【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第十四話 竜の血脈

 ミルムルニルに放り投げられた健人は、そのままベレソア百貨店の屋根に激突したものの、幸い、骨折などの大きな怪我には至っていなかった。

 理由は、店の修理費をケチったベレソアが、老朽化していた屋根を張り替えていなかったこと。もう一つが、ほぼ全損していたとはいえ、盾を持っていたことだった。

 健人は眼前に迫る屋根を前に、咄嗟に盾を構えた。

 激突の瞬間、強烈な衝撃が健人の全身を貫いたが、老朽化した屋根が抜けてくれたおかげで、ある程度衝撃を吸収してくれた。

 落下地点が、ベレソアの粗末なベッドの上だったことも幸運だった。

 さらに、盾が壊れた建材などから、ある程度健人の体を守ってくれたことも大きい。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

「ケント、大丈夫ですか!?」

 

 突然屋根を壊して飛び込んできた健人に、ベレソアが狼狽えている。

 一方、会計をしていたダニカは、健人の姿を確かめると、慌てた様子で彼のもとに駆け寄り、他者回復の魔法をかけた。

 暖かい光が健人の体に刻まれた、細かい傷を癒していく。

 

「ケント、一体何が……」

 

「はあ、はあ、はあ……。ダニカさん、ドラゴンです。ドラゴンがホワイトランを襲っています!」

 

「ドラゴン!?」

 

 ドラゴンの襲撃を聞かされ、ベレソアとダニカの表情に緊張が走る。

 その時、健人の目に、棚に置かれた杖とスクロールが飛び込んできた。

 先ほど、ベレソアが健人に売りつけようとした商品だ。

 

「ダニカさん! あの杖とスクロールはどう使えばいいんですか!?」

 

「え、ええっと、術の効果をイメージすると杖が反応します。あとは使う対象に杖を向けて、放つイメージを杖に送れば発射します。エクスプロージョンは炎属性の破壊魔法なので、爆発する火球などを思い浮かべれば……」

 

「ありがとうございます! ベレソアさん、これ、借ります!」

 

「あっ! ちょっと待て小僧!」

 

 健人はベレソアが止めようとするのも聞かず、全損した盾を放り投げると、棚から杖とスクロールを持ち出し、扉へ向かって駆けだした。

 

「ケント、待ちなさい! 杖を持っていても、魔法のイメージは簡単ではありません! 貴方は早く避難を……」

 

 ダニカもまた健人を止めようとするが、彼は止まらない。

 風地区では、リータがドラゴンに襲われているかもしれないのだ。自分だけ避難など、彼にできるはずがなかった。

 ベレソア百貨店を飛び出した健人は、ドラゴンの襲撃でパニックになっている市を駆ける。

 押し合い、圧し合いしている人たちをかき分け、風地区への階段にたどり着くと、そのまま一気に駆け上がった。

 

「リータ! ……え?」

 

 そして、その光景を見て絶句した。

 リータが、ドラゴンと戦っている。しかも、一見すると、ドラゴンを押しているように見えた。

 リータの剣は、今まで傷一つつけられなかったドラゴンの鱗を貫いて、裂傷を刻み、血を流させている。

 それを、幾つもドラゴンの体に刻んでいた。

 怒り狂った獣のような覇気と、躍動感に溢れたリータの剣舞に、おもわず健人は目を奪われる。

 しかし、ミルムルニルの放った衝撃波が、接近戦を挑んでいたリータを吹き飛ばした。

 

「ファス!」

 

「リータ、君は一体……」

 

 追撃しようとしていたミルムルニルを、リータのシャウトが襲った。

 その事実に、健人は絶句する。

 しかし、リータのシャウトは威力不足だった。

 素早く体勢を立て直したミルムルニルが、今度こそリータを仕留めるためにシャウトを放とうとしている。

 

「っ! させない!」

 

 健人は杖を構え、駆け出した。

 

「イメージしろ……」

 

 爆発する火球のイメージはすぐにできた。

 なにせ、彼はタムリエルとは比較にならないほど科学技術が発達し、その恩恵を受けている現代日本の出身だ。

 技術的に中世並みか、それ以下の科学技術しかないタムリエルなら、魔法などで目にする機会に恵まれない限り、爆発という現象を目にすることなどほとんどないだろう。

 しかし、健人の世界には、ニュースや映画、ゲームやアニメだけでなく、日常の中にも、それらを想像できるだけの材料に溢れている。

 イメージは砲弾。放つは大砲。

 明確で鮮明な健人のイメージを反映するように、杖の先に人の頭の程の、大きな火球が出現した。

 

「いけえええ!」

 

 そして、引き金を引くイメージと共に、高速で火球が放たれた。

 火球はドラゴンの側頭部に着弾し、ミルムルニルが苦悶の声を漏らす。

 

“また邪魔が!”

 

 ミルムルニルの視線が、健人に向いた。

 苦痛を与えた健人に向かって、嵐のような殺意が叩きつけられる。

 

「ぐっ!」

 

 向けられる殺意に、思わず足が止まりそうになる。

 健人の脳裏に、ハドバルの言葉が過った。

 

“ケント、家族を守りたいのなら、心を……魂を震わせろ。その魂の輝きが、己の強さを決める”

 

 魂を震わせろ。

 ハドバルから贈られたその言葉を胸に、健人は喉の奥から声を絞り出した。

 

「お、おおおおお!」

 

 雄叫びをあげ、恐怖を撥ね退けながら、健人はミルムルニルに向かって駆ける。

 突き出した杖に立て続けにイメージを伝える。

 想像するのは、軍艦に積まれている速射砲。

 数秒という短い間隔で、致命的な威力を持つ砲弾を吐き出す現代兵器だ。

 健人のイメージに従い、立て続けに火球が発射される。

 その発射速度は、魔法使いが見れば驚嘆する速度だろう。

 この世界の魔法使いが、魔法の杖を連続使用するには、魔法を放つたびに、一回一回イメージを杖に伝えなければならない。

 その為、慣れたものでも数秒、慣れないものは十秒ほどの時間を要する。

 しかし、健人の発射間隔は、一秒ほど。驚異的な速度だった。

 

“な、その数は、ごあ!”

 

 ミルムルニルの顔に、次々に火球が着弾する。

 予想以上の速度での連続発射。

 さらに、込められた魔法は、破壊魔法の中でも殲滅に特化している高位の魔法、エクスプロージョン。

 その威力と衝撃は、凡百の魔法使いでは絶対に繰り出せないものだ。

 この破壊魔法の連続攻撃に、さすがのミルムルニルも体を縮めて、防御に徹するしかなくなる。

 しかし、この攻勢は長くは続かなかった。

 

「っ!」

 

 立て続けに火球を生み出していた杖が、突然沈黙する。

 あまりに立て続けに火球を生み出したために、杖に込められていた魂力が枯渇したのだ。

 健人がそもそも、破壊魔法の技術を持たないことも大きい。魔法の杖の持続性は、使い手の技量に比例するからだ。

 エクスプロージョンの連続攻撃が途絶えたことで、体勢を立て直したミルムルニルが、シャウトを放つ。

 

“ヨル、トゥ、シューール!”

 

 業火の渦が健人を襲い、瞬く間に呑み込む。

 これで邪魔者は消えた。次はあの女を……

 そう思い、ミルムルニルはリータに視線を戻そうとするが、彼の予想は完全に裏切られた。

 

「おおおお!」

 

“なっ!?”

 

 なんと、健人がミルムルニルのファイヤブレスを突き破ってきたのだ。

 その手に、帝国軍の紋章が刻まれた菱形の盾を構えて。

 健人が構える盾は、ハドバルが持っていた帝国軍の盾。

 ドラゴンの炎に焼かれながらも、かつての持ち主が抱いていた不屈の意思を体現するように、その原型を保っている。

 健人が魔法を撃ちながらミルムルニルに突進していたのは、ひとえに、この盾を拾い上げるため。

 

“腕が、焼けるように痛い。でも、やっぱりこの盾は守ってくれた!”

 

 ハドバルの体は炎に焼かれてはいたが、それでも体には無事な部分が残っていた。

 それは、この盾がハドバルの命が尽きるまで、全力で守り続けてくれていたことの証。

 だからこそ、健人はこの盾が、必ず自分をドラゴンの炎から守ってくれると信じていた。

 そして、ミルムルニルの眼前まで距離を詰めた健人は、魔法の杖を放り投げ、懐からベレソア百貨店から持ち出したスクロールを取り出して、発動させた。

 解放された魔法は、嵐のマントと呼ばれる魔法。

 術者の周囲に雷を展開し、接近してくる敵を焼く高位の破壊魔法だ。

 

“ぐおおおおおお!”

 

「が、あああああああ!」

 

 解放された魔力が雷となり、ミルムルニルに纏わりついて、彼の体を焼き始める。

 しかし、スクロールが粗悪品だったためか、使用者である健人にもダメージを与えてしまっている。

 激痛で真っ白になっていく視界と意識を、歯を食いしばって耐えながら、健人はこの戦場で切り札となった彼女の名を叫んだ。

 

「リータ!」

 

“しま……”

 

 ミルムルニルの目に、完全に距離を詰めて剣を構えているリータの姿が映った。

 健人に気を取られたために、完全に彼女の存在を失念してしまっていたのだ。

 そして、それがミルムルニルの運命を決めた。

 振り下ろされた剣の切っ先が、ミルムルニルの眼球に突き刺さる。

 地を震わせるほどの絶叫が、ホワイトラン中に響いた。

 リータはさらに、突きさした剣を支点にミルムルニルの頭に飛び乗ると、突き立てた剣を引き抜き、大上段に振り上げる。

 

「死ね! ドラゴン!」

 

“ドヴァーキン! やめろ!”

 

 懇願ともいえるような声が響いた。

 しかし、リータはミルムルニルの声を一顧だにせず、剣を振り下ろした。

 剣の刃がミルムルニルの頭蓋を割り、致命傷を与える。

 ミルムルニルの瞳孔が開き、瞳の奥から光を失ったかと思うと、かのドラゴンの体は、その場にゆっくりと崩れ落ちた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「ぐう、っうう……」

 

 極度の疲労と緊張から、その場に崩れ落ちるリータと健人。

 リータはドラゴンとの肉弾戦と、シャウトの余波。健人は粗悪品のスクロールによる自傷ダメージで、ボロボロと言った様子だった。

 静寂がギルダーグリーンの広場に満ちる。

 健人がふと周りを見渡してみれば、広場は戦いの余波で惨憺たる様子だった。

 つい先程まで緑に包まれていたギルダーグリーンは完全に燃え尽き、黒焦げになってしまっている。

 広場を彩っていた花も、荘厳なアーチの建材も、何もかもが焼けて崩れ落ちてしまっていた。

 

「まさか、ドラゴンを倒した?」

 

 静寂が訪れたことで、ようやく衛兵たちもドラゴンが死んだことを理解しはじめていた。

 バルグルーフやコドラク、そしてドルマも、皆驚いた様子でリータと健人を見つめている。

 

「おい、ちょっと待て!」

 

 その時、地面に横たわるドラゴンの体が、突然光を放ち始めた。

 まるで炎に焦がされるように、ドラゴンの体からパチパチと弾けるような音が鳴り、そして、直後に膨大な光の奔流が放出された。

 ドラゴンの遺体から流れ出た光の奔流は、ギルダーグリーンの広場を満たし、やがて吸い込まれるようにリータの体に飲み込まれていく。

 

「え、え? なに!?」

 

 訳が分からないと言った様子のリータ。

 やがて光の奔流が収まれば、ドラゴンは骨だけになってしまっていた。

 その光景を見ていた衛兵たちが、一斉に騒ぎ立てる。

 

「信じれらない! お前は、ドラゴンボーンだ……」

 

「ドラゴンボーン?」

 

 聞きなれない言葉を聞き、思わず健人は、その言葉をつぶやいた衛兵に問いかけた。

 

「もっとも古い話は、スカイリムにドラゴンがいた頃まで遡る。ドラゴンボーンはドラゴンを倒し、その力を奪っていたんだ」

 

 丁寧に説明してくれた衛兵の視線が、再びリータに向けられる。

 

「そうなんだろう? ドラゴンの力を吸収したんだろう?」

 

「ええっと、分からない……」

 

 リータも自分の身に起きた出来事に心当たりがないため、言葉を濁す事しか出来ない。

 

「本人に自覚はないかもしれんが、特別な力を持っていることは間違いないだろう。このドラゴンとの戦いで、君はシャウトを使っていたのだからな」

 

 その時、歩み寄ってきたバルグルーフがそう述べた。

 彼の後ろにはコドラク、そして、ドルマの姿がある。

 コドラクもドルマも、体のあちこちには切り傷と煙による煤がついているが、大きな怪我をしている様子はない。

 

「…………」

 

 ドルマは相変わらず、憮然とした表情を浮かべているが、ドラゴンとの戦闘による、濃い疲労の色が見える。

 ドラゴンボーン。

 九大神の筆頭、アカトシュの祝福を受けた、特別な人間。

 歴史の中で度々現れ、そしてその度に歴史は大きく動いてきた。

 近年でもっとも有名なドラゴンボーンは、タムリエルを統一し、第三期を開闢した、帝国の初代皇帝、タイバー・セプティムである。

 この世界での一般常識であり、またドラゴンボーンの名は、この世界のだれもが知る、特別なものだった。

 その時、雷鳴りのような轟音と共に、聞きなれない声が聞えてきた。

 

“ドゥ、ヴァー、キィーーン……”

 

 山彦のように木霊する声に、ホワイトランの人達全てが目を見開いた。

 

「これは……」

 

「グレイビアードからの召喚だ。間違いない。ドラゴンボーンを呼んでいる!」

 

 グレイビアード。

 このスカイリムで最も高い山。世界のノドと呼ばれる山に籠る、声の達人達。

 俗世とは関わりを絶ち、ただ“声”の修練のみに人生をささげる修験者。

 スカイリムにおいて、グレイビアードの言葉は、ホールドの王たる首長も無視できないほど大きい。

 そして、そのグレイビアードが、ドラゴンボーンを呼んでいる。

 それは、九大神タロスが、タイバー・セプティムという人間だった時以来の出来事だった。

 

「すまないが、君たちは宮殿に来てくれないか? ここの片づけは、衛兵たちにやらせておく」

 

 バルグルーフの言葉に、リータと健人は静かに頷いた。

 ホワイトランの首長が先導してドラゴンズリーチへの階段を登ろうとしたところで、リータはスッと一行から離れて、広場の一角へ足を向けた。

 彼女が向かった先には、物言わなくなった少女と、ハドバルの遺体があった。

 

「……ルシア、ハドバルさん」

 

 ハドバルもルシアも、遺体の原型はまだ残っている。

 つい先程まで、確かに生きていた二人の体。その傍に屈むと、リータはそっと、ルシアの髪を撫でた。

 荒れ果てた生活と炎で燻された髪が、ザリザリとリータの指に絡みつく。

 

「リータ……」

 

「守れなかった。何もできなかった……」

 

 せめて、最後くらいは、少しでも綺麗な姿で……。

 そう思いながら、リータはルシアの髪を指で梳いて整えていく。

 ゆっくり、ゆっくりと。この少女が生きていたことを、己の内に刻み込むように。

 健人もまた、ハドバルの遺体の傍に寄ると、無造作に放置されていた彼の体を起こそうとする。

 ハドバルの体はやはり重かったが、横から近づいてきたドルマが、無言で手を添えてきた。

 

「手伝うぞ……」

 

「……うん」

 

 2人でハドバルの体を起こす。

 あちこち焼けているハドバルの体だが、顔は予想以上に綺麗で、その表情もどこか安らかなものだった。

 

「ハドバルさん、ありがとうございました。この盾、お返しします」

 

 健人はハドバルの両手を組むと、その上に持っていた盾を置く。

 ドルマもハドバルの死を悼み、俯いて盾の上に手を添え、祈るように俯いた。

 

「ごめんなさい。弔いにもならないけど、敵は討ったわ……」

 

 ひとしきり、ルシアの髪を整えたリータは、悔恨の念を断ち切る様に、スッと立ち上がると、ルシアの遺体に背を向けて歩き始めた。

 

「行きましょう」

 

「……うん」

 

 バルグルーフの後を追って、リータ達は宮殿へと向かう。

 健人とドルマもまた、ハドバルに別れを告げ、彼女の後を追った。

 

「勇士たちを称えよ!」

 

「ドラゴンボーンに栄光あれ!」

 

「ホワイトランに栄光あれ!」

 

 ドラゴンが討伐されたことで、広場の周りは既に大騒ぎだった。

 生き残った兵士たちと、同胞団、そして、駆け付けた市民たち。

 その誰もが、ドラゴンを倒したリータを称えている。

 そんな彼らの熱も、恩人と罪なき少女の死を見た後の健人達には、何所か遠い出来事のようにしか思えなかった。

 

 

 


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