【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十一話 ハドバルの死地

 ホワイトランの西の監視塔は、広大な平原を渡る街道沿いに建てられた監視塔である。

 常駐している兵士もそれなりに多く、ファルクリースとリーチに続く街道を警備する重要な拠点である。

 その立派な石造りの監視塔は今や崩れかけ、荒涼とした有様だった。

 周りの草や備蓄してあった物資は軒並み灰になり、煙を上げ、監視塔を煤で汚している。

 

「これは……イリレス隊長」

 

「うろたえるな。今のところ、ドラゴンの姿は見当たらないわ。でも、ここにいたのは確かみたいね」

 

 動揺する衛兵を、イリレスが一喝する。

 確かに、監視塔はひどい状態ではある。

 しかし、イリレスの任務は調査だ。

 姿は見えず、どこかにドラゴンが潜んでいるとしても、なんらかの情報を見つけだし、必ず持ち帰る必要があった。

 

「散開して生存者を探しつつ、周囲の警戒を厳に。私たちが戦っている存在について、もっと情報を集める必要があるわ」

 

「イリレス殿」

 

 イリレスの一隊を追いかけていたハドバルが追いつき、駆けだそうとするイリレスに声をかける。

 

「ハドバル殿か」

 

「はい、一体どうしたのですか?」

 

「西の監視塔にドラゴンが現れたという報告を聞いて駆け付けたのだ。見たところ、本当に襲撃されていたようだが……」

 

 ハドバルはそう言うと、煙に包まれている監視塔を見て眉をひそめた。

 

「ハドバル殿は離れていてくれ」

 

「いえ、私も同行しましょう。監視塔を襲撃した不届き者がヘルゲンを襲ったドラゴンと同じかどうか、見極める必要があります」

 

「好きにしなさい。その代り、自分の身は自分で守りなさい」

 

「分かっています」

 

 返事を聞いたイリレスは、衛兵を率いて監視塔へ向かって駆け出していく。

 ハドバルも乗っていた馬を降りると、剣と盾を構えてイリレスの後を追う。

 

「ちくしょ~~! アカトシュ様、キナレス様、マーラ様、ディベラ様、ジュリアノス様、ステンダール様、アーケイ様、ゼニタール様、ついでにタロス様、お願いですから何も起こらないでよ……」

 

 後ろに控えていたカシトは、異常な頻度でやってくる騒動の予感と逃げることもできない己の立場に、すがるような気持ちで九大神に祈りをささげた。

 ここ二百年ほど不憫な神がないがしろにされている気がしないでもないが、半ばヤケになりかけているカシトは気が付かない。

 およそ二十人の衛兵と、首長付きの私兵、帝国兵士のノルドとカジートが、監視塔に近づく。

 すると、近づいてきた彼らを察知したのか、監視塔の中から一人の衛兵が飛び出してきた。

 監視塔から飛び出してきた衛兵は、よほど動揺しているのか、足をもつれさせながら、イリレスたちに近寄ってくる。

 

「だめだ、戻れ! まだ近くにいる! ホロキとトーが、逃げようとしたときにつかまった!」

 

「生存者!? ここで何があったの? ドラゴンはどこ? 答えなさい!」

 

「わ、分からない」

 

 その時、平原を覆う山々の奥から、言い知れぬ咆哮が聞こえてきた。

 

「ハドバル、この声って……」

 

「ああ、嫌な予感がする」

 

 狼ともトロールとも違う、魂の奥から恐怖を掻き立てるような咆哮に、ハドバルとカシトの額に汗が滴る。

 

「キナレス、助けてくれ。奴がまたやって来た」

 

 その時、山にかかる雲海を切り裂きながら、一頭の巨獣が姿を現した。

 ヘルゲンを襲った個体とは違う。

 緑のうろこに覆われた体躯と、まるで船の帆を思わせる皮膜を持つ両椀。背と頭に毒々しい鶏冠を持つドラゴンだった。

 ドラゴンはイリレス達を睥睨しながら、身も凍るような咆哮と共に、一気に急降下してくる。

 

「来たわ。物陰に隠れて、すべての矢を放ちなさい!」

 

 衛兵たちが岩陰に身を隠しながら、一斉に弓を放つ。

 およそ二十の矢が上空から舞い降りるドラゴンに殺到するが、ドラゴンは素早く身をひるがえして回避すると、衛兵たちを見下すように、彼らの真上を飛び過ぎた。

 巨大な質量が飛ぶことで生み出された強風が、イリレス達に叩きつけられ、彼らは思わずその場に蹲る。

 緑のドラゴンは地面にうずくまったイリレス達を一瞥すると、悠々とした様子で旋回すし、再びイリレスたちに向かって突っ込んできた。

 

「くそドラゴンめ、くらえ!」

 

 血気盛んな衛兵が身を乗り出して、正面からさらにドラゴンに矢を放とうとする。

 その兵士を視界にとらえたドラゴンが口蓋を開いた。

 

「正面に立つな! 焼かれるぞ!」

 

“ヨル……トゥ、シュール!”

 

 ハドバルがとっさに身を乗り出した衛兵を警告するが、その前にドラゴンから灼熱の炎が放たれた。

 無謀な衛兵を炎が飲み込む。

 

「ぎゃあああ!」

 

 さらに飛行状態で放たれた炎は一直線に地面を焼き、都合三人の兵士を纏めて焼き払う。

 

“ジョール、ダニーク、ディボン。アーク、ファール、ラース、ソブンガルデ。我が名はミルムルニル。定命の者よ、ソブンガルデに逝くがいい”

 

 ミルムルニルと名乗ったドラゴンは再び旋回すると、両足の爪を立てながら、衛兵たち目がけて突っ込んでくる。

 飛行速度とドラゴンの体重が合わさった足撃は、五人の衛兵を巻き込んでミンチにしながら、地面に真紅の道を描く。

 わずか数秒の間に、偵察隊の四割の隊員が死亡した。

 

“さて、次の獲物は……グウ!”

 

 しかし、隊員を下敷きにして地面を滑走したミルムルニルの動きが泊まった瞬間、雷が彼の体を浴びせられた。

 雷を放ったのは、偵察隊を率いていたイリレスだ。

 放たれた紫電が蛇のようにドラゴンに纏わりつく。

 雷が空気を焼き、鼻を突く刺激臭が辺りに立ち込める。

 ダークエルフである彼女の魔法は、人間のそれと比べても頭一つ抜けている。

 イリレスが放った雷は詠唱のほぼいらない初級の魔法だが、イリレスのそれは数人纏めて感電死させられる威力があった。

 

「今よ! 一斉に斬りかかりなさい!」

 

 イリレスの合図に合わせて、ハドバル達と衛兵たちが一斉に斬りかかる。

 ミルムルニルの周囲を囲み、振り上げた剣を叩きつける。

 しかし、ほとんどの剣は強固な鱗の前にやはり弾かれる結果に終わった。

 数撃の剣は幾分薄い鱗を貫いたり、鱗の隙間に刃を入れることに成功しているが、致命傷には程遠く、ミルムルニルは全く痛痒を見せない。

 

「ぐっ! ヘルゲンを襲ったドラゴンよりはマシだが、これでは致命傷を与えることはできん! ぐあ!」

 

 次の瞬間、ミルムルニルが翼をはためかせ、周囲を囲んでいた衛兵たちを吹き飛ばした。

 さらに体をひねって鞭のような尾を振り回し、舞い上げられた衛兵を地面に叩き付けながら、流れるような動作で首を伸ばして近くにいた衛兵をかみ砕く。

 地面に叩き付けられた衛兵達は、地面にこびり付く紅い染みへと変わり、かみ砕かれた衛兵はピクピクと痙攣する肉塊になる。

 

「くっ!」

 

“フォス……ロウ、ダー!”

 

 イリレスが再び魔法でドラゴンを牽制しようと手を向けるが、彼女が魔法を放つよりもはるかに早く、ミルムルニルのスゥームがイリレスを襲った。

 目に見えぬ衝撃波がイリレスを吹き飛ばし、彼女の体を岩に叩き付ける。

 岩に叩き付けられた衝撃で動けないイリレスに、ドラゴンが追撃のスゥームを放とうとする。

 

「ていやっ!」

 

 しかし、ドラゴンの追撃を妨げるように、カシトが攻撃を仕掛けていた。

 彼は素早い身のこなしでミルムルニルの死角である背後に回り込み、ドラゴンの背に足をかけて跳躍。

 ミルムルニル頭の真上から、短剣を相手の眼を狙って振り下ろしてきた。

 しかし、ミルムルニルは自分の体を使って強襲してきたカシトに気付くと、首を下してカシトの剣撃を躱して、逆にカシトをかみ砕こうとしてきた。

 

「うおっと! あ、あぶ、あぶな!」

 

 逆撃を仕掛けられたカシトは慌てて体を捻り、迫りくるドラゴンの鼻先を蹴って離脱する。

 軽い口調でいまいち危機感を感じさせないが、カシトとしても紙一重の回避だった。

 互いに間合いを離したドラゴンとハドバル達は、一時的に相手を窺うように睨み合う。

 しかし、どちらが優勢かは誰の目にも明らか。

 既に半数以上の兵士が殺され、生き残った兵も吹き飛ばされた時の衝撃で動けない様子だった。

 一方、満身創痍のイリレス達に比べ、ドラゴンはまるで弱った様子がない。

 

“僅かとはいえ、わが身に傷を入れられるとは。少々驚いたぞ、定命の者達よ”

 

 ミルムルニルが興味深そうな視線がイリレスたちに向ける。

 その視線に込められた喜悦の色に、イリレス達は彼我の戦力差を否が応にも自覚させられていた。

 ミルムルニルにとって、この戦いは単なる遊戯だ。

 受けた傷も、遊びの最中にちょっと指を擦りむいた程度のものでしかない。

 ほぼ無傷のドラゴンに比べ、イリレスの率いた兵は全滅状態。

 魔法もドラゴンの鱗に阻まれ、僅かに動きを鈍らせる程度の効果しかなく、剣も弓もほぼ効果がない有様である。

 

「こりゃあ無理だね。オイラはさっさとここから逃げた方がいいと思うよ!」

 

 カシトが撤退を提案する。

 イリレスも、カシトの案には賛成だった。

 ドラゴンを倒すには、あまりにも戦力が足りないし、今のイリレスの任務はドラゴンを倒すことではなく、情報を持ち帰ることだった。

 問題は、どうやって目の前のドラゴンを振り切るか。

 

「カシト、お前は逃げるといい」

 

「は? アンタはどうするのさ?」

 

「私は残る。イリレス殿とお前が撤退するまで、時間を稼ぐ」

 

 殿を買って出たのは、ハドバルだった。

 隣にいたカシトとイリレスが、驚きに目を見開く。

 

「ちょっとアンタ! 自分が何言っているか分かっているのか!?」

 

「ハドバル殿、死ぬつもりか!?」

 

「他に適任がいない」

 

 イリレスはバルグルーフの私兵であり副官だ。ホワイトランの今後を考えれば、今失うわけにはいかない。

 カシトはそもそも、戦闘技能や装備から、殿が行う遅滞戦闘には向いていない。

 この場で殿に適した人間は、ハドバルだけだった。

 

「カシト、その日暮らしのカジートのお前は、帝国軍などどうでもいいのだろう?」

 

「ああ、どうでもいいよ。特にノルドなんて、どこで野たれ死んでも気にならないし、ダークエルフもさっさと豚の肥やしになれって思うよ」

 

 興奮したのか、吐き捨てるような口調でまくしたてるカシト。

 その言葉の一つ一つに、彼が今まで生きてきた人生が凝縮されているようだった。

 

「ああ、そうだ。お前はそういう奴だ。お前が気にしているのはケントだけだ。そうだろう?」

 

「…………」

 

 沈黙が、ハドバルの問いかけを肯定していた。

 そして、カシトもまた理解していた。

 カシト達だけでは、どう頑張ってもあのドラゴンを倒せない。だがドラゴンはカシト達を殺した後、次にホワイトランを襲うだろう。

 カシトの脳裏に、炎に包まれながら、悲鳴を上げる唯一の友人の姿が浮かぶ。

 それは、カシトにとって絶対に許容できないことだった。

 

「現状の最高指揮官として、現時刻をもってお前を帝国軍の指揮下から解く。お前は自由だ」

 

「お、おい!」

 

「行け!」

 

 カシトの返答を聞かないまま、ハドバルは盾を構えてドラゴンに吶喊していった。

 

「ハドバル殿、武運を!」

 

 イリレスが踵を返して駆け出す。

 カシトは一瞬迷うように顔をゆがめたが、振り切るようにハドバルに背を向けると、イリレスの後を追って駆け出した。

 

“ヨル、トゥ、シューール!”

 

 ミルムルニルのファイアブレスがハドバルを襲う。

 地面を焼きながら疾走する炎の渦が、あっという間にハドバルを飲み込込んだ。

 

“メイ……。終わりか。せっかく待ってやったのに、あっけない……む!”

 

「うおおお!」

 

 炎の渦を突破したハドバルが、ミルムルニルに切りかかった。

 ハドバルの剣はミルムルニルの鱗に弾かれたが、自分のスゥームを突破されたことに ミルムルニルは驚愕に目を見開き、後方に跳躍して距離をとった。

 

“貴様、なぜ我が炎を受けて生きている”

 

「この盾は鋼鉄製だ。お前の吐息でも、焼くことはできんぞ」

 

“ふむ、確かにそのようだ。だが、お前の腕は無事ではあるまい?”

 

「…………」

 

 確かに、鋼鉄製の重装盾はドラゴンの炎を防いでくれていたが、灼熱の吐息に焙られた盾は高熱を帯び、ハドバルの手を盾越しに焼いていた。

 ハドバルは自分の手が焼ける匂いと、腕が千切れるような激痛を感じながらも、まるで痛痒がないかのように鼻を鳴らして構えをとる。

 敵には決して背を向けない、ノルドとしての姿がそこにはあった。

 

「感覚が無くても腕が上がれば盾も剣も使える。腕が上がらなくなれば、足で絞殺してやる。足を食いちぎられても、噛みついて戦うまでだ」

 

“ボゼーク、ジョール……その戦意やよし。定命の者よ。お前たちの力を忘れていたぞ”

 

 ハドバルの戦意に敬意を示すように、ミルムルニルが咆哮し、ハドバルに向かって駆け出してきた。

 迫りくる巨体に、ハドバルは強烈な死の予感を感じていた。

 同時に、迫りくるこの予感からは逃げられないことも理解していた。

 奇しくも、自分がヘルゲンで死んだ幼馴染と同じような運命を辿ることに、ハドバルは苦笑を浮かべる。

 

「レイロフと同じ死に方なのが唯一の不満だが、ここは死すべき故郷の地。悔いはない!」

 

 帝国軍に入った時から、ハドバルは既にノルドとして死ぬ覚悟はできている。

 後は、戦士として己の責務を全うするのみだった。

 

「スカイリムのために!」

 

 力なき者を守る。

 戦士としての矜持を胸に、死した旧友と同じ言葉を叫びながら、ハドバルは迫りくる伝説の獣を迎え撃った。

 


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