【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
半年以上かかってようやくの更新です。
時は少し遡り、健人が世界のノドの山頂に届きそうになったころ。
吹き荒ぶ嵐を晴天の空で吹き飛ばしながら山道を駆けあがる彼の耳に、強烈なシャウトが響いてきた。
「ジョール、ザハ、フルル!」
「ぐっ!」
健人は突然響いてきたシャウトに驚き、そして思わず足を止めそうになる。
山頂から響いてきた、強い声の波動。全身に怖気と共に、ズキン! と頭痛が走った。
意味は、定命の者、有限、一時的。
だが健人を何よりも戦慄させたのは、その言葉の裏に込められた遺志。
全てのドラゴンを殺せ、あの醜い獣を全滅させろ、目玉をくり抜き、首を切り落とし、骸を晒せ! 苦悶と絶望の叫びを響かせろ!
へばりつくようなどす黒さをもちながらも、純化されきったシャウトは、背筋が凍るほどのおぞましさを持ちながらも、同時に宝石のような美しさをも併せ持っていた。
その違和感が、強烈な吐き気となって健人に襲い掛かる。
「うっぷ……」
ドラゴン達の力に対する欲求や支配欲もすさまじかったが、それほどまでに憎悪を純化させた人間達の意思もまたすさまじい。
同時に、健人は胸の奥で、嫌な予感が爆発的に膨れ上がるのを感じた。
このシャウトは危険だ。彼自身も、ミラークが憎しみから作り上げた“服従”のシャウトを身に付けたから分かる。
シャウトに込められた意思は、時に学んだ担い手にも影響を与える。
そして、先程のシャウトは間違いなく、義姉のもの。
嫌な予感に突き動かされるまま、山頂へと駆けあがった健人の目に飛び込んできたのは、悟り切ったように無抵抗なまま殺されそうになっているパーサーナックスと思われるドラゴンと、憎しみに目を滾らせながら斧を振り上げるリータの姿。
「まずい!」
旋風の疾走を発動したリータに対し、健人もまた旋風の疾走で突進。横合いから彼女を弾き飛ばし、同時に地面に倒れ込んだパーサーナックスとの間に割り込んだ。
そして再会した二人のドラゴンボーン。
互いに相手を想えど、既にその道を別った二人。故に、この戦いは避けられないものだった。
「ああああああああ!」
憎悪に染まったリータが吼えながら、地面の岩を砕きながら踏み込み、振り上げた両手斧を振り下ろす。
既にその瞳には、守ろうとした弟の姿は映っていない。動く全てが、殺すべき存在としてしか認識されなくなっていた。
「ふっ!」
常人はおろか、英雄ですら臆するほどのリータの覇気。それを前にしても健人は一切の動揺を見せず、逆に襲い掛かってくる彼女に向かって自ら踏み込んだ。
卓越した盾術を活かし、左手で盾を斜めに掲げながら、リータの烈撃を受け流す。
豪速で振り下ろされた烈撃が逸らされ、地面に打ち込まれて岩を砕き、雪と共に舞い上げる。
そのまま盾ごと体当たりする形でリータを押しのけると、健人は腰に差したブレイズソードを抜き打ちの要領で薙ぎ払う。
「ぎううぅう!」
デイドラの重装鎧とデイドラのブレイズソードが火花を上げ、リータがぐもった声を漏らす。
だが、肝心の彼女の鎧には、傷一つない。
健人とリータ。ともに同じデイドラの武具を持つが、製作者が異なるがゆえに、その性能差は異なる。
健人の刃、デイドラのブレイズソードを作ったバルドールは確かに優れた鍛冶師ではあるが、リータの鎧を作ったのは、スカイリム一の鍛冶師であるエオルンド・グレイメーンだ。
ゆえに単純な武具としての性能なら、リータに軍配があがる。
とはいえ、健人自身も簡単にデイドラの装具を突破できると思っていないし、そもそもリータを必要以上に傷つけては意味がない。
彼の目的は、暴走しているリータを行動不能にすること。故に、まず消耗させた後に、素手で組み伏せるつもりだった。
「ああああああ!」
だが受けた斬撃の衝撃に息を詰まらせながらも、リータは止まらない。
硬質なドラゴンの鱗もたやすく破砕するその巨斧を、守ると決めたはずの弟めがけて薙ぎ払う。その一閃は、大質量の得物とは思えないほど速く、的確に健人の体を捉えていた。
「しっ!」
「ぐっ!」
全身の筋肉の連動を余すことなく斧へと伝達し、体がねじ切れそうなほどの勢いをつけた彼女の豪撃。
だが、その一撃も健人に容易く躱され、逆に盾の一撃を腹に受けることになった。
健人は正拳突きのように打ち込んだ盾撃でリータを後方へと押し返すと、そのまま一気に踏み込んだ。
純粋な身体能力なら、ノルドであるリータに分がある。しかし、ドラゴンアスペクトの恩恵は、その不利を補って余りあった。
さらに、装具の強度は確かにリータの方が優れるが、健人の装具にはテルヴァンニ家のネロスが施した付呪もある。
健人の体力、スタミナ、魔力を増強し、各技能を補強する付呪は、超一流の戦士として成長して健人の技能も相まって、瞬く間にリータを追い詰めていく。
リータは踏み込んでくる健人を追い払おうと両手斧を振りまわすが、健人はシールドバッシュで彼女の攻撃を弾き返しながら、さらに踏み込み、逆袈裟を放った。
振り抜かれた刃が、再びリータの脇腹に吸い込まれていく。
「っ!?」
だが次の瞬間、健人は腕に帰って来た衝撃に思わず顔を顰め、うめき声を漏らした。
まるでバットで叩かれたような痺れが腕に走り、攻撃の流れが寸断されてしまう。
『攻撃反射』
向かってくる敵の攻撃に全身の動きを合わせ、叩きつけられる衝撃の一部を相手に跳ね返す技術。
重装鎧を纏う者たちの中でも最高峰の技術の一つだが、リータは彼の斬撃の威力をほとんど減らすことなくたたき返していた。
「ふうううう!」
動きの止まった健人に、薙ぎ払われたリータの戦斧が迫ってくる。
健人はとっさにドラゴンスケールの盾で逸らすもの、あまりの威力に盾に張り付けたある竜鱗が数枚、砕けて舞い散った。
「ち、俺の体うんぬんより、盾自体が持ちそうにないな!」
そのあまりの威力に、健人は思わず頬を引きつらせる。今の健人はドラゴンアスペクトによる強力な身体強化を受けているが、リータにはそれがない。
にもかかわらず、ドラゴンスケールの盾に損傷を負わせるあたりが、今の彼女の身体能力がどれだけ桁外れであるかを物語っていた。
「はあああああ!」
薙ぎ払われた斧が軌道を変えて、打ち下ろされてくる。
健人は両足に力を入れると、盾を持った左手を思いっきり突き出す。
正拳突きの要領で放たれた盾の縁に、リータの斧が激突。
ガン! メリメリ! と金属がひしゃげる音とともに、デイドラの両手斧がドラゴンスケールの盾にめり込んだ。
「ふっ!」
盾を大きく傷つけられながらも両手斧の一撃を防いだ健人は、盾とブレイズソードを手離すと、右手でリータの手を取り、一気にひねり上げる。
さらに左手を彼女の首に回すと、そのまま足を刈り、彼女を地面に組み伏せた。
「ぎっ!」
関節を極められた痛みと、地面に叩きつけられた衝撃に、リータが苦悶の呻き声を漏らす。
健人はそのままリータの首に回した左手に力を籠める。締め落として、気絶させるつもりなのだ。
彼女の意識は今、ハウリングソウルによって幾多のドラゴンソウルと同調している状態だ。そしてそれこそが、暴走の原因。
ならば、ドラゴンソウルか彼女の意識、どちらかを一時的に落としてしまえばいい。
人間の脳は最もエネルギーと酸素を必要とする器官。そして、十秒でも血が廻らなければ、意識は断たれる。
そして関節技は一度極まれば、人体の構造をしている限り逃げられない。
地面と健人の体に挟まれたリータは関節技から脱しようと藻掻くものの、バタバタと地面に積もった雪を跳ね飛ばすだけだった。
このまま締め続ければ、あと数秒でリータの意識は落ちるだろう。
「ググ……、あああああ!」
だがリータは、健人の予想外の方法で脱出を行った。
残っていた右腕に思いっきり力を入れて、地面を突き離す。
次の瞬間、彼女の体が健人ごと勢いよく宙に浮きあがった。
「なっ!?」
「しいいいい!」
そのまま空中で体をひねり、体を回転させて健人の拘束から逃れながら、自由になった右手をフックのように降りぬく。
背後を取られて見えないにもかかわらず、リータの拳は正確に健人の頬を捉えていた。
強烈な衝撃が硬質な音と共に、健人の頭に響く。
「ぐっ!」
兜の頬当てとドラゴンアスペクトのおかげで頬骨を砕かれることは避けられたが、あまりの衝撃に健人はリータを拘束していた手を放してしまう。
拘束から逃れたリータが、地面に倒れた健人めがけてデイドラの両手斧を左手で振りぬく。
まるで獣を思わせる膂力と体捌き。全身の筋肉をすべて使った両手斧の一撃は、まるでドラゴンの尾撃を思わせる威力と迫力だ。
健人はとっさに後ろに跳躍してリータの斬線から逃れながら、放り投げたデイドラのブレイズソードとドラゴンスケールの盾を回収。
再度跳躍し、距離を取ろうとしたところで……。
「ファス、ロゥ、ダーーーー!」
退避しようとした健人に向かって、リータが「揺ぎ無き力」を放つ。
人を軽く吹き飛ばすほどの衝撃波を放つスゥームであり、リータが最初に覚えたシャウト。
後方に跳躍していたことも相まって、その威力は健人の体を簡単にこの世界のノドの頂上から弾き飛ばすほどの威力があった。
「ヴェン、ガル、ノス!」
だが、健人もすぐさま己の内から力の言葉を引き出して放つ。
唱えるのは「サイクロン」のスゥーム。
ソルスセイム島でのミラークとの戦いで身に付けた、竜巻を引き起こすシャウトだ。
激突する衝撃波と風の渦。
互いに食い合うようにぶつかり合ったシャウトは、世界のノドに積もった雪を吹き飛ばしながら、互いに相殺し合う。
「まったく……。鎧を着こんだ人間二人を片手一本で跳ね上げるなんて、どんなバカ力だよ」
舞い上がって散っていく雪を頬に受けながら、健人は予想以上に高まっているリータの戦闘能力に嘆息した。
彼女の武器と戦い方は、対竜戦に特化している。しすぎていると言ってもいい。
故に、今の自分なら押し切れると思ったのだ。
実際、対人戦の戦闘なら、健人のほうがリータよりも上だろう。先程健人がリータを地面に組み伏せることが出来たという事実が、それを物語っている。
しかし、それでもあと一歩及ばない。ここぞというところで、リータはしっかりと健人の拘束から逃れた。
型にはまらない、獣のごとき戦い方。対竜戦の戦い方を、いざという時にしっかりと事態に対応させている。
その戦士として凄まじいと言える即応能力は、ノルドとして、何よりもドラゴンボーンとして、彼女もまたミラークと同じく選ばれた存在であることを健人に改めて実感させていた。
「ウルド!」
健人が呼吸を整えている間にも、リータは再び攻勢に出る。
単音節の旋風の疾走で一気に間合いを詰めると、三度デイドラの両手斧を振り下ろしてくる。
「っ!」
健人は反射的に体を逸らして、振り下ろしを躱す。
彼女の膂力はドラゴンアスペクトの恩恵を受けた健人から見ても異常だ。破損したドラゴンスケールの盾では、もう彼女の一撃を正面から受けることは難しいと判断した故の回避行動。
しかしリータは地面に打ち込んだ斧の柄に手を滑らせながら間合いを詰め、腰に差したデイドラの片手剣を振り抜いてくる。
「ぐぅ!」
反射的に掲げたブレイズソードと、デイドラの片手剣がぶつかり合い、火花が散る。
元々リータは、両手斧を使う前は片手剣を使っていた。
両手斧を使うようになったのは、ドラゴンを殺すため。竜の硬く丈夫な鱗を破壊するには、重量武器の方が効率的だったからでしかない。
故に、彼女は片手剣の扱い方も十分に心得ている。
さらにリータは柄を短く持ちなおした両手斧も振りまわし、双剣のように扱いながら、一気に健人を責め立ててきた。
まるで兎と蟷螂を足したような戦い方。
体のひねりと跳躍で勢いをつけながら懐に飛び込み、鎌のように掲げた獲物を振るう。
「なんだその戦い方!」
健人も負けじと盾で迫るデイドラの片手剣を跳ね返し、両手斧を逸らす。
さらに反撃とばかりに突きを放つが、ブレイズソードの切っ先がリータの鎧に当たった瞬間、再度強烈な衝撃が帰ってくる。
「ちい、攻撃反射が厄介すぎる!」
確かにリータの攻勢は激しい。
さらに所々でリータの攻撃反射が、健人の攻勢を寸断してくる。
「っ!」
攻撃反射で一瞬健人の動きが止まった隙に、リータは両手を広げ、まるで鋏のように両側から交差斬撃を放つ。
斬撃の軌道に割り込ませた盾に、更なる傷が刻まれた。
リータはさらに上体が地面につくほど身を低く屈ませると肩口から体当たりを敢行。
掬い上げるような突進で、健人の体を浮かせる。
「しま……」
健人の意識が危機を感じ取ったときには、リータの左手には既に“柄を長く持ち直した両手斧”が握られていた。
「スゥ、グラ、デューーン!」
激しき力。リータが構えた両手斧に、風の刃が纏わりつき、両手斧を握るデイドラの小手がギチリと軋みを上げる。
風を纏いながら、限界まで膂力を溜め込んだその威風は、まるで引き絞った破城槌を思わせた。
「あああああああ!」
そして、致命の一撃が放たれる。
連動する強靭な筋肉の膂力を余すことなく伝えられた両手斧は、風の刃による加速すら加えて、空中で無防備の健人めがけて薙ぎ払われた。
「ウルド!」
健人は咄嗟に単音節の旋風の疾走を発動。空中で無理矢理加速し、リータの頭上を飛び越える。
落下の衝撃を前回り受け身で逃がしながら、健人は立ち上がるがと、その程度で逃がすリータではない。
「ウルド!」
彼女もまた旋風の疾走で退避した健人に追いすがると。引きずるように構えていた両手斧を振り抜く。
「スゥ、グラ、デューーン……」
「ぎい!」
だが、リータの刃が健人を捉える直前、烈風を纏った銀閃が三度走った。
突如として腕に走った衝撃に、リータは大きく後ろに弾き返される。
健人が一瞬で放った三度の斬撃。閃光と呼ぶにふさわしい連撃が、膂力で勝るはずのリータを大きく後退させていた。
「ふっ!」
体を落とし、踵に掛かる自重を爆発させて吶喊。
リータもまた、健人の突撃に合わせて、風を纏った両手斧と片手剣を振るおうとしていた。
「せい!」
だが次の瞬間、健人がドラゴンスケールの盾を放り投げた。
目の前に迫る盾を前に、リータは反射的に両手に持った得物を振り下ろす。
風を纏った刃が、ドラゴンスケールの盾を破断。
吹き荒れる風刃が盾の破片を巻き上げ、リータの視界を塞ぐ。
その隙に、健人はリータの眼前まで一気に踏み込んでいた。
「っ!?」
「はああああ!」
デイドラのブレイズソードを両手持ちに変えた健人が、一閃を放つ。
走る斬閃。リータはドラゴンボーンとしての直感のまま、迫ってくるであろう健人の斬撃に備えて体を捻り、攻撃反射で健人の斬撃を弾き返そうとする。
攻撃反射は作用反作用の法則。そして『どのような得物でも、自身の攻撃が着弾する際に筋肉は緊張し、全身で身構える』という、相手の意識の間隙を上手く使った技術だ。
物体に力を加えた際に、必ず同じ力で返される現象。
この反作用の力に繊細な体幹による自分の力を上乗せし、さらに攻撃が着弾するタイミングを微妙にずらす。
こうすることで、相手が自身の攻撃の反作用の準備が整う前に衝撃を受け、体勢を崩す。
健人のシールドバッシュにも似た技術だが、難易度は比ではない。
そもそも、自由に動かせる腕だけでなく、腹や肩、背中など、腕などよりも遥かに自由度の低い部位でもこの繊細な動きをこなせなければならない。
故に、攻撃反射を成すには、攻撃が打ち込まれる場所を見抜き、迫る攻撃に体の動きを完璧に合わせるという、極めて異質な能力が求められる。
普通に考えて「激しき力」のシャウトで剣速を何倍にも加速させた健人の剣に、即座に対応できるはずがない。
「シッ!」
だがリータの持つ突出した反射神経と戦士として桁外れの戦闘本能が、遥かに速度を増した健人の斬撃にすら対応させる。
そして攻撃反射は、相手の攻撃力をそのまま跳ね返す技。つまり、「激しき力」で加速した分のエネルギーも、そのまま健人に叩き返せる。
「ふっ!」
だが、健人の斬撃は、リータの戦闘本能を上回る動きを見せた。
健人が腕を畳み、腰を落した瞬間、直線で迫ってきたはずの刃が、突如として蛇のようにのたうつ動きを見せる。
そして曲線を描いた刃は、迎え撃とうとしたリータのデイドラの鎧の隙間に、正確に吸い込まれた。
「ぎっ!?」
次の瞬間、風の刃がデイドラの鎧の装甲の一部を弾き飛ばす。
それは彼の師であったデルフィンが見せた、剣閃を自在に変化させる万変の刃であり、そして鎧剥ぎの斬撃だった。
「アァァァァァ――――――‼」
リータが怒りの咆哮を上げながら両手の獲物を振るうが、健人は荒れ狂う暴風の内側に滑り込むと、そのまま、二度、三度とブレイズソードを振るい、デイドラの鎧を剥す。
攻撃反射は、全身を覆う強固な鎧が前提の防御術だ。鎧を剥されれば剥されるほど、リータの防御手段は奪われていく。
だが、ただやられているだけのリータではない。
健人が四度目の斬撃を放つ頃には、既にその変化する剣閃を見切っていた。
「ふっ!」
横薙ぎから肩口へと変化する斬撃に攻撃反射を合わせる。
だが、来るはずだった衝撃は来ない。
「見切るってわかっていたからな……」
次の瞬間、健人は左手を掲げてリータに体当たりを敢行。そのまま体を密着せると、力の言葉を紡ぐ。
「ウルド、ナー、ケスト!」
旋風の疾走。
リータごと加速した健人は、そのまま彼女を、進行方向上にあった言葉の壁に叩き付ける。
「がっ……!」
全身に走った衝撃に、リータが息を詰まらせる。
集中が解けたことで、彼女が持っていた得物に纏わりついていた風の刃も消え去った。
健人は、今度こそ彼女を組み伏せようと手を伸ばす。
「あ゛、あ゛……」
呼吸が詰まったリータは今、シャウトを紡げない。衝撃で痺れる全身にも力が入らない。
口から漏れるのは声にならないかすれ声だけ。
「ア゛ア゛ア゛――――――――――――!」
だが次の瞬間、リータの体から黒色の光が噴出し、組み伏せようとした健人を吹き飛ばした。
「くっ!」
空中で体勢を立て直し、背中から地面に落ちる。
雪の上を滑走しながらも、健人は何とか崖から落ちそうになるところを必死に堪えた。
何とか体を引き上げてリータの方に視線を向ければ、そこでは枯れた息を漏らしながら、黒い光の奔流に包まれているリータの姿がある。
「ヒューヒューヒュー……」
「これは……」
猛烈な既視感に、健人は眉を顰めた。
「ムゥル、クァ、ディヴ!」
「ドラゴンアスペクト……」
リータの口から紡がれる、力、鎧、ウィルムの言葉。
彼女は一度聞いただけのドラゴンアスペクトを、この短時間で学んでいた。
シャウトに呼応するように光の奔流がリータに収束し、闇色の光鱗を形成する。
元々身に付けていたデイドラの装具と相まって、その様相は一層禍々しい。
先程と比べても遥かに増した彼女の威圧感に、健人は奥歯を噛み締める。その姿は正に、アポクリファでミラークと戦った時に、初めてドラゴンアスペクトとハウリングソウルを併用した時と同じ姿だった。
「モタード……、クリィ……、モタード……、クリィ……」
リータの口から漏れる力の言葉。ハウリングソウルは未だに、リータが抱えたドラゴンと人間の憎悪を昂ぶらせ、漆黒の光鱗がさらに鈍い光を帯びていく。
瞳は憎しみからか紅に染まり、その姿は彼女が最も憎むアルドゥインと同じようだった。
「モタード、ゼィル……」
健人はここに来て、もう一つの切り札であるハウリングソウルを唱える。
爆発的な虹色の光が彼の体から噴出。光鱗の鎧がさらにその輝きを増す。
そして歯噛みする健人を前に、リータはさらに増した憎悪に目を滾らせながら、両手に携えた巨斧と剣を振り払う。
共鳴のスゥームでいっそう純化された殺意を振り撒きながら、リータは再び、守ると誓ったはずの義弟に向かって、突進していった。
余談なお話
健人たちがウィンドスタッド邸を旅立った後、引っ越すための準備を終えたソフィは、ヴァルディマーに連れられて、モーサルへとやってきていた。
彼女の肩には既に家族となった白い鷹、ヴィーヘンの姿もある。
一時的に首長の邸宅で暮らすことを許された彼女は、必要な荷を運び終え、ヴァルディマーに別れの挨拶をしている。
「それじゃあ、ヴァルディマーさん、家の方をお願いします」
「はい、ソフィ様もお気をつけて」
主でもない自分にも敬意を払うヴァルディマーに、ソフィは苦笑を浮かべた。
血がつながらないとはいえ、主である健人が妹としてソフィを受け入れたことを知ったこの私兵は、ソフィに対してもこのように畏まった態度を取り続けている。
元々孤児であり、傅かれることを経験してこなかった彼女にとってはこそばゆく、気恥ずかしいのだが、この私兵にとって上下関係は絶対らしく、頑なにこの態度を崩そうとしなかった。
「まあ、この娘については任せな。アスルフルにも言って変な虫がつかないように、この婆が目を見張らせておくよ」
フルムーン邸の前にはソフィやヴァルディマーだけでなく、首長であるイドグロッドの姿もあった。
アスルフルとは、イドグロッドの夫である。
イドグロッドは好々婆と言った様子で隣に立つソフィの頭を撫でながら、笑みを浮かべている。
ヴァルディマーは首長の言葉に礼を述べると、その隣へと視線を動かす。
「ファリオン、頼むぞ。ソフィ様、この男は私が主様と一緒に吸血鬼のモヴァルスを倒したときに、同行していた召喚術師です」
「え、ええっと、ファリオンさん、よろしくお願いします」
「ふん、面倒だが、首長からの依頼では仕方ない。基礎ぐらいは叩き込んでやる」
首長の家であるフルムーン邸の前には、首長に呼び出されたファリオンもいた。
彼はソフィの魔法教育のために呼び出された人間の一人であり、召喚術を教えることになっている。
フェリオンは元々ウィンターホールド大学で教師をしていた経験がある。
腕も確かであり、首長からの信頼も厚い。
「このように見てくれも性格も口も悪い男で、専門にしている魔法も召喚魔法。さらにアンデッド系と凄まじく不審な男ですが、首長が信を置くくらいは話の分かる男で、腕は確かです。見てくれと口と性格はともかく……」
「大学の金色と同じく失礼な男だ。プライドが高くて無礼という意味ではノルドとアルトマーも同じ穴の狢だな」
「ええっと、ええっと……」
アクの強い二人に挟まれながら、ソフィはオロオロしている。
そんな彼女の肩で、ヴィーヘンだけが嘴で羽を綺麗にしながらくつろいでいた。
「まあ、アグニの良い話相手にはなるだろう」
ファリオンがそう言うと、彼のローブの影からノルドの少女がピョコっと顔を出した。
アグニと呼ばれた少女は、ソフィの姿を確かめると、小さく手を振ってくる。
この少女はファリオンが預かっている子供で、弟子のような存在だった。
同年代の少女の姿に、ソフィも緊張がほぐれたのか、微笑んで手を振り返す。大人たちの言葉よりも、一人の少女の存在の方が、ソフィの緊張を解してくれている。
“グオオオオオオオオオ!”
その時、モーサル全体に強烈な咆哮が響いた。
昼の空に突如として分厚い雲が広がり、雲海の隙間から浅黒い影が降下してくる。
「あのドラゴンは……」
「ヴィントゥルース……」
“メイズ、ワー、クリフ、ドヴァーキン! フェン、クロン、ゼィンド! ドレ、イル!”(ドヴァーキン、挑みに来たぞ! 今度こそ我が勝つ! さあ戦え!)
モーサルに現れたのは、執拗に健人を付け回す伝説のドラゴンだった。
「オラ出てきやがれ!」と、まるでお礼参りをしに来たヤクザかチンピラのような言葉を吐きながら、モーサル上空を旋回し始める。
「あのドラゴン、また来たぞ。従士様はどこだ?」
「さっき妹様が来ていた。近くにいるんじゃないか?」
一方、ウィンドヘルムに大被害をもたらしたドラゴンが来た割には、モーサルの衛兵達はのんびりしていた。
というのも、ヴィントゥルースは一時期、この街によく来ていた。
原因は言わずもがな。従士となった健人が、一時この街に滞在していたからである。
最初はドラゴンの襲撃に大混乱になりかけたが、健人が街の外でヴィントルゥースと戦い始めると、次第に狂騒は鎮まり、最後には酒と賭けが飛び交う熱狂となった。
「困りました。ケント様は今ここにはいないのですが……」
「ああ、こりゃあマズイね」
「…………」
のんびりしている衛兵達だが、空を見上げるヴァルディマーの表情には焦りの色が浮かんでいた。
近くに立つイドグロッドの声にも隠し切れない焦燥が漂っている。
ファリオンにいたっては、先程までの皮肉と毒舌を流していた口をあんぐりと開けたまま、完全に硬直してしまっている。
「そ、総員戦闘配置! 休んでいる奴らもたたき起こせ!」
肝心のドラゴンボーンがこの場にいないことにようやく気付いた衛兵達が、慌てふためき始める。
健人の知らない所で、モーサルもまたのっぴきならない事態を迎えていたのだった。
リータ・ティグナ
星霜の書の予言に詠われた存在であり、アカトシュの祝福を受けたラストドラゴンボーン。
家族を殺したドラゴンに対して憎しみを抱き、全てのドラゴンを滅ぼすと誓った少女。
健人と違い、アカトシュが真に選んだ定命の者であり、タムリエルの運命を担う存在。
戦士として、そしてドラゴンボーンとして超絶した才を持ち、その戦士としての戦闘能力はドラゴンボーンとして覚醒した健人をも上回る。
身体能力も、元々優れたノルドと比較しても隔絶しており、鎧を着た人間二人を片手で宙に浮かすほどの膂力を誇る。そこ、シン・ゴリラとか言うな。
また、両手斧、片手剣、弓、重装など、あらゆる戦士の技術に精通している超戦士である。
特に両手斧と重装の技術はすさまじく、その斧の一撃はドラゴンの硬質な鱗を容易く破壊し、逆に家すらも一撃で破壊する竜の攻撃を正面から弾き返すほど。
その戦い方はどこか獣じみており、まるで彼女が滅ぼそうとしている存在を彷彿とさせる。
一方、その戦い方は対竜戦に特化しており、対人戦にはやや不安が残るものの、そもそも身体能力が人間からは逸脱しているため、並大抵の実力者では歯が立たない。
さらにドラゴンとしてシャウトを学ぶ才にも長けており、健人がソルスセイム島で習得した切り札の一つ、ドラゴンアスペクトすらも初見で身に付けている。