【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
「このあたりが潮時か……」
ダークライトタワーの屋上から集落を見下ろしながら、山賊長はひとりごちる。
眼下に広がる集落では、副官が『蒼の艶百合』の丁稚と刃を交え、塔の真下では脱獄した虜囚達が、馬車を取り戻して脱出しようとしていた。
この集落の重要な収入源。それらが逃げようとしているのだ。
本来なら直ちに部下に命じ、捕らえさせなければならないはず。
しかし、山賊長は黙ったまま。何もせずに、眼下の光景を眺めるだけ。
そんな彼の背後から、飄々とした声が響く。
「やあ、もう逃げるのかい?」
声をかけてきたのはクレティエンだった。
塔の中に軟禁されているはずの人物。
しかし、彼女もまたこの山賊長と同じく、帝国の諜報機関に属する者の一人だ。当然、それなりの隠密は身に着けている。
山賊長も同じ組織に属している故、特に気にした様子もなく会話を続ける。
「お前か。もうここでの任務は継続不能となったからな。お前が連れてきた奴らのせいで」
「心外だな。彼は関係ないだろ? 元々ストームクロークへの妨害工作の一環だったんだから、いずれ潰されるのは分かっていただろ?」
実際、彼はこの山賊団が長くないことは分かっていた。大きくなりすぎたのだ。
そろそろストームクロークが討伐軍を差し向けてくるだろう。
いくら百人単位の人員がいるとはいえ、相手は複数のホールドに跨る大勢力。到底勝てるわけがない。
しかし、これほど早く崩壊するとは思わなかった。
ため息を吐きながら、山賊長は集落の方に目を向ける。
「あれが、お前が探していた奴か……」
「まあね。どうだい?」
「怪物だな。ホワイトランのドラゴンボーンと、どちらが危険かと言われれば迷うところだ……」
自分が知る限り、最も腕の立つ男を一方的に下し、そして今は向かってくる数多の男達を、虫を払うように無力化し続けている暴力の化身。
ここから見ても、寒気を覚えるほどの剣技と戦意だ。
諜報員として長年帝国に仕えている身であるが、これほどまでに敵対したくないと思える相手は二人目だった。
一人は、ホワイトランにいたドラゴンボーン。
山賊長はリフトに来る前に、一度ホワイトランで彼女を見たことがあった。
遠目から見ればごく普通の町娘のように見えたが、監視を始めてから十秒足らずで視線が合った時は本当に驚愕したものだ。
直後に背筋に走った悪寒に、慌てて目を離し、ホワイトランを立ち去ったのを覚えている。
「とはいえ、そちらの副官も化け物具合は大概だろう? あの男、随分と狂っているようじゃないか」
「まあ、な。子供を見ると殺さずにはいられず、しかし戦闘や集落の維持には理性が働く。精神が半ば分裂しているみたいだな」
子供に対して異常な殺意を抱く男。その殺意は凄まじく、時折勝手に集落を離れ、浮浪児を殺して回るほどだった。
にもかかわらず、理性が働く異常者でもあった。
サミュエルとロアーを見つけてからは、狂気と理性が中途半端に作用した結果、現状のようになってしまっていたが……。
(精神が壊れているがゆえに成り立っていた矛盾だった。それを初見で見抜いたこいつも大概だが……)
ちらりと横目でクレティエンの横顔をのぞき見しつつ、山賊長は小さく息を吐く。
この女も、彼から見れば異常だった。
彼女は貴族だ。それも、木っ端貴族などではなく、数百年の歴史を持つ正真正銘の貴族。
本来なら、このような汚れ仕事をする必要などなく、帝都で優雅で退廃的な生活に耽溺できるのだ。
にもかかわらず、彼女は数年前に突然帝国軍の門を叩き、自分からこの地での任務に志願した。
彼女は帝都にいたときから熱心かつ献身的なディベラ信者で、各地の神殿への寄付も欠かさない人物だったらしい。
もちろん、好色な人物であることは知られていたが、そもそも貴族令嬢として最低限の礼儀や慣習は守っていた。
帝国への忠誠……だけではない何かを、この女は抱え込んでいる。
それはいったい何なのか。興味が湧かないとは言えない。
しかし同時に、長年裏世界で生きてきた直感が、これ以上踏み込むなと警告してくる。
(これ以上は、アルフィクすら惑わせられることになるな)
アルフィクとは、正式にはアルフィク・ラートと呼ばれるカジートの一種族だ。
見た目は完全な猫だが、優れた魔法力と明晰な頭脳を持つ、カジートのブレインを担っている。そんな種族でも、強い好奇心はその目を曇らせ、時に死因の一つとなる。つまるところ、余計なことに首を突っ込まない方がいいということだ。
そこまで考えて、山賊長は自分の思考を打ち切る。
気にはなるが、時間がない。少し前に、他の密偵から、リフトのストームクローク軍が動き出したとの情報が来ていた。おそらく、ここに向かってきているだろう。
今すぐにでも、ここから逃げる必要があった。
幸いなことに、脱出手段はある。
このダークライトタワーは崖を背にするように立っており、塔の奥から崖の麓まで抜けられるのだ。上手くいけば、ストームクローク軍の背後に抜けられるだろう。
(だが、その前に……)
「最後に、聞きたいことがある。なぜ、あんな化け物を引き込んだ?」
そう言って、山賊長は階下に降りる階段に続く扉へ目を向ける。扉の奥からは、異様なほど強い血の臭気が漂ってきていた。
化け物。
いつの間にか、この塔に侵入していた怪物。
塔の下で暴れている人型の竜ではなく、いつの間にか忍び込んでいた害虫だ。
その害虫のおかげで、今や塔の中はすっかり地獄絵図になってしまっていた。
「化け物、か……」
僅かな間で、塔の中で起きたのか、それはクレティエンも把握していた。
なにせ、彼女もその惨劇が起きていた塔の中にいたのだから。
「正直に言って、私にも訳が分からないんだ。一体いつ、彼女は……」
先ほどまでの飄々とした態度が嘘のようにしおれていく。
彼女が見つめる先は、階下への階段へ続く扉。当然、化け物が上に来ないように施錠してある。
クレティエンにとっても、この事態は予想外だった。
一体いつ、誰が、あの病を彼女に感染させたのだろう。
人を怪物へ変える病。デイドラがこのニルンに蔓延させた呪い。
下唇を噛み締めながら、クレティエンは眼下で今まさに脱出のための馬車に乗り込もうとしている虜囚たちを見つめる。
早く逃げるんだ。一刻も早く……!
彼女がそう願う中、塔の扉が開く。
「まずい……!」
姿を現した人影に、クレティエンは思わずそう呟く。
次の瞬間、塔の正面扉から無数の山賊達が飛び出し、虜囚たちに襲い掛かり始めた。
瞬く間に五台の馬車のうち二台が飲まれ、乗っていた人達が引きずり出される。
それは、この塔の山賊達が吸血鬼と化したなれの果てだった。
彼らは、次々に引きずり出した虜囚達に群がり、噛みつき、肉を食いちぎり、溢れる血を啜り始める。
よほど血に飢えているのか、中には馬にも噛みつき、押し倒して血を啜る者もいた。
その凄惨な光景に、他の三台の馬達が慌てふためいた様子で駆け出す。
幸い、『蒼の艶百合』の娼婦たちが乗る馬車も、逃げて行った三台の内の一つだった。
しかし、一組の男女が馬車に乗れず、取り残されてしまった。
「セラーナ……!」
取り残されたのは、足を負傷したセラーナと、彼女を支えていたキーロだった。
一方、犠牲者達の血を吸いつくしたのか、吸血鬼たちがおもむろに立ち上がると、ほとんどは逃げた馬車を追いかけ、五体の吸血鬼がセラーナとキーロを取り囲む。
そして、取り囲んだ吸血鬼たちをかき分けるかのように、二人の美女がセラーナの前に立つ。
「メリエルナ、それにレキナラまで……!」
蒼の艶百合の筆頭娼婦にして、クレティエンにとっては友人と呼べる者達。
明らかに数十人の吸血鬼を従えている様子のメリエルナの様子に、クレティエンは奥歯を噛み締める。
その時、集落の広場の方から怒号と鬨の声が聞こえてきた。
よく見れば、森の方から、蒼いキュイラスを纏った兵士達が次々と集落めがけて駆けてくる。
「ストームクロークがついに来たか。俺は逃げる。お前も早く逃げるんだな」
山賊長はそう言うと、さっさと裏道へと続く通路へと走って行ってしまう。
「くそ……!」
一方、クレティエンは一瞬迷う様子を見せる。
しかし、すぐに覚悟を決めた表情を浮かべると、先ほど逃れてきた塔の中へと駆け出していくのだった。
集落の広場は、混乱の坩堝に叩き落とされていた。
山賊、ストームクローク、虜囚、そして吸血鬼が入り乱れ、互いに相手の命を奪い合う戦場と化している。
その中で、最も早く数を減らしているのは山賊だった。
不意打ちの上、吸血鬼とストームクロークに挟撃される形になっているためだ。
山賊達も武器を抜いて戦っているが、散発的な抵抗では組織力に勝るストームクロークや、身体能力が隔絶している吸血鬼を止められない。
まるで川の濁流が岸辺の土を削るように、次々と討ち取られていく。
一方、健人も突如として現れた吸血鬼を前に、抗戦を余儀なくされていた。
(こいつら、塔にいた山賊達か? でも、どうして吸血鬼に……!)
山賊の格好をしているところを見るに、塔に残っていた山賊達が吸血鬼になったのだろう。しかし、その理由が皆目見当つかない。
とはいえ、今はとにかく迫りくる脅威を排除しなければならない。
飛びかかってくる吸血鬼に『血髄の魔刀』を袈裟懸けに叩き込み、怯んだところを蹴り飛ばす。
肩から脇腹までをざっくりと斬られた吸血鬼は地面に倒れ込み、一瞬呆けた顔を浮かべるも、すぐに立ち上がると、近くにいた仲間であるはずの山賊に襲い掛かる。
「な、何を! やめ……!」
山賊が抵抗する間もなく押し倒し、その首筋に嚙みついて血を啜り始める。
ジュルジュルと血が嚥下されていくと、先ほど健人がつけた傷から蒸気が立ち、瞬く間に塞がっていく。
血を吸うことで急激に体を再生させる、吸血鬼の能力だ。
あっというまに傷を癒した吸血鬼は、再び手近な獲物に襲いかかっていく。完全に見境なしだ。
「これほどの数の吸血鬼が潜んでいたとはな……!」
健人の隣に立つデュラックも、手に携えたクロスボウを容赦なく射程内の吸血鬼に向けて放っていた。
(馬車の方は……)
酷い乱戦状態の中、健人は脱出組の馬車に目を向ける。
脱出組の乗る馬車の数は3台。数が少ない。おそらく、他の馬車は逃げ切れなかったのだろう。
その馬車達も、広場の塔側の入口近くで群衆に飲まれて動けなくなっていた。
「こいつ! 離れろ!」
先頭馬車を操るアグミルが、取り付いてくる山賊と吸血鬼相手に必死に剣を振るう。
本来なら速度を活かして強行突破するはずが、ストームクロークの襲撃に混乱した山賊達を何人か跳ね飛ばしたことで速度が落ち、囲まれたのだ。
山賊達はこの場から逃げるために。吸血鬼はより多くの血を求めて、馬車に群がっていく。
(まずい、あの状況じゃあ…)
「うわ、わああああ!」
一台の馬車が倒され、山賊と吸血鬼に飲み込まれた。
絶叫と悲鳴が木霊する。
(くそ、早く山賊と吸血鬼を払い除けないと……!)
集まった群衆の力は並ではない。
地球でも、デモなどで暴徒化した群衆、装甲車やバスをひっくり返す光景はテレビなどで見たことがある。集団の力はそれほど脅威なのだ。
そして、こんな乱戦下に、武器を持たない消耗した一般人が放り出されれば、結果は火を見るより明らか。
「この者達は私が連れていく。早く行くといい」
(頼みます!)
デュラックにルナ達を任せ、健人は馬車を取り囲む群衆に突撃する。
「ま、まずい……!」
「逃げろ、逃げろ!」
健人が突撃してきたことに恐れをなした山賊達が、一斉に馬車から離れて逃げ出す。
数人を打ち倒したところで、残ったのは吸血鬼が三人ほど。それも健人と追いついてきたデュラックに倒される。
デュラックが念入りに吸血鬼の首を斧で落とす中、健人はアグミルが乗る馬車の荷台を覗き、思わず眉を顰めた。
(セラーナさんが、いない? それに、キーロさんも……)
荷台に、セラーナと彼女に肩を貸していたキーロの姿がない。
彼女は足を負傷していた。他の馬車に乗っているのかと、後方の荷台に目を走らせるが、いる様子が見受けられない。
「アグミル、キーロはどうした?」
「まだ、塔の方に……」
(なんだって!?)
デュラックの質問にアグミルが返答するが、その言葉に健人は目を見開き、ダークライトタワーの方に目を向けた。
つまり、セラーナとキーロは吸血鬼が来た塔に残っているということになる。
怒号と悲鳴、そして鋼が打ち合う騒音に坩堝と化した戦場。
一瞬、意識が逸れたその時、一人の男が怒号を上げながら突進してきた。
「おおおおおおお!」
「きゃああ!」
突如として背後から襲いかかってきた男はサージだった。
彼の視線の先にいたのはルナ。血を流す両足を無理やり動かしながら突進したサージは、他の見習い達をなぎ倒しながら、ルナを地面に押し倒す。
(しまった……!)
「死ね、悪魔め……!」
憎悪に染まった瞳が、痛みに呻くルナを睨みつけた。
見習い達諸共ルナを押し倒したサージが、逆手に持った片手剣を振り下ろす。
見開かれたルナの瞳に、迫る刃が映し出される。
そして、振り下ろされた刃の切っ先が、彼女の胸を貫こうとしたその瞬間、誰かがサージに横から飛び掛かった。
「がは……!」
突如として横合いから叩きつけられた衝撃。振り下ろそうとしたサージの刃は横にそれ、ルナの顔の横に突き刺さる。
続いて、肉を裂く音と共に、サージの脇から鈍色の刃が生えた。
「なに、が……」
サージは当惑したまま口から血を吐き、絶命。ずるりと横に倒れ込むと、ルナを助けた者の顔が顕わになる。
その人物に、ルナは目を見開いた。
「はあ、はあ、はあ……ルナ」
「コンスタンス、ミッシェル? どうして、ここに……」
ルナを助けたのは、山賊に囚われ、奴隷にされていたコンスタンス・ミッシェルだった。
長い間虜囚になっていたことで衰弱しきっていた彼女。
一時的に健人の薬で持ち直していたとはいえ、消耗は激しく、本来なら立つことすら難しい容体だったはず。
実際、地面に倒れ込んだ彼女の体は震え、立ち上がることすら難しい様子だった。
しかし、彼女は無事なルナの姿を確かめると、土気色の顔に笑顔を浮かべ、ルナの体を抱きしめる。
ルナの瞳が大きく見開かれた。
「よかった、生きていてくれた……」
「あ……」
「よかった、よかった……」
細く、ガリガリになってしまった腕が、ルナを優しく包み込む。
頬にかかる荒く、乱れた息。耳元で何度も繰り返される安堵の声に、ルナの脳裏にこれまで見ないようにしてきた過去の過ちが蘇る。
広場で寝ている男の財布を盗んだ。市場の野菜や果物を盗んだ。妻子の為に、薬を求めていた父親を襲った。
すべて、彼女がこれまで目を背けてきた罪が、彼女の心に一気に圧し掛かる。
「ごめ、ごめんな、さい……」
「どうして謝るの? 何があったの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
こみ上げてくる罪悪感。見ないように蓋をしてきた過去の過ちに、ルナは嗚咽を漏らしながら、只々謝り続ける。
そんな彼女を、コンスタンス・ミッシェルは優しく抱きしめ続ける。その悲しみも、憎しみも、罪も、何もかもを受け止める静かな笑みを浮かべながら。
まるで親が、傷ついた子供を慰める母親のように。
(二人とも、早く馬車に……!)
「あ、ケント……」
「貴方は……」
健人はコンスタンス・ミッシェルとルナの手を引き、二人を荷台に乗せると、改めて周囲を確認した。
混沌とした戦場の中、徐々に山賊達はその数を減らし始めている。
一方の脱出組も、三つの馬車の内一つがやられた。戦力的に一番乏しいのが脱出組だ。これ以上、彼らをここに留めるわけにはいかない。
「ケント!?」
「なにを……」
健人はおもむろに馬車を引く馬の尻を叩く。
ルナとコンスタンス・ミッシェルが戸惑いの声を上げる中、馬が嘶きを上げて再び駆け出した。馬車はそのまま慌てた様子のアグミルに手綱を操られ、一直線に戦場を駆け抜けていく。
そして、健人はもう一台もう一台の馬車も同様に後を追わせると、ダークライトタワーへと向けて駆け出していくのだった。
山賊長、実はリータの方も監視しようとしていた。
しかし、一瞬で気づかれたことと、その時感じた異様な気配に即座に退散。
彼女と同じ気配を健人から感じ取ったこと、ストームクローク軍が迫っているという情報を手に入れたことから、さっさと逃げた。
用語説明
アルフィク
カジートの一種。
カジートは出生時の月の満ち欠けによって形態が変わる。
アルフィクは完全な猫で、身体能力は他のカジート種に劣るが、優れた魔法力と頭脳を持っている。
外見が外見なので、猫として扱われることを嫌う。その為、彼らは見分けをつけるために服や装飾品などを身に着けている。