【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
第一話 ヘルゲンでの再会
薄明の空。世界のノドの稜線から朝日が覗く。
昼と夜の狭間の光景。そんな中、まだ薄暗い闇に包まれた街道を一頭の馬車が進む。
街道から少し逸れた場所からは、ザアザアと水が流れる音が響いてきていた。
リフトホールドからファルクリースホールドへと続く道を歩く馬の背には一組の男女が乗り、前に乗った女性が手綱を握っている。
馬の背には旅の道具のほかにも、道中で仕留めてきたと思われる兎が吊るされていた。
「そろそろ、少し休みましょうか」
すらりとした小顔。目を覆う眼帯をつけ、全身に黒いローブを纏ったセラーナは、東から昇る朝日を目の前にして馬を止める。
健人は彼女の声に小さく頷いて馬を降りると、彼女から手綱を受け取り、近くの木に結ぶ。
そして二人は馬の背に乗せた荷を下ろし、テントを立て始めた。
近くに落ちている折れた1.5メートル程の枝で柱を立て、布をかぶせる。そして床にも同じように毛皮を敷いて、簡易テントを二つ建てる。そこが、健人とセラーナの今日の寝床だ。
暗い間、ほとんどの時間を移動に費やしていたから、二人とも疲労が溜まっている。
夜に移動しているのは、セラーナが吸血鬼であるためだ。
吸血鬼は優れた能力と異能を持つ反面、太陽の下ではその能力が著しく低下する。
驚異的な治癒能力は消え、マジカの回復もできない。
そのため、彼らは日中、洞窟や建物の中に潜んでいるのが常だ。
実際、セラーナも『蒼の艶百合』にいる時は、自分のテントにこもって薬の制作に勤しんでいた。
テントの用意が終わると、健人は火を起こし、水筒を手に立ち上がると、あらかじめ書いておいた黒板を掲げる。
『水を汲んできます』
「あ、私が……」
近くの川から水を汲んでくると書いた黒板を掲げる健人。セラーナが代わりに行こうとするが、彼は大丈夫だというように手を振り、水筒を持って川へと下って行ってしまった。
仕方なく、セラーナはちょこんと敷いた毛皮の上に座り込む。
手もち無沙汰、しばし体を揺らしながらパチパチと弾ける焚火を眺める。
(信用、されていないのでしょうね……)
そんな言葉が思い浮かび、思わずため息を漏らしながら背筋を丸めた。
セラーナは吸血鬼で、しかもついこの前まで、その事実をずっと隠してきた。
吸血鬼はこの世界では排他されている存在だ。
それは、彼らがデイドラロードによって生み出されたから。
モラグ・バル。略奪の邪神。彼が己の影響力を強めるために、ニルンの魂の流れに干渉した結果生まれたのが、吸血鬼だ。
その能力、あり方、生まれ。何もかもが、この世界にとっては害にしかならない。
しかもセラーナは、その中でも特別。コールドハーバーの娘と呼ばれる、モラグ・バルの手で直接吸血鬼にされた存在だ。
(いまさら、信用などされる者ではありませんが……)
数千年の人生の中で、何万回とついてきた諦めの嘆息。
目の前の焚火の姿がぼやけ、過去に数多向けられてきた罵声が蘇る。
化け物、卑怯者、人でなし。
これまで自分を罵ってきた者達の声。それを無視するように体を丸める。とっくに慣れたはずのスカイリムの寒さに、何故か体が震えた。
視線が自然と横に向く。そこは健人が水を汲みに行った先。
うっそうと生えた茂みの奥は、未だに夜の闇に染っていた。
薄明の中の暗がり。本来なら安らぎを覚えるはずの場所のはずなのに、なぜか肌寒さが増し、思わず二の腕を抱きかかえる。
「あ……」
その瞬間、茂みがガサリとを音立て、水筒を持った健人が戻ってきた。
ふう、と息を吐いた彼は、自分を見つめてくるセラーナを見て首を傾げる。
『どうかしましたか?』
「い、いえ。なんでも、ありませんわ……」
こみ上げる熱。熱くなっていく頬を隠すように、セラーナは慌てた様子で焚火に視線を戻す。
一方、健人は頭の上にはてなマークを掲げながらも、汲んできた水を小鍋に入れて火にかけ、既に食事の用意を始める。
「シチューですか?」
セラーナの質問に頷きながら、健人はバッグの中から材料を取り出していく。そんな中、彼は思い出したかのように一本のシリンジを出し、セラーナに手渡した。
シリンジの中は、赤黒い液体が満たされていた。健人の血だ。吸血鬼であるセラーナは、定期的に血を飲む必要があるからだ。
「感謝、いたしますわ……」
シリンジと健人の間に行き来する視線。先ほどまで負の意識に沈んでいたためか、血の入ったガラス管を受け取る手が震える。鮮やかな赤に染まる命の水が、ユラユラと揺れていた。
震えを誤魔化すように蓋を開け、シリンジ内の血を嚥下する。
「っ……」
喉の奥に感じていた渇きが癒え、代わりに強烈な陶酔感が襲ってくる。
あまりにも濃厚な血液。数百年物の最上級ワインですら霞むような香りがセラーナの口内に満ち溢れ、鼻孔を満たす。
当然だ。彼はドラゴンボーン。その中でも特に強大な力を持っていた者である。
強い魂は、その者の肉体にも影響を及ぼす。
たとえスゥームの力を行使できなくなっても、世界最高峰のドラゴンボーンの血は、セラーナがこれまで飲んできたものの中で最も美味なものだった。
既に何度か味わっているが、飲むたびに自制を強いられる血にセラーナは内心戦慄する。
(相も変わらず、気を抜けば私の方が『飲まれそうな』ほどの血ですわね……)
同時に、健人は『蒼の艶百合』を離れてから、欠かさずセラーナに血を分けてくれている。
そう考えると、先ほど浮かんでいた負の意識が、少しだけ治まった。
そんな中、料理が健人の手でテキパキと作られていく。
道中で捕まえた兎を解体し、その肉を軽く炙る。
水分と一緒に臭みを飛ばし、火を入れた肉を小鍋に移して煮立たせながら、他の具材を炒めていく。
全ての具材に軽く火が通ったら小鍋に移し、グツグツと煮たつシチューから灰汁を取って、香草を入れて蓋をする。
やはり、手慣れた手つき。そしてカタカタと揺れる蓋の隙間から、うま味に満ちた香りが漂い始める。
(どこか遠く、懐かしい香りですわね……)
先ほど飲んだ血による陶酔感はいつの間にか消え、代わりに温かさと寂寥感がこみ上げてくる。それを誤魔化すように、セラーナは口を開く。
「そういえば、そろそろファルクリースですわね。そこからホワイトランを通って、ハーフィンガルに向かうとのことですが……」
セラーナの言葉に、健人は小さく頷いた。
今、健人達はリフトホールドの西の端近く。世界のノドの南東にいる。
リフトホールドとファルクリースホールドを繋ぐ街道を通り、ホワイトランを経由してハーフィンガルへと向かう予定だ。
『そのついでに、ちょっと寄りたい場所があるんですけど、いいですか?』
「いいですけど、どこへ行くおつもりですの?」
『ヘルゲンです』
ヘルゲン。
聞きなれない町の名前に、セラーナは首を傾げた。
世界のノドの南の狭い街道を抜け、ファルクリースホールドへと入った健人達は、街道を北西へと進む。その先が健人の寄りたかった場所である。
空には太陽が燦々と照っている。
本来なら移動する時間ではないのだが、寄り道の場所まで残りわずかとなったこともあり、健人が先を急ぎたかったのだ。
吸血鬼であるセラーナには悪いと思いながらも、手綱を持つ健人は馬を進ませる。
そして彼は、少し小高い丘の麓へとたどり着いた。
健人の前には、丘の上へと石畳を敷き詰めた一本の街道が続いている。
石畳の隙間からは草木が生い茂り、長い間この道が使われていないことを示している。
そして頂上には、黒く焼け焦げ、崩れかけた城壁が顔を覗かせていた。
「ここが、貴方が寄りたかった場所ですの?」
後ろから聞こえてきたセラーナの声に、健人は小さく頷く。
ヘルゲン。
健人がこの世界に最初に落ちた地。そして、長い旅の出発点。
かつてアルドゥインに焼き尽くされ、廃墟と化した場所だ。
四年前に炎に包まれて以降、健人はこの場所に来たことはない。
(やっぱり、放棄されたままなのかな……)
緩やかな丘の上へと続く石畳の街道に馬を止め、かつてヘルゲンの町を覆っていた壁を見上げながら、健人は心の中で独り言ちる。
崩壊し、打ち捨てられたままなのか……。
健人の胸に寂寥が胸によぎる。一度大きく息を吐き、意を決して馬を進めた。
佇む門が、徐々に近づいてくる。
門は開いたままだった。奥に青い空が顔を覗かせている。その下に見えであろう光景を覚悟していると、不意に漂ってきた喧噪に、健人は目を見開く。
(ん? 人の気配がする……)
馬の腹を蹴る。駆け足で丘を上がる馬の歩調に合わせて、心臓が高鳴る。
そして門の前にたどり着いた彼の目に、思わぬ光景が飛び込んできた。
(これは……)
確かに、崩れた砦や焼けた住居は残っている。しかし、その半分近くが片付けられていた。
そして瓦礫の間を、男達が作業をしながら行きかっている。
片付けが終わった区画には宿舎と作業場が造られ、他にも何棟もの新しい家々が建てられ始めていた。
(復興……され始めている)
「造りかけの建物がこんなに……。ここは、いったいどんな場所ですの?」
『ヘルゲンという街です。数年前にアルドゥインに焼き尽くされたはずなんですけど……』
復興され始めていたヘルゲン。その光景に思わず込み上げるものを感じながら、健人は視線を巡らせる。
作業をしているのは男達だけではない。
おそらく、労働者の家族と思われる女性達が宿舎の前で食事を用意したり、崩れた井戸の傍で洗濯などをしている。
そんな中、一人の男が健人の目に留まった。
背の高いノルドの男性。豊かな髭と髪を紐で纏めており、歳は二十歳そこそこだろう。
鋼鉄製の鎧を身に纏い、珍しい黒檀の大剣を背負いながらも、瓦礫の撤去に精を出し、他の男達にも作業の指示を飛ばしている。
おそらくは、この一団のリーダーと思われる人物。
顔立ちは随分と精悍になっているが、その背格好と背負った大剣。何より、纏う空気が、健人によく見知った人物を想起させた。
相手の方も健人に気づいて振り返り、そして目を見開く。
そして部下達が訝しむ中、ゆっくりと近づいてきた。
(ドルマ……)
「お前、ケントか……?」
義姉の幼馴染であり、健人にとってはこの世界に流れてきて初めて出会った者の一人。
かつては疎まれ、戦い、そして最後は背中を合わせた男との……待ち望んでいた再会だった。
というわけで、ドーンガード編の本編第一話です。
ややマイナス思考のセラーナさん。同時に健人に対して未だに距離を測り切れない様子。
一方の健人は、セラーナを送り届ける道中で始まりの地、ヘルゲンへ。
ちょっと更新速度は安定しないと思いますが、また少しづつ投稿していけたら幸いです。