【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第二十五話 砕けたもの

 

 心臓を差し出すように胸元を曝け出すセラーナに、健人は当惑していた。

 

(一体、何を……)

 

「説明している暇はございません。貴方の首輪を外すには、必要なことなのです」

 

 まっすぐに見つめてくるセラーナの目に、健人は思わず気圧される。

 首輪から受ける痛みに思考も肉体も削られている彼に、彼女の考えを理解するだけの余裕はない。だがそれでも、胸を刺せと言うことがただ事ではないことぐらい理解はできる。

 

「お気になさらず。この体、胸を貫かれたくらいで死にはしませんわ」

 

 激痛に耐えつつも当惑を隠せない健人に、セラーナはただ言い募る。

 もう時間がない。

 召喚魔法による戦線維持も、カシトが持ち込んだスクロールが切れればあっという間に瓦解するだろう。

 

「私を、信じてくださいませんか?」

 

 静かな、しかし力の籠った言葉に、健人も覚悟を決めた。

 痛みに震える腕に鞭を打ち、スタルリムの短刀『落氷涙』を逆手に構える。

 そして、一瞬の躊躇いと共に、切っ先をセラーナの胸元に突き刺した。

 

「ん゛、んんん゛……!」

 

 青白い剣先が、白い肌を破り、ゆっくりと沈み込んでいく。

 痛みにギュッときつく瞼が閉じられ、うめき声を漏らすその様に、健人は思わず手を止めそうになってしまう。

 

「もっと、奥まで、突き刺してくださいませ……」

 

(だ、だけど、これ以上は……)

 

「私なら、大丈夫です……お願いいたします。私を、嘘つきにしないでください」

 

(っ……!)

 

セラーナの強い意志に促され、健人はズンッ……!と一際強く短刀を押しこんだ。

 

「あ、あああああああ!」

 

 一際大きな叫びが響き、続いてレッド・ウォーターの泉を包み込んでいた赤黒い魔力が、一気に弾き飛ばされた。

 直後、パン! と耳を突くような炸裂音と共に健人の首輪に大きな皹が走り、激痛が嘘のようにかき消える。

 

(首輪からの痛みが無くなった……っ、セラーナさん!)

 

「かふっ……!」

 

 その場に崩れ落ちたセラーナを、健人は慌てて抱きとめる。

 受け止めた彼女の口から、咳とともに紅い滴が舞い散った。

 落氷涙が突き刺さった胸元からも、ドクドクと深紅の血が流れ落ちている。

 

(くっ、まずい、早く傷を塞がないと……!)

 

 その痛々しい姿に健人は口元を噛み締めつつも、何か治療できるものはないかと、セラーナの体をまさぐる。

 すると、カチンと硬質な音と共に、硬い感触が手に返ってきた。

 腰のポーチから以前健人が渡していた血のシリンジが出てくる。

 健人はすぐに胸に刺さった『落氷涙』を抜き、取り出したシリンジの蓋を開けて中身を飲ませた。

 血の嚥下と共に、胸の出血が瞬く間に止まっていく。

 

「あ、ありがとうございます。もう、大丈夫ですわ……」

 

(よかった。首輪は……)

 

 首輪に手を触れると、冷たく硬い鉄に交じった無数のヒビの感触が返ってくる。

 耳にもピシピシ……と、金属が軋む音が絶えず聞こえてきていた。

 

「やはり、私の血では不完全……でしたのね。完全に術が解けるまで、少しだけ時間がかかってしまうようです」

 

 本来、ハルコンの血を用いるところを、直系とはいえ別人の血を用いた。

 そのため、術の解除が中途半端になってしまっていた。

 激痛は消えたが、魂縛の魔法はまだ活きている。

 だが、既に首輪からは無数の破片が零れ落ち始めており、おそらくあと数十秒もすれば、完全に砕けるだろう。健人達の口から思わず、安堵の息が漏れる。

 そんな彼らの気持ちを引き裂くように、耳を突くような轟音が泉の間に響き渡った。

 

(な、なんだ!?)

 

 三体の氷の精霊が瞬く間に破砕され、氷の欠片となって宙を舞う。

 その中央には、デイドラのメイスと片手斧を構えた一体の吸血鬼がいた。

 突然の出来事に、カシトとガンマーだけでなく、他の吸血鬼達も一瞬呆然としてしまう。

 

「まずい! セラーナ、ケント! 防衛線が突破されたわ!」

 

 一足早く我に返ったソリーヌが叫んだ直後、二刀の吸血鬼が踏み込む。

 目標は……セラーナを抱えた健人。

 

「むん!」

 

 振り下ろされるメイスと片手斧。

 健人は咄嗟にセラーナを離し、鋼鉄のブレイズソードと『落氷涙』で迫るメイスと片手斧を防いだ。

 

(くっ……)

 

 強烈な圧力が両腕にかかり、思わず息が漏れる。

 健人の背筋に強烈な悪寒が走った。

 只者ではない。少なくとも、これまで相対してきた吸血鬼達の中で、ハルコンを覗けば別格の威圧感を振りまいている。

 歯を食いしばる健人の後ろで、相手の顔を確かめたセラーナが驚きに目を見開く。

 

「フーラ・ブラッドマウス……!」

 

「申し訳ありません、お嬢様。お父上の命令ですので」

 

「ケント、逃げてください! 彼女はヴォルキハルで最も武に長けた者、危険です!」

 

「ぜっ!」

 

 直後、降り上げられたフーラの足が、健人の腹を捉えた。

 強烈な衝撃と共に、健人の体が跳ね飛ばされる。

 彼は咄嗟に体を後ろに傾けると同時に、片足で跳躍したことで衝撃を逃がすものの、フーラは即座に間合いを詰め、追撃を繰り出していく。

 

(ぐううう……!)

 

 飛ばされた健人は受け身を取りながら即座に立ち上がり、フーラの追撃を迎撃する。

 高速で振るわれるメイスと片手斧。

 上下左右、間隙なく迫る刃と鉄塊。それを、健人は鋼鉄のブレイズソードと落氷涙で捌いていく。

 

「凄まじいな、人間とは思えん! これほどの使い手は、ここ千年会ったことがないぞ!」

 

 喜悦に歪んだ笑みを浮かべながら、フーラはさらに激しい攻勢をかける。

 あまりに高速かつ強烈な打ちこみに、鋼鉄のブレイズソードが軋みを上げ、落氷涙が熱を帯びていく。

 しかも、フーラの攻勢はただ激しいだけではない。全身の筋肉の連動が無駄なく完璧に行われ、最初の一撃の勢いを殺すことなく次撃へとつなげていく。

 二連猛撃。

 健人自身もよく使う技法であり、それを極限まで研ぎ澄ませた技は、まるで徐々に勢いを増していく台風のように、健人を攻め立てていく。

 

(まずい、完全にジリ貧だ……!)

 

 速度と力は完全に相手が上であり、反撃の隙はおろか、相手の攻勢を止める糸口すらない。

 数千年間鍛練を続けた武芸者が持つ武術は、ドラゴンボーンとして急成長した健人すらも上回るものだった。

 

「くぅ……」

 

 なんとか体を起こしたセラーナにも、健人の劣勢は明らか。

 だが、今の彼女は嘆きの首輪を外すための儀式の影響で、マジカが枯渇している。生贄の儀式をワザと破綻させるという方法も、彼女の体に強烈な負荷をかけていた。

 急激に心臓を修復したことも考えれば、戦うことなど到底できない状態。

 そんな彼女の目に、泉の間の入口……すなわち、健人達が入ってきた側の扉近くで呆然としているメリエルナ達が映った。

 彼女達はこの激戦の中、ただ茫然と立ちすくんでいた。

 いくら力を得ても、なり立ての吸血鬼と足に古傷を抱えた元戦士の娼婦では、この乱戦に介入するのは不可能だった。

 メリエルナの視線はフーラの猛撃を必死に捌く健人に向けられ、時折彼女に力を与えたヴィンガルモの様子を覗き見ている。

 二人の視線が混じり、メリエルナの瞳が一際大きく揺れた。

 ゾワリ……。

 セラーナの胸に、嫌な予感がこみ上げる。

 

「レキナラ……」

 

「分かった……」

 

「っ、お止めなさい!」

 

 二人の意図を察したセラーナが声を上げるなか、レキナラが健人に向かって駆け出した。

 

「っ……!?」

 

 健人が、踏み込んでくるレキナラに気づく。その殺意が己に向けられていることも。

 世界トップレベルの剣士達による剣嵐。レキナラはその中に踏み込み、健人の背中めがけて鋼鉄の片手剣を振るう。

 

「がっ……!?」

 

 迫る刃を、健人は振り向きざまに『落氷涙』で弾き飛ばし、その勢いのままレキナラの腹に回し蹴りを叩き込む。

 容易く一蹴されるレキナラ。しかし、彼女の一撃は、なんとか保っていた健人の守りに、僅かな隙を生み出していた。

 

「むん……!」

 

 ここぞとばかりに振り抜かれるフーラの片手斧。それを健人は独楽のように回りながら、鋼鉄のブレイズソードを薙ぎ払うことで弾こうとした。

 二人の得物が激突し、一瞬の拮抗が生まれる。

 直後、フーラがもう一方の手に持つメイスが振り下ろされ、鋼鉄のブレイズソードの刀身を半ばからたたき割った。

 

「っ!?」

 

 主武装を砕かれながらも、健人は動きを止めず、返しの刃で左の『落氷涙』を袈裟懸けに振るう。

 だが、落氷涙は全く同じ速度で引き戻された片手斧に防がれた。

 健人の胴が開く。それは致命的な間隙。

 

「終わりだ」

 

 そして、フーラのデイドラのメイスが全力で振り抜かれた。

 大気を引き千切るように繰り出されたメイスは健人の胸の正中線を的確に捉え、その衝撃を余すことなく叩き込む。

 グシャリと嫌な音が、泉の間に響いた。

 

(がっ……!)

 

 胸骨ごと砕かれる肋骨。続いて彼の体は小石のように吹き飛ばされ、泉の間の壁に勢いよく叩きつけられた。

 

「ケント……!」

 

 セラーナの絶望に染まった声がレッド・ウォーターの泉に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やられた……。そう思った次の瞬間には、胸に強烈な衝撃を受けていた。

 壁に叩きつけられ、体から力が抜けていく。

 

「ごふ……」

 

 二度も受けた衝撃に息が詰まり、あふれた血が口から漏れる。

 肺をやられたのか、息ができない。

 胸の奥に走る断続的な痛み。おそらく、心臓もやられた。

 目の前が、一気に暗くなっていき、同時に視界に紫の光が舞い始める。

 何かはすぐにわかった。

 魂縛の光。自分の魂が捕らえられ、オブリビオンに送られそうになっている。

 

(冗談じゃない……!)

 

 認められるか、認めてたまるか!

 今この瞬間、スカイリムに戻ってきてから、俺は初めて強烈に願った。

 力を、もっと力を……!

 だが悲しいかな、今の俺には、その力がない!

 元々魔法には適正はなく、シャウトをも失った。

 ミラークを始めとしたドラゴン達の魂も感じられなくなり、唯一残っていた戦技も、正面から叩き潰されている。

 頭に残った僅かな理性が、もう手がないと告げてくる。

 だけど、それでも……!

 魂を肉体から引きはがそうとする力に、必死に抗う。

 たとえ死んだとしても、この意志だけは譲らない。あの虚無の海で、悲壮な竜王と声をぶつけあった時のように……。

 

『やれやれ、本当に仕方ない主だな……』

 

(……え?)

 

 落ちていく意識の中で、聞きなじみのある声がかすかに流れてくる。

 気が付けば、いつの間にか感じ取れなくなったはずの気配が、再び現れていた。

 

『時間がない。こうして話をしている時すら惜しいのだ。主よ、悪く思わないでくれ』

 

(お前、ちょっと待……!)

 

 問いかける間もなく、健人の意識は眠るように、静かに落ちていく。

 最後に彼の脳裏に浮かんだのは、虹色に輝く数多の魂と共に見つめてくる、戦友の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「くそ……!」

 

「噓だろ……!」

 

「むん!」

 

 健人の敗北は、オースユルフを抑え込んでいたカシト達にも動揺を与えた。

 その隙を見逃すオースユルフではなく、携えた黒檀の長槍を一閃。カシトとガンマーを弾き飛ばし、泉の間の壁面に叩きつける。

 

「がっ!?」

 

「ぐぅ……!」

 

 同時にスクロールも尽き、防衛線も崩壊。駆け込んできた吸血鬼達が二人とソリーヌを取り囲む。

 悠々と歩いてきたヴィンガルモは、無力化した吸血鬼ハンターたちを一瞥すると、壁際でもたれ掛かって俯く健人に目を向けた。

 革の鎧の胸元は不自然に陥没し、口からは僅かに息が漏れている。

 凹んだ革鎧の胸元からは、割れた青緑の金属片が突き出ていた。

 

「どうやら鎧に碧水晶の板を仕込んでいたのか、即死しなかったようだ」

 

 デイドラのメイスと片手斧を納めたフーラの説明に、ヴィンガルモは眉を顰めつつ、健人を注意深く観察していた。

 嘆きの首輪はすでにボロボロで、いつ崩れてもおかしくない。術の発動前に壊れてしまっては、主命を果たせなくなってしまう。

 そんな彼の杞憂を拭うように、健人の体から紫の光が煙のように立ち上り始めた。

 かけられていた魂縛が発動した証であり、ヴィンガルモはホッと息を吐く。

 

「やれやれ、ようやく死にましたか。間に合ってなによりです。」

 

 正直、フーラだけだったら、たとえ贄を殺せたとしても、その前に嘆きの首輪は崩壊して彼の魂をコールドハーバーに送ることはできなかっただろう。

 それを可能としたのは、メリエルナとその従徒の援護があったからだ。

 

「メリエルナ、よくやりました。聖杯の方は?」

 

「こちらに……」

 

 ヴィンガルモからの労いの言葉に、彼女は静かに傅く。

 そして持っていたブラッドストーンの聖杯を掲げて差し出した。

 杯の中には、血を思わせる濃い紅い水が浩々と湛えられている。その様子に、ヴィンガルモは満足そうに頷いた。

 

「大儀です。新米でありながら、その忠誠。ハルコン様もお喜びになるでしょう」

 

「……ありがとうございます、ヴィンガルモ様」

 

 目をつむり、静かに首を垂れるメリエルナ。その顔は、ただ冷たい湖面のように無表情だった。

 

「貴方達……っ!」

 

 そんなヴィンガルモ達を、セラーナは泉の中央から睨みつけ、怒りに震えていた。

 

「さてお嬢様、帰りましょうか」

 

「誰が、貴方などと……!」

 

 絞り出すような声と共に憤りの感情をぶつけてくるセラーナに、ヴィンガルモは若干いらだったように眉を顰めつつ、

 

「本当に仕方のない方だ。メリエルナ」

 

「はい……」

 

 無表情のメリエルナが、泉の中央にいるセラーナに歩み寄り、腕を掴む。

 

「さあ、セラーナ様、帰りましょう」

 

「っ、放しなさい!」

 

 抵抗するセラーナだが、儀式のために血と魔力を失った状態では満足に抵抗できなかった。無理やり引っ張られる彼女の目に、メリエルナの胸元で輝くルビーのペンダントが映る。

 かなりの魔力を帯びた品。おそらく、所持者の召喚魔法の能力を引き上げる付呪が施された逸品だ。

 

「その、ペンダント……」

 

 ヴォルキハル城を出発したときは持っていなかったはず。

 なによりセラーナの目を引いたのは、帯びた魔力の気配だった。

 何度も受け取った健人の血。それと同じ匂いが、ペンダントから漂ってくる。

 

「ええ。ケント様が作って下さった品です」

 

 その言葉を聞いた瞬間、セラーナは目の前が真っ赤になった。

 

「それほどの魔法の品を作ってもらい、助力も受けた相手にこのような仕打ちをするなど、恥じることはないのかしら!?」

 

 耳を突くような大声。セラーナのあまりの憤りに周囲の吸血鬼達は思わずびくりと体を震わせる。

 しかし、怒りを向けられたメリエルナの態度は、淡々としたものだった。

 

「ええ。もちろんです。ですから申しました。共に覇道を歩んでくださいと。でも、ケント様はお断りになられました。であるのなら、この結末は仕方のないことです」

 

「そんな言い訳……!」

 

「ですが、彼が死ぬ原因となったのは貴方様も同じです。そもそも、彼がヴォルキハルにかかわるきっかけは、貴方様。一人になりたくないから、彼の好意に付け込んで、このような運命をたどらせたのでしょう?」

 

「それは……違いますわ! 私は、彼を家に帰すために……!」

 

 王の娘として生まれ、父のせいで死ねない体になり、母に封印されて数千年にわたる時間を奪われた。

 只ひたすら心を麻痺させる日々。

 そんな中で、初めてだったのだ、気軽に話ができたことが。

初めてだったのだ。ぬくもりを思い出せたのが。

 初めてだったのだ。吸血鬼以外で、穢れた身であることを知っても、受け入れてくれた人は。

 そんな思いを胸に、セラーナはメリエルナの言葉を否定するが……。

 

「ならば、リフトで別れればよかったのですわ。いえ、別れるべきでした。貴方様の中途半端な態度が、この状況を生み出したのではないですか?」

 だがメリエルナのその言葉が、鋭く冷たい槍となってセラーナの胸を貫いた。

 

「わた、私は……」

 

 息が詰まり、声が震える。

 自分たちは毒。それはセラーナが頭の片隅に押し込めていた考え。

わかっていたはずだった。健人の姉からも警告されていたはずだった。

 噴き出していた怒りが一気に消え、視界がキュッと狭まる。

 代わりに襲ってきたのは、全身が氷に閉ざされたかのような冷たさ。

 以前は何も感じていなかったはずの孤独と、これまで感じた覚えがないほどの罪悪感。それが極寒の冷気となってセラーナの心を凍らせ、体から力を奪う。

 

「気持ちは分かりますわ。私達のような身の上の者達は、常に冷たい氷の中にいるようなものです。あの方の温もりは……私達のような女には月の砂糖のように甘く、逃れ難い毒のようなもの」

 

 だらりと垂れる、セラーナの指先。

 掴んでいた腕が弛緩したことにメリエルナは薄い眉を僅かにしかめつつも、彼女を引っ張りながら、ヴィンガルモの元へと連れていく。

 

「さて、残りはこの者達だけですか」

 

 セラーナを確保したことを確かめたヴィンガルモは、視線を残ったカシト達へと向ける。

 

「こいつらはどうします?」

 

「殺しなさい」

 

 生かしておく理由などなく、ヴィンガルモは即座にカシト達の始末を命じる。

 各々の武器を携え、吸血鬼達は未だに睨みつけてくるカシトと吸血鬼ハンター達へと歩み寄っていく。

 その時、ヴィンガルモの配下の一人、サロニアが、震える声を漏らした。

 

「ヴィ、ヴィンガルモ様……」

 

「なんだ、サロニア?」

 

「あれを……」

 

 サロニアが指さす先には、先ほどフーラが仕留めた贄の青年がいる。

 モラグ・バルに捧げられた魂が紫の光となって立ち上る姿は、魔法を嗜むヴィンガルモにとってはよく見た光景、なのだが……。

 

「なんで、いつまでも魂縛の光が放出されている……」

 

 通常、魂縛は発動すれば、数秒で魂の抜き取りが終わる。

 しかし、贄の死体の魂縛はいつまでも発動し続けていた。つまり、魂の抜き取りがいつまでも終わらないことを意味している。

 

『まったく、主にも困ったものだ。誰彼構わず助けようとするからこうなる……』

 

 ヴィンガルモ達が眉を顰める中、泉の間に低く静かな声が響く。

 吸血鬼でも、吸血鬼ハンターでも、友であるカジートの声でもない。

 思わず、その場にいたすべての者たちの視線が、未だに紫紺の光を放つ一人の青年の死体に向けられる。

 

「何が、起きている……」

 

 贄だった男の体から放たれる光。それが徐々に変化を始めた。

 紫紺の光が徐々に消え、代わりに虹色の燐光が彼の体を包み込み始める。

 まるで、魂縛の魔法から彼の魂を守るように。

 やがて、紫紺の光は虹の燐光に押しつぶされ、同時に嘆きの首輪もバキン! と軽い音を立てて完全に崩壊。砂のように細かなチリとなって消えていく。

 そして次の瞬間、吸血鬼たちが己の目を疑うような光景が展開された。

 ゆっくりと健人の右手が上がり、バン! と陥没した胸元を叩いたかと思うと、白い光が爆発的に広がったのだ。

 

「っ……!」

 

 思わず腕をかざすヴィンガルモ達。その白光の中で、健人の胸の傷が、まるで時間を戻すように治っていく。

 破壊された心臓と肺、肋骨が修復され、へこんでいた胸が元に戻る。

 白光の正体は、回復魔法の“大治癒”。 

 熟練者クラスの魔法であり、瀕死の傷を負った者すら瞬く間に治癒してしまう、法外な力を発揮する魔法だった。

 

『まあ、助けられた私が……。いや、私達がそれを指摘するのも野暮というものなのだが……』

 

 贄だった青年が、ゆっくりと体を起こす。

 しっかりと両足を踏みしめて立つその姿には、先ほど瀕死だったとは思えないほどの生命力に満ちていた。

 

「っ、お前達、あの男を囲め!」

 

 ヴィンガルモの命令に、カシト達を拘束している者以外の吸血鬼達が、贄の青年を取り囲む。

 

「オースユルフ、貴様もだ!」

 

「指図するな!」

 

 オースユルフも口ごたえをしつつ、自分から他の吸血鬼の包囲に加わっていた。

 普段から互いに反目し、殺さずにはいられない政敵への怨嗟を忘れるほどに、今の彼らは動揺していた。

 目の前の贄が放つ異様な覇気。まるで彼らの主、吸血鬼の王ハルコンにも似た、強大すぎる力の片鱗に。

 

「何者だ。主の贄に、いったい何をした……!」

 

 ヴィンガルモが震える声で問い詰める中、贄の青年は己の首を確かめる。

 先ほどまで“嘆きの首輪”がかけられていた所。首輪の棘による傷もすっかり塞がり、今では流れ落ちていた血の痕跡が残るだけとなっていた。

 

『略奪の王の魂縛か? 大したことはしていない。単純に抵抗してやっただけのこと』

 

 嘆きの首輪は、元々ハルコンが吸血鬼の王となる際、贄となった者につけていたもの。

 つまりデイドラロードが生み出した呪物であり、それに対抗できる魔法使いなど、この時代にいるはずがない。

 まして、只の定命の者がそれを成すなど……。

 戦慄しているヴィンガルモに対し、肝心の実行者は『まあ、私も“アレ”がなければ難しかったがな……』などと呟いている始末。

 

『それから、生憎と肉親に着けられた名前などとっくに無くなっていてな。そもそも、お前らのような害獣に名乗る名など持ち合わせていない』

 

「貴様……!」

 

 首をさすりながら、贄の青年……だった者の不遜な言葉にプライドを刺激され、ヴィンガルモは額に汗を浮かべつつも紫電を放つ。

 破壊魔法、サンダーボルト。

 先に贄の少年が使った『大回復』と同じ熟練者クラスの魔法であり、文字通り天から落ちる神鳴のごとき一撃である。

 

『ふん……』

 

 しかし、ヴィンガルモの一撃は容易く打ち消された。

 瞬きの間に生成された『ライトニングボルト』が、ヴィンガルモの雷と激突。

 ライトニングボルトは魔法のランクで言えば見習いクラス。

 しかし、その細い雷は、自らよりもはるかに巨大な紫電を一方的に切り裂きながら、ハイエルフの吸血鬼に襲い掛かった。

 

「がああああああ…………!」

 

 ライトニングボルトを受けたヴィンガルモが悲鳴を上げ、思わず膝をつく。

 その姿に、部下の吸血鬼だけでなく、オースユルフやフーラも目を見開いた。

 当然だ。ハイエルフは、元々魔法に長けた種族。彼らが使う魔法は、他の種のどれよりも強力となる。

 まして、対峙したのは吸血鬼となり、長い時を生き続けてきたヴィンガルモの破壊魔法。それを、はるかに格下の破壊魔法で破ったのだ。

 

『だが、オブリビオンへの土産として教えてやる。私はミラーク。我が主、ケント・サカガミの忠臣にして半身』

 

 吸血鬼達が相手の力量を否応なく突き付けられる中、さらなる驚愕が襲う。

 

『ムゥル、クァ、ディヴ!』

 

 つぶれていたはずの喉から放たれるのは、魔法以上に使い手のいない強力な術。

 泉の間はおろか、洞窟全体を震わせる“声”に呼応し、贄の少年から噴き出していた虹の燐光が集束。竜の鱗を思わせる光の鎧を生み出す。

 ドラゴンアスペクト。

 世界最初のドラゴンボーンが生み出したシャウトの一つ。

 歴史上三人しか使い手のいなかった、持ち主のドラゴンソウルを隆起させ、能力を爆発的に引き上げる声秘術だ。

 

『よくも、我らの恩人が得られるはずだった平穏を奪い、このような穢れた術を施してくれたな、貴様ら』

 

 怒りをにじませた声と共に、光鱗の鎧を纏う男……ミラークから、青白いマジカが噴き出し、両手に収束していく。

 その魔力は、ハルコンに匹敵するほど。風が渦巻き、泉の水が荒れ狂う膨大な魔力に反応して泡立つ。

 

『せいぜい慌てふためき、醜く飛び回れ、蝙蝠ども』

 

 太古のドラゴンの怒りと共に集束したマジカが解き放たれ、破壊魔法の群れが吸血鬼達に襲いかかった。

 

 




いかがだったでしょうか?
色々と事態が動きまくっております。
セラーナさん、自分の心臓を刺させても健人を開放しようとしますが、フーラの介入により健人が致命傷を負ってしまいました。
しかし、そこに現れたのは、健人の戦友にして、かつてソルスセイムを支配しようとし、そしてアポクリファで大暴れした『彼』だった。

以下、登場人物紹介

フーラ・ブラッドマウス
純粋な武術において、健人を上回る怪物。
武に関するあらゆる技術がカンストしており、両手武器についてもリータに匹敵、もしくはそれ以上。
ケントを追い詰め、その心臓と肺を破壊している。

セラーナ
頑張ったのに努力が実らず、さらに精神攻撃を受けてデバフ状態に。


ミラーク
今まで健人にすら感知できない状態になっていたにもかかわらず、主の魂がオブリビオンに送られそうになったことで、代わりに出てきたファーストドラゴンボーン。激おこ中。

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