【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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やっぱ、ドーンガード編も章で分ける必要がありますな……。


第十七話 凍れる地からのささやき

 

 がらんとした、三十メートル四方の空間。

 どんよりとした空気に満ちたそこに、ハルコンは一人立っていた。

 彼の前には角を持つ怪物を模した石像が屹立しており、石像の口からは絶えず血のような深紅の液体が染み出していた。

 流れ出した血は、像と一体化した水盆に落ち、再び像の口から流れ出している。

 デイドラロード、モラグ・バルを模した祭壇。その前で、ハルコンは跪く。

 

「ご命令の通り、かの男に嘆きの首輪をつけてまいりました」

 

『これで、あの者の魂に楔を打つことができた。一度できた我との繋がりを、そうそう断ち切ることはできん。よくやった』

 

 冷たく、暴力的な声が、祭壇から響いてくる。

 モラグ・バル。

 支配、使役、略奪を司るデイドラロードである彼が、己の配下であるハルコンに命じたことは、一人の定命の者に、かの『首輪』を付けること。

 健人を捕まえた後、この祭壇で、彼はモラグ・バルから直にその命令を受けていた。

 数百年ぶりになる、主神からの拝命。

 しかし、その内容に、当のハルコンは内心首をかしげていた。

 確かに、剣士としては相当なものであるが、たかが生贄一人を捧げる事など、強大なオブリビオンの王子が直々に命じるには、いささか小事に過ぎるからだ。

 

『ハルメアス・モラも、今頃臍を噛んでいるだろう。自分が欲していた勇者を、我に奪われたのだからな』

 

「ハルメアス・モラ? あの定命の者は、かの王に見出された者だと?」

 

 定命の者がデイドラロードに見出されることは珍しいが、ありえない話ではない。

 数千年生きているハルコン自身、何度も聞いてきた話である。

 しかし、彼の主神の声は、ハルコンがこれまで耳にしたことがないほどの“高揚”を滲ませていた。

 

『ハルメアス・モラだけではない。他の王子たちだけでなく、アカトシュを始めとしたエイドラ達も含め、神々の誰もが欲していた者だ。もっとも、一番因縁があると言えば、あの薄暗く陰気な書庫の主だろうがな』

 

「なぜ、そこまで気にされているのか、お聞きしても?」

 

『運命の破壊者。混沌の体現者。再開闢の起点。ハルメアス・モラと直接対峙して奴を退け、お前たちが言う“瞬きの闇”を晴らし、この世界を再創造したのが、あの男だ。世界を食い尽くしたアルドゥインと、完全なる星霜の書を使ってな』

 

「…………」

 

『さらに言えば、あ奴はこの世界……ニアとパドメイから生まれたものですらない。完全なる異端。本来存在しないはずの人間だ』

 

 あの定命の者が、デイドラロードを退け、アルドゥインを倒し、世界を再創造した。

 さらに、そもそもこのニルンの存在ですらないと語られ、ハルコンは己の耳を疑う。

 だが、己の主神であり、かの知識の王と同等の存在が明言しているという事実に、ハルコンは己の疑念を押し殺すしかできなかった。

 

『もっとも、アルドゥインとの戦いで喉が潰れ、奴は力の根源たるシャウトを失った。まさに狩り時、というわけだ』

 

ハルコンが言葉を失う中、モラグ・バルの高揚を孕んだ声が続く。

 

『自らの肉体と領域の一部を砕かれて以降、あの陰気な本の蟲は奴に執心だ。アカトシュも、再開闢の主の扱いには苦慮しているだろう。なにせ、自らが神々とニルンの頂点に立ち続けるための保険が、消えるかどうかの瀬戸際なのだからな』

 

「で、あるなら、知識の王子がこちらに干渉してくる可能性は、大いにあるのでは……?」

 

『なにもできんさ。復活したとはいえ、領域の一つを失い、力は大きく削がれている。今の私を邪魔するなど、到底不可能だ。アカトシュも早々動けん。大したことはできぬ』

 

 ハルメアス・モラの力は強大だが、一領域を肉体ごと吹き飛ばされた影響は実のところ、かなり大きい。

 それでも現世に干渉は可能なところが、かの神の力の大きさを物語っているともいえるが、それでもモラグ・バルに直接の介入は無理だろう。

 それはアカトシュも同様だ。再開闢はニルン全体に影響を及ぼしている。

 今のニルンは、さながら熱せられた油のような状態だ。

 一見穏やかに見えても、一滴の水を垂らしただけで容易く油が跳ね、大火事となる。

 魂がニルンと繋がっているエイドラが下手に動けば、何が起きるかわからない。最悪、ニルンが不可逆な災厄に見舞われかねないのだ。

 

『貴様は、とにかくあの男を追い詰めろ。そうすれば、さらなる力をくれてやる』

 

「具体的に、どのようなことを……」

 

『そうだな……。奴は心が強い。そのような定命の者は自分自身の痛みには強靭だが、他者の痛みには敏感だ』

 

 後はわかるな? と言外に告げるモラグ・バルに、ハルコンは祭壇の前で声を押し殺しながら、頭を下げ続ける。

 そんな吸血鬼の王の行動を了承ととったのか、略奪の王の声は静かにオブリビオンへと戻っていった。

 静寂が戻ると、ハルコンは立ち上がり、踵を返す。

 聖堂から出ると、彼の口から自然と息が漏れた。

 

「ふう……」

 

「お疲れ様です、主様」

 

 ハルコンが聖堂を出ると、執事であるダークエルフの吸血鬼が主の帰りを待っていた。

 恭しく頭を下げてくる従僕に、ハルコンは首肯を返す。

 

「ガランか……何か用か?」

 

「オースユルフと、その一部の配下達が数日前から見えません。それから、波止場に保管していた波よけの船も数隻消えています。おそらく、あの者たちの後を追ったのかと……」

 

 オースユルフは、ヴィンガルモとは政敵同士である。

 今回、ヴィンガルモの吸血鬼がブラッドストーンの聖杯奪還を命じられたことで、その成果を奪うべく動いたのだろう。

 

「相も変わらずか。仕方のないことだ。ガラン、セラーナはどうした?」

 

「お部屋におります。ですが、おそらく……」

 

 ハルコンの額に、深い皺が刻まれる。

 おそらく、こちらも既に部屋を抜けだしているのだろう。行先は容易に想像がついた。

 

「半月の船か……」

 

「はい、旦那様がお嬢様のために作られた船でございます」

 

 半月の船。

 メリエルナ達が使用している「闇月の船」と同じく、ハルコンがセラーナのために作らせた特別製の小舟である。

 

「……星霜の書は?」

 

「お嬢様が持たれたままです」

 

 せっかく戻ってきた娘と星霜の書が、再び姿をくらませた。

 ハルコンはこめかみを抑えながら、自室へと向かい、豪華な椅子に深々と腰を下ろす。

 

「いかがいたしますが? ご命令とあれば、すぐに連れ戻しますが……」

 

「いや……放っておけ……」

 

 ガランは目を見開く。

 彼は、ハルコンの娘に対する執着心を知っていた。

 数千年間、新しく城に運ばれる従僕や新米の吸血鬼だけでなく、吸血用の生贄や奴隷として城にいる人間にすら、娘の名前と顔を周知させ、定期的に配下をスカイリムに送って情報を得ようとしていた。

 それがどれだけの執念によるものか、想像に難くない。

 そんなハルコンが、戻ってきた娘が城を離れることを黙認した。

 いったい、どんな心境の変化があったのだろうか。

 ガランが思わず窺うような視線を向ける中、ハルコンは黙ってサイドテーブルに置かれていたワインボトルを手に取った。

 

「それは……」

 

 ぽん! と軽い音とともに封となっていたコルクが引き抜かれる。

 途端に、ガランがこれまで嗅いだことのないほど、濃厚な血の香りが漂い始めた。

 

「相も変わらず、これまで嗅いだことのないほど強い香りですな。これほどの血は、数百年に一度しか手に入らないでしょう」

 

「まあ、確かに極上の血だが、これの価値はそんなものではない。おそらく、数千年後も、これに匹敵する血は得られないだろう」

 

「それは、どういう……」

 

「おそらくだが、只の飲むためだけ以上の価値があるということだ」

 

 コルク栓を再び閉じられた、かぐわしい香りが消える。

 

「セラーナのことは放っておけ。あの男と合流できれば、どうにかなるだろう」

 

「しかし……」

 

「なんだ?」

 

「私は貴方様に仕えて数千年になります。奥様と出会われた時も、お嬢様が生まれた時も、常に誠心誠意、仕えてまいりました」

 

「お前の忠誠を疑う気はない。それで、何が言いたい?」

 

 ガランが身構えるように、一拍を置く。

 

「今のお嬢様が、よく似ておられるのです。奥様に出会われたばかりの、貴方様に……」

 

「……」

 

 ハルコンの目じりが、これ以上ないほど吊り上がった。

 臣下が何を言いたいのか、分からないわけではない。

 彼自身、自分の娘が、あの男に深い信頼を置いているのは察していた。

 だが、それは同時に、彼の思い出したくもない過去を呼び起こさせる。

 長年腹の奥に溜まり、澱んでいた熱が一気に込み上げる。

 それは娘の気持ちを傾けた男に対してか、もしくは浅はかな娘に対してか。それとも、娘の行動に己を裏切った妻の姿を垣間見たからか……。

 

「……」

 

 続く沈黙。暖炉の薪が爆ぜる音だけが響く中、主の不評を買ったのだろうと思ったガランの額に一筋の冷や汗が流れる。

 無理もない。しかし臣下としては、主の御心を損ねるとしても、指摘せざるを得ない。

 彼は、娘がいなくなって以降、ハルコンがどれだけ悲嘆し、連れ去った妻に憤っていたのかを知っていた。

 

(あの出来事が、主様の心を変えてしまった)

 

 ハルコンは確かに、遥か昔……セラーナと彼の妻がこの城にいた時から星霜の書の予言を成就しようとしていた。

 しかし、彼が本当の意味で予言の成就に邁進するようになったのは、妻と娘が何も言わず、このヴォルキハル城から消えてからである。

 たとえ顔を見るだけで罵り合うほど険悪になっても、二人が城にいる間は、ハルコンの心はまだ野心だけにはなっていなかったのだ。

 

(しかも、事はさらに悪い方向に進んでしまいました。この城も、主様自身も……)

 

 予言の成就をひたすらに望みはしたものの、しかし、何の前進もない日々が続いた。

 太陽を克服するための必要な星霜の書が消えたのだ。ハルコンの野心は彼の身を焦がすほど燃え上がりながらも、最初から暗礁に乗り上げる事態になってしまったのだ。

 

(たった一つ残った願望。それがどうやっても一歩も前進しない日々。それが、主様の心をどれだけ苦しめたか)

 

 ヴォルキハルの統治はおざなりになり、城は荒れ果ててしまう有様。

 そんな折、セラーナが生きていることが判明する。

 その事実は、千年以上凍り付いていたハルコンの心を、瞬く間に溶かし、往年の活力を取り戻させた。

 

(主様のためには、必要なのだ。たとえ、只の怒りの感情でも……野心と、諦観以外の何かが)

 

 主に誅されることも覚悟し、ガランはまっすぐにハルコンから発せられる怒気を受け止める。

 そんな忠臣の心根を知ってか知らずか、ハルコンは無言のまま、ガランから視線を外す。

 

「……主様?」

 

「ヴィンガルモを呼べ」

 

「は、はい!」

 

 抑揚のない声に完全に信を失ったかと思ったガラン。だが、それでも主の命に従い、一度部屋を出て、ハイエルフの吸血鬼を伴って戻ってくる。

 突然呼ばれたヴィンガルモは、柔和な笑みを湛えたまま、慇懃な礼と共に頭を下げた。

 

「お呼びでしょうか、我が主」

 

「オースユルフが数日前から姿を消しているのは知っているな?」

 

「はい。どこに行ったのかも、おおよそ見当がついておりますが……。おそらく、主様の栄誉を得る機会を横取りするつもりなのかと。それで、私は何をすればよろしいのでしょうか? オースユルフの足止めを?」

 

「いや、オースユルフの邪魔をすることは許さん。絶対に手を出すな」

 

「は?」

 

 一瞬、ハルコンの言葉が理解できず、ヴィンガルモは呆けた声を漏らす。

 オースユルフが行っている行動は、聖杯の奪還の邪魔になる。間違いなく、主の命に背く行為だ。普通なら誅殺。良くて、ヴォルキハルからの追放だろう。

 

「そ、それでは、いったい何用で……」

 

「お前に命じるのは、先日“嘆きの首輪”をつけたあの男を殺すことだ」

 

「あの贄ですか?」

 

 最近、主がモラグ・バルへの生贄とした青年。

 この大陸に住むどの定命の物とも似つかない顔立ちであるが、見た目以上の剣腕をもつ戦士である。

 それを殺せ……つまり、彼らの主神、モラグ・バルにその魂を捧げろということだ。

 

「ああ。それも、可能な限り苦痛を与えて、な。我らの神がお望みだ。それから、セラーナは必ず連れ戻せ。力づくでも、な……」

 

「……はい、ご用命、確かに遂行してまいります」

 

 ハルコンの命に、ヴィンガルモは再び深々と礼をする。その口元は愉快そうに吊り上がっていた。

 ヴィンガルモにとって、健人は正直気に入らない生贄である。

 なぜなら、セラーナが執心している『男』だからだ。

 

(あのような男、彼女にはふさわしくありません。完璧な姫には、完璧な男こそがふさわしい……)

 

「幾人か、城の者を使いたいのですが……」

 

「フーラを連れていけ。彼女なら、確実にあの者を屠れるだろう」

 

 フーラ・ブラッドマウスは、ヴォルキハルの中で最も腕の立つノルドの吸血鬼だ。

 ヴィンガルモやオースユルフの政争には興味を示さず、己の武を磨き上げることのみに専心している戦士。

 ハルコンが持つ最大の戦力の一つである。

 当然、早々切るカードではなく、ハルコンがどれだけ本気であるかの証左でもあった。

 

「ガラン、お前もヴィンガルモに同行しろ。ただし、オースユルフにもヴィンガルモにも手を貸すことは許さん。ただ事の成り行きを観て、そのすべてを子細なく私に伝えるのだ」

 

「う、承りました……」

 

「移動には“満月の船”を使え」

 

「ヴァレリカ様の船を……ですか!?」

 

「…………」

 

「も、申し訳ありませんでした。失言を……」

 

 ガランが驚きの声を上げ、ヴィンガルモもまた目を見開く。

 新月の船は、ハルコンが作らせた三隻のある特別製の船、その最後の一隻だ。

 彼が妻に与えたこの船は、彼女が城を去って以降、荒れ果てた場内に放置されている。

 当然、ハルコンにとっては見たり聞いたりするのはもちろん、考えるだけでマグマのような怒りを覚える魔法の品だ。

 しかし、そんな船の名前を彼自身が口にし、さらには使うように命じてきた。

 臣下二人が動揺するのも無理はない。

 

「……よい。吸血鬼ハンターたちの根城は?」

 

「リフトの南東にあるようです。始末のための刺客は……」

 

「送っておけ。ただ、我らの一族に被害が出ないような者達を選んでな」

 

「ぎ、御意」

 

 狼狽える臣下を不機嫌な目で睨みつけながらも、ハルコンは矢継ぎ早に指示を下す。

 

「では、仕事にかかれ」

 

 慌てた様子で出ていく執事を見送ると、ハルコンは今一度、大きなため息を漏らし、その豪華で冷たい椅子の背もたれに体を預けた。

 疲れとは無縁のはずの肉体に、なぜか鉛を抱えたかのような疲労感を覚える。

 

(モラグ・バルから神託を受けていたこともあるのだろうが、あの女のことを思い出してしまったのもあるのだろうな……)

 

 ヴァレリカ。

 ハルコンの妻であり、彼がこの世で最も憎んでいる女。彼女との思い出など、彼にとってすでに唾棄すべきものになっている。

 

(余念……だな)

 

 今必要なことは、予言の成就と、主神からの命を正しく遂行すること。

 

『もっとも、アルドゥインとの戦いで喉が潰れ、奴は力の根源たるシャウトを失った。まさに狩り時、というわけだ』

 モラグ・バルの言葉が脳裏に蘇り、ハルコンは健人の血をおさめたワインボトルに目を向け、考え込み始めた。

 トン、トン、トンと、椅子のひざ掛けを爪が叩く音が鳴る。

 忌々しい太陽。手の出しようのない敵を打倒できる可能性が生まれ、そして、その太陽の象徴であるアカトシュの祝福を得た者が現れた。

 世界を喰らう者を倒したという実績もある。

 定命の者にしては使える者と思っていたが、思った以上に予測できない相手であった。

 しかし、それは同時に、ハルコンの野望を実現がさらに高まったと言える。

 太陽の克服。吸血鬼達が望む、闇の時代の到来である。

 

「再開闢のドラゴンボーン。翼を折られた龍、声を失った血脈……か」

 

 懐に手を入れる。

 取り出したのはガラスの小瓶。その中に健人の血を少し分けると、彼はワインボトルを手に、自室の奥へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 




ということで、続きです。
モラグバルさん、声だけですが出演。そしてハルコンが健人の正体を知りました。
以下、用語説明および人物紹介

フーラ・ブラッドマウス
ヴォルキハルの中で、最も腕の立つ吸血鬼。
政争には興味がなく、長い年月ひたすらに腕を磨いていた。
ゲームでは両手剣のトレーナーであり、妙にかわいい声が特徴的。

満月の船
三隻あるハルコン特別製の船の最後一隻。
ハルコンの妻であるヴァレリカの船
これだけは城の倉庫の中で打ち捨てられていた。
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