【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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注意。
今回のお話については、かなりドギツイシーンがあります。
人によっては嫌悪感を催す可能性がありますので、ご注意ください。


第十三話 ありふれた死、戦士達の覚醒

 健人達が買出しに出ている間、リータはエルダーグリームの公園のベンチに腰を降ろして、ボーっとしていた。

 夕焼けが照らし出す朱色に染まったエルダーグリームは、昼間見た時とは違い、リータにはどこか哀愁を感じさせるものと映った。

 視線を横に向ければ、仕事を終えて家路につく街人達の姿が見える。

 家へと帰る人達と、それを笑顔で迎える家族。

 ほんの少し前までリータにもあったはずの、当たり前の幸せの姿だった。

 そんなごく普通の家族の姿を目の当たりにするからこそ、この黄昏がリータには一層もの淋しさを感じさせるものになっていた。

 

「お姉さん、ゴールドを恵んでくれませんか?」

 

 ボーっと市場の様子を眺めていたリータだが、唐突に声をかけられた。

 声の聞こえてきたほうに目を向けると、金色の髪を肩くらいに伸ばした、十歳くらいの少女が立っている。

 その少女を見て、リータは思わず眉を顰めた。少女の身なりが、あまりにみすぼらしかったからだ。

 

「あなたは?」

 

 少女が着ているのは薄汚れたボロボロのチュニック。靴も破れていて、霜焼けに腫れた足の指が靴の穴から覗いている。

 どこからどう見ても、身寄りのない浮浪児だった。

 何より、リータが慄いたのは、その娘の瞳があまりにも虚ろだったからだ。

 

「私はルシア。お姉さん、ゴールドを恵んでくれませんか?」

 

「お父さんとお母さんは?」

 

 空虚な瞳で見上げてくる少女に、リータは思わずそんな問いかけをしてしまう。

 次の瞬間、空虚だった少女の瞳に暗い影が差した。

 リータは思わず“しまった”と思い、自分の迂闊さに唇と噛み締めた。

 こんな風体の少女の両親がどうなったのかなど、簡単に思いつく。そして、そんな境遇の少女が、どんな目にあってきたのかも想像に難くない。

 少なくとも、まともな環境で生活できていないことは直ぐに理解できる。

 

「二人とも死んだの……」

 

 そんなリータの予感は、悪い方向で的中していた。

 案の定、少女の両親はすでに亡くなっていた。

 しかも、少女は両親が持っていた農場を、その後からやってきた親戚に奪われて家を追い出されてしまったらしい。

 行き場のなくなった彼女は、こうして街を行きかう人たちからゴールドを恵んでもらいながら、何とか生きてきたとのこと。

 

「これからどうしたらいいか、何をしたらいいのかもわからない……」

 

 亡くした父と母を思い出したためか、空虚で何も映していなかったルシアの瞳が揺れ、悲哀の色を帯びる。

 そんな時、リータとルシアの耳に、明るい声が聞こえてきた。

 

「お母さん、今日の晩御飯は?」

 

「キャベツとリンゴのシチューよ。それから、チーズとベーコン、ニンジンのソテーも付けましょうか」

 

「ええ~。私ニンジン嫌い~!」

 

「だ~め。おっきくなるためにも、野菜もきちんと食べなさい」

 

「むう~~~」

 

 そこにいたのは笑顔に包まれた母と娘だった。

 娘はルシアと同じくらいの年ごろで、母も顔立ちが整った、美人と言える容姿を持っている。

 商店街の露店で野菜を売っていた親子だ。

 娘の好き嫌いを諌める母と、そんな母の言葉に、娘は不満げに頬を膨らませている。

 そんな親子の姿を見ていたルシアの瞳から、一筋の涙がこぼれた。

 

「ママ、パパ……」

 

 リータはベンチから立ち上がると、地面に膝立ちになり、呆然としているルシアをそっと抱きしめた。

 冷え切ったルシアの体に体温を奪われるのを感じながら、リータはルシアを抱きしめる腕に力を込める。

 

「私もね、お父さんとお母さんがいくなっちゃったの。一緒だね……」

 

「…………」

 

 沈黙が二人の間に流れる。

 片や物乞いの少女。片や家族を焼き殺された難民。

 家を親戚に追い出されたことは聞いてもリータはルシアの事はよく知らない。ルシアもリータがドラゴンに両親を殺されたことは知らない。

 双方、互いの事情は知らずとも、胸に抱く疑問は同じだった。

 

“どうして、自分はこんな目にあっているのだろうか?”

 

 出会ったばかりの2人の少女は、互いにどこかシンパシーを感じながら、傷を舐め合うように身を寄せあっていた。

 

「リータ!」

 

「ケント? それにドルマ?」

 

 唐突に掛けられた叫び声に、リータは顔を上げた。

 よく見ると、焦った様子の健人とドルマが、こちらに向かってかけてくる姿が見える。

 その時、リータとルシアを黒い影が覆った。

 

「え!?」

 

 思わず空を見上げると、黄昏に染まる太陽を、巨大な影が覆っていた。

 影はあっという間に大きくなり、その全貌をさらす。

 被膜に覆われた両腕と、剣山のような鱗に覆われた緑色の巨躯。

 長く伸びた首の先にある、蛇を思わせる頭部の口には、黒い何かを咥えている。

 それは西の監視塔を襲ったドラゴン、ミルムルニルだった。

 

「ドラゴン!?」

 

 突然現れたドラゴンは一気に急降下してくると、公園の周囲の柱をなぎ倒しながら着地した。

 ドラゴンが着地した衝撃で地面が震え、衝撃波がリータとルシアを吹き飛ばし、二人は抱きしめ合ったままゴロゴロと地面を転がった。

 石畳に叩き付けられる痛みを、歯をくいしばって耐えながら、リータはルシアを守ろうと彼女の体をギュッと抱きしめる。

 数秒間、地面を転がったリータは、公園の端に建てられている家の壁にぶつかり、ようやく止まった。

 全身に走る痛みに耐えながら体を起こすと、茫然としている健人とドルマの姿があった。

 彼らの視線は、舞い降りたドラゴンの口に向けられている。

 正確には、ドラゴンが咥えている黒い何かだった。

 

「……え?」

 

 その黒い塊は、よく見れば人の形をしていた。否、焼け焦げた人そのものだった。

 ドラゴンの巨躯でよくわからないが、おそらくは大柄なノルドの男性。

 炭化した髪は、茶色の地毛が残っていた。

 真っ黒に焦げた鎧は、よく見ればヘルゲンで見慣れた帝国軍兵士の装具だ。

 左手には帝国軍の紋章が刻まれた菱形の大盾が握りしめられている。

 

「ハド、バルさん……」

 

 それは、つい先ほど、笑顔で別れたハドバルの変わり果てた姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 再び目の前に現れたドラゴン。

 ヘルゲンを襲った個体とは違うが、それでもその巨躯から放たれる威圧感は、健人がホワイトランに来るまでに戦ってきたオオカミやストームクローク兵とは比較にならない。

 だが、健人を何よりも茫然とさせたのは、恩人であるハドバルの死だった。

 呆然とたたずむ健人の脳裏に、つい数時間前の、ハドバルとの最後の別れが思い出される。

 

“再会したら、ハチミツ酒を一緒に飲もう”

 

 無力な自分に戦士としての心構えを教えてくれたハドバル。

 この世界で常に孤独を感じ、無力感を覚えていた健人にとって、その約束は将来が見えないこの世界で、闇夜に差す数少ない光の一つだった。

 しかし、その約束は、永遠に果たされることがなくなってしまっていた。

 

「この野郎! ハドバルさんを放せ!」

 

 ハドバルの死に激高したドルマが、背中の大剣を抜いてドラゴンに斬りかかる。

 しかし、ドラゴンは吶喊してくるドルマを横目で一瞥すると、翼をはためかせ、ドルマを弾き飛ばす。

 

「ぐあ!」

 

 弾き飛ばされたドルマは広場の端まで吹き飛ばされ、近くの民家の壁に叩きつけられてしまった。

 ドラゴンは斬りかかってきたドルマには興味がないのか、咥えていたハドバルの遺体を放り投げると、視線をリータと彼女が抱えるルシアに向けた。

 二人の前に、黒焦げになったハドバルの遺体が落ち、彼が持っていた盾が地面に転がる。

 

「ひっ!?」

 

 目の前に転がった焼死体を見て、ルシアが悲鳴を上げた。

 

“スリ、アルドゥイン、オファン、ディノク、ジョーレ。主、アルドゥインの命により、お前たちを粛清する。定命の者どもよ。逃れられぬ己の運命を受け入れよ”

 

 ドラゴンが二人を噛み砕こうと、その口蓋を開く。

 

「……はっ、リータ! 逃げろ!」

 

 ハドバルの死に呆然としていた健人は、ドラゴンの狙いがリータになったことで我に返ると、二人とドラゴンの間に割り込み、盾を構えた。

 しかし、ドラゴンの咬合力は、健人の想像以上のものであり、噛みつかれた盾はメキャリという耳障りな音とともに、一瞬でひん曲がってしまった。

 

「な、なんて……がはっ!」

 

「ケント!?」

 

 さらにミルムルニルは、かみ砕いた盾ごと、健人を振り回し、その勢いのまま、彼を空中に放り投げた。

 放り投げられた健人の体が宙を舞い、市場のある平野地区へ向けて飛んでいく。

 

「あっ……」

 

 無重力空間にいるような浮遊感の後、落下し始める健人の体。

 落下の加速で狭くなる視界の中に、先ほど買い物をしていたベレソア百貨店の屋根が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 健人を放り投げたミルムルニルは、改めてリータとルシアに視線を向ける。

 恐怖で完全に動けなくなっている二人だが、ミルムルニルがその牙を二人に突き立てる前に、それを阻止せんと、再び双方の間に割って入ってくる人物がいた。

 

「うおおおお!」

 

「ドルマ!?」

 

 先ほど、ドラゴンのブレスで吹き飛ばされていたドルマが、再びミルムルニルに斬りかかる。

 当然、ドルマの剣は鱗に阻まれ、ミルムルニルにはいかほどのダメージも入らない。

 しかし、ドルマは構わない。彼にとって必要なのは、後ろの少女が逃げるための時間を稼ぐことだからだ。 

 

「リータ、その餓鬼を連れてここから離れろ! ここは俺が何とかする!」

 

“むっ”

 

 その時、無数の矢と共に、鬨の声が響いた。

 ギルダーグリーンの広場を囲む通路と、ドラゴンズリーチへ続く階段から、衛兵たちが殺到してくる。

 その先頭に立つのは、ホワイトランを統べるバルグルーフ首長。

 

「衛兵たちよ、剣を取り、私に続け! ホワイトランを守るのだ!」

 

 バルグルーフは剣だけを携え、鎧も身に纏っていない。

 おそらく、ドラゴンの襲撃に気づいて、すぐに宮殿を飛び出したのだろう。

 しかし、そんなことは関係ないとばかりに、バルグルーフは兵たちを率いて、ドラゴンへ向けて突進していく。

 辣腕の首長も、その心根は勇猛果敢なノルドであった。

 さらに、ギルダーグリーンの広場に隣接している大きな建物から、衛兵たちとは違う、狼を思わせる武骨な鎧をまとった戦士たちが飛び出してきた。

 同胞団。

 このホワイトランを拠点としている、長き伝統を持つ、誇り高き戦士たちの集団だ。

 その同胞団の戦士たちを率いるのは、隻眼の老戦士、コドラク・ホワイトメン。

 

「古のドラゴンと、こんな所で戦うことができるとはな」

 

 狼を連想させる鎧を身に纏ったこの戦士は、スカイリムで知らぬものはいないほど高名な戦士である。

 そして、ホワイトランに存在する全戦力と、ドラゴンの戦いの火ぶたが切って落とされた。

 先の西の監視塔の時とは比較にならない数の戦士たちが、ドラゴンに殺到する。

 

「ドラゴンを殺せ!」

 

「勝利か、ソブンガルデかだ!」

 

 力強い咆哮と共に、携えた得物をたたきつける戦士達。

 数十の刃がミルムルニルに叩きつけられ、その一部が、かのドラゴンの皮膚を裂く。

 いくら致命傷には程遠くとも、数が数である。

 さすがにウザったいのか、ミルムルニルの瞳に苛立ちの色が浮かんだ。

 

「むうううん!」

 

“ゴアっ!”

 

 さらに、コドラクの強烈な一撃がミルムルニルの左足に叩きつけられた。

 堅牢な鱗がはじけ飛び、鮮血が舞う。

 ミルムルニルのうめき声が響いた。

 初めてドラゴンに痛打を与えたことに、戦士と衛兵たちの士気はさらに高まった。

 一方、首長の兵と同胞団の参戦に一時的に受け身に回っていたミルムルニルだが、ここにきて痛打を受けたことに焦れたのか、激高した様子で反撃に出る。

 

“煩わしいぞ、定命の者たちよ!”

 

「ぎゃ!」

 

「があ!」

 

 翼をはためかせて群がる兵たちを吹き飛ばし、その巨体で踏みつぶす。

 大木を思わせるほどの太い尾を鞭のようにしならせ、打ち付けて轢殺する。

 

“ヨル、トゥ、シューーール!”

 

 そして、その口蓋を開き、シャウトを放った。

 シャウト。別名スゥームとも呼ばれる、ドラゴン達の力の根源。天すらも揺るがす伝説の魔法である。

 突風を伴う炎の吐息が、直線状の衛兵たちを飲み込んで焼き殺す。

 さらに、舞い上がった炎は広場のアーチ状の建材を焼き、ギルダーグリーンに引火。

 瞬く間に、広場と巨木を、炎で包み込んだ。

 

「あ、ああ……」

 

「むう……」

 

 ミルムルニルのスゥームに、高まっていた衛兵たちの士気が、一気に低下した。

 スゥームはドラゴンが持つ古の魔法だが、その声の力は、魂に直接作用するほど強烈なものだ。

 人が使った“シャウト”ですら、使い手によっては相手を殺す可能性がある。

 ドラゴンという人間よりもはるかに高位の存在が憤怒を込めた声は、脆弱な人間の本質的な恐怖を呼び起こすには、十分すぎた。

 

「うおおお!」

 

 戦いに高揚していた衛兵たちが恐怖に陥り、コドラクやバルグルーフすらも委縮させる声。

 しかし、その声を間近で聞いてなお、折れぬ者がいた。

 ヘルゲンでドラゴンの襲撃から生き延びた人達の一人、ドルマである。

 

“まだ折れぬ者がいるか!”

 

「うるせえ! お前は、お前たちだけは、絶対に殺す!」

 

 彼がミルムルニルのスゥームを聞いても委縮しなかったのは、ヘルゲンで一度、その声を聴いていたからである。

 なにより、あのアストン夫妻を殺し、幼馴染に癒えぬ傷を与えたドラゴンに屈するなど、ドルマには死んでもごめんだった。

 

「ふ、威勢のいい若造だ。負けてられんな!」

 

 自分よりもずっと若い者が、伝説のドラゴンを前に啖呵を切ったのだ。

 そんなドルマの姿をみて、コドラクは笑みを浮かべた。

 コドラクと同じように、バルグルーフも戦意を取り戻したのか、動揺している兵士たちに檄を飛ばす。

 

「衛兵たちは同胞団を援護しろ! コドラク、ドラゴンにシャウトを使わせるな!」

 

 ドラゴンとの戦いが再開される。

 しかし、今度は先ほどと違い、主力となっていたのは、衛兵ではなく、同胞団とドルマだった。

 ドルマとコドラクがミルムルニルの正面で相対し、ドラゴンがスゥームを使おうとすれば、すぐさま妨害に入り、さらにドラゴンの側面から衛兵と残りの同胞団の戦士たちが援護をする。

 少数の精鋭を主とした戦略だ。

 しかし、同胞団に比べ、やはり力量で劣る衛兵の損害は大きい。

 突風を巻き起こす翼に足を止められ、大木を思わせるほど巨大なくせに、素早く動く尾に潰されていく。

 

「コドラク! 衛兵たちをただぶつけても、無駄死にさせるだけだ。同胞団の、他の戦士らはどうした!?」

 

「巨人退治に出払ってる! ここにいるのは我らだけだ!」

 

 先ほどのように一気に潰されることはないが、ホワイトランの戦力は徐々にすりつぶされていた。

 傷を負えど、瞬く間にホワイトランの衛兵たちを焼き殺していくミルムルニル。

 ミルムルニルが負ったダメージの中で、唯一“傷”と言っていいのは、コドラクの一撃だけだ。

 同胞団の戦士たちの力量は、衛兵とは比較にならない。

 しかし、その同胞団も今は数が少ない。大半の人員が、巨人退治に出ているためだ。

 

“驚いた。ここまで戦える戦士がまだいるとはな。しかし、それも終わりだ!”

 

 ミルムルニルが翼をはためかせ、その巨体を捩じる。

 そして、尾を振り上げ、すさまじい勢いでその場で回転した。

 それはさながら、竜巻のようだった。

 猛烈な旋風と大質量が、前線を張っていた戦士たちに叩き付けられる。

 

「ぐあ!」

 

「ごっ!?」

 

 その回転による一撃を、ドルマとコドラクはモロに受けてしまった。

 ドラゴンに接近してスゥームを封じていたことが仇となったのだ。

 さらにドラゴンは追撃を放つ。

 

“ファス……ロウ、ダーーーー!”

 

 回転で弾き飛ばされたコドラクとドルマに放たれた追撃のスゥームは、後方で指揮をしていたバルグルーフを巻き込みながら、キナレス聖堂の壁を突き破っていった。

 指揮官と主戦力を失ったことで、衛兵たちの統制が乱れる。

 その隙を、ミルムルニルは見逃さなかった。

 

「!? 退避しろ!」

 

“ヨル、トゥ、シュール!”

 

 ミルムルニルがファイアブレスを放ちながら、周りにいた残りの兵士たちを焼き殺す。

 同胞団の戦士たちは一早く、焼けたギルダーグリーンの影に身を滑り込ませたり、盾を掲げて身を守ろうとしたが、それでも負傷は免れなかった。

 

「あ、あああ……」

 

 一瞬で壊滅状態に陥った状況を目の当たりにしていたリータが、恐怖に震える声を漏らす。

 リータの体は、本人の意思とは関係なく、ガクガクと震え続けていた。

 彼女はルシアを抱いてこの場から離れようとしたが、恐怖で体がうまく動かず、さらに広場に殺到してきた衛兵達の勢いに邪魔され、この場から逃げる機会を逸してしまっていたのだ。

 幸い、彼女たちは、広場の端に逃げていたことと、広場に殺到した衛兵が多かったために、ミルムルニルの攻撃には晒されなかった。

 だが、既に周りには守ってくれていたドルマや健人の姿はない。

 目の前で睥睨してくるミルムルニルの姿に、ヘルゲンを焼いて両親を殺した漆黒のドラゴンの姿が被る。

 心が、恐怖で壊れそうになる中、彼女はルシアを抱いている腕に力を籠める。

 親であるアストンとエーミナをドラゴンに殺されたトラウマを抱えるリータが正気を保っていられるのは、偏に腕に抱いた少女の存在故だった。

 両親を失い、親戚に追い出されて孤独になったルシア。

 この少女に対して親近感を抱いたがゆえに、リータの心は崖っぷちで何とか均衡を保っていた。

 しかし、その存在は、彼女にさらなる絶望を与えることになる。

 

「ルシア?」

 

 突然、ルシアがリータの腕から離れた。

 ドラゴンの視線が、幼い少女に移る。

 

「ルシア!? 逃げなさい!」

 

「…………」

 

 ルシアに逃げるように促すリータ。

 しかし、ルシアはリータの声に応えることなく、トボトボと歩き始めた。

 目の前で見降ろしてくる、ドラゴンに向かって。

 

「何しているのルシア! 早く!」

 

 リータの焦る声が、燃え盛るギルダーグリーンの広場に響く。

 だが、リータの叫びにこたえたルシアの声は、驚くほど淡々としたものだった。

 

「いいよ、お姉ちゃん」

 

「何言っているの! いいから、早く」

 

「もういいんだよお姉ちゃん。私、疲れちゃった……」

 

 今にも消えそうなほど虚ろな声、そして枯草のようなルシアの後ろ姿に、リータの嫌な予感が一気に膨れ上がる。

 振り返った少女の瞳は、死を悟った老人のように、空っぽだった。

 少女の心は、既に壊れていた。

 両親の死、親戚から受けたむごい仕打ち、そして、浮浪児としての荒れた生活。

 そして襲ってきたドラゴン。

 絶対的な死を振りまく存在を前に、少女はすっかり生きようとする意志を失ってしまっていたのだ

 少女の背後で、ミルムルニルが歩み寄る。

 だめだ。やめて。逃げて。

 そんなリータの願いは、少女やドラゴンに届くことはない。

 少女は己の運命を諦観でもって受け入れてしまい、ドラゴンは主命を忠実に実行するのだから。

 

「お姉ちゃん。最後に、抱きしめてくれてありがとう」

 

 自分に向かって手を伸ばしてくるリータの姿を、ルシアはジッと見つめていた。

 そして、諦観で虚ろになってしまった表情にわずかな笑みが浮かばせる。

 冷え切ってしまった自分に、最後の温もりをくれた人に向けた、最後のお礼とともに。

 

「とっても、あったたかっ……」

 

 そして、巨大な影が少女を飲み込んだ。

 肉が潰れる音が、広場に響く。

 

「あ、ああ、あああ……」

 

 守れなかった少女と、守れなかった自分。そして、その命を奪った存在。

 トラウマと恐怖、そして憎悪と怒りがごちゃ混ぜになり、激痛となってリータの胸の奥で荒れ狂う。

 そして、恐怖で委縮していた彼女の心は“反転”した。

 

「あああああああ!」

 

 咆哮を挙げながら、リータはドラゴンへ向かって駆け出した。

 突然、抵抗の意思を見せた少女に、ミルムルニルは特に感慨も湧かない。

 当然だ。彼にとっては、人間の少女の抵抗など、羽虫の足掻きに等しい。

 駆けてくるリータを潰さんと、片腕を振り上げる。

 しかし、振り下ろした片腕は、空を切り、地面を抉るだけだった。

 振り下ろされたミルムルミルの腕を見るや、リータは身を低くして横に飛び、回避していた。

 同時に、地面に落ちていた衛兵の片手剣を拾い、ミルムルニルに斬りかかる。

 

“む!?”

 

 リータの剣が、ミルムルニルの翼の一部を切り裂いた。

 翼の被膜の二十センチほどが切り裂かれただけだが、ミルムルニルの声には、驚きの色があった。

 ドラゴンの被膜は、非常に柔軟性、耐刃性があり、傷づけることは非常に難しい。

 現に、先ほど衛兵たちが斬りかかったときは、傷一つつけることができていなかった。

 にもかかわらず、兵士よりも遥かに戦い慣れしていなさそうな少女が放った剣閃が、その被膜を切り裂いたのだ。

 その驚きは、少女と相対しているミルムルニルだけでなく、ドラゴンに蹂躙されていた戦士達にも共通しているものだった。

 

「よくも、よくも!」

 

 周囲が驚愕で硬直している一方、リータはまるで獣のように、ミルムルニルに斬りかかっていた。

 恐怖が反転した結果、憎悪となって噴出した激情に駆られるまま、剣を振り下ろす。

 まるで生きているように煌めく剣閃がミルムルニルの堅い鱗の隙間に滑り込み、皮膚を裂く。

 その剣技は、まるでその戦い方が自分に一番合っていることを、知っているような自然さだった。

 久しく味わっていなかった本格的な痛みに、ミルムルニルの胸の奥で、嫌な予感が鎌首をもたげた。

 

“この娘、まさか……”

 

 ミルムルニルにとって、それは既に消えたはず存在。

 伝説の中にだけ謳われる、己と同じ力を持つ定命の者。

 人間どもはとっくにその本質を忘れ、土の中に消えたはずの、ドラゴンにとって最大の脅威だった。

 

“あり得ん! ファス、ロゥ、ダー!”

 

「くう!」

 

 己の嫌な予感を振り払うように、ミルムルニルはリータを遠ざけようと、揺ぎ無き力を放った。

 放たれた衝撃波が、リータの体を木の葉のように吹き飛ばす。

 リータは空中で体を捻って着地するが、かなりの距離を開けられてしまった。

 弓もなく、魔法も使えないリータは手も足も出ない状況である。

 リータは、ドラゴンに及ばぬ自分の力の無さに歯を食いしばった。

 助けたかった、自分と同じ境遇の少女。

 何の罪もなかったその幼い少女を、このドラゴンはまるで羽虫を払うように殺したことは、絶対に許せることではなかった。

 

(“力”が……欲しい)

 

 リータはこの瞬間、今までの人生で何よりも、力を欲した。

 目の前の獣を殺す力、すべての理不尽を振り払う強大な力を。

 この瞬間、怒りと憎悪、力を欲する欲求、そして彼女の中に秘められていた“血”が、戦闘という極限環境下において覚醒した。

 脳裏に浮かぶのは、今彼女が、最も欲するものの名。

 外界に働きかけ、ねじ伏せる、この世を動かす本質的な言葉。

 

「ファス(Fus)!」

 

 それは、リータにとっては咄嗟の行動だった。

 気が付けば、当たり前のように頭に過った言葉。

 リータは自然と、その言葉を喉から押し出していた。

 シャウト。

 本来、長く厳しい修練の乗り越えなくては使えないはずの、ドラゴンの魔法。それを、リータは自然と使っていた。

 衝撃波が放たれ、ミルムルニルを襲う。

 

「馬鹿な! シャウトだと!?」

 

「リータ、お前一体……」

 

“むぅ! やはり貴様は!”

 

 リータがシャウトを使った事実に、さらなる驚愕に包まれるドルマやバルグルーフ達。

 一方、ミルムルニルは確信を得たというような言葉と共に、まるで恥辱を思い出すように、牙を軋ませた。

 同時に、再び距離を詰めようとするリータを迎撃しようと、口蓋を開く。

 リータとミルムルニルとの距離は、まだかなりある。リータのシャウトは咄嗟に放ったためなのか、その威力はミルムルニルのものと比べても弱く、その衝撃はドラゴンを少し怯ませるだけだった。

 間に合わない。

 誰もがそう確信した時、突然横合いから真っ赤な火球が飛んできた。

 火球はミルムルニルの側頭部に命中すると、瞬く間に膨張し、強烈な熱と衝撃をまき散らした。

 

“ぐあ!”

 

 思わず悶絶したミルムルニルの視界の端に、一人の小柄な黒髪の男が、大きな杖をもって駆けてくるのが映った。

 それは、戦い序盤で吹き飛ばした健人の姿だった。

 

 

 




見える、見えるぞ~!
数少ないお気に入り登録がゼロになる様がああああ! ぐふ……!

 ゲーム本編との大きな相違点として、ドラゴンの魂を吸収していない状態でのシャウトの習得描写があります。
 これについては本当に悩みました。
 シャウトを使うには、言葉の意味を知らなくてはいけない。
 しかし、ゲームのように、壁画を回る作業を小説内でするのは、少々困難です。
 また、オラフ王の伝説の中には、オラフ王がヌーミネックスとの戦闘中に、魂の吸収や、知識の習得を経ずにシャウトに目覚めた様な描写もある。
 そのため、シャウトの習得は、基本としてドラゴンソウルの吸収又は、知識の習得が前提である。
 しかし、龍の血脈を持つものは、ある種の切っ掛けや渇望などによって、秘めた”血”が覚醒し、ドラゴンの言葉を実際に聞いていた場合、シャウトを使えるようになる可能性もある……としました。 
 実際、本編中でリータは揺ぎ無き力のシャウトを聞いていますし、彼女は何よりも“力”を求めました。
 ですので、一節なら許されるかな~と……。

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