【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第八話 虜囚の身

 山賊に捕らえられ、連行されたセラーナ達が馬車で運ばれた先は一つの集落だった。

 外敵への備えなのか、木の杭の柵で囲まれており、立ち並ぶ小屋には女達が忙しそうに掃除や洗濯、料理などの家事に精を出している。

 多分、昔の砦の名残だろう。集落の一番奥には、古びた塔が屹立しており、その背後のがけにも石造りの建物が見える。

 周辺一帯に建てられた小屋の数から考えるに、人数は百数十人ほどだろうか。襲撃してきた山賊の人数も考えれば、二百人規模の集落である。

 

「みんな、帰ったぞ!」

 

 山賊のリーダーが帰還を宣言と共に、集まってきていた者達が歓声を上げる。

 意外なことに、その集落には男だけでなく、女性達もいた。

 誰もが、まるで英雄が凱旋するように歓声を上げている。

 

(山賊の集落ですか。随分と面倒な……)

 

 集落の周囲にはそれなりの畑があり、家畜の姿も見えるが、その数はかなり少ない。

 作られて数年ほどの新しい村なのだろう。どのような理由で生まれた集落なのかは、彼らが山賊などをしている時点で予想がつく。

 一行がうねうねと曲がる集落の大通りを進んでいくと、出迎えた集落の民から熱烈な歓迎の声が上がる。

 

「ようこそ、ダークライト村へ、強欲な豚ども! これからその余分な脂、根こそぎ搾り取ってやるぜ!」

 

「おいおい、随分とキレイどころが混じってんじゃねえか! 安心しな、お嬢さんたち、この集落は無碍なことはしない。もし不安なら今日一緒に寝てやるぜ!」

 

「アンタ、いい度胸してるね。今日のお酒はナシだよ!」

 

「おいおい、独り身の俺達にあてがってくれないのか!?」

 

「そろそろ嫁が欲しいんだ、あてがってくれよ!」

 

 男女比率としては、9対1と圧倒的に男性が多い。

 夫婦となっている者はそうでもないが、独り身と思われる男達からは無遠慮な視線と言葉が向けられている。

 

「あら、嬉しいですわ。もしよければ、一晩私を温めてくださいね」

 

 とはいえ、この程度でへこたれるような女達ではない。

 特に筆頭娼婦であるメリエルナは、客たちを相手にするようないつもの柔和な笑みを、集落の男達に振りまいている。

 しかし、そんな娼婦達のようにふるまえない者達もいる。

 見習いの少女達。とりわけ、ルナの反応は非常に危うかった。

 震えが止まらず、ずっとセラーナのローブを掴み続けている。男達に囲まれているというこの状況自体が、彼女の精神を酷く蝕んでいた。

 セラーナは少しでも、周囲の喧騒から彼女を守ろうと、彼女の頭をかき抱く。

 

(なんだか、らしくありませんわね)

 

 吸血鬼として悠久の時を生きてきた。多くの、それこそ、数えることがバカバカしいほどの人間達の命を啜って。

 にもかかわらず、こんな小さな、吹けば飛ぶような少女に気を回している。

 そんな自身の行動を、彼女は内心自嘲していた。

 そうしている間にも、馬車群は集落中央の広場を通り、最も奥に屹立している塔へと向かっていく。

 その塔は古かったが、山賊たちの手によってかなり改修が加えられているのか、周囲には真新しい石造りの建物が建設されていた。

 塔の傍に到着すると、セラーナ達は馬車を下ろされ、そのまま塔の中へ。

 入ってすぐに正面に上へと続く階段があり、その横には地下へと続く階段がある。

 

「男達は地下だ。肥え太った商人達には、精々スカイリムの寒さに震えてもらおうじゃないか。女達は上だ」

 

 山賊長の言葉と共に、商人や丁稚、そして生き残った護衛達が次々に地下へと連れていかれる。

 その時、二人の山賊が、ロープでぐるぐる巻きにされた長い布の塊を運んできた。

 よく見れば、セラーナが探していた青年だ。彼は気を失っているのか、ぐったりしていて動く様子がない。

 しかし、死体になっているなら、ここまで運んでくるはずがない。

 

(無事でしたのね……)

 

 ふぅ……と、深い安堵の息が口から漏れる。

 そして彼女は再び、只の人間をここまで気に掛けている自分の姿に驚く。

 

「ほらお前たちは、こっちだ。さっさと来い!」

 

 健人を含めた男達が地下に連れていかれると、山賊は女達に階段を上るように命令してくる。

 

「……言われなくても、参りますわ。それに、あまり大きな声を出さないでくださいます? この子が怯えてしまいますわ」

 

 漏らしてしまった安堵を飲み込むと、セラーナはまだ震えているルナの背中を優しくなでながらも、毅然とした態度で命令してきた山賊を睨みつける。

 

「へ、随分とお高くとまってんじゃねえか。その綺麗な顔、ぐちゃぐちゃにしてやろうか?」

 

「できないことを無理に口にするのはいかがですか? この身を穢すつもりなら、とっくにしている。そうしないのは、貴方達がそうしないように言い含められているから。違います?」

 

「……ち、本当にイラつく女だぜ。いいからさっさと行きな!」

 

 イラつく山賊の声を無視しながら、セラーナはルナを支えて階段を上り始める。

 上へと続く階段は螺旋状になっていて、幅もかなり広い。

 壁には松明が幾つも灯され、窓のない塔の中を明るく照らし出している。

 

「セラーナ……」

 

「大丈夫です、ルナ」

 

「わ、私のことだけじゃなくて……」

 

 不安そうに見上げてくるルナだが、その目には意外にも自身だけでなく、セラーナを心配する色が垣間見えた。

 その意外な反応に、セラーナは一瞬、自分が山賊の根城にいることも忘れて呆けてしまう。

 正直、二人の接点は、これまでほとんどなかった。

 話をしたのだって、娼婦旅団で一緒になってから両手で数えられるほど。隠している秘密のことも考えれば、心配してもらえるような人間ではないことは明白だ。

 胸が詰まったように呼吸が浅くなり、自然と胸が熱くなる。これは……なんだろう。

 どこか、遠い昔に置いてきてしまったような感覚。懐かしさと寂しさがこみあげてくる。

 

「……私の身まで心配してくださるのですね。ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。こう見えて、私はそれなりに強いですから」

 

「……本当? なんだか全然そんな感じしないんだけど」

 

「あら、心外ですわね。それに、彼も無事のようでしたし」

 

 自身の動揺を隠すように健人の無事を匂わせると、ルナの目が見開かれた。

 

「……ホント?」

 

「ええ、さっき山賊たちに抱えられて地下に連れていかれるのを見ましたわ」

 

 そうこうしているうちに、セラーナ達は上階へと連れていかれた。

 二階は意外なほど広く、円形の卓や椅子など、寛げるスペースになっていた。

 そのまま一行は三階へ。

 三階は山賊団の寝室になっているのか、いくつものベッドが置かれていた。

 そこからさらに上に続く階段を進むと、円形の大きな部屋へと繋がっている。

 どこか祭儀場か、議事堂を思わせる部屋。なんとなくだが、この塔のかつて主が、謁見を行っていた場所なのかもしれない。

 何人も持ち主を変えてきたのか、かつてあったであろう荘厳な面影はなく、鈍い色の石がむき出しになっている。

 床には申し訳程度の布が敷かれ、一応座ったり、眠れるようにはなっていた。

 

「お前たちはここにいろ。いいか、ここは塔の中だ。逃げようなんて考えるなよ」

 

 どうやら、ここがセラーナ達の部屋らしい。

 奥の方には、また別のドアがあり、こちらも別の場所に通じているようだ。

 山賊の頭領は十人ほどの配下を連れ、その扉の奥へと行ってしまう。

 他の山賊たちは下の階へと戻っていった。 

 

(なるほど、私達を逃がさないようにするためですか……)

 

 奥の部屋に何があるのかは分からないが、おそらくは山賊長を始めとした、この山賊団の幹部が寝泊まりする部屋だろう。

 この構造なら、確かに逃げようとすれば、必然的に山賊達がたむろする部屋を通らなければならない。

 とりあえず、ここまで連行されてきた疲労もあり、娼婦たちは各々置かれている布を分け合い、包まって暖を取る。

 そしてそのまま、蒼の艶百合の少女達は一人、二人とうつらうつらとし始め、寝息を立て始めた。

 しがみ付いていたルナも、いつの間にか眠りに落ちていた。掴まれたままのローブがすっかりしわくちゃになってしまっている。

 セラーナはゆっくり彼女を横たえると、傍にあった布をかける。

 そしてそのまま、彼女の隣に横になった。

 未だにローブは掴まれたままだが、ルナの寝顔は幾分か穏やかになっている。

 

(私にも、こんな時があったはずでしたわね……)

 

 脳裏によみがえる、幼い頃の記憶。

 母に城の中庭で膝枕をねだり、玉座に座る威厳のある父の膝に、場所もわきまえず乗っていた。

 両親とも、口では苦言を漏らしながらも、笑みを浮かべて優しく頭を撫でてくれた。

 幾星霜の夜の果てに、消え去ったと思っていた記憶。とうの昔に消えたと思っていた思い出が、どうして今さら蘇ったのか。

 健人と話をしていた時もそうだった。ずっと胸の奥に押し込んでいたはずのものが、自然とあふれ出てしまう。

 

 私には暖かすぎる……。本当に……。

 

 再び漏れる自嘲のため息と共に、セラーナは静かに、ローブを包んでくるルナの手を握った。

 手の平から伝わってくる温もり。寂寥を覚えながらも時は静かに過ぎていく。

 一時間、二時間……。

 そして、半日ほどたったころだろうか。ルナがもぞもぞと身じろぎをすると、ゆっくりと瞼を開く。

 

「……ん、セラーナ?」

 

「はい、よく眠れましたか?」

 

「う、うん……」

 

 恥ずかしそうに俯くルナ。しかし、その顔にこれまでの彼女が強く放っていた、拒絶はない。そんな彼女の反応に、セラーナは自然と微笑んでいた。

 そんな時、奥へと続く扉から山賊が一人姿を現す。

 

「おい、そこの眼帯をしたお前、一緒にこい」

 

「私ですか?」

 

 山賊はセラーナを呼ぶと、有無を言わさず彼女の腕を取って立たせる。

 

「セラーナ……!」

 

「大丈夫ですわルナ、大丈夫です。大人しくしていてくださいね」

 

 不安そうに叫ぶルナに声を掛けながら、セラーナは彼女達がいる三階の更に奥へと続く扉をくぐる。

 そこにはいくつものベッドや暖炉が置かれた大きな部屋があり、すっきりしたように満足した顔の男達が、自分のベッドで各々寛いでいた。

 彼らから漂う甘い香り。情交の匂いに、セラーナは眼帯の奥で目を細める。

 さらに幹部たちの部屋を通り抜けると、二つの扉が並ぶ廊下へと出た。

 

「こっちだ」

 

 案内されたのは左の部屋。

 そこは小さな個室だった。脇に一人用のベッドと、小さなテーブルと椅子、そして木製の棚が設けられている。

 個室の中には、獣を模した刻印の鎧を纏う大柄なノルドがいた。この山賊団の頭領だ。

 そしてその頭領の足元には、何故か膝立ちになった全裸のクレティエンがいた。

 今まで姿を見なかったが、やはり無事だったらしい。

 ただ、彼女は既に発情しているのか、その肢体からは強い女の香りを漂わせている。

 

「来たか……」

 

「やあやあセラーナ、無事だったみたいで安心したよ」

 

 どこか嘆息したような頭領の声。一方、クレティエンの方は相も変わらず、柔和な笑みを振りまいている。この非常時とは思えない陽気さだ。

 

「クレティエン。貴方、ここで何をしていますの?」

 

「ん? 見ての通り、皆の助命を願って、この山賊団の皆にご奉仕していたのさ。リーダーにもしようとしたんだけど、なんか反応悪いんだよね。もしかして、不能かい?」

 

「お前が信用ならないだけだ。従順な奴なら、男達の奉仕に使ってやってもいいが、腹に何抱えているか分からない女と閨を共にすると碌なことにならん。昔からな」

 

「酷いな~~」

 

 僅かな間に山賊団の長ときやすい会話をするほど打ち解けているクレティエンにセラーナが当惑する中、二人の話は続く。

 

「だが、お前の団員たちへの奉仕には報いてやる。この部屋で大人しくしているなら、そこの眼帯の女の安全は保障してやるさ」

 

「感謝するよ、頭領殿」

 

「ふん……」

 

 そう言って、山賊長は部屋を出て行く。

 大柄なノルドが扉の奥へと消えたこと確かめると、クレティエンはふう……と、大きく息を吐いた。

 吸血鬼であるセラーナにとって、常に他人の目がある場所は好ましくない。この個室も、セラーナの為に山賊の頭領相手に交渉したのだろう。

 

「クレティエン、お礼を申しますわ。ありがとうございます」

 

 クレティエンは山賊たちの性欲が捕らえた娼婦たちへ向く前に、自分で彼らの衝動を解消させていた。

 命がけの戦いの後は、どうしても性欲が強くなる。

 娼婦たちが数時間休んでいる間に、彼女はいったいどれだけの男達を相手にしていたのだろうか。

 あの時、商隊を襲撃してきた山賊の数は、六十人ほど。幹部だけを見ても、十人は下らない。

 

「いいっていいって、私も可愛い団員たちが酷い目に遭うのは見過ごせないからね。まあ、自分から股を開いてしまったら、どうしようもないけど……メリエルナとかはやりそうだな~~」

 

 はっはっはっ! と、クレティエンは軽い調子で笑う。

 とても数十人の男を相手にした後とは思えないほど、彼女の顔は艶々だった。

 

(この方、本当に人間なのでしょうか……?)

 

「さすがに山賊全員の相手は疲れたけど、上手くいって良かったよ。これも、ディベラ様のお導きかな?」

 

(いえ、もしそうなら、どちらかというとサングインあたりのような気がしますが……)

 

 吸血鬼として、長く生きてきたセラーナから見ても、ちょっと考えられない体力である。

 エイドラのディベラは美のほかに性愛も司るが、それにしたってちょっと人間離れしすぎのような気がする。

 もしかしたら本当にそんな加護を授かっているのかもしれない。そうでないなら、デイドラのように男達から精気を吸い取っているのではないだろうか。

 

「クレティエン、少し聞きたいのですが……」

 

「ん? なんだい?」

 

 セラーナはとりあえず、頭に浮かんだ疑念をまとめて隅に置くと、先ほどの二人の会話で気になった点を尋ねてみた。

 

「あの山賊団の長とは、知り合いなのですか?」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 そしてクレティエンは、その顔に浮かべた意味深な笑みをさらに深めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ピチャン、ピチャン、ピチャン。滴り落ちる水と、吹きすさぶ風の音。

 ヒリつく喉の渇きと、全身を包む汗の不快感と共に、健人は目を覚ました。

 くるまっていたベッドロールの温もりを惜しみながらも、瞼を開ける。

 

(……ここ、どこ?)

 

 目に飛び込んできたのは、無機質な石壁。

 湿気を帯び、苔むした様子から見るに、相当古い壁だろう。

 いつの間に、俺のテントはこんな石になったのだろうか。寝ぼけた体を起こそうと身を捩ると、ベッドロールの布とは違う、全身を締め上げるような妙に強い抵抗が体に返ってくる。

 

(あれ? なんで俺縛られてんだ?)

 

 視線を落とせば、胴体にぐるぐるに巻きついた縄が目に入ってくる。

 はて、なぜこんな縄が体にかけられているのだろうか。

 状況が全くつかめないまま、ぐるりと体を反転させると、二メートルほど先に錆びた鉄格子が見えた。どう見ても牢屋の中である。

 鉄格子の先には同じような牢屋があり、そこには最低限の衣服しか纏っていない男が座り込み、項垂れている。

 よく見れば、商隊にいた商人だ。

 結構身なりの良かった商人だったのに、今では襤褸を纏うだけの随分寒そうな格好になってしまっている。

 

(はて、いったい何があった?)

 

 簀巻きにされたまま酒の残った頭で考え込んでいると、通路の奥からガシャガシャと金属音が喧しく鳴り響いてくる。

 続いて健人の牢屋の前に、一人の男が足をもつれさせながら倒れ込んできた。

 

「へぶっ……!」

 

(あれ、この人って確か……)

 

 倒れ込んできたのは、ラメラアーマーと呼ばれる重装鎧を纏った青年、アグミルだった。

 相当殴られたのか、顔を真っ赤に腫らしている。

 そんな彼を追いかけるように、二人の男が姿を現す。

 薄汚れた鎧と皮の衣服を纏った男達。

 粗野な外観と荒事に慣れた様子から見るに、明らかに堅気の人間ではなかった。

 二人の男たちはアグミルを見下ろすと、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「ふん、こいつ随分と粋がってたが、大した事ねえな」

 

「見たところ、村を出てきたばかりのひよっこみたいだな……っておい、あの寝坊助、ようやく起きたみたいだぜ」

 

 そこでようやく、男達は健人が起きていること気づいて、牢屋の中に目を向けた。

 

「よう兄ちゃん、随分ぐっすり寝ていたみたいだな」

 

「あの状況で寝ているなんて、肝が据わっているのか、ただの馬鹿なのか……」

 

(山賊か……。もしかして、寝ている間に運ばれた?)

 

 ここにきてようやく、健人は自分の状況を察し始めた。

 同時に、自分のガバさに内心落ち込む。

 

(いや、気を抜きすぎだろ俺……)

 

 死ぬはずだったアルドゥインとの戦いになんの偶然か生き残り、まかりなりにも食っていくための仕事と仲間を得たことで、思った以上に安心してしまっていたのだろう。

 

「まあいい、もうお前達は俺たちの所有物だ。下手な真似はするなよ。大人しくしてりゃあ、それなりに良さそうな主人を見繕って売ってやるよ」

 

(なるほど、人身売買……いや、奴隷売買か。あり得ると言えばあり得る話だ……)

 

 タムリエルの文明レベルを考えれば、奴隷という存在はいてもおかしくはない。

 幸い、健人はそのような人物と会ったことはないが、少なくとも奴隷になってしまえば、自由は無くなる。

 そうなったら、モーサルに帰るのも難しくなるだろう。

 

(これは、早急にどうにかしないといけないな……。というか、アグミルさんはいったい何が……?)

 

 とりあえず、状況を理解した健人が倒れるアグミルに目を向ける。

 未だに彼は、もう一人の山賊に小突き回されていた。後ろ手に縛られているためか、碌な抵抗すらできない様子である。

 

「こいつか? 俺達に刃向ったから、お灸をすえてやったのさ」

 

「ふぇふぇいふら、ふぉふぇいふぇいふぇふぃふょふふぃゃ……」

 

(何言ってんだ……?)

 

 顔が腫れているせいか、アグミルが何を言っているのかさっぱり分からない。

 しかし、その目を見るに、戦意は衰えていないらしい。

 

「大勢で卑怯? 何言ってやがる、お前が弱いから悪いのさ」

 

「とにかく、大人しくしてろよ。命までは取らないでやったんだ。感謝してほしいくらいだな」

 

 そう言うと、山賊は健人がいる牢屋の扉を開け、アグミルを放り込んだ。彼の口からブベッと、カエルが潰れたような悲鳴が漏れる。

 

「終わりましたか?」

 

 山賊たちがアグミルを嗤う中、この場には似つかわしくない慇懃な声が響いた。

 姿を現したのは、エルフの鎧を纏った壮年の男性。顔立ちからするとインペリアルだろう。細く、糸のような目が、印象的な男性だった。

 彼の後ろには、十代前半ぐらいの少年が二人、傍使えのように控え、アグミルと同じく、ドーンガードの鎧を纏った男性が後ろ手に縛られて連行されていた。

 

「あ、サージさん。はい、終わりました。結局、あのオークの行先や正体は分かりませんでした。そちらはどうでしたか?」

 

(あの人も、確かデュラックさんと一緒にいた人……だったよな? ってことは、山賊が言っているオークっていうのはデュラックさんか。それにこのサージという山賊、この一団の中でも、かなり地位が高い人みたいだ)

 

 

「ダメですね、随分と口の堅い人です。まあ、問題ありません。戻って休みなさい」

 

 そう言って、サージは連行していたドーンガードの一人に牢屋に入るよう促す。

 アグミルと違い、彼は黙したまま、大人しく健人がいる牢屋の中に入っていった。

 サージはアグミルを連れてきた山賊二人に退出するよう促すと、改めて牢屋の中の健人に向き直った。

 

「さて、初めまして。私はサージ、この山賊団の副リーダーをしています。こちらはサミュエルとロアー。それにしても、貴方は随分と肝の据わった方ですね」

 

(それは、その……いや、まあ、なんというか)

 

 健人としては非常に微妙な顔をせざる負えないセリフ。

 渋顔を浮かべる健人を前に、サージはくっくっくっ……と含み笑いを漏らしていた。

 随分と性格がいい副リーダーである。健人の中で、サージの印象が一気にイヤな奴という方に傾く。

 しかし同時に、健人はサージの立ち姿を観察し、僅かに目を細めた。

 安定した体幹。柔和な笑みを浮かべつつも、どこか読めない表情。鎧の奥に隠れた、鍛え抜かれた筋肉。間違いなく、相当な実力者である。

 もしかしたら、あのサルモール特殊部隊の隊長にも比肩するかもしれない。

 なんでこんな実力者が、山賊なんてやっているのか。

 そんな疑問をいったん頭の隅に置き、次に健人は、サージの後ろに控える少年達を覗き見る。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人の少年からは、妙に不機嫌な視線を浴びせられていた。こちらも理由は定かではない。

 一方、そんな健人の様子を眺めていたサージは、口元の笑みをさらに深めていた。

 

「ふふ、本当に面白い方ですね。どうですか? この山賊団に入りませんか?」

 

(……は?)

 

「サージさん、本気ですか?」

 

「こいつ、女達に尻に敷かれていた奴ですよ?」

 

 突然申し出に健人が呆け、サミュエルとロアーが疑問の声を上げる。二人の少年の声には、やはり不快感がにじみ出ている。

 

「別に誘っているのは彼だけではないでしょう? それに、この集落には人手が必要なのです」

 

 おそらくこの山賊団は、捕らえた者たちの中から、自分達の仲間を見繕うこともやっているのだろう。

 自分達の集団の規模を大きくするには、よく使われる手だ。

 

(集落……ってことは、それなりの数の山賊関係者がここにいるのか?)

 

「それで、いかがですか?」

 

(いや、ないわ……)

 

 サージの提案に、健人は即座に首を振った。

 やるわけない。くだらない提案をバカにするかのように、これ見よがしに鼻を鳴らしてやると、傍使えのサミュエルが激昂する。

 

「こいつ……!」

 

「サミュエル、いい加減にしなさい。それにしても、いいのですか? このままでは貴方は奴隷として売られ、自由の身ではなくなるのですが?」

 

 何を言われても、健人は首を縦に振る気はない。

 そもそも、山賊は長期的に考えれば、極めてコスパが悪い。

 犯罪、正確には、人を貶めて得られる利益はいずれ他の人に奪われる。これまで、自分達が積み上げてきた負債も加えて、だ。

 なにより、誰かが精魂込めて作った食料や品を、無理やり奪おうとするその精神が気に食わない。

 

「そうですか。残念ですが、致し方ありませんね。二人とも、行きますよ」

 

「……分かりました」

 

「……ち」

 

 サージも頑なな健人の反応に早々諦め、サミュエルとロアーを連れて牢屋を出ていった。

 少年二人は帰り際にサージに見えないように健人を睨みつけてくる始末。随分と性格が悪いようだ。

 見張りがいなくなると、健人はとりあえずズリズリと身をよじり、かけられたロープをほどこうと試みる。

 結構厳重に縛られてはいるが、柔軟なベッドロールには隙間もできやすい。

 何度か体を動かしていると、徐々にロープが緩んできた。

 

「手伝いますよ」

 

 そんな中、ほぼ無傷だったドーンガードの一人が健人の傍にくると、互いに背中を合わせるようにしゃがみ込む。そして彼は後ろ手のまま、健人のロープを解いてくれた。随分と器用な人である。

 

(ふう、解けた)

 

 ロープから逃れた健人は礼を言う代わりに小さく頭を下げ、続いて彼の縄を解く。

 自由になった彼は、続いて同僚であるアグミルの縄を解き始めた。

 

「アグミル、大丈夫か? まったく、女達が心配だからって、無鉄砲に抵抗するからだぞ」

 

「ふぁふぁいふぃょうふふぁ、ふぉんふぁふぇふぁ、ふふに……」

 

「大丈夫、あんな奴らにって? まあ、それだけ言う気力が残っているなら大丈夫か。さて、改めてご挨拶を。私はドーンガードのキーロ。お話しするのは初めてでしたね」

 

 キーロと名乗ったノルドの男性が、おもむろに手を差し出してくる。

 握手を返していると、健人は彼の様子に違和感を覚えた。

 視線が合わない。体は確かにこちらを向いているが、その視線は健人の顔より少し上を見つめている。

 

「ああ、すみません。見ての通り、私の目は濁ってしまっていて、よく見えないのです」

 

 よく見れば、確かに彼の目は白く濁っていた。

 白内障……なのかもしれない。眼球の角膜が白く濁り、良く見えなくなってしまう病気だ。地球では角膜移植を受けることで治療ができるが、この世界では難しいだろう。

 

「こんな目ですから、故郷でも居場所がなくて……。村を出てさまよっていたところを、ドーンガードに誘われたんです」

 

 にしては、随分と立ち振る舞いに迷いがない。カンがいいのか、もしくは僅かな視界しかなくても生活できるくらいに訓練したのだろう。

 かなり悲惨な生い立ちだ。

 確かに、この世界では、身体に障害を抱えた人に対する偏見や差別は強い。実際、健人も失声であることを知って、嫌な顔をされたことがある。

 人権などという考え方もないのだから、無理もない。

 

「話を戻しましょう。ここはホンリッヒ湖から少し離れたところの砦です。名前はダークライトタワー。元々はハグ達が占領していたのですが、ここの山賊達が奪い取ったようです」

 

 ハグとは、魔法に傾倒した女性達、いわゆる魔女のことだ。

 彼女達はその目的の大半は長大な寿命を得るとか、無類の美貌を得るとか、己の欲望の為に魔法の探求を続ける。

 スカイリムの中でも特に危険な存在であり、健人がさせられた演劇に出てきたハグレイヴンとは、このハグ達が魔法で変質したモンスターである。

 

「ふぁふん、ふぉふふぃっふぃふぉふぉふぃふぁふぁくのふぉふぃふぇふぇ……」

 

(とりあえす、顔は治してあげた方がいいな)

 

 健人はおもむろに懐に手を伸ばし、回復薬を詰めた小瓶を差し出す。元々非常用として常に持っているものだ。

 普通なら持ったまま寝たりしないのだが、生憎と昨日の彼はそんなことすら気にならないほど不貞腐れていたらしい。蓋が外れて中身が漏れなかったことも幸いだった。

 良く体を動かしてみれば、胸の肋骨のあたりが僅かに痛む。

 

「これは、薬ですか? ありがとうございます。おいアグミル、これを使え」

 

 受け取った薬を、キーロがアグミルに掛けると、顔の腫れがみるみるうちに消えていく。

 すっかり綺麗な顔に戻ったアグミルが、嬉しそうな表情で感嘆の声を上げた。

 

「うわ、すごいな……!」

 

「これほどの薬は、そうそう出回らないでしょう。もしかして、貴方が作られたのですか?」

 

 健人は肯定するように頷くと、抜け出たベッドロールをまさぐり、文通用の黒板を取り出す。その光景に、アグミルが微妙な表情を浮かべた。

 当然だろう。なんで寝袋から黒板なんてものが出てくるのやら。

 これも酒を飲んで不貞寝したことが原因だ。恥ずかしさと自己嫌悪を誤魔化すように、健人は黒板に白墨を走らせる。

 

『山賊の人数はどのくらいですか?』

 

「アグミル、彼は何と書いたのですか?」

 

「え、あ、山賊はどのくらいいるのかって聞いているよ」

 

「かなり大規模です。実働部隊は六十人ほど、集落に住む者達も加えれば、少なくとも二百人はいるでしょう」

 

 二百人となると、かなり多い。ちょっとした村くらいの規模だ。

さすがに健人も渋顔を浮かべる。

 自分が逃げるだけならいいだろう。しかし、ここには捕らえられた商人や護衛達、それに世話になった『蒼の艶百合』の人達もいるのだ。

 

(まいったな……予想以上に山賊の規模が大きいぞ)

 

 今の健人はシャウトがない。魔法も使えない。テントに残していた愛刀二本も手元にはなく、おそらく山賊達に持っていかれているだろう。

 戦いとなったら、正直どうなるか……。

 おまけに抵抗が長引けば、山賊たちは捕らえた女達や商人達を人質に使うだろう。

 単純に戦って終わる状況ではない。

 

(最優先は、逃走手段と人質の確保だな。その為には、この牢屋から一度出る必要がある……)

 

 とはいえ、行動せずにいれば、嫌が応にも追いつめられることになる。

 それに、捕らえられた初日から脱獄を測るような奴はいないと考えているだろう。

 健人はまず自分がくるまっていたベッドロールを巻き、縛り直すと、おもむろに鉄格子に振り返った。これを牢屋の端に頭の部分が死角になるよう置いておけば、時間稼ぎにはなるだろう。

 そして懐に手を入れ、ロックピックを取り出す。

 これも、常備している道具。さすがに昨日の醜態は思い出すと恥ずかしいが、とりあえずベッドロールごと縛られていたのは必ずしも悪いことではなかった。

 無理やりそう考え直すと、健人は手にしたロックピックで牢屋のカギをさっさと開錠する。

 

「……え?」

 

「もしかして、鍵を外したのですか?」

 

 元々囚人を捉えるための部屋。それほど複雑な構造の鍵は使われてはいなかった。

 

『ここにいてください。少し、周囲の様子を見てきます』

 

 ぽかんと呆けているアグミル達をよそに、健人は牢の外に出ると、息を顰めながら出口へと向かっていくのだった。

 

 




ということで、健人がようやく行動を開始しました。
一方、セラーナは何か知っている様子のクレティエンを問い詰め始め……。

以下、用語説明

ダークライト村
ダークライトタワーの傍に造られた山賊たちの拠点。本小説オリジナルのロケーション。
一応、農業などもやってはいるが、村全体で山賊を生業にしている。


ダークライトタワー
ゲーム本編ではクエスト「後悔」の舞台となるロケーション。
「後悔」のクエストはハグ(魔女)として己の欲望のままに他人を犠牲にする母親と、それに協力してきたことを憂いた娘の物語であり、主人公は娘に協力する形でこの場所を攻略する。
内部はかなり広く、最初は螺旋階段と複数の部屋。続いてダークライトの小屋と呼ばれる小屋に続き、最上部は外に出る。
最上部はかなり広く、祭儀場のような外観をしていた。
最終的に、このロケーションを支配していたハグは主人公と娘の手により全滅させられる。
攻略後、娘はフォロワーとして連れていくことが可能だが、一度パーティーを解散すると二度と連れていけないバグがあった。
ちなみに、強力な魔法をつかうハグレイヴンも登場するため、下手をすると返り討ちに遭う。
本作品では山賊達に落とされており、ハグの母娘も含めて行方不明。
その後、大規模な改修と山賊団の規模が大きくなっていったこともあり、塔の傍には立派な集落が作られるほどになっている。
内装の変化としては、地下牢の設置、ハグ達が使っていた不必要な物品の排除が主になっている。


坂上健人
ようやく起きたドラゴンボーン。
自分のガバを自覚し、内心羞恥に悶えている。
現在の装備品は普通の服とロックピック、黒板。殴る以外に攻撃手段がない。
とりあえず現状を確認と装備品の回収のため、さっそく脱獄する。

セラーナ
自分を頼りながらも心配してくるルナに、なんとも言えない複雑な感情を抱く。
その後、クレティエンの変態ぶりを見て閉口もしている。

ルナ
健人の無事を聞かされ、ホッとしたのもつかの間。セラーナと引き離され、再び情緒不安定に……。

クレティエン
自分の団員を守るため、自分から山賊達に奉仕しながら乱交していたディベラ信者。
数十人の相手を一人するなど、作中最強の変態。
本人は終始ノリノリで、山賊たちも満足したのである意味winwin。
しかし、頭領からには心底嫌な顔を向けられている。
本人曰く「これもディベラ様のお導き」とのこと。
ディベラが性愛も司り、カルト的な集団もいるので、確かに避妊や病気体制などの加護があってもおかしくはない。
だが、その変態ぶりを見た人はどうしても思わざるを得ない……アンタ本当にディベラ信者か?


山賊の頭領。
ノルドの刻印鎧を纏う大柄な男。
あのサージを従えていることを考えても、優秀なのは間違いない。

サージ
山賊団の副官。
キーロを尋問した後、健人を勧誘した。

サミュエル、ロアー
初めての襲撃参加に色々とケチがついたので不機嫌。

キーロ
実は目が濁っており、ほとんど見えない。
だが、長年の訓練の成果か、生活だけでなく、戦いにも支障がないらしい。

アグミル
またボコられていた新米ドーンガード。
健人が脱獄した後、彼を追おうとしたが、キーロに止められている。


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