【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
既に日が落ちかけた黄昏に、突如としてもう一つの太陽が出現する。
同時に、イスランの魔力によって現出した灼熱の光がセラーナを容赦なく焼き始めた。
「あああああああああああああ!」
ステンダールのオーラ。
精鋭クラスの回復魔法ではあるが、その特殊性は他に類を見ない。
太陽光を呼び出し、敵を焼く魔法。相手が吸血鬼、それも古くから生きている吸血鬼であれば、極めて大きな効果を発揮する。
セラーナにとって天敵ともいえる術であり、そしてディムホロウ墓地でロキルの顔を焼き、彼の配下を全滅させた魔法でもあった。
彼女の悲鳴が木霊する中、イスランが背負った戦槌を構えて踏み込む。
「あくっ……!?」
薙ぎ払われる戦槌を、セラーナは反射的に後ろに五メートルほど跳んで避けた。
たおやかな美女とは思えない跳躍力。吸血鬼ゆえの優れた身体能力ではあるが、イスランはすぐさま追撃。瞬く間に距離を詰め、戦槌を繰り出し続ける。
「ぐっ、くううぅぅ!」
セラーナの口から、苦悶の声が漏れ続ける。
ステンダールのオーラはイスランの全身を包み込むように放たれており、近づけばそれだけ激しく太陽光に焼かれることになる。
吸血鬼と相対する上で、これほどまでに強力な魔法はない。
既にセラーナの白い肌は既に赤く焼け、肉が焦げる嫌な臭いが立ち込め始めている。
絶え間なく焼かれ続ける痛みに魔力を練ることも難しい様子で、本来人間以上の能力を持つはずの彼女が瞬く間に消耗していく。
「しま……」
そして何度目かの回避の際、着地の際の足がもつれてしまった。
意識が一瞬逸れた隙に、イスランは容赦なく戦槌をセラーナの脇腹に叩き込む。
「あぐ……!?」
強烈な衝撃と共に戦槌が光を放ち、打たれた脇腹の肉が焼かれ、内臓にすら熱が伝搬していく。
どうやら、戦槌にも吸血鬼殺しのための祝福が施されているらしく、セラーナの体力と生命力を一気に削り取る。
(これは……いけません……)
体を内と外から焼かれている状況。激痛と共に、全身を急激な倦怠感が襲ってくる。
「ぬぅううううう!」
「…………っ!」
肉だけでなく臓腑すら焼かれ、力が急激に抜けていく感覚に、セラーナは奥歯を噛み締めた。
自分では、この吸血鬼ハンターには勝てない。そんな考えが頭によぎる中、それでも痛む体に鞭打って、追撃の横薙ぎを避ける。
しかし、そこまでが限界だった。急激に力を失っていった体は満足に着地体制を整えることもできず、彼女は滑るように地面に転んでしまう。
「終わりだ……」
そこに、イスランのトドメが迫ってきた。
一撃で頭蓋をたたき割るつもりなのだろう。全身のひねりを加えた、強力無比な振り下ろし。
避けられない。反射的に、セラーナはそう確信してしまった。
障壁を出すのも間に合わない。振り下ろされた戦槌は確実に彼女の頭蓋を破壊し、その脳髄を焼き尽くすだろう。
(これで終わりですか。思ったより、あっけなかったですわね……)
自身の死を前に、セラーナの口元に思わず皮肉な笑みが漏れる。
幸せだったはずの幼い頃、デイドラ信仰に傾倒した両親により捧げられ、凄惨な儀式を生き延び、数多の犠牲との代償の果てに得た力。
誇りも優越感もあった。しかし、胸の奥で疼くしこりは消えない。
こうも簡単に殺される事実に、今さらながら無価値観に苛まれる。
何のために、これまで生きてきたのか。
進むべき道も、示してくれる者もいない。両親は既に権力欲と復讐心に囚われ、他の吸血鬼達も同様に本来の彼女を見る者はいなかった。
だが、いくら思いをはせたところで意味はない。
彼女はこのまま殺される。事実として、そうなっただろう。
横合いから飛び出してきた健人が、今まさに振り下ろされようとしている戦槌に突撃しなければ。
(ぐっ……!?)
「貴方……」
「むっ……」
逸れた戦槌が地面に打ち込まれる中、健人は肌を焼かれる痛みに耐えながらも、セラーナの手を取って後退。
半身となり、自分の影に彼女を庇うようにステンダールのオーラに身を晒す。
突き出したその左手には、唯一無事な彼の短刀『落氷涙』が握られている。
(まったく、何やってんだ俺は……!)
突然の助けにセラーナが瞠目する中、健人もまた、自分の行動に呆れ果てていた。
吸血鬼の危険性は彼自身、骨身にしみている。
あの化け物は一種の伝染病のようなものだ。その歪さから他者の血を飲まずにはいられず、一体でも残れば、ネズミ算式に数を増やしてしまう。
しかも、持つ力は人間を上回るのだから、その厄介さはネズミの比ではない。
「どういうつもりだ? その吸血鬼を庇うのか?」
案の定、イスランが健人の行動を窘めてきた。
それはそうだろう。セラーナは吸血鬼だった。人間社会のことを考えれば、ここで討伐した方がいい。そう考えるのは当然だ。
責めるような目で見てくるイスランに、健人は何も言えない。
元々声が出ないこともあるが、彼自身、今の自分の行動に対して、弁明できるだけの理由が浮かばなかったのだ。
だが、既に彼は行動してしまっている。ある種の諦めを胸に、健人はぐっと『落氷涙』の柄を握りしめた。
「吸血鬼に与するならば、仕方ない……」
(なんとか逸らせ……!)
イスランの方も健人を敵だと認定したのか、容赦なく襲い掛かってくる。
振り下ろされる戦槌を前に、健人は自分から踏み込み、落氷涙と折れた血髄の魔刀を掲げる。
(ぐっ……!)
両腕にかかる重圧に歯を食いしばりながら、落ちてくる戦槌の軌道を逸らす。
しかし、そこまでが精いっぱいだ。既に健人もかなり消耗している。
それに、ステンダールのオーラが至近距離から健人の体を焼いてきてもいた。
ステンダールのオーラは吸血鬼に対して特効ともいえる効果を発揮するが、別に吸血鬼以外にも効果がないわけではない。
多少威力は減退するが、使用者が敵と判断した相手には容赦なく牙を向いてくる。
健人もまた、ステンダールのオーラの効果に気づいていたが、退くわけにはいかず、足を止めてイスランと打ち合う以外選択肢がなかった。下手に避けたりすれば、影にいるセラーナが再び焼かれてしまうからだ。
(この距離で打ち合えないなら……!)
「むっ!?」
健人は薙ぎ払われた戦槌をしゃがんで躱し、そのままイスランの腰に飛びつく。
そして両足に力を籠め、イスランの足を地面から浮かせると、一気に押し込み、そのまま山賊の宿舎の壁に叩きつける。
この男をできるだけセラーナから引き離すためだ。
ステンダールのオーラが至近距離から容赦なく体を焼いてくるが、歯をくいしばって耐えながら、拳を振りかぶる。
(このまま肉弾戦で……がっ!?)
「むん!」
しかし、その前にイスランの膝蹴りが健人の顎をかちあげた。
頭に衝撃が走る中、視界の端に戦槌を手放したイスランが右フックを放ってくるところが映る。
間合いの急激な変化にも迅速に対応してくるあたり、やはり只者ではない。
(く……!)
反射的に首をひねり、イスランの右フックを避ける。
金属製の小手での殴打は、下手をすれば人間の頭を砕くだけの威力があるのだ。実際健人もアポクリファでデイドラの顔を潰しているので、その危険性は十分理解している。絶対に避けなければならない。
(防具の差もデカい。単純な肉弾戦じゃ無理なのは分かってる!)
相手は重装鎧を纏っている。
顔面以外の場所への打撃は効果が無く、かといって関節技を極めようにも、ステンダールのオーラが容赦なく体を焼いてくる。
健人が吸血鬼ではないから効果は薄いが、無視できる痛みではない。
可能な限りの短期決戦が必要だ。
健人は足一つ分だけ距離を取り、得物を振るう。イスランは小手で的確に健人の斬撃を防ぐも、はじけ飛ぶ小手の装甲に眉を顰めた。
鎧剥ぎの太刀。
健人がデルフィンから学んだ技。
素手では届きづらく、短刀などの得物を十分震える距離から繰り出される連撃が、イスランの守りを徐々に剥がし始める。
しかし、イスランもただ剥がされるままではない。健人の剣閃の変化を予想し、小手の装甲を剥がされないように打点を調整してくる。
(くそ、やっぱり簡単に崩せる守りじゃないか!)
照りつけるステンダールのオーラで皮膚が赤くなり、徐々に火傷が酷くなっていく中、健人は得物を振るい続ける。
碌な防具を持たない今の健人には、徹底的に攻撃に出るしか手がないのだ。
しかし、それも中途半端。『血髄の魔刀』を失った今の彼には、この要塞のような精神と守りを持つ重戦士を下す術がない。
「……っ、っ……っ!」
その時、健人の耳が背後から流れてくる声を捉えた。
小さく、よく聞き取れない呟き声。横目で後ろを確認すれば、セラーナが再び魔力を練り上げている姿が見える。
(彼女の詠唱の時間を……)
「させると思うか?」
(ぐっ!?)
一瞬、健人の意識が後ろのセラーナに向いた隙に、イスランが前蹴りを放つ。
とっさに腕を割り込ませて直撃は防ぐも、二人の間にさらに僅かな距離を生み出す。
それは、戦槌を振るうには最適の距離だった。
「むうん、ぜええい!」
イスランの攻勢が一気に高まる。
立て続けに繰り出される戦槌。上下左右から感激なく襲い来る剛撃が、瞬く間に健人の防御を削り取っていく。
既に愛刀の片割れを失っている健人には、イスランの猛攻を防ぎ続けるのは至難だった。
(くそ、持たない……! せめて盾だけでもあれば……!)
健人の奮戦空しく、イスランの強撃が彼の体を横に弾き飛ばす。
そして、ステンダールのオーラが再びセラーナに牙を向いた。
「くぅうぅぅぅう!?」
「これで終わり……むっ!?」
ステンダールのオーラが再びセラーナを焼き始めたその時、ダークライトタワー前の厩から、複数の馬が嘶きを上げながら飛び出してきた。
「ヒヒーーーン!」「ブル、ブル、ブル……!」
ドカドカドカドカ! と地鳴りのような騒音を響かせながら、十頭以上の暴れ馬が混乱した様子で塔前の広場を次々と駆け抜けていく。
元々は山賊達の目を引くため、厩に火を放ち、暴走させる予定だった馬達だ。
(厩に残っていた馬? でも、どうして……!)
人間の数倍以上の体重を持つ馬に激突されれば、重傷は免れない。
案の定、イスランも目を見開き、踏み込みを中断して宿舎の壁まで引いていた。
好機である。
(っ、考えている暇はない!)
暴走している馬達。健人はそのうちの一頭に目をつけて飛び乗り、手綱を取る。
そして、一目散にセラーナの元へと駆けていった。
(手を……!)
「っ!」
セラーナが差し伸ばされた健人の手を取る。急激に腕にかかる負荷に耐えながら、彼は何とか彼女を馬の背に引き上げた。
同時に、セラーナは詠唱を完了。用意されていた魔法をイスラン達……正確には、その手前の地面へ向かって発動する。
「マズいな……!」
その意図を読み取ってイスランは一気に後方に退避。
同時に、クロスボウを放とうとしていたアグミルとデュラックの手を引き、自分の影へと押し込む。
次の瞬間、セラーナの魔法が発動し、局所的な吹雪が吹き荒れた。
ブリザード。達人クラスの破壊魔法だ。
発動したブリザードは瞬く間に広場と、山賊たちの宿舎、そしてダークライトタワーを氷で包み込んでいく。
「うわあああ!」
「むう、これは……!」
「二人とも、動くな!」
イスランもまた背後の二人を庇いながら全力で魔力を高め、ステンダールのオーラで絶対零度の吹雪に抗う。
これだけの魔法だ。魔力を練り上げる時間もそうなかったことを考えれば、効果時間もそれほど長くはないはず。
そして、ステンダールのオーラの効果時間が切れると同時に、吹雪もまた治まった。
時間にして十秒ほどだろうか。
それだけの短い時間の間に、イスラン達の眼前の光景は一変していた。
地面は分厚い氷に覆われ、宿舎や厩は完全に氷の中に閉じ込められている。
屹立しているダークライトタワーも半分は一面に氷が張りつき、太い無数の氷柱が斜めに生えていた。
そして健人とセラーナの姿は、完全に消えていた。
「逃したか……」
イスランはそう呟くと、背負っていた戦槌を背中に戻してため息を漏らす。
重傷は負わせた。あれほど体を焼かれた後にこれだけの規模の魔法を使ったのだ。おそらく、一気に衰弱しているだろう。
しかし、見失ってしまった以上、追撃は難しい。
それに、まだ仕留めきれていない吸血鬼が近くにいる可能性もある。実際、もう一人いたはずの女の吸血鬼もいつの間にかいなくなっていた。
(……愚かなことだ。吸血鬼に与するなど、いずれ裏切られ、血と闇の中に飲まれてしまうだけだというのに)
逃げ延びた吸血鬼の死を願いつつ、イスランは彼女を庇った健人にも憐憫の情を抱く。
所詮、相手は化け物なのだ。外見が美しかろうが、その中身は腐肉と同じ。毒にしかならない。
同時に、あれほどの戦士を惑わす危険性を再認知し、己の信念を新たにする。
もし生きていたら、次は必ず殺す……。
吸血鬼への殺意と、かの種族の全滅。それを再び誓いながら、彼は配下の二人と共に集落の方へと戻っていった。
イスランから逃げのびた健人は、半刻ほど馬を走らせたところで、ようやく足を緩める。
二人分を乗せて走ってきた馬もかなり荒い息を吐いており、そろそろペースを緩めないと、馬が潰れてしまう可能性もあった。
(はあ、はあ、はあ……! さすがに、これだけ引き離せばすぐには追いついてこれないだろ)
とりあえずの安全は確保されたと考え、健人はようやく安堵の息を漏らす。
とはいえ、やったことはかなりマズい。吸血鬼を庇ったのだ。間違いなく、ドーンガードからは敵認定されただろう。
やってしまったという後悔が一瞬襲ってくるが、頭を振って意識を切り替える。
悩み続けて唸ったところで、今はどうにもできないのだ。
とりあえず、健人は後ろにいる彼女の様子を確認しようと後ろを振り返る。
「う、うう……」
その時、セラーナがうめき声を上げながら、馬から落ちた。
健人は急いで馬を止めて近くの木に馬を繋ぎ、彼女に駆け寄る。
(まずい、相当衰弱している。あの魔法が原因か?)
イスランというレッドガードが使用した、太陽光と思われる光を全身から放ち続ける魔法。敵対者を容赦なく焼く魔法であったが、明らかに吸血鬼に対して効果を発揮する術であった。
実際、セラーナの顔や肌は醜く焼け、髪もボロボロ。火傷を負った皮膚からはジュクジュクと絶えず体液が滲み出し、下手に触れたら皮膚がはげそうなほど損傷している。
至近距離で長く受けていた健人よりも明らかに重傷だ。下手をすれば、このまま衰弱死してもおかしくない。
(どうする? 今の俺に回復魔法は使えない。薬の類も全部使い切ってしまっている)
声を失い、薬も全部山賊の虜囚となっていたコンスタンス・ミッシェルに渡してしまっている。
(……しかたない、か)
健人は少し考えこみ、やがて覚悟を決める。
セラーナの体を抱き起し、『落氷涙』を抜いて己の手のひらに傷を刻む。
そして血が滴る手の甲の縁を、ゆっくりとセラーナの口元に当てた。
「ん、んん……んぁ……」
唇に触れた血を、彼女はゆっくりと嚥下し始める。
一口、また一口と小さく嚥下するたびに、少しずつセラーナの皮膚の火傷が引いていく。
吸血鬼は血を吸うことで体力や魔力を回復させ、傷を癒すと言うが、どうやらきちんと効果はあったらしい。
回復していく彼女の様子にホッとしつつも、健人の頭に再び迷いが浮かぶ。
(これで、よかったのだろうか?)
吸血鬼を救うなど、この世界で普通に生きる人間なら絶対にやらない行動だ。ともすれば、自分にも害が及ぶ。実際、ドーンガードのイスランは健人を吸血鬼の仲間と判断して、排除しようとしてきた。
しかし、彼女をあの時見捨てることは、何かが違うと感じてしまったのだ。
そう思った理由を、改めて考え直してみる。
思い出されるのは、自分が吸血鬼であるとバレた時、そしてイスランに追い詰められた時に見せた、諦めたような、悲哀と寂寥を混ぜたような目。
そして、彼女が少しではあるが、身の上を話してくれた時の声。
あの時の言葉に……『声』に、嘘はなかった。
行く当てもなく、目的も見つけられず、どこにも寄る辺を得られない、深い孤独の片鱗。それが彼女の『声』から漂っていた。
それを思い出した時、健人は咄嗟に、彼女とイスランの間に割り込んでいた。
馬鹿な行動だろう。阿呆の所業だろう。考えなしなのだろう。
しかし、どうしても『心が震えてしまった』のだ。
「貴方……」
(…………っ!)
セラーナが意識を取り戻し、茫然とした表情で見上げてくる。
ほっと緊張が解け、健人は頬を緩めるも、ぶり返してきたやけどの痛みに思わず顔を顰めた。
彼女ほどではないとはいえ、健人も至近距離でステンダールのオーラを浴び続けたのだ。顔や手などが赤く腫れあがるくらいの火傷は負っていた。
「……助けられたようですね」
意識を取り戻したセラーナだが、改めて健人の顔を見て表情を曇らせた。
彼女の瞳に写っているのは、火傷を負った健人の顔だ。
顔に浮かぶしかめっ面からはその感情を読み取れないが、セラーナはおもむろに片手を健人の頬に伸ばすと、詠唱を紡ぐ。
すると、頬に触れてきた彼女の手からほのかな光が放たれ、健人の顔の傷を少しずつ癒し始めた。
見習いクラスの回復魔法『治癒』である。
皮膚の裏がくすぐったくなっていく。それは、傷が急速に癒えていくためか、それともほかに理由があるのか。
とにかく、健人が身じろぎしていると、彼は自分の左手が妙に震えているのに気付く。
(なんだ? 火傷は癒えていっているのに、急に腕の感覚がなくなっていく)
不自然に震えている左手。そこから徐々に寒気が全身に広がっていく。
まるで、氷水に漬したような、皮膚が凍り付いていくような感じ。
しかし、体の芯は不自然なほど熱くなっていく。その感覚に健人は覚えがあった。
(もしかして、吸血鬼化か? 嘘だろ、噛まれてもいないんだぞ!?)
吸血鬼化の進行。
かつて、モヴァルスと戦った時も、健人はあわや吸血鬼と化しそうになった。
その時と全く同じ症状に、焦りが急激に込み上げる。
(マズいマズいマズい! 疫病退散の薬は手元にない。作ろうにも、時間が……!)
吸血鬼化を防ぐためには、疫病退散の薬を使うのが一般的だ。
しかし、今の健人には薬そのものはおろか、薬を作る材料も道具もない。
このままでは吸血鬼化は免れない。
「どうかしましたの? ……まさか」
健人の様子がおかしいことにセラーナも気づき、その原因まで思いついて顔色を青くしていた。今の彼女にも、健人の吸血鬼化を止める手段はないのだ。
健人の体がふらつく。セラーナは慌てて身を起こし、支えようとするも、自身が原因であることに気づいて、思わず手を止めてしまった。
玉のような汗が健人の額に浮き、徐々に呼吸が荒くなっていく。
(どうすれば、どうすればよいのでしょう……!)
「ああ、いたいた! 見つかってよかったよ!」
セラーナと健人が焦る中、森に第三者の声が響いた。
草木をかき分けながら姿を現したのは、馬に乗ったクレティエンだった。
「いやあ、隙を作ろうと馬達をけしかけたのは良かったけど、その後見失っちゃって……。はい、ケント。これを飲んで」
馬を降りたクレティエンが、懐から薬の瓶を差し出してくる。
それは、今の健人に必要な『疫病退散の薬』だった。
健人は受け取ったその薬を、急いで嚥下する。
腕の感覚が徐々に戻り、体の心から湧いていた熱も引いていった。どうやら、吸血鬼化の心配は無くなったらしい。安堵の息を漏らしつつ、身を起こす。
健人としても、クレティエンには色々聞きたいことはあった。どこにいたのかとか、これからどうするつもりなのかとか、セラーナの正体についてとか……。
しかし、健人が黒板を取り出す前に、クレティエンが口を開いた。
「さて、色々話したいことがあるだろうが、まずはお礼を言わせてくれ。ケント、彼女の正体を知ってなお助けてくれたこと。本当に感謝している。ありがとう」
突然の礼に健人が思わず面食らう中、彼女は説明を続ける。
「彼女は確かに吸血鬼だが、随分長い間遺跡に封印されていたらく、最近目覚めたばかりらしいんだ。自分から積極的に人を襲って血を吸うとかをする感じではなかったから、監視という意味も含めて保護していた」
そうだよね? とクレティエンが目配せをすると、セラーナも彼女の言葉を肯定するように頷く。
「ええ、確かに私は、千年以上封印されておりましたわ。私を蘇らせたのはロキルという吸血鬼で、先ほどドーンガードの身を偽ってメリエルナ達を吸血鬼に変えた者です」
そしてセラーナは、健人に己の事情を説明し始めた。
数千年ぶりに目覚めたところで、ドーンガードの襲撃があり、その混乱に乗じて逃亡。
以降はクレティエンに保護されたが、あの山賊団に囚われている中で、再びロキルが彼女を探して現れた。
「ロキルが私を探していた理由は、彼の主……私の父の命令によるものでしょう。私達はこのスカイリムでも特に古い一族で、少々、特殊な吸血鬼ですから」
(特殊?)
「咬まれたわけではなく、デイドラの儀式によって直接吸血鬼に変えられた者、という意味さ。その儀式は凄惨極まりなく、生き残る者は皆無。しかし、その儀式で生き延びた者は、強大な力を持つ純血の吸血鬼となる」
セラーナの説明にクレティエンは補足を入れつつ、儀式について説明する。
世界最初の吸血鬼は、デイドラロードであるモラグ・バルによって生み出された。いうなれば、この世界に落とされた血の染み。それが吸血鬼だ
セラーナはその最初の吸血鬼と同じく、モラグ・バルによって作り出された純血のヴァンパイアであるらしい。
かの邪神の血を分け与えることで、人間はおろか並の吸血鬼すら寄せ付けないほどの力を得る。実際、先ほど彼女の力を目の当たりにした健人には、その事実を否定する言葉はなかった。
強大な魔力もそうだが、少し傷から流れる血に唇で触れただけで、急激に相手を吸血鬼化させるだけの感染力など、思い当たる節は多い。
「名を、コールドハーバーの娘。まあ彼女の場合は、これも理由なんだろうけど……」
(これは……!)
そう言ってクレティエンが取り出した『モノ』に、健人は目を見開いた。
見覚えのある、黄金の巻物。この世界に戻った時には、すでに消えていた品。
あの虚無の中でアルドゥインと戦った後に使用した『創造』。その『欠片』である。
「星霜の書。説明不要の、この世界で最も力を持ったアーティファクトだ。それにしても……これは、どういうことなのかな?」
彼女が取り出した巻物は淡い輝きを放っていた。
このような反応は、クレティエンは見たことがない。
少なくとも、この書を山賊の倉庫から盗み出したときには、このような光は放ってなかった。
クレティエンはセラーナに目線を送るも、彼女もまた首を横に振る。
そして、二人の目は、この場にいる最後の一人に向けられる。
当の本人は目を見開き、驚いているが、それがよりセラーナ達の困惑を助長させる。
「貴方は、一体……」
「ふむ、なんとも不思議なことだ。ところでセラーナ、話は変わるが、君はこれからどうするんだい?」
バサリと馬の背に乗せていた布で星霜の書を覆い、セラーナに手渡しながら、クレティエンは尋ねる。
「私は……私は、家に帰ろうと思いますわ」
一瞬の逡巡を挟みつつも、彼女ははっきりとそう言い放つ。
「……そうかい。ちょっと残念だよ。君との生活は、なかなか楽しかったからね。特に残念なのは、一度もベッドを共にしてくれなかったことだな!」
「私と寝るということがどういうことか、既にお判りでしょう? そんなに吸血鬼になりたいのですか?」
「いや? でも薬を飲みながらならイケるんじゃないかな? とは思っていた!」
健人もセラーナも一瞬、クレティエンが本気で言っているのか疑ったが、キラキラと輝く彼女の瞳を見て戦慄した。
本気だ。コールドハーバーの娘の感染力を知っても、彼女は本気でセラーナと寝たいと思っている。
色欲に忠実とはいえ、ここまでまっすぐに色欲に走れるのか。
自分達とはちょっと違う世界を垣間見、二人は疲れたようにため息を漏らす。
実際、これまでの疲労が一気に襲いかかってきた気分だった。
「まあ、それはまたの機会として……ケント、頼みがあるんだ」
再び真剣な表情に戻るクレティエン。
先の発言があまりにも酷いものだったために幾分か気持ちを持ち直すのに苦労したが、一応、恩人の頼みである。
健人は彼女の言に耳を傾け、そして眉を顰めた。
「彼女を無事に送り届けてくれないか?」
「クレティエン?」
健人の気持ちを察したクレティエンが、言葉を重ねる。
「不安は分かる。しかし君も、彼女が普通の吸血鬼とは違うと気づいたから助けてくれたんだろ?」
「…………」
その言葉に、健人は思わず腕を組んで視線を逸らす。その迷いが、クレティエンの言が少なからず的を射ていたことを示していた。
一方、セラーナはクレティエンの提案を固辞しようとする。
「私は……大丈夫です」
「いや、未だ世間知らずな君を家まで送り届けるには、案内役と護衛が必要だよ。それに、喉の渇きもあるだろう?」
「それは……」
「下手に人間を襲うわけにもいかない。しかし、私もまだこのホールドを離れるわけにはいかない。となると、事情を理解してくれる相手が必要だ」
「受けてくれるはず、ありませんわ……」
自らの肘を抱くようにしながら、セラーナはスッと顔を背ける。
そんな彼女の態度に隔意を感じながらも、健人は今一度、己の内に問いかける。
この世界で生きてきた理性は、やめろと告げる。吸血鬼の恐ろしさ、危険性は知っているだろうと。
直感は受けろと告げてくる。
明確な根拠などはない。湖の傍で交わした言葉と、孤独という状態への共感程度。しかし、それで十分だと。
天秤にかかる二つの気持ち。しばしの空いた揺れ動いた天秤は、やがて片方へと傾く。
『分かった。やろう』
「っ!?」
そして健人は己の直感に従い、セラーナを送り届けることを了承した。
彼が黒板で掲げると、その答えが予想外だったのか、セラーナは驚きに目を見開く。
その妙に気の抜ける反応を見て、思わず健人の頬が緩む。
これでよかったのか、悪かったのか。それは後々はっきりするだろう。今は、そのぐらいでいい。
「本当かい? 助かるよ!」
『行先は?』
クレティエンが喜びをあらわにする中、健人は手早く黒板に白墨を走らせ、向かう先をセラーナに尋ねる。
「え……あ、その……」
「セラーナ、しっかりしなよ」
「ええっと、城へ行くための船がハーフィンガルホールドの北の海岸にあるはずですわ。まずはそこに向かっていただければ……」
ハーフィンガル。以前、健人も行ったことのあるホールドだ。
それなら、ホワイトランを経由で行ける。リータ達とも再会できるかもしれない。
目標が決まったところで、クレティエンが馬から何かを持ち出してくる。
「必要なものは、ここにある。それから、十分な路銀と報酬もだ」
差し出してきたのは、二人分の大きなバッグだった。
其々のバッグにはベッドロールや旅のための道具。それから、セプティム金貨が五百ほど入っていた。
結構な金額である。おそらく、星霜の書を倉庫から盗む時に持ちだしたのだろう。
すべて必要なものということで、健人は遠慮なくいただいた。
「それから、これも受け取ってくれ」
クレティエンは旅の道具と報酬のほかに、もう一つ、特徴的な道具を差し出してきた。
針がついた四角い箱。よく見れば、ガラスのシリンジが複数セットされている。
なんとなく、健人には注射器のように見えた。
「これは、採血をするための道具だ。セラーナに血を分けるには、必要だろ?」
どうやらこの道具は見た目どおり、採血器らしい。
確かに、ちょっと傷と唇が触れただけで感染してしまうのだ。セラーナが吸血鬼の性から逃れられない以上、必要な道具である。
それにこれなら、採血の度にわざわざ深く傷を作らなくていい。
採血器も受け取ると、健人は他の道具と同じく、大切にバッグの中に入れた。
そして、繋いでいた馬の背にその道具を乗せて背に乗ると、セラーナに手を差し出す。
まだ健人が依頼を受けたことを信じられないのか、少し躊躇しつつも、彼女は手を取り、彼の後ろに乗ってきた。
「ルナ達のことは任せたまえ。彼女の保護者と一緒に、ちゃんと安全なところまで届けるよ。それに、他の娘達のこともね」
クレティエンの言葉に頷き、健人とセラーナは一路西へ向けて馬を進める。
上手くいけば、このまま街道に出て、そのままファルクリース方面へ抜けられるだろう。
彼らの姿が木立の影へと消えていくのを手を振りながら笑顔で見送ると、クレティエンは「んん~~!」を大きく背伸びをした。
「また会おう、タムリエルの英雄よ。きっと、そう遠くない未来にまた会える時を楽しみにしているよ……」
そして、オーロラが輝く夜空へと向かって呟く。
「さて、これでよろしかったですか? ディベラ様」
その言葉に応えるように、荘厳な声がクレティエンの耳に響いてきた。
『まあ、及第点といったところでしょう。少なくとも、彼を再びこの世界の運命の流れに乗せることができました』
ディベラ。
この世界を作り上げたエイドラの一人にして、九大神の一柱。
美と芸術を司り、謎めいた愛に喜びや想像力を見出すその神格は、女性から絶大な信仰を受けている。
クレティエンは彼女の使徒のひとりであり、同時に彼女がタムリエルを見通すための目の役割を担っている者の一人だった。
別に珍しいことではない。
エイドラはその魂がニルンに縛りつけられているために、デイドラロードと比べて大っぴらに動くことが難しい。
故に、彼女のような使徒や信者の目を通して下界を監視したり、間接的に干渉することがある。
実際ディベラ曰く、既に他のエイドラも、かのドラゴンボーンを監視する者を送っているとのこと。
「この後は、どうするおつもりですか?」
『しばらくは、時の流れに任せます。一時ではありますが、既定の流れに沿って運命は動いていくでしょう。貴女もまたしばしの間は己の道を進みなさい。いずれ、また道は交わるはず……』
それだけを言うと、ディベラの声は遠く星空の彼方へと消えていった。
残されたクレティエンは相も変わらずな主神の様子に胸の奥で溜息を漏らす。
神々というのは、往々にして言葉足らずだ。小さな子供である人間には、その視点の差は大きい。
しかし、かの神が言うには、今しばらくは大きな問題は起きないとのこと。
とりあえず、それだけが分かれば十分だ。クレティエンは自分が乗ってきた馬にまたがると、健人達とは反対方向へと馬を進ませていく。
行く先は、残された蒼の艶百合の娘達のところ。
健人達だけでなく、いなくなってしまったメリエルナ達のことも心配だが、今は残された娘たちをちゃんと守っていかなくてはならない。
「さて、そろそろ戻ろうか。どうやって言い訳しようかな~~」
とりあえず、山賊の拠点に残っている銀を渡して何とか言い逃れしよう。
当然、帝国の干渉に関しては一切黙秘。後はもう野となれ山となれだ。
カポカポ、と呑気な馬の足音が、月夜の森に鳴り響く。
気がつけば、随分と穏やかな夜が訪れていた。つい先ほどまで、戦いがあったとは思えないほど静かな夜に、おもわず空を仰ぎながら、彼女は自分の居場所へと戻るため、来た道を戻っていくのだった。
草木をかき分け、レキナラは森の中を北東へと急いでいた。
「はあ、はあ、はあ……。メリエルナ、大丈夫か?」
「こふ……」
セラーナと同じく、イスランが放ったステンダールのオーラに焼かれたメリエルナを右腕で抱えながら、ひたすら足を動かす。
少しでも人里から離れなければならない。腕の中の彼女はもう、人間社会にはいられないのだから。
「必ず、必ず助けるから……」
幸い、距離が相当開いていたことで絶命には至っていないが、メリエルナの玉のような肌は既に黒く焦げて炭化してしまっている。なり立ての吸血鬼であることを考えれば、回復には相当時間がかかるだろう。
元々、足に古傷を持つレキナラが、メリエルナを抱えて逃げおおせたのは理由がある。
彼女の左手には、ロキルが持っていた『魔剣』が握られていた。柄の棘がレキナラの腕から、血を吸い上げている。
血を啜る『魔剣』は、レキナラの意識を断たぬよう血を啜りながら、まるで甘味を楽しむかのように拍動を繰り返す。
この剣の力を使うことに迷いがなかったわけではない。しかし、レキナラにはこれ以外に、健人やドーンガード達から逃れる術が思い浮かばなかった。
脳裏に、先の戦いの光景が思い浮かぶ。
絶大な力を持った古の吸血鬼と、それを退けた青年。そして、吸血鬼に対して圧倒的な力を見せつけたドーンガードの長。
(今捕まるわけには、絶対にいかない)
逃げるしかない自分自身を歯がゆく思いながら、レキナラは『魔剣』の恩恵を借りながら、月夜の森をまるで追い立てられる小鹿のように駆け抜けるのだった。
というわけで、第十六話でした。
そして、ドーンガード前日譚の本編はここまで。
後はエピローグを投稿して終了となります。
ようやく、ゲーム本編と同じく、ヴォルキハル城へと向かえます。
思った以上に長くなってしまった……。文字数としてはたぶん、16万文字ほど……ちょっと多すぎ。