【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十二話 過去の罪科

 

 突然の闖入者に、静まり返る広場。

 その中心で、健人は百人以上の山賊たちの視線を浴びながらも、悠々と佇んでいた。

 まるで数千年の歳月を超えてきた大樹を思わせる立ち姿。

 無言の、しかし確固たる力強さを秘めた瞳。その眼力に、山賊の誰もが言葉を失い、動けずにいた。

 

「ケント……」

 

 背中越しに聞こえてきたか細い声。

健人は周囲を一瞥した後、ルナに振り返り、彼女の拘束を解く。

 戒めが説かれた瞬間、茫然としていたルナは瞳から大粒の涙をこぼしながら、彼の胸に縋りついた。

 

「ひっ、ひっく、ひっく……」

 

 よほど怖かったのだろう。体を震わせ、嗚咽を漏らす彼女を慰めるように、そっとその髪を撫でる。

 そして乱れた彼女の服を整えると、一度ルナの瞳を覗き込み、続いて傍にいる他の見習い達に目を移す。

 

(ほかの皆を頼む)

 

「う、うん……!」

 

 健人の意図を察したルナが、ヴェルナ達他の見習い達の元に駆け寄り、縄を解き始める。

 彼女が作業をし始めたのを確かめると、健人は改めて、今しがた殴り飛ばしたサミュエルとロアーに視線を戻す。

 

(さてと……)

 

 殴られた二人はしばらく痛みに耐えるように地面に蹲っていたが、やがて身を起こすと、怒りの形相で健人を睨みつけてきていた。

 

「痛っ~~~~! お前、よくもやったな!」

 

「絶対に許さねえ!」

 

 案の定、二人は腰の剣を抜き、健人に襲いかかってきた。

 これ見よがしに刃を振り上げ、大振りに斬りかかってくる。

 

(……はあ)

 

「がっ!?」

 

「え? うげ!?」

 

 その二人を、ケントは内心ため息交じりで瞬く間に制圧した。

 サミュエルが袈裟懸けに振り下ろしてきた剣をミリ単位で見切り、半身となって躱すと同時に、腕を取って投げ飛ばす。

 続けて斬りかかってきたロアーも同様だ。

 力いっぱい振ってきた剣が当たる直前に避け、腕を掴んで放り投げる。

 二人はノルドであり、一応二次性徴を迎えているが、まだ成長しきってはいない。

 なにより、バランスがバラバラだ。剣先はブレているし、前方向に重心が寄りすぎているから、斬り返しも遅い。

 互いの位置取りも悪く。斬りかかってくるタイミングも分かりやすい。

 腕もなければ連携もなにもなく、はっきり言って寝ていても躱せると思えるくらいの温さ。

 だからこそ、健人はあえて奪った鋼鉄の片手剣は使わず、素手で二人相手をし続ける。

 間違ってルナ達のところに飛ばさないように。しかし、容赦なく、互いの実力差を見せつけるかのように。

 

「こ、こいつうぅ……!」

 

「馬鹿にしやがって……!」

 

 そのスタンスが、サミュエルとロアーの怒気をさらに刺激するが、生憎とその程度で斬れるような相手ではない。

 しばし続く、一方的な攻防。そして健人は最後に、息の上がったサミュエルの脇腹を容赦なく殴りつけ、続いてロアーの水月に蹴りを叩き込んだ。

 腰の入った正確無比な一撃。衝撃が皮製の鎧を容易く貫く。

 腹部に強烈な打撃と蹴撃を受けた二人は、あまりの痛みに持っていた剣を落とし、そろって胃液を吐きながら崩れ落ちた。

 

「げほ、げほ、ごほ……! ち、畜生……なんで当たらないんだ……!」

 

「というかコイツ、牢に入っているはずの奴じゃないか。なんでここにいるんだよ……」

 

 元々、二人にとってはただの丁稚のはずの人間。牢を破ることも、こんな場所で自分の姿をさらすような勇気もないと思っていた相手だ。

 女にいいように使われる、情けない男。

 しかし、そう思っていた相手に手も足も出ない現実が、否応なく二人を苛立たせ、同時に容赦なく彼らの自尊心をへし折っていく。

 屈辱に顔を歪めるサミュエルとロアー。

 一方、健人は呼吸すら乱す様子もなく、冷え切った眼で二人を見下ろしている。

 当然だ。この男、超えてきた修羅場はタムリエルの長い歴史の中でも相当なもの。

 本来の力が使えるのなら、街一つを焼き尽くすドラゴンすらも打ち倒せる存在だ。

 これで見た目はこの世界では貧弱な日本人のままなのだから、酷い外見詐欺である。

 もっとも、サミュエルとロアーがこんな歩く災害みたいな人物と戦う羽目になったのは、これまでの彼らの行いの結果なのだから、同情する余地はない。

 あまりにも隔絶した彼我の戦力差。底すら見えない相手の力量に動揺している二人をよそに、健人は冷静に現状を分析し続ける。

 

(一応、ルナ達への暴行は止めれたけど、面倒な事態なのは変わらない。とりあえず、時間を稼がないといけないな……)

 

 健人がこの戦闘を即座に終わらせないのは、ルナを辱めようとしたことへの怒りもあるが、他にもアグミル達が脱出手段を用意してもらうためだ。

 アグミル達がもう一つの地下室を解放し、脱出手段を確保するためには、まだ少し時間がかかる。

 こうして身を晒してしまった以上、できるだけこの場にいる山賊たちの目を、自分に向けさせておく必要があった。

 

「ふむ、脱獄ですか……」

 

 案の定、サージが周囲を囲む山賊に目配せすると、何人かが塔に向かって駆け出していった。

 おそらく、他に脱獄した者がいないか確かめに行ったのだろう。

 だが生憎、脱獄したのは数人どころではない。数十人単位だ。数人程度が確かめに行ったところで、逆に押さえ込めるはず。

 健人はあちらのことはアグミル達に任せ、解放されたルナ達を背中で庇いながら、サージを睨みつける。

 

「それにしても、逃げればいいのに態々そのような小娘たちを助けるために身を晒すとは……」

 

(余計なお世話だ。そもそも、襲ってきたのはそっちだろうが……)

 

 娼婦旅団も商隊達も、健人自身も、山賊などと関わる気などなかったのだ。

 彼としては契約日数働いたうえで、さっさとモーサルに帰りたいというのが本音だ。

 健人はサージが抱えている布を見つめる。あれは、間違いなく彼がグジャランド船長から貰った外套だ。

 細長いものが包まれているようだが、中身も間違いなく愛刀である『血髄の魔刀』と『落氷涙』だろう。

 ならば、後は奪った愛刀奪い返し、包囲を突破してアグミル達と合流、そしてさっさとモーサルに帰る。

 健人が警戒しながら突破の機会をうかがう中、サージがなにか諦めたかのようにため息を吐いた。

 

「……こうなるとは予想外でした、仕方ありませんね。ロアー」

 

「は、はい……! え?」

 

 ロアーが呼ばれ、サージに駆け寄る。

 次の瞬間、ロアーの腹部にトン……! と軽い音と共に衝撃が走った。

 

「……え?」

 

 いったい、なんだろうか。

 呆けた顔でロアーが視線を落とすと、自分の腹に赤黒い刃が突き刺さっている様が飛び込んでくる。

 これは何だろう。何が起きているんだろう。

 混乱したまま顔を上げれば、いつも通り笑顔を浮かべた恩師がいて、いつもとは違う冷たくもどす黒い瞳で見下ろしてきて……。

 

「サー、ジさん、これ、なに……」

 

 腹に突き入れられた「血髄の魔刀」が引き抜かれ、ロアーの体が崩れ落ちる。

 地面に広がる大量の血。明らかに致命傷だった。

 倒れ込み、ビクビクと振るえるロアーの背中に、サージは容赦なく健人の血髄の魔刀を突き刺す。背中越しに貫通した刃が心臓を貫き、ロアーは完全に動かなくなった。

 

「さて、まずは一人……」

 

「さ、サージさん、い、いったい……いったい何を……」

 

 いったい何が起きたのか理解できないサミュエルが狼狽える中、山賊の副リーダーはサミュエルに視線を移す。

 いつもと変わらぬ柔和な笑み。その微笑から滲み出る不気味さに、サミュエルは思わず「ひっ……」と小さく悲鳴を漏らした。

 

「サミュエル、ロアー。そして確か……ルナとかいう名前でしたか。三人にはここで死んでもらいます」

 

「な、な、なな、なんで……!」

 

「何故かと? 覚えていませんか? 二年半ほど前、貴方方が襲った男のことを」

 

「……え?」

 

 二年半前。三人がまだ浮浪児として生きていた頃だ。

 

「元々私はストームクロークの兵士でしたが、三年前ほどに軍を離れ、妻とお腹にいる子を守りながら郊外で暮らしていました。」

 

 突然始まる昔話。

 ストームクロークの兵士だったサージだが、休戦を切っ掛けに軍を離れ、故郷であるリフテンに妻と移り住んできた。

 森を拓き、田畑を耕して第二の人生を送るために。

 理由は……子供ができたから。

 いつ命を失うか分からない世の中だ。ならば、普通の農民として生きていく方が、妻と子供の傍にいてやれると思ったのだ。

 だが、その願いはわずか半年で脆くも崩れ去ることになる。

 

「しかし、その妻が病にかかりました。妻を助けには薬が必要。私は家に残されたお金と必要な荷を持ち、リフテンへと向かいました。しかし不幸なことに、道中にクマに襲われましてね」

 

 そう言いながら、サージは血濡れたブレイズソードを持つ右手で、自分の髪をめくる。

 金髪に隠れた側頭部には、爪痕と思われる三本の傷があった。

 

「持っていたナイフで何とかクマを追い払い、リフテンにたどり着いた私ですが、そこで動けなくなってしまいました。その時、三人の子供が現れ、私に襲いかかってきたのですよ」

 

 ロアーとルナが目を見開く中、サージの話は続く。

 

「彼らは私の荷物と、薬を買うために必要な金貨を容赦なく奪い取っていきました。薬が買えず、失意のまま私が家に戻った時。妻はとっくに死んでいました」

 

「え、あ、え……」

 

「私は三日三晩、妻と子供の死臭に満ちた家の中で呆然としていました。その後、団長とこの山賊団を造り、今に至るというわけです。さて、その悪魔のような子供は、どこに行ったのでしょうね……」

 

 サージから滲み出していた殺意が、一気に高まる。

 向けられる先は当然、残された仇の二人、サミュエルとルナだ。

 

「たす、助けて、助けて、誰か!」

 

 向けられる殺意と死に、脆弱なサミュエルの精神は瞬く間に限界を迎えた。

 涙と鼻水で顔を濡らし、武器を放り出して足をもつれさせながら、助けを求めて周りを囲む山賊足しに縋りつく。

 しかし……。

 

「まあ、サージさんが言うなら仕方ないな」

 

「ああ、俺達に害がないなら、別にどうでもいいしな」

 

「……え?」

 

 最も年下の懇願を、周囲の山賊たちは一考もせずに斬り捨てた。

 むしろ、縋りついてくるサミュエルをうっとうしそうに払い除け、中には蹴り飛ばして広場に戻す者もいる。

 あまりにも醜悪で、あまりにも無慈悲な光景。

 転がされ、突き飛ばされ続けるサミュエルに、サージはゆっくりと歩み寄っていく。

 そしてついに、サージの影がサミュエルを捉えた。

 絶望に染まる少年に向かって、黒紅の刀が振り上げられる。

 

「さて、それではさっさと死になさい」

 

 振り下ろされる魔刀。狙いは脳天。

 無慈悲で冷たく、同時に類まれな鋭さを誇る刃だ。少年の頭だけでなく、体すら両断する勢いでサミュエルに迫る。

 

「…………」

 

 だが、振り下ろされた刃は少年の脳天を捉えることはなかった。

 横合いから割り込んだ影……健人が、サージの一閃を受けて止めていたのだ。

 至近距離で交わる、二人の視線。向けられる静かな怒りと戦意に、サージが僅かに口元が吊り上がる。

 直後、するりと健人の体が落ちた。

 

「っ!?」

 

 サージは反射的に両足に力を込め、後ろへと飛びのく。

 体が後方にずれた直後、一筋の銀閃走る。健人の横薙ぎだ。

 狙いは正確に、サージが纏うエルフの鎧の隙間を狙っていた。

 鋭い斬撃に、サージの背筋にブワッと汗が噴き出す。

 

「……え?」

 

 一方、何が起きたのか理解していないサミュエルは、呆けた声を漏らすのみ。

 そして数秒後、ようやく命拾いしたと気づき、自分を助けた人物に駆け寄ろうとしたその時……。

 

「た、たす、助け……へぶ!?」

 

 縋りついてきたサミュエルに、健人のビンタが炸裂した。

 碌に身構えることもできていなかった少年が、地面の上に倒れ込む。

 そして健人は黒土で体を汚したサミュエルの胸倉を掴むと、容赦なく彼の頬を引っぱたき始めた。

 

「ぶ、へぶ! ぶぶぶぶぶ!」

 

 パパパン、パパパン、パパパンパン!

 

 繰り出される往復ビンタの音が、テンポよく鳴り響く。

 瞬く間に、ひょっとこのようになったサミュエル。だらりと力を失った彼を放り捨てると、健人は再びサージと向き合う。

 

「やはり、貴方は止めますか」

 

 先ほどサミュエル達に向けていた殺意とは違う、高揚を帯びた視線が健人に向けられる。

 その目に含まれる既知の色に、健人は訝しむ。

 そんな彼の気配を察したのか、ゆっくりと口を開いた。

 

「私は貴方を知っているのですよ、ウィンドヘルムの英雄。私がまだストームクロークにいた頃、配置されていたのはウィンドヘルムでしたから」

 

 彼の言葉に、健人は思わず息を飲む。

 ウィンドヘルム。そこで健人が成したことと言えば、ヴィントゥルースの撃退だ。

 雷、槌、激怒の名を持つ伝説のドラゴン。非常に気性が荒く、ドラゴン達ですら持て余した厄介者だ。

 

「そこの小悪魔たちは、ゴブリンにも劣る存在です。貴方が救う価値などありません。退いてはいただけませんか?」

 

 シレっとルナ達を見捨てろと言ってくるサージ。

 そんな彼の提案を鼻で笑いながら、健人は腰を落として鋼鉄の片手剣を構える。

 はっきり言って、ルナはともかく、健人にサミュエルと助ける義理などないし、勝手に助けてくれると思われるのも心外だ。だから容赦なく頬を打った。

 単純に気に入らないのだ。この少年も、あの副官も、この山賊達も。

 久しぶりに感じる憤りに、この世界に来たばかりの頃、そしてソルスセイムに行った時のことが思い出される。

 

「仕方ありませんね。しかし、まさかこのような形でウィンドヘルムの英雄と戦えるとは、望外の栄誉ですよ」

 

 サージが左手で『落氷涙』を引き抜き、二刀流となった。本気なのだろう。

 双刀を構え、全身からこれ以上ないほどの戦意を溢れさせていた。

 そんな彼を眺めながら、健人は内心彼の『望外の栄誉』という言葉を吐き捨てる。

 相手の事情など知らない。ルナ達に罪があるというのなら、ここにいる全員罪人だ。

 健人自身も含めて。

 だが、誰かを踏みつけることを良しとしていいと思ったことはない。無慈悲な現実に満ちているからこそ、諦めずにそれと向き合い続けていきたい。

 そして、向こうがエゴを力で押し付けてくるというのなら、こちらも力を行使しよう。

 辛く、冷たく、それでも好きになった、この世界で生きていくためにも。

 

(魂を……震わせろ……)

 

 健人が最初に学んだ、戦いへの覚悟。そして、己の心芯。その言葉を胸の内で呟く。

 直後、サージが放つ戦意とは比較にならない剣気が健人の体から噴き出す。

 

「っ……!?」

 

 物理的な圧力を伴っているのではと思えるほどの威圧感に、周囲を囲む山賊たちはおろか、サージですら目を見開いている中、健人は地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を駆け下りていく商隊と娼婦の人達の後を追うように、私は少しずつ足を進めていく。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、お気になさらす……」

 

 肩を貸してくれる男性、キーロに定型的な挨拶を交わしながらも、私の意識は少し前に再会したクレティエンとの会話へと遡っていた。

 

「あの山賊長か……。確かに知ってはいる。しかし、顔見知りではないよ」

 

 山賊団の長と知り合いなのか。再会したクレティエンにそう尋ねた私に、彼女ははっきりと違うと言い切りつつも、神妙な表情を浮かべた。

 いつも唯我独尊、我が道を行く彼女にしては珍しい、後ろめたさを含んだ表情だった。

 

「私はペニトゥス・オクラトゥス、帝国の間者さ。目的は、ある人物の捜索。それにめどがついたので、そろそろリフトでの生活も終わりにしようかなと思っていたところだったんだが……」

 

 帝国。私が封印される前にはなかった、シロディールの帝国。彼女はそこから送り込まれた間者とのこと。

 帝国貴族と名乗っていた彼女が、間者であることは、あまりにもあからさますぎるのではとも思わないでもないが、同時に貴族にそんなことをさせるのか? という疑問も生まれる。

 まあ、彼女のネジの外れ具合を考えたら、何をしてもおかしくない人物ではあるのだが……。

 

「確か、今のスカイリムの内戦では、休戦が結ばれていましたね」

 

 長年、ディムホロウ墓地に封印されていた私は、ここ最近の出来事については疎いが、それでも内戦が起きていたこと知っていた。

 そして三年前ほどに、停戦協定が結ばれたことも。

 

「そ。休戦協定の中には、マルカルスから銀を渡す約束があった。その関係上、ストームクロークも帝国も、ある程度相手の関係者を受け入れる必要があったんだ」

 

 だから、帝国貴族であり、身元がはっきりしているクレティエンは、ある程度見逃されていたと答える。

 実際、同じことをストームクローク側もしており、監視役兼スパイがマルカルスにいるとのこと。

 

「のわりには、貴方がそのような仕事をしているところを見たことはありませんわね……」

 

「まあ、その辺りは別の人間がいたからね。そちらの方が全部やってくれたのさ」

 

 つまり、クレティエンは自分の仕事を全部他人に押し付け、自分は娼婦旅団を率いて芸術活動に勤しんでいたらしい。とんだ道楽貴族である。

 

「それから、ここの山賊長もペニトゥス・オクラトゥスだ。彼の目的は、ストームクロークから銀を奪い、秘密裏に帝国領まで持ち帰ること。互いに存在は知ってはいるが、知らない関係さ」

 

 そしてクレティエンの話では、ここにいる山賊長も帝国の間者らしい。

 

「貴方が探していた人物というのは……?」

 

「まあ、君はまだ知らなくても無理はないな……。セラーナ、ドラゴンは知っているかい?」

 

「え? ええ。多少は……。」

 

 竜戦争によって激減したドラゴンだが、私が封印される前はまだ生き残りがいたはずだ。今はどうなっているか知らないが……。

 

「ドラゴンは長い間死んでいた。人間との戦争、その後のドラゴン狩りによって。でも数年前、そのドラゴン達が生き返るという現象が起きた。原因は、アルドゥイン。世界を喰らう者の復活さ。そのヤバさは、君も分かるだろ?」

 

「……ええ。全ての竜の長。神に匹敵するドラゴン。私が生まれるよりはるか昔に倒されたと聞いておりましたが、まさか復活していたとは思いませんでした。世界は相変わらず、退屈しそうにありませんわね」

 

「しかし、そのアルドゥインは退けられた。同じ時期に現れた、ドラゴンボーンによって。彼女は今、ホワイトランにいるはずさ」

 

 ホワイトランは、スカイリムの中心に位置する穀倉地帯。

 イスグラモルを起源とする同胞団がいる土地だ。

 

「彼女……ということは、かのドラゴンボーンは女性ということですか。それがいったいどういう話に……」

 

「しかし、この英雄譚にはもう一つ、別の話があるんだ。なんでも、アルドゥインを倒したのはホワイトランのドラゴンボーンじゃなく、もう一人の竜の血脈によるものという話だ」

 

 クレティエンの言葉に、思わず眉を顰める。

 ありえるのでしょうか? 同じ時代に二人もドラゴンボーンが現れるなど…。

 だがクレティエンは、確信を持って、ドラゴンボーンは二人いたと言い切る。

 

「なにより確実なのは、ホワイトランのドラゴンボーンが言っていたらしいんだ。自分はアルドゥインを倒していないって」

 

「ホワイトラン……確か、あの方の姉君がいる……ちょっと待ちなさい」

 

 私の脳裏に、一人の男性が思い浮かぶ。

 ノルドはおろか、インペリアルと比べても低めの背格好、どこか感情が読みづらい顔立ち。明らかに異邦人と思える容姿の、だが心優しい青年の姿が。

 カチ……と、何かがハマる音が頭に響く。

 ありえない予想。しかし、そんな自分の直感を肯定するように、クレティエンは口元をニンマリと吊り上げながら、言葉を続ける。

 

「さらに、事はどうにも複雑でね。帝国で星霜の書を管理している者達が、数年前のある時点以降、書に大きな変化があったなんて言うんだ。なんでも、新たな一文がすべての書に加えられたらしい」

 

「…………」

 

「夜のとばりが降り、血の霧に包まれた冬の地で、雪の春が訪れる時、竜の咆哮と共に、創世の片割れが帰還する……。意味深だろ? 君と、君が持っていた“モノ”も含めて」

 

 私が持っていた、『血』の星霜の書。

 数千年間、自分と共に封印されていた、この世界最古のアーティファクトであり、そして父の野望と、母の復讐に使われた道具。

 化け物として、凍り付いたはずの心臓が、ギュッと締め付けられるような感覚が走った。

 

「そんな話もあって、私が派遣されたのさ。もう一人のドラゴンボーンを探すために。かの者の名前は、ケント・サカガミ。そう、あの声の出せないお人よしさ」

 

「っ……!」

 

「まあ、本音を言えば、彼の“種”が欲しかったんだけどね。何度も誘ったのに、なしのつぶてで……。こんなにいい女のはずなのになぁ……」

 

「はあ……」

 

 むにむにと自分の胸を寄せては上げてを繰り返すクレティエン。

 突然弛緩した空気に、私は思わずため息を漏らした。

 単純に、彼の趣味に合わなかっただけではないだろうか。

 どうにもあの方は、クレティエンのようなあけっぴろげな女性は苦手なようですし、そもそも出会いからして女性として意識されていないので無理では……。

 

「もしかして、童貞だった? いやいや、あれほど活躍したドラゴンボーンが未経験なんてないだろうし……」

 

「とりあえず阿呆なことを言っていないで。これからどうするおつもりですの?」

 

「ん? さっさと逃げるよ? 彼が動くし……」

 

 さらっと言い切る彼女に、私は思わず怪訝な表情を浮かべた。

 

「声の力を失っていようと、彼はドラゴンボーン。ウルフリックはおろか、ドラゴンや世界を喰らう者に対しても退かなかった英傑だ。そんな彼が、この状況に流されるままのはずがない……! まあ、君達は大人しく待っていたまえ。きっと、彼が助けてくれるはずさ」

 

 確信をもってそう言い切ったクレティエンは、さっさと部屋を出て行ってしまう。

 そしてそれからすぐ、本当にあの方は牢を抜け出し、脱出計画を立てて実行してしまった。

 その時の彼は……なんというか、普段のあの方からは想像もできないほどの力強さを漂わせていました。

 その様子は、まるで年月を経たギルダーグリーンの木を思い起こさせます。

 実際、商隊の皆さんも、蒼の艶百合の女性達も、彼の静謐な覇気に奮起した。

 そして今、こうして残された商隊の人達と合流し、彼らはあの方の脱出計画に乗り、逃走のための馬車を確保しに行っている。

 

(後はメリエルナと、彼女を救いに行ったレキナラですわね)

 

 それに、私の『星霜の書』も探さないといけない。おそらく、山賊の誰かが持っていると思われるが……。

 そうこしているうちに、私達は塔の正門へとたどり着いた。

 外に出れば、商隊の人達が大急ぎで馬車を用意している。厩から馬を出し、馬車に繋いでいく。

 地面に転がる山賊たちの死体。おそらく、様子を見に来たのだろう。返り討ちに遭っていた。

 集落の中にある広場の方からは喧騒が響いてくる。おそらく、あの方が戦っているのだろう。

 

「あ、セラーナ、こっち!」

 

「キーロ、来たのなら手伝え!」

 

 同僚たちに呼ばれ、私達はできるだけ急いで馬車へと向かう。

 その時、ふと鼻腔に嗅ぎなれた臭いが漂ってきた。

 鉄が錆びたような、生臭く、しかしどうしても引かれる香り。

 脱出計画が始まった時から、塔に漂っていた匂いが、さらに強まっていた。

 

(嫌な予感がします……)

 

「どうかしましたか?」

 

 思わず自分が出てきた入口へ振り返る。

 開けたままにされていた扉。カパッと獣の口のように開かれたそこから、涼やかな声が響く。

 

「お待たせしましたわ」

 

 姿を現したのは、二人の美女。蒼の艶百合の筆頭娼婦、メリエルナ。そして彼女を探しに行ったレキナラだった。

 彼女達は見たところ、傷一つない様子で、いつも通り艶やかな笑みを浮かべている。

 その身から、隠し切れないほどの血の匂いを漂わせて。

 

 

 






クレティエン
実は帝国の間者であり、目的はもう一人のドラゴンボーン、つまり健人の捜索だった。
停戦協定の中で交された銀の受け渡し。その為の要人としてリフトホールド限定で行動を許されていたが、仕事を別の人物に放り投げ、自分は娼婦旅団を率いてホールド内を捜索していた。
ついでに、健人の胤ももらいたかったが、生憎とそのあまりに奔放な行動により、厄介者枠に分類されてしまった哀れな人物……いや、自業自得だな。


山賊長
こちらも帝国の間者。目的は、ストームクローク領の治安悪化と、リフトに運ばれた銀の奪還。
クレティエン側と比較すれば行動が矛盾しているあたり、帝国側の事情が垣間見える存在。
クレティエンのことは資料で知っているだけで、本人と会ったことはない。


セラーナ
ついに健人がドラゴンボーンであると知る。
同時に、星霜の書に関わる意味深な予言についても。
色々と思うところはあるが、今は脱出の為に商隊と合流する。
しかしそこに……。


サージ
元ストームクローク兵。配置されていた場所はウィンドヘルム。
三年前の休戦協定後、妊娠した妻の為に軍を退職。
ストームクロークの中では身分が高く、百人規模の部下をまとめていた。
そのため、給金もかなりあり、その資金でリフテンの郊外に引っ越し、土地を買って畑を耕し始める。
しかし、不幸なことに妻が逸り病にかかり、その薬を求めてリフテンに向かう最中にクマと遭遇。重傷を負ってしまう。
さらに不幸が重なり、当時浮浪児だったサミュエル、ロアー、ルナに襲われ、薬を買うために必要なお金と荷物を奪われてしまう。
当然、妻子は死亡。
悲嘆にくれる彼はその後山賊長と出会い、山賊の村、ダークライト村を作り上げる。
そして二年後、仇であるサミュエルとロアーを発見。
当初はすぐに殺そうとしたものの、最後の一人であるルナの姿がなかったことから、二人をあえて自分の近くに置き、彼女の居場所を探っていた。
ちなみに、彼の妻の名前はエッラ。子供につけられた名前はケント。
ヴィントゥルース襲撃を退けたことにより、健人の名前は英雄として知られており、その年産まれた数多くの赤子につけられた。


サミュエル、ロアー
知らずにタムリエル最大のイレギュラーを相手にしていた新米山賊。
健人に剣すら抜かれずにあしらわれる。
過去の罪科に襲われ、ロアーが死亡した。


ルナ
健人が間にいたため、比較的マシ。
しかし、いくら生きるためだったとはいえ、彼女もまた罪人であることを突きつけられた。


坂上健人
本気出す……。
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