【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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お待たせしました! 遅くなり申し訳ございません!
またまたオリジナルてんこ盛りの展開となりますが、もしよければ読んでください。


第十三話 首輪付き

 暗く、陰気でありながら、豪奢な装いを施された部屋の中で、二人の人物が向き合っていた。

 暖炉の前には二つの豪華な椅子が並べられ、煌々と明かりを灯す暖炉の火が、その者たちの横顔を照らし出す。

 一人はハルコン卿。この城、ヴォルキハル城の主。もう一人は彼の娘であるセラーナだ。

 ハルコンは娘から向けられる嫌悪の視線をすまし顔で流しながら、暖炉の前の椅子に腰を下ろす。

 

「さて……。セラーナ、座るのだ」

 

「…………」

 

 娘に向けたものとは思えないほど、淡々とした声。

 セラーナも硬い表情で、隣り合う席に静かに腰を下ろす。

 

「持っている書を見せろ」

 

 再度数秒の沈黙を挟んだ後、セラーナは持っていた星霜の書を取り出す。

 ハルコンの目が吊り上がり、口元が愉快そうに吊り上がる。

 歓喜を覚えるハルコンに対し、セラーナの目はどこまでも冷たい、嫌悪の感情に染まっていた。

 娘の視線に気づいたハルコンは表情を一転させ、眉を顰める。

 

「まだ、そのような目で私を見るか」

 

「当然ですわ。貴方のせいで私達がどうなったのか、今更言うまでもないと思いますが?」

 

 言い聞かせるようなハルコンの言葉を、セラーナは吐き捨てる。

 

「だが、そのおかげで力を授かった。分かるだろう? 事実、お前も心のどこかでは納得している。そんなことを聞きたいわけでもないだろう?」

 

 しかし、ハルコンの態度も変わらない。数多の命を生贄にし、さらに妻と娘を異形に変えて吸血鬼になったことを、微塵も後悔していない様子だった。

 そもそも、ハルコンをはじめとした彼らの家族はモラグ・バルの敬虔な信徒でもあった。

 ゆえに、当時は自分たちの行動に疑問を持たなかったともいえる。

 セラーナ自身、吸血鬼となった今、その力を捨てることは微塵も考えられない。

 己の内心を言い当てられた彼女は、一瞬苦々しい表情を浮かべるも、一度深呼吸をして気を持ち直す。

 

「まだ、あのような予言を信じておりますの?」

 

「予言ではない、核心だ。我々吸血鬼が、太陽を克服するという未来だ」

 

 予言。ハルコンが数千年前に見つけ、固執するようになった存在。

 セラーナが持つ星霜の書に刻まれていたといわれ、太陽を克服した吸血鬼が世界を支配するというもの。

 

「不可能ですわ。そもそも、そんなことになれば、人間を含めた昼を生きる者たちとの全面戦争になります」

 

「だからなんだ? 予言が刻まれていたのは“星霜の書”だ。それはすなわち、定められた道を進めば必ずたどり着く、絶対の未来に他ならない!」

 

 拳を握りしめながら立ち上がったハルコンの大声が、豪華で陰気な居室に木霊する。

 吸血鬼は確かに、優れた能力を持つ。しかし、その力は絶対ではない。

 それを理解しているからこそ、ハルコンも数千年間、このヴォルキハル城に籠っていた。

 だが、そんな状態は、吸血鬼の王である彼には我慢できないものだった。

 

「なぜ、我らのような力ある存在が虫のように隠れなければならないか!? だがそれも終わる。あの忌々しい太陽を追い落とし、我々の時代が幕を上げるのだ」

 

 そう続けながら、ハルコンの視線はセラーナが持つ星霜の書に向けられる。

 

「そのためにもセラーナ。お前が持つその書が何よりも重要となる。異議は受け付けん。どうも最近、我らを狩ろうとする煩わしい害虫がうろついているようだしな」

 

 ドーンガード。

 吸血鬼を殺すことを目的とした集団。

 規模はまだ小さいようだが、吸血鬼に対して数多の対策を持っているようだった。実際、セラーナはイスランと名乗るドーンガードに殺されかけたことがある。

 イスランの力量はすさまじく、古の吸血鬼すらも殺すことができるほど。単独でそれをなせることが、どれだけ凄まじいことか。

 セラーナは改めて父の目を見る。

 血走った瞳。袂を分かった数千年前と同じ……いや、その時以上に冷たく、野心と執着に染まっていた。

 

(説得など、到底無理ですわね……)

 

 諦観と共に落胆の嘆息を漏らしながら、セラーナは父親から目をそらす。

 

「ハルコン卿、失礼いたします」

 

「ガラン・マレシか。入れ」

 

 その時、ノックと共にダークエルフの吸血鬼が入ってきた。

 ガラン・マレシ。

 遥かな昔からハルコンに仕えている執事であり、当然セラーナとも既知の間柄。

 彼は主の部屋に入るなり、主とセラーナに向かって深々と首を垂れる。

 

「報告があります。吸血鬼ハンターたちは、船を奪って逃げ延びたようです。現在、配下の者たちが追っていますが、幾分か時間がかかるようで……」

 

「そうか、逃がすなよ」

 

「承知しております」

 

 ガレンの報告から、ガンマーとソリーヌは逃げ延びたらしい。

 しかし、どうやら追手が放たれている。今のセラーナにできることは何もない。

 胸に湧き上がる、チクリと針を刺したような感覚。それを後ろめたさと気づき、内心彼女は驚く。

 吸血鬼になってから、定命の者の心配などすることはなかったのだから。

 その時、彼女の視界に、ハルコンが腰に差している魔剣が映った。

 

「……その剣、確か部下だったロキルに貸しておりましたわね」

 

 神血の魔剣。

 ハルコンが吸血鬼の王となったとき、デイドラの王から祝いの品として渡された、血を捧げることで絶大な力を発揮するアーティファクト。

 健人の愛刀をへし折った後、下賜されていたロキルの死とドーンガードの襲撃によって行方不明になっていたはず。

 

「お前が生きていたことが分かったのだ。守るためには、当然だろう?」

 

「持ってきた方はどなたですの?」

 

 いかにもまともな父親らしい言葉。しかし、生憎とセラーナには嫌悪感しか覚えない。

 父の言葉を半ば無視しつつ、彼女は誰がこの剣をハルコンの元に持ってきたのかを尋ねると、セラーナの物ではない、他の女性の声が響いた。

 

「私ですわ」

 

 かつ、かつ……と冷たく、硬質な足音を響かせながら、ハルコンが座る椅子の奥から、一人の女性が姿を現す。

 美麗な顔立ちと、薄青の長髪をもつブレトン。

 いかにも貴族の令嬢らしい気品を漂わせる美女だ。

 

「お久しぶりですわね、セラーナ」

 

「やはり貴方でしたか、メリエルナ」

 

 姿を現したのは、以前セラーナが身を寄せていた娼婦旅団の筆頭娼婦であったメリエルナだった。

 蒼の艶百合にいる間にロキルの手で吸血鬼となり、その後行方不明になっていたが、このヴォルキハル城にいたらしい。

 

「メリエルナ。お前は主の部屋に入ることを許されていないはずだが?」

 

「申し訳ありません、ガラン様。既知であり、主のお嬢様にどうしても改めてご挨拶したく思いまして……」

 

 メリエルナの無断な行動をガランが諫め、彼女は粛々と頭を下げるも、ハルコンが待ったをかける。

 

「構わん。娘とも知り合いのようだからな。私が呼んだ」

 

 主が呼んだとあっては、執事であるガランが何か言えるわけもなく、彼もまた静かに頭を下げて沈黙した。

 そんな中、セラーナは冷静に、メリエルナがこの城にいる理由を推察していた。

 

(なるほど、お父様の剣を持ってきた褒美として、この城に入ることを許されたのですわね。それにしても……)

 

 メリエルナは最も下位の吸血鬼だったはず。しかしセラーナは、今のメリエルナから成った時間からは不釣り合いなほどの力を感じた。

 

「お父様、まさかと思いますが……」

 

「うん? いや、我が血は与えていない。普通の者に耐えられるものではないからな。しかし、その消えかけていたか細い命を留めてはやったし、極僅かではあるが、別の者から力を与えてやった。我が神から与えられたこの剣を持ち帰った褒美としてな」

 

 どうやらメリエルナは、ハルコンの魔剣を持ちかったことで、城への入場許可だけでなく、力も得たらしい。

 おそらく今の彼女は、下位のミストウォーカーくらいの力はあるだろう。

 吸血鬼としてはそれなり。しかし、成ってから一か月少しであることを考えれば、破格ともいえる力だ。

 セラーナがメリエルナの現状に考えを巡らせる中、薄青髪の吸血鬼は、ハルコンの斜め前に進み出て跪く。

 

「ハルコン様には、私の命を救っていただき、本当に感謝しております」

 

「であるなら、私に尽くせ。その命と血の全てでもってな」

 

 メリエルナは、ハルコンの言葉に応え、彼の靴に唇を触れさせた。服従の口づけだ。

 そして柔和に、そして艶やかに微笑みながら、媚びるようにハルコンを見上げる。

 一方のハルコンも、表情は変わらずとも、メリエルナの行為を素直に受け入れ、小さく頷く。

 

「それで……彼は、どうするつもりですの?」

 

 そんな二人を、セラーナは相も変わらず冷たい眼で一瞥しながら、話に割り込む。

 彼女の語気は、自然と強まっていた。

 

「ん? ああ、お前が連れてきたあの異人か。この城の牢に繋いで、そのままだ。死んだら、犬のエサにでもする。お前を救った褒美として、我が血族の末席に加えてやってもよかったというのに、褒美を拒否しただけでなく、邪魔までしたのだからな」

 

「……命は助けると言ったのではないですか!?」

 

「命は取らないでやった。ただ、野垂れ死ぬことに関しては、知った事ではない」

 

 ハルコンの態度は変わらなかった。

 超然とし、自分に逆らう者は容赦しない。絶大な力と野心を持つ強者故の傲慢さだ。

 さらに言いつのろうとするセラーナを無視しながら、ハルコンは視線をダークエルフの執事へと向ける。

 

「ガラン、聖杯の件はどうした?」

 

「既に、メリエルナとその従僕には命じております。ここでの話が終われば、すぐに出立させる予定です」

 

 聖杯。

 セラーナにはよく分からないが、おそらくハルコンが求めるものである以上、己の力を増すための者であることに違いはなかった。

 そんな中、メリエルナがハルコンとガランの会話に割って入ってくる。

 

「ハルコン様、ご提案があるのですが……」

 

「メリエルナ。重ねて言うが、己の立場を弁え……」

 

「かまわん。話せ」

 

「ありがとうございます。あのケントと名乗る男、人間であるとはいえ、かなりの腕の持ち主です。上手く躾けられれば、ハルコン様のよき手駒になるのではと……」

 

「ふむ……猟犬のように扱うのも、いいかもしれんな」

 

 メリエルナの話に、ハルコンが興味を持つ。

 一方、執事であるガランは新米であるメリエルナの話に懐疑的な様子。

 

「しかし、相当反抗的な男です。そうそう、こちらの言う通りに動くかは……」

 

「なら、相応の首輪をつけるまでだ」

 

 そう言うと、ハルコンは傍のサイドテーブルに手を伸ばした。そこには黒く輝く、直径三十センチほどの首輪が置かれている。

 罪人を繋ぎ止めるような、首元をすっぽりと隠すほどの大きさ。首輪の内側にはできるだけ着用者を苦しめるためなのか、無数の棘が生えている。

 

「それ、は……!」

 

 セラーナの脳裏に過去の情景が蘇り、同時に戦慄が走った。

 思わず腰が椅子から浮く。

 嘆きの首輪。

 ハルコンが古の昔に、モラグ・バルに生贄と血を捧げる際に使用していた道具である。

 コールドハーバーにあると言われる、氷よりも冷たい鉄を打って作られた拷問具。

 付けた者の意思に従い、内側の棘が生贄に痛みを与えると共に徐々に血を抜き、更には精神を犯していくという凶悪な代物だ。

 当然、普通の方法で外すことなど不可能。

 それを、ハルコンは目の前で跪くメリエルナに手渡した。

 

「この首輪を、あの男につけろ。どんな気丈なノルドですら、この首輪の苦痛に耐えられるものはいない。その首輪をつけた後なら、お前には逆らえんだろう」

 

「ありがとうございます、我が主。では、さっそく……」

 

 嘆きの首輪を受け取ったメリエルナが立ち上がる。健人に首輪を嵌めに行くつもりなのだ。

 

「待ちなさい、メリエルナ!」

 

「セラーナ、お前は大人しくしているのだ。私が予言を成就するまでな」

 

「っ……!」

 

 椅子から立ち上がったセラーナが呼び止めようとするも、ハルコンの戒めが彼女の言葉を遮る。その間に、メリエルナは居室の外に出て行ってしまう。

 父の高圧的な声にセラーナは一瞬体を震わせながらも父親の声を振り切り、メリエルナを追って行く。

 余憤を漂わせる娘の行動にハルコンは嘆息しつつ、腰を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不快な感覚と共に、意識が覚醒する。

 続けて感じるのは、両腕に走る痺れと、身を切るような冷たさ。

 全身を覆う倦怠感に、思わず出ない呻き声が喉の奥で響く。

 

(ぐ……)

 

 震える瞼に力を込めて見開けば、暗く、冷たいレンガ造り部屋と鉄格子。そして、二人の吸血鬼が薄暗い視界に映る。

 明らかに牢屋の中。またかと頭の中で嘆息するも、その意識は腕に走る痛みにかき消された。その鋭い痛みは、長時間拘束されたことによるものではなさそうだった。

 

「んぐ、んぐ……ぷはあぁ! 小生意気な人間の小僧だったが、血の味は極上だな。これほど質の良い血は、ここ数百年飲んだことがないぞ」

 

「オースユルフ様、味見もそのくらいにしておいた方が……」

 

 眼前の二人の吸血鬼。その一人が、手に持ったワイングラスを傾ける。赤黒い中身は、間違いなく血だろう。

 健人は、その吸血鬼に見覚えがあった。ヴォルキハル城のホールでの戦闘で、槍を投げてきたノルドの吸血鬼だ。

 右腕を見上げると、手を天井から吊り上げられ、二の腕にナイフで切られた跡があった。

 

(血を……抜かれているのか。そう、か。俺は、ハルコンにやられて……)

 

 二の腕の傷からは絶え間なく血が流れ、肘からしたたり落ちていく。

 赤黒く汚れた床の上には、漏斗を咥えた空のボトルが置かれ、ピチョン、ピチョンと漏斗に落ちた血がボトルの中を満たしていく。

 その量は、すでに半分くらい満たされていた。

 

「オースユルフ様、起きたようです」

 

「お、そうか……」

 

 健人の覚醒に気づいたオースユルフが、飲み干したばかりのワイングラスを片手に健人に近づいてきて、彼の顔を覗き込む。

 霞がかかった健人の視界に、皺が寄った額が映る。どうやら、かなり憤っている様子だった。

 

「ずいぶんと暴れてくれたじゃないか。おかげでハルコン卿はご立腹だ」

 

 健人は知らないことだが、オースユルフはハルコンの相談役の一人であり、同じ相談役であるヴィンガルモとは政敵同士である。

 確かに、健人の奮戦のせいで吸血鬼ハンターを取り逃し、ハルコンの不評を買ったのだから無理もない。それが政敵の目の前でのことならなおさらだ。

 とはいえ、それはヴィンガルモも同じ。

 互いに同じ立場になっているゆえに、比較的落ち着いてもいた。

 

「せめて、その旨い血で主のご機嫌を取ってもらおうか? だが、その前にもう一杯……」

 

「そこまでにしていただけますか? オースユルフ様」

 

 そういって、オースユルフがしたたり落ちる健人の血に空のグラスを近づけた時、陰湿な牢屋に相応しくない、華やかな声が流れてきた。

 鉄格子の奥から、薄青色の髪をもつ美女が姿を現す。

 

「貴様、この前に来た新人か」

 

(あの、人は……)

 

 メリエルナ。かつて蒼の艶百合の筆頭娼婦にして、吸血鬼となった女性だ。

 彼女は相変わらず、清楚さと妖艶さを混ぜ合わせた異質な空気を纏いながら、オースユルフ達がいる牢屋の中に入ってくる。

 その手に、禍々しい首輪を持っていた。

 

「ハルコン卿から、この男にこの首輪をするように命じられましたので……」

 

「それは、嘆きの首輪か。なるほど、モラグ・バルの生贄とするわけか」

 

 納得した様子のオースユルフに神妙に頭を下げ、薄青髪の吸血鬼は健人の前に立つ。

 

(モラグ・バル……?)

 

 生贄。不穏な言葉に、失血によって途切れかけていた健人の意識が僅かに戻った。

 デイドラと関わって碌な目にあってこなかった防衛反応から、健人は反射的にメリエルナを睨みつける。

 そんな彼の視線に、メリエルナは興奮したように頬を染めた。

 

「お久しぶりですわね、ケント様」

 

 なぜ彼女がここにるのか? レキナラもここにいるのだろうか? ガンマーとソリーヌは逃げ切れたのか? そしてセラーナは……?

 失血のせいで視界はぶれ、思考はあちこちに飛んでいく。

 

「ふ、ふふふ、どんな気分ですか? また捕らわれの身となった感想は? ああ、申し訳ありませんわ。口が利けなかったのですわね。もっとも、今となっては満足に体も動かせませんが」

 

 揺れる彼の目を見て、怯えていると思ったのか、メリエルナの口元がにんまりと吊り上がった。

 嗜虐的な笑み。頬を染め、まるで絶頂前の乙女のような色気を振りまき始める。

 

「ここは城の家畜小屋。これから先、二度と日の目を見ることは適いません。貴方はここでとらわれてきた無数の定命の者達と同じく、この城の尊き方達の糧か、慰み用の玩具として朽ち果てるのですわ。」

 

(っ……!)

 

 メリエルナの白い指が、健人の二の腕につけられた傷に突き立てられた。

 グチュ……と無理やり肉がかき分けられ、激痛が走る。

 彼女の顔が、さらに倒錯的に歪んだ。

 

「苦しいですか? 悔しいですか? ここから出たいですか? 残念ながら、それは叶いませんわ。貴方はハルコン様の好意を無為にいたしましたのですから」

 

(知るかよ……)

 

「……相変わらず、生意気な目ですわね」

 

 メリエルナの指が、さらに健人の肉にめり込む。

 

(ぐ……)

 

「あら、もったいない……れろ」

 

 指を引き抜き、付着した血を舐めながら、メリエルナは持っていた首輪を健人の前に掲げる。

 

「しかし、寛大なハルコン卿は贖罪の機会を下さいました。ヴォルキハルのためにその身を捧げるなら、この牢から出ることぐらいなら許して差し上げるそうですわ」

 

 とげとげしい外見もそうだが、明らかに異質なマジカを漂わせた代物。どう考えても、何らかの危険な付呪が施されている事が窺えた。

 ガチャンと首輪の留め具が外され、二股に分かれる首輪。まるで獣の顎を思わせるそれが、健人の首に近づけられる。

 

「待ちなさい」

 

 その時、牢屋の中に凛とした声が響いた。

 鉄格子の入り口には、長くつややかな黒髪を持つ吸血鬼の姫が立っている。

 無表情ながらも、その眼には燃えるような憤りが発せられていた。

 

「あら? ハルコン様から、大人しくしているよう申し伝えられたのではないですか?」

 

「それを彼につけることは許しません。放しなさい」

 

 セラーナの手のひらが、メリエルナに向けられた。

 マジカが収束し、氷の槍が形成される。その姿を見て、メリエルナの瞳が得意げに輝く。

 

「あら、随分と焦っておられますわね。自分のペットが取られるのが、そんなにお気に召さないのですか?」

 

「彼は私の護衛です。ペットではありませんわ。いいから、そこをお退きなさい」

 

「お断りします。これはあなたのお父上の命令でもあるのですから」

 

 収束したマジカが、さらに輝きを増し、今にも氷槍が放たれそうになる。

 その時、セラーナがいる場所からさらに奥の方から、威厳のある声が割り込んでくる。

 

「そこまでだ、セラーナ」

 

 声をかけてきたのはハルコンだった。

 彼は拘束されている健人と、首輪をつけようとしているメリエルナ、そしてセラーナの順に視線を巡らせ、最後にワイングラスを持つ配下を見て嘆息を漏らす。

 

「……仮にも腹心が主の獲物をつまみ食いか。感心せんな」

 

 オースユルフとそのお供の吸血鬼が、恐縮した様子で頭を下げる。そんな中、セラーナは構わず、メリエルナに向けてアイススパイクを放とうとしていた。

 しかし、その手を黒色の肌の手がつかみ上げた。

 

「お嬢様、ご自重を……」

 

「ガラン……!」

 

 セラーナを物理的に止めたのはガランだった。

 放たれたアイススパイクは牢屋の天井に当たり、粉々に砕け散る。

 氷の破片が降る中、セラーナはガランの手を振りほどこうとするも、ガランの手は全く外れない。

 その間に、嘆きの首輪が健人の首にかけられた。

 ガチャンと留め具が閉じる音とともに、メリエルナは健人の拘束を開放する。

 

(っ……!)

 

 その瞬間、健人の体が跳ねるようにメリエルナに跳びかかった。拳を握り締め、一気に降りぬこうとする。

 狙いは、目の前にいるメリエルナの顔面。

 先ほどまで余裕そうだった彼女の顔が一気に引きつり、そして……。

 

(ぐうぅう……!)

 

 直後、頭に走った痛みに、その手を止められた。

 よく見れば、首輪が怪しく輝いていた。彼が頭痛に耐えながら首輪に触ると、首輪の内周につけられた無数の棘が首筋に突き刺さっている。

 

「は、はは……。相変わらず、意固地ですのね。それは、ハルコン様から直接下賜していただいた呪具ですわ」

 

 得意げな口調を崩さないメリエルナだが、健人の抵抗が予想外だったためか、その頬は引きっていた。

 彼女の言葉を引き継ぐように、ハルコンが口を開く。

 

「貴様はわれらの生贄であり、そして奴隷となった。我らを害そうとすれば……」

 

(ぐああああああああああああああああ!)

 

「こうなる」

 

 先ほどの痛みがまるで蚊に刺されたくらいと思えるような激痛が、今度は健人の全身に襲い掛かってきた。

 まるで脳をかき回されたかのような痛みに、思わずその場に膝をつく。

 

「さて、メリエルナ。お前はこいつを連れて、さっさとブラッドストーンの聖杯を探しに行け。オースユルフはそいつを城の外に連れ出しておくのだな」

 

「は、はっ!」

 

「ああ、武器は返しておけ。もう、我らに逆らうことはできんだろうからな。ガラン、お前はセラーナを部屋まで連れていけ」

 

「はっ……!」

 

 そう言うと、ハルコンは踵を返して立ち去っていく。

 そして、オースユルフとその配下が、健人の両腕を掴んで無理やり立たせた。

 

「ケント……! ガラン、放しなさい!」

 

「申し訳ありませんが、主命でございます」

 

 セラーナが健人を連れ出そうとしているオースユルフ達を再び止めようとするも、ガランに腕を掴まれて牢屋から連れ出されてしまった。

 一方の健人は、そのまま城の外へ出て、桟橋へと連行される。

 桟橋には、健人達が来た時に乗ったものとは違う小舟が着けてあった。やはり、複数の魔法の船を所有しているらしい。

 そして小舟では、軽装鎧を纏ったレッドガードがメリエルナたちを待っていた。

 

「レキナラ、お待たせしましたわ」

 

「ああ。久しぶりだな、ケント」

 

(レキ、ナラさん……)

 

 そこにいたのは、メリエルナと同じく、蒼の艶百合娼婦だったレッドガードのレキナラだ。

 彼女もまた、このヴォルキハル城の一員になっていた。

 無表情な彼女は、オースユルフ達から健人を受け取ると、そのまま小舟の床に彼の体を横たえる。

 小舟には、食料などの荷物や武器、防具など、旅に必要な荷が置かれていた。

 その中には、健人の武具も含まれている。

 どうやら、首輪をつけたことで、武器を持たせても大丈夫としたハルコンの判断は、本当のようだった。

 

「オースユルフ様、ありがとうございました」

 

「ああ。しかし、ヴィンガルモから血を貰ったお前がハルコン卿の求める聖杯を持って帰ってくるように仰せつかるとはな。せいぜい、主の期待を裏切らないことだ」

 

「分かっております。レキナラ、準備はよろしくて?」

 

「ああ」

 

 そして、小舟はぐったりしている健人と、レキナラ、メリエルナの三人を乗せて霧の海へと漕ぎ出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーフィンガルホールドの北。亡霊の海に面した海岸にて、一組の男女が何かから逃げるように走っている。

 ガンマーとソリーヌ。元ドーンガードの二人だ。

 

「くそ、奴らしつこい!」

 

「ガンマー、いいから走って!」

 

 彼らの後ろからは、怪しい瞳を輝かせた吸血鬼が三人、追いかけてきている。

 ヴォルキハル城でハルコンに吸血鬼ハンターだと見抜かれ、殺されたかけた二人。

健人の犠牲で何とか逃げ切るに成功したものの、追っ手を差し向けられていた。

 

「いたぞ。あの二人だ、殺せ!」

 

「くっ……!」

 

 足に絡む砂を必死に引きはがすように、ガンマーとソリーヌは必死に足を動かす。

 背後から放たれたアイススパイクが、ガンマーの頬をかすめる。

 ソリーヌのクロスボウは、全てのボルトをヴォルキハル城での闘争に消費してしまっていた。

 すでに対抗する術はなく、追いつかれるのも時間の問題。

 そもそも、相手は元々身体能力に優れた吸血鬼。続けざまに放たれた破壊魔法が二人の進行方向で炸裂。足を止められた隙に、三人の吸血鬼がガンマーとソリーヌを取り囲む。

 

「やれやれ、ずいぶんと長く逃げたものだな。劣等種のくせに、頑張ったものだ」

 

「はあ、はあ……く、ここまでかしら」

 

 吸血鬼ハンターの二人が息を切らす一方、吸血鬼達にそれほど疲れた様子はない。

 ガンマーは荒い息を吐きながらも、腰に下げていた片手斧を構える。

 せめて一矢報いてやるという姿勢だ。

 だがその時、彼らを取り囲んでいた吸血鬼の一人がうめき声を漏らした。

 

「ぐお……」

 

 まるで糸が切れた人形のように、崩れ落ちる追っ手の吸血鬼。

 その背後から、一人のカジートが姿を現す。

 

「ふ~~ん、吸血鬼か~~。それに、ノルドの男とブレトンの女。当たりかな?」

 

 氷のように冷たい戦場に似つかわしくない軽い口調に、ガンマー達だけでなく、吸血鬼達も面食らった。

 カジートは、冷たく、緊張感に満ちた鉄火場に相応しくない、緩んだ空気を纏っている。

 だが、格好は熟練の軽戦士のそれ。

 無駄のない革製の軽装鎧を纏い、手には淡く赤く輝く、漆黒の短剣をもっている。

そして短剣の剣身からは、先ほど倒れた吸血鬼の赤い血がしたたり落ちていた。

 

「こいつ……」

 

 残った吸血鬼の一人が剣を抜き、激高しながらカジートに斬りかかった。

 繰り出される袈裟懸けの斬撃。吸血鬼の身体能力もあり、まるで疾風のごとき速度で闖入者に襲い掛かる。

 

「死ね!」

 

「ほいなっと……!」

 

 その斬撃を、そのカジートは軽々といなす。

 迫る刃を短剣で受けながら、勢いを殺すように後退。吸血鬼が追撃を繰り出そうと踏み込んだ瞬間、まるで軽業師のように跳躍した。

 

「……え?」

 

 天地を逆さまにしながら、吸血鬼の頭上を飛び越えるカジート。

 吸血鬼の口から呆けた声が漏れる中、漆黒の短剣が吸血鬼の首を切り裂く。

 そして切り裂かれた首の傷から、炎が噴き出した。

 

「がっ!? あがががががが!」

 

 炎は瞬く間に吸血鬼の頭を飲み込む。火が髪と眼球を焼き、熱された空気が灰を焼き尽くす。

 灰を焼かれた吸血鬼は地面に倒れこみ、もだえ苦しんでいたが、やがて細かなけいれんを繰り返して動かなくなった。

 残された最後の一人が、動揺しながらもカジートに襲い掛かろうとする。

 

「こ、こいつ……がっ!?」

 

「ふんっ!」

 

 しかし、それをガンマーが阻止した。意識がカジートに向いたその隙に振り下ろされた片手斧が、吸血鬼の頭を勝ち割ったのだ。

 力を失う最後の追っ手の体が崩れ落ち、ガンマーとソリーヌはようやく安堵の息を吐いた。

 

「お、ナイス斧。これで安全かな?」

 

 すべての吸血鬼が排除されたことを確かめたカジートは、鎧の革で短剣の血を拭い、腰の鞘に納める。

 カジートは確かに、優れた身体能力を持つ種族ではあるが、吸血鬼をあっという間に屠る当たり、相当腕の立つ短剣使いである。

 

「あなた、誰?」

 

 助けられたのは確かではあるが、相手は知らない人物。

 幾分か警戒の色を漂わせつつ、ソリーヌは助力してくれたカジートに名を問う。

 

「オイラはカシト・ガルジット。吸血鬼のお姫様と同道していたっていう吸血鬼ハンターでしょ? 聞きたいことがあるんだけど……ケントはどこ?」

 

 懐から一枚の手紙を取り出し、ヒラヒラと揺らしながら、カシトは名乗る。

 その手紙には「リータ・ティグナ」の名前が書かれていた。

 彼の口から出た健人の名前、そしてリータの手紙に、ガンマーとソリーヌは思わず目を見開くのだった。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
ハルコンたちの所に身を寄せていたメリエルナたちとの再会でした。
そして健人は首輪をつけられ、無理やりブラッドストーンの聖杯を取りにいかなければならないことに。
一方、ガンマー達は追っ手を差し向けられるも、カシトの助力により危機を脱しました。


以下、登場人物及び用語紹介

嘆きの首輪
本作品オリジナルの呪具。
ハルコンがはるか昔にモラグ・バルに生贄を捧げるために使用していた首輪。
着用者の肉体と精神を蝕み、その苦痛をデイドラに捧げる。
また、モラグ・バルとその眷属に対して害意を抱くと、激痛を与えてくる。
当然ながら、普通の方法で解除することはできない。

カシト・ガルジット
リータからの手紙で健人の帰還を知った彼の親友。
健人達の行き先をある程度彼女が把握していたことから、ハーフィンガルホールド北の海岸で張っていた。
相も変わらず、健人が作った黒檀の短剣を愛用している。
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