【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
相も変わらず鈍足ですが、読んでいただけると嬉しいです。
月の光に照らされた亡霊の海を、一隻のボートが東に静かに進んでいく。
荒波が激しく海岸に打ち付ける中も、波よけの加護を持った小船の周囲は相変わらず凪いでいた。
首輪からもたらされた激痛がようやく収まった健人は、倒れた体を起こそうと腕に力を込める。失血の影響により体はだるいが、なんとか上半身を起こすことはできた。
比較的大きく、五、六人は楽に座れるだけのスペースがある大型のボート。その船首に置かれた袋の隙間に、健人は押し込められていた。
体を起こした健人の視界に、しかめっ面を浮かべたレッドガードの美女が映る。
レキナラ。
メリエルナと同じく元蒼の艶百合の娼婦だった女性であり、彼女の恋人だ。
今のレキナラは皮の服と軽装鎧と外套を纏い、腰には鋼鉄の片手剣を刺している。娼婦というよりは姫を守る護衛の戦士といった風体であった。
彼女は恋人を守るように、健人とメリエルナの間……小舟の中央に座っている。
「……目を覚ましたか」
(ええ……まあ……)
奥歯に物が詰まったようなレキナラからの挨拶に、健人もまた返事をしようとするも、生憎と喉が壊れているために無言になってしまう。微妙な空気が、二人の間に流れた。
「お前が私を嫌悪するのは仕方ない。だが、メリエルナに手出しはさせない」
諦めたかのような自嘲の笑みがレキナラの顔に浮かぶも、彼女はすぐに険しい表情へと戻る。
睨みつけるような視線。健人を脅威と認識している者の目だ。
そんなレキナラの杞憂をよそに、メリエルナは得意げに微笑む。
「ふふ、大丈夫ですわレキナラ。彼はハルコン様から下賜された魔法の首輪を付けられました。この首輪がある限り、私達に手は出せませんわ」
(ぐ……!)
メリエルナの意志に首輪が反応したのか、内側の棘が健人の首に再び牙を立てる。
血が滲み、流れ出た血を、首輪はまるでヒルのように啜り始めた。
頭に走る痛みを堪えつつも、健人はメリエルナを睨みつける。
しかし、攻撃はできない。した瞬間に、更なる激痛に苛まれることが分かっているからだ。
一方のレキナラは痛みを与えられながらも無抵抗な健人に納得した表情を浮かべつつも、視線は切らない。護衛の鏡のような行動だ。
「ふふ、相変わらず心配性ですね。ですが、嬉しいですわ」
そんな恋人の勇ましい姿に発情したのか、メリエルナがレキナラの背後からしなだれかかった。伸ばされた手が鎧の隙間を通り、レッドガードの美女の胸を揉みしだき始める。
「んっ……! おい、こら……んんんっ!?」
レキナラの口から漏れる、甘い喘ぎ声。
思わず抗議を上げようとする彼女の口を、メリエルナの口が塞ぐ。そのまま舌を入れ、恋人の口の中を堪能し始めた。
突然始まる睦事。
狭い小舟のなかでイチャつくのはやめて欲しいと思いながら、そばにあった袋を探る。
中には彼の鎧と、半壊した盾、長短二本のブレイズソード、そして黒板が収められていた。
眼前で始まりそうな情事にうんざりしながら、健人は装具を身に着けると、黒板に白墨を走らせて掲げる。
『それで、いい加減目的を話してくれないか?』
「あら私ったら、恥ずかしいですわ。でも、そんなに凝視されるなんて。もしかして、ご一緒したかったのですか?」
これ見よがしにドレスの肩ひもをつまみ、胸を強調してくるメリエルナ。
健人は「白々しい」というように嘆息を漏らし、これ見よがしに肩を落とすと、顎をしゃくって早く事情を説明するよう促す。
吸血鬼から呪いの込められた拘束具を嵌められ、味方が一人もいなくても靡く様子のない健人に、メリエルナは一瞬不満そうに頬を膨らませるも、すぐに澄まし顔へと戻った。
「ハルコン様が求められているのは、ブラッドストーンの聖杯と呼ばれるものです」
ブラッドストーンの聖杯。
元々吸血鬼の能力を高める品としてヴォルキハル城に所蔵されていたが、いつの間にか奪われていたらしい。ハルコンはそれを取り戻し、本来の能力を発揮させたいとのこと。
おそらく、星霜の書の予言のために必要になったのだろう。
『で、その品はどこにあるんだ?』
「リフトになりますわ」
リフトホールドは、ホワイトランホールドを挟んでちょうど反対側だ。これまでたどってきた道をさかのぼることになる。
正直、かなり遠いし、時間もかかってしまう。
「大丈夫ですわ。ヴォルキハルの船は波よけの加護がありますが、この小船はハルコン様が色々と手を加えた特別品」
渋い顔を浮かべる健人を前に、メリエルナは空を見上げて何かを確かめると、スッと指を船の外販の縁に滑らせた。
すると、波よけの加護をもたらしていた魔法陣が、ひときわ強く輝く。そして、グン! と、体が引っ張られるほどの加速がかかった。
「この“闇月の船”は、夜に真価を発揮する船です。月からもたらされるマジカを浴び、まるで魚のように海の上を進むことができるのですわ」
小舟は瞬く間に速度を増し、やがてこの世界の船では考えらえられないほどの速度に到達した。
一方で、加速による並の衝撃や風はほとんど感じない。相も変わらず、氷の上をすべるように静かなままだ。
健人はチラリと、小舟の船底から展開される魔法陣を覗き見る。
よく見れば、波よけの加護の下に、別の魔法陣が展開されている。おそらくそれが、月の光を受けて船を加速させている魔法だろう。
(なるほど、波よけの加護が、速度が増すことによる水の抵抗すら減じてくれるのか……)
水の上を船が進むと、その抵抗は波という形で現れる。
空気の五百倍ともいわれるその抵抗が減じられれば、当然小さな力でも大きな加速を得られるだろう。よくできた組み合わせだと、健人は素直に感心した。
「このまま進めば、おそらく一週間くらいでホワイト川に到着。三日もあれば、ダークウォータ川を遡上してゲイル湖、そしてホンリッヒ湖に行けるでしょう」
既に小舟の速度は、小型のモーターボートくらいの速度となっていた。
しかし、波による衝撃もなければ、風も感じない。
相も変わらず、現代日本ではちょっと考えられない品がちょくちょくある世界である。
「っ……レキナラ、申し訳ないのですが……」
「分かった」
健人がそんなことを考えていると、メリエルナがモゾモゾし始め、懇願するような表情をレキナラに向けた。
するとレキナラは突然短剣を抜き、自分の手を傷つける。
そして赤く流れ出た雫を、メリエルナは貪るように啜り始めた。
どうやら、渇きを覚えたらしい。
しばしの間、船上に血を飲む音が流れる。
やがて血を飲み終えたメリエルナは、口元を隠しながらレキナラの背中から離れた。
「失礼いたしましたわ。目的地に着くまでは、交代で見張りをしながら船を動かすとしましょう。最初はケント様にお願いいたしますわ」
『俺が逃げるとは思わないのか?』
吸血鬼であるメリエルナのことや、この船の特性を考えれば、昼間は動きづらくなる。当然、それだけ健人に逃走に機会が来るだろう。
「ええ。その首輪がある限り、貴方はモラグ・バル様とハルコン様の生贄です。逃げることも、私を害することも不可能ですわ。それでは、しばらく見張りをお願いいたしますね」
そう言って、メリエルナは船底に横になった。すぐに、穏やかな寝息が流れ始める。
確かに害意を持って攻撃を仕掛けようとしたら、また頭の中をかき回されたかのような激痛にさいなまれるだろう。
健人自身も、その言葉を否定できるだけの根拠を持っていない。
仕方なく、健人は船尾に移動し、舵を持った。
当然、レキナラも健人の移動に伴い、眠ったメリエルナをかばうように船尾に移動。
必然として、二人は互いに向き合ったまま、小舟は進んでいくことになる。
しばしの間、沈黙が続く。それを破ったのは健人の方だった。
『貴方は、どうして彼女の従徒に?』
レキナラがいつ恋人が吸血鬼であることを知ったのか、健人にはわからない。
だが、ダークライトタワーから脱出する際に刃を交えた時、レキナラは動揺の色を隠しきれていなかった。
つまり、メリエルナが吸血鬼であることを知ってから、それほど時間は立っていなかったはず。もしかしたら、本当に脱出の行動を起こした直後に、メリエルナが吸血鬼だと知ってしまったのかもしれない。
「彼女を愛しているからだ。それ以上の理由がいるか?」
『にしては、あの時の剣に迷いがあったようですが?』
「お前は……目ざといな。私は娼婦ではあったが、元戦士だ。守るべき人を守るために、己の犠牲などいとわないさ」
レキナラはちらりと横目で、すぐ後ろで眠るメリエルナを見つめる。
愛おしそうな、同時にどこか、悲哀を帯びた目。だが、その視線はすぐにケントに向けられ、表情も戦士のそれへと戻った。
「正直、お前は危険だ。それに、彼女にとっての害になる。だが、今はお前の力がメリエルナには必要だ」
『足……ですか?』
「やはり、見抜いていたか」
ダークライトタワー脱出の際に剣を交えた時、健人はレキナラの足運びに違和感を覚えた。
健人の予想を肯定するように、レキナラは己の左足を差し出し、ブーツを脱ぐ。
「私は元々、ハンマーフェルに住んでいた。戦神オンシと剣神レキを信仰して剣の道を進み、ソードシンガーとなり、そしていつの日か、シェハイを習得してフンディングのような戦士……アンセイになろうと。だが……」
筋肉質でありながら、女性特有の柔らかさを帯びた足。艶めかしい褐色の肌。その足首に、一筋の盛り上がった線が刻まれていた。健人は目をしかめる。
かなり深い傷だ。おそらく、腱や神経にまで達しているだろう。
「このケガで、私は戦士としての命を絶たれた。絶望していた私を救い、慰め、支えてくれたのがメリエルナだった。だから、私は己の全てをもって、彼女を守る」
たとえ、この傷物の身で届かなくとも。
そういい終えると。彼女は健人から視線を外し、メリエルナをかばうように体を丸めて横になる。
そして健人は今一度、船底に横になっている元同僚を一瞥すると、深呼吸をして舵を持ち直し、闇夜の海に目を向けるのだった。
健人の意識が海の方へと向いたことを察したレキナラは、彼に聞こえないように安堵の息を漏らす。
(メリエルナの言葉を疑うわけではないが、今の私では、この男相手には本気を出しても三合と耐えられないだろう……)
傍に置いた片手剣の鞘に手を置きながら、レキナラは悔しさを押し殺す。
レキナラは元々ハンマーフェルで、とあるクランに属するソードシンガーだった。
その才能は当代一と言われ、男でも彼女に勝てた戦士はいなかった。
クラウンの一員として、そして一人の戦士としての才能あふれた彼女は、数百年ぶりにレッドガードに「シェハイ」をもたらすのではと期待されていた。
シェハイは、高位のソードシンガーが「剣の道」を究め、己の肉体と精神の完全な調律をなした果てに身に着けられる、強力無比な霊剣だ。
ノルドたちの「シャウト」と同じくはるか昔に存在したといわれる伝説の刃。彼女は、それを作れるだろうと期待されるほどの戦士だったのだ。
(もっとも、以前の私でも、彼に勝てるかと言われると……自信はないがな)
とはいえ、そんな彼女ですら、背後で舵を持つ男の力量は異常だった。
一言で言うと、夜空の星を見上げているような感覚、といったところだろうか。
目には見えるのに、届く気配が微塵もない。底が見えないのだ。
同時に、あの若さでそれほどの極致に至った戦士を前に、高揚も覚える。
(いけないな、メリエルナを守らなければならないのに。どうしても、故郷で迷いなく剣を振っていた頃を思い出してしまう……)
レキナラ自身、自分が剣の道を進むことも、それに己の命をかけることも信じて疑わなかった。アンセイ……剣聖となろうとする果てに死んだとしても、本望だとすら思っていた。
だが、その道は、ある日突然断たれた。
彼女は十五歳の時、クラウンの長同士の会合に、護衛として同道することになった。
そこに、無数のスカベンジャー達が襲い掛かってきたのだ。
スカベンジャーはハンマーフェルにおけるならず者たちであり、大戦でハンマーフェルの南部が壊滅したことから、ここ二十年ほどで激増した経緯があった。
もちろん、当時彼女はすでに実戦を経験していたし、スカベンジャーの撃退や壊滅をしたこともある。
しかし、その日襲ってきたスカベンジャーの数は、これまでの戦いの比ではなかった。
数十人の護衛に対し、襲ってきたスカベンジャーは五百人を超えていた。十倍か、それ以上の戦力差である。
だが、彼女たちは誇り高きソードシンガー。圧倒的な戦力差など意に返さず、勝利を信じて戦い抜いた。
かつてフンディングが率いた英雄たちのように。
しかし、現実は非情だった。
彼女達は負けた。相手のスカベンジャーの中にも、ソードシンガーがいたのだ。
結果、味方は全滅。彼女は捕らえられ、剣と、それを扱う術を永久に奪われ、慰み者とされた。
それから、レキナラは数多の男達に蹂躙され、穢され続けた。
そして、飽きられた彼女は奴隷として売られ、流れ続けた果てにシロディールにたどり着いたのだ。
この時は、もうとっくに戦士としての誇りは無くなり、只の人形のようになっていた。
唯々、男の欲望を受け止め、食べ、排泄をするだけの肉人形。それが、彼女だった。
そんな中、レキナラは蒼の艶百合に拾われることになる。そこで、メリエルナと出会った。
(最初のきっかけは、彼女と初めて話をした時だったな……)
当時、二人はまだ見習いで様々な雑務をこなす立場ではあったが、柔らかで、たおやかな女性らしさを持ち、様々な芸事に通じたメリエルナは当時から注目されていた。
そんな彼女を嫉んだ一人の先輩娼婦が、メリエルナが洗濯をしている中、嫉妬から彼女を害しようとした。
偶々、その場にいたレキナラが振り下ろされたナイフを止め、暴行を働いた先輩娼婦を押さえ込んだことで誰も傷つかずに済んだが、結局先輩娼婦は衛兵に捕らえられ、牢屋行き。
そして、一連の騒動が落ち着いた時、メリエルナがレキナラに会いに来た。
『感謝しますわ。さすがはレッドガード、お強いのですね』
『いや、私なんて……』
『そんなことはありませんわ。現に、私は貴方のおかげで、命を救われたのですから』
この一言が、レキナラの凍り付いていた心を震わせた。
そこに、かつて自分が守れなかった人達。凌辱と敗北の過去を、少しではあるが、拭えた気がしたから。
以後、レキナラは奮起し、メリエルナと共に蒼の艶百合の中でも、特に秀でた娼婦となっていく。
(今度こそ、必ず守り抜く……!)
レキナラは目の前で眠るメリエルナの手を握り、先ほど健人に向けて放った誓いを、改めて己に刻む。
かつて信じていた剣の道のためではない。自分に生きる理由をくれた、一人の女性の為にと。
今回はオリキャラたちの回ということで、特にレキナラ関係のお話です。
正直、第四期を含め、レッドガード達の話が少なすぎるので、ほとんどがオリジナル設定となっています。
シェハイが作れるソードシンガーがいるのかどうかとか、クラウンとフォーベアーについても、頭が痛いお話でした。
一応、大戦の動向を考えれば、保守的な存在の勢力はいるだろうと考え、レキナラはクラウンの所属だったとしています。
以下、用語説明
ソードシンガー
「刀剣の歌」と呼ばれる剣術体系をおさめ、己の精神を磨く武道哲学「剣の道」を進む剣士たちの総称。
タムリエル大陸の中でも有数の武術者たちであり、第一期のヨクーダ大陸の戦いでは、30倍の戦力差をひっくり返したともいわれている。
シェハイ
高位のソードシンガーが剣の道の実践と神々への信仰、ゆるぎなき精神を研ぎ澄ませることによって生み出したとされる霊剣。
その威力は魔法の鎧や武器をたやすく切り裂き、あのヨクーダ大陸が沈む要因の一つともなったともいわれるほど、強力な魔法の剣である(後者は伝承レベル)。
また、使い手によっては炎を帯びたりなど、個性的な特徴を持つこともあったらしい。
現状のエルダースクロール作品の中で、明確にシェハイを使ったのは第二期のレッドガード、サイ・サハーンのみ(TES5の約950年前)
アンセイ
直訳は剣聖。
元々はフランダー・フンディングの称号、ヘル・アンセイが元となっており、霊剣シェハイを使える者が、この称号を持つことができる。
フンディング
レッドガードの伝説的英雄であり、第一期のソードシンガー。
本名はフランダー・ド・フンディング・ヘル・アンセイ・ノ・シラ。
30歳までに90を超える決闘に勝利し、野心におぼれた皇帝が力づくでヨクーダ大陸を支配しようとしたときは、数多ソードシンガーたちを率いてこの戦いに勝利している。上記の30倍の戦力差をひっくり返した戦いが、これ。
また、老成後に己の知識や技術を記した「円環の書」と呼ばれる書物を作った。
この書は後継のソードシンガーたちの指標となるだけでなく、祝日に各家庭で必ず読まれるなど、レッドガード全体に大きな影響を及ぼした。
ノルド的な表現で言うと、イスグラモルのような立ち位置にいる人物。
ちなみに、ヘル・アンセイとは「剣聖」を意味し、ノ・シラは「高貴な人物」という意味。
オンシ
レッドガードが信仰する神の一柱。
戦いの神であり「骨を削りし者」という別名がある。
人に短剣を引き延ばし、剣を作る術を与えたとされている。
レキ
ラプトガと呼ばれる神より生まれた娘。
「霊剣の聖人」「剣術の女神」と呼ばれ、レッドガードがエルフと戦う際に剣術を授けたといわれている。
クラウンとフォーベアー
第二期に存在した、レッドガードの派閥。
クラウンが保守的、フォーベアーが革命的な派閥であり、それぞれ信仰する神が違っていた。
第四期まで存続しているかは不明であるが、本小説では大戦時に保守的な層が増えたと考え、その勢力をクラウンと呼称している。