【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十四話 最後の戦いへ

 

 真っ黒な空と、黒い水面がどこまでも広がっている。

 ムンダス、そしてソブンガルデの全てを飲み込んだアルドゥインは、虚無に満たされた己の中で、静かに瞑目した。

 ようやく終わった。そして、ようやく始めることができる。

忘れていた記憶。

 殻の塔としてアカトシュに作られ、未来を掴もうと傲慢にもあの星霜の書に手を出してしまった時を思い出しながら、アルドゥインは自らが呑み込んだ虚無の中で揺蕩っていた。

 

(すべてを、あるべき姿に戻すのだ……)

 

 世界の再創造。それこそがアルドゥインの望みであり、贖罪。

 己の傲慢故に兄弟達を歪め、記憶を失い、そして権力欲と支配欲に囚われる存在へと貶めてしまった。

 アルドゥイン自身も自分を見失い、兄弟達以上の支配欲であらゆる命を奪い尽くす有様。

 永い年月、歪み続けてきた世界は、もはや元に戻すことはできない。

 だからこそ、アルドゥインは決意した。すべてを滅ぼし、やり直すことを。

 

(ケルを……星霜の書と世界の全てを飲み込んだ今、後は最後の鍵を取り出すのみ)

 

 冷たい虚無の海の中、その者の魂が出てくるのを待ち続ける。

 今、あの者は己が最も望むものを見ている。虚無の闇は優しく、最後の望みをかなえ、そしてその魂にこびり付いたすべてを溶かし落としてくれるだろう。彼の名前、記憶、感情、その全てを。

 異端のドラゴンボーンが純粋な魂に戻った時、ようやく全てをなかったことにできる。我らの罪、我らの咎を。そして、すべてをやり直せるのだ。

 そして、その時が来た。

 虚無の中、黒一色の湖面を思わせる闇の底から、虹色の光が覗く。

 無限に続く虚無と比べれば小さく、儚い輝き。

 しかし、それこそ待ちわびたのもの。アカトシュの直系であり、世界を食らう役割を負わされたアルドゥインでは、決して生み出せず、得られないもの。

 この輝きが虚無の中に完全に沈んだ時、最後の鍵も彼のものとなる。

 その瞬間を待ちわびる。そして、闇の湖面がひときわまばゆく輝く。

 贖罪の時が、来た。

 

 

 

 

 

 

 

 暖かい感触に包まれながら、ぼんやりと意識が浮上する。

 瞼を通してくるまばゆい光に眉を顰めながら目を開ければ、閑散とした四角い白い部屋が目に飛び込んでくる。

 

「ここは……」

 

 視線を横にずらすと、小綺麗な壁紙とノートパソコンが乗った学習机があった。

 ノートパソコンのジャックにはイヤホンが刺さったままで、持ち主のちょっとずぼらな部分が垣間見える。

 白いカーテン越しに窓からは朝日が差しこみ、部屋の中を照らす。

 体を起こせば、パサリとかけていた布団が落ち、少し肌寒いが、スカイリムに比べればずっと暖かい空気が上半身を撫でた。

 

「朝? それにここは、俺の部屋……」

 

 そこはスカイリムに飛ばされる前、健人が住んでいたマンションの自室だった。

 小綺麗に片付いてはいるが、特に趣味らしい趣味も見えない、無機質な部屋。

 額に手を当てて頭を振る。変な夢を見ていた感覚。頭はボ――っとして、思考がまとまらない。

 仕方なく、健人はベッドから降りると自室を出た。ジュ――っと何かを焼く音と、香ばしい香りが漂ってくる。

 いったいなんだろう。ペタペタと冷たい床の感触を足の裏に感じながら、音のするキッチンの方へと向かう。

 ガチャリとドアを開けると、白いワイシャツを着た男性の背中が目に飛び込んできた。

 

「父さん?」

 

「ああ、起きたのか健人。もう少し待っててくれ、すぐにできるから」

 

 振り返った男性は健人の姿を確かめると、人のよさそうな笑みを浮かべる。

 坂上昇。

 健人の父親で、ある大手商社に勤めるサラリーマンだ。

 良く言えば人畜無害、悪く言えば意志が弱そうな容貌をしており、かけた四角く細い眼鏡が、その印象をいっそう際立たせる。

 そこで健人はふと父親がエプロンをかけ、コンロの前でフライパンを持っていることに気づいた。

 

「なんで、父さんが朝飯なんてつくってるの?」

 

 朝ご飯を含め、家の家事はほとんど健人がしている。父がすることといえば、休日に少し玄関を掃くことくらい。

 

「ずっと健人に任せっきりだったろ。それじゃあいけないと思ってな」

 

「いや、父さん忙しいだろ? 昨日だって帰ってきたの十時過ぎだったじゃないか」

 

 実際、昇は多忙だ。

 会社の中でも雑用といえるような部署に配置されているらしく、夜遅くまで多種多様な仕事に追われることが多い。

 そこで健人は思い出した。

 昨日は父親の為に夜食を造ろうと思ったら、冷蔵庫の中に材料が足りなかったために、コンビニまで買い出しに行った。

 そして帰り道に公園に寄ったら、そこでスカイリムに飛ばされたのだ。

 

(あれ? じゃあ、どうして俺はベッドに寝ていたんだ? 買った材料、まだ公園に落ちてる?)

 

 思考があちこちに飛ぶ中、昇はフライパン片手にヘラを掲げて得意げな笑みを浮かべる。

 

「たまにはいいだろ。それに父さんだって、少しは料理上手になったんだぞ」

 

「でもなあ……。父さん、フライパンから煙出てるよ」

 

「え? うわ……!?」

 

 気がつけば、フライパンからは濛々と白い煙が立っていた。

 父親が慌てて火を消し、そしてフライパンの中身を見てガクッと肩を落とす。健人がそっと近づいて脇から覗き見れば、縁が真っ黒こげになった目玉焼きが目に飛び込んできた。

 父親からヘラを奪い取り、ササっと場所を入れ替わる。

 カリカリと焦げた目玉焼きの縁をかくと、ペキッと炭が割れる。そのまま炭化した目玉焼きを救出。どうやら、焦げたのは縁と底面だけのようで、食べることはできそうだった。

 もう一方のコンロの中には味噌汁。こちらは味噌を入れた後に沸騰させすぎたためか、完全に香りが飛んでいる。まあ、飲むことはできるだろう。

 

「目玉焼きを作るのに火力強すぎ。それから、半熟にするなら水を入れて蓋で蒸し焼きにした方がいいよ。黄身の色でわかるから。父さん、半熟以外認めないんだよね」

 

「当然! 固焼きなんて、卵への冒涜だよ!」

 

「かけるのは?」

 

「塩一択!」

 

「父さん、それを外で言わないでね。絶滅戦争になるから」

 

 きっと、きのこたけのこ戦争のようになるだろう。

 収拾がつかないまま野火のごとく戦火は広がり、終わったころには焼け野原。誰も幸せにならない。

 母親が生きていた時も、父の卵の焼き加減へとこだわりは変わらず、良く衝突していた。

 ちなみに、健人の母は固焼き派。当然、朝に卵が出れば毎回戦争である。

 

「やっぱり、健人は手際がいいな。いい主夫になりそうだ」

 

「主夫なんだ……。恋人もできたこと無いんだけどなぁ……」

 

「なんだ、恋人いないのか? せっかくの学生生活なんだから、もっと楽しんでいいんだぞ? 僕も母さんと出会った頃は……」

 

 健人の父と母は学生時代に出会い、そして結婚した。そんなこともあってか、結構恋愛に対しては肯定的だったりする。

 もっとも、健人自身は日々が忙しいこともあり、恋人というはあまり想像できなかったりするのだが……。

 

「はいはい、その話は何度も聞いたから。そろそろできるから、父さんはテーブルの上を片付けて」

 

 できたみそ汁をお椀にもり、焦げた卵焼きをさらに乗せる。

 付け合わせのキャベツの千切りとトマトを乗せれば完成。品数は少ないが、時間的にもこのあたりが限界だった。

 このマンションではキッチンとダイニングが一体になっている。

 できた朝食をダイニングの方に運び、昨日のうちに炊飯器にしかけていたご飯を茶碗によそう。

 そして席につき、手を合わせ、「いただきます」の挨拶と共に箸を取った。

 

「…………はぁ」

 

 久しぶりの、本当に久しぶりの米の食感に、思わず息が漏れる。

 こみ上げる郷愁。同時に胸の奥が熱くなり、鼻の奥にツンとした痺れが走った。

 

「健人。そういえば、学校はどうだい?」

 

(学校……。そういえば、そんなところにも通っていたなぁ。随分と昔のことのように思える)

 

「別に何も。どうして?」

 

「少し前まで、元気がない様子だったからな。嫌なことでもあったんじゃないかと思って」

 

 その言葉に、健人はハッと思い出した。

 新学期に入ってからしばらくして、何故か周囲から距離を取られるようになったのだ。

 健人自身が何かをしたわけではない。

 後から知ったが、どうやらクラスの中でもカースト上位だが、ちょっと性格に難のある男子生徒の悪戯だった。

 単純に陰で片親であることを揶揄していたくらいで、別に手を出されたわけではない。

 ただ、そんな厄介な生徒に目をつけられていたこともあり、健人に話しかけてくるような同級生は皆無になっていた。

 とはいえ、特に思うところはない。

 家の家事をすべてしていることもあり、学校の授業が終わったらすぐに帰宅していたから、からまれることもなかったし、直接手を出されたわけでもない。

 その問題の生徒の興味もすぐに別に移ったらしく、あからさまな無視はそれほど長くはなかった。

 

「もう大丈夫だよ。いまさら何を思うわけでもないし、全然気にしていない。実際、今聞かれるまで忘れていたくらいだから」

 

 心配性の昇は「本当に大丈夫か?」としつこく聞いてくるが、健人は笑って流す。

 すると父親は、なにが珍しいのか、目をぱちくりさせていた。

 

「なんというか……強くなったな、健人は」

 

「そう? よくわからないけどな……」

 

 しばしの間、静かな食事の時が流れる。そんな中、健人はおもむろに口を開いた。

 

「これは、夢だよね」

 

「何を言っているんだ? もしかして、父さんの料理が上手すぎたからか? まあ、確かに少し前まではダメダメだったかもしれないが……」

 

「いや、父さんの料理はリータに比べれば全然食べれたから。そうじゃなくって……」

 

 今一度、周囲を見渡す。見慣れた家具、見慣れた食事の風景。

 ベランダから覗く高層ビルも、窓から差す陽の光も、開いた窓から入り込む暖かい風も、どれもがあのスカイリムではなかったもの。

 ついさっきまで嬉しさと懐かしさが込み上げていた光景のはずなのに、もう寂寥感が胸に湧き上がってきている。

 

「ここは確かに、俺と父さんが住んでいたマンションだよ。だから、尚のこと自覚しちゃうんだ。もう、ここには戻れないってこと」

 

 それはきっと、この場所がどんな所なのか、直感的に分かってしまうが故なんだろう。

 

「健人、なにを言っているんだ?」

 

「ここは、俺がいた本当の家じゃない。父さんだって、幻だ」

 

 確信をもって告げられた健人の言葉に、昇は目を見開く。

 

「そんなことは……」

 

「戻れないんだ。戻りたいと思ったことはある。本当に戻りたいと思ったことがあるから、ここが偽物だって分かっちゃう」

 

 そう、ここは、地球の、日本の、健人が内心戻りたいと思っていた家ではなかった。

 窓の外に目を向ければ、確かに、外には高層ビルが並び、窓から吹き込む風は暖かい。

 でも、この世界には音がない。

 風と一緒に流れてくるはずの朝の風の音も、さえずる鳥の声も、行きかう車の騒音も。音があるのは、この部屋の中だけなのだ。

 今一度、健人は正面に座る父に視線を戻す。昇は悲しそうに目を伏せ、唇を震わせていた。

 

「絶対に終わりは来るんだ。終わりが来たのなら、後は穏やかに過ごしてもいいじゃないか……たとえ偽物でも」

 

「うん。俺もあの世界に行かず、明日にでも隕石が降ってきて地球が滅びるなら、きっとそうしてたと思う」

 

 スカイリムでの出来事が、健人の脳裏によみがえる。

 冷酷で、切羽詰まった世界。多くのものを奪われそうになり、逆に奪い返すことも多かった。

 命のやり取りなど日常茶飯事、強くなければ生きられない。それでも、そんな世界で生きていこうと決め、足掻き続けた。

 しかし、結果は悲惨なもの。

 アルドゥインの言葉が真実なら、リータもドルマもカシトもソフィも、あの世界で出会った人達はすべて死んでしまったのだろう。

 守ろうとしたものは何一つ守れず、むしろ自分の手であの世界すらも砕いてしまった。

 

「……誤魔化したくないんだ。あの世界で起きたことも、あの世界でやってしまったことも」

 

「終わったんだ! もう!」

 

 穏やかな父が似つかわしくない癇癪をまくしたてながら、ドン! とテーブルに手を叩きつけながら立ち上がる。

 揺れる瞳には、懇願にも似た色を湛えていた。

 ここにいれば、確かにその苦悩を忘れて、心穏やかに死を迎えることができるだろう。

 でも……。

 

「頼む、行かないでくれ。父さんを、一人にしないでくれ……」

 

「ごめん……」

 

 目の前の父は、健人の記憶が写した幻だ。それでも、一緒に居たいと言ってくれる。それが少しだけ、嬉しかった。 

 だが、それでも誤魔化せない。

 

「ここが震えているんだ。ここで止まりたくないって……」

 

 胸に手を当てながら、健人ははっきりと告げる。 

 魂が……震えているのだ。

 たとえ終わってしまったのだとしても。いや、終わってしまったからこそ、自分は最後まで、声を張り上げ続けたいのだ。

 自分が覚えているあの世界を、冷たく、寒く、厳しく、それでいて大好きなあの世界のことを、最後まで。

 

「だから俺は行くよ」

 

 揺るがない健人の意志を理解したのか、昇はがっくりと肩を落とす。

 そんな父に、健人は感謝と共に笑顔を浮かべる。

 

「……ありがとう、父さん。たとえ幻でも、最後に話ができてよかった」

 

 その言葉を最後に、幻は消え去った。

 残ったのは、どこまでも昏い虚無の闇。アルドゥインが喰らった世界全てが、沈黙の中で、静かに揺蕩い続ける場所。

 どこまでも冷たく、厚い闇は瞬く間に健人の体から熱を奪い取っていく。

 痛みすら覚える極寒。しかし、全身を包み込む闇は冷たくも、どこか心地よさすら覚える。

 いつまでもこうしていたい。そんな気持ちすら湧き上がってくるほどに。

 でも、それも終わりにしないといけない。

 いつまでも、こうしてはいられないのだ。

 これからすることに、意味などない。タムリエルは守ろうと思った家族と共に滅び、虚無に返ってしまった。

 でも、このままただ安寧に身をゆだね続けたくなかった。

 世界が滅ぶ中、まだ死んでいない自分への後ろめたさか? それとも、やけっぱちになっただけなのか。

 

(多分、自分の全てを、出し切りたいだけ……)

 

 安穏とした故郷で生きていた中にいた時は、決してこんな風には思わなかった。

あの厳しい世界の中で、限りある命を精一杯燃やし尽くしていた人達を見続けたからこそ、湧き上がる感情。

 魂が震えている。すべてを凍らせ、眠りへといざなうこの虚無の闇の中でも。

 だから……。

 

「さあ……行こう。これで最後だ」

 

 全ての枷を外し、シャウトを唱える。

 モタード、ゼィル、ラヴィン。

 共鳴し合う魂が燃えるような熱を呼び起こし、腕を一閃。それだけで、全身を包んでいた虚無は消え去った。

 視界が戻る。虚無の中でアルドゥインが、驚きの表情を浮かべながら、こちらを見つめていた。

 

 

 




これより最終決戦。


登場人物紹介

坂上昇

健人の父親。とある大手商社に勤めるサラリーマン。
大人しそうな容姿と穏やかで頼まれたら断り切れない性格から、雑務担当の部署を回されている。
息子に対する愛情は本物であるが、多忙な身であり、家に帰るのも遅くなってしまう日々を過ごしている。
料理などの家事は不得意であるが、某義姉に比べればはるかに優秀。というか、彼女が壊滅的すぎるだけ。
苦労性であるが、実は結構モテるタイプ。
家族を本当に愛しており、健人の前では母を早くに亡くした健人のために、よく彼女の話をしていた。
一方で実は交際中の女性がおり、健人がタムリエルに飛ばされるまでは再婚を考えていた。
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