【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
演劇が終わり、娼婦たちが見繕った客達と自分のテントに戻った頃、ルナは本来健人がやるべきだった片づけをしていた。
湖の岸辺で運ばれてくる皿を洗うだけの作業だが、元々大人数の商隊だ。すぐには終わらない。
「ふう……」
こびり付いた汚れを湖の水で落とし、布巾で拭う。
次から次へと運ばれてくる皿の山を崩して積まれ、崩しては積まれるを繰り返す。
そんな単純作業を続けていると、思考と体は自然と切り離され、思い出したくもない過去が脳裏に浮かんできた。
ボロボロの孤児院。並ぶ四つの小さなベッド。額にしわを寄せて仁王立ちする老婆と、並ばされる自分を含めた四人の孤児達。
『いったい誰のおかげで、飯を食えると思ってるんだい、この恩知らず! お前のような薄汚い子供なんて、外に出ればネズミの餌になるだけだってのに!』
グレロッド。
スカイリムでも数少ない孤児院の経営者だった老婆。
街の人たちは親切者なんて呼んでいたけど、その実、すさまじく偏屈で、怒りっぽく、子供達を物のように扱う女性だった。
グレロッドの孤児院、そこで思い出の大半の占めているのは、暴力だ。言葉で、手で、あらゆる手段で受けてきた、痛みの記憶。
『仕事を怠ける者は、もっと痛い目に遭うよ。分かったかい!?』
一言口答えしただけで打たれ、棒で殴られ、腹を蹴られた。食事を与えられず、着の身着のままで庭に放置されることもあった。
泣いても、叫んでも、誰も助けてくれない。
街の人達も、憲兵も見て見ぬふり。
コンスタンス・ミッシェルという孤児院唯一の手伝いだけは、そんな私達を気にかけてくれたけど、経営者であるグレロッドは聞く耳を持たず、むしろ私達へよりいっそう激しくなじり、打つようになるだけだった。
『それともう一つ。養子の話はもうご免だよ! お前たちみたいなろくでなしは誰も養子になんかしてもらえない。お前達を欲しがる者などいないんだから。さあ、どうなんだい!?』
抵抗する気力なんて、孤児院に来て三日で無くなった。
くうくうなるお腹を必死に抱え、体を震わす寒さから少しでも逃れようと蹲る毎日。
『それが、お前たちがここにいる理由だよ。だから、大人になって、あの広くて恐ろしい世界に放り出されるまでは、ずっとここにいるんだ。さあ、みんなどうなんだい?』
だから、その恐怖から逃れようと、孤児院の誰もが、元凶である老婆に必死に媚びた。
逃げ出す孤児もいたけど、その時には既に私には逃れようとする気力もなくなっていた。
「「「「ありがとうグレロッド、私達も大好きだよ」」」」
心にもないことを口にして、勘気に触れないように部屋の端に縮こまって……。
でも、そんな私の小さく、冷たい世界は壊された。他ならぬグレロッドの死によって。
「ぎゃあああああああ!」
今でも覚えている。
三年前の冬。あの老婆は自室で一人、死んでいた。背中に黒い短剣を刺されて。
傍の床には、黒い手形を貼り付けた手紙が落ちていた。
誰がやったのかは分からないが、なんとなく想像はついた。多分重要な手がかりでもあったんだろう。だけど、そんなことは私達にはどうでもよかった。
「ははは、死んだ死んだ! グレロッドが死んだ!」
私達は、沸き立つような歓喜に叫び続けていた。
もう、心にもないことを口にしたり、恐怖を押し殺して笑顔を浮かべたり、我慢しなくていいんだと。こんな辛くて、痛みしかない場所からは解放されんだって。
他の孤児院の子供達も同じだったのか、皆が皆、喜び、叫び、そしてここまで私達を虐めてきたグレロッドをなじっていた。
でも、分かっていなかった。本当の地獄は、これからはじまるんだって……。
グレロッドがいなくなった孤児院は、あっという間につぶれた。領主から貰えていたはずのお金が無くなったのだ。
理由は、分からない。
孤児院の経営を引き継いだミッシェルは頑張って私達を育てようとしてくれたけど、無理だった。
ミッシェルはなんとかお金を工面すると言って孤児院を出て、それから戻ってこなくなった。逃げたのか、死んだのかすらわからない。
そして彼女がいなくなって二週間後。孤児院は閉鎖され、私達は追い出された。
その後は、思い出したくもない。
唯々必死に生きた。腐った食べ物を口にし、市場の店で盗みを働く。
でも、そんな生活が長く続くはずもなかった。
孤児院から一緒に追い出された一人、フランソワは盗みがバレてつかまり、殴り殺された。そして他の二人は……。
唇を噛み締め、頭を振って、過去から思考を引き剥がす。
その時、突然遠くから騒音と怒号が響いてきた。
「……! ……っ、っ!!」
「……え?」
聞こえてくる怒号、悲鳴、甲高い金属音。
後ろの草むらがガサリと音を立て、知らない二人の男が姿を現す。
「ここにもいたぞ!」
「よし、捕まえとけ。逃げられるなよ!」
「ひっ……!」
垢と土のすえた臭いと見下ろしてくる血走った眼、所々錆びた鎧。明らかに普通の農民とか商人とか、そういう類の人間ではない。
そもそも、商隊にいた人間でもない。
なにより、その手に持った鈍い光を放つ剣が、否応なくあの時を思い出させる。
『おい、そっち押さえろよ!』
『へ、へへ……大人しくしてくれよルナ、すぐに終わるからさ』
脳裏によみがえる、忌まわしい記憶。
全身が震え、視界が狭まる。逃れたいと思っても、逃れられない。
こみ上げてくる恐怖に、呼吸も荒くなっていく。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
「ん? なんか変な娘だな。病気持ちか?」
「いぁ、あ、うあ……」
「いや、怯えているだけみたいだな。顔色も悪いわけじゃないし、大人しくしているなら好都合だ。おら、来い!」
山賊の一人が、私の腕を掴み、そのまま力づくで引っ張っていく。
どこに連れていかれるの? 何が起きているの!?
怖い、怖い、怖い、怖い……! 離して、離して、離して……!
痛いのは嫌、痛いのは嫌、痛いのは嫌……!
「おら、乗れ!」
恐怖で混乱していた私の体が、突然普通巻に包まれ、続いて全身を打たれたような衝撃が走る。
「痛っ……!」
放り込まれたのは、いつの間にか用意されたいた馬車の荷台だった。
よく見れば、同道していた商人達の馬車だ。多分、この男達が奪ったのだろう。
思わず周りを見渡せば、同じように奪われた馬車に、裸のままの商人や護衛、そして『蒼の艶百合』の娼婦たちが詰め込まれている。
その時、詰め込まれた人達の隙間から、眼帯をした女性が姿を現した。
「ルナ、無事でしたか!?」
「セ、セラーナ……いったい、なにが……」
「静かに……どうやら、山賊たちに襲われたみたいです」
何をされるのだろう。馬車に放り込まれた痛みで一瞬忘れていた恐怖が蘇る。
彼女は私の頬に手を当て、傷がないか確かめると、一瞬だけ、ホッとしたように口元を緩ませた。
「どうやら、彼らは私達を殺すつもりはないようです。しばらくは大人しくしていましょう」
向けられた安堵の感情。それが私の胸を打つ。
ごく自然に出た、大した意味のない言葉。でも今の私には、空から垂れてきた一本の蜘蛛の糸に思えた。
だからなのだろう。心身を蝕んでくる恐怖から逃れるかのように、私は思わずセラーナのローブに縋りついた。
震えを押し殺そうと力いっぱい握った手が、彼女のローブにくしゃりと深い皴を刻む。
「大丈夫ですルナ、大丈夫です……」
そんな私を、セラーナは優しく抱きしめてくれた。
今の彼女がどんな顔をしているのかは分からない。そもそも、眼帯をつけた彼女の表情は分かりにくくて仕方ない。
でも、向けられる優しさが、耳元で囁いてくれる声が、包み込んでくれる温もりが、壊れかけていた私の心を繋ぎ止めてくれている。
まるで、少し前に私を助けてくれた、彼と同じように……。
「……ケントは?」
傷つけ、奪い取っていくだけの男達とは違う、穏やかな気配の人。罵詈雑言しか向けなかった私に、何故か優しさを向ける奇特な男性。
私が乗せられた馬車に、声の出せない奇妙な青年の姿はなかった。
「分かりません。別の馬車に乗せられているかもしれません」
セラーナも、ケントはどうなったのかは知らないらしい。
もしかしたら山賊たちに……。
血まみれになって倒れ伏す彼の姿が脳裏に浮かぶ。
その瞬間、全身に震えが走った。
(なに、これ……)
先ほど感じていた、男達に暴行される恐怖とは少し違う感覚。
まるで心臓が引き抜かれたかのように、全身が冷たくなっていく。
感じたことのない未知の恐怖に、私は当惑し、気がつけば唇を強く噛み締めていた。
「大人しくしてろ!」
「こいつ、随分と抵抗しやがって……!」
「ちょ、やめてくれ、これ以上ぶたないでくれ!」
豪華な服を纏った商人が、山賊に両脇を固められ、引きずられながら隣の馬車に放り込まれた。
商隊の残りは彼で最後だったのか、細身の男が山賊の長と思われる男に歩み寄っていく。
「頭領、終わりました。しかし、数人の商人がオークの護衛と共に逃げましたそうです。追わせますか?」
「いや、いい。あのオーク、見たところ相当手練れだ。下手に追えば返り討ちに遭う。今は持てるもん全部持って撤収するぞ」
「分かりました」
「よし、野郎ども、撤収だ! 何も残すなよ!」
男達の雄叫びと共に、馬車が歩み始める。
そして私はセラーナや旅団の皆と一緒に、山賊の虜囚となったのだった。
時間を少し遡り、山賊たちが襲撃を開始してすぐの頃。
山賊の新人、サミュエルとロアーは、先輩の山賊達と同じく、見つけた商隊への襲撃に参加していた。
先行していた先輩たちが護衛の兵士を掃討していたくれたのか、目立つ脅威はない。
そして目の前には、商隊の商人たちの荷物があちこちに置かれている。
「見ろよロアー、食い物がいっぱいあるぜ……!」
「こっちには金貨が持ちきれないほどあるよ! へへ、全部いただいていこうぜ!」
今までは新米ということで、先輩達が商人から金品や女達を奪っていく様を羨ましそうに見ているしかなかった。
しかし、今日、彼らは初めて略奪に参加することを許された。
故に、二人は目の前の得物を前に頬を歪ませ、目移りさせる。
もちろん、奪ったものを勝手に自分のものにすることは許されない。それでも、一人当たりの分け前は増えことから、二人は嬉々として、商人達の持ち物をポケットに詰め込もうとしていた。
「このクソガキども!」
「うわ!」
そんな二人の横から、突然現れた大男が蹴りを放つ。
重い蹴撃は鎧に守られたサミュエルの脇腹に刺さり、彼の体を数メートル吹き飛ばす。
山賊の新米二人を襲ったのは、大柄なノルドの男。
上半身は裸だが、その両手斧を携えたその姿は、いっぱしの戦士の風格を漂わせている。
「サミュエル!? この野郎、うわ!?」
そんな男に、仲間を襲われたロアーが怒りのまま斬りかかる。
だがロアーの一撃は、護衛の大男に容易く弾き返された。
あまりの衝撃に、ロアーの剣は弾き飛ばされ、彼は情けなく尻餅をつく。
当然だ。相手はかなりの修羅場を潜り抜けた戦士。浮浪児上がりの新米山賊。しかも、まだ十代前半の少年であるロアーの力任せの剣など、通用するはずもない。
「死ね、小悪魔」
「ひっ……」
大男の両手斧が、ロアーの脳天めがけて振り下ろされた。
鋭く、硬質な刃は、人間の骨など容易く断ち切る。
得物を失い、元々戦士として未熟なロアーが、この一撃から逃れる術はない。
「させませんよ」
「ぐお……!」
しかし、その両手斧の一撃を、横から割り込んできた影が弾き飛ばした。
割り込んできたのは、細身のインペリアル。
右手にエルフの片手剣を、左手にオークの短剣を携えた彼は、柔和な笑みを浮かべたまま、御男とロアーの間に立つ。
「二人とも、無事ですか?」
「サージさん!」
「げほ、げほ……! は、はい、なんとか……」
「ち、このクソガキの仲間か。それにしても、見張りの奴らは何をやってたんだ」
大男が吐き捨てる。
今回の商隊は百人ほどの大所帯。商人が十名、付き添いの丁稚が四十名、護衛三十名、娼婦たちが二十名ほどだ。
それだけ人の目が多く、当然ながら見張りも多い。
護衛だけでなく、商人の丁稚たち十名ほど見張りに参加していた。
確かに、飲んで休んでいた者達もいたが、それでも十分な数の目が周囲を警戒していたはずなのだ。
にもかかわらず、山賊たちは商隊の防衛線の最も内側まで入り込んでいる。
「さあ、どうやってでしょう……ね?」
「ぬうううううう!」
小馬鹿にしたようなサージの口調。それが、大男の苛立ちにさらなる油を注ぐ。
サージめがけて振るわれる両手斧。
手加減など最初からなく、先ほどの未熟者達を相手にしていた時とは比較にならないほどの剛撃が、サージに襲い掛かる。
その一撃を、山賊の副官は片手の短剣だけでいなした。
続く返しの横薙ぎ、続く斬り上げも難なく躱すと、サージは右の片手剣を突き入れ、大男の方を裂く。
「くっ!?」
「抵抗は無駄です。大人しくしていれば、これ以上傷つけることは致しませんよ?」
「黙れ! お前らのような、人の生き血をすするような輩に降伏などするか! おおおおおおおおおお!」
傷を負っても、大男の戦意は衰えない。勇ましく雄叫びを上げ、自身の限界を振り切るように、両手斧を繰り出す。
しかし、サージの技量はこの大男を完全に上回っていた。その膂力差を、容易く覆すほどに。
大男が放った渾身の一太刀は完全に見切られ、サージが軽く身を逸らすだけで躱された。
どれだけ気勢を上げても、どれだけ速く得物を振るっても、大男の両手斧はかすりもしない。
「ぐっ……!」
逆に、反撃として振るわれた剣が大男の胸を裂く。
まるで力の差を見せつけるような立ち合い。実際、それほどの差が両者の間にはあった。
この護衛とて、伊達にここまで己の武勇で生き延びてきたわけではない。
実際、この大男の力量は、帝国軍、ストームクローク、どちらの軍も欲しがる人材だろう。雇われてすぐに百人の兵士を任せられても可笑しくないほどだった。
「やはり、かなりできる戦士ですね。この二人は当然ですが、うちの精鋭でも勝てないでしょう……しかし」
「ぐお!?」
それでも、サージの剣腕はそのさらに上を行った。
高速で振るわれたサージの双剣が、相手の両太ももを切り裂く。
自らの体重を支えられず、大男は地面に倒れ伏す。彼の手から離れた両手斧が、決着をつけるように地面に落ちて乾いた金属音を響かせる。
護衛の中で最大の脅威が無力化され、二人の戦いをただ見るしかできなかったサミュエルとロアーがようやく身を起こす。
「すみません、助かりました」
「いいのですよ。見たところ、かなりできる護衛のようです。二人にはまだ荷が重かったでしょう」
サージは倒した大男を、懐から取り出したロープで手早く縛り上げる。少し傷を負わせてしまったが、これだけ生命力のある男だ。十分商品になるだろう。
山賊の主な収入源の一つに、奴隷売買がある。襲って捕縛した人間を売る商売だ。
人間は金を産む資源であり、力の礎。都合よく使える人材を欲しがる者は数多くいることを、この副官は理解していた。
一方、そんな副官の考えをよそに、いいようになぶられていたサミュエルとロアーは、怒りを漂わせた瞳で虜囚となった護衛の大男を睨みつけている。
せっかくの初仕事。それを、こんな形で恥をかかされたのだ。
生きているなら御の字、最終的に儲けられるならいい。そう割り切れるほど、この二人は成熟していなかった。
「なにをしているんです。行きますよ」
「は、はい」
「ちっ……」
山賊でありながら、この一団の統制は非常にとれていた。襲撃の際も襲撃班と予備班の二つがあり、それぞれが同等の仕事をこなせるほどの人員が配置されているほどだ。
サージは後始末を待機している後詰めの予備班に任せ、サミュエルとロアーを率いて再び略奪を始める。
次に三人が向かったのは、娼婦たちのテント群から少し離れたところにぽつんと立つテント。
先行したサミュエルとロアーはテントの入口をそっと開け、中を覗くと、思わず首を傾げた。
「サミュエルさん、ちょっと……」
「あれ見てください」
二人に促され、サージがテントの中を覗くと、ベッドロールに包まった一人の青年が呑気に寝息を立てていた。
そのあまりの呑気な様子に、鉄火場の緊張も忘れ、三人は思わず目をぱちくりさせる。
見たところ、ノルドでもインペリアルでもブレトンでもない、見たことのない顔立ちの人種。
自分達の襲撃の騒音は既にかなり鳴り響いているはずなのに、随分と神経の太い人物のようだった。
「……寝ているみたいですが」
「おいお前、起きろ」
「くぴ~~、すか~~……」
「起きる気配がありませんね……」
サミュエルが精いっぱい威圧的な声を意識して寝入っている青年に話しかけるが、肝心の人物はねむりのせかいからもどってくるようすがない。
「こいつ……起きろ!」
無視されたサミュエルが怒り任せに、携えていた剣を振り下ろす。
ゆらゆらと、剣先が定まらない、頼りない剣撃。案の定、サミュエルの剣は青年が寝返りをうったことではずれた。
「サミュエル、なにやってんだよ……」
「だ、だって……」
「そんなへっぴり腰だから避けられるんだろ」
「くそ……!」
切っ先が地面にめり込んだ剣を引き抜きながら、サミュエルは再び剣を青年に振り下ろそうとする。
「サミュエル、下がりなさい」
「で、でもサージさん!」
「いいから、下がりなさい。それに、常々言っているでしょう。人間も立派な商品。いたずらに傷をつけるなと……」
サージはこの二人のお目付け役。当然、山賊として金になる仕事と、それの意義については常々接目している。
しかし、今回はサミュエルとロアーの軽率な行動に、立腹している様子だった。
「う……す、すみません」
怒りを滲ませたサージの声に、サミュエルは身を震わせて下がる。
浮浪児だったサミュエルとロアー。二人はサージに見出され、山賊に参加した。
彼らもまた、オナーホール孤児院の孤児たち。故に、大人に対する警戒心は人一倍あるが、そんな彼らにとっても、サージは恩人とも呼べた。
なぜなら、山賊に参加することで、彼らは寒さに凍えることも、飢えることもほとんどなくなったからだ。
大人に対する警戒心や猜疑心は消えていない。しかし、だからこそ、その一線を越えたサージには、彼らは無類の信頼を置いている。
そんな、唯一頼れる『大人』からの叱責は、二人を振るわせるには十分だった。
一方、サージは肩を震わせる彼らを無視しながら、テントの中に入る。
実際、先ほどいたずらに商隊の人間達を傷つけるなと言い含めたばかりだったのだ。
「敵意は、ありませんね……」
寝入っている青年が起きないか様子を窺いながら、サージは懐からロープを取り出し、ベッドロールごと縛り上げる。縛られても起きる様子のない青年に、サージは感嘆とも呆れともいえない表情を浮かべた。
「抵抗もなしですか。いやはや、どれだけ鈍いのですか……」
強い酒精の香りが、サージの鼻を突く。この青年、相当飲んでいるらしい。
縛り終えたサージは、先ほどの護衛の大男と同じように、運送を後詰めに任せて次の点へ向かおうと立ち上がる。
そこで彼は、妙な違和感を覚え、思わず振り返った。
もう無力化した。にもかかわらず、この青年に背を向けることを躊躇してしまう。
「…………」
「サージさん?」
「どうかしましたか?」
「サミュエル、先行して偵察したとき、この青年について何かわかりましたか?」
「え? いや、なんかここの女達の世話役というか、丁稚みたいなことしてましたよ?」
「それがどうかしましたか?」
サミュエルとロアーの話では、この青年は商隊に同行していた娼婦たちが囲っていた男らしい。おそらくは丁稚、もしくは、この娼婦旅団の団長が囲った男娼だろうという話だ。
警戒する必要などない相手……のはずだが。
「……いえ、何でもありません。この方の回収は他の者たちに任せましょう。二人とも、他の場所に行きますよ」
奥歯に物が詰まったような違和感を飲み込み、サージはテントを出ていく。
他の二人は世話役の妙な様子に首を傾げつつも、彼を追っていった。
「サージさん、次はどうしますか?」
「驚異の排除は終わりました。次は価値の大きな得物を奪いますよ」
「家畜に金貨、それに女ですね!?」
サミュエルとロアーの声が上ずる。
これからは、本格的な略奪タイムだ。それに女性、それも見目麗しい娼婦たちがいることに、二人の新米山賊は興奮を覚える。
二次性徴を迎え始め、性にも興味が出てくる年頃の二人だ。偵察の段階から女性を連れた商隊であることは分かっていた。
先ほど、護衛の大男にいいようにあしらわれ、テントの青年を捕縛するときも叱られたことから少し苛立っていた二人だが、その勘気もすっかり消し飛んでしまったらしい。
「……彼女達も商品です。手荒な真似は許しませんよ」
「分かっています!」
一応、釘を刺し直しつつも、三人は怒号が響く方へと向かっていく。
そして彼らは十分すぎる得物を奪い去り、悠々と凱旋するのだった。
いかがだったでしょうか。
今回は商隊が襲撃され、全滅してしまうお話でした。
ここからこの前日譚は、大きく動いていくことになります。
あと三話で書ききれるだろうか……なんか無理っぽいぞ……。
以下、登場人物紹介。
坂上健人
寝ていただけのドラゴンボーン。
山賊退治に関してはソルスセイム島やウィンドヘルムからモーサルまでの旅の最中に散々経験しているが、今回は完全に眠りこけ、山賊の襲撃にも気づかない始末。
酒関係でガバやらかすのはドラゴンの宿命か……。
実は、寝込みを襲われる訓練はデルフィンから散々受けている。
ちなみに訓練の内容は、通常の訓練で散々ボコられ、疲労困憊で寝込んだところを歴戦の戦士であるデルフィンに襲われ、更にボコボコにされるというものだった。
自分に迫る刃は無意識に避けるあたり、彼女の教育はしっかり身についていると言えるが、彼が完全に寝こけていたため、商隊は全滅。ほとんどが虜囚となってしまう。
おらさっさと起きろや。
セラーナ
抵抗しようと思えばできたが、その場合、吸血鬼である自分の正体が露見してしまう可能性があるので、今回はとりあえず大人しく捕まった。
ルナ
トラウマを散々抉られ、いきなり追い詰められた女の子。
ああ、追いつめられた少女の慟哭が心にしみるんじゃぁ……(末期
サミュエル、ロアー
知らない間にとんでもない脅威に剣を向けていた新米三下山賊。
山賊としても人間としても、色々と未熟。
ちなみに、この二人とサージ以外の山賊が健人のテントを襲撃していたら、しっかり起きて反撃されていた。
襲ってきたのが脅威にもならない新米山賊たちであり、そのお目付け役も特に敵意や殺気がなかったことが、タムリエル最大のイレギュラーが起きなかったもう一つの理由でもある。ある意幸運な二人。
サージ
新米山賊二人のお目付け役。
襲撃班のまとめ役もしている優秀なインペリアル。
双剣の使い手であり、戦士としても上澄みで、山賊とは思えない技量の持ち主。
人間がお金になることをきちんと理解しており、いたずらに人を殺すことを許さず、サミュエルとロアーが感情のまま寝ていた健人に剣を振るおうとした行為を叱っている。
クレティエン
行方不明。でも多分大丈夫だろ。しらんけど……。
デュラック
きちんと護衛の仕事をしていた人
僅かな商人と護衛と共に、脱出に成功している。
アグミル
きちんと護衛の仕事できなかった人。
しっかり虜囚になっている。
他の娼婦たち
商品価値が非常に高いので、当然全員無事である。
商人達。
こちらも無事。奴隷として売り払われる予定。
商隊の護衛達
四分の一が死亡、他がほぼ全員囚われた。こちらも酒と女でガバやらかしてる。