【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
ウィンドスタッドの村は海岸に突出した岬に造られたためか、西部と南東部に広がっており、上から見るとへの字の形をしていた。
そして、村長の屋敷となっているウィンドスタッド邸は、への字の屈曲部分にある。
石造りの外壁、二階建ての母屋と客室、錬金や付呪などを行う塔、そして栽培小屋が併設された屋敷は、村の中でも特に大きい。
幾つかの設備や小屋が増設された様子はあるものの、小高い丘の上に立つウィンドスタッド邸は北からの海風に晒されながらも、三年前と変わらぬ姿をしている。
その正門前に立つ、三名の衛兵と一人の中年男性。
健人は衛兵の三人は知らなかったが、中年の男性には見覚えがある。私兵のヴァルディマーだ。
四人は何か話をしていたが、すぐに健人達に気づく。
衛兵達は馬に乗っている健人の姿を見て怪訝な顔をしているが、ヴァルディマーはすぐに自分の主に気づき、ハッとした顔を浮かべると、今しがた話をしていた三人をほったらかしにして駆け寄ってきた
「おかえりなさいませ、ソフィ様、そしてお疲れさまでした、従士様!」
恭しく頭を下げるヴェルディマーに、健人は笑みを浮かべつつ、小さく手を上げて挨拶をする。
それを健人からのねぎらいと思ったのか、ヴァルディマーは喜びの表情で、さらに深く頭を下げた。なんというか、三年近くも放置してしまったのに、彼の忠誠心は変わっていないようだった。
「無事のご帰還、嬉しく思います。お勤め、本当にご苦労様でした」
そしてヴァルディマーはソフィの前に立ち、先導する形で屋敷の前まで健人達を案内する。
一方三人の衛兵はしばし茫然としていたが、すぐに健人が身分の高い人間と気づき、頭を下げた。
三人の衛兵の年齢はバラバラ。
年齢的には五十代ほどの老齢な兵士と、三十台ほどの脂の乗った男、そして、十代前半と思われる少年だ。
「彼らはこのウィンドスタッドの衛兵になります。普段は屋敷の隣の詰め所におり、この辺一帯を見回ってもらっています」
「へルカス・コトユラグと申します。衛兵長をさせていただいています」
「恐れ知らずのフルサイムだ……です。よろしくお願いします」
「あ、アストンです……」
老齢のヘルカス、恐れ知らずのフルサイム、そしてアストン。
この三人が、ウィンドスタッドの衛兵全員とのこと。
ヘルカスは歳の割に背筋が伸び、フルサイムは目を伏せつつもチラチラと窺うような視線を向けている。アストンの方に至っては、凝視と言っていいほどの健人の顔を注視していた。
元々辺境で人口も少ない村なら、このくらいで十分なのだろう。
(アストン? リータのお父さんと同じ名前?)
偶然ではあるのだろうが、恩人と同じ名前に、健人は思わず反応し、少年を見つめ返してしまう。
不評を買ったのかと体をビクつかせるアストン。
とりあえず健人は、黒板で挨拶を返す。
『ケント・サカガミ。よろしく』
「ヘルカス、すまないが、相談してきたことは明日また話そう」
「分かりました、ヴェルディマー様。さ、お前達、帰るぞ」
ヘルカスたちは健人に再び頭を下げ、詰所へと戻っていった。
彼らを見送り、健人達は屋敷の敷地内へと案内される。
最初に健人の目についたのは、敷地の端に増設されていた高床式の小屋だった。
「あちらは、村人から集められた租税の保管所です。数がそれほどありませんので、一か所で集中管理しています」
(ああ、なるほど。確かにそんな施設も必要になっているのか……)
いつの間にかウィンドスタッドの統治者になっていたサカガミ家。
たしかに、そういう施設も必要だろう。
『ということは、戸籍管理とかもしているのか?』
「はい、辺境とはいえ、住民の正確な情報の保存は必要かと考えましたので。それから、泊まれる離れを追加で幾つか、ソフィ様と私共で作らせていただきました。村が大きくなると、客間一つでは足りなくなることもありますので」
『ありがとう、ヴァルディマー』
「勿体ないお言葉です」
統治者としての経験などない健人だが、歴史の授業の中で、戸籍管理や検地などの重要性は学んでいた。
租税の管理、人口動向の把握、いざという時のための徴兵や、災害時の動員など、統治する土地の情報を正確に把握することは必須だ。
逆を言えば、これから健人はこのような仕事についても、学ぶ必要が出てくると言える。
(あとで台帳を見せてもらいながら、色々教えてもらおうか……)
とりあえず、自分が統治者としては素人であることを考えながら馬を降りる。
ヴァルディマーがソフィから手綱を受け取り、その馬を正門隣の厩へと連れていく。
厩の中には、他にも馬が四頭ほど入れられていた。こちらも、三年前よりも数が増えている。
「他には、裏手に浴室などもあります。ぜひ、旅の疲れを癒すのにお使いください」
(え? そんなものも造ったの?)
どうやら、外見以上に色々と手を加えられたらしい。
一度、屋敷の中や敷地内を確認する必要もあるだろう。
健人がそんなことを考えていると、屋根の上から甲高い鳴き声が聞こえてきた。
「ピューーイ、ピューーイ!」
白い影が屋根から飛び出し、健人達の頭の上を旋回しながら降りてくると、ソフィの肩に止まった。
大きな白い鷹。翼を広げたその大きさはおそらく、一メートルはゆうにあるだろう。
三年前に健人とソフィが拾い、育てていた鷹だった。
「ヴィーヘン、ただいま! パパ帰ってきたよ」
「綺麗な鷹ですわね……」
白い羽が扇のように優美に開くその様に、セラーナも感嘆の声を漏らす。
「……ところで、パパとは?」
『一応、俺とソフィが拾って育てていた鷹ですから』
なにやら笑顔で見つめてくるセラーナ、そして同じく笑みを深めるソフィ。妙な寒気を覚え、健人は思わず背筋を震わせる。
一方、ヴィーヘンは育ての親であるソフィの言葉に反応したのか、彼女の肩に止まったまま、しげしげと健人を凝視している。
覚えていてくれているのだろうか。健人が静かに手を差し出す。
「クゥアーーーーー!」
(あ痛って!)
「こら、ヴィーヘン!」
指を噛まれ、思わず手を引っ込める。
血は出ていないが、人差し指の第二関節ぐらいにしっかりと跡が残ってしまっていた。
「もう、パパを噛んじゃダメでしょ!」
ソフィに怒られ、ヴィーヘンは翼をたたんでシュンとする。
叱られたことはちゃんと理解しているらしい。頭を下げたまま、視線を健人とソフィの間をキョロキョロ。
叱られた子供のように不安そうになってしまった。
(まあ、数年間も姿を見せなかったんだから、無理もないよな……)
『ソフィ、俺は大丈夫だから。ヴィーヘンの気持ちも分かるし、あまり叱らないでやってくれ』
「兄さんがそう言うなら……」
家族に置いて行かれる気持ちがわかるだけに、健人も彼を怒ったりはできなかった。というか、意図せずとはいえ三年も家を空けてしまったのだ。怒るのも無理はない。
とりあえず、健人はソフィをなだめつつ、セラーナ達を屋敷の中へと案内する。
ソフィもヴィーヘンを肩に乗せたまま、健人の後に続く。
ヴィーヘンの方も、とりあえずソフィが怒気を収めたので、また首を上げて健人の背中を見つめていた。
エントランスに入ると、あちこちに木製の彫刻や獣の剥製が並んでいるのが目についた。健人がいた頃にはなかったものだ。
そのまま先へ進むと、吹き抜けと天井からつるされたシャンデリアに照らされた居間へと続く。
こちらの方は、三年前とあまり変わらない。しいて言うなら、二階奥側の健人とソフィの部屋に、ドアが設けられていることくらいである。
「兄さんの部屋はそのままにしています。セラーナさんは居間の隣の客室を使ってください」
ソフィは居間に入って左手の部屋を指さしながら、奥の暖炉に歩み寄り、水の入ったポットをかける。
そして詠唱を終わらせ、手のひらから放った『火炎』の破壊魔法で暖炉に火を入れた。
あらかじめ薪の下に小枝を入れていたのだろう。あっという間に火がつき、ぱちぱちと勢いよく炎が立ち昇る。
健人自身、破壊魔法を火つけに使ったことはあるが、それをソフィがやっていることに思わず驚いてしまう。
「ありがとうございます、お世話になりますわ」
なんとも豪快な火入れに健人が目をぱちくりさせている中、セラーナは特に気にした様子もなく、隣の客室をウキウキした様子で覗き見る。
「ねえソフィ、オイラは?」
「カシトさんは申し訳ないですけど、離れの方で寝泊まりしてください」
「ま、仕方ないね」
割と広い屋敷ではあるが、人が寝泊まりする場所となるとあまりない。
これは元々、建てられた時の住人が数人程度だったからだ。
もし、これ以上部屋数が必要になったら、壁をぶち抜いて隣接する離れに廊下で繋ぎ、間にさらに複数の部屋を増築することくらいは、考える必要があるだろう。
『ヴァルディマーは?』
「離れに泊まります。普段からそこで寝起きしていますので」
母屋の方で寝ない理由としては、ソフィが年頃になってきたかららしい。
確かに、三年を経てソフィは、一気に大人びた。
背は伸び、肩から腰に掛けての髪の艶も良い。体もほっそりとしつつも、女性特有の柔らかさを持ち始めている。
元々の顔立ちも可愛らしかったこともあるが、今の彼女は大人の女性のなりかけの、思春期特有の儚さも漂わせており、かなり人目を惹くだろう。
つまるところ、かなりの美少女となっていた。
「兄さん? どうかしましたか?」
思わずジッと見つめてしまっていたことに気づき、健人は取り繕うように黒板に白墨を走らせる。
『なんでそんなかしこまった口調?』
「一応、兄さんの代理ですから。兄さんの顔に泥を塗るような様子は見せられません」
むん! と腰に手を当てて胸を張るソフィ。なんとなく、成長した子犬が得意気になっているような様子は、三年前の頃と重なり、健人も思わず笑みをこぼす。
そんなことをしている間に、お湯が沸いてポットの口から白い煙が勢いよく噴き出し始めた。
「あ、お茶入れますね。皆さんは座って待っていてください。ヴィーヘンも、パパにちゃんと謝りなさいね」
ソフィは湯が沸いたポットを取り、ヴィーヘンと一緒にテーブルの上に置くと、台所の方へと消えていった。
残された鷹は「きゅいきゅい」と母親の背中に向かって叫んでいたが、彼女の姿が見えなくなってしまうと、ところなさげな様子でテーブルの上をうろうろし始める。
一方、健人もとりあえずセラーナ達をテーブルに座らせ、ヴィーヘンと向き合う。
先ほど噛んだことを気にしているのか、ヴィーヘンもなんとなく気まずそうな様子。
(まあ、気にすんな。俺も気にしてないから)
とりあえず、ヴィーヘンに怒ってないことを伝えるように小さく微笑みつつ、健人は再び手を伸ばす。
ヴィーヘンは先ほどと違い、キョロキョロと視線を彷徨わせ、恐る恐るといった様子で差し出された手を見つめる。
やがてトコ、トコ、トコと一歩一歩近づいてくると、先ほど噛んだ指を嘴で再び挟み込む。
今度は、痛みは走らない。アムアムとくすぐったくなるような甘噛みを繰り返す。
健人が続いて指を首元に走らせると、ヴィーヘンは自分から首を押し付けてくる。
そしてそのまま、健人の腕の中に潜り込むように身を寄せ、「グっ、グッ……」と喉を鳴らせ始めた。
地鳴き。
鷹などの猛禽類が親愛の情を示したり、甘えたりしている時に鳴らす音。幼鳥だったころのヴィーヘンも良く鳴らしていた声だった。
(そういえばお前、ソフィに負けず劣らず、甘えん坊だったな……)
しばしの間、健人は身を寄せてくるヴィーヘンの背中を、優しく撫で続ける。
「お待たせしました。あ、二人とも仲直りできたみたいね」
ソフィが台所から帰ってくる。その手にはお盆が載せられ人数分のカップと茶葉を詰めた綺麗なガラス瓶があった。
かなりしっかりとした封がされている。おそらく、相当高い品だろう。
得意気な笑みを浮かべつつ、中の茶葉をスプーンで数杯、ポットの中に入れた。
途端に芳醇な香りが、ポットの口から立ち始める。
そして、十数秒ほど、ゆっくり茶葉を蒸らすと、持ってきた人数分の木杯に中身を注ぎ、各々の前に差し出す。
琥珀色の、紅茶のような色合いだ。杯に口をつけて啜る。
香りと味はハーブティーに近い。発酵した植物の葉であることは間違いない。スカイリムに来てからは、飲んだことのない味わいだった。
「これは、珍しいお茶ですわね。シロディールの品ですの?」
「はい。ちょっと伝手で手に入った物です。それでは兄さん、こちらのお客様のことも含め、色々と話を聞かせてくれませんか?」
ニコッと笑みを浮かべた妹から、なにやら黒い圧力が漂い始める。
兄を慕う少女ではなく、一人の統治者としての顔。
三年を経た義妹の新たな姿を前に、健人は気を張り直すように大きく深呼吸をすると、掲げた黒板に白墨を走らせ始める。
アルドゥインとの戦いの後、声を失って無一文の状態でリフトにたどり着いたこと。
そこで、セラーナに出会い、『蒼の艶百合』に合流。
その後、セラーナが吸血鬼と分かり、吸血鬼の王と呼ばれる伝説級の怪物とも遭遇。
星霜の書に刻まれた予言や、嘆きの首輪など、様々なゴタゴタの末に帰ってきた。
ついでに証拠とばかりに、セラーナが深々と被ったローブを脱ぎ、眼帯を外す。
「…………」
「…………」
怪しく輝く虹彩。吸血鬼の証を示され、ソフィもヴァルディマーも一様に黙り込み、警戒の視線をセラーナに向ける。
『それで二人とも、できるなら彼女をここに住まわせてあげたいと思っているんだけど……』
セラーナは現在、行き場所がない。
父親に逆らった以上、ヴォルキハル城に戻ることはできず、かといって一人でスカイリムをさまよったところで、血を必要とする以上、人間とのトラブルになる。
彼女の事情を知る健人が協力するしか、諸々のトラブルを避ける術はないのだ。
とはいえ、セラーナを匿うということは、特大の爆弾を背負うことに等しい。ともすれば、人間側からも排除の対象になる。
特に、ハイヤルマーチは以前に邪悪な吸血鬼の標的にされたこともあるのだ。とても難しい問題であることは、容易に想像がつく。
「私は、主がそれを願うなら叶えるだけです。ですが、ソフィ様は……」
「…………」
健人の私兵であるヴァルディマーは少しの間悩むものの、健人の意向に賛成してくれた。
しかし、肝心のソフィの方は、厳しい表情で沈黙し続けている。
額に刻まれた皺が、彼女の心の中で、兄への信頼と、三年間この地を守ってきた者の矜持と義務がぶつかっている様を示していた。
(反対か……)
「彼女の懸念も当然ですわ。私は吸血鬼。信用しろというのが無理です」
諦めを含んだ笑みを浮かべるセラーナ。彼女の言葉に、健人もまた残念そうに口元を噛みしめる。
「そんな顔なさらないでください。困ってしまいますわ」
『そうは言うが、君は俺の命の恩人だ。あの泉の間で君がハルコンの首輪を砕いてくれなかったら、俺は確実に死んでいた』
「私もそうですわ。貴方がイスランを止めてくださったから、私はまだ生きていられるのです」
セラーナは、改めてソフィと向き合う。
向けられる、疑念に満ちた視線。それを、彼女は柔らかい笑みで受け止める。
「ソフィさん……でしたわね。確かに、私は彼に頼りきりの吸血鬼です。彼が血を分けてくださるから、人を襲うことを避けられています。ですが、だからこそ彼を害そうとは思いません。吸血鬼に変えるなど、もってのほか」
穏やかながらも、ゆるぎない声色。
真に嘘のないセラーナの言葉に気圧されたように、ソフィの瞳の奥が僅かに揺れる。
(ソフィ……)
兄である健人もまた、願いを込めて義妹を見つめる。
敬愛し、目標でもある兄からの懇願に、ソフィは「うっ……!」と胸を突かれたかのように息を詰まらせた。
「うう、うううう! あ~~もう! 分かった、わかりました! ここにいてくれていいです!」
『嫌じゃないのか?』
「イヤですよ! 何が悲しくて恋がた……じゃない、吸血鬼を匿まわなきゃならないんですか! そうでなくても、色々と一杯一杯なのに……」
うが~~! と頭を抱えて天を仰ぐソフィに、健人とセラーナは目を合わせる。
『何かあったのか?』
「いえ、その……兄さんが悪いわけではないんです。ただ、なんというか、無視できない方がモーサルの方に滞在しておりまして。それに、今のウィンドスタッドは村としてはそれなりの形になりましたが、問題が全部なくなったわけではありませんので……」
ソフィは続いて下を向き、項垂れる。
「イドグロッド首長にどう説明しよう。そもそも、説明できないんじゃ……。いえ、事の重大性を考えたら、黙っているなんて選択できないし……」
『ごめんな、ソフィ』
「いいんです。私は兄さんと一蓮托生です。それを望んでいますので」
(や、一蓮托生はちょっと大げさじゃない? いざとなったら切り捨てるくらいしても……)
はあ~~、と大きく一つため息をつくと、気持ちを入れ替えたように顔を上げるソフィ。先ほどセラーナを詰問していた時よりも強い覚悟をした表情に、健人は思わず心の中でそうつぶやく。
正直、今の健人とセラーナは、ウィンドスタッド村にとって特大の火種である。
小さな村の安全を考えれば、追い出す方がいいと考えるのが普通だろう。なにせ、今の健人は、ドラゴンボーンの力たるスゥームを失っているのだから。
「大丈夫です。今度は私が兄さんの力になります。私がそうしたいんです。お願いです、兄さん……」
だが、そんな健人の意見も、覚悟を決めたソフィの懇願の前に沈黙させられた。
確かに、村にとっては火種だが、同時に星霜の書に関することとなれば、世界全体の脅威である。一つの村の安全だけで考えていい案件ではないことも事実である。
そしてそのことを、ソフィはよく理解していた。
『……わかったよ。力を貸してくれ、ソフィ』
「っ! はい、任せてください!」
「一応、私はこう見えてそれなりの錬金術師でもあります。魔法も使えますし、戦うこともできます。御力にはなれるかと。もっとも、魔法を使うことを忌避する村民もいるかと思いますが……」
「もちろん、働いてもらいます。この村に無駄飯食いを置いておく余裕はありませんから。とりあえず、難しいことは明日考えます! 今日はとにかく、食事をとって休みましょう」
パン! と話を切るように手をたたいたソフィは席を立ち、いそいそと食事の準備をしに台所の方へと戻っていく。
『あ、手伝うよ』
「兄さんは座っていてください。今日はおめでたい日なんですから。腕を振るわせてください」
「えへへ、楽しみにしていいと思うよ。ソフィ、料理もすっごく頑張ってたから!」
(そうなのか……?)
ソフィの家事能力の高さは、健人もよく知っている。
いまさら、この人数の食事を作ることに苦労はしないだろう。
とりあえず、浮かしかけた腰を椅子に戻し、少しぬるくなったお茶をすする。
そうこうしていると、台所の方からジュージューと何かが焼ける音と共に、いい匂いが漂ってきた。
「いい香りですわね」
しばらくすると、次々と料理が運ばれてきた。
サケのムニエルにクリームシチュー、小麦色に炙ったパンに肉詰め。
パンは小麦色に焼かれ、芳醇な魚介の香りを漂わせている。多分、ムニエルを作った際のバターを染み込ませて炙ったのだろう。
(あれ? このメニューって……)
そのメニューに、健人は覚えがあった。
ウィンドヘルムで初めてソフィと会った時にごちそうした料理だ。
「兄さんと再会したら懐かしくなって、作っちゃいました。皆さんもどうぞ」
「この料理は、貴女が?」
「元々は兄さんが私に初めて作ってくれた料理です。いわゆる、『思い出の料理』というやつですね」
思い出、の部分だけ妙に力がこもっていることに健人が首をかしげる中、他の仲間たちはソフィに促され、並べられた料理に匙を運ぶ。
「なるほど、確かにケントの料理ですわ。彼らしい、優しい味がします……」
「……セラーナさんも、兄さんの料理を?」
「ええ。色々と作っていただきましたわ。どれも温かく、心に染み渡るような料理でした」
「……むう」
嬉しそうにはにかむセラーナを前に、若干ふくれっ面を浮かべるソフィ。
なにやら妙な気配を醸し出す女性陣を横目に、健人はサケのシチューを口にする。
すると、手作りコンソメの複雑な味と滑らかなミルクが、舌の上で滑らかに踊った。
(美味い……)
思わず、声の出ない喉でそう呟く。
サケのムニエルも同様だ。一口かじれば、焦げたコンソメとサケの油を吸った衣の香ばしさとコンソメが醸し出す複雑な味わいが、うま味の暴力となって口の中で弾ける。
三年前もかなり家事能力が高かったソフィだが、驚くくらい料理の腕を上げていた。
健人自身、今の自分が彼女と同じくらい美味しく料理が作れるかといわれると、正直自信がない。
実際、セラーナだけでなく、カシト、ヴァルディマーも、頬を緩ませながらソフィの料理に舌鼓を打っている。
ソフィはみんなの様子に満足そうに頷くと、兄の対面に座った。
「じゃあ、色々お話ししましょう、兄さん」
満面の笑みをたたえる義妹に促されながら、健人は三年の空白を埋めるように、会食を楽しむのだった。
食事を終え、入浴で旅の汚れを落とした後、健人は自室のベッドに横になりながら、人心地ついたように大きく息を吐いた。
浴室はいわゆるサウナ風呂であり、地球でいうと北欧などで使われていたタイプだった。
焼いた石に水をかけ、発した蒸気で体を温めるものである。
(ふう……。疲れたな……)
ベッドに横になると、あっという間に眠気が襲ってくる。
ホワイトランを出て以降、満足に休む暇もなかったのだ。無理もない。
(そうだ、セラーナさんの血、用意しておかないと……)
おもむろにベッドのそばに置いてあった旅のバックに手を伸ばし、中から注射器を取り出し、取った血をシリンジに入れていく。
セラーナに必要な血を提供し始めてから、ずっと続けている習慣だ。とりあえず、数日分の血を採血し終わると、健人はシリンジと注射器を再びバックの中に片付け始める。
その時、部屋の扉がキィ……と静かな音を立てながら開かれ、ソフィが部屋に入ってきた。
(あれ? ソフィ、なんでこんな時間に?)
「兄さん。それは、セラーナさんに渡す血ですか?」
健人が頷くと、ソフィは複雑な表情を浮かべる。
なんとなく、健人には彼女の気持ちが理解できた。
妹として、村長代理として、セラーナが村に滞在することを許しはしたが、内心ではあまりいい感情は抱いていないだろう。
しかし、それでも一度頷いた以上、己の決定に対する責任はちゃんと自覚しているのか、ソフィはそれ以上何も言わなかった。
『とりあえず、どうかしたの? 何か用があった?』
健人が尋ねると、ソフィはもじもじと指をいじりながら、体を震わせる。
「今日は、その……一緒に寝たいんです。いいですか?」
(ま、まあ、久しぶりだから仕方ないか)
恐る恐るといった様子で懇願してくる妹に健人は一瞬驚きつつも、笑みを浮かべてベッドの端に寄り、スペースを開ける。
すると、ソフィは嬉しそうにトトト……と小走りに健人のベッドに駆け寄り、もぐりこんできた。
そして、ぎゅっと彼の体を抱きしめ、スリスリと頬ずりを始める。
「えへへ、久しぶりのお兄ちゃんです……」
(口調が戻ったな)
三年前に戻ったような感覚を覚え、健人は思わずポンポンとソフィの頭をなでる。
とはいえ、くっついてくる彼女の体は三年に相応しい成長をしている。
腰ぐらいしかなかった身長も、今は胸くらいに届き、すらりとした手足は白く柔らかい。十歳のころとは違う香りと感触に、なんとなく落ち着かなくなる。
そんな健人の気持ちをよそに、ソフィは体を擦り付け続けていた。
まるで、会えなかった時間を取り戻すように。
「ねえ、お兄ちゃん。私、頑張ったんですよ。イドグロッド首長にお願いしていろんな本を読ませてもらって、ファリオンさんから魔法を教えてもらって……」
三年間、彼女がどのようにしてきたかは、食事の際にも聞かされていた。
とにかく、彼女はあらゆることを猛勉強した。文字の読み書きだけでなく、魔法、農業、統治学、礼儀作法など、必要だと思えたものすべてに手を出した。
同時に、ウィンドスタッドの発展にも着手。原資は、健人に払われるレイブンロック鉱山の使用権である。
それで人を雇い、田畑を開墾していった。
「行き場のない人が増えるとホールドの治安が悪くなるから、そういう人を引き取って村を作って、作物を作って、最近やっと食べれるようになって……」
ソフィがウィンドスタッドの発展を考えた理由は、学んだ統治学からだ。
治安の回復のため、安定した住居と職の提供。そのために、ウィンドスタッドの開拓に手を出した。
とにかく、兄が帰ってきたとき、安心できるようにと……。
その功績が認められ、首長から正式に従士に任命された。十三歳で従士になるなど聞いたことがない。間違いなく快挙であろう。
(ああ、がんばった。ソフィは本当に頑張ったよ……)
いつの間にか、規則正しい寝息を立てながら、ソフィは夢の中へと落ちていた。
満足そうな笑顔を浮かべる反面、目元に流れる雫が、彼女がどれだけ兄の帰りを待ち望んでいたかを示していた。
健人はその涙の後を、そっとぬぐう。
「クルル……」
いつの間にか、ヴィーヘンも健人の部屋に入り込んでいた。
母親を心配しているのか、天井の梁に泊まり、二人を見下ろしながら小さく鳴いている。
健人が小さく手招きすると、白い鷹はそっとベッドに舞い降りた。
そして、ソフィを起こさないように、ゆっくりと彼女の隣。枕とベッド端の間のスペースに移動し、身を丸める。
まるで、母親を見守るような位置取りだった。
「お兄ちゃん、今度は、ずっと、いっしょ、に……」
(絶対に、解かないとな……。その為にも、強くならないと)
傷跡の残った首元に手を当てながら、改めて強くなると誓う。
とはいえ、スゥームを失った今、どんな手を使えば強くなれるのか。脳裏でミラークが伝えてきた言葉を反芻しながら、糸口をつかもうとする。
しかし、長旅で疲れた体では睡魔に抗えず、すぐに暖かくも穏やかな眠りの中へと落ちていくのだった。
ということで、いかがだったでしょうか?
ようやく兄に甘えられたソフィ。三年ぶりに兄のぬくもりに身を寄せ、心の底から安堵しながら眠りにつけました。
以下、登場人物紹介
ヴァルディマー
健人の私兵。相も変わらず、彼への忠誠は揺るいでおらず、三年間妹であるソフィを支え続けていた。
現在は屋敷の離れで寝起きしている。
衛兵三人衆
ウィンドスタッド村に常駐している衛兵達。規模が小さいので、三人のみである。
ヘルカス・コトユラグ
五十代の老齢の衛兵。本小説オリジナルキャラ。衛兵のまとめ役をしており、元々はモーサルに住んでいた。
恐れ知らずのフルサイム
元々は浮浪者であった三十代のノルド。モーサルの近辺を彷徨い、衰弱しているところを助けられ、以降ウィンドスタッド村に住むようになった。
アストン
十代前半のノルド。リータの父親と同じ名前なのは偶然。
ゲームでドーンスターに住んでいた浮浪児と同一人物である。