【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第六話 演劇

 数日かけて準備を終えた「蒼の艶百合」はリフテンを出た商隊と共に列を組み、西へと出発した。

 穏やかな春の日差しに照らされながら、一行の旅路は特に問題もなく進んでいく。

 リフトホールドは、スカイリムの中でも緑豊かな土地。針葉樹の木々とホンリッヒ湖から流れてくる涼やかな風に、道中は自然と穏やかな空気が流れていく。

 そして夕方ごろになると、一行は馬車を止めて野営の準備を始めた。

『蒼の艶百合』の少女達も、商隊の男達を相手に商売を始める。

 一方の健人は、相も変わらず裏手で薪割などの雑務をこなしていた。

 今回は錬金術による薬の作成も行った。クレティエンが健人の錬金術の腕を確かめるために作らせ、セラーナがその品質を確認するという流れで。

 ちなみに、試験として作ったのは、この旅団で最も多く使用される薬、避妊薬である。

 薬の効果としては、弱毒化した継続毒。男性の子種を殺すためのものであるので、当然と言えば当然だが、弱めたとはいえ毒であることには変わりない。

 その為、薬の濃度や効果などを慎重に調整する必要があった。

 健人が今まで作ってきた薬は回復薬が主であり、毒はあまり作ったことはない。

 しかし、薬の成分を抽出する基本は変わらない。

 四回ほど作ったところで、セラーナから問題なしという評価を得たので、とりあえず今後は錬金術の手伝いもできるだろう。

 給料も上がるので、健人としてはホクホクである。

 薬の作成を終えたら、次の仕事へと取り掛かる。

 

「あ、おかえりケント。さっそくだけど追加のスープ作って!」

 

 調理場では見習いの少女達があくせくと料理に精を出していた。そのうちの一人、ヴェルナが健人に追加のスープ作りを頼んできた。

 健人は手早く料理に取り掛かる。

 水を汲んだ鍋を火にかけ、湯を沸かしながら、次々に具材を放り込んでいく。

 ニンジンなどの硬い根野菜はすぐに、キャベツなどの葉野菜は沸いてから。そして、具材にちょうど良く火が通ったら、調味料で味を調えていく。

 そんな中、団長であるクレティエンが様子を見に来た。

 健人が「用事はなにか」と尋ねる前に、彼女は彼が仕込んでいたスープを一口すする。

 

「うん、さすがだ! これはインペリアルの帝国貴族でも唸る品だぞ。ところでケント~~。せっかくだから、今夜どうだい?」

 

 この放蕩貴族、随分と食い意地が汚い。

 そして、相も変わらず健人をベッドに誘ってくる。

 そんな彼女を適当にあしらっていると、薬を配り終えたセラーナがやってきて、痴女の蛮行を止めてくれた。

 娼婦たちの出番と聞いて、クレティエンは大テントのほうへと向かってしまう。

 

「お疲れ様ですわね」

 

『いえ、料理は慣れていますから』

 

「そちらではありませんわ。彼女の相手の方です。いい人ですが、変わった人ですから大変だったでしょう?」

 

『変わった人の相手にも慣れていますから』

 

 セラーナの目隠しをした顔の口元が緩み。黒板を掲げる健人もまた、緩んだ苦笑を浮かべた。

 遠くから男達の喧騒と女達の甘い声が響いてくる中、ここだけは静かな空気が流れている。一週間ほど前、ほんの少しだけ互いの身の上を話したが故の、心地よさ。

 互いに隠していることは多く、相手もすべてを語っていないことは理解しつつも、この生温かさが今はありがたい。

 そんな中、演奏を終えたルナが調理場に現れた。

 

「ケント、料理の方は……あ、セラーナも一緒だったんだ」

 

「あらルナ。演奏、終わったのですね」

 

『お疲れ様。何か食べるか?』

 

 迎えてた二人に、ルナはちょっと遠慮しがちに笑みを浮かべると、ケントが掲げた黒板を凝視する。

 

「ええっと、この字って、食べた……だっけ? だから、えっと……」

 

「食べるか? 疑問形ですわ。お腹がすいていないか、尋ねているのです」

 

「あ、なるほど……。じゃあ、うん。軽いもの、ある?」

 

 ルナの要望に健人は頷くと、おもむろに手近にあった皿に手を伸ばした。

 皿蓋を被せた丸皿をルナの前に差し出し、蓋を開けると、香ばしい小麦と甘い香りが舞い上がる。

 皿の上に載っていたのは、編みパンとスノーベリーのパイ。

 元々、客に出すパンを作るために仕込んだ生地のあまりで焼いたものだ。蜂蜜を練り込んだ、ちょっと手のかかった品。

 

「あ、ありがと……」

 

 ルナは差し出されたパンに一瞬目を見開き、何度か視線を健人と皿に行き来させると、おずおずと手を伸ばして編みパンを頬張った。

 しっとりとした生地の甘い感触が口の中に広がり、彼女は目を丸くさせる。

 

「……おいふぃ」

 

 思わず口に出た言葉。気がつけば、ルナはあっという間に編みパンを平らげていた。

 続いてパイに手を伸ばし、齧り付く。

 舌の上で踊る、蜂蜜の甘味。それを包み込むように広がる、スノーベリーの酸味。

 適切なバランスの甘みと酸味が、互いの味をよりいっそう引き立てていく。

 これまでの人生で味わったことのない味に、自然とルナの顔が綻ぶ。

 

「ん、ん、ん……!」

 

 少しでも長く味わいたいのか、先ほどの網パンとは違い、まるでリスのようにパイを頬張るルナ。そんな彼女を、健人とセラーナは微笑ましそうに見守っていた。

 

「……あ、ふ、ふん!」

 

 向けられる生暖かい視線に恥ずかしくなったのか、ルナは思わず背を向ける。

 しかし、パイを頬張ることは忘れないのか、小柄な肩がモゾモゾと動くさまは、よりいっそう小動物感を醸し出す。

 性格は正反対なのに、健人としてはその仕草にどうしてもソフィを思い出してしまう。

 

(別に取ったりしないんだがなぁ……)

 

「ねえ、ちょっといいかな?」

 

 健人が微笑ましくもやや的外れな感想を抱きつつも、ルナが食べ終わるのを待っていると、見習いであるヴェルナが声をかけてきた。

 彼女は大テントからの空になった皿を下げてきたのか、両手に重ねた器や皿を何枚も抱えている。

 

「おかえりなさい、ヴェルナ。どうかしましたか?」

 

「ちょっと、メリエルナにケントを呼んでくるよう頼まれたんだけど……」

 

「あら? 演奏は終わったのでしょう? それに、大テントでの彼の仕事は特になかったと思いますが……」

 

「なんか、追加でもう一つ何かやるらしいの。それで、メリエルナが彼に用があるらしくて……」

 

 ヴェルナの言葉に、健人とセラーナ、ルナは顔を見合わせた。

 どういうことだろうか。

 健人は首を傾げつつも、とりあえず大テントの裏へと向かう。

 ルナとセラーナも、話が気になったのか、健人の後についてきた。

 三人が大テントの裏を覗き込むと、妙に露出のあるドレスを纏ったメリエルナと同じく肌面積が広い鎧を纏ったレキナラがいた。

 

「ああ、来てくれたのですね、ケント様。実は、ちょっとお願いしたいことがありまして……」

 

 健人が来たことに気づいたメリエルナが、嬉しそうな声を上げる。

 彼女の話では、レキナラと二人で新しい見世物を追加しようと計画していたのだが、肝心の役に適した人がいないとのこと。

 本日の最後の出し物は、なんと演劇。芸術も売りにしているだけあり、このような演目まで可能なところを見るに、さすがはクレティエンが率いている一団と言える。

 ちなみに、演劇の内容は、化け物に攫われた乙女を英雄である戦士が助ける物語。なんともコテコテの英雄譚であるが、誰もが共感できる内容となっていた。

 問題なのは、何故かこの演目に健人が抜擢されたこと。

 健人本人としては訳が分からない。

 そもそも、健人は只の丁稚、手子である。演劇などの芸術活動は求められていないはずだ。

 

「それで、その劇の悪役をケントにお願いしたのさ。役柄を考えると、体格的に男性の方が適しているんだ」

 

 そう言って、レキナラは用意していた台本を渡してきた。

 なるほど。確かに英雄譚のヴィラン役に迫力は必要だ。

 できるだけ背の高い者にやって欲しいというのも分かる。

 そして健人はノルドから見れば小柄だが、女性陣よりは比較的背が高い。

 台本に書かれている演技もそれほど大変なものではなく、素人の健人でもなんとかできるかもと思える程度。

 とりあえず彼は、そのヴィラン役について詳しく台本を読み……。

 

『嫌です』

 

 二の苦も無く拒否した。

 

「そう言わずに、お願いいたしますわ」

 

『嫌と言ったら嫌です!』

 

 わざわざ『!』マーク付けてまで拒否する健人だが、メリエルナも引かない。

 

「本日の演目は決まってしまっているのです。お客様方も待たせてしまっていますし、今更何もないとは言えないのです」

 

『いや、自分喋れないんで、演劇とか無理です!』

 

「セリフに関してはルナが担当しますし、今回の役に複雑な動きは必要ないので大丈夫です」

 

「……え、私!?」

 

 健人は自分が失声であることを強調するが、メリエルナは折れない。

 しっかりと声役を配置し、健人の主張を崩してくる。

 ちなみに、ルナの疑問の声はしっかり無視していた。この女性、見た目に反して、やはり神経が相当図太い。

 

『いや、物語のヴィランって主人公、ヒロインに並ぶ重要ポジションでは!?』

 

「実はこの演目、最も重要なのは、その後なのです」

 

(その後? どいうこと?)

 

「ケント、私達は娼婦だ。そして、芸術と共に色を魅せるつまり、濡れ場さ」

 

(…………はい?)

 

「ヴィランを倒した後、英雄役のレキナラと私が、演台の上で交わるわけです」

 

「…………」

 

「だから、物語の悪役は出てきてすぐ消える。そんなに動きもセリフない。素人でも問題ないのさ」

 

『……とりあえず、演劇をするうえで問題ないことは理解しました。でもそれとこれとは別です。そもそも、なんで化け物役が“ハグレイヴン”なんですか!』

 

 ハグレイヴン。

 この存在を一言で言えば、魔法によって変質した魔女である。

 魔女である以上、性別としては女性。

 健人もソルスセイムにいた時に会ったことがあり、戦闘になったこともある。

 人から変質するほど魔法に傾倒しただけあり、とにかく強力な魔法を使ってくる。

 その外見はカラスという表現がぴったりで、病的で細長い体躯と、曲がった背。そして、しわがれた顔と鳥のかぎ爪のような手足と、人とはかけ離れた容姿をしている。

 そして何より問題なのは、身に着けている衣装。

 ハグレイヴンは魔術にのめり込みすぎたため、身を飾るということはない。

 はっきり言って汚く、上半身にぼろ雑巾としか思えない衣しか身に着けていないのだ。

 そう、下半身は何もない。真っ裸なのである。

 一応、一番重要な体の前は垂れ下がっている上半身の衣装で隠されているとはいえ、そんな恰好、健人としては出来るわけがない。

 

「どうしてもだめですか?」

 

『ダメです』

 

 にべもない健人の返答に、メリエルナは心底残念そうに俯く。

 

「仕方ありませんわね……」

 

 諦めたか。健人がそう思った瞬間、メリエルナの目がギラリと光り、次の瞬間、背後に回ったレキナラが彼を拘束した。

 

(ちょ!?)

 

「悪いなケント、大人しくしてくれ」

 

 突然両脇に腕を通され、拘束された健人を前に、メリエルナはニンマリと人相の悪い笑みを浮かべる。

 

「前々から思っていましたの。ケント様は、今回の役に非常に適していると……。私、演劇には手を抜きたくないのです」

 

 ですので、無理やりにでも参加していただきます。

 そう宣言すると、メリエルナは健人の上着に手をかけた。

 ガシッ! と力強く彼の服を握りしめ、無理やり脱がそうと試みる。

 

「大丈夫です。お礼は終わった後に体で払いますから……!」

 

(要らねえよ! っていうか、服を脱がそうとするんじゃない!)

 

「むう……、随分と暴れますわね……! あとで気持ちよくして差し上げると申していますのに……!」

 

「メリエルナの、為にも、お前には……この役をやってもらうんだ……!」

 

(放せ~~~!)

 

 服を脱がそうとするメリエルナ、必死に押さえ込もうとするレキナラ、そして逃れようとする健人。

 三者がやいのやいのと騒ぐ中、ルナとセラーナを始めとした外野は茫然と事の成り行きを見守ることしかできなかった。

 

「はあ、はあ、はあ……ケント、抵抗するんじゃないぞ!」

 

 そんな中、いつの間にか騒ぎを聞きつけてきたクレティエンが混ざっていた。

 もちろん、目的は健人の裸を見ることである。当然、彼女は既に全裸。この貴族、相変わらずブレない。

 

(触るんじゃない、この変態!)

 

「げふ……!」

 

 健人も容赦なく、腰に飛びついてきたクレティエンを蹴飛ばした。

 メリエルナとレキナラ相手ではまだ躊躇があるが、この欲に爛れた貴族は別である。

 

「ぬうう、雇い主を足蹴にするとは……。みんな、ケントを押さえ込むんだ! 手を貸してくれた人には、金貨三枚をあげるぞ!」

 

(おいこらテメエ!)

 

「え、ほんと!?」

 

「ケント、大人しくしてね!」

 

「私達の臨時収入の為に!」

 

 足蹴にされた貴族の仕返しに、成り行きを見守っていた他の娼婦たちの目が一斉にお金色に輝いた。

 そして娼婦達は容赦なく健人に群がり、その衣服をはぎ取っていく。

 

(やめ、やめろ~~~!)

 

「…………」

 

 数分後、大テントの裏には、ハグレイヴンの衣装を着せられた健人が佇んでいた。

 心なしか、その瞳は灰色に染まり、生気というものを失っているように見える。

 ちなみに、メリエルナが用意したハグレイヴンの衣装自体は素晴らしいものだった。

 烏の羽を模した飾りや、鋭い付け爪。それから皴がれた顔を模した仮面など、一切抜かりがない。

 ちなみに、男性の象徴を押さえ込むための下履きも履いているが、その布面積は最低限。ちょっと前かけがズレただけで、鼠径部まで見えてしまう。

 すべてが、色々な意味で吟味に吟味を重ねた品。よくもまあ、ここまで凝った衣装を作ったものである。芸術関係にも優れた者が多い『蒼の艶百合』らしい衣装ともいえた。

 しかし、無理やり化け物に女装させられた健人にとっては、むしろよりいっそう心荒むものでしかなかった。

 

(股が、股がスース―する……)

 

 生まれてから、このような辱めを受けたことなどない。

 男のこんな格好、誰が見たいのだろう。

 

「やっぱり、凄くお似合いですわ!」

 

「ふおおおおお! 滾る、滾るぞ~~~!」

 

 訂正、ここにいた。

 同性愛者と稀代の変人が、興奮を隠しきれない様子で声を上げている。他の娼婦たちも、キャーキャー騒ぎ立てていた。完全に玩具扱いだ。

 女達のあまりの奇声に、大テントの中からは困惑の気配が漂ってきている。

 そんな中、セラーナとルナだけが、非常に微妙な表情で健人を見つめていた。

 

「ええっと、その……」

 

「大丈夫です、見てはおりませんから……」

 

(……何を?)

 

 もはや尋ねる気力すらない。

 

「それじゃあ、よろしく頼むよ。はい、これ……ぷっ!」

 

 健人がどこまでも暗い顔で肩を落としている中、笑いを押し殺しきれない様子で、レキナラが妙な杖を渡してくる。

 ねじ曲がった枝と、烏の羽の衣装を施された杖。

 おそらく、ヴィラン役としての小道具なのだろう。

 そして抵抗する気力すら無くした健人は、そのまま大テントの中へと引きずり込まれていった。

 先ほどまでメリエルナが歌を披露していた舞台に放り込まれ、男達の視線が一斉に向けられる。

 

「時は遥か昔、愛し合う騎士と姫を妬ましく思った醜いハグレイヴンが、邪悪な魔法で姫様を攫ってしまいました。騎士は姫を助けるため、一人、邪悪な魔女のねぐらへと赴きます」

 

 そして、勝手に始まるナレーション。内容は使い古された、健人としては某土管工と桃姫様の物語なのだが、この手の類の娯楽が非常に少ないスカイリムでは十分な娯楽。

 突然の演劇に男達が拍手をする中、一部の男達の視線は女装した健人に向けられていた。

 

「おい、アイツ、男か?」

 

「すげえな、この旅団。あんな男娼も用意しているのか」

 

 美しい女性達の登場に観客の男達テンションが爆上がりする一方、健人のテンションは奈落の底をさらに突き抜けて落ちていく。

 歓声に紛れて聞こえてくる、怪訝な男達のセリフも、より一層彼を落ち込ませた。

 その後のことは、健人はあまり覚えていない。

 かつてソルスセイムを旅していた時の怒りを思い出しながら、ルナのセリフに合わせてヤケクソに演技をしたという意識だけはあった。

 演目自体はかなり盛況で、客の男達の反応も良く、ハグレイヴン役が女装した男であることも、かなりの火付けになった様子。

 健人の遠のく意識とは裏腹に、勝手に進んでいく舞台。そして最後は、クライマックスである最終決戦へと向かう。

 

「見つけたぞ、忌まわしい化け物め! 私の姫を返してもらうぞ!」

 

「来たか、忌まわしい奴め。貴様の前にこの美しい姫の皮を剝いでやる!」

 

 舞台裏でのルナのセリフと共に、レキナラが、両手に持った木剣で斬りかかってきた。

 迫る木剣を、健人は渡されていた杖で受け止める。

 カアーーーン! と甲高い激突音と共に、衝撃が健人の腕に走る。女性とは思えないほどの強烈な一撃だった。

 

「すまんな、見せ場なんで、頑張ってくれ」

 

(……はい?)

 

 至近距離まで顔を近づけながら、レキナラはそんな言葉を口にする。

 そして彼女は、健人を突き飛ばし、滑る様な連撃を繰り出し始めた。

 健人が武術の心得があると知ってか、レキナラの剣戟に遠慮はない。

 下手に直撃を受けたら、大けがをする可能性もあるほどの容赦のなさに、健人は声の出ない口で叫ぶ。

 

(ちょっとおおおおおお!)

 

 もっとも、そんな無言の悲鳴を聞いてもらえるはずもなく、彼女の連撃はどんどん加速。それに合わせて、観客達のテンションも最高潮へ。

 どうやら、レキナラの剣舞にノルドの血が騒いでいるらしい。

 

「はああああ!」

 

 これ以上は付き合ってられない。

 健人はレキナラが放った渾身の一撃に合わせて跳躍、そのまま大きく吹っ飛んだように見せかけ、大テントの裏に転がり込んだ。

 既にテント裏には、ルナとセラーナ以外誰もいない。娼婦たちは男達の元に向かい、見習い達も仕事に戻ったようだ。

 力なく地面に倒れ伏す健人に、唯一残っていたセラーナとルナが心配そうな表情で歩み寄る。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

「ま、まあ、素人の演技にしては悪くなかったと思うわよ?」

 

 大丈夫じゃないし、慰めにもならないよ。

 大テントの方では歓声と、主役二人の喘ぎ声が聞こえてくる。

 どうやら、もう一つの見せ場に移ったらしい。

 健人はのろのろと立ち上がると、白墨を走らせた黒板を掲げる。

 

『今日はもう休みます』

 

「そ、そうね。後片付けはやっておくから」

 

「ゆっくり休んでください」

 

 二人の気づかいに感謝しつつ、健人はトボトボと自分のテントに向かった。

 彼のテントは、娼婦たちのテントからは離れた場所に設置してある。

 正直、今日はもう何もする気がない。さっさと寝てしまおう。

 そしてテントの入口に手をかけたその時、背後から近づく気配に、思わず振り返った。

 

「数日ぶりだな」

 

(この人は……)

 

 そこにいたのは、重装鎧を纏ったオークの戦士だった。

 確か、名前はデュラック。ドーンガードと名乗る吸血鬼ハンターの一人だ。

 

『どうして、この商隊に?』

 

「当然、吸血鬼について、他の町や村々に警告するためだ。我々だけで回ってもいいが、こうやって護衛をしながらなら、より多くの者達を守りつつ、先立つものも得られる」

 

 路銀稼ぎと吸血鬼に対する護衛と警告。一石二鳥というやつなのだろう。

 しかし、今ここにいるのは彼一人。他の隊員はどうしたのだろうか?

 

「アグミルとキーロは、別の場所を見回っている。吸血鬼だけでなく、獣の気配もないか警戒しておくにこしたことはない。この辺りは最近、妙に臭いからな……」

 

(臭い……)

 

 重く、なおかつ含みを漂わせる言葉。その裏に匂う吸血鬼の存在に、健人は自然と目を細める。腕を組み、ふん……と鼻を鳴らすデュラックの瞳は、ある種の確信と憂いを漂わせていた。

 少し、話を聞いてみたくなった健人は、黒板に白墨を走らせて掲げる。

 

『なにか、気になることでも?』

 

「少し前から、リフテンで奇妙な事件が起こるようになった。殺人だ」

 

 リフテンは、モーサルとは違う意味で影を漂わせた街だ。

 権力者であるブラックブライアが、ある種のマフィアのように幅を利かせる街。

 平和とは、権力者が暴力装置を独占している状態と考えれば、力を持つ存在が二つある街が、穏やかになるはずもない。

 それは健人も、リフテンに入った段階でなんとなく察していた。脳裏に廃墟と化したオナーホール孤児院が浮かぶ。

 孤児院の院長が殺され、閉鎖されたまま何年も放棄されていることを考えれば、否が応でも街の治安レベルは感じ取れてしまう。

 

「最初は……子供の死体だった。郊外で発見され、検死した衛兵の話では獣に食われて損壊が酷かったが、体にいくつもの傷がつけられていた。死因は大量の血を失ったことによる失血死らしい」

 

 つまりは、明確な殺しだ。

 続くデュラックの話に、健人は静かに耳を傾ける。

 

「しかし、それでもその時は悲惨ではあれど、特に気にする者はいなかった。所詮街の外で起こった話だからな。しかし、その後、街の水路で大人の死体も見つかるようになった。こちらも死因は失血死。同じく、相当損壊した状態で発見されている」

 

 犠牲者はここ一か月で十人。最初の三人が子供で、後は大人が六人、子供が一人という状態だ。確実に街に忍び寄っている死の気配。だからこそ、デュラック達はリフテンの街を訪れたとのこと。

 

『街の人たちは、気にしなかったのか?』

 

「リフテンで殺しは珍しくはない。それに、言っただろう? 死体の損壊が酷かったと。市民の中には、街の死体は水路に落ちてスローターフィッシュに食われたと思っている者も多い。街の外で見つかった子供の死体などは言わずもがな。気にしているのは一部の市民と衛兵だけだ」

 

 それでも、デュラックは確かめずにはいられなかったのだろう。

 

『なら、どうして今のタイミングで町を離れたんだ?』

 

「言っただろう、臭うのだと。吸血鬼共の匂いは特徴的だ。常に血の匂いを漂わせているからな。普通の者には分からぬが、俺には分かる。奴らは今、街の外にいる」

 

「…………」

 

『忠告、ありがとうございます』

 

「気にするな。それにできるなら、協力してほしいと思ってるが故の助言だ」

 

 実際、デュラックとしては未だに健人にドーンガードに参加してほしいのだろう。

 そのまっすぐな気質は健人には非常に好感が持てる。同時に、そんな彼の頼みに応えてやれないことが、なんとなく心苦しかった。

 

「それから、その……なんだ」

 

「…………?」

 

「そろそろ、着替えたらどうだ?」

 

「…………」

 

 先ほどまで闊達な物言いだったデュラックの尻すぼむセリフに、健人は再び自分の情けない姿を思い出した。

 再びどん底に落ちていくテンション。着替えなかったんじゃない。着替えられなかったんだ。さすがに、セラーナ達がいた大テントの裏で裸になるなんてできない。

 デュラックとしては悪気などないのだろうが、今だけはタイミングが悪すぎた。

 健人は無言でデュラックに背を向けると、自分のテントから一度離れて調理場へと向かう。そして、手近にあった酒瓶を三本ほど、無造作に取る。

 ソルスセイムで荒れていた時以来、やけ酒というのはしていなかったが、こんな日はもう飲まないとやってられない。

 持ってきた酒のうちの一本のコルク栓を抜き、一気に煽る。テントまで待つ気すら起きない。

 

「あ、すまな……」

 

(……退いてくれます?)

 

 戻ってきた健人の異様な様子に、デュラックが額に汗を流しながらスッと逃げるように脇に逸れた。

 そのままデュラックを無視してテントに入ると、飲みかけの一本目を早々に空にし、続いて二本目のコルクを開ける。

 

(後のことなんてもう知るか~~~!)

 

 そして一分足らずで二本目、三本目を飲み干すと、衣装を脱いでベッドロールに包まり、瞬く間に眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 ホンリッヒ湖の南で灯る幾つもの明り。それに照らされたテントの群れを、丘の上から黒い一団が見下ろしていた。

 統一性のない、汚い鉄の装具を纏った男達は、何かを待つようにじっと眼下を見つめている。

 そんな中、ひときわ目立つのは二人の男。

 一人は一団の中央に立ち、地面に突き刺した剣に両手を預け、どっしりと構えている。

 その身に纏う動物を模した鎧。ノルドの刻印鎧も相まって、明らかにこの一団のボスであることを匂わせる風格だ。

 被っている兜からは、黒に近い茶色の縮れ毛が覗いている。彫りの深い顔立ちを考えれば、ノルドであろう。

 もう一人は、ボスの傍に控える男。こちらは背が高くも、どちらかというと細見で、エルフの鎧を改造した軽装鎧を纏う優男風の人物だった。細長くとも適度に焼けた肌色。こちらはおそらくインペリアル。それも、副官の立場にいる人物だろう。

 そんな二人が率いる一団に、二つの影がテントの群れの方から近づいてきた。

 

「はあ、はあ……お待たせしました!」

 

「あいつら、随分と羽目を外してました! 見張りもまだ少しいますが、俺達の敵じゃないですよ!」

 

 二つの影は、この一団の斥候だった。

 一人は褐色の髪、もう一人は、縮れた茶髪の少年。年の頃はかなり若く、おそらくは十代前半。興奮した様子も相まって、どこか幼い印象を覚える。

 

「そうですか。サミュエル、ロアー、二人ともよくやりました」

 

「あ、ありがとうございます! サージさん!」

 

「へへ……!」

 

 そんな二人を、副官の男は優しい声でねぎらう。

 褐色の髪の少年、サミュエルは歓喜を上げ、縮れた茶髪のロアーは嬉しそうに目を細めて鼻をかく。

 少年たちの報告を聞いた副官サージは、改めてボスに向き合う。

 

「頭領。どうやら、良い頃合いかと」

 

「そうか。じゃあ、始めるぞ、野郎ども! あそこには、金をたんまりと貯め込んだ奴らがいる。恵まれない俺達の為に、ほんの少し、分けてもらいに行こうじゃねえか!」

 

「「「おおおおおおお!」」」

 

 そして山賊の頭領の宣言と共に、男達は武器を抜き、無防備な商隊へと襲いかかった。

 

 

 

 





ということで、久しぶりのお話、いかがだったでしょうか?
今回は健人君の女装回。扮したのはハグレイヴン。
ちなみに、股間を隠していた下履きは温情。メリエルナとしてはそれも無しでやってもらいたかった。
魔術によって肉体が変質した魔女なら、生えていてもおかしくない! むしろ生えて! というのが彼女の言。この女、人として大事な何かを失っている……。

以下 登場人物紹介

メリエルナ
本小説オリジナルキャラ。蒼の艶百合でトップを張る娼婦。
その美麗さと令嬢然としたふるまいとは裏腹に(ある意味では当然のごとく)、クレティエンに並ぶ変態。

レキナラ
本小説オリジナルキャラ。メリエルナの恋人。
剣士としても心得があるのか、完全にオフモードだったとはいえ、健人をそれなりに驚かせている。


デュラック
DLCの登場人物。
ドーンガードに属する戦士。ここ最近リフテンの周辺で起きている異変について話すも、不用意な一言のせいで、健人の機嫌大きく損ねてしまった。
あまりにもどす黒い健人の気配に、思わず冷や汗を流しながら道を譲る。
今回は唯々タイミングが悪かった。

山賊の頭領
こちらもオリキャラ。
ホンリッヒ湖南からファルクリースホールドの境界まで、広い領域で活動している山賊の頭領。
ノルドの刻印鎧を纏うノルド。

サージ
オリキャラ。
山賊の副官。軽装鎧を纏うインペリアル。

サミュエル
山賊の下っ端。ここ最近、山賊になった新米。
スカイリム本編が始まった第四期201年時点よりも成長した姿だが、ゲーム本編でも登場している。

ロアー
サミュエルと同じく、山賊の下っ端。
こちらもゲーム本編でも登場している。
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