【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十三話 終末を告げる声

“グオオオオオオオ!”

 

 覚醒した世界を喰らう者が、咆哮と共に蹂躙を開始する。

 竜王は一歩一歩、体を纏う闇で周囲の全てを食い尽くしながら、健人たちに迫る。

 

「奴を近づけるな! 押し返せ!」

 

 イスグラモルの指示により、戦意を取り戻した英雄の軍勢は迎撃を開始。持ちうるすべての投擲武器を、アルドゥインめがけて投げつけ、全力の魔法を撃ち込む。

 一撃一撃が並みのドラゴン相手なら十分な深手を負わせられるほどの威力。しかし、立て続けに放たれる槍や矢の雨はアルドゥインが纏う闇に食い尽くされ、文字通り塵も残さず消滅してしまう。

 

「「「ファス・ロゥ・ダーー!」」」

 

「モタード!」

 

 ならばと、英雄の軍勢は先ほどアルドゥインを吹き飛ばした戦法を実施。

『揺ぎ無き力』と『ハウリングソウル』の合体シャウトが発動し、山すらも砕くほどのシャウトが地面を砕きながらアルドゥインに向かって疾走する。

 

“無駄だ”

 

 しかし、それほどのシャウトでも、今のアルドゥインには全く通用しなかった。

 アルドゥインに直撃した瞬間、衝撃波の渦はまるで元から存在しなかったかのように消滅する。

 

「これでもダメか!」

 

 放たれる遠距離攻撃すべてを無効化しながら突き進んだアルドゥインは、ついに英雄の軍勢の最前線に到達。その巨大な翼の生えた右腕の爪を薙ぎ払う。

 

「ぐわあ!」

 

「ぎっ!?」

 

 その一薙ぎで、盾を構えた前衛の英雄十人が消滅した。戦列に穴が開く。

 

“グオオオオ!”

 

 その穴に、アルドゥインが飛びこんでくる。そして進行方向にいた二十人の英雄が、アルドゥインの体に触れた瞬間、まるで塵のように分解された。

 分解された塵はアルドゥインに吸い込まれ、文字通り、魂ごと全て食い尽くされる。

 戦線を一方的に突破された。その事実に、健人の脳裏に最悪の光景がよぎる。

 

「英雄達よ、友を生かすためにその命を捧げよ!」

 

「「「おう!」」」

 

“むっ!”

 

 しかし、アルドゥインが蹂躙を開始する前にイスグラモルの指示の元、英雄たちが動く。

 名も知らぬ三人の英雄がアルドゥインに吶喊。アルドゥインの纏う闇に触れる直前、彼らの体がまばゆい閃光に包まれたかと思うと、強烈な爆発が発生した。

 

「自爆!?」

 

「さあ、我らの死に時だ!」

 

「「ああ!」」

 

 健人が言葉を失う中、新たな三人がアルドゥインへと吶喊。再び閃光と共に轟音が響く。

 その間に英雄たちは突入してきたアルドゥインを再度囲むように、戦線を再構築していた。

 

「ドラゴンボーンよ、こっちだ!」

 

「イスグラモル、これは……!」

 

 イスグラモルの呼びかけに健人が旋風の疾走で後方に戻ると、そこには目を見張る光景が広がっていた。

 地面に輝く光の帯。そこには無数の魔法陣が円形に配置されている。

 幾重にも重ねられたそれの大きさは直径二十メートル以上にも及び、強大な魔力を放ちながら、天を突くほどの光の柱を作り上げている。

 その傍では何十人もの魔法使いたちが祝詞を捧げながら、何かを待っていた。

 明らかに何らかの目的をもって用意された魔法陣。健人がこの魔法陣の用途を聞く前に、イスグラモルが口を開く。

 

「アルドゥインが世界を喰らう者としての権能を開放した。もはや、我らの力では奴に対抗することはできない。故に、かの神に降臨を願う。我らが戦神、ショールに」

 

 ショールの召喚。その言葉に、健人は目を見開く。

 神の召喚自体、前例がないわけではない。

 最も知られている神の召喚としては、二百年前のオブリビオンクライシスの最終局面。

 ムンダスとオブリビオンを隔てる障壁、ドラゴンファイアが消え、デイドラロードであるメエルーンズ・デイゴンがタムリエルに侵攻してきた時だ。

 この時はセプティム王朝最後の皇帝が契約の証である王者のアミュレットと、彼自身の命を捧げることで竜神アカトシュを召喚。デイゴンを倒している。

 

「だが、ロルカーンは不在の神だ。既に死んだ神をどうやって……まさか」

 

「そう……我らの命だ。この英雄の軍勢、全ての命を生贄としてショールに捧げ、その力を君に宿す」

 

 死んだ神を媒体なしに召喚する。その為にイスグラモルは、英雄の軍勢全てを生贄に捧げるつもりなのだ。

 今健人の目の前で展開されている魔法陣は、生贄としてささげられた魂をエセリウスの果てにいるショールに届けるためのもの。そして与えられるショールの力を選ばれた者に注ぐためのものだった。

 

「君は、そのための存在だ。人でありながら竜の力をもつ者よ。その為に、ここに来るよう運命づけられた」

 

 強い光を宿した目で、イスグラモルは健人を見つめる。

 星霜の書に刻まれた最後のドラゴンボーン、その役目を代わりに背負った者を。

 

「……あなた方はどうなる?」

 

「この世界が生き残るにせよ、食い尽くされるにせよ、ショールの力となって完全に消滅することになるだろうな」

 

 消滅。その言葉に、健人は言葉を失う。

 一方、イスグラモルや彼に従う英雄達には、迷いも憂いもない。自らが完全に消えることすら、受け入れている様子だった。

 

「ドラゴンボーン?」

 

 それがどうしようもなく、健人の胸を穿つ。

 そうなのだ。彼らは戦いで死ぬことに、まったく迷いがない。

 誉れ高く生き、そして果てる。現代に住む日本人にはなじみのない生き方。

 健人はそんな彼らの生き方に違和感を抱きつつも、同時に敬意も抱いていた。この世界に来てから、彼に戦いの心構えを説いたハドバルや、他の多くのノルド達と関わってきたから。

 己の大切な何かの為に全てを出し切る生き方は、ぬるま湯の中で生きられる現代日本で生きてきた健人にとって、ある意味まぶしいものだから。

 

「まだだ、まだ早い」

 

 だからこそ、健人はイスグラモルの策に首を縦に振ることが出来なかった。

 

「他に手はない。このままでは、アルドゥインに世界全てが食い尽くされるのだぞ!」

 

 用意した策を拒否する健人に、イスグラモルが強い口調で詰め寄る。

 彼らにとってロルカーンの召喚は唯一の突破口。完全に覚醒したアルドゥインを倒すには、竜王を作り上げたアカトシュと対となる存在に力を借りるしかない。

 それこそ、自分達が消滅するのだとしても。

 

「イスグラモル、貴方達の志は……俺から見たらちょっと野蛮だけと、尊いものだ。だからこそ、俺は貴方の案に乗れないんです」

 

「どういう、ことだ?」

 

「今の俺は、貴方達の命を受け取るにはふさわしくないってことです……」

 

 健人の言葉がわからず呆然とするイスグラモルに苦笑を浮かべながら、健人は彼らに背を向ける。

 視線の先では、英雄たちが文字通り命を散らしてアルドゥインを足止めしていた。

 

「それに、やっぱり俺は甘っちょろい地球の日本人です。その志が尊いものだとしても、生贄そのものにどうしても抵抗感を覚えてしまう」

 

「だが、これ以外に方法は……」

 

「でもそれはたぶん、まだ自分がまだできることがあるからなんだと思います。同時に、それに俺はまだ恐怖を覚えているということも」

 

「恐怖……?」

 

「嫌悪、といってもいいかもしれません。ずっと手元にあったけど、使おうとはしなかった。使いたいとも思わなかった。むしろ、早く捨てたいと思って、見ないようにしていた」

 

 そう言いながら、健人はおもむろに腰のポーチに入れていた者を取り出して掲げた。

 黒く、分厚い表紙。

 

「それは……」

 

「黒の書。俺が壊した、あのデイドラのアーティファクト……」

 

 壊れた黒の書“白日夢”。

 デイドラロード、ハルメアス・モラのアーティファクトであり、かつてソルスセイムで、健人が激闘の末に破壊した領域へと続く本だ。

 ネロスは言っていた。この本の所有権は、何故か健人にあると。

 どうしてそうなったのか、そしていつまでそうなのかは分からない。

 そもそも、本の中がどうなっているかもわからない。あのハルメアス・モラのことだ。何らかの罠や策謀があるだろう。

 そんな予想から、健人はずっとこの本を使うことをしてこなかった。

 

「正直、こいつを使いたくはなかった。俺にとっては、忌まわしいものだから。でも、だからと言って、いつまでも目を背けているわけにもいかない」

 

 今はこみ上げる恐怖を飲み込み、闇の中へと足を踏み出さなければならない。でなければ、全てを捧げて力になろうとしているイスグラモル達の命を受け取ることなど、到底できない。

 意を決し、健人は秘中のシャウトを己へと向けて叫ぶ。

 

「モタード、ゼィル、ラヴィン!」

 

 完全な三節のハウリングソウルが発動。

 同時に極大まで高まったドラゴンソウルの共鳴により、巨大な虹の柱がソブンガルデの空へとそそり立つ。

 ソウルリンクバースト状態へと移行した健人は、そのまま己の内側へと語りかける。

 

「ミラーク、頼む」

 

(まったく、相も変わらず無茶を考える主だ。だがまあ、いいだろう、やってみよう)

 

 帰ってくるのは、呆れたような戦友の声。同時に右手から魔力が伸び、空中に魔法陣を描き始める。

 イスグラモルの魔法陣と重ねられるように描かれるそれは、掲げた黒の書を中心に広がり続け、心臓の鼓動のように明滅を繰り返す。

 魔法陣に連動するように黒の書のページがひとりでに開き、意味不明な文字の羅列が流れ始め、点滅する魔法陣と同期するように拍動を始める。

 徐々に早まっていく魔法陣と黒の書の拍動。そして二つの拍動が完全に一致した瞬間、ひときわまばゆい閃光が走った。

 

(主よ、奴が来たぞ)

 

 目を焼くほどの光の渦。だが直後、健人の視界は闇へと包まれた。

 瞼を開ければ、無数の紙片が舞う深淵の闇が目に飛び込んでくる。

 そして、闇の奥から、∞の形をした巨大な眼孔が姿を現した。

 

『ひさしぶりだなケント、我が勇者よ』

 

 禁断の知識を司るデイドラロード、ハルメアス・モラが、再び健人の前に姿を現す。

 泡沫のように浮かぶ無数の瞳が、薄暗い歓喜を浮かべながら彼を見下ろしてくる。

 

「ハルメアス・モラ……」

 

『いずれ、戻ってくると思っていた、この場所に』

 

「生憎と、おしゃべりをしに来たわけじゃない」

 

 長々と話をしようとするハルメアス・モラの声を、健人はバッサリと断ち切る。

 神に対して不遜ともいえる態度だが、知識の邪神は逆に、そんな健人の態度によりいっそう嬉しそうに身を震わせていた。

 

『分かっている。手に入れに来たのだろう? この領域を。アルドゥインと対抗するために。だが、残念だな。それは無理な話だ』

 

 分かってはいたが、そう簡単な話ではない。健人は覚悟を決め、得物を構えた。

 しかし、ハルメアス・モラは戦闘態勢をとる健人に対して、特に気を悪くするような様子はなく、話を続ける。

 

『勘違いするな、ドラゴンボーンよ。この領域は、最初からお前のものだ』

 

「……どういうことだ?」

 

 アーティファクトの所有権は移っていても、領域は別。そう考えていた健人は、ハルメアス・モラの言葉に眉を顰める。

 

『お前は私に、無限の知識を得られる可能性を見せた。その対価として、お前が私を打ち破った時に、既にこの領域はお前に渡してある。お前が今までここに来なかったから、伝えられなかっただけのこと……』

 

 ハルメアス・モラにとって、この領域は既に自分の手から離れたもの。

 自らが本当の意味で勇者と認めた者が、己の知識と力、そして勇気で勝ち取ったものなのだ。対価として渡したそれを反故にする気は、もとよりない。

 

『ケントよ、お前はこの領域の主。ゆえに、お前は自らの望みを思うだけでよい。それだけで、お前は神となり、この領域はお前に応えるだろう』

 

 自分を睨みつけてくる健人に対して、ハルメアス・モラはそのおどろおどろしい外見に似つかわしくないほど、穏やかに語りかけてくる。

 

『神となれば、あの世界を喰らう者とも戦えるだろう。さあ、新たなロードの資格を持つ者よ。お前は、どんな神になりたいのだ?』

 

 健人とハルメアス・モラ視線が交わり、耳なりがするほどの静寂が、オブリビオンの片隅に流れる。

 一秒、二秒、三秒……。沈黙が続く。

 やがて二十を数える頃、健人はゆっくりと口を開いた。

 

「……ならない」

 

『なに?』

 

「俺は神にはならない。俺はここに、神になりに来たんじゃない。未来を掴むために、この領域に満ちているものを取りに来ただけだ」

 

『自身が神にはならないと? 定命の者のままで、終末の権能を発揮した世界を喰らう者に勝てると思っているのか?』

 

「神になったって勝てないだろ。実際、ツンが食われている」

 

 アカトシュの長子、アルドゥイン。その力は並みの神をはるかに上回る。借り物の力では届かないだろうし、神になったとしても、成り立てが勝てる相手ではない。

 

「それに、ロードになれるっていうのも嘘だろ。そんな簡単に神になれたら苦労はしない。大方、願いを言った瞬間にこっそり自分との契約を間に挟みこんで、俺を縛りつけるつもりだったんだろ?」

 

『くくく、その通りだ。領域を得たからと言って、神になれるわけではない。そもそも、順序が逆だ。領域を得たから神に成れたのではなく、神になれるほどの存在だからこそ、領域を作れるというだけのこと』

 

 領域を得るというのは、神になった結果であり、神になれる条件ではないと知識の邪神は明言する。

 同時に、もし願いを言っていたら、自分の傀儡にするつもりだったとも告白してくる始末。

 対価はちゃんと渡すが、その対価を神になるために使った結果、契約が結ばれるようにする気だったのだ。

 知ってはいたが、つくづくこの邪神は油断ならない。

 

『我が企みを見破ったお前に宣言しよう。お前がロルカーンの力を使わない限り、あの世界は滅びる。それが、我が予期した未来だ。アルドゥインも、そしてロルカーン自身も、それは承知の上だ』

 

 懐かしくも聞きたくもない予言を述べると、ハルメアス・モラは深淵の彼方へと消えていった。

 つまるところ、この終末的な状況というのは、ロルカーンにとっても願ってやまない事態らしい。

 はあ……と大きなため息を吐く。ハルメアス・モラが消えたことで、白日夢の領域に再び光が戻ってくる。

 気がつけば、健人はソブンガルデへと戻っていた。

 戦闘は未だ膠着状態。英雄たちはその命を散らしてなんとか時間を稼いでいるが、元々英雄の軍勢は群としては少数であるがゆえに、加速度的に戦力が落ちて行っている。突破されるのは時間の問題だった。

 

「やっぱり、神ってクソだな!」

 

 先ほどのハルメアス・モラの言葉を思い出し、健人はそう吐き捨てると気持ちを切り替えた。意識を黒の書“白日夢”と、その領域全域へと伸ばしていく。

 この領域が健人のものだというのなら、彼の意志に沿ってその形を変えるだろう。

 願うは、未来を切り開く力。終末の闇を払う光だ。

 健人の思考を反映するように、白日夢の領域そのものが力へと変換されていく。

 次の瞬間、掲げられた黒の書から、強大な魔力が噴き出した。

 噴き出した魔力はイスグラモル達の魔法陣を介して、健人へと注がれる。

 注がれた魔力が隆起しているドラゴンソウルが交じり合い、激震がソブンガルデ全域に響く。

 

(主よ、行けるぞ!)

 

「全軍、ドラゴンボーンに道を開けろ!」

 

 イスグラモルの号令に、戦列を作っていた英雄の軍勢が一斉に左右へと分かれる。

 距離にして数百メートル。その先にいるアルドゥインと、健人の視線が交差した。

 

「っ!」

 

 健人が踏み込む。直後、彼は純粋な身体能力の身で数百メートルの距離を一瞬で踏破した。

 

“っ!?”

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 掲げられる健人の愛刀。血髄の魔刀の刃に膨大な魔力が収束し、ミラークが用意していた魔法が発動する。

 魔力の剣。

 素人レベルの召喚魔法。その名の通り魔力で剣を生み出すだけの単純な魔法だ。しかし、ミラークという超一流の魔法使い、そしてオブリビオンの一領域を代償に産み出されたそれは、何もかもが規格外だった。

 生み出された魔力の剣は、健人の身長を遥かに超え、十メートル以上の巨大な刃を形成。そしてその刃が、大きさに見合わぬ超高速で振り抜かれた。

 膨大な魔力で形成された刃が、アルドゥインの“滅びの光衣”と激突。

 魔力で構築された剣は瞬く間に食われるも、完全に消滅する前に滅びの光衣を突破し、僅かに残った魔力の刃と血髄の魔刀が、アルドゥインの胸を大きく斬り裂いた。

 

“ぐうううう!?” 

 

 驚くアルドゥインの目の前で、血髄の魔刀が返す刃で逆薙ぎに放たれる。その刃には再び、巨大な魔力の剣が構築されていた。

 

“これは……オブリビオンの領域から魔力を引っ張ってきた……いや、領域そのものを魔力に変換したのか!?”

 

 薙ぎ払われた刃が、アルドゥインの胸に再び深い傷を刻む。

 いくらアルドゥインの“滅びの光衣”とはいえ、その吸収能力には限界があった。

 ソウルリンクバーストによる、ミラークの無詠唱魔法。そして『白日夢』の領域すべてを対価にした超魔力が、その上限を突破することを可能にしていた。

 

“っ、やはり、お前が我の……”

 

「おおおおおおおおおおおお!」

 

 三度目の斬撃。ここに来て初めて、アルドゥインは防御の姿勢を取った。

 盾のように己の皮膜を広げ、健人の斬撃を防ごうとする。

 真紅のラインを描く禍々しい翼が、まるで布切れのように斬り裂かれる。

 しかし次の瞬間、バン! と弾ける音と共に、健人の右手の小手が吹き飛んだ。

 

「っ、ぐぷっ……!?」

 

 舞う鮮血と共に全身に走る激痛。筋肉が裂断し、臓腑の奥から血が込み上げてくる。

 僅か三太刀。それだけで、健人の体の中は魔力の負荷でズタズタになっていた。

 当然だ。領域一つを代償にした超魔力など、いくらシャウトで肉体を強化しようと、只の人間に耐えられるはずもない。

 

「ッ……! はああああああ!」

 

 その激痛をすべて無視して、健人は四度目の刃を振るう。

 しかし、アルドゥインとて攻められてばかりではなく、破滅の光衣をまとった爪を健人めがけて振り下ろす。

 激突する斬撃と爪撃。全てを食らう闇と極光の刃は互いを食い散らし、残滓となって消えていく。

 五度、六度、七度と斬り結ぶ、虹の竜人と漆黒の竜王。

 しかし、八度目の激突で、ついに健人が僅かに押し返された。その動きも徐々に鈍り、剣撃に精彩が欠け始め、十度の激突でついに健人は大きく後ろへ弾き飛ばされた。

 

“今度こそ、終わりだ……”

 

 ここぞとばかりにアルドゥインがトドメを刺そうと健人に迫り、その顎を開く。破滅の光衣をまとった凶悪な牙が迫る。

 

「英雄達よ、かの者こそ、やはり我らの命を託すに値する勇者だ!」

 

「かの者の傷は我らの傷! 我らの命と力をドラゴンボーンに!」

 

 健人とアルドゥインの戦いを見守っていた英雄たちの声が、崩壊しかけのソブンガルデに響く。

 イスグラモルの声に、英雄の軍勢の魔法使いたちが一斉に魔法を展開した。

 先程まで用意されていた、ロルカーンに贄を捧げ、その力を受け取るための術式。それが反転、対象を変更したうえで発動する。

 捧げられるのは彼らが信ずる神ではなく、今この場で戦っている健人。

 膨大な力の反動を健人から自分達へと移し、更に負った傷を急速に癒していく。

 いや、もはやそれは『癒える』というより、『復元』と呼ぶ方がふさわしい回復速度だった。

 

「イスグラモル……お前!?」

 

「いけ、ドラゴンボーン! 世界を喰らう者を打ち砕け!」

 

「っ!?」

 

 勝手に自らを生贄にするイスグラモル達に健人は思わず振り返り、抗議の声を張り上げようとする。しかし、その口は強い意思の宿った無数の視線に止められた。

 自らを贄とした英雄たちは、誰一人として、後悔も苦悩もしていない。

 分かっていたことだ。それこそが、彼らの生き方。誰にも曲げることのできない、魂のあり方だから。

 迷いを振り切るように、健人は巨刀を一閃。攻勢をかけようとしていたアルドゥインを、逆に押し返す。

 

「っ、あああああああああああああああ!」

 

“っ! さらに力が増すのか!?”

 

 限界をさらに越えた魔力を引き出し続けながら、健人は踏み込む。

 巨刀を繰り出すたびに英雄たちが塵へと帰っていく。

 しかし、健人は止まらない。質量差も力の差も知らんとばかりに、滅びの光衣を斬り裂き、覚醒したはずの竜王の体に無数の傷を刻みこんでいく。

 

「はあああああああああああああああああああ!」

 

“ぐうううう!”

 

 一際強烈な一撃が、アルドゥインの体を大きく斬り裂さき、その巨体を吹き飛ばす。

 間合いが空いた。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 健人の口から響く咆哮。魂の震えは極大となり、溢れ出す虹色の燐光がソブンガルデを覆い尽くす。

 

「モタード、ゼィル……」

 

 紡がれるハウリングソウル。世界のノドでの戦いで、アルドゥインに大ダメージを与えたシャウト。それが、英雄たちの魂、取り込んだ白日夢、そしてソブンガルデの全てを巻き込み、共鳴していく。

 その規模は、かつてハルメアス・モラとの戦いの時よりも激しく、ソブンガルデはおろか、オブリビオン、エセリウスを含めた全ての世界に響き渡っていく。

 

「ラヴィン!」

 

 そして、三節目が唱えられると同時に、虹色の衝撃波がアルドゥインに襲い掛かる。

 

“ぐううう、がああああああああああああああああああああ!”

 

 響くアルドゥインの絶叫。

あらゆる存在を食い尽くすはずの『滅びの光衣』は健人のハウリングソウルによって一方的に砕かれ、竜王の肉体を千々に引き裂いていく。

 だか荒れ狂う共鳴のシャウトが今まさにアルドゥインを押し潰そうとしたその時、竜王の蒼眼がひときわ強い光を放った。

 

“この、時を……待っていたぞ!”

 

「なに!?」

 

“アル、ドゥ……”

 

 最大威力のハウリングソウルにその身を引き裂かれながらも、アルドゥインの舌がスゥームを紡ぎ始めた。

 健人の胸の奥で、急速に嫌な予感が膨れ上がる。

 しかし、健人がアルドゥインを止める間もなく、竜王のシャウトは完成してしまった。

 

“イン!”

 

「なっ!?」

 

 アルドゥイン。かの者の名と同じシャウトが発動。次の瞬間、漆黒の闇が瞬く間に広がり、健人の視界を覆い尽くす。

そして彼は意識を失っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇に呑まれていた意識が、ゆっくりと浮上する。

 頬に感じる冷たさに、健人はまだ自分が生きていることに気づき、身を起こす。

 

「ここは……いったい何が」

 

 目に飛び込んできたのは、真っ暗な闇に包まれた世界。健人を中心に広がる波紋だけが、オブリビオンの深淵よりも深い虚無へと広がっていく。

 

“まさか、まだ形を保っている者がいるとはな……”

 

「アルドゥイン……!」

 

 聞こえてきた声の方に振り返れば、漆黒の竜王が健人を見下ろしていた。

 反射的に剣を構え、先ほどと同じように魔力の刃を生み出そうとする。

 しかし、魔力は微塵も湧き上がらなかった。白日夢を代償に産み出した魔力、全てを使い切ってしまっていたのだ。

 

“剣を引け、もう終わったのだ、異界のドラゴンボーンよ”

 

「なに?」

 

“我はソブンガルデ、そしてムンダスの全てを喰らいつくした。お前の世界は滅んだのだ”

 

「何を……馬鹿なことを」

 

 全身に寒気がはしる。ヒクつく声でアルドゥインの言葉を否定するも、体はおこりのように震え、止まる様子がない。

 

“お前も我と同族であるならわかるであろう? 途切れた時を、消えた魂の残響を”

 

「まさ、か。そんな……」

 

 その言葉に、健人は言葉を失う。

 分かってしまう。今この場に満ちる無数の魂“だった”者達の存在を。

 喰われ、すり潰されて虚無へと落ちた世界と、その悲鳴を。

 

「あの、シャウトは……」

 

“世界を喰らうシャウト。我が持つ、本来の力だ。ただ叫ぶだけで、あらゆる存在を一瞬で食い尽くす絶対のスゥーム。”

 

 アルドゥイン。

 終末を告げる声。全てを食らう者であるアルドゥインの名前と同じ言葉で構築されたシャウト。

 かの竜王の権能そのものであり、神すらも食らうことを可能とするスゥームだった。

 

“だが、お前の力がなければ、ここまで早く世界を喰らうことは無理だっただろうがな”

 

「……なん、だって?」

 

 健人の全身を覆う寒気が、一気に強まる。

 いくら『終末を告げる声』でも、一瞬でソブンガルデとムンダスという二つの世界を食い尽くすことは不可能だった。

 それを可能にしたのは……。

 

“お前の力が、我に一瞬でムンダスを食い尽くすことを可能とした。共鳴のスゥーム、我の体を砕こうとしたあの力を、逆に利用させてもらったのだ”

 

 共鳴のシャウトによる威力の増大。先の戦いで英雄の軍勢が利用していたそれを、アルドゥインも実行したのだ。

 結果、ソブンガルデとムンダス。二つの世界と、そこに住む全ての命は、一瞬で世界を喰らう者に食い尽くされ……滅びた。

 

“お前の頑張りすぎだ、ドラゴンボーン。お前は世界を繋ごうとしたその力で、逆に世界を砕いたのだ”

 

「く……おおおおおおおお!」

 

 顔を引きつらせながらも、目の前の絶望を否定しようと、健人はアルドゥインへと突撃する。

 しかし、ドラゴンアスペクトも解け、魔力も尽きていた。

 

”フン……!”

 

「あぐ!?」

 

 竜王はその強靭な尾で、全ての力を使い果たした健人を打ち据える。

 宙を舞った健人は虚無の湖面に叩き付けられ、幾つもの波紋を広げながら倒れ伏した。

 

“この全てが混沌に帰った中で、お前だけが残った。やはり根源が違うからか”

 

「くうう……」

 

“しかしそれでも、そう時間もかからず我が腹の中で、他の魂と同じく虚無へと帰る”

 

 両手をついて身を起こそうとする健人の手足が、漆黒の湖面が飲み込み始める。

 瞬く間に両肘が消え、続いて全身を闇が包み込み始めた。

 健人は必死に抵抗するも、闇は容赦なく健人の体を虚無へと変えていく。

 

“これは既に決められていた運命だ。さあ、眠るがいい。やがて死が訪れるその時まで、せめて夢の中で安らかならんことを……”

 

 そして健人は闇に飲まれ、存在の全てを消されながら、虚無へと落ちていった。

 

 

 

 




ということで、いかがだったでしょうか。
主人公、最善を尽くした結果、世界を砕いてしまいました!

以下、用語説明。



壊れた黒の書“白日夢”

健人がハルメアス・モラとの戦いで手に入れた知識の書。
アポクリファへと続くオブリビオンゲートであるが、双方の戦いの中で白日夢の領域は破砕され、その残滓が誰にも手が出せない状態で虚空界の中を漂っていた。
最終的に神の手を借りず、自身の最善を尽くそうとする健人と、彼に付き従うミラークの手により純魔力に変換され、彼自身へと注がれて覚醒したアルドゥインと戦うための力となる。



終末を告げる声(Al、Dou、In)

破壊者、喰らう、主で構築され、世界を喰らう者としてのアルドゥインの権能すべてを集約して放たれるシャウト。
かの竜の名そのものであり、文字通り世界全てを喰らうスゥーム。発動した瞬間、シャウトの効果範囲の存在は全て破壊され、アルドゥインの腹に収まる。
喰われた者はその存在全てを砕かれ、原初の虚無へと帰る。
ニルンで使用すれば、タムリエル大陸全域を効果範囲に収め、壊れかけのソブンガルデなら一言で食い尽くせる。
本来、広いムンダスを食い尽くすには幾分か時を必要としたが、健人のハウリングソウルと共鳴させることで、二つの世界を一瞬で飲み込んだ。



ハルメアス・モラ

ひさしぶりに推しに会えるということで、ウキウキしながら登場。
僅かな会話の中でも変わらない彼の姿に、満足して帰っていった。
気分は完全に推しのアイドルの握手会のノリ。
また何かプレゼントを考えている。当然、健人本人が喜ぶかどうかは考慮していない。


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