【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第七話 オダハヴィーング捕獲

 ドラゴンズリーチの最奥。そこにはホワイトランホールドを一望できるほどの展望室がある。

 かつて上級王、隻眼のオラフがヌーミネックスを捕獲していた場所。そこで健人達は、バルグルーフ達と最後の打ち合わせをしていた。

 彼らの周囲には十人以上の兵士たちも控えている。バルグルーフの護衛、そして捕獲装置の操作を行う者たちだ。

 ドラゴンの捕獲には、自由落下式の拘束具が使われる。形状としては、罪人を拘束するための首枷が最も近いだろう。

 その首枷の長さは、宮殿の中で最も広いこの展望室の幅とほぼ同じ。

 さらには機械式のロック機能を有する上、巨大な首枷の重さもおそらくは100トンを超えるだろう。ドラゴンでも力ずくで拘束を解くことはほぼ不可能であることが予想できた。

 作戦としては、展望席から宮殿内に入ってきたところで、死角である天井から首枷が落下し、ドラゴンを拘束するというもの。単純な作戦ではあるが、ドラゴンが健人に注目していることを考えれば、十分勝算があった。

 

「いよいよか……」

 

「さあ、準備はできたぞ、ドラゴンボーンたちよ」

 

「ケント、お願い」

 

「ああ、分かった」

 

 バルグルーフとリータに促され、健人はパーサーナックスから聞かされたドラゴンの名前の意味を、内に秘めたドラゴンソウルから引き出す。

 翼、冬、狩人。引き出した意味を舌にのせ、天高く放つ。

 

「オダ……ハー、ヴィーング!」

 

 空気が爆発したような音が空に広がり、山彦となってはるか遠くまで木霊していく。

 十秒、二十秒、三十秒。

 山彦が徐々に消え、やがて静寂が展望室を包み込む。

 三十秒、四十秒。

 健人もリータも、その場にいた者たちすべてが緊張感で眉を引き締める中、無音の時間だけが過ぎていく。

 

「……こないぞ」

 

 集中力の切れた兵士がぼそりとそんな言葉を口にした直後、強烈な戦意が健人の全身を貫いた。

 

「……来た!」

 

 巨大な影が展望室を覆う。反射的に健人が顔を上げれば、太陽の陰から翼を持つ巨体が一直線に降下してきていた。

 

「うわああ!」

 

 健人は反射的に、傍にいた悲鳴を上げる兵士を押し倒す。

 次の瞬間、鋭い爪が強烈な突風と共に、彼の頭上を薙いだ。

 奇襲を躱した健人は上体を起こし、件のドラゴンの姿を確かめる。

 血のように紅い鱗、スカイリムの山々を連想させる鋭い背棘。そして何よりも、燃えるような戦意と矜持を秘めた瞳。

 間違いなく、最上位クラスのドラゴン。あのヴィントゥルースと比べても遜色ないほどの覇気を全身から漂わせていた。

 

「あいつが……」

 

“ズー、オダハヴィーング! ドヴァーキン、クリフ、ボス、アークリン!”(我はオダハヴィーング! ドラゴンボーンよ、勇ましく我と戦え!“

 

 オダハヴィーング。

 パーサーナックスが離反した後の、アルドゥインの右腕。

 若いながらも強大な力を秘めたレッドドラゴンは、健人だけを凝視しながら高速で旋回し、力の言葉を紡ぐ

 

“ストレイン、ヴァハ、デネクトル゛!”

 

 オダハヴィーングの口から紡がれるシャウト。

 強烈な真言が波動となって空に広がる。直後、天を分厚い雲が覆い、巨大な氷柱が次々と降り注ぎ始めた。

 降り注ぐ氷槍の群れは瞬く間に城だけでなくホワイトラン全体を覆いつくし、たまたま展望席付近に配置されていた兵士たちを次々に串刺しにしていく。

 

「ぎ!」

 

「があ!」

 

「氷雪のストームコール……いや、氷槍のストームコールか!」

 

 極一部のドラゴンしか使えない天候操作のシャウト。それを容易く放ってくるあたりが、この深紅のドラゴンの力を示している。

 兵士達の悲鳴が木霊する中、降り注ぐ無数の氷槍のうちの一本が、リータの傍にいたドルマの体を捉えた。

 

「ぐう……!」

 

「ドルマ!?」

 

「大丈夫、かすり傷だ!」

 

 リータが切羽詰まった声を上げる中、ドルマは痛みを噛み殺しながら動き続ける。

 少しでも足を止めれば、ハリセンボンのような姿にされてしまうからだ。

 

「バルグルーフ首長、兵士たちを城内に入れろ! あのクラスのドラゴン相手に兵士をいくら用意しても無駄死にするだけだ!」

 

「くぅ、兵士達よ、退け! 我らには我らのすべきことがある。ここはドラゴンボーン達に任せるのだ!」

 

 バルグルーフと兵士達が氷槍の雨からの逃れるために宮殿内に退避していくのを確かめると、健人は改めて吹雪の中を飛び回る深紅のドラゴンを見上げる。

 確かに、強大なドラゴンだ。

 あのヴィントゥルースと同格クラスともなれば、ホワイトランを破壊しつくすのに一時間とかからないだろう。

 ならば、出し惜しみなどできない。

 

「いくぞ……ムゥル、クァ、ディヴ!」

 

 手加減無用。健人は迷うことなく、切り札の一つ、ドラゴンアスペクトを発動させる。

 虹色に輝く光鱗が健人の体を覆い、その能力を劇的に高める。

 完全に戦闘態勢に入った健人にオダハヴィーングは眉を細めると、翼をたたんで一気に降下を開始。

 風を切り、健人に向かって一直線に飛翔しながらシャウトを放つ。

 

“ヨル、トゥ、シュ――ル!”

 

 放たれたのはファイアブレス。

 強烈な炎の吐息が迫る中、健人は盾を掲げ、呪文を詠唱し、魔力の砦を発動。オダハヴィーングのファイアブレスを真正面から受け止め切る。

 さらに、傍に控えていたリータが前に出て、反撃とばかりにシャウトを放つ。

 

「ファス、ロゥ、ダ――!」

 

 彼女が放ったのは揺ぎ無き力。

 降り注ぐ氷槍の群れを粉みじんに粉砕しながら迫る衝撃波を前に、オダハヴィーングは軽やかに翼をはためかせる。

 

“当たらぬ!”

 

 翼に白い雲をひきながら急旋回したオダハヴィーングは、リータの揺ぎ無き力を回避。上昇しながら距離を取る。

 

「ロゥク、ヴァ、コ――ル!」

 

“っ!!?”

 

 続いて、健人の“晴天の空”が発動。

 不可視の衝撃波がオダハヴィーングのストームコールを弾き飛ばす。

 さらに健人は、立て続けにスゥームを紡ぐ。

 

「ジョール、ザハ、フルル!」

 

“ぐううう!”

 

 ドラゴンレンド。

 有限の概念がオダハヴィーングのドラゴンとしての時を歪め、その力を一時的に封じる。

 苦しそうに嘶いたレッドドラゴンはふらつきながらも、展望席にいる健人めがけて降下してくる。

 

「降りてくるぞ、城内に退け!」

 

「ええ!」

 

 健人達が城内に退避すると同時に、ズドンと地響きを鳴らしながらオダハーヴィングが着地した。

 衝撃で床石が砕け、煙が舞い上がる中、赤竜は鋭く健人を睨みつける。

 それに応えるように、彼もまた赤竜めがけて踏み込んだ。

 

「おおおお!」

 

 迫る健人を迎撃せんと、オダハヴィーングが牙を向くが、彼は流れるような体重移動で赤竜の側面へと逃れる。

 さらに左手で背中に背負った盾を構えると、その縁をドラゴンアスペクトで強化された筋力で振りぬいた。

 ズガン! という音と共に強烈な衝撃が走り、オダハヴィーングの首が跳ね上がる。

 

“グウ……! ガアア!”

 

 しかし、この赤竜はたった一撃でひるむような軟弱なドラゴンではない。

 むしろより戦意を高ぶらせ、より一層強烈な攻勢を健人にかけてくる。

 宮殿の歴史ある壁を砕き、粉塵に返しながら、牙と爪で健人を引き裂き、巨体で押しつぶそうと迫る。

 

(……そろそろか)

 

 まるで津波のようなオダハヴィーングの攻勢を捌きながら、健人は相手の攻撃の間を狙って用意していたシャウトを発動させる。

 

「ウルド、ナー、ケスト!」

 

 旋風の疾走。高速移動を可能とするシャウトで、彼は一気に展望室の入口近くまで後退する。

 あとは、追ってきたオダハヴィーングを罠にかけるだけ。

 しかし、ここで予想外の事態が発生した。

 

“ウルド、ナー、ケスト!”

 

 健人を追撃しようと、オダハヴィーングもまた旋風の疾走を発動。用意した罠の位置よりも、さらに奥まで侵入をしてきてしまったのだ。

 

(まずい、押し込まれすぎた!)

 

 アルドゥインの居場所を聞き出すことを考えれば、健人としてはオダハヴィーングをあまり傷つけることはしたくなかったが、このままでは、壁とドラゴンの巨体でサンドイッチにされてしまう。

 

「ちょっと下りなさい」

 

 直後、健人の横合いから、漆黒の影がオダハヴィーングに迫った。

 強靭な脚力で床石を粉砕しながら踏み込んだのはリータ。彼女は重装の全身鎧を纏いながらも、その重さをまるで感じさせない俊敏さで間合いを詰めると、人の身の丈ほどもある戦斧を一気に降りぬく。

 

“ゴア!?”

 

 ガイイイン! とまるで何トンもある金属の塊が激突したような音を響いた。

 直後、オダハヴィーングの首がねじれるように跳ね上がり、赤竜はたたらを踏みながら後退する。

 態々相手を傷つけないように戦斧の腹で打ち据えるあたり、彼女も気が利いているのだが、ドラゴンアスペクトも使わず、素の身体能力だけでドラゴンを引かせるその膂力はドン引きものである。

 とはいえ、オダハヴィーングは大きな隙を晒した。

 この隙に健人は赤竜の腹の下に飛び込み、盾を上に掲げると、決め手となるシャウトを放つ。

 

「ウルド、ナー、ケスト!」

 

“ごっ!?

 

 二度目の旋風の疾走が、健人の体を上方に急加速させた。

 腹部に強烈な突進を受けたオダハヴィーングの体は健人ごと上方に吹き飛ばされ、天井に仕掛けられた首枷へと叩きつけられる。

 

「今!」

 

 直後、健人の呼びかけにより、兵士たちが罠を作動させる。

 留め金が外れた首枷は重力に従い、オダハヴィーングと共に落下。赤竜が地面に叩きつけられると同時に、その首に枷を嵌め、完全に拘束してしまう。

 

“グオオオオ!”

 

「やった!」

 

“メイ、この私をこのように辱めるとは、ただでは済まさんぞ!”

 

「いや、確かに呼んだのは俺だが、話をする間もなく襲いかかってきただろうが!」

 

“何を言う! 我が名を呼び、挑戦してきたのはお前だ!”

 

「……あ、そういえば」

 

 ドラゴンは議論と闘争の区別がない。そしてスゥームで名を叫ぶということは、相手に挑戦するということにも用いられる。

 そのため、場合によっては名を呼んで話し合う=闘争という図式が容易に成り立つのだ。

 パーサーナックスなど、人間との交流を持つドラゴンであるならばそう言うことは滅多に起きないが、生憎とオダハヴィーングは竜戦争時代に殺され、最近まで死んでいたドラゴン。当然ながら、その考え方はドラゴン側に偏っていた。

 

「と、とにかく! 俺達が勝ったんだから、人間方式の話をさせてもらうぞ!」

 

“ふむ、確かに正しい。それに、手加減をされた上に枷をかけられてしまったというなら、もはや何も言えぬか……”

 

 心なしか、オダハヴィーングはしゅん……と落ち込んだように首を下げた。

 健人としても、このように拘束するのは本意ではないが、ドラゴンとしては議論=戦闘なのだから、多少抵抗しないとこっちが論破された扱いにされてしまうのだからしかたない。

 とりあえず、健人はドラゴンと人間における挨拶と議論、そして闘争の認識齟齬は一旦脇に置き、本題に入る。

 

「質問がある。今アルドゥインはどこにいて、何をしているんだ?」

 

 聞くのは当然、アルドゥインの居場所と行動について。

 そのことを聞かれるのはオダハヴィーング自身も予想していたのか、健人の質問にあっさりと口を開いた。

 

“奴は今、己の名と本能に従った行動を始めた”

 

「名と本能……」

 

“そうだ。すべてを食らうこと。すべての命と存在を飲み込むこと。それが、奴の本能。それに従い、あらゆるもの滅ぼし始めたのだ。アルドゥインは我ら兄弟にすら牙を向き、すでに半数以上の同族が奴に殺されてしまっている”

 

「おいおい、身内にまで手をかけ始めたのか!?」

 

 ここで初めて、健人たちはアルドゥインが同族にすら牙を向き始めたことを知る。

 アルドゥインが想像以上に暴走していることを知り、焦りがこみ上げるが、健人は一度自分を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸をする。

 

「それで、肝心のアルドゥインは今どこに……」

 

“奴はおそらく、ソブンガルデにつながる寺院、スクルダフンにいる”

 

 アルドゥインを止めるにしても、居場所がわからなければどうにもならない。

 しかし、オダハヴィーングの言葉に健人は首を傾げた。

 

「ん? なんでソブンガルデがこの流れで出てくるんだ?」

 

 ソブンガルデは、強い力と意思を示した者たち冥界。

 ショール、すなわちロルカーンの領域ではあるが、アルドゥインが滅ぼそうとしているニルンとは違う世界だ。

 

“奴は今まで、そこからソブンガルデに赴き、人間の英雄たちの魂を食らうことで力をつけてきた。お前という強敵に対抗するため、より強大な力を求めているはずだ”

 

 つまりアルドゥインは、強い力と意志を持つ定命の者たちの魂を食らい、自らの力にしていたらしい。

 ある意味、ドラゴンの魂を食らって力を増すドラゴンボーンとは対称的な能力だ。

 

“こうして相対して、声を交わしたからわかる。お前は間違いなく、これから先の運命の流れを決める存在だ。それは、我らが父の予想すら超える結果となるかもしれん”

 

 オダハヴィーングが、確信を持った瞳で健人を見つめる。

 その瞳の奥にあるのは……ある種の期待だろうか。

 

「…………」

 

 何かが動こうとしている。それも、とてつもない何かが。

 健人の胸にこみ上げていた、言いようのないある種の予感。それを肯定するようなオダハヴィーングの言葉が、さらに健人の焦燥を加速させていく。

 

「ケント、どうするの?」

 

「そのスクルダフンに行くしかないな……」

 

 すぐに、アルドゥインを見つけ出さなければならない。そうしなければ、取り返しのつかないことになる。

 

“だが、問題がある。スクルダフンは断崖絶壁に作られた寺院。行くには我らの翼が必要だ。無論、この翼で連れていくことはできるが、囚われの身ではそれもかなわん”

 

「なら、解放するから連れて行ってくれ。そっちもアルドゥインを止めないといけないんだろ?」

 

 さらっとオダハヴィーングを開放すると言い切った健人。そんな彼に、バルグルーフを初めとしたホワイトラン勢が目を見開く。

 ノルド達からすれば、ドラゴンをあっさり開放するなどあり得ない。

 ヌーミネックスのように飼い殺しにするか、もしくは即座に処分するのが普通だ。

 

“ふむ、選択肢が一つしかないなら、それを選ぶのが賢明。アルドゥインは我らごと、すべてを滅ぼすことを決めた。私はもう従うつもりはない”

 

「なら、取引成立だな」

 

“それともう一つ、伝えなければならないことがある。アルドゥインは我ら兄弟が離反した故に、新たな手駒を用意しているやもしれん”

 

「手駒?」

 

 健人が詳細をオダハヴィーングから聞き出そうと口を開いたその時、慌てた様子の兵士が、展望室に駆け込んできた。

 

「首長!」

 

「いったいなんだ!?」

 

「大量のドラウグルとスケルトンの群れが、ここホワイトランに向かってきています! 数は少なくとも数千から数万。いえ、もっと増えてきています!」

 

「なんだと!? いったいどこからだ!」

 

「北からです。すごい大軍で、途中の砦はすべて落とされました!」

 

 突然の報告に、展望室内が一気に緊張感に包まれる。

 ドラウグルといえば、ノルドの遺跡でよく見つかるミイラだが、数千、数万が集団となって襲ってくるなどありえない。

 

“アルドゥインだな。教団の遺跡内にいた信徒たちを目覚めさせたのだろう。おそらくケイザール中の人間たちの街を襲っているはずだ”

 

 かつて竜教団は、このスカイリムを席巻していた組織。その遺跡は各地に点在し、その全てからアンデッドが出てきたというのなら、いったいどれほどの被害になるのか想像もつかない。

 オダハヴィーングの言葉に健人達が息を飲む中、バルグルーフが声を上げる。

 

「衛兵たちを集めろ! 防衛戦の用意だ!」

 

「バルグルーフ首長、俺達はアルドゥインを追います」

 

「わかった……。ドラゴンを解放しろ!」

 

 ここにきて、迷っている暇はない。バルグルーフは素早く衛兵たちにオダハヴィーングの解放を命じる。

 首長の命に兵士たちがすぐさま展望室脇の鎖を引くと、ガチャリと音を立てて捕獲装置が起動。

 オダハヴィーングを拘束していた首枷のロックが外れ、ガラガラと音を立てて天井まで巻き上がる。

 解放されたオダハヴィーングは自由になった首をブルブルと振るわせると、踵を返して展望席までドズドスと歩いくと、健人を待つように首を曲げて振り返る。

 

「ケント、リータ、二人はアルドゥインを追ってくれ」

 

「面倒だけど、オイラたちは防衛戦に加わるよ。」

 

「え?」

 

 健人とリータが展望席で待つように首を曲げて振り返っている赤竜に頷く中、ドルマとカシトが二人に声をかけてきた。

 二人の突然の言葉に、健人が呆けたような声を漏らす。

 しかし、彼らは示し合わせたように苦笑を浮かべる。

 

「アルドゥインと戦うともなれば、俺もこいつも力不足だろうからな。この世界の行く末は、二人に任せる」

 

 ドルマもカシトも、これ以上自分達がついて行っても、役に立てそうにないと判断したようだった。

 確かに、今の健人とリータは、スカイリムはおろか、タムリエルの中でも並ぶ者のいないほどの強者に成長している。

 その気になれば、たった一人で軍隊すら退けることが可能だろう。間違いなく、何百年、何千年と語り継がれるほどの存在になってしまっているのだ。

 むろん、カシトもドルマも、定命の者という区分の中で言えば、間違いなく上位に位置する。しかし、そんな彼らですら、今の二人のドラゴンボーンの戦いに赴くことは、もう不可能になっていた。

 ここまで背中を預けていた二人の言葉に、健人もリータも何とも言えないような表情を浮かべる。

 

「大丈夫だよケント、どんな結果になっても、怒ったりしないから!」

 

「はあ……、世界が滅んだら、怒ったりするとかしないとかの次元の話じゃないんだがなぁ……」

 

 相も変わらず少しずれている……というよりも、努めて明るくふるまってくれている親友に健人は苦笑を浮かべる。

 

「リータ、戻ってきたら、伝えたいことがある」

 

 一方、ドルマは真剣なまなざしで、意味深な言葉をリータに送っていた。

 

「……分かった。ちゃんと帰ってくるよ」

 

 リータもまた、幼馴染の視線の意味を理解しつつも、微笑みを返す。

 そして彼女は健人と共に、示し合わせたように展望席の方へと向き直ると、待っている赤竜の元へと歩み始めた。

 

「行ってくる。後を頼む」

 

「あいあい! 留守は任せて!」

 

「ドルマ、リディア、街の皆をお願いね」

 

「ああ、街にはドラウグルの一体も通させないさ」

 

「お二方、ご武運をお祈りしております」

 

 そして下ろされたオダハヴィーングの首に健人がまたがり、その後ろにリータが腰を下ろすと、赤竜は翼をはためかせる。

 

“アマティヴ! ム、ボ、コティン、スティンセロク”(さあ! 我々が如何に自由であるかを感じてみるがいい)

 

「うを!」

 

「きゃっ!」

 

 強烈な荷重と、続く浮遊感に二人が戸惑う中、オダハヴィーングは瞬く間に加速。あっという間に天高く舞い上がる。

 

「またな、ケント。お前は今まであった中で最高に勇敢な人間だ。もしくは、最高の馬鹿だぜ!」

 

 青い空に映える赤竜の背を見送る追いながら、ドルマは見送りの言葉を送る。

 そして彼らは一路、北西の空へ向かって飛翔していった。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 オダハヴィーングが二人のドラゴンボーンを乗せ、今まさに飛び立とうとしていた瞬間、ローブを纏った一人の男性が、額に汗を浮かべながら展望室に駆け込んできた。

 

「ドラゴンを捕まえたと聞いてきたんだが、もうちょっと待ってくれ! せめて血を二瓶……いや、一瓶でもいい! サンプルを!」

 

 飛び込んできたのは、ホワイトランの宮廷魔術師であるファレンガー。

 ドラゴン研究者としての好奇心が暴走しているのだろう。衛兵達だけでなく、ドルマたちすら呆然としている中、周囲の視線など目もくれず、今まさに飛び立とうとしているオダハヴィーングに向かって跳びかかる。

 

「お前はこの非常時になにをやっている!」

 

「あぶ!?」

 

 しかし、横合いから高速で割り込んできたバルグルーフが、怒りの鉄拳をファレンガーの脳天に振り下ろした。

 ハエのように叩き落とされたファレンガーがべちゃりと床に突っ伏す中、彼のお目当てのドラゴンは翼をはためかせて展望室から飛び立っていく。

 

「ええい、この大切な時に、ホワイトランの恥を晒すような真似をしおって……。さっさとこい! 宮廷魔術師として、アンデッド撃退に従軍するのだ!」

 

「いや首長、私はドラゴンのサンプルを……。あああ、待って、せめて鱗の一枚、いや唾液、糞でも尿でもいいから!」

 

 サンプルになるならいっそ排泄物でもいいと言い切るあたりが、この宮廷魔術師のドラゴン狂いっぷりを現している。

 とはいえ、こんな気狂いの為に排泄物を提供するドラゴンなどいるのだろうか。

 少なくとも、気位の高い彼らが了承するとは思えない。

 

「くそ、こら、暴れるんじゃない!」

 

 諦めきれずに展望席へ向かっていこうとするファレンガーを羽交い絞めにするバルグルーフ。

 ジタバタと暴れるドラゴンマニアの宮廷魔術師だが、生憎と完全インドアな彼と、戦士としても有能なバルグルーフでは、腕力に隔絶した差がある……はずなのだが、よほどこの機会が惜しいのだろう。むしろ逆にファレンガーがバルグルーフを引きずり始めた。

 

「だめだ、私ひとりでは押さえきれん! イリレス、手伝ってくれ!」

 

「こらファレンガー、大人しくしなさい! 衛兵達も早く! 何をしているの!」

 

「は……ハッ!」

 

 イリレスと衛兵達が加わり、ようやく力の均衡が自分達側に傾いたバルグルーフは、少しづつ、ファレンガーを展望室の入口まで引きずっていく。

 実に恐ろしきはこの魔術師のドラゴンに対する執着か。

 サンプルを入れる小瓶を振り回しながら「愛しのドラゴンよ、帰ってきてくれ!」と唾を吐きながら叫ぶ姿は、首長の補佐を務める超エリートとは思えない。

 

「お願いだ! せめて一瓶……」

 

 最後まで抵抗していたファレンガーだが、無情にも展望室の外に連れ出され、扉が閉められた。

 ようやく静かになった展望室。

 無数のドラウグルが攻め込んできているにもかかわらず、弛緩してしまった空気の中で、ドルマ達はため息とともに肩を落とすのだった。

 

 

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