【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
戦いが終わり、健人は抜いていた血髄の魔刀を鞘に納める。
デルフィンは切り落とされた傷口に布を巻き、固く締めていた。
断続的に吹き出る血が、どれほど重症であるかを物語っている。
声を発せない健人は静かに腰のポーチに手を伸ばすと、ポーションを取り出してデルフィンに差し出した。
差し出されたポーションを眺めながら、デルフィンは大きく息を吐く。
「ふう、私も衰えたものね。まさか殺そうとした弟子に助けられるなんて……」
手渡されたポーションを受け取り、半分を傷口に振りかけ、半分を飲み干す。
瞬く間に傷口が塞がり、流れていた血が止まる。
切り落とされた腕が再生するわけではないが、止血できれば、命を落とすことはないだろう。
「なるほど、こっちの腕も上がっているのね。大したものだわ……」
癒えていく己の腕を眺めながら、デルフィンは感慨深く呟いた。その声色には、先ほどの戦いの時のような張りつめた気配はない。
左手を失い、戦意を完全に無くしたその姿に、健人は苦々しい感情が喉の奥から湧き上がるのを感じた。
「ケント、大丈夫~~!」
デルフィンの応急手当てを終えた健人が、今度は四肢の麻痺で倒れているドルマに手を貸そうとしたその時、雪崩で山道に積もった雪を乗り越えて、カシトとリディアが合流してきた。
カシト達は雪崩を起して分断を図ったエズバーンを拘束したまま、雪の丘を降りてくる。
「こちらは終わりました。そちらは……大丈夫のようですね」
リディアは後ろ手に拘束していたエズバーンをデルフィンの隣に座らせると、彼らの後ろに立つ。何か不審な行動を取ろうとすれば、いつでも斬れる位置取りだ。
「エズバーンも負けたのね。寄る年波には勝てないって事かしら……」
「私は元々、デスクワーク専門だ……」
悔しそうに顔を歪ませるエズバーン。ドラゴン殲滅を叫ぶ彼としては、ここで志を食い止められるのは不本意であろう。
一方、健人も麻痺で倒れているドルマを起すと、デルフィンたちの所まで運び、ゆっくりと地面に座らせた。
「お前……」
「ケント、さっきから黙っているけど、どうかしたの?」
驚きの声を漏らすドルマをよそに、健人はカシトの問い掛けに自分の喉を指差して、ジェスチャーで声が出ない事を伝える。
デルフィンの麻痺毒はまだ効力が続いている。シャウトを使うにはこの麻痺を解かなくてはならないのだが、健人は手持ちの毒消しを試すも、効果が出ない。
予想はしていたが、やはり相当特殊な麻痺毒のようだった。
そんな健人達の様子を見て、デルフィンはおもむろに自分の服の内側に手を入れた。
次の瞬間、抜き放たれたリディアの剣が、後ろからデルフィンの首筋に突き付けられる。
「動くな」
「変な事はしないわ。ケントに使った麻痺毒の解毒薬を出すだけよ」
信じられないといった様子のリディアを無視して、デルフィンは懐から液体の入った小瓶を取り出す。
厳重に封をされた小瓶を、デルフィンは健人に向かって放り投げた。
「解毒薬よ。飲みなさい、麻痺が癒えるわ」
小瓶を受け取った健人は、一度小瓶に目を落とすと、再び一度デルフィンに視線を向ける。デルフィンの目的達成のためにあらゆる手段を用いる気質を知っているだけに、彼としても、飲んでいいものか迷っていた。
リディアやカシトに至っては、あからさまに飲まないように忠告してくる。
「安心しなさい。一人分しかないけど、ちゃんと本物よ。信じられないという気持ちも無理はないけど……」
「……デルフィン?」
鋭い刃のような気配に満ちていたはずのデルフィンの穏やか声に、エズバーンは戸惑いの声を上げる。
一方、健人もそんなデルフィンの様子に覚悟を決めると、小瓶の蓋を開けて中身を嚥下した。
「ケント様!」
「ケント!」
リディアとカシトが声を上げる中、健人は小瓶の中身を全て飲み干すと、声の様子を確かめてみる。
「あ゛、あ゛~~、あ゛~~、ん、んん! 大丈夫みたいだ」
声は問題なく出る。
リディアやカシトが危惧していた毒の効果も見られなかった。
二人は一時、ホッとしたように肩を落とすものの、続いて複雑な表情を浮かべる。
健人としても二人の感情はわかるが、麻痺が治るなら全く問題はない。
真言であるスゥームを使い、そして学んできたからだろうか。
スゥームでなくても、最近は他人の言葉の端に篭る感情が、この世界に来た時よりも理解できるようになってきた気がしていた。
「特別な毒だったけど、効果が早い分、分解するのも早いわ」
生憎とドルマの分はない様子だが、致し方ない。
もしかしたら、しばらく時間をおけば解けるのかもしれないが、健人としても、今は頂上に向かったリータが気になるところ。
一方、ドルマは手足の麻痺は気にした様子もなく、只々目の前の貧弱だった異邦人の姿を、驚いた様子で見上げていた。
「ケント、お前……デイドラロードと、ハルメアス・モラと取引したんじゃないのか?」
「あ゛? 誰が、あんな奴と……!」
突然のドスの効いた健人の声に、ドルマだけでなくデルフィンやエズバーンも思わず目を見開き、肩を縮こませる。
普段の穏やかな健人の印象しか抱いていないドルマやデルフィンにとっては、怒り心頭な健人の姿はほとんど見たことがない。
いったい何があったのかと聞きたくなるドルマだが、あまりの健人の怒気に言葉を続けられなくなる。
そんなドルマの疑問に答えたのは、隣で様子を見ていたカシトだった。
「そんなわけないでしょ。まあ、確かに契約は迫られたし、色々あったけど、ケントはハルメアス・モラを殴り飛ばして無理やり破棄させたし……」
「「「……は?」」」
ドルマ、デルフィン、エズバーン達の口から、三者三様の間の抜けた声が漏れる。
どうやら、聞こえてきたカシトの言葉が理解できなかったらしい。
実際、健人はハルメアス・モラを彼の領域ごと消し飛ばして、囚われたストルンの魂を開放しているので、嘘は全くない。信じられるかどうかは別問題だが……。
「まあ、一度聞いただけでは理解できませんし、信じられないでしょうね。私も時々そう思いますし……」
一方、ポカンとしている三人の様子に親近感を抱いているのが、ウィンドヘルムで同じ話を聞かされたリディアである。
彼女はデルフィンの首にしっかり刃を突き付けたまま、彼らの反応に共感するように頷いていた。
先ほどまでの緊張感に満ちた戦いが嘘のような、なんとも言えない弛緩した空気が満ちる。
「というか、ドルマ。お前はどこであの知識厨に会ったんだよ」
「ドラゴンレンドを求めている最中に接触してきた。そいつの眷属だった男は、ドワーフの遺跡でドラゴンを復活させて、俺たちに襲い掛かってきたんだ」
ドルマはとりあえず、北の氷河で接触したセプティマスとハルメアス・モラ。そしてブラックリーチでの出来事を踏まえて、健人に説明をしていく。
「襲い掛かってきたドラゴンは?」
「リータが倒して魂を吸収したけど……」
険しかった健人の額に、さらに深い皺が刻まれた。
ドラゴンボーンとしての直感とソルスセイムでの経験が、健人に警鐘を鳴らしている。
「ケント……」
「アイツが意味もなくニルンに介入してくるはずがない。間違いなく、リータに何かしたな。先を急いだほうがいい。グレイビアードたちは?」
「グレイビアード達は無事よ。眠っているだけだから、直ぐに目を覚ますわ」
「カシト、リディアさん、悪いけどここに残って、グレイビアード達の介抱をしてくれ。俺は一足先に頂上に向かう」
テキパキとカシトとリディアに指示を出すと、健人は地面に落ちていた盾を拾って背中に収め、先へと進もうとする。
「俺も……うっ」
背を向けた健人の後を追うように、ドルマもついて行こうと体を起こそうとするが、麻痺の残っている四肢がうまく動かず、その場に再び倒れ込んでしまった。
「ドルマ、麻痺が解けてない内は無理だ。それじゃカシト、リディアさん、後をお願いします」
「待ってくれ!」
リディアとカシトの了承の返事を受けると、健人は寺院へ向けて駆け出そうとする。その背中を、悲鳴にも似たドルマの声が押しとめた。
立ち止まって振り返る健人に、ドルマは今まで彼に対して自分が行ったことが脳裏に浮かび、一瞬押し黙る。
怪訝な表情を浮かべている健人を前に、ドルマは言葉に詰まりながらも、ゆっくりと口を開いた。
「その……今まですまなかった」
伝えたのは、謝罪の言葉。
今までよそ者呼ばわりしてきたこと、頑なに向き合おうとしなかったこと。そして、裏切り者呼ばわりして斬ろうとしたこと。
今までの己の愚かさを恥じながら、ドルマは健人に頭を下げる。
そんなドルマの謝罪を前に健人は……
「いいよ。お前がそういう奴だって、知ってるから」
「は?」
「聞き分けの悪い、頭の固いノルドだってことさ」
呆れたように鼻息を漏らし、笑みを浮かべながら、軽い口調でそう返した。
健人はもう、とっくに許していた。拒絶されたことも、裏切り者呼ばわりされたことも。
一時は現実を受け入れられずに逃避したが、逃げた先で、悲しみと虚しさを乗り越えることができた。
そして、自分の道を見定めた。他でもない、自分の意志で。
一人の人間として、一つの命として自立し、成長を繰り返した健人は、いつの間にか過去の痛みを、きちんと受け止めることが出来るようになっていた。
辛く苦しい過去も、ありのまま受け止めて、未来を見据えて、力強く歩いて行こう。健人はそんな気持ちを笑顔に込めて、ドルマを優しく見つめる。
自然な笑みを浮かべながらも、瞳に強い光を宿す健人の姿に、ドルマは胸の奥に閊えていたわだかまりが解けていくのを感じた。
「お前……」
「ふふ、じゃあ、俺は先に行く。後から来いよ」
健人はドルマにそれだけを告げると、今度こそ踵を返して寺院の中へと消えていった。
「……ああ、すぐに行くさ」
凍り付いていたはずの心が震える。体の芯から熱がこみ上げ、力が全身に満ちる。
ドルマは先へ進む健人を見送りながら、麻痺しているはずの手で力強く雪を握りしめ、そう宣言していた。
リータは視界に浮かぶ天球図の向こう側、ガラスを隔てたかのような過去の景色を、じっと見つめていた。
場所はおそらく、世界のノドの頂上。紅く染まった空と、飛び交うドラゴンたち。
戦場の気配に満ちたそこに、三人の戦士がいた。
黄金の柄のゴルムレイス、隻眼のハコン、古きフェルディル。
歴代のノルドの英雄たちの中でも、特に声に長じた戦士達であり、歴史に名を刻まれた真の勇者たち。
彼らは自分たちが倒したドラゴンたちの屍を踏みしめながら、空を見上げている。
「なぜアルドゥインが出てこない? あんたの策にすべてがかかっているんだぞ、ご老人」
「奴は来る。我らの抵抗を放っておくはずがない。それに今更我らを恐れるとでも?」
ハコンの疑問に、フェルディルが答える。
彼らは長きに渡って続いていた竜戦争を終わらせるため、今まさに決戦を挑んでいるところだった。
持てる軍全てでドラゴンたちを誘い出し、乗ってきたアルドゥインを三人の英雄たちが屠るという策。
しかし、戦いが始まっても、まだ肝心のアルドゥインが姿を現していなかった。
「この戦いで、奴も大きな痛手を被っている。今日ここだけで奴の身内を4体も倒しているのだからな!」
「しかし、アルドゥインと戦って生き延びた者はおらん。ガルソルも、ソッリも、ビルキルも……」
フェルディルの言う通り、アルドゥインと戦って生き延びた者はいなかった。どんな力を持った勇者たちですら、傷一つ付けられずに敗北し、殺されてきたのだ。
「アルドゥインは弱きドラゴンのようには倒せん。奴の強さは桁違いだ」
「奴らにはドラゴンレンドがない。引きずり降ろしさえすれば、必ずこの手で首を取る!」
自信満々に胸を張るゴルムレイス。一方、フェルディルはそんな戦友をいさめるような言葉を続ける。
三英雄の中で最も年長であるフェルディルは、アルドゥインの力をよく知っていた。
その残虐性も、おおよそすべての生物の頂点に立つ体躯も、次元違いともいえるような声の力も。
「しかし我らにはドラゴンレンドが……」
「だからこそ、星霜の書を持ってきたのだ」
そう言うと、フェルディルは懐から黄金に輝く星霜の書を取り出した。
それは、ドラゴンレンドでアルドゥインを倒せなかった時の最後の手段として、フェルディルが秘密裏に持ち込んでいたもの。
彼らの声の師であるパーサーナックスからは止められていたが、この決戦に全てを投じた人間軍には、敗北は許されない。
ゆえに、彼はもしもの時は、この書を使うと宣言していた。
「フェルディル、それは使わないと決めたはずだ!」
星霜の書を見たハコンの眼が、一気に険しくなる。
そもそも、星霜の書は神々ですら容易に触れることが出来ない代物。人の身で使えば、何が起こるかわからない。
「納得はしていない。それにお前たちが正しいなら、これは使わずに済む……」
「駄目だ。今ここで、我らの手だけで、アルドゥインに立ち向かうのだ」
「すぐに分かる。アルドゥインが来るぞ!」
星霜の書を巡ってぶつかる、ハコンとフェルディル。しかし結論が出る前に、漆黒の竜が彼らの前に姿を現した。
世界のノドの頂上に築かれた碑石に降り立ったアルドゥインは、その威容を三英雄たちに見せつけながら、殺意と嘲りに満ちた瞳で彼らを見下ろしている。
“メイェ! ターロディス、アーネー! ヒム、ヒンデ、バー、リーヴ! ズーウ、ヒン、ダーン!”
アルドゥインが巨大な翼をはばたかせ、再び宙に舞う。
手出しのできない空から、一撃で葬ってやろうというつもりなのだろう。
だが、絶対的な自信に満ちたアルドゥインを前にしても、三英雄は怖気づくどころか、戦意を昂らせていた。
「ソブンガルデで見守る者は、今日この場にいる者を羨むだろう!」
そして、ゴルムレイスの宣言とともに、秘奥のスゥームが放たれる。
「ジョール、ザハ……フルル!」
放たれた衝撃がアルドゥインの体に着弾し、青白い光で包み込む。
光の渦に捕らわれたアルドゥインは苦しむように体をよじらせると、引きずり降ろされるように地面に降り立った。
「これが、ドラゴンレンド……」
ドラゴンレンド。
定命の者、有限、一時的の言葉で構築されたスゥーム。
ドラゴンたちの苛烈な支配を受けていた人間たちが、支配者たるドラゴンへの憎しみから作り上げた、ドラゴンを屠るためのシャウトである。
三節全てに“有限”の概念が込められたシャウトは、時の竜神の直系の子供であるドラゴン達がもつ“永遠”の概念を切り裂き、その力を封印する。
“ニヴァーリン、ジョーレ! 何をした!? なんという言葉を作り出したのだ!? ターロディス、パーサーナックス! 首に食らいついてやる!”
完全に見下していたはずの人間から受けた、不意の一撃。
それは己の勝利を絶対視しているアルドゥインに、隠しきれない動揺を与えていた。
ドラゴンレンドを受けて地面に降り立ったアルドゥインは、ドラゴンを裏切ってスゥームを人間に授けたパーサーナックスに対する怨嗟を口にしながら、自分を空から引きずり下ろした三英雄たちを睨みつける。
“だがまずは……ディル、コ、マール。恐怖に怯えながら死ぬのだ、自分の運命を知って……。”
自分を空から引きずり下ろしたゴルムレイス、フェルディル、ハコン達に向き合ったアルドゥインは、初めて人間たちを己の脅威と認め、屠殺することを決意する。
“ソブンガルデで再会した暁には、お前たちの力をいただくぞ!”
竜王が三英雄に襲い掛かる。
最初に竜王に向かって踏み込んだのは、三英雄の中で最も勇敢な女戦士、黄金の柄のゴルムレイスだった。
「今日死すとも、恐怖に死ぬのではない!」
迫るアルドゥインの牙を躱しながら、右の手に携えた片手剣を振るう。
戦士として、時代の最高位に位置するゴルムレイスの斬撃は、アルドゥインの全身を覆う漆黒の鱗にめり込んだ。
続けて、フェルディル、ハコンがアルドゥインに飛び掛かる。
両手剣と両手斧が振るわれ、シャウトが繰り出される。
絶対の守りを誇っていたアルドゥインの鎧が剝がれ、確かなダメージが無敵だったはずの巨躯に刻まれていく。
「スカイリムに自由を!」
猛々しく戦声を張り上げながら、ゴルムレイスがさらに激しく攻め立てようと剣を振り上げる。
しかし次の瞬間、脇をえぐるように食らいついたアルドゥインの牙が、一撃で彼女の体を引き裂いた。
「くそったれめ!」
仲間の一人を失ったハコンが憤りの声を漏らしながら、両手斧をアルドゥインに叩き付ける。
しかし、アルドゥインは自らに打ち込まれた攻撃など意に返さず、その牙でハコンを引き裂こうとしてくる。
圧倒的なまでの生命力。たとえ無敵の鎧を剝がされようと、アルドゥインの持つ力は三英雄たちを大きく凌駕していた。
さらに、ここでアルドゥインを拘束していたドラゴンレンドの効果が切れた。
光の渦が収まり、アルドゥインは無敵の体を取り戻してしまう。
ここにきて、ハコンは自分たちの力だけでは、アルドゥインを倒しきれないと悟った。
「駄目か。仕方ない、星霜の書を使えフェルディル、今だ!」
「シスターホークよ、我らが契約を果たすために、その聖なる息吹を与えたまえ!」
ハコンの呼びかけに、フェルディルが下がり、星霜の書を取り出して祝詞を唱え始める。
「失せい、世界を食らうものよ! おまえ自身の骨より古き骨の言葉により、この時代にお前を宿らせるものを打ち砕き、追い払わん!」
アルドゥインの視線がフェルディルに向いた。
フェルディルが纏う決意を漂わせた空気に竜王としての直感が働いたのか、アルドゥインは相対していたハコンを無視して、フェルディルにシャウトを浴びせようと口を開く。
“ヨル、トゥ……”
「させん! ジョール、ザハ、フルル!」
“ぐおおおおお!”
そうはさせないとばかりに、ハコンが再びドラゴンレンドを唱えた。
“有限”の概念が、再びアルドゥインの体を拘束し、竜王が唱えようとしていたシャウトを中断させる。
「消え失せい、アルドゥイン。われらは最後の一人が倒れるまで、叫び続けん!」
そして、ついに祝詞が完成した。
次の瞬間、アルドゥインの体が一際大きな光の渦に包み込まれる。
“ファール、ケル!? ニクリーネー!”(星霜の書だと!? ありえん!)
「消え失せい!」
光の渦に飲み込まれたアルドゥインの体は真っ白に染まり、やがて渦の中に飲み込まれるように消えていく。
光渦が収まった後には、残ったのは世界のノドに吹きすさぶ風の音だけで、漆黒の竜王の姿はどこにもなかった。
「効いた……。やったぞ……」
「ああ、世界を食らう者は消えた……。我らの魂に、精霊たちの加護があらんことを」
そして、過去の情景は、まるで糸がほどけていくかのように薄らいでいく。
リータは想像を絶する過去の戦いを前にしながら、そこで使われた声の力に魅入られていた。
「あれがドラゴンレンド、アルドゥインを引きずり落とした声……」
ドラゴンレンド。
その言葉が、そして言葉に込められた意思が、彼女の魂に深く刻まれていく。
「でも、私はドラゴンボーン。私なら、殺せる。アルドゥインを、そして、ドラゴンのすべてを……」
殺せ、ドラゴンを殺せ。
父を、母を、兄弟を、妻を、子を、無残に殺したドラゴンたちを殺し尽くせ!
殺意と怨嗟、そして憎悪に満ちた幾多の魂たちの声。ドラゴンレンドを構築する言葉の奥込められた意思に、リータもまた己の憎悪を猛らせる。
“クリィ、クリィ”(殺せ、殺せ……)
“モタード、モタード……”
そして、取り込んだドラゴン達の憎悪と埋め込まれた“共鳴”のスゥームが、互いの憎悪を際限なく昂らせていく。
“戻ったか……ドラゴンレンドは、学べたのか?”
そして、世界のノドに戻った彼女に最初に目に飛び込んできたのは、老いた賢竜の姿だった。
リータは己の中で昂る憎悪に流されるまま、憎しみの声を叫ぶ。
「ジョール、ザハ、フルル!」
“ぐおおおおお!”
ドラゴンレンドが、パーサーナックスに直撃した。
有限の声に縛られ、力を封印された老竜は、掴まっていた岩から転げ落ち、うずくまるように地面に倒れ込む。
「クリィ……ダー、ドヴ。クリィ、ダー、アルドゥイン。クリ、ダー……アル」(ドラゴンを殺せ、アルドゥインを殺せ、全てを、殺せ……)
ドラゴン語で、全てに対する憎しみの言葉を漏らすリータを前に、パーサーナックスは彼女の身に起こったことを察した。
ドラゴンレンドに込められた憎悪は、彼女を押しとめていた最後のタガを外していた。
人がドラゴンに向けた憎悪、ドラゴンが己を殺した人間に向けた憎悪。そして、その二つを結び付る共鳴の声。
互いに混ざりあい、響き合い、際限なく昂っていく憎しみと怨嗟は、彼女を憎悪に突き動かされるまま、目につくすべてを殺し尽くす存在へと変えてしまっていたのだ。
“クロシス……飲まれたのか、ドラゴンレンドに……。己と、彼らの憎悪に”
デイドラの兜の奥から覗くリータの瞳は、まるでアルドゥインと同じように、憎しみの紅に染まっていた。
完全に憎しみに堕ちたドラゴンボーンを前にして、パーサーナックスは諦観の声を漏らす。
“ニド、いや、これは、私たちが生み出したもの。私たちドラゴンが、まき散らした憎悪か……”
この少女が狂ったのも、ドラゴンレンドが生まれたのも、元を質せば、行き過ぎたドラゴンの支配によるもの。
パーサーナックス自身も、ドラゴンの支配の中で一番苛烈な支配を行い、最も多くに人間を虐殺している。
それだけに、贖罪を求める老竜の眼には、憎悪に飲まれたリータの姿が、過去の己の罪が自らを裁きに来たように見えていた。
“ゲ。トル゛、ロ゛ス、ズー、デズ。よい、全ては我らが犯した罪。それから逃げようとは思わん”
だからこそ、パーサーナックスは抵抗しようとは思わなかった。
目を閉じ、運命の示すまま、来るべき断罪の瞬間に身をゆだねる。
憎悪に飲まれたリータが、背中のデイドラの両手斧を構えた。腰を落とし、前かがみになって、両手に携えた斧を振り上げる。
「ウルド、ナー、ケスト!」
そして、旋風の疾走が唱えられた。
一瞬で旋風となったリータは地面にうずくまるパーサーナックスめがけて一直線に踏み込み、振り上げた両手斧を老竜の頭蓋めがけて振り下ろす。
「させるか! ウルド、ナー、ケスト!」
「っ!?」
だが次の瞬間、横合いから飛び出してきた影が、リータに旋風の疾走で体当たりをかましてきた。
衝突した二人はもつれあうように吹き飛ばされながら、雪の上を転がる。
突然の乱入者に邪魔されたリータだが、彼女は地面を転がりながらもすぐに立ち上がり、弾かれるように後ろに跳ぶ。
乱入者もリータとパーサーナックスの間に割り込むように跳躍して体勢を立て直すと、背中に背負った盾を左手に携えた。
“お前は……”
パーサーナックスは、突然割り込んで自分を助けた人物の背中に、思わず目を奪われた。
彼の体から感じられる、力強いドラゴンソウル。
ケイザールの、スカイリムの空を思わせる荒々しくも、静謐な魂。その姿は、まるでかつて彼を説得に来た天空の神を思い起こさせていた。
「クリィ……、モタード……、クリィ……、モタード……」
「ようやく会えたと思っていたらこれかよ……。ハルメアス・モラめ、リータに共鳴のスゥームを埋め込んだな」
一方、パーサーナックスを庇うように立つ健人は、ようやく再会した姉の変わり果てた姿に、奥歯を噛みしめていた。
彼女の体から発せられる、強い憎悪の感情。そして、その憎悪を高ぶらせている共鳴のスゥーム。
共鳴のスゥームを知っているのは、健人とミラークを除けば、ハルメアス・モラだけ。
ドルマから聞いた話を考えれば、あのデイドラロードが何らかの形でリータに干渉したのは明らかだった。
「アアアアアアアアアアア!」
リータが怨嗟に満ちた叫び声をあげながら、健人に襲い掛かってきた。
すでに彼女は、親しかった弟の姿すら認識できなくなるほど、憎しみに飲まれていた。
デイドラの両手斧が、健人の体を両断する勢いで振り下ろされる。
「……ムゥル、クァ、ディヴ!」
迫りくる刃を前に、健人はドラゴンアスペクトを唱える。
スゥームで高められたドラゴンソウルが体から吹き出して虹色の鎧を構築し、彼の力を劇的に高めた。
「っ!?」
「ふっ!」
振り下ろされる両手斧に合わせて、健人の盾が繰り出される。
次の瞬間、空気が破裂したような強烈な炸裂音とともに、振り下ろされたリータの斧が弾かれ、彼女の体は十数メートル後ろにまで後退されていた。
憎悪で朱に染まったリータの瞳に、驚きの色が浮かぶ。
一方、健人は決意を秘めた虹色の眼光で、リータを見つめていた。
脳裏に浮かぶのは、彼女の手で殺された友人のドラゴン、そしてウィンドヘルムで自らに立てた“姉が憎しみのまま力を振るうなら、それを止める”という誓いだ。
「リータ、俺は今度こそ、お前を止めるぞ」
今一度、自分の決意を胸に刻みながら、健人は腰に差した血髄の魔刀を引き抜く。
星霜の書に刻まれた運命のドラゴンボーンと、異端のドラゴンボーン。
ニルンの最高峰、世界のノドの頂上で、再びドラゴンボーン同士の戦いの火ぶたが、切って落とされた。
ようやくここまで書けました。
次回は健人とリータとの闘い、ラストドラゴンボーンVSイレギュラードラゴンボーンです。
とはいえ、これからはオリジナル小説第二巻の執筆が最優先になるかと思いますので、またちょっと時間がかかるかと思います。ご容赦ください。
以下、解説コーナー
ドラゴンレンド
古代ノルドがドラゴンに対抗するために作り出したシャウト。直訳すると、「ドラゴンを引き裂く」という、なんとも物騒な名前となる。
構成している言葉は「定命の者」「有限」「一時的」と、全てが有限の概念の言葉によって作られている。
同時にこのシャウトには、ドラゴンによって殺されて来た人間たちの憎悪が籠っており、このシャウトを習得するということは、彼らの憎悪をも取り込むということである。
その暴力的な側面から、声の道を進もうとするグレイビアードからは忌避され、禁忌とされていた。
また、構築する言葉は「永遠」を象徴するドラゴンとは真逆であり、故にドラゴンたちはこのシャウトの言葉を理解できないらしい。
天空の神
九大神の一柱、キナレスのこと。ノルドたちの間ではカイネという名で知られている。
空の神であり、風や空気、天候などに例えられる。
司っているものがものなだけに、農民や狩人などから非常に厚い信仰を集めている。
ロルカーンの世界創造に最初に同意した神であり、ドラゴンたちの圧政に苦しんでいた人間たちに救いの手を伸ばした神。この世界の神々の中では珍しく、きちんと人間のことを考えてくれる女神様。
パーサーナックスを説得し、人間たちにシャウトを授けた。他にもアレッシアやモーリアウス、ペリナルとも関係があるらしい。