に発表を終え、自分達のクラスの席に戻っていく生徒達。そして、いよいよ、6年生の部となる。
『続いては6年生の部です。準備をしてください』
アナウンスがかかり、皆が立ち上がる。左側から順に決めていたポジションへ歩く。緊張しているのか、どうも表情が硬い子が見られる中、時間だけは我先にと進んでいく。
「遥都、頑張ろうな」
「当たり前だろ、知夏良」
「……そう、だよな」
男子の列、中央付近。前にいた遥都に知夏良がポンポンと肩を叩き、耳打ちしながら笑顔で伝える。それを鬱陶しそうに返す、遥都。傍から見ればそれだけの光景だが、知夏良にとってはいつもと全然違ったらしい。返事をする時、彼の顔から笑顔が消えていた。
(遥都はやっぱり……)
知夏良は一端の背負い、そのままステージの階段を上がる。覚悟を決めて、前を見ても、視界に入る遥都の背中には、頑丈だがつついてしまえば一瞬で崩れさそりそうな鉄の鎖か、はたまた硝子の鎖か、狷介孤高をより一層際立たせるものが見えてしまう。変わってしまった友達のそんな所は見たくない、無意識な思いが知夏良の目線を下げる。
だが、無常にも時は過ぎていく。止まることは許されず、舞台のひな壇が近づく。前方の遥都はひな壇に足をかけている。
(やるしかないか……)
知夏良の目からも遊びの色が消える。いつも上がっている口角は下がり、口を紡ぐ。全員が並び終わり体育館に凪が訪れ、観客の目が遥都らに集中する。指揮者が手を上げ、伴奏者とアイコンタクトを取り、静かにその手を動かし始めた。そして、静かに前奏が流れ始める。
*** ***
『15:40になりました。生徒の皆さんは席に戻って下さい。』
採点のために取られていた10分ほどの休憩が終わり、会場にアナウンスがかかる。ざわめきの中、それぞれが席に戻り、遥都も既に戻っていた。その数十秒後に隣の席に座ったのは合唱でも隣にいた知夏良。いつもなら楽しそうに知夏良から話しかけるが今回ばかりはそうも言ってられないようで、しばらく黙り込んでしまう。だが、普段から騒がしい知夏良、沈黙に耐えきれなくなり、遥都に話しかける。
「もう戻ってたのか、遥都」
「……知夏良」
「そんな邪険にすんなよ。んで、どーなの?手応えは」
「まぁ、悪くはなかった気がするよ」
「ぶっちゃけ、最優秀賞取れると思ってる?」
「取る以外想像してないから」
「へいへい。まぁ、実際……」
『まだたっている皆さんは座ってください』
「あり、もう始まっちゃうのか。なら、後でいいや」
必死に平静を装い話しかけた知夏良は周りのざわめきの冷めに合わせ、知夏良は遥都との会話をやめて、前を見る。そして、完全に静まったことを確認すると司会の子は続けた。
『只今より、合唱コンクールの結果発表を行います』
体育館の静まりの中空気がピンと張り詰めたのを感じた。最優秀賞のクラスは二人、優秀賞のクラスは一人前に出て並ぶことを指示した後、校長先生が登壇され、司会の子も教頭先生へとマイクを渡す。教頭先生が総評を行うと、遂に、一年生から順にゆっくりと読み上げを行う。
遥都は静かに目を閉じ、名前が呼ばれるのを待っていた。左手と右手を合わせ、それぞれの指の隙間に指を交わらせ、肘を座っている膝の上に起き、前かがみの体勢の中、口元に両手を置く。
『続いて、六年生です』
前の方で騒いでいた他学年までもが急に静かになる。そうさせたのはここにある異様な緊張感か、圧力か。いずれにしても、空気をより一層張り詰めさせる。
『優秀賞は、6年4組』
一度、大きな歓声が後ろから上がる。だが、一方で前方と後方からは少し安堵の声も流れてきている。遥都は体勢を変えずに、次を待つ。そう、最優秀賞は未だに発表されていない。そして、体育館が再び落ち着きを取り戻す。
『続いて、最優秀賞を発表します』
顔の前で握り合わせる遥都の手にグッと力が込められる。静かだが、強い想いがそこからは確かに感じられた。その横の知夏良はそんな友達を見て、最優秀賞を強く願う。ソプラノパートの女子のほうではリサが友達と一緒に手を合わせていた。目には見えないものの、リサが大好きな親友のために人一倍、結果を強く望む。
『6年2組』
左右から一斉に歓喜の声が上がる。なんだかんだあったとはいえ、やはり、最優秀賞という結果を貰えたのだ。喜ばないはずがない。遥都も肩の荷が降りたかのように手を解き、背もたれに背中を預ける。その遥都に横から知夏良がハイテンションで話しかけた。
「やったな!遥都!!」
「あぁ、とりあえず一安心。最低限のことは出来たな」
「最低限って、お前……。まぁ、いいや!とりあえず、パートリーダー、おつかれ」
「ん。俺にとって大事なのはこの後だから……」
「え?」
グータッチをしようとしていた知夏良だが、遥都が前を向いたままで気づかないため、少し寂しそうな顔をしながらも静かに下ろす。そして、そのご、前に行くようアナウンスで促されると、遥都は席をたち、列をはずれ前に早歩きで行ってしまった。
「アイツ、嬉しくないのかな……?」
ポツリと知夏良の口から零れ落ちた小さな疑問は、歓声や拍手によってかき消される。知夏良も登壇し、賞状が授与されている姿を見て、疑問を忘れてしまっていた。登壇していた遥都は隣にいる表向きは女子のパートリーダーの吉田さんと共に舞台上から礼をすると、表情一つ変えずに戻ってきた。
その後、各教室に戻り、帰りのホームルームになる。嬉しさによる半泣き状態の担任の先生による、約15分にも及ぶ話が行われ、少しクラス内に嫌気が差し込む。だが、いつもなら舌打ちの1つでも出てもいいものだが、今日は皆の機嫌がいいからか、皆も仕方ないというような目で見る。そして、その後、パートリーダーが締めの一言を言うように頼まれる。
「それじゃあ、ここまで頑張ってくれたパートリーダーの吉田さんと遥都くんに最後、なにか喋ってもらおうかな。まずは吉田さん!大丈夫?」
「あ、はい。えっと〜、湊さんのこととか、色々ありましたが、私はみなさんと楽しく練習出来た結果だと思います。これはみなさんと共に頑張った努力の証です!イェーーーーイ!!」
クラスの一部を巻き込み大盛り上がりをする吉田さん。普通ならほぼ百点満点のフレーズを言い、先生も褒める言葉を口にして、「お疲れ様!」と言った。だが、隣にいる遥都は違う。そして、先生に言われる前に、強引に教壇の上に立ち吉田さんの方を向く。それはまるで喜びの空気を"同調"せず、一瞬で砕け散らす鋭い矢、そのものだった。
「なぁ、もう、終わったからいいだろ?その気持ちの悪い仮面外せよ、スクラップ」
暖かい色をしていた教室が一瞬で凍りつく。空気が砕け散り、広げようとしていた輪は絶たれ、"同調"が途切れる。先生までもがあまりの変化に絶句してその場から動けない。それは、以前、遥都が吉田さんに怒った時のものより比べ物にならないくらい大きく、強く、そして、圧倒的な圧力。誰もがその場、体勢から一ミリたりとも動けない。その圧力の中心に立つのが遥都だった。
「なぁ、なんか勘違いしてない?もう終わったからいいだろ。キミさ、なんの役にも立ってないし。むしろ足引っ張ってただけ。友希那のこともさ、元はと言えばキミが煽ったわけだろ?煽らなければあんなことにならなかったし、注意されたのが図星で仕方ないからそれ以外のところで怒らせた。違う?それに、後半練習仕切ってたの俺だから。キミがあまりに使えないから。キミさ、友希那に『笑える』とかなんとか言ってたらしいけど、俺から言わせればよっぽどキミの方が滑稽だったよ?」
この場にいるもの全ての足を、声を凍りつかせ何者にも口出しをさせない。涙すら流させないその目は完全に別人。深みを増し、もはや真黒に近いようなその視線。以前と比べても段違いのものだった。その目が今度は皆に向けられる。
「あぁ、それとさ、みんなにも言っときたいんだけど、俺が練習中、なんか言うときに見てたこのノート、友希那が書いてたノートだから。その内容をそのまんま読んでるだけ。注意されたこともメモって、病院で友希那にアドバイス貰ってたりしてたの。俺はそれを伝えてただけだから。確かに友希那にも伝え方とかには問題があったと思う。それでも、結果が最優秀賞だったってことは、あの人は何一つ間違ってない。そういう事だよね?スクラップさん??……って、返事することも出来ないのかよ。ホント、スクラップ。」
最後だけ吉田さんの方へ視線を移し睨みつける遥都。睨みつけられた吉田さんは恐怖からか何度も首を縦に動かす。それを確認した遥都は、もう一度みんなの方を向く。そして、こう告げた。
「このスクラップ同様、友希那のことをバカにしたゴミクズはまだ沢山いるだろ。生ゴミ見てぇなくっせぇ匂いがプンプンするからよぉ。そいつらにも、そいつら以外にも言っとくぞ。友希那がこれから、音楽関連のことをするときがあると思う。だけどよ、友希那は何一つ間違っちゃいない。邪魔、すんじゃねぇよ!」
吠えた。その咆哮は今まで聞いたこともないような声。リサや遥都、幼い頃から付き合いがあったり、仲良くしてきたり、といったメンバーすらも正直驚きを隠せなかった。遥都はその中を一歩、一歩席へと空気が軋ませながら進む。それは、そこにいる誰もが感じたことも無い圧力だった。
窓にポツリと水滴が映る。そして、その音が途切れることはもう無かった。この時期独特の夕立が一瞬にして外の景色も変えてしまう。雨粒が校庭の木の葉に、地面にあたり大きな音を立て始めた。同時に風がざわめきを誘う。沈黙により、より大きく聞こえるその雨音は恐怖をより一層かき立てていた。
──合唱コンクール、終了
「紅葉さん、何してたんですか?」
「んあ?高校生の遥都くんか」
「あ、はい」
「ちょっと、海外の方へ……」
「わぉ、お疲れ様です……」
「時差ボケと飛行機酔いで頭痛くなってましたwww」
まだ終わりませんからね!?
感想、評価まだまだ待ってます!