【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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お久しぶりです、cadetです。
相も変わらず不定期更新です。


第一話 就職活動

 

 ビー・アンド・バルブで一泊した健人は、翌日の早朝から行動を開始した。

 残っていたドラゴンの鱗を売り、そのお金で服やリュックなど、旅に必要なものをそろえようとしたのだ。

 

(とりあえず、こんなものかな? あとはナイフと裁縫道具、寝袋に水筒、それから疾病退散の薬も必要か……ん~~足りない)

 

 大きめのリュックと刀を包む布を買い、他にも必要な小道具を揃えていく。

 だが、十分ではない。全体的に物の値段が高く、必要な物資をそろえることができなかった。

 経済的に閉鎖しやすいストームクロークの影響下のためか、それともヴィントゥルースのウィンドヘルム襲撃の被害がまだ尾を引いているのか。

 昨日、ビー・アンド・バルブの酒場で話を聞いたところ、内戦の方も休戦はまだ一応続いているが、かなりきな臭くなっているらしい。

 再び始まりそうな戦争の空気。それにより人々は物資を貯め込むようになり、結果、物価高となっている。

 まだ価格としては2,3割の増加で収まっているが、今後どうなっていくかは不明。

 

(どちらにしろ、旅費を稼ぐことは必要か……。でも、都市内で仕事を貰えるかは難しい)

 

 リフテンはリフトホールド最大の都市であるが、街に来たばかりの健人が早々良い仕事にありつけるかというとそうでもない。

 大半はほぼ日雇いで低賃金の仕事がほとんどだ。

 

(まさか、アルドゥインとの戦いから三年近く経っているなんて、予想外だった。今ホワイトランやハイヤルマーチはどうなっているんだろう……)

 

 なにより健人が驚いたのは、現在は第四期205年であったこと。アルドゥインと戦ってから、約3年の月日が流れていた。

 死んでいてもおかしくない状況だったことを考えれば、生きているだけでも御の字ではあるが、こうしてスカイリムに帰ってくると、リータやソフィを始めとした家族や他の仲間達のことが気になって仕方がない。

 金欠状態で身動きが取れないことも、健人の焦燥を掻き立てていた。

 

「そこの君、少しいいか?」

 

(ん?)

 

 そんな中、健人は野太い声に呼び止められる。

 振り返ると、鎧を着た大男が立っていた。大男の後ろには、付き添いと思われる若いノルドの男性が二人おり、共に大男と同じ鎧を纏っている。

 彼らが身に着けているのはラメラアーマーと呼ばれる、鉄板を幾つも皮に張り付けた重装鎧。

 背中にはこの世界では珍しい弩弓。クロスボウを背負い、腰には片手斧を携えている。

 だが、健人の目を引いたのは、男の緑色の肌と、口元から生えた二本の牙だった。

 

(オーク? 珍しいな。オークが人の街にいるなんて)

 

 オーク。

 その出自と歴史的背景、牙の生えた豚のような特異な容貌から、エルフ種にもかかわらず排他され続けてきた種族だ。

 彼らは元々トリニマックと呼ばれるエルフの戦神を信仰していた一派だった。

 だが、肝心のトリニマックがデイドラロードであるボエシアに負けて食われ、デイドラロードであるマラキャスへ転神してしまったことで、緑色の肌と特異な外見を持つようになったと言われている。

 長年虐げられてきた彼らの立場はスカイリムでも変わらず、辺境に要塞と呼ばれる集落を築き、そこで生活をしている。変わり者を除き、人の街に来ることはほとんどない。

 スカイリムを結構旅してきた健人でも、オークに会ったことはあまりない。それくらい、この土地では見かけない種族なのだ。

 

『誰ですか?』

 

「私はドーンガードの一人、デュラックだ。今私は、吸血鬼の脅威に対抗するため、同志となってくれる者達を探している」

 

 筆談で会話をしようとしてくる健人に対しても、このオークは気にすること無く話しかけ続ける。先程旅の必需品を買い付けている時、商人たちも黒板と白墨を取り出す健人に怪訝な目を向けていたのにだ。

 そんなオークの態度に少し驚きつつも、健人は彼が口にした組織名に首をかしげる。

 

(ドーンガード? 聞いたことないな……)

 

 空白の三年の間にできた組織なのだろうか? 

 強面のデュラックの説明が続く。

 

「ドーンガードは吸血鬼を狩る者たちだ。今この地に、吸血鬼の脅威が迫っている」

 

 吸血鬼。その名の通り、人の血を吸う化け物だ。

 強大な魔力を持ち、人と全く同じ外見であることから、見つけ出すのも厄介な存在。

 

「我々は、力を必要としている。戦える者が」

 

 淡々とした口調。しかしその重く低い声が、このオークがどれだけ吸血鬼退治に命を懸けているかを如実に感じさせた。

 厳つい顔にふさわしい威圧的な視線が、ずっと向けられ続ける。その状況に、健人は端的な疑問を黒板に書いて掲げた。

 

『なぜ、自分に声を?』

 

「オークの戦士としての勘だ。この街を回ったところ、他の誰よりも先に、君に声を掛けておく必要があると感じた」

 

 まっすぐに健人を見据えるオーク。健人はその真摯な瞳の奥に、燃え盛る炎を垣間見た。

 以前に見たことのある、黒い炎。ジリジリと肌を焼かれるような感覚が走る。悲しみを糧に燃え盛る、憎しみの炎だ。それだけでこのオークに何があったのか、ある程度察することができてしまう。

 そんな彼の熱意を前に健人は……。

 

『すまないが、力にはなれそうにない』

 

「そうか。もし吸血鬼への対策が必要なら、ドーンガード砦に来てくれ。ここより南東にある」

 

 静かに断りの文を黒板に書いて、デュラックの目の前に掲げた。デュラックは牙の隙間から隠し切れない落胆を漏らしつつも、自分達の拠点についての情報を健人に伝える。

 

「常に気を張れ。見た目よりもその裏にある内面を見抜け。ただでさえ我らの敵は、人と見分けがつかぬのだ。闇夜だけでなく、太陽の下に伸びる影に気をつけろ」

 

 そうしてデュラックは付き添いの二人を連れ、立ち去って行った。その背中を、健人は申し訳なさそうに見送る。

 向けられる視線に憎しみの色は混ざっていたが、かつての義姉のように澱んではいなかった。おそらくあのオークが戦う理由は、純粋な使命感からなのだろう。

 

(吸血鬼、か……)

 

 吸血鬼の危険性は、健人も身に染みている。

 かつて、モーサルを死者の街にしようとした吸血鬼がいた。

 モヴァルス・ピクイン。

 奴は手下の吸血鬼を街に忍び込ませ、人々を魅了、洗脳し、手駒として使用。最終的にモーサルを自分たちの血の牧場として支配しようとたくらんできた。

 その企みは最終的に健人と、彼に協力した三人の手で砕かれたものの、健人はこの事件で吸血鬼が持つポテンシャルの高さと危険性をまざまざと見せつけられることになった。

 あの時よりもはるかに成長しているとはいえ、今の健人には、かなり厄介な相手である。

 

(悪いとは思ったけど、今の俺にはな……)

 

 デュラックの申し出を断ったのは、別に力を隠しておきたいとか、そういう話ではない。

 一つは純粋に、ソフィやリータ達の現状が気になるから。

 まずは家族の安否を確かめたいという気持ちが勝ったのだ。

 もう一つは、彼自身が、今の自分が力になれるか疑わしいと感じているからだ。

 

(思った以上に、状態は良くない……)

 

 今の健人の戦闘能力は、激減しているといっていい。

 彼の力は強力無比なシャウトに下支えされていた。直接攻撃だけでなく、絡め手や身体強化、シャウト行使能力の向上、強力無比で堅固な鎧等々、上げればきりがない。

 だが、声を失ったことで、そのシャウトの行使能力を失っている。

 さらに、失声の影響は他の技術にも及んでいる。特に顕著なのは破壊魔法や回復魔法をはじめとした、詠唱を必要とする魔法全般だ。

 シャウトほど強力ではないが、そのどれもが健人が未熟だった時、命を救ってきた技術。これが失われた影響は、すさまじく大きい。

 同時に、そんな道程を進んで来たからこそ、もしも今の自身よりも強い相手に相対した場合、剣一本で生きのびる事は難しいと察している。

 正直なところ、健人は今の自分がどこまで戦えるのか、測りかねているのだ。

 

(どうするか……。でも今すぐ解決はできないしな……)

 

 ここは現代日本以上に、力が必要な世界。もちろん健人自身、身を守るためにも、研鑽を欠かす気はない。

 とはいえ、今使えそうな技術は付呪と錬金術くらい。

 そしてその二つともが、成果を得るためにそれなりの初期投資が必要。金欠の今の健人に、これを解消する手段は思い浮かばなかった。

 そういう意味でも、早く資金を稼ぐ必要がある。

 そんなことを考えながら、仕事を探して街をうろうろしていると、聞き覚えのある声に話しかけられた。

 

「おお、そこにいるのは昨日のモデル君じゃないか」

 

(うわ、やっかいなのに出会っちゃった……)

 

 クレティエン・キュリオ。

 帝国の貴族であり、有名な芸術家……らしい。

 らしいというのは、健人はあくまで人伝や酔った彼女自身の口から聞いただけだからだ。

 同時に、モデルに衆目の中で全裸を要求した上、自分自身も素っ裸になる生粋の痴女でもある。健人としては正直、あまりかかわりあいになりたいとは思えない人物である。

 

「こんなところで奇遇だね。どうだい? これから僕の部屋で絵のモデルでも……おっとっと……」

 

 笑みを浮かべていたクレティエンが突然ふらつく。

 体調が悪いのだろうか。それとも、寝起きでまだ体がしっかり起きていないのだろうか。

 たたらを踏む彼女の体を、健人は片手で軽く支える。近くから見た彼女の顔色は、少し血色が悪いように見えた。

 

「すまないね。ちょっと貧血気味なんだ。それにしても……うん、思った通りいい体じゃないか~~」

 

 さわさわと、クレティエンの両手が健人の体をまさぐり始める。

 服の上から上腕や胸板、腹筋の形を確かめてくるそのしぐさは、妙に艶めかしい。

 

(こいつ……)

 

「ふむ、腑抜けた顔の裏にある、鍛え抜かれた肉体……ふふふ、思った通りだ」

 

 確かに、健人の体はすでに地球にいたころとはかけ離れたものになっている。地獄のような鍛錬と苦難の連続だったのだ。逞しくもなるというもの。

 とはいえ、痴女に引っ付かれて体をまさぐられるのはゴメンである。

 健人は結構失礼なセリフと一緒にナチュラルセクハラしてくる問題児を、荒っぽく引きはがした。

 

「ちょっと、ひどくないか? こう見えても私は帝国の貴族なんだよ?」

 

(それでいいのか帝国貴族。というか、帝国貴族が、なんでストームクロークの勢力下にいるんだよ)

 

 健人にとっても、このクレティエンという女性はわずか数日で、扱いづらい人物となっていた。

 貴族階級が残っているこの世界では、市井の民に貴族が非道をすることも珍しくはないだろうし、それでお咎めもないのだろう。

 しかし、この女性は己の地位を示しはするが、それで理不尽な言動をするわけでもない。

 逆にそれだけ健人に価値を見出しているともとれるのだが、どちらにしても出会って二日足らずの人間に対する態度ではないだろう。

 ある種の不可解さを有する女性。そのためか、どうにも距離を測りかねる。

 

(とはいえ、ヌードモデルをしろと言われたら絶対に断るけど……)

 

「というわけで、今から私の部屋でモデルをしてもらう。貴族命令だから、拒否権は……って、こら逃げるな~~!」

 

 いうが早いか、健人は踵を返して痴女から遁走を開始。

 しかし、絵描きというインドア派文化人とは思えないほどの素早さを発揮したクレティエンに腕を掴まれ、止められてしまう。

 心の底から嫌そうに顔をゆがめる健人に、クレティエンが吠える。

 

「おいおいおい、そこまで嫌がることないだろう!? 当然モデル代だって出すよ? 500ゴールド。君、お金に困ってるんだろ?」

 

 一回のモデルとしては……というか、ほとんどの労働職から考えても法外と呼べる報酬だった。

 500ゴールドともなれば、しばらくは何もせずに暮らしていけるだろう。

 確かに、今の健人は資金を必要としている。しかし、この痴女のモデルになるということは当然、素っ裸にならないといけないということ。純日本人であり、一般的な学生だったケントには、当然このような裏バイトじみた仕事の経験はない。

 

『お断りします』

 

 ということで、健人は黒板による筆談でさっさと断り、掴まれた腕を振り払う。

 もし、危急の事態ならば、健人も嫌々ながらに頷いたかもしれない。しかし、今はそこまで急いでいるわけでもないのだ。

 一方のクレティエンはあからさまにがっかりした様子で項垂れる。

 

「く、なんと頑固な……しかたない」

 

 しかし、すぐに顔を揚げると、痴女は立ち去ろうとしている健人の腕に再び飛びついた。

 飛びつかれた健人が驚いてたたらを踏む間にも、クレティエンはまくしたてるように言葉を続ける。

 

「わかったわかった! モデルはいったん諦める。その代わり、君に別の仕事を依頼したい」

 

 一旦……という言葉が不安を掻き立てるが、健人としても仕事が欲しいのは確かである。

 背中から腕にすがりついているクレティエンを警戒するように睨みつつも、先を促すようにそのまま待つ。

 

「なに、大したことじゃない。私の旅団で雑用をしてほしいんだ」

 

 クレティエンの話では、彼女が率いる旅団は少し特殊で、団員が二十人前後いる。

 また、近々リフテンの外へ行商に行くため、人足が必要とのこと。

 

「人数が結構な数になるから、雑用とはいえ重労働だ。その代わり、給料はそこそこいいと保証するよ」

 

 そう言って、クレティエンは三本の指を立てる。

 

「一日30ゴールド。どうだい?」

 

 基本的に、タムリエルでの食事は一日10ゴールド前後。街に来たばかりのよそ者が得る一日の労働としては破格の値段だ。

 

「君もこの街に来たばかりで、色々と入用なのだろう? どうだい、話くらいは聞いてくれないか?」

 

 この痴女は確かに問題児だが、商売に関しては交渉できそうなタイプだと思えた。

 しばしの間、考え込むように視線を外していた健人だが、やがて彼女に向き直ると、ゆっくり頷く。

 

「よし! それじゃあ、詳しい話は宿でしようじゃないか。ついてきたまえ」

 

 抱えていた健人の腕を解放した彼女は、すたすたと宿の方へと向かっていく。

 その背中を追うように、健人は後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 デュラックはオークの戦士であり、ドーンガードの主力を担う一人である。

 彼は昔、妻の二人を吸血鬼に殺された。

 その吸血鬼には復讐を果たしたものの、彼の胸に刻まれた化け物たちへの憎しみは、消えることはなかった。

 その後、彼はイスランと名乗るドーンガードへと参加。

 

「あの、デュラックさん、どうして、あんなヒョロイ奴に声を掛けたんです?」

 

 足早に進むデュラックが背中からかけられた声に振り向くと、付き添いの一人のアグミルが伺うような視線を向けていた。

 アグミルの隣にいるもう一人の従者も、同じ視線を彼に向けている。

 付き添いの様子に、デュラックは少し呆れたように荒い鼻息を漏らす。

 

「お前達にはわからないか……」

 

「あの……」

 

 二人の頼りなさに、再び漏らしそうになるため息を飲み込みながら、デュラックは素直に先ほど感じた彼の印象を語る。

 

「あの者は見た目のような弱者ではない。さながら爪を隠した鷹か、森に身を隠す狼と言ったところか。なんとなくだが、少し奴らと似たところがある……」

 

 見た目は確かに、華奢でどことも知れぬ異邦人。平坦な顔も相まって、何を考えているかよくわからぬ者。すくなくとも、この排他的な土地に受けいれられず、侮られる姿をしている。

 だからこそ、オークの戦士は気になった。街で見た彼の足取りは、驚くほど安定していた。明らかに、何らかの武を修めている者の足取り。

 そして、声を掛けて確信する。この者は間違いなく、今まで見てきたどんな強者よりも強いと。

 

(でなければ、私の視線を前にあのように平然と返答できるはずがない……)

 

 オークの戦士として、常に闘争と血の中に身を置いていたデュラックは、たとえ本人にその気はなくても、自然と相手を威圧してしまう。普通の人間なら、思いっきり警戒するか、もしくは目を背けて逃げ出すことも多い。

 そんな彼の威圧を正面から向けられても、彼は平然としていた。

 それほどの人物となれば、ぜひともドーンガードに参加してほしい。そう思って声を掛けたのだが、無碍なく断られてしまった。再び、溜息が込み上げる。

 

(なるほど、私は断られて内心怒っていたのか……)

 

 そこまで思い出し、彼はようやく、自分が苛立っていることに気づく。

 別に断った人物に怒っているのではない、自分の思いが伝わらなかったことに苛立っているのだ。

 同時に、不必要に部下を威圧してしまった自分を恥じる。

 

「ふう……。すまない、思うようにいかず、少しイラついていたようだ」

 

「い、いえ……」

 

「ですが、そこまでの人物に、デュラックさんが奴らと似た空気を感じた、となると、警戒が必要ではないですか?」

 

 もう一人の付き添いが、健人に対して警戒した様子を見せる。

 彼の名はキーロ。アグミルと同じ時期にドーンガードに参加した新人であり、浮つきやすいアグミルとは違い、落ち着きのある人物だった。

 そんな彼の進言に、デュラックは静かに首を振る。

 

「いや、その必要はないだろう。少なくとも彼の目に、奴らのように汚れた光は見えなかった」

 

(吸血鬼のような邪悪さはないが……なんとなく、似たところがあるような気がする)

 

 健人を吸血鬼ではないと断定しつつも、同時にデュラックは、そんな彼に違和感も抱く。

 人の姿でありながら、人から外れた何か。そんな者の気配が、ほんの僅かに漂っているような気がしたのだ。

 その違和感を、上手く言葉にはできないまま、デュラックはアグミルとキーロを連れて街を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 クレティエンと共にビー・アンド・バルブへと戻ってきた健人は、そのままクレティエンが借りている部屋へと連れてこられた。

 

「さ、入ってくれたまえ」

 

 恐る恐る部屋へ入った健人の目に飛び込んできたのは、机の上にちょこんと置かれた、ディベラの祠。そして部屋の壁いっぱいに詰め込まれた裸婦画の数々だった。

 部屋の四方の壁にはもちろん、部屋の隅から隅まで、絵が置かれている。

 描かれているモチーフも様々。インペリアルやブレトン、ノルドなどの人間種から、ウッドエルフやダークエルフ、ハイエルフ達、さらにはアルゴニアンやカジートも含めた、タムリエルに住むほぼすべての人種を網羅している。

 

「…………」

 

 なにより目を引くのが、一枚一枚の絵の完成度だ。

油絵具で描かれた数々の作品。そのすべてが、まるで今にも動き出しそうなほどの躍動感を放っている。

 健人に絵心はない。しかし、映像作品やネットなどで、様々な絵を目にすることはあった。

 コンピューターを使ったイラストが多く出回るようになっていたこともあり、健人自身は油絵に触れる機会はあまりなかったとはいえ、そんな彼から見ても、クレティエンの絵は別格と呼べるだけの何かを放っているように見えた。

 絵を描ける人間が絶対的に少ないこの世界で、これほどの作品を創れる者はほとんどいないだろう。

 

「あらクレティエン、もう帰ってきて……貴方は」

 

 また、部屋の中には一人の女性がベッドの上に腰を掛けて借主を待っていた。

 黒いローブを纏い、目に眼帯を付けた女性。

 驚いた様子を見せる彼女だが、気のせいだろうか。昨日顔を合わせた時よりも、やや隔意を抱いているような雰囲気を醸し出している。

 

「また無理難題を吹っかけて連れ込んだのですか? いい加減にしないと、そろそろ背中から刺されるかもしれませんよ?」

 

「いつもいつも私がモデルを脅迫しているような発言はやめてくれないか!? 今回はちゃんとしたビジネスの話だよ」

 

「ビジネス、ですか?」

 

「ちょうどいい、セラーナも聞いておいてくれ」

 

 そういうと、クレティエンは近くの椅子を手繰り寄せ、立ちすくむ健人と向かい合うように座ると、その長く美しい足を見せつけるように足を組む。

 

「さて、改めて自己紹介をしよう。私はクレティエン・キュリオ。こう見えて、一応帝国の貴族だ。こちらはセラーナ、私の旅団『蒼の艶薔薇』で錬金術師として、色々と力を貸してもらっている」

 

「セラーナ……ともうします、よろしくお願いしますわ」

 

 胸を張り、腕を組んでいかにも自信たっぷりという雰囲気を振りまくクレティエン。一方、セラーナと名乗った女性の方は、やや遠慮しがちな口調で挨拶をしてくる。

 その妙にかしこまった態度に違和感を抱きつつも、健人は昨日貰った黒板に白墨を走らせる。

 

『ケント・サカガミ。よろしく』

 

 変わった名前だなとクレティエンが興味深そうな視線を送りながら肩をすくめる一方、セラーナは無反応。

 二人の全く違う反応に健人が内心首をかしげる中、クレティエンの話は続く。

 

「私達は商人だ。街から街へと移動しながら、そこに必要なものを提供している。これさ」

 

 そう言って、クレティエンは部屋いっぱいに飾られた裸婦画を指さした。

 

「どうだい? なかなかの物だろう?」

 

 この言葉には、健人は素直に頷いた。

 なかなかどころではない。正直なところ、これほどの絵を描く人物とは思っていなかった。

 確かに、裸婦画と聞けば、目を顰める人たちもいるのだろうが、そんな先入観などすべてを無視して、見る者を『魅入らせる』力を彼女の絵は秘めているように思える。

 

『なぜ絵を?』

 

「心が乾く時代だからこそ、人は芸術に触れる必要があるのさ。淫らな絵だという輩もいるが、それは極めて浅はかというもの」

 

「まあ、こんなことを言っていますが、半分以上は彼女の道楽です」

 

「セラーナ、いちいち話の腰を折らないでくれたまえ」

 

 かっこいいことを言った矢先にセラーナに突っ込まれ、クレティエンは「ん、ん!」と誤魔化すように咳き込む。

 おそらく、先に言ったことに偽りはないのだろうが、道楽というのも事実なのだろう。

 なんというか、健人は彼女に対して、この世界でであったカジートの親友のような雰囲気を感じるのだった。

 

「さて、話の続きだが、私たちの旅団が売るのはもう一つある……春だ」

 

 春。すなわち売春。

 娼婦と、それに関わる性サービスの提供。それも、彼女の旅団が売る商品にはあるらしい。

 

「そんなこともあって、私の旅団は女性ばかりでね。力仕事にはどうしても不向きなことが出てくる。その時に男手があると助かるが、下手な男を旅団に入れるわけにはいかない。いろいろと問題が起こるからね」

 

 男女の色事、惚れた腫れたに伴うトラブルは、いつの世も一番面倒な問題の一つだと、クレティエンは語る。

 実際、変な男に惚れた娼婦が店を飛び出して駆け落ち。そのまま不幸になったという話は腐るほどある。

 

「君は見たところ、かなり理性的な人物のようだ。もちろん、それがただの仮面である可能性は否定できないが、それでも他の男たちに比べれば、恥というものを理解しているように見える」

 

 だから、働いてみないか? とクレティエンは続ける。

 実際、色々とお金が入用な健人には渡りに船だった。

 

『場合によっては、途中で抜ける。俺には目的があるから』

 

「目的とは?」

 

『家に帰ること』

 

「ふむ、いいだろう。ただ、こちらもすぐに抜けられては困る。最低2ヶ月は働いてもらいたい」

 

 雇う側にとって、すぐにスタッフに抜けられるのは避けたい。仕事の割り振りなどの予定が、一気に狂うからだ。

 健人も彼女の言い分は理解したので、頷いて了承の意志を示す。

 その後は、雇用条件の確認が続いた。

 

『あちこちの街を移動する際の移動手段の確保や、食費、街の滞在費などの生活に必要な経費は?』

 

「旅団で食事をとったりするというのなら、こちらでもつ。経費は一元管理した方が効率的だからね」

 

『具体的な仕事内容は?』

 

「薪割りなどの力仕事が主だ。ほかには食事の用意や洗濯などの雑事にも手を貸してもらいたいが、そちらは客を取らない見習いが主にやる。旅に必要な道具も一式、提供しよう」

 

 一通り健人の条件や質問を受けると、今度はクレティエンが質問を投げかける。

 

「こちらからも質問をするが、君は雑事以外に何ができる? 文字を書けるということは、それなりに学があると思うのだが……」

 

『料理はできる。それから、狩りや漁、付呪と錬金術を少し』

 

「ほう……それだけか?」

 

 クレティエンの瞳の奥が、キラリと光る。どうやら、健人に対し、彼女は相当興味を持っているらしい。

 こちらを見透かそうとする意志を隠そうとしない彼女に少し呆れつつも、健人は淡々と黒板に白墨を走らせる。

 

『それだけだ』

 

 しばしの間、クレティエンはジッと健人が書いた黒板の字を睨みつける。

 やがて、フッと肩の力を抜いて椅子の背もたれに体を預けると、後ろに控えているセラーナに目を向けた。

 

「わかった。なら、セラーナの仕事も手伝ってもらおう」

 

「クレティエン、私は……」

 

「いいから、手を貸してもらうといい。君一人で素材の調達から調合、それに娘たちの診察までしてもらっているんだ。君の仕事にも人手は必要だよ」

 

 突然話を振られたセラーナが驚きつつも何かを口にする前に、クレティエンがその発言を遮る。

 実際、錬金術は材料の確保が重要だ。素材によっては、危険な洞窟などに入る必要も出てくる。

 セラーナがどれほどの実力かは分からないが、少なくとも眼帯をしているような女性には、確保が難しい素材もあるだろう。

 

「ケント、錬金術の素材は分かるのだろう?」

 

『必要なものを指定してもらえれば、取ってこれる』

 

「決まりだ。さっそく今夜から働いてもらおう。旅団の予定としては一週間後、他の商隊に同行する形でリフテンを出立する予定だ。今夜から街の北門でテントを張って営業するから、夕方になったらそこに来たまえ」

 

 そう言って、クレティエンは立ち上がると、手招きをしながら部屋の外へ出て行く。

 健人が彼女の後に続こうとしたその時、隣にいるセラーナと目が合った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 相も変わらず、眼帯のおかげで何を考えているか分からない表情。

 しかし、僅かに引き締められた口元が、彼女が抱く警戒心を如実に表している。

 なぜ、いきなりこんな警戒されるようになったのだろう。少なくとも昨日は、こんな目を向けられてはいなかった。

 健人が内心抱く疑問に答えることなく、セラーナはさっさとクレティエンの後を追って出て行ってしまった。

 訳の分からない態度に首を傾げながらも、健人は二人を追って部屋を出るのだった。

 

 




ということで、久しぶりの更新でした。
健人、ちょっと不安はあるが、どうにかお金を稼ぐ就職先を獲得。
一方のセラーナさんは、なんだか態度が変わっているが、その理由は……?
別作品の執筆を最優先していますので、相も変わらず不定期更新になってしますが、ご容赦ください。

以下、登場人物紹介

ディラック
ドーンガードに属するオークの男性。妻二人を吸血鬼に殺されたことから、ドーンガードに参加。
武器は片手斧などの片手武器とクロスボウ。

アグミル
デュラックに付き従うドーンガードの新人であるノルドの青年。
クロスボウと片手剣を使う。
気質は普通の青年で、英雄願望に近い上昇志向からドーンガードに参加した。

キーロ
アグミルと同時期にドーンガードに参加したノルドの青年。
本小説オリジナルキャラ。
割と落ち着いた雰囲気を持っており、アグミルよりは頼りにされている。
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