【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
今回はセラーナさんサイドのお話。
吸血鬼の王、ハルコンが住まうヴォルキハル城。
その奥の一室にて、セラーナは自分をこの部屋に連れて来た執事の吸血鬼を睨みつけていた。
「大変失礼いたしました、お嬢様。しかし、必要なことなのです」
「よく言いますわね……」
彼女に睨まれていた吸血鬼の執事、ガラン・マレシが謝罪と共に深く頭を下げるも、セラーナの機嫌は直らない。
むしろ、現在進行形で直滑降に落ち続けている。
ハルコンが健人をモラグ・バルへの生贄としたこともそうだが、連れてこられた部屋も、彼女の機嫌を損ねる要因になっていた。
「こんな部屋、まだ残っておりましたのね」
「当然でございます。ここは貴方様のお部屋でございます故」
セラーナが連れてこられたのは、かつて彼女が使っていた自室だった。
部屋の広さはハルコンの居室と同じくらい広く、部屋の壁には大きな暖炉が設けられている。そして室内には、美しい掘り込みがされた椅子や机、そして豪華なベッドが備え付けられていた。
セラーナが何も知らない幼い頃、無邪気に過ごすことができた場所である。
壁には本棚が幾つも置かれ、色褪せながらも豪華な装飾が施された本が並んでいる。まだ彼女がこの城で生活していた頃、母親の影響で読み始めた本だ。
どれも数千年前の、優れた匠による作品。使いやすさと見栄えの良さを両立した、超一級品の家具たちである。その一つでもあれば、平民が一生遊んで暮らせるものだ。
セラーナはそんな豪華な家具の中の一つ、部屋の脇に置かれた小机に歩み寄る。
その上には、古びて色あせながらも、小綺麗な装飾が施された本が一冊、ぽつんと置かれていた。彼女はその本を手に取り、ぱらぱらとページを捲ると、目を顰める。
「こんなものまで、残してあるのですね」
それは、彼女が昔付けていた日記だった。
日付は、彼女が母と共に城を出る直前であり、野心と猜疑心に溢れた父への嫌悪と、母を信じてこの城を出ていく旨がつらつらと書かれていた。
「あの方は、貴方様がいなくなって以来、誰よりも貴方様の身を案じておりました。奥様への憎しみも、すべては貴方様をお隠ししてしまったことが理由でございます」
「あり得ませんわね。この城を出る以前から、既に二人の間には憎悪しかありませんでしたわ。間に挟まれた子供のことも、とっくに目に入ってはおりませんでしたのよ」
父を嫌悪し、母についていったセラーナだが、その信頼は数千年の封印の中でとっくになくなっていた。なにしろ、彼女を封印したのが、その母だったのだ。
今更、家族の情に期待することなどできない。できるはずがない。
自分を捨てた父と、利用した母。すっかり冷え切り、憎しみのみでしか繋がっていない家族。
過去の幸せだった時を思い出すからこそ、信頼を裏切られた現実がより一層、彼女の心を締め付けて、凍り付かせ、頑なにしてく。
そんなセラーナをガランはまっすぐに見つめていた。その目に映るのは懇願。主の心を察してほしいという、真摯な願いだ。
セラーナ自身、ガランの忠誠を疑ってはいない。しかし、だからこそ、そんな彼から向けられる目が鬱陶しい。
ガランの視線を無視するように、窓の外に目を向ける。
霧がかった城の周囲は、相変わらずどんよりとしている。
蒼の艶百合や、健人と共に旅をしてきた時に見てきた陽の光に包まれたスカイリムとは全く違う、陰鬱な場所。自然と、気分も陰ってきて、それを振り払うようにセラーナは口を開く。
「それで、父があの三人に取ってくるよう言った聖杯とは何ですの?」
「ブラッドストーンの聖杯と呼ばれる、われらの力を高めてくれる遺物です。少し前にこの城から盗まれましたが、ハルコン卿はご自身の強大な力ゆえに、特に気にしておりませんでした」
それを、どうして今さら取り戻そうと思ったのだろうか。
セラーナは、自室の壁……その先にある、父親の部屋に目を向ける。
妙な胸騒ぎが、沸々と沸きあがってくる。
そんな中、部屋の扉が開かれ、一人の吸血鬼が入ってきた。
「やあセラーナ、災難だったね」
入ってきたのはハルコンの腹心の一人であり、ハイエルフの吸血鬼、ヴィンガルモだった。
「ヴィンガルモ。貴様、なぜお嬢様の部屋に来た?」
ガランが眉を顰め、ヴィンガルモを問い詰める。
女性の、それも城主の一人娘の部屋に勝手に入ってくるなど、本来なら許されるような行動ではない。
しかし、ヴィンガルモは二人しかいないハルコンの相談役であり、この城の中でも特にハルコンに次ぐ高い地位を得ている者の一人。それ故に、ガランも注意することしかできなかった。
ヴィンガルモ自身も、己の立ち位置を十分理解しているのか、ガランの諫言を聞いても、特に気にした様子はない。
彼は持っていたワインボトルをセラーナに魅せながら、静々と彼女に歩み寄る。
「なに、ハルコン卿と随分と言い合ったと聞いてね。無聊の慰めにでもなればと思って、持ってきたのさ」
黒い遮光硝子で作られた、これまた高価そうなボトルだった。
中には、黒々とした液体が詰まっている。
ヴィンガルモがポン! と注口を閉めていたコルクが抜く。芳醇な血の香りが、部屋の中に漂い始めた。
「処女の幼子、五十人分の血を特製の樽に詰め、三百年かけて熟成させた品だ」
好きだろう?
そう言うように、ヴィンガルモはどこからともなく二つのワイングラスを取り出し、中身を注ぎ始めた。
粘性のある赤黒い液体が、ワイングラスを満たす。そしてヴィンガルモは、満たされたワイングラス二つのうちの一つを、セラーナに差し出した。
「……結構ですわ」
しかし、その血をセラーナは全く“美味しそう”とは思えなかった。
差し出されたワイングラスから目をそらし、冷たい声でヴィンガルモを拒絶する。そんな彼女に、ヴィンガルモは肩をすくめた。
「おや、君の好み見合うかと思ったんだけどな? もしかして、ペット君の血はこれ以上の美味だったのかい?」
ペット。その言葉が、セラーナの心をさらに逆撫でた。思わず、ヴィンガルモを睨みつける。
そんな彼女の苛立ちを察したガランが、再びヴィンガルモを諫めるべく口を開く。
「ヴィンガルモ、それまでにしておけ。お嬢様は長旅でお疲れだ……」
しかし、ヴィンガルモの態度は変わらない。
よくみれば、顔が火照り、朱を帯びている。どうやら、かなりの血を飲み、酔っていることが窺えた。
案の定、ヴィンガルモはセラーナの苛立ちに気づかず、今しがた自分が注いだワイングラスの血で舌を湿らせると、その口をよりいっそう滑らせていく。
「ガラン、いいではないか。それに、少し申し訳なく思っているのだよ。私が君のペットを横取りしたみたいな形になってしまったからね」
「どういう、ことですの?」
「あの新人の吸血鬼……確か、メリエルナだったな。彼女に血を分け与えたのは私なのですよ。ハルコン卿の命令でね」
ぐい……!
セラーナの為に注いだ血を自分で飲み干すと、ふう~~! ヴィンガルモは機嫌のいい声を漏らす。
そんな中、セラーナの思考は高速で回っていく。
彼女はこの城の中が、相も変わらず権力欲と野心が蔓延していると、帰ってきてすぐに気づいた。
城主のハルコンだけではない。その配下も、支配欲に満ちている。
特に強い野心を持つのは、目の前にいるヴィンガルモと、もう一人の相談役のオースユルフだ。
同時に、この二人はとにかく気が合わない。
元エルフと元ノルドというのもあるのかもしれないが、隙があれば相手を殺したいと思えるほど、お互いに憎しみ合っている。
(オースユルフがケントの血を横取りしようとしたのも、ヴィンガルモを牽制しようと思っての行動だったのかもしれませんわね。ともすれば、そのまま自分の配下に組み込もうとも考えていたはず……)
もっとも、それはヴィンガルモの配下となったメリエルナと嘆きの首輪の登場で徒労に終わったわけだが。
セラーナが城内の権力争いの様相に思考を巡らせる中、ヴィンガルモの独白は続く。
「今頃は、レッドウォータースプリングに向かっているでしょう。確かにハルコン卿の命で彼女を我が血族とし、多少の力は与えましたが、それでどうにかなるかは分かりません。まあ、そんなことよりも……」
突然、ヴィンガルモがスッとセラーナとの距離を詰め、その指がセラーナの顎に添えられた。
至近距離から覗き込んでくるヴィンガルモ。その目の奥に潜む野心と欲望に、セラーナの目が吊り上がる。
「相変わらず、お美しい。ディベラですら、貴方様の美には嫉妬するでしょうな」
そんなセラーナを前にしても、ヴィンガルモはむしろ楽しそうに、彼女を口説いてくる。
「放しなさい」
一方のセラーナは、完全な塩対応。
当然だ。父と同じく、権力闘争に明け暮れる同族など、嫌悪の対象にしかならない。
それでも離す様子のないヴィンガルモを前に、セラーナはワザと荒々しく身をよじる。
パンっと弾かれるように引きはがされた自分の手を前に、ヴィンガルモは仕方ない肩を竦めながら、持ってきた血のワインボトルを豪華なサイドテーブルに置くと、部屋を出て行った。
「お嬢様……」
「ガラン、貴方も下がりなさい」
「分かりました。しかしお嬢様、くれぐれも軽率な行動はなさらぬよう。あの首輪は、ハルコン卿が持つ“鍵”以外では解けませぬ。たとえ外せたとしても……」
「下がりなさい!」
セラーナに命じられ、ガランもまた部屋を後にした。
冷たく、静まり返った室内。強風が窓を揺らす音だけが、物寂しく響く。
一人残された吸血鬼の姫は、冷たいかつての自室の中で、己の二の腕を抱きしめた。
胸を締め付けられるような感覚。たった一人の人間すら、家に帰してあげることができない無力感に、唇を噛み締める。
(もう、どうにもできないのでしょうか……)
嘆きの首輪は、かつてハルコンとセラーナ達が吸血鬼となる際に使われた品であり、ある種の“魂縛”を生贄に掛ける呪具だ。
当然、普通の死霊術などで使う魂縛とは違う。たとえ外せたとしても、その魂は死ねばモラグ・バルに捧げられてしまう。
こみ上げる憂いを誤魔化すように窓の外に目を向けた。
霧に包まれた荒海。しかし、昔は遠くに連なるハーフィンガル北の山脈が、陽の光に照らされる様を一望できた。子供の頃は、父と母の三人で、よく眺めたものだった。
しかし、それももはや遠い昔の光景。既に消え去った家族の絆、その残滓でしかない。
(どうしてこんなに、昔のことを思い出すようになったのでしょう……)
封印されていた時は、ずっと眠っているような感覚だった。
その前は、家族の絆が壊れたことに嘆き、只々渇きを満たし、怠惰の沼に耽溺する日々。
(そのさらに前は……なんとか父と母の仲を取り持とうとしていたような気がいたしますわ)
しかし、その記憶すら、数千年の時の中で摩耗している。
残されたのは、怒りと悲しみ、そして諦観。こんな風に、昔のことを思い出すこともなかった。
(あの方と出会ってから、ですわね……)
それが変わったのは、何時だったのかとセラーナが思いを馳せれば、再び脳裏に特徴のない、異邦人の顔が思い浮かぶ。
年の割に幼く見えながらも、どこか達観した……絶対に揺るがない何かを持っているように見える人物だった。まるで、世界のノドのように。
(これは……いけませんわね)
再び胸が、ギュッと締め付けられるような感覚に襲われる。
その感情か何かを考える前に、セラーナは首を振って意識を逸らす。
今大事なことは、彼に掛けられた「嘆きの首輪」をどうするかだ。
簡単に外せるようなものではない。だが……。
「約束……しましたものね」
健人は頼まれた通り、きちんと彼女を家まで送り届けてくれた。
そして、セラーナもまた、彼を家に帰すと約束した。
だったら、その約束くらいは果たさないといけない。
セラーナは一度深呼吸をすると、持っていた日記を置き、本棚の中の本を手当たり次第に開き始める。
彼女の記憶がある限り、あの首輪が最後に使われたのは、両親と自分が吸血鬼になった時。その際の儀式の細かい調整をしていたのは、セラーナの母親だった。
セラーナの母は錬金術と死霊術に精通しており、そもそも嘆きの首輪を作ったのも彼女である。
そして、この部屋の本の中には、セラーナの母が彼女の為に書いた本もあった。
「っ、ありましたわ!」
数十冊の本を確かめ、セラーナはようやく嘆きの首輪の詳細が書かれた本を見つけ出した。すぐさまその内容を読み進めていく。
(必要な材料は、コールドハーバーの冷たい鉄とモラグ・バルの祝福、黒魂石。この辺りは予想通りですわね。解除に必要なカギは……)
「……お父様の血?」
必要なのは、モラグ・バルから直接力を授かった、真祖となる者の血だ。
さらに、ただ血を捧げればいいというわけではなかった。首輪をかけられた者が、祭主である真祖を刺すという、具体的な儀式まで必要だった。
当然、ハルコンに害を及ぼそうとすれば、首輪により苦痛に苛まれる。
そんな状態で、あの強大な力を持つハルコンに血を流させるなど、不可能だった。
「そんな、これでは、私では……」
彼を助けられない。
再び意識を窓の外に向ける。
その時、黒い影が三つ、海岸の端に映った。
「あれは……」
目を凝らし、その影が何かを確かめる。
数秒後、影の正体に気づき、セラーナは目を見開いた。この城から脱出したはずの、ガンマーとソリーヌだ。
何故かもう一人、見慣れない人物がいるが、同道している以上、二人の味方と考えるのが妥当だろう。
「っ、考えている暇はありませんわ」
そしてセラーナは窓を開け放つと、近くにあったベッドとシーツを細長く引き千切り、結び合わせて簡易ロープを作り、窓の縁から垂らす。
そして、ロープを掴み、迷いなく窓のへりに足をかけるのだった。
というわけで、いかがだったでしょうか?
嘆きの首輪、解除に超絶面倒な呪具でした。
ちなみにハルコンに血を流させるって、ミラーククラスの実力が必要です。今の健人には到底無理。
以下、用語説明
ブラッドストーンの聖杯
DLC本編に登場した品。レッドウォーターの隠れ家の水を汲むことで、吸血鬼の能力を引き上げることができるらしい。
ゲーム本編ではハルコンの所有物であったが、本作では盗まれている。