The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十二話 カシトの過去とドラゴンの再来

 ホワイトランへ向けて駆けるカシトの背後から、耳を裂くような咆哮が聞こえてきた。

 続いて聞こえてくる爆音と轟音に、カシトは唇をかみしめる。

 

「くそくそ! 本当にノルドって奴らはバカばっかりだ!」

 

 殿を買って出たいけ好かないノルドの顔を思い浮かべながら、カシトは吐き捨てる。

 カシト・ガルジットはその軽い言動とは正反対に、内心では他人というものを信じていない。

 それは、彼の今までの人生が、決して恵まれたものではなかったことに起因する。

 彼もまた、幼いころに家族を亡くし、厳しい現実と向き合わなくてはならなかった。

 カシトはカジートの中のシュセイラートと呼ばれる種族であり、家族でキャラバンを作り、タムリエル各地を回っていた。

 しかし、シロディールに向かう途中で山賊の襲撃に遭い、家族は離れ離れになってしまう。

 その後、彼はシロディールで浮浪児、いわゆる、ストリートチルドレンとして過ごした。

 両親も、兄弟もいない。

 故郷であるエルスウェアに帰りたくとも、子供一人ではどうにもならない。

 仕方なく、酒場の道端に捨てられた残飯をあさりながら、その日その日を何とか生きていた。

 そのような浮浪児は、珍しくない。

 たとえ捨てられるような残飯でも、浮浪児たちには命を繋ぐためのごちそうであり、当然そのごちそうをめぐっての対立がある。

 カジートであり、同年代のストリートチルドレンと比べても頭一つ抜き出た身体能力を持っていたカシトだが、徒党を組んだ相手には腕一本で勝ち続けることは困難だった。

 それでも生存競争を生き抜き、なんとか成人することができたカシトだが、カジートであり、浮浪児だった彼をまともに雇うような場所は存在しなかった。

 当時のシロディールは大戦後の破壊から復興した後に、一時的に景気が停滞していた時期だった。

 復興のための事業が終了し、儲かるような大きな仕事がなくなれば、人は皆、財布のひもを締め始める。

 その経済の停滞は、底辺の労働者であるカシトを直撃した。

 二束三文で働いても賃金をピンハネされるなんてことは毎度のことで、時には言いがかりをつけて逆に金をむしり取ろうとする者たちもいた。

 カジートだからと、不平等な境遇で働かされたことなど、一度や二度ではない。

 最後は同じ職場の仲間にあらぬ罪を着せられ、あわや牢にぶち込まれそうになる始末。

 幸いにも牢に入れられることはなかったが、脛に傷を持つカジートを雇うような場所は、シロディールにはもうなかった。

 だからこそ、カシトは帝国軍に入った。そこにしか、もう行くところがなかったのだ。

 当然、軍隊の中にも差別はある。

 それでも、食べていけるだけマシだった。

 カシトは、自分の人生を半ば諦めていたといっていい。

 そんな中、スカイリムの内乱を平定するために派遣された遠征先で、その少年と出会った。

 最初に会った時は驚かれたが、そこには敵意や嫌悪感は微塵もなかった。

 悪意のない、純粋な眼差し。

 支払いが滞って丁稚奉公をすることになった時も、彼はカシトが逃げたりするとは考えず、彼のミスを幾度となくフォローしてくれていた。

 カジートとして、言われなき悪意を向けられていた彼にとって、健人のごく普通の対応が、何よりも新鮮で、涙が出るくらいに胸に来る出来事だった。

 そして、あのノルドも、健人と同じような目をカシトに向けていた。

 純粋な、信頼の眼差しを。

 

「くそ!」

 

 軽い調子で流していた人生。

 悲嘆と諦観に満たされ、麻痺していた彼の心には、気が付けば煮えたぎるような激情が溢れていた。

 

「あれは……」

 

 その時、カシトの眼は自分たちの上空を追い越していくドラゴンの姿を捉えた。

 ドラゴンの向かう先はホワイトラン。

 地面を走るしかないカシト達と、空を飛ぶドラゴン。どちらが速いかなど分かりきっている。

 もう間に合わない。

 それでもカシトは、必死で馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キナレス聖堂で衛兵たちの治療を終えたダニカと健人たちは、消費した医薬品を補充するために市に来ていた。

 薬はアルカディアの大ガマ、包帯に使う布などはベレソア百貨店という店で手に入る。

 健人たちがまず訪れたのは、ベレソア百貨店だった。

 

「いらっしゃい。何でも売るぞ。うちの妹でもな」

 

 ここの店主、ベレソアはブレトン。

 冗談でも身内を売るとかいうあたり、かなりの商売人気質な男性だった。

 百貨店を名乗るだけあり、店内の品はかなり多彩で、鉄製のアイロンやカンテラから、塩や保存食、宝石や鍛冶に使う鉱石なども販売している。

 健人はとりあえず、必要な量の布を集めながら、先ほどキナレス聖堂で見た光景を思い出していた。

 

「あれが回復魔法か……。すごかったな」

 

 魔法のない日本出身の健人にとって、間近で見た魔法は新鮮で、興味をそそられるものだった。

 

「俺も使えるかな……?」

 

「……お前、文字読めるようになったのかよ?」

 

「う……」

 

 ドルマからの突っ込みに、健人は肩を落とす。

 魔法を使うには、魔法の詠唱などを記した呪文の書から、魔法の使い方や術式などを知り、習得しなければならない。

 しかし、健人はまだタムリエルの文字を覚えきれていなかった。

 

「ケントは魔法に興味があるのですか?」

 

 付き添いでベレソア百貨店に来ていたダニカが、健人に尋ねてくる。

 

「ええ、自分も使えれば、もっとお役に立てると思うのですが、まだ読めない字もあって……」

 

「なら、私が教えましょう。ケントは頭がいいようですし、今は読めない文字もすぐ読めるようになるでしょう」

 

「ありがとうございます!」

 

 喜ぶ健人をみて、ダニカも顔をほころばせる。

 しかし、二人の様子を見ていたドルマが口を挟んできた。

 

「魔法か。エルフ並みに貧弱なお前にはぴったりだな」

 

「ドルマ、やめなさい。ケントは貴方達の力になろうと必死なのですよ?」

 

 元々ノルドは戦士としての気質を重んじるところから、魔法などの術を使う人間を蔑視する傾向があった。

 そんなノルドの気質を理解しているダニカが、健人の決意をあざ笑うような発言をしたドルマを諫める。

 しかし、肝心のドルマはダニカには視線を向けず、じっと健人を睨みつけていた。

 そんなドルマの態度に、ダニカが眉を顰める。

 

「ドルマ……」

 

「ダニカさん。それで、魔法ってどうやって使うんですか?」

 

 さすがにドルマの態度に我慢できなくなったのか、ダニカがさらに詰め寄ろうとするが、彼女の行動は遮るような健人の声に止められた。

 健人は睨み付けてくるドルマには視線を向けず、ダニカに魔法の使い方を尋ねてくる。

 己に向けられる隔意に気づきながらも、それを受容するような健人の行動に、ダニカは戸惑う。

 一方、ドルマは健人の行動にどこか失望したような目を向けると、背を向けて百貨店の扉へ向かって歩き始めた。

 

「……俺はアルカディアの大ガマに行く。別れたほうが用事も早く終わるだろう」

 

「ケント……」

 

「良いんです。ドルマが俺を信用できないことも理解していますから。それに、気にしているわけにもいきません……」

 

 そう言う健人の声には、どこか諦観したような色があった。

 健人自身、ドルマが抱く不信感については理解している。

 自分に力がないことも、あらゆる意味で足手まといであるということも、ホワイトランに来るまでの間に身に染みて理解させられた。

 それでも、無力のままでいる訳にはいかない。

 この世界で生きていかなくてはならないし、守りたい家族が残っている。

 変わらなくてはならない。強くならなくてはならない。

 その為には、今はドルマからの不信感を気にしている余裕はなかった。

 

「それで、魔法についてなんですけど……」

 

 魔法のことをさらに尋ねてくる健人に、ダニカは戸惑いながらも、質問に答える。

 

「魔法は体内にある魔力……マジカを消費して使用します。マジカとはエセリウスからこの地に降り注ぐ力の事で……」

 

「おおう小僧、魔法に興味があるなら、いいものがあるぜ」

 

 カウンターで二人の話を聞いていたベレソアが、口を挟んでくる。

 商売の匂いを嗅ぎつけたのか、猫のように鼻をヒクつかせたブレトンの商人は、頼んでもいないのに棚の奥から一本の杖を取り出して、見せつけるようにカウンターの上に置いた。

 

「これは強力なエクスプロージョンの付呪が込められた魔法の杖だ。これさえあれば、強力な破壊魔法が使えるようになるぞ!」

 

 まるで早朝から深夜までTVで流れている健康通販のような口調に、健人の目が細くなる。

 明らかに不審を抱いていた。

 一方、ベレソアとしても健人の反応は想定内なのか、この杖がいかに有用かを、続けざまに語り掛けてくる。

 

「確かに、魔法の杖は一本で1つの魔法しか使えないが、小僧は魔法が使えるようになりたいんだろう?

 当然、今はエクスプロージョンなんて強力な魔法は使えなくても、現実に強力な魔法を目の前で見ることが出来ることは、魔法の習得でも参考になると思うぞ。

 それに、備えあれば患いなしともいう。自分が使えない魔法が、いざという時に使えるのはとても有用で……」

 

「ベレソア、そこまでにしなさい」

 

 ベレソアの販促に、ダニカが待ったをかける。

 

「嘘は言っていないぞ」

 

「嘘は言っていませんが、肝心なことも言っていないでしょう? ケント、魔法の杖は確かに使用者に魔法を使えるようにしますが、使える回数には限りがあります」

 

 付呪による魔法の杖には、例外なく使用回数というものが存在する。

 強力な魔法はそれだけ消費も早く、使用回数は少なくなる。

 エクスプロージョンは直接的な攻撃を目的とした破壊魔法の中でも、上位の魔法だ。

 当然、それだけ燃費が悪くなる。

 

「それに、使用者本人が魔法を覚えるわけではありませんので、使い切れば魂石で力を補充しなければならない」

 

「魂石?」

 

「魂が込められた石で、付呪に使われる道具です。この店の店主は、杖の買い手に補充用の魂石も売りつけることも考えているのですよ」

 

 付呪に使われる魂石は貴重品で、軒並み価格が高い。

 特に最上位となる極大魂石は、魂を充填されていない状態で、この世界で家に次ぐ資産である馬とほぼ同価格である。

 つまり、このベレソア。消費の激しい魔法の杖を売りつけた上、魂石の販売による収益も狙っていたのだ。

 さすが妹すら売りに出すと豪語する商売人。利益の追求に余念がない。

 

「なら小僧、この雷のマントのスクロールはどうだ? なんでも、ジェイ・ザルゴっていう高名な魔法使いが作ったスクロールで……」

 

「スクロールは一回こっきりの使い捨て。携帯性は良いですが、結果的に魔法の杖よりコストが掛かります。

 それに、雷のマントは周囲に雷を帯びるものですが、時間制限があり、しかも接近戦でしか使えません。ついでに、ジェイ・ザルゴなんて名前の魔法使いは聞いたことがありません」

 

「おいダニカ、営業妨害だぞ」

 

「純粋で、世間知らずのケントを騙そうとする貴方に言われたくありません」

 

 商売を邪魔されたベレソアが不満を上げるが、ダニカは彼の抗議を一蹴する。

 

「そもそも、今の俺にそんなお金の持ち合わせはないですよ」

 

 大体、健人にはそんな高価な魔法の品を買うだけの余裕はない。

 リバーウッドでいくらか装具を貰うことは出来たが、ほぼ着の身着のままでヘルゲンから逃げてきたのだから。

 健人の事情を知らないベレソアは相変わらず健人に魔法の杖を勧めてくるが、健人と ダニカは買う品を淡々と集めて、カウンターの上に置いた。

 

「ケント、あなたは商品を持って外で待っていてください。私は会計を済ませます」

 

「はい」

 

「ちぇ、せっかくのカモになるかと思ったのに……」

 

「いいから、早く会計をしなさい」

 

 新客を逃したベレソアが、不精不精といった様子で、ダニカがカウンターに置いた商品の会計を済ませていく。

 健人は買った商品を持っていた麻袋に詰めて、一足先にベレソア百貨店を出た。

 刻限はすでに黄昏時。日中は賑やかだった市場も、少しずつ様相を変えていた。

 露店を出していた人達は家路につくのか、店を片付け始めている。

 代わりに宿屋の周りには、仕事終わりに一杯ひっかけるつもりなのか、徐々に人が集まっていた。

 健人は広場の中央に設けられた井戸の縁に腰かけながら、これからのことを考えていた。

 

「ダニカさんから魔法を習得できれば、生活はどうにかなるだろう。問題は、その間の生活資金をどうするかだよな……」

 

 このタムリエルで、魔法を習得している人間は少ない。

 どんな場所であれ、絶対に需要はあるだろう。

 当面の生活費も、健人にはアストンの宿屋で働いていた経験がある。このホワイトランのバナード・メア、もしくは正門近くにある酒場、酔いどれハインツマンでも多少の仕事は貰えるだろう。

 問題は、ノルド自体が魔法に対する嫌悪感が強い事。そして、地球人である健人がこの世界の魔法を習得できるかどうかわからない点だ。

 前者についてはノルド自身の気質や、彼らの歴史における過去の遺恨もあり、健人にはどうにもならない。

 後者についても、こればっかりはもう本番で使えることを願うしかなかった。

 

「おい、よそ者」

 

 アルカディアの大ガマで薬を買っていたドルマが、薬が入っていると思われる麻袋を肩にかけながら戻ってきた。

 

「ドルマ、薬はあったの?」

 

「見ればわかるだろうが。一々訊かなきゃわからないのかよ」

 

 ドルマは不機嫌さを隠そうとしないまま、健人を見下ろしてくる。

 

「そっちこそ、一々絡まなきゃ気が済まないのかよ……」

 

 一方の健人も、変わることのないドルマの態度にいい加減腹が立ってきた。

 ドルマの不信感は理解していても、健人もまた十代の少年だ。

 精神的に成熟しきっていない上に、立て続けに襲ってきた危機によるストレスもある。

 今までは自分の出生を口にできないことに対する後ろめたさから、何も言い返せなかったが、ドルマに対してある種の割り切りをしたことで、押し込んでいた悪感情が溢れ出てしまっていた。

 

「……ああ? 何か言ったか」

 

「別に……」

 

 案の定、健人が漏らした独り言に、ドルマが突っかかってくる。

 自分の悪感情が漏れてしまったことに、健人はしまったと思いながらも、つい目をそらしてしまう。

 そんな健人の中途半端な態度が、さらにドルマをイラつかせる。

 ある種の悪循環だった。

 

「ああ、仲間のノルドじゃないか。どうかしたのか?」

 

 そんな時、知らないノルドが話しかけてきた。

 よく見ると、話しかけてきたノルドの顔は赤く、吐く息から強い酒精の臭いが漂ってくる。どうやら、このノルドはかなり酔っぱらっているらしい。

 

「俺はジョン・バトルボーン。この街と首長に長く仕えてきた、バトルボーン家の一員だ。兄弟はどこから来たんだ?」

 

 訊いてないのに名を名乗ったノルドは、酔っ払い特有の厚かましさから、ドルマの肩を組んでくる。

 あまりに気安い態度に、ドルマの眉がわずかに吊り上がる。

 

「……ヘルゲンだ」

 

「そうか! あそこじゃ、かなり美味い料理を出す酒場があるんだろ? 住んでいるホールドが違えど、同じノルドは大歓迎だ!」

 

 陽気な態度を崩さないジョンの様子から見るに、ヘルゲンが壊滅したことは、まだ聞いていないことが窺える。

 だが、美味い料理を出す酒場という言葉に、健人の顔に影が差した。間違いなく、アストンの酒場のことだろうと思ったからだ。

 ドルマもジョンが言った酒場が思い当たったのか、ピクリと肩を震わせ、口元を歪めている。

 一方、酔っぱらったジョンは変わったドルマの雰囲気には気づかない。

 酒の勢いに任せるまま、声高にノルドのすばらしさを口にしている。

 さらに間の悪いことに、ジョンの視線がドルマの隣で座っていた健人に向けられた。

 

「なんだこいつは。こんな奴、このあたりじゃ見たことないな」

 

 明らかな不信感と隔意を滲ませる声色と視線に、健人は、また絡まれるのかと、内心でため息を漏らした。

 酒に酔ったノルドに絡まれるのは、健人としても初めてではない。アストンの酒場で働いていた時にもあった事であり、その時はアストンに対する恩義から、突っかかってくるノルドに対しては事務的な笑顔でしっかりと受け流していた。

 しかし、今の健人には、自分の悪感情を抑え込むための枷がなかった。

 さらに、先ほどまでドルマから同じような視線を向けられていたこともあり、今まで胸の内で抑え込んでいた憤りが、どろりと溢れ出してしまう。

 そして、そんな悪感情ほど、人には伝わりやすいものだった。

 

「なんだその目は。我らが土地に勝手に入ってきたよそ者のくせに……」

 

 案の定、健人の目に不機嫌になったジョンが、健人に絡み始める。

 酒精で呂律の回らない口から出てくる言葉も、健人にとってはヘルゲンで聞きなれた言葉だった。

 よそ者、邪魔者、さっさと生まれ故郷に帰れ。

 耳にタコができるほど聞かされた言葉だ。

 

“俺だって、帰れるなら帰りたいさ!”

 

 そもそも、健人は望んでこの地に来たのではない。気が付いたらこの異世界に迷い込んでしまった人間だ。

 母親はすでに亡くなっていたが、それでも大事な肉親がいたし、友人だっていた。

 そんなごくありふれた、しかしながら、かけがえのない日常があったのだ。

 しかし、そんな日常は、ある日唐突に奪われた。その理由も、原因も、何もかもが分からないまま。

 理不尽な現実と、無遠慮で心無い言葉に、健人の心はささくれ立つ。

 それでも、無様に大声で泣き叫ぶことなどしないと、健人はグッとこぶしを握り締めて、グツグツと煮えたぎる憤りに蓋をする。

 一方、酔っぱらいのジョンは、睨み返しては来るものの、一向に言い返してこない健人の態度に気を大きくしたのか、さらに無遠慮な言葉で罵倒を始める。

 

「なんだよ。言い返して来いよ! このスキーヴァ野郎。こそこそ隠れて穴の奥で震えるだけが精一杯か!?」

 

「おい……」

 

「なあ、あんたもそう思……ぐえ」

 

 隣にいたドルマにまで話を振ろうとしたジョンだが、なんとドルマがジョンの言葉を遮るようにその首に手をかけていた。

 杭のように太いドルマの指がジョンの首にめり込み、ミシミシと万力で締め付けるような音が漏れる。

 突然首を絞められたジョンは驚きに目を見張っているが、そんな酔っぱらいを見つめるドルマの目には、先ほどとは比べ物にならないほどの憤怒の炎が揺らめいていた。

 ドルマの怒気に当てられたためか、ジョンの顔色が真っ青に変わる。

 

「こいつがスキーヴァなら、ペチャクチャうるせえお前は盛ったニワトリか。さっさと失せろ」

 

 静かな声色に燃えるような怒りを込めて、ドルマはジョンの体を突き飛ばすように押し出した。

 強烈な怒気に当てられ、突き飛ばされてたたらを踏んだジョンは、聞き取れないような罵声を上げると、ヨロヨロと覚束ない足取りで走り去っていった。

 

「どういうつもり?」

 

「…………」

 

 健人は突然自分をかばったドルマに、不信感ありありというような表情を向けている。

 先ほどまで酔っぱらいと同じように自分を罵倒してきた相手が突然庇ったのだ。疑うのも無理はない。

 一方、ドルマは問いかけるような健人の視線を拒絶するようにそっぽを向くと、腕を組んで黙り込んでしまう。

 相も変らぬその拒絶の色に、健人もそれ以上何も訊かず、そのまま二人は黙り込む。

 

“なんで、俺はこいつを庇った?”

 

 実のところ、ドルマ自身も、自分の行動に内心驚いていた。

 健人の事を信じられない気持ちは、今でもドルマの胸の奥にある。

 しかし、この不審な青年が、あの酔っぱらいに侮辱されることも我慢できなかった。

 なぜ自分はこのよそ者をかばったのだろうか?

 自分でもよくわからない疑問にドルマは腕を組み、顔を明後日の方向に向けながらも、横目で健人を覗き見る。

 ノルド、レッドガード、ブレトン、インペリアル。

 このタムリエル大陸のどの種族とも違う肌と、黒髪。

 鳶色の瞳と凹凸の少ない顔が、不機嫌そうな表情を浮かべている。

 ドルマは、健人の記憶喪失の話を信じてはいない。そもそも、簡単に人を信じるようなら、生きてはいけない世界だ。

 それに、アストンの宿屋で働いていた時の健人の様子も、ドルマの不信感を助長していた。

 健人が保護された当初は、彼は言葉すら分からない様子で、意思疎通すら困難だったことから、不信感はあれど、嫌悪感はそれほどでもなかった。

 だが、アストンでの宿屋で働いている間の健人は、明らかにそのような接客業を経験してきた者の立ち振る舞いだった。

 料理の作り方にしても、暖炉の火の扱いは雑だったが、発想はすごく斬新で技術を身に着けるのも早いという話を、ドルマはエーミナから聞いている。

 計算能力も高く、アストンの帳簿の確認作業に一役買っていたという話も耳にしていた。

 そのくせ、九大神の異名を知らないなど、一般常識にすら欠けている面をのぞかせる時がある。

 白痴のように無知な面と、驚くほど高度な教育を受けた形跡を併せ持つ、不審者。日常の中に、突然現れた異物。それがドルマから見た健人の姿だ。

 だからこそ、ドルマは健人を信じきれないし、彼の自分の意思を表に出さない態度にも不快感を覚える。

 その鳶色の瞳の奥に、何か秘密を隠していることを、本能的に感じ取っているから。

 だが、そんなドルマの懊悩を遮るように、大きな影が差した。

 一体何かとドルマが空を見上げると、巨大な翼を広げた怪物が、悠々と空を舞っていた。

 

「あれは……ドラゴン!?」

 

 ドラゴンに気づいた健人が、声を上げた。

 ホワイトラン上空を旋回していたドラゴンは、翼を広げて急降下してくる。

 ドラゴンが降りてくる先は、ギルダーグリーンの広場だ。

 そう、隣にキナレス聖堂がある広場である。

 

「っ!」

 

 健人とドルマは、互いに視線を交わすと、キナレス聖堂のある風地区を目指して、示し合わせたように駆け出した。

 

 

 


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