【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第四話 それぞれの事情

 ルナを囲んでいる三人の男達。

 クマのような体格のノルドが一人。妙に背が低く、ギョロついた目と腰の曲がったブレトンが一人。そして最後に、綺麗に整えられた顎髭と赤を基調とした豪奢な服を纏ったノルドが、彼女の前を塞いでいた。

 

「なに言っているんだ。今夜のお相手はいないんだろ? せっかくだから、俺達が相手してやろうって言ってるんだ」

 

「誰が頼んだのよ。お断りだわ、さっさと帰って!」

 

 男達は欲情に濁った表情を浮かべ、正面からルナを見下ろしている。

 まだルナが十代前半ということもあり、体格差は歴然。

 しかし、ルナはリーダーと思われる豪華な服を纏ったノルドが伸ばしてきた手を、虫を叩き落とすように振り払う。

 

「なるほど、体の方はまだガキ臭いが、気の強さは十分か。ノルドの女なら、このくらいじゃなきゃな」

 

「あれ? シビ様、こんなちんちくりんな娘が気に入ったんですか? いつもなら……」

 

「たまには違う料理が食べたくなるお時もある。俺様ともなれば、女の方から寄ってくるのが常だが、たまにはこういう気の強い、青い果実を摘み取るのもいいだろう?」

 

「ひ、ひ、ひ……、そうですよね。こういう綺麗な顔が嫌悪感でいっぱいになった後、泣き顔に染まっていくのがたまらないですよね……!」

 

 クマ男の問いかけにシビと呼ばれたノルドが答え、それにヒョロガリ男が金魚のフンのように同調する。どうやら、ヒョロガリ男はかなり倒錯した性癖をお持ちらしい。

 シビと呼ばれた男もかなり女癖が悪いらしく、ヒョロガリ男と一緒になって、嗜虐的な笑みを浮かべている。

 

「ひっ……!」

 

「おっと、逃げるなよ……」

 

 シビの手が、離れようとしたルナの細腕を乱暴に掴む。

 先ほどまで威勢よく三人を睨みつけていた彼女の瞳が、大きく見開かれた。

 

「あ、あう、ううう……」

 

「うん? こいつ、急におとなしくなったな」

 

 その目に浮かぶのは、強烈な恐怖の色。

 ルナは全身をガクガクと震わせながら、言葉にならない声を漏らし始める。

 

「へえ、なるほど。さすがはクレティエンの娼婦。客の希望をよく分かっている」

 

「い、い、いゃ……ひぅ……かはっ……」

 

「いいねいいね、その怯えた顔。たまんねえぜ……」

 

 一方、シビはそんなルナの反応に嗜虐心を刺激されたのか、彼女の体を力ずくで引き寄せた。そしておもむろに、その薄い胸に手を伸ばす。

 脹らみかけ女性の象徴。それに無遠慮にまさぐられ、ルナの顔色が一気に真っ青になっていく。

 瞳孔をこれ以上ないほど開かせ、悲鳴すら上げられない様子だった。

 そんな彼女を男達は取り囲んだまま、無理やり彼女の手を引っ張り始めた。向かう先は、真っ暗な茂みの奥。

 ルナの顔に、絶望が浮かぶ。

 何をされるのか、理解しているからこその表情。

 その時、男達から彼女を遮るように、黒い影が割り込んできた。

 

「……あ?」

 

 続いて、シビの手から、少女の細腕の感触が消える。

 気がつけば、ルナは自分達から数メートルのところに立っており、間に割り込むように一人の男が立っていた。少し離れたところで、この状況を見ていた健人だ。

 

「…………」

 

「あ、あれ? え?」

 

 健人は、彼女の呆然とした声を背中に受けながら、シビたちと向かい合う。

 ドラゴンボーンとして、数多の戦いに身を投じてきた健人だ。当然、隠形の技もある程度習得している。意識が他に向いているならば、この程度はできる。

 

「な、なんで、アンタが……」

 

 ルナを男達から引き離した健人は、とりあえず怪我のない彼女を横目で確認し、心の中で安堵する。同時に、自分の考えなしの行動に苦笑を漏らした。

 今日、この娼婦旅団に来たばかりの新人。この街のことも、このような夜の仕事のセオリーもよくわかっていないのだ。

 おまけに相手には、この街の有力者と思われる男が混じっている。身の安全を考えるなら、関わるのはバカのすることだろう。

 そもそも健人自身、このようなトラブルで何度か痛い目を見た経験がある。

 だがそれでも、妹と同じ年ごろであろう少女が強姦されそうになっているのを、見過ごすことはできなかった。

 

(まあ、最悪の場合はヘイトをこっちに向けた上で、さっさと街を出ていけばいいか。クレティエンとの契約は反故になってしまうけど、致し方なし。とにかく今は……)

 

 覚悟を決めれば、後は行動するだけ。結果は勝手についてくるだろう。

 ルナが漏らした疑問の声に心の中で答えながら、健人は黒板にチョークで文字を書いて、男達に見えるように掲げる。

 

『この子は見習い。お触り厳禁です』

 

 多分、そうだろう。クレティエンも言っていた。

 完全な推測であるが、この際これで押し通す。

 

「いきなり出てきて威勢がいいことだな。しかし、貧相な奴だ。クレティエンの男娼か?」

 

(うわ、身の毛が……)

 

 あの痴女の男娼とか、絶対に御免である。いったいどんな目に遭か分かったものではない。街中でストリップショーを強要させられるか、はたまた獣を交われとか言い出すか。

 これまでの健人の人生、その尊厳を粉みじんに破壊するようなことをされる可能性が極めて高い。

 

(生憎、俺の性癖は普通なんだ。頼むから、そっちの方に引きずり込まないでくれ……)

 

 とっくの昔に全裸になっている雇い主。脳裏に浮かんだその姿にげんなりしながらも、健人は目の前の男達に意識を集中させる。

 

「とにかく、引っ込んでいるんだな。今なら、何もなかったことにしてやる」

 

 案の定、お楽しみ邪魔されたシビは怒気を滲ませた声で恫喝しながら、健人を見下ろしてきた。その威圧的な視線に、背後のルナがブルリと体を震わせる。

 

『いやいや。言いましたけど彼女は見習いで、まだお客は取れないんですよ』

 

 新しい文字を書いて掲げる健人に、シビの苛立ちがさらに増していく。

 

「こいつ、ふざけているのか? それとも、只の馬鹿か? 俺が誰だかわかっているのか?」

 

「シビ様、こいつ、声が出せないんじゃないですか?」

 

「おまけに、余所者みたいですぜ。こんなやつ、リフテンで見たこと無いですぜ」

 

 苛立つシビと呼ばれたノルドの男に、両脇を固めるお付きが言葉を挟む。

 

「なに? 確かに、随分珍しい顔立ちだ。声なしの上、余所者か。この俺様を知らないとはな。どんな辺境の田舎から来たのやら……」

 

『モーサル』

 

「あの陰気な街か、こいつはとんだ田舎者だ!」

 

 健人がとりあえず、拠点を置いているハイヤルマーチホールドの首都の名を書いて掲げると、シビは蔑むような笑顔で鼻を鳴らした。

 確かにモーサルは田舎だろう。ついでに陰気だ。別に否定はしない。

 

「まあ仕方ない。田舎者にも分かるように教えてやろう。俺の名はシビ・ブラックブライア。この街を支配するブラックブライアの息子だ」

 

 ブラックブライア家は、リフテンで最も力を持つ商家だ。

 郊外にあるブラックブライア蜂蜜酒醸造所で作った酒で莫大な利益を上げており、その資金で勢力拡大を続けている。

 その一家の当主であるメイビン・ブラックブライアは極端な結果主義者であり、自身の商売で利益を得るためなら、その手段に合法、非合法問わない。

 健人はこのリフトホールドに訪れた経験がないから知らないのも無理ないが、この一家の勢力は既に、首長ですら簡単に手出しができないほどのものなのだ。

 

「分かったらさっさと消えな。俺はこう見えても優しいんだ。田舎者だから大目に見ていたが、そろそろ我慢も限界だぜ?」

 

(いや、優しい男はそもそも強姦なんてしない……)

 

 そんな実家の威光を盾に、シビは健人に迫ってくる。その瞳の奥に潜む暗い気配に、健人は眉を顰めた。

 この世界で、数多の戦いに身を投じたからわかる。目の前の男達は、確実に人を殺したことがある者達だ。しかも、そのことに良心の呵責などは覚えていない。

 おまけに、嘘も言っていない。ドラゴンボーンとしての直感。「声」に対する優れた感性が、彼らの言が真実であることを見抜いていた。

 余所者一人を消すことくらい容易いだろう。

 もっとも、それを知ったところで、健人自身、その程度で退く気など、毛頭ないのだが。

 一触即発の空気が満ちる。

 

「……っ!」

 

(あっ!)

 

 そんな中、ついにルナが限界を迎えた。

 恐怖のあまり、背を向けて逃げ出したのだ。

 彼女はセラーナの脇を一目散に駆け抜け、娼婦たちのテント群の中に消えてしまう。

 

「おいおい、せっかくのお楽しみが逃げちまったじゃねえか……ん、あの女」

 

(やばい……!)

 

 さらに悪いことに、シビの視線が少し離れたところで様子を見守っていたセラーナを捉えてしまった。

 

「目元を隠しているみたいだが、俺様には分かる。間違いなく絶世の美女だな。おい、そこの女、こっちにこい。俺様の相手をさせてやる」

 

 そして案の定、女好きのシビの目標がルナからセラーナに移る。

 彼女はルナと違い、その肢体はすらりとした完璧な黄金比。さらに、その容姿も隠し切れないほどの美しさを放っているとなれば、この下半身猿が目をつけるのも当然である。

 

『彼女も、旅団の娼婦ではありませんので、お客様の相手はできません』

 

「貴様、本当に死にたいみたいだな……」

 

 健人は慌てて黒板を掲げながらシビの視線を遮るが、度重なる妨害に、ついに彼の堪忍袋の緒が切れた。

 殺気の篭った瞳で健人を睨みつけながら、右手を掲げる。それに従い、両脇に控えていたお供が前に出てきた。

 

(こりゃ説得は無理だな。最悪、制圧した後さっさと街から逃げるか)

 

 諦めと共に、健人もまた意識を切り替える。

 避けることができない火の粉を振り払うことに、躊躇はない。

 むしろ、力を見せない方が、この世界では後々面倒になる場合がほとんどなのだ。

 自然と目が鋭くなり、健人の体から余分な力が抜ける。

 相手は力自慢のノルド。しかも、暴力を生業としているタイプである以上、武器も隠し持っているだろう。だが、負ける気は微塵もない。

 しかしそこで、健人のものでもシビ達のものでもない、第三者の大声が響いた。

 

「そ、そこまでだ――――!」

 

「ん?」

 

 突然横から駆けられた大声。その場にいた全員が声のする方に視線を向ける。そこには特徴的な鎧を纏った、年若いノルドの男性がいた。

 

(あれ? あの人確か……アグミル、だったっけ? ドーンガードの。なんでこんなところにいるんだ?)

 

 アグミル。ドーンガードの新人隊員であり、デュラックというオークと一緒にいた人物。吸血鬼退治のため、リフテンを訪れていた吸血鬼ハンターの一人だ。

 実は彼、指揮官であるデュラックに内緒で、この娼婦旅団を訪れていた。

 理由は……まあ、言うまでもないだろう。若さを持て余していたので、その発散のためだ。

 そして、期待に胸を膨らませて娼婦旅団を訪れたところで、美女に詰め寄る悪い男達を見つけた。

 元々彼は農夫であり、ノルドの男としての活躍と栄誉を求めてドーンガードに志願した経緯がある。

 性格も割と生真面目。一夜を過ごす女性を求めて来たこともあり、若さゆえの勢いも相まって、このシチュエーションに首を突っ込んできたのだ。

 

「美しくうら若い女性を力づくで手込めにしようなんて、ノルドの片隅にも置けない奴らめ、このアグミルが、貴様らを……ふべ!」

 

 しかし、アグミルが意気揚々と決め台詞を述べているところに、シビの取り巻きである大男の拳が、彼の顔を殴っていた。

 口上を述べる前に打ち倒されたアグミルは、情けなく地面に転がる。

 

「なんだ、この煩い奴は。さっさと始末しておけ」

 

「はい、お任せください」

 

「ち、ちょ、ま……」

 

 声を放つ間もなく、アグミルはシビのお供達にあっという間にボコボコにされてしまった。十秒足らずでズタボロにされたアグミルは、ぼろ雑巾のように地面に放り捨てられる。

 

「さて、次はお前だ。このバカと同じようにボロボロにして、魚の餌にしてやるぜ」

 

「そうですね。私もいくら自分の息子とはいえ、このような愚行をする者なら、考えを改めなくてはならないところです」

 

「っ!?」

 

 しわがれた女性の声が流れ、続いてその声を聴いたシビの顔が真っ青に染まる。

 シビが振り返ると、彼よりもずっと豪華で瀟洒な衣服をまとった初老の女性が、十名ほどの衛兵を伴って歩いてきていた。

 

「お、お袋……」

 

(お袋さん? ってことは、この人があのブラックブライア家の……)

 

 そこにいたのは、ブラックブライア家の当主、メイビン・ブラックブライアだった。

 彼女は呆れと失望の目でシビを睨みつけている。

 既に初老を過ぎているのだろうが、背筋はしゃんとのび、その佇まいは威風堂々としている。全身から放たれる気配は健人から見ても油断のならないもので、シビ以上に冷徹な瞳を持った女性だった。

 その冷たく、氷のような視線に、シビは体を震わせながら弁明を始めた。

 

「ま、待ってくれ! あれはあの女が……」

 

「あなたの意見を聞くつもりはありません。自分で牢に戻るか、それとも力づくで連れ戻されるか、好きな方を選びなさい」

 

 健人にはその内容がよくわからなかったが、どうやらこの男は母親である当主の意志を無視して、この場にいるらしい。

 しかも牢屋から出てきた……という、ちょっと耳を疑うような言葉も聞こえてくる。

 

(この人、囚人だったのか? それをこの母親は連れ戻しに来たと……)

 

 脱走した罪人と、それを捕えにきた母親。なんとも業の深そうな一家だが、健人としてはこの男を連れ帰ってくれるなら、言うことはない。

 実際、力関係は母親の方が圧倒的に強いらしく、シビは言い訳すらさせてもらえず、おそらく脱走を手引きしたであろうお供と一緒に衛兵に連行されていった。

 息子の醜態を見送ったメイビンが、健人達の方に向き直る。正確には、彼らの後ろ。

 

「これでいいですか、クレティエン」

 

「うん、満足だよ」

 

 そこにはいつの間にか、クレティエンがいた。おそらく、先の騒動を聞きつけて駆け付けたのだろう。

 彼女はニコニコと笑顔を浮かべながら、健人達の脇を通り、メイビン(?)に歩み寄っていく……全裸で。

 いや、せめて服着てから来いや! と思わないわけでもなかったが、メイビンがこの場に来たことにこの痴女が関わっているなら、その事情も気になるのは確か。

 とりあえず、健人はこの徒成り行きを見守ることにする。

 

「いやいや、もしかしたらと思って用意した保険が効いてよかったよ」

 

「そうですね、実にいいタイミングで手紙をよこしたものです」

 

「でも、そちらとしても助かっただろう? 息子のおイタには頭が痛かったんじゃないかい? 自分の婚約者の兄を殺して刑に服しているくせに、豪華な牢屋で結構気ままで生活していたらしいじゃないか」

 

 クレティエンの言葉に、メイビンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつも、沈黙していた。

 それは、この痴女の言葉が的を射ていたことであるという証左。

 おそらくシビは、牢屋での生活にいい加減我慢がならなくなっていたのだろう。

 いくら豪華で物が溢れていようが、『拘束されている』という意識が芽生えれば、不満も溜まる。

 それが本人の自業自得によるものだとしても、不満を抱く人間には、時に自身の行いすら目につかなくなる。

 結果、シビは手下を使って一時的な脱獄を企て、それを察知したクレティエンがメイビンに連絡したのだった。

 

「とりあえず、感謝はしておきます。お礼は後のほど改めて……」

 

「おや、もう帰るのかい? ワインの一杯くらい、一緒に飲んでくれてもいいんじゃないかい?」

 

「遠慮しておきます。何をされるか、分かったものではありませんからね」

 

「え~~? そんなことないよ~~?」

 

 軽い口調でそう告げるクレティエンだが、未だに全裸である以上、説得力は全くない。

 むしろ、これだけまともな会話をしてくれているメイビンが随分と寛大なように思えてしまうのだから不思議だ。

 

「全裸の女にそんなことを言われても、信じる者などいないと思いますが?」

 

「ちぇ、残念。私は、貴方のことは結構好きだけどな~~。その目的の為に手段を選ばないところとか」

 

 その言葉に、メイビンは心底嫌そうな表情を浮かべた。

 元々のしかめっ面も相まって、トロールですら逃げ出すのではと思えるほどの威圧感を醸し出している。

 そして、メイビンはそのまま踵を返して立ち去っていった。

 彼女の背中を見送ったクレティエンは振り向き、まだ立ち上がれていないアグミルの傍に近づくと、彼の顔を覗き込む。

 

「さて、君、大丈夫かい?」

 

「は、はい……」

 

「あのシビ・ブラックブライアに向かっていくなんて、随分勇気があるじゃないか。気に入ったよ。すこし、お話ししようじゃないか」

 

 そう言って、クレティエンはアグミルの腕を取って立たせると、彼を支えるように、その腕を抱きしめた。

 どうやら、今日の彼女の標的は、このドーンガードの新人になったらしい。

 

「ケント、ルナの方はまかせるよ。様子を見ておいてくれ」

 

(え?)

 

 そう言うと、彼女はふらつくアグミルを連れて、奥のテントの中へと消えていった。

 あの青年のノルドが、いったいどんな目にあわされるのか。

 止めるべきかもしれないと思い、健人が踏み出そうとしたその時、ぐいっと手を引かれた。振り向くと、ずっと控えていたセラーナが、彼の手を掴んでいる。

 

「……行きましょう」

 

(いや、だけど……)

 

「大丈夫です。いくら彼女でも、団員を助けようとしてくれた人を無碍に扱いことはないと思います」

 

 まあ、クレティエンは変態ではあるが、ひとでなしではない。彼女の人柄に関しては、健人もある程度分かっている。

 それに実際、ルナの方も気になっているのは確かだった。

 別にさっさと逃げられたことを怒ったりはしていない。むしろ、逃げてくれてありがたいくらいだ。正直、どんな理由があろうと、暴力が振るわれる場を子供に見て欲しいとは思わない。

 健人は気持ちを切り替え、セラーナと並んでルナが走っていった方へと向かう。

 

「ありがとうございます、助かりました」

 

 そんなことを考えていると、隣を歩いていたセラーナが神妙な面持ちで話しかけてきた。

 遠慮しがちに下を向く彼女に、健人は「気にしていない」というように首を振る。

 

『あの、自分、セラーナさんに何か不快なことしましたか?』

 

「……どうして、そんな質問を」

 

『なんとなく、避けられているような気がしていましたので。もしよろしければ、ですけど……』

 

 ちょうどいいので、健人は旅団に来てからのセラーナの態度について、尋ねてみることにした。

 

「それは……いえ、そうですね。確かに、警戒はしていました。この格好を見れば分かると思いますが、色々と私にも事情があって……」

 

 一秒、二秒……。セラーナは言うべきかどうか、迷っているのか、何度か口を開こうとしては閉じることを繰り返す。

やがて唇を舐めると、覚悟を決めたようにゆっくりと話し始めた。

 

「一言で言うと……家出、でしょうか?」

 

 セラーナの口から最初に出てきたのは、彼女の家と、家族のことだった。

 

「私には、父と母がいます。しかし、なんといいますか、仲違いしてしまっていまして……。最初は惹かれ合っていたはずなのに、いつしか互いを憎むようになってしまいました。そして、私は娘ではなく、父にとっては野望の道具になり、母にとっては父を貶めるための存在となりました」

 

 詳しい詳細は分からないが、どうやら彼女の両親は、かなり仲が悪いらしい。

 いや、仲が悪いどころではないだろう。憎むという表現を使うくらいなのだ。話の端を聞いているだけでも只事ではない家庭環境が垣間見える。

 

「そんな両親に私も反発を覚え、もうかなりの間、帰っていません。ですが、父はまだ私を連れ戻そうとしているみたいで……」

 

 そこで、セラーナは言葉を切った。

 

「情けないですわよね? 自分にはまだ家があるくせに、こんなところにいて……。まるで、聞き分けのない子供みたいで……」

 

 健人がそんなことを考えていると、セラーナはどこか申し訳なさそうな声で、早口にそうまくし立ててきた。

 健人はよくわからないが、この旅団は、娼婦に身を落とした女性達が集まる場所だ、当然そこには、両親などとっくの昔に亡くして、天涯孤独になった者もいるだろう。

 そんな女性たちがセラーナの境遇を知れば「何を甘えているんだ、お前は!」と激昂するかもしれない。

 しかし健人は、そんなセラーナの言葉を静かに受け止めると、ゆっくりと黒板に白墨を走らせた。

 

『情けなくはないと思います』

 

「……本当に、そう思いますの?」

 

 セラーナの視線に応えるように、健人は力強く頷く。

 

『俺には、セラーナさんの事情は分かりません。ただ、あなたがこの場に逃げる必要があるくらい、両親のことが辛かったというのは察せられます』

 

 というか、両親がそこまで憎み合う関係ならば、逃げ出しても無理はない。まして、自分が道具として扱われてきたというのならば尚更。

 そもそも、他人が不幸だと思う事柄を、自分の基準で判定すること自体が間違いだ。

 不幸とは相対的なもの。ある面では自分よりマシだろうと思えても、他の面では違うことは多々ある。

 

『まあ、今は気にしなくてもいいんじゃないですか 俺も姉と喧嘩して家出してたことがありますし……』

 

「そうですか。意外ですわね」

 

『でしょう? もしかしたら、自分達が知らないだけで、他の家族でもわりとあるのかもしれませんよ?』

 

 そもそも、そんな自虐的な不幸自慢みたいなことをしても、何も生み出さないだろう。

 だから健人は、あえて笑顔をセラーナに向ける。

 知り合ってからの時間は短くとも、彼女は決して悪い人物ではない。それに、今は仕事を同じくする仲間だ。そんな彼女の心労が、少しでも軽くなってくれればいいなと思っての行動だった。

 

「ありがとうございます」

 

 そんな健人の気づかいに、セラーナもまた静かな笑みを返してくる。

 その笑顔は、目元を隠しているとはいえ、見ほれるほど綺麗な微笑みだった。

 

「ルナのことですが。彼女は男性を嫌悪しています。いえ、どちらかというと、恐れている、といった方が正確でしょうね。この旅団に来た時には、既にあのような状態だったそうですわ」

 

 それは、健人も感じていた。

 シビに詰め寄られた時の反応は、特に顕著だった。あれは、嫌悪どころではない。命に係わる脅威に相対した弱者特有のものだ。

 

「彼女がこの旅団に来たのは、一年ほど前。三年前までは孤児院にいたらしいですから、そこが閉鎖されてから何かあったのでしょう……」

 

 三年前の閉鎖された孤児院。おそらく、オナーホール孤児院のことだろう。

 以前はソフィを預けようと思っていた場所。既に廃墟と化していたあそこに、ルナはいたらしい。

 

「いましたわ……」

 

 そして健人達は、湖のほとりでしゃがみ込むルナを見つけた。

 彼女は湖畔の傍で、水で濡らした布で腕を擦っている。

 

「……っ、っ、っ!」

 

 どんな言葉を呟いているのかは、遠くて聞こえない。

 よく見れば、布は赤黒く汚れ、ポタポタと同じ色の滴が腕から流れ落ちている。

 血だ……。

 

「ルナ、いけません。そんなに強く擦っては……」

 

 湖面に広がる血を見て、セラーナが慌てて駆け出した。

 手には、いつの間にか回復薬が握られている。

 

「セラーナ……っ!」

 

 駆け寄ってきたセラーナに気づいて、ルナが顔を上げるが、すぐにその表情を引き攣らせた。彼女の後ろにいる健人が見えたからだ。

 

「落ち着きなさいルナ、彼なら大丈夫です」

 

「で、でも、でも……!」

 

「とにかく、手当てが必要です。大人しくしなさい」

 

 慌てて駆け出そうとするルナの腕を、セラーナが捕まえる。

 ルナはしばらく抵抗を見せるも、大人と子供とでは力の差は歴然。すぐに大人しく、セラーナの治療を受け始めた。

 

「…………」

 

 その間も、健人への警戒は切らない。

 涙の浮かんだ瞳で、キッと精一杯睨みつけてくる。

 

「ルナ、彼はあなたを守りましたのよ。分かっていますわよね……?」

 

「別に、助けてくれなんて、頼んでない……」

 

「ルナ……」

 

 頑なに健人を拒絶するルナ。流石にセラーナが諌めようとしたところで、健人が彼女の肩を叩く。

 セラーナが振り返ると、彼は黒板を掲げていた。

 

『別にいですよ。俺が勝手に割り込んだのは、確かですから』

 

 その言葉に、セラーナも声を詰まらせる。

 

「……なんて、書いてあるのよ」

 

「気にしなくていい。自分が勝手にやったことだから、とおっしゃってますわ」

 

「っ……!」

 

 文字が読めないルナも、セラーナの代弁に目を見開く。

 なにも求めず、咎めもしない健人の態度に、彼女は気まずそうに俯き、唇を噛み締めた。

 

「もう終わったでしょ、離して……」

 

 健人の視線から逃げるように立ち上がる。

 

「一応、お礼は言っておくわ。ありがと……」

 

 そして、健人の脇を抜ける際に弱々しい声で礼を言うと、そのまま自分のテントの中へと消えてしまった。

 

『仕事に戻りましょう』

 

「え、ええ……」

 

 二人は、未だに喧騒と男女の喘ぎが響く宿営地へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 一夜の仕事を終えたセラーナは急いで自分のテントへと戻ってきた。

 既に湖面の先からは日の光が差し始めている。

 早足で滑り込むようにテントの中に入ると、そこには、クレティエンがいた。彼女は錬金台のそばに持ってきた椅子に腰かけ、満足そうな笑顔でワインを注いだグラスを傾けている。

 

「ふう……」

 

「おや、お疲れかいセラーナ」

 

「クレティエン、来ていたのですか。絵は……もうできているみたいですね」

 

 そう言って、セラーナはクレティエンの足元、錬金台に立てかけられているキャンパスに目を向ける。

 

「ああ、ついさっきできたばかりだ。一番に君に見せたくて、持ってきたのさ」

 

 そう言うと、クレティエンはキャンパスを掲げた。

 そこには二人の女性と交わるノルドの青年が描かれている。よく見ると、女性の一人はクレティエンだが、もう一人はレキナラだった。

 

「あら、レキナラも混じったのですか?」

 

「ああ、腕はともかく、彼の気質を気に入ってのことらしい。私も絵を描いていて、昂ってしまった。どうやら彼はもう一人の友人と一緒に来ていたらしいんだが、そちらはメリエルナが相手をしてくれていたよ。そちらもかなりいい男だったらしい。そっちも描きたかったな~~!」

 

 相も変わらずなクレティエンに嘆息しつつも、セラーナはテントの入り口の布がちゃんとしまっているかを確認し、身に纏っていたローブを脱ぎ始めた。

 艶やかな黒髪がローブから花が咲くように広がる。そして最後に、目元を隠していた眼帯が外された。

 

「相変わらず、息を飲むほどの美しさだね」

 

 セラーナの素顔に、クレティエンは素直に彼女の美貌を賛美する。

 すらりとした顔の輪郭だけでその美しさが窺えた彼女の容貌だが、眼帯を外した彼女の素顔は、魔性と呼んでも差し支えないほどのものだった。

 染み一つない白い雪のような肌と、夜の漆黒を溶かし込んだような黒髪。

 小ぶりながらも形の良い鼻と、切れ目の瞳。それらのパーツが、完全なシンメトリーを描いている。

 

「いけないな、朝になっているというのに、もう一度頑張りたくなるよ」

 

「やめておきなさいな。私が何者であるか、分かっているでしょう」

 

 あのクレティエンが、疲れ切っても更なる興奮を覚える程の美貌。しかし、その中で彼女の瞳だけが、異質な輝きを放っている。

 黄金色の虹彩と、真っ黒に染まった白目。その異質な瞳は、吸血鬼の特徴でもあった。

 

「それじゃあ、セラーナ、これを……」

 

「ええ、感謝いたしますわ」

 

 そう言ってクレティエンは、自分が持つ者と同じ形のワイングラスを彼女に差し出した。

 そこには、同じく真紅の液体が注がれている。

 それを、セラーナは一気に飲み干した。喉を通る鉄の味に覚える快感。一日の渇きが癒されていく感覚に、彼女は「ほぅ……」と艶やかな息を漏らす。

 クレティエンが渡したのは、彼女の血が注がれたワイングラスだった。

 

「クレティエン、本当に良かったのですか? 私のような吸血鬼をかくまうような真似をして……」

 

 セラーナは、この大陸でも忌み嫌われる吸血鬼である。

 そんな彼女がクレティエンと出会い、行動を共にするようになったのは半年ほど前のこと。森の中を一人、陽の光を避けるように茂みに隠れていたセラーナをクレティエンが見つけたのが、二人の出会いだ。

 最初に顔を見た時点で、クレティエンはセラーナの美貌に惹かれた。以降、彼女はセラーナが隠れ、そして生きていくために必要な場所と血を提供している。

 結果、貧血になってしまっているが、そんなことはクレティエンには些細な事。

 

「うん? ああ、別にかまいやしないよ。こう見えて、人を見る目はあるつもりだ」

 

 クレティエンがセラーナをかくまうことを決めた理由は、彼女の美貌に惚れたこともあるが、もう一つ。彼女が抱えている境遇を察したことも大きい。

 逃げたはいいが、行くあてもなく彷徨うその姿が、自分の娼婦旅団にいる娘達と被ったのだ。

 なにより、彼女が持っていた物を見た瞬間、帝国人として、無視するという選択は取れなくなった。

 以降、彼女は錬金術師として雇う形でセラーナをかくまい、その事情のいくらかを知ることになる。

 実際、この旅団には薬と医学の知識を持つ者が必要だったこともあり、セラーナは『蒼の艶百合』に非常に貢献してくれていた。

 同じ時を過ごし、その人柄を見れば、セラーナの人間性が決して世間が言うような邪悪な吸血鬼の者でないことは分かると、クレティエンは言葉を続ける。

 

「でもまあ、何もなくてよかったよ」

 

「ええ、申し訳ありません。油断していましたわ」

 

 セラーナの美貌は、傾国の美女と呼んでも差し支えないほどだ。

 顔立ちもそうだが、なにより隠し切れない高貴な気配が、男達の欲望をどうしても刺激してしまう。その魅力は、人によっては女性すらも虜にしかねないほどだった。

 だからこそ、セラーナは旅団が商売をしている時は表に出ず、ずっと裏方で客に姿を見られないようにしていた。

 しかし、今回不運な事情が重なり、取り返しのつかない騒動になりかけた。

 セラーナが吸血鬼であることが暴露されかねなかったことを考えれば、健人の行動は、まさにファインプレーだったのだ。

 

「ケント・サカガミ……。不思議な方ですわね……」

 

「そうだね、君の美貌に驚きながらも、惑わされたりはしていない。それに、自分を嫌っているルナを助けるあたり、随分とお人よしのようだ」

 

「貴方は、彼を知っているのですか?」

 

 どこか既知を匂わせるクレティエンの口調に、セラーナが問いかける。

 

「詳しくは知らないよ。ただ、人伝に不確かな噂を聞いただけだからね。それも、本人かどうかもわからないし……」

 

 しかし、クレティエンは曖昧な言葉を述べるだけだった。

 吸血鬼として、長く生きてきたセラーナから見ても、彼女の表情からその真意を窺い知ることはできない。

 

「さて、それじゃあ、私はひと眠りすることにするよ。セラーナも、それに気を付けて、ゆっくりと休みたまえ」

 

 そう言って、クレティエンは錬金台を指さすと、テントから出て行った。

 セラーナは雇い主が去った後、ワイングラスを置くと、おもむろに立ち上がり、錬金台を動かす。

 その影には、大人が抱える程の木箱が置かれていた。

 彼女が懐から鍵を取り出し、箱に掛けられている錠を外す。ふたを開けると、黄金色に輝く巻物が顔を覗かせる。

 

 星霜の書。

 

 この世界の過去と未来、すべての事象を記録していると言われるアーティファクトであり、セラーナがあの地に数千年封印されている間、ずっと持っていたもの。そして、あの忌まわしい父が求めてやまない品。

 それが無事にあることに安堵しつつも、セラーナは眉を顰めた。

 これまでずっと、静かに沈黙していたはずの星霜の書。それが、僅かに淡い光を放っている。

 

「これは、どういうことでしょうか……」

 

 まるで、なにかを訴えるように明滅を繰り返す、世界最古の遺物。

 その姿に、セラーナは言いようのない不安を掻き立てられるのだった。

 

 

 




シビ・ブラックブライア
リフテンの大富豪、メイビン・ブラックブライアの次男。
ブラックブライア家の暗部を担い、汚い仕事を請け負ってきた危険な男。
婚約者がいる身にも拘らず浮気をし、それを婚約者に咎められ、さらに追及に来た婚約者の兄を殺害して監獄入りをしている。
牢に捕えられているにもかかわらず、その牢屋の内装は貴族の一室並に豪華で、とても囚人とは思えない生活をしている。
当然、女も連れ込んで楽しんでいたらしい。
しかし、拘束されているという事実に我慢がならなくなり、お伴と衛兵に金を握らせて一時牢を抜け、クレティエンの娼婦旅団で楽しもうとした。

メイビン・ブラックブライア
リフテンで蜂蜜酒醸造所を経営する超やり手の商人。
リフトホールドが帝国側に組み込まれると首長になる人物。
徹底的な結果主義であり、金の為なら身内でも冷徹に利用する。
どうやら、帝国貴族であるクレティエンとは知り合いらしいが、気質的には関わりたくないと思っている様子。

レキナラ
本小説のオリジナルキャラ。娼婦旅団に属するレッドガードの女性。
筋肉質かつ抜群のスタイルと、エキゾチックな容姿が魅力的な美女。
戦士としての気概を見せたアグミルを気に入り、クレティエンと共に彼と一夜を共にした。

星霜の書(太陽)
分裂した星霜の書の一巻で、セラーナが所持している物。
説明不要の超遺物。そして、健人とは縁の深い品。
どうやら、セラーナが所持していた中で、これまでにない反応をしているようだが……?
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