【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
第7章十五話でちょっと書いた、モーサルにヴィントゥルースが突撃した時の続きのお話になります。
健人がいない間に現れたヴィントゥルースに、モーサルは右往左往の大騒ぎとなった。
住人達は逃げ惑い、衛兵たちは慌てて武器を構えて陣を敷くも、槍を持つ彼らの手は震え、顔面は蒼白になっている。
無理もない。彼らは健人がモーサルに滞在中にヴィントゥルースと戦う様子を目の当たりにしている。
響くスゥームと魔法。荒れ狂う嵐と衝撃波。ぶつかり合う鋼と牙の狂騒曲。
伝説の中でしか聞かないような戦いを何度も見せつけられていただけに、どれだけ味方の数がいても、自分達にはこのドラゴンを止められないとわかっているのだ。
一方、ヴィントゥルースはモーサル北側の橋の手前。製材所近くに降り立つと、目の前に立ちはだかる衛兵たちを忌々しそうに睨みつける。
“ドヴァーキン、クリフ、ズゥーウ、ヴォラーン! コス、ヒン、ドロムド、ファース!”(ドヴァーキン、さっさと出てきて戦え! 怖気づいているのか!)
衛兵たちを含め、モーサルの人たちにヴィントゥルースの言葉は分からない。しかし、スゥームで紡がれた声は種族に関係なく、魂そのものに意志を伝える。
このドラゴンが現れない健人に苛立っている。向けられる怒気に、衛兵たちは体の芯からこみ上げてくる恐怖に、滝のような冷や汗を流していた。
しかし、それでも持ち場を離れて遁走しないのは、この街を守る衛兵としての矜持ゆえ。
凍り付くような緊張感がモーサルを包み込む。
その時、小さな影が衛兵の隊列とヴィントゥルースの間に滑り込んできた。
「っ、妹様、だめです!」
ヴィントゥルースの視線が、突然出てきた闖入者に向けられる。
前に出てきたのは、健人の妹であるソフィだった。
“ヒン、キンヴァーデン、ヴォス、ドヴァーキン。オファン、ホヴォール、フルル、ティード。ヒン、バナール、ジン、グラー、ズー、アルーク、ドヴァーキン”(貴様、確かドヴァーキンの傍にいた小娘だったな。さっさと消えろ。ドヴァーキンとの戦いの邪魔だ)
見覚えのある少女の姿に、ヴィントゥルースは鼻息を漏らしながら睥睨する。
かのドラゴンにとっては、取るに足らない者。ドラゴンボーンに縋りつくことしかできない存在であり、気に留める価値すらない。
実際、ウィンドヘルムでの戦いから今日まで、ソフィはヴィントゥルースに対して終始怯えた様子を見せてきた。
戦いが始まれば腰を抜かして動けなくなるか、悲鳴を上げながら勝手に逃げていくだろう。ヴィントゥルースはそう考えていた。
実際、屈強な衛兵たちすら、この忌竜の前では怯え、戦意を折られかけている。
しかし、ヴィントゥルースの予想に反し、ソフィは体を震わせながらも唇を噛み締め、更にかのドラゴンに向かって歩を進め始めた。
その姿に、ヴァルディマーとモーサルの民は目を見開き、ヴィントゥルースは眉を顰める。
“ダール、キンヴァーデン。コス、ヒン、クリィ?”(消えろ、小娘。殺されたいのか?)
先ほどよりも威圧感を増した声が、ソフィに向けられる。少女の体がびくりと震え、足が止まった。
じっと黙したまま、震える瞳で睨みつけてくる少女の姿に、ヴィントゥルースは健人がここにいないことに気づく。
今までなら、あのドラゴンボーンはヴィントゥルースの声にすぐさま応じてきた。ここまできて姿を見せないのは、単純にこの街にいないからだと。
ならば、ここに用はない。
ヴィントゥルースは翼を広げ、健人を探すために飛び立とうとする。
「っ!」
しかし、ここで予想外の事態が起きた。
ソフィが近くにいた衛兵の剣を奪い取り、ヴィントゥルースに向かって斬りかかってきたのだ。
幼く、小さい彼女。奪った剣も満足に持ち上げることすらできず、切っ先で地面を削りながら、体ごとぶつけるように振るう。
当然ながら、彼女の剣は硬質なヴィントゥルースの鱗に阻まれ、傷一つつけられない。むしろ、逆に彼女の方が弾き飛ばされる有様だった。
しかし、予想外の人物からの攻撃に、ヴィントゥルースは再びソフィに視線を戻す。
“ウォト、コス、ヒン、ドレ”(何のつもりだ)
「貴方を、お兄ちゃんのところにはいかせない……」
いぶかしむヴィントゥルースに気圧されながらも、ソフィは歯を食いしばって立ち上がる。しかし、その足は未だに小刻みに震え、満足に体を支えることも難しい様子。
しかし、今まで怯えるだけだったその瞳の奥に、小さくも紅い炎が揺らめいているのを、伝説のドラゴンは敏感に感じ取っていた。
“フェン、ヒン、クリフ、ズゥー? コス、ニヴァーリン、サーロ゛、ジョール? アーム!”(貴様、我と戦うつもりか? 矮小で、無力な人間の小娘ごときの分際で? ふん!)
同時にヴィントゥルースは、そんな彼女の戦意に蔑むような視線を向け、あざ笑いながら翼を振るう。生み出された風が幼い少女をモーサルの泉の傍まで吹き飛ばし、半身を泥の中に沈める。ドラゴンに吹き飛ばされたソフィに、数名の衛兵が慌てて駆け寄っていく。
「だ、大丈夫か!」
「こいつ……!」
同時に、衛兵たちの精神に活が入り、彼らは一斉に武器を抜く。
動揺していたとはいえ、幼い少女を前に立たせてしまったのだ。当然、彼らの矜持が許すはずもない。
今にもドラゴンにとびかかりそうなほど剣呑な空気を放つ衛兵達。ヴィントゥルースは戦いの気配を感じ取り、その恐ろしい牙の生えた口元を歪ませる。
まさに一触即発。しかし、そんな張り詰めた双方の間に、再び幼い少女の声が割り込んできた。
「はあ、はあ、はあ……退いてください」
泥の中から体を起こしたソフィが、駆け寄ってきた衛兵たちを押しのけ、再度ヴィントゥルースに向かっていく。
その姿に衛兵達だけでなく、イドグロッド首長やヴァルディマーすらも呆然としてしまっていた。
「お兄ちゃんは、今大変な時。貴方なんかに、構っている暇なんてない……!」
“キンヴァーデン……ヒン”(小娘……貴様)
ソフィの言葉は分からずとも、再び剣を携える彼女の姿に、ヴィントゥルースは不快そうに口元を歪める。しかし……。
“アーム……”(フン……)
そんな定命の者の意思など、ヴィントゥルースには知ったことではない。
再び翼をはためかせ、目障りな弱々しい小娘を吹き飛ばす。
先ほどよりも高く宙を舞った少女の体が、地面に強かに叩きつけられる。
「ごほ、ごほ……!」
“ニ、ユヴォン……”(時間の無駄だな……)
定命の者としてもまともに戦えないソフィに対して何の興味も抱けず、飛び去ろうとするヴィントゥルース。そんな彼に彼女は地面に倒れたまま、挑発的な笑みを向けた。
「はあ、はあ……ドラゴンが逃げるの? こんな小娘から? 散々お兄ちゃんに勝つとか言っているくせに、随分と、弱気……じゃない」
“トル゛、ミン、ヴェイン、ズー! メイ、カー! ファス!”(その目、我を愚弄したな! いい気になりおって! ファス!)
向けられる侮蔑の視線が、プライドの高いヴィントゥルースの精神を逆撫でた。
健人と比較されただけでなく、上から目線で蔑まれる。しかも、その言を発したのは、脆弱な定命の者の中でも、怯えて振るえることしかできなかった弱者。声は分からずとも、この忌竜を激高させるには十分だった。
ルース……。激怒の名前を持つドラゴンは一気にその怒りを爆発させ、碌に戦う力のない少女に向かって、ドラゴンにとって力の象徴たるシャウトを放つ。
単音節とはいえ、伝説のドラゴンの『揺ぎ無き力』は三度少女を吹き飛ばし、彼女をモーサルの泉に叩き落とす。
「あぐ……!」
「ピュイ、ピュイピュイ!」
“アーム、ウォト、コス、ヒン……!?”(ええい、今度はなんだ……!?)
母親を傷付けられて激高したヴィーヘンがヴィントゥルースの顔に飛び掛かり、バサバサと羽を散らしながら鋭い爪でドラゴンの鼻先を引っ掻き始める。
しかし、若鷹の爪程度でドラゴンが痛痒を感じるはずもない。
ウザったそうに口元を歪ませながら、その長い首を振り、ヴィーヘンを強かに打ち据える。
“ボウ゛ール!”(邪魔だ!)
比較するのもおこがましい程の体格差だ。強打を受けた若い白鷹は、大きく弾き飛ばされ、近くの木に叩きつけられて地面に落ちる。
白い鷹を排除したヴィントゥルースだが、今度は頬に氷柱が叩きつけられた。
砕け散る氷片に首を傾げた暴竜が怪訝な顔で氷柱が飛んできた方に目を向ければ、メイスと盾を携えたノルドの男が、厳しい表情を浮かべながらヴィントゥルースを睨んでいる。
“ヒン……”(貴様……)
「さっさとその方から離れろ、悪竜。主に代わって、私が相手をしてやる」
「ヴァルディマーさん、ダメ……!」
手を出してきたのは、健人の私兵であるヴァルディマーだった。
彼にとっては、敬愛する主の義妹の危機。当然、放置できるはずがない。
しかし、彼の選択は、自ら火山に身を投げるような行為でもある。
このすぐに冠を曲げる竜の報復ともなれば、いくら魔法に長けた戦士である彼であったとしても、その強烈な雷のシャウトで骨も残らず消し飛ばされてしまうだろう。
「モーサルの戦士たちよ! ここで戦わなくてはノルドの名折れ! 幼気な少女にシャウトを向けた恥知らずの忌竜に、断罪の槍を突き立てろ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」」
さらにヴァルディマーの言葉を前にして、陣を敷いていたモーサルの衛兵たちも一斉にヴィントゥルースに向かって攻撃を開始した。
盾を構え、槍を突き出しながら、一斉に突撃。百の槍が重なり合うように、正面から忌竜に突きつけられる。
“サーロ゛、メイ! ファス、ロゥ、ダ――!”(うるさいぞ、木っ端ども! ファス、ロゥ、ダ――!)
しかし、その突撃もヴィントゥルースの“揺ぎ無き力”を前に無力と化した。
カウンターの要領で放たれた衝撃波が、一瞬で陣を食い破り、ヴァルディマーとモーサルの衛兵たちを木の葉のように吹き飛ばす。
「ヴィーヘン……くうぅ!」
衛兵たちが蹂躙される様を見せつけられながら、ソフィは体を起こそうとするも、泥水を吸った服は重く、地面についた両手はプルプルと小刻みに震えている。
泥に交じっていた石で切ったのか、頬からはポタポタと紅い滴が垂れていた。
ヴァルディマーたちを無力化したヴィントゥルースはそんな彼女に歩み寄ると、生意気にも反抗した幼い定命の者を、苛立ちのまなざしで睥睨する。
“コ、ニド、スモリン、フェオディ、ティン、フェン、ベイン……。ゲ、オイン。フェン、オファン、アウス、アーセィド、ディロン、クレン、ハドリム、アルーク、フン、ワー、ボウール、ドヴァーキン! ファール!”(価値がないと放置しておれば粋がりおって……。いいだろう。死ぬより苦しい苦痛を与え、その精神を折った上で奴の居所を吐き出させてやる! ファール!)
そして、彼女の精神を完全に折り、健人の居場所を吐かせるべく、『不安』のシャウトを放つ。
相手の心を恐怖で染め、その戦意を折るスゥーム。放たれた赤い波動がソフィの体を包み込み、その心と魂をギシギシと締め上げ始めた。
「あう! くう……あああああ!」
こみ上げる逃避願望がソフィの脳を焼き、彼女の口から悲鳴が木霊する。
怖い、怖い、逃げたい、逃げたい、逃げなきゃ、逃げなきゃ……!
心が、ミシミシと軋みを上げる。
恐怖は生物のもっとも原始的なの一つ感情であるが、同時に危険でもある。強すぎる恐怖は相手の精神を破壊し、再起不能に陥れることもできる。
まして、伝説のドラゴンのシャウトがもたらす恐怖ともなれば、相手を即座に自死に追い込むことすら可能だ。
“ヌ、スン、フォルーク、ドヴァーキン。コ、トル゛、ディヴォン、コメイト、ヴォルン、ズー、スゥーム……”(さあ、さっさとドラゴンボーンの居場所を吐け。そうすれば、シャウトを解いてやる……)
ガンガン、ガンガン! と、小さな心を叩き潰されていく中、恐怖から逃れようと、強烈な誘惑がソフィの心を覆いつく。
兄の行き先を話せ。そうすれば、この恐怖から逃げられる。世界のノドに向かったと、一言いえばそれでいい。
しかし、委縮する心に反して、彼女の口は堅く閉じていた。
奥歯が砕けるのではと思えるほど唇を噛み締め、滴る血が口元を紅く濡らす。
「く、ううううう……!」
どうして、そこまで口を閉ざそうとしているのか。すでに体は冷たく、心は屈服してしまっている。
しかし、胸の奥からこみ上げる何かが、このドラゴンに屈服することを拒んでいた。
(私が出会ったばかりのケント様は、戦士と呼ぶにはあまりにも力量が無さすぎました)
脳裏によみがえるのは、姉のような人物(リディア)の言葉。
英雄のように思っていた兄の、知らなかった一面。しかし、弱かったはずの兄は、数々の困難と試練を乗り越えた上で、今の強さを手に入れた。
それこそ、目の前のドラゴンすら一蹴するほどに。
(そうだ、そんなお兄ちゃんの隣に立ちたいって、思ったんだ……)
ならば、ここでくじけることは許されない。
兄が立つ場所は、もっと遠く。こんなところで這いつくばっていては、絶対に届かないのだ。だから、体と心は屈しても、魂だけは屈してなんてやらない。
「私、は……!」
既に力を失った腕に活を入れて、体を起こす。
ミシミシと未熟な筋肉が激痛と共に悲鳴を上げるが、その痛みすら、圧し掛かってくるシャウトを蹴り飛ばす活力へと変えて、彼女は叫ぶ。
「私は、ソフィ・サカガミ。偉大なるドラゴンボーン、ケント・サカガミの妹!」
次の瞬間、ソフィの身を包み込んでいた赤光が、霧が晴れるように消え去った。
“アーム!?”(なんだと!?)
「古のドラゴン、ヴィントゥルース。こんな“声”で、私の心を折れると思わ……ない、で……」
しかし、それで残っていた精神力全てを使い切ったのか、彼女は意識を失い、湿地の騎士に倒れこんでしまう。
一方、ヴィントゥルースはたった一節とはいえ、自らのシャウトが幼子に弾かれたことに驚愕していた。
しかし、その驚きはすぐに恥辱へ、そして怒りへと変わる。
“ジョール、メイ……。ウォト、アーン、クロ、ファールスヌ、クロン、アースト、ラ゛ーズ、セィノン、トガート……!”(定命の者が……。我と戦おうなどという思い上がり、その命で贖え……!)
胸にこみ上げる怒りのまま、ヴィントゥルースは顎を開き、むき出しの牙をソフィへと向ける。
この少女を殺し、その躯を晒せば、あのドラゴンボーンも本気を出すだろう。そして、その時こそ、自らの汚名をそそぐ最大の機会となる。
激情に身を浸していた心地よさを思い出し、ヴィントゥルースはそんな考えを抱きながら、鋭い牙をソフィに突き立てようとするが……。
(お前の憎悪は俺が預かった)
脳裏に、健人と交わした宣誓が蘇る。それは、彼がこのドラゴンに嵌めた枷。
だが、たとえ同族といえど、所詮は定命の者との約定。守る必要などない……そのはずだ。
しかし、こみ上げる激情に反して、少女に突き立つ寸前の牙が、それ以上動かない。
なにをしている、さっさと殺せ。この娘の体を引き裂け!
ヴィントゥルースはそう自分に言い聞かせるも、迷いはさらに強くなり、ついには不快感を伴ってグルグルと忌竜の胸をかき乱していく。
“ッ……ガ――!”(っ……えええい!)
不快感を振り払うようにズドン! と地団太を踏む。
ヴィントゥルースは数秒の間、悔しそうな瞳でソフィを見下ろすと、ふいと踵を返す。
“ザーロ゛、キンヴァーデン。ダール、ヘト、ワー、クロン、スゥー、スゥーム。ヌヅ、ズー、フェン、ホウヴダー、ゴルド、ドヴァーキン!”(小娘。一節とはいえ、わが声に抗ったことに免じて、ここは退いてやる。だが次は必ず、ドヴァーキンの居場所を吐かせてやるぞ!)
そう吐き捨てながら、ヴィントゥルースは翼を広げ、飛び去っていく。
忌竜が蜘蛛の彼方へと消えると、ヴァルディマーは大急ぎでソフィの元に駆け寄り、その幼い体を抱き上げた。
「妹様、ご無事ですか!?」
「う、ううん……」
気絶はしているものの、頬以外から出血は特に見受けられない。命に別状はない様子だった。
ソフィの無事にヴァルディマーがほっと胸をなでおろしていると、後ろから首長であるイドグロットが近づいてくる。
「ヴァルディマー、彼女を私の屋敷へ。負傷兵もだ、急ぐんだよ」
「は……ハッ!」
首長の鶴の一声に、衛兵たちも一斉に動き始める。
ケガをした仲間の治療を開始し、手の空いた者たちはヴィントゥルースのスゥームで損壊した家屋の修理を始める。
各々が自分の役割を開始したところで、イドグロットはヴィントゥルースが飛び去った空を眺めながら、小さくため息を吐いた。
「やれやれ、彼がいなくても、騒ぎには事欠かなそうだねぇ……」
しばしの間、天を仰ぎ見ると、彼女は兵の指揮へと戻っていった。
そんなこんなで、ヴィントゥルースの襲撃から数日。
幸いなことに誰一人死者を出さずに襲撃を凌いだモーサルと、怪我の治療を終えたソフィがどうなっていたかというと……。
“ザーロ゛、ヴァーデン! ヌ、スン、ゴルド、ドヴァーキン!”(小娘! さっさとドヴァーキンの居場所を吐け!)
「だから! 嫌って言ってるでしょ!」
再びヴィントゥルースの来訪を受けていた。
衛兵たちとしては、もう来るんじゃねえよ! と言いたいところだが、生憎と目的である健人を見失ったヴィントゥルースにとって、手掛かりはこの街だけである。
そんな彼の前に立つのは、またまたソフィ。
なんとこの少女。ヴィントゥルースの襲撃を察知するや、衛兵達よりも早く飛び出してヴィントゥルースと戦い始めたのだ。
「そもそも!あなた人間の言葉が分からないんだから、私が話しても分からないじゃない!」
“アーム、ドレイ、メイ、ズーウ、ヌツ、ニ、ドレ、スン、ウォト、ジョール!”
(ぐぬぬぬ、バカにされているのは分かるが、肝心の何を言っているかが全然分からん!)
初めてこの竜と相対したときの、怯え切っていた少女はどこに行ったのやら。
近くにあった斧でペチペチとドラゴンを叩き続ける。
ヴィントゥルースにとっても、ソフィは絶対に健人の居場所を吐かせると決めた相手。
喧々諤々と罵り合いをする一人と一匹の様は、衛兵達だけでなくイドグロット達すら閉口してしまうほどだった。
そして、戦いの結果はといえば……。
「きゅううぅぅぅ……」
ソフィの負けである。戦いを開始してから一分足らずでのノックアウト。
当たり前だ。相手は伝説のドラゴンである。勝てるわけがない。
ヴィントゥルースに健人の居場所を吐かせるという目的がなければ、秒殺間違いなしの相手なのだ。
“メイ、マー、ハドリム! アクロ、ナウ、ヴォゼーク、ザーロ゛、キンヴァーデン!”(くそ、気絶しおった! この軟弱者が、さっさと起きろ!)
かといって、ヴィントゥルースが目的を達せられたかといえば、そんなこともなかった。
なにせ、居場所を吐かせると決めた相手が完全に気絶してしまっているのだ。当然、彼の問いかけに答えられるはずもない。
モーサルにいる他の人間たちを締め上げればいいのだが、さすがのヴィントゥルースといえど、自らがスゥームで宣言したことを破ることはできない様子。むしろ意地になって、なんとしてもこの小娘の意思をくじいてやろうと躍起になってしまっている。
「ピュイピュイピュイ!」
“ヴォウ゛ール、ソナーン! フェン、ヴェイ、ヴィーング、アルーク、ナーク、ル゛ン!”(ええい、邪魔をするなクソ鳥! その羽もぎ取って虫の餌にしてやってもいいのだぞ!)
ヴィントゥルースにとっては、まさに試合に勝って勝負に負けたという状況。
ソフィが気絶している横で、今度は一匹と一羽により第二ラウンドが開始されたが、結局ヴィントゥルースは健人の居場所を吐かせることはできず、「次は必ず吐かせてやるからな!」と捨て台詞を吐いて再び飛び去って行った。
そしてソフィは再びハイムーン邸に担ぎ込まれたのだが……。
「むうう、また負けちゃった……」
「いや、お嬢ちゃん。相手は伝説のドラゴンなんだから、勝てなくても……」
「私はお兄ちゃんの妹です。あんな意気地なしドラゴンなんて、小指でポイッとするぐらいじゃないと!」
「い、いや。いくらケントでも小指でポイは無理だろう?」
「本格的に魔法とか勉強しなきゃダメですね。今からファリオンさんのところに行ってきます!」
「ちょ、ちょっとお待ち……!」
元々ちょっとおかしな方向に進み始めていた花嫁修業が、一気に加速していた。
イドグロットの制止も聞かず、ソフィはファリオンの元へ突撃。その日のうちに無理やり弟子入りし、レットガードの召喚術師を大層狼狽させる始末。
「う、うう~~ん。これは……ケントになんて説明したらいいんだろうねぇ……」
「妹様が逞しくなられるなら、主も喜ばれるのではないですか?」
「いや、それは……。もう、なるようにしかならないか……」
ついにはイドグロッドもさじを投げ、ソフィのするがままに任せてしまう。
むしろ行くところまで行ってしまえと、自分の持つ蔵書や経験、伝手を利用し、彼女に英才教育を施していく。
「きゅうううぅ……」
“メイ! エヌーク、マー、ハドリム!”(だーー! また気絶した!)
ちなみに、ソフィとヴィントゥルースのよくわからない意地の張り合いは、世界のノドで漆黒の竜王と異端のドラゴンボーンが戦うまで毎日続き、その度にこの竜は試合に勝って勝負に負けることを繰り返すことになった。