【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第九話 再来の気配

「行っちゃったか……」

 

「では3人とも、中へどうぞ」

 

 ダニカに促されて、健人たちはキナレス聖堂へと足を踏み入れる。

 聖堂の広さは百平方メートルほどで、四方にベッドが置かれており、ベッドの上には病人と思われる人たちが寝かされていた。

 

「ダニカさん、この人たちは……」

 

「この聖堂では、町の人たちの病気やけがの治療も行っています。特に今はストームクロークや山賊との小競り合いも多く、近くの野営地には盗賊や巨人が住み着いていて、怪我人が絶えないんです」

 

 ベッドに寝かされている人は、平服を着た街人もいるが、ホワイトランの衛兵の姿もある。

 病人や怪我人達は、皆一様に苦しそうなうめき声をあげており、治療にあたっている信徒達の間にもピリピリとした雰囲気に満ちている。

 

「ううう、た、助けてくれ……」

 

「ダニカ司祭、治癒をお願いします」

 

 衛兵の治療にあたっていた男性の信徒の一人が、ダニカの名を呼んだ。

 彼のケガはかなり深刻なのか、傷から流れ出た血がベッドの上を真っ赤に染めている。

 

「今行きます。すみません、すぐに戻りますので……」

 

「いや、俺達も手伝おう」

 

「そうですね。これからお世話になるんです。俺達にも手伝わせてください」

 

「……包帯を作っておきます。要らない布はありますか?」

 

「手伝ってくれるのはありがたいですが、あなた達は今ホワイトランに到着したばかりでしょう?」

 

 事態を重く見た健人達が、進んで手伝いを申し出る。

 しかし、手伝いを申し出た健人たちに、ダニカは迷ったような表情を浮かべる。

 健人たちは強大なドラゴンに襲われ、家族を失い、命からがら逃げだして、ようやく安全な場所にたどり着いたばかりだ。

 ダニカとしては、まず一旦休息をとって欲しいと考えていた。

 しかし、三人はダニカの願いを丁重に断った。

 

「いい、世話になるのは俺達だ。手伝わせてくれ」

 

「ドルマの言う通りです。名前も呼び捨てにしてください」

 

「そうです。それに、今は働いていた方が楽なんです。お願いします」

 

「……分かりました。ではケントとドルマは怪我人が暴れないように手を貸してください。リータ、包帯に使う布は奥にありますので、持ってきてください」

 

「分かりました」

 

 三人の強い申し出にダニカは折れた。

 ダニカの了承をもらった三人はすぐさま動き出す。

 健人とドルマが暴れている患者のもとに駆け寄り、リータが聖堂の奥へと走っていく。

 

「ん~~! ん~~!」

 

 怪我をしている衛兵は、一目で見ても重傷だった。

 矢はふとももに深々と突き刺さっており、血が止めどなく流れている。

 剣で切り落とされたのか、右手は上腕から先がなく、傷口にまかれた布が真っ赤に染まっていた。

 痛み止めなど存在しないのか、衛兵は激痛に激しくもがいており、そのため満足な止血ができずにいる様子だった。

 健人とドルマが暴れる怪我人の上半身と下半身を抑え、止血をしようとしている信徒の介助に入る。

 

「くそ、血が止まらない!」

 

 血が流れている主要個所は二か所。

 どちらも動脈を傷つけているのか、心臓の拍動に合わせてゴポ、ゴポと規則正しくあふれ出ている。

 駆け寄ってきたダニカが太ももに刺さっていた矢を抜いて手を患者に向けると、彼女の手の平が淡い光を放ち、衛兵の全身を包み込んだ。

“治癒の手”の回復魔法だ。

 健人は初めて目の前で展開された魔法に、目を見開く。

 この世界に来てから、魔法を目にする機会は何度かあったが、こんなに近く目の当たりにしたのは初めてだった。

 しかし、治癒の力が足りないのか、それとも出血が激しいのか、ダニカの“治癒の手”でも、血が止まる様子がない。

 

「ダニカさん、そのまま続けてください!」

 

 その時、健人は思いついたように出血している太ももの付け根を指で押さえた。

足の動脈は太ももの内側から、押さえることができる。

 健人が動脈を抑えたことで太ももの出血の勢いが弱まり、徐々に傷口を塞いでいく。

 

「っ! お前……」

 

 ドルマが驚きの声を上げる。

 そこに、ダニカの治癒の手が加わり、足の矢傷は十数秒で完全に塞がった。

 

「次は腕を!」

 

「え、ええ! ケント、お願いします!」

 

 健人は次に切り落とされた腕の脇の下を抑える。腕の動脈が皮膚の近くに走っているポイントだ。

 しかし、こちらは傷口が大きいためか、血がなかなか止まる様子がない。

 その時、聖堂の裏からリータが新しい包帯を持ってきた。

 

「お待たせ。新しい包帯よ!」

 

「リータ、こっち!」

 

 健人はリータから渡された包帯で輪を作り、出来た輪に患者の腕と近くにあった木の棒を通すと、木の棒を捩じった。

 通した木の棒が捩じられたことで輪が締まり、傷口を圧迫する。

 そこにダニカが治癒の手をかけると、切り落とされた腕の傷も塞がった。

 その光景を確認して、健人は息を漏らした。

 

「ふう……」

 

「ありがとう三人とも、助かりました」

 

「ああ、ありがとうございますダニカさん。次の患者を治療しましょう」

 

 治療を待つ患者は多い。

 ダニカ達は一つの命を救いあげることができた喜びもそこそこに、次の患者の治療に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ハドバルはカイウスに案内され、雲地区を歩いていた。

 彼の目の前には雲地区の最上部に築かれた宮殿、ドラゴンズリーチがある。

 ドラゴンズリーチはかつての上級王オラフが、ドラゴンのヌーミネックスを捕らえたことからその名がついた宮殿だ。

 

「カイウス殿、首長はドラゴンズリーチにおられるのか?」

 

「ああ、そうだ。帝国軍とストームクロークとの戦いに加えて、ドラゴンの目撃情報。首長はとても宮殿を離れられる状態ではない」

 

 石造りの階段を上ると、巨大で重厚な門がハドバルの目の前に飛び込んできた。

 ハドバルは緊張感から、ごくりと息をのむ。

 元々平民出身の彼にとって、かのオラフ王の住んでいたドラゴンズリーチには憧れもある。

 同時に、今の彼は帝国兵。このホワイトランにとっても招かれざる客である。

 少しでも油断すれば、命を奪われてもおかしくない。

 しかし、それでもハドバルには果たすべき使命があった。

 己の責務と矜持を胸に、ハドバルはカウスの後に続く。

 

「カイウス! 帝国兵をこの宮殿に招くなんて何を考えているの!?」

 

 しかし、彼らの歩みは、門の前に控えていたダークエルフによって止められた。

 革の鎧を身に纏い、腰には剣を差した女性のダークエルフだ。

 帝国兵であるハドバル達を相当警戒しているのか、いつでも抜けるように剣の柄に手を当てて腰を落とし、隙無く身構えながら全身から剣気を発している。

 今にも斬りかかりそうな程、剣呑な気配と立ち振る舞い。何より、ピリピリと肌に感じる剣気に、ハドバルは目の前の女性が並々ならぬ戦士であると判断した。

 

「カイウス殿、彼女は?」

 

「彼女は首長の私兵であるイリレスだ。イリレス、彼は帝国兵だが、ヘルゲンの生き残りらしい」

 

 首長の私兵という言葉に、ハドバルは驚いた。

 ノルドは、ダークエルフに対していい感情は持っていない。

 このタムリエル大陸において、古代からエルフと人間は敵同士である。

 特にノルドとダークエルフは、互いの領地が接しており、歴史的に何度も直接敵対してきた記憶と歴史があるからだ。

 そんなダークエルフが一領地の王である首長の私兵に任命されるなど、ただ事ではない。

 それは、首長にとって、このダークエルフの女性の力量や精神、忠誠心が、同族のノルドと比べても秀でていることの証左だ。

 同時に、たとえ異種族だろうと、評価に値する人物は、迷いなく評価するという、首長の器の大きさも示している。

 その事実に、ハドバルはなんとしてもドラゴン復活の危機を伝えなくてはならないと、改めて決意した。

 

「……分かったわ、首長のところまで案内しましょう。だけど、私は首長の私兵。彼と彼の一族を脅かすあらゆる危険を処理することが役目よ。もし彼に危害を加えようとするなら、貴方が剣を抜くよりも早く、貴方の首を切り落とすわ」

 

 一方、カイウスから大まかな事の次第を聞いていたイリレスは、ハドバル達への警戒を続けながらも、二人を案内すると言ってきた。

 彼女が門の両脇に控えていた門番に合図を送ると、巨大な門が開かれ、ハドバルは謁見の大広間へと案内された。

 謁見の大広間は、百人が入っても有り余るほどの大きさで、二階までが吹き抜けの構造になっている。

 広間には暖を取るための巨大な火床があり、火床の両脇には長テーブル、そして最奥の壁には巨大なドラゴンの頭骨が掛けられていた。

 

“あれが、ドラゴンズリーチの由来、ヌーミネックスの骨か……”

 

 ヌーミネックスは、かつての上級王、オラフ王が捕獲したドラゴンであり、ノルドに伝わる有名な英雄譚に出てくる登場人物だ。

 そして、そのオラフ王がかつて座っていた座には、今現在、このホワイトランを治めているであろう、金色の髭を生やした偉丈夫のノルドの姿があった。

 

「お前がヘルゲンの生き残りか? それで、ドラゴンを見たのか?」

 

 偉大なるバルグルーフ。

 現ホワイトランの首長であり、このドラゴンズリーチの主。

 現在の内戦には中立という厳しくも難しい判断を下しながらも、見事に帝国とストームクロークの間を渡って見せている傑物。

 隣には執政と思われる中年の男性の姿もある。

 その王の覇気を前に、ハドバルは自然と膝をつき、頭を垂れていた。

 

「その通りです偉大なる首長よ。反乱軍ストームクロークの首魁、ウルフリックを捕らえて処刑しようとした際、ドラゴンに襲われました」

 

「ふん、帝国軍が誰を処刑しようとしたかなど、私には関係ない。今知りたいのは、ヘルゲンで何が起こっていたのかという事だ」

 

「……確かにドラゴンでした。闇夜を思わせる漆黒のドラゴンが街を焼き払い、その後は北西へ飛んでいきました」

 

「北西……なるほど、確かにホワイトランの方向だな。イリレスの報告は正しかったわけだ」

 

 ハドバルがちらりと自らの私兵に視線を移すと、イリレスは答えるように頷いた。

 どうやら、ドラゴン復活の情報を、既にこの王は得ていたらしい。

 

「それから、リバーウッドの住民が不安がっています。出来るなら兵を常駐させて頂くことは出来ないでしょうか?」

 

「なるほど、リバーウッドもヘルゲンに近い。民も不安であるだろう。だがなぜ、帝国兵であるお前がリバーウッドを気にかける?」

 

 バルグルーフが確かめるような声色と共に、見透かすような視線をハドバルに向ける。

 虚偽は許さぬ。

 言外にそう言い含めてくる視線を正面から感じ取りながら、ハドバルは一度口の中の唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。

 

「リバーウッドは私の故郷です首長。この身は帝国に忠誠を誓っておりますが、それでもスカイリムを愛する気持ちは変わりません。帝国に忠誠を誓ったのも、全てはスカイリムの為なれば……」

 

「首長、今すぐリバーウッドに兵を送りましょう!」

 

 ハドバルの言葉を聞いた私兵のイリレスが、自らの王にすぐさま兵の派遣を具申する。

 ノルドの王に認められるだけあり、このダークエルフもかなり血気盛んな気質のようだった。

 一方、具申を受けたバルグルーフは、考えるように自らの顎髭を撫でると、隣に控えていた執政に声を掛ける。

 

「……プロペンタス、どう思う?」

 

「今リバーウッドに兵を向ければ、ファルクリースを刺激することになります。最悪の場合、戦いにつながる可能性もある以上、兵を送るべきではありません」

 

 ファルクリースは帝国の中心地であるシロディールと国境を接しているだけあり、帝国に対する悪感情は他のホールドと比べて低い。

 現にファルクリースの首長は帝国に対して恭順を示しており、その為、ファルクリース領であったヘルゲンには帝国の砦が設けられていた。

 対するホワイトランは、この内戦において中立の立場をとっている。

 国家間の関係において、国境付近に兵を増員することは、戦争の引き金になりかねない。

 故に、執政のプロペンタスは、派兵には反対の意見を具申してきた。

 信を置く家臣達から正反対の意見に、バルグルーフは考え込む。

 

「……私はホワイトランの首長だ。確かにプロペンタスの言うとおり、ファルクリースを刺激するかもしれない。だがドラゴンが私の領地を焼き払い、民を殺すのを黙ってみている気はない!」

 

 しかし、思案したのは数秒だけだった。

 為政者としての矜持を見せつけるように、バルグルーフは自らの決断を宣誓する。

 

「イリレス! 今すぐリバーウッドに部隊を送ってくれ」

 

「分かりました、首長」

 

「私も仕事に戻ります」

 

 そして、王の決断に、部下達もまた素早く応える。

 イリレスは部隊の編成をするために、プロペンタスは残った仕事を終わらせるために、それぞれの仕事に戻ろうとする。

 自らの提案を却下されたプロペンタスだが、その表情に不満などは一切見受けられない。

 逆に主君の決断を尊重するように、胸に手を当てて頭を下げている。

 

「そうしてくれ。帝国の兵士よ。よく知らせてくれた。名を聞かせてくれないか?」

 

「リバーウッドのハドバルです。バルグルーフ首長」

 

「よく伝えてくれた、ハドバルよ。この後、君はどうするのだ?」

 

「ソリチュードに戻り、帝国軍と合流しようかと考えております。ドラゴンに対抗するには、テュリウス将軍の力が必要不可欠と考えます」

 

「……ふむ、そうか。ホワイトランとして、帝国軍に公式な協力は難しいが、せめて装具を整えられるだけの援助はしよう。そちらのカジート兵の分も含めて、馬も手配しておく。道中、気をつけてな」

 

「は、感謝いたします。偉大なるバルグルーフ首長」

 

 この広大で寒冷なスカイリムにおいて、馬は非常に大きな労働力であり、資産だ。

 おいそれと渡すようなものではなく、場合によっては一軒の家に次ぐぐらいの価値がある。

 そんな資産を迷いなく提供するあたりが、バルグルーフの器の大きさを示していた。

 馬という思いがけない助力に、ハドバルはバルグルーフに心からの感謝を述べ、謁見の間から退室する。

 去っていくハドバルの背中を眺めながら、バルグルーフはつぶやいた。

 

「将来が楽しみな、良い若者だ。あのような若者がホワイトランの出身とは、胸躍る話じゃないか」

 

「しかし、彼は帝国兵です。馬を与えるのは、少々与えすぎなのではと思います」

 

「彼はヘルゲンに近いこのホワイトランに、一番最初に危機を伝えてくれた。

 信には信で報いる。それに、ドラゴンの脅威をスカイリム中に伝えなければならないことを考えれば、今の彼らに素早い足は必要だ。スカイリムのためには正しい判断だよ」

 

 執政であるプロペンタスとしては、馬という大きな資産を提供することには抵抗がある。

 しかし、主君の言う通り、ドラゴンの危機を素早くスカイリム中に伝えるには、馬のような速い移動手段は必須だった。

 自分より、より広い視点で決断を下す主君に対し、プロペンタスは改めて忠誠の礼をささげた。

 臣下の礼に、バルグルーフは手を挙げて答える。

 

「……さて、あとは」

 

「た、大変です! ドラゴンが西の監視塔に!」

 

 その時、焦燥した様子の衛兵が、謁見の間に飛び込んできた。

 それはこのホワイトランにも、ドラゴンの危機が迫っている証だった。

 惨劇の翼が、再び現れる。

 

 

 


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