【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
時を少し遡り、健人が作業を始めた頃。
ソフィは炉の炎を見つめる兄を見つめながら、呆けた息を漏らしていた。
(はあ……兄さんの後ろ姿、とってもかっこいい……!)
紅潮した頬。潤んだ瞳。
蕩けた視線を向けるその顔は、普段は村の統治者として凛とした姿でも、妹としてのものでもなかった。
一人の、恋をする乙女の顔。
当然だ。彼女がその感情を持ったのは、兄妹となるよりも前のこと。
雪のウィンドヘルムで、誰の助けも得られず、独り雪の中でもがいていた手を取ってくれたその時から、どうしようもない程心惹かれていたのだ。
(変わらない。真摯で、まっすぐで、とても優しい、私の兄さん……!)
時間の感覚も忘れ、ソフィは作業を続ける健人の後ろ姿を凝視する。
三年間、行方不明となってしまっていた思い人。
もう帰ってこないのではと不安に陥ったこともあったが、こうして帰ってきてくれた。それが、ソフィには嬉しくてたまらない。
あまりに嬉しくて、ここ数日、統治者としての顔が剝がれてしまい、それを村にいる「友人」に笑われながら指摘されたこともある。
恥ずかしい思いもしたが、今となっては些細なこと。
(兄さん、兄さん、私の兄さん……!)
沈黙の声と共に、ソフィの口から熱い吐息が漏れる。
その表情は恋する少女にしては、妙に艶めかしい。
瞳は潤み、頬は紅潮。蕩けるような笑みには、無垢な少女とは思えない“色”を漂わせている。
(もっと兄さんとくっつきたい! もっと兄さんにナデナデして欲しい! そしてもっと私を……求めて欲しい!)
心身の奥からこみ上げる欲求。
一人の女として、理想の男性を求める本能が、一人の少女を突き動かそうとする。
この三年、ソフィが変わったのは外見だけではない。その内面もかなり成長してきた。
成長すれば、男女問わず興味を抱くもの。異性への欲求。
灯っていた種火は、既に炎へと変わり、そして再会したことで、更に大きく燃え上がろうとしている。
つまるところ、この妹様。三年の間で女に目覚め、そして溜め込んできた色々欲求が噴出寸前になっていた。
(まだまだ、兄さんに相応しいとは思えませんが、思った以上の強敵が現れてしまいました。時間を無駄にはできません……!)
同時に、ソフィは焦りもあった。
兄が見たこともない超美人を連れて来たことが理由である。
まるで夜を溶かし込んだような艶やかな長い黒髪と、小ぶりでスラリとした顎。そして、色鮮やかな果実を思わせる肌。
眼帯で顔のほとんどを隠しているにもかかわらず、思わず目を奪われるほどの美貌だった。
事実、「友人」の情報では、その日のうちに、村のほとんどの独身男性たちの間に広まっていたらしい。
(ちょっと、あれは卑怯だと思います! まるで人間同士の争いの中にドラゴンが襲ってきたみたいじゃないですか!)
これで性格が悪かったのなら、まだ留飲を下げられただろう。
しかし、彼女は吸血鬼とは思えないほど謙虚であった。
それが擬態かもしれないという思いはあるが、兄だけでなく、疑り深いカシトからも一定の評価を受けている事と、兄の呪いを解こうと自ら血を流したという事実が、その疑念を否定している。
(本人は隠しているつもりかもしれませんが、この私の目は誤魔化せません! セラーナさんは間違いなく、兄さんに惚れています!)
ソフィの脳裏に、魂縛の呪いを受けてもセラーナを恨まず、彼女が必要とする血を提供している健人の様子が蘇る。
(あんなに兄さんに気にかけられて……羨ましい! ズルいです!)
若干子供っぽい思考に戻ってしまうのは、想い人に甘えられていた昔の名残。
その時、健人が遠くを見つめた。
村の南側。宿屋がある方。今日からセラーナが働いている場所だ。
(兄さん、セラーナさんのことを考えていましたね)
思わずぷくりと、頬が膨らむ。
だが同時に理解もしていた。自分がまだ、兄に女性として見られていないという事実に。
当然だ。彼の時間は三年前で止まったままだ。まだ保護者としての意識が先立っている。
確かに、ソフィの体は成長した。しかし、まだまだ大人の女性には程遠い。
背も、胸も発展途上。一応、月ものは始まっているが、それでもセラーナに対抗するには未成熟だ。
ソフィが兄の寵愛を受けるには、健人がいまだにソフィを妹としか見ていない認識を変える必要があった。
(本来なら、兄さんにゆっくりしてもらって、少しずつ振り向いてもらう予定でしたが、致し方ありません……!)
胸元に手を当て、そこに隠した『物』をギュッと握りしめる。
それは、真鍮と薄緑色のガラスを用いたペンダント。
この地ではマーラのアミュレットと呼ばれ、求婚の際に用いられる品だ。
(兄さんに、振り向いてもらうんだ……! そして、本当の意味での家族に……!)
「あの、兄さん……!」
ソフィの呼びかけに、健人が視線を彼女に向けた。心音が急激に高鳴る。
「その、私……!」
スカートの影で小鹿のように振るえる足を叱咤しながら、声を絞り出そうと喉を鳴らす。
そして、人生一大の告白をしようとしたその時、スッと敬愛する兄の顔がソフィの眼前に迫った。
(ふうぁあ!!)
突然迫ってきた兄に、思わず目を見開くソフィ。同時にビートを刻んでいた心臓の鼓動が、一気に臨界点を超える。
(お、おおお、お兄ちゃん! か、かお! 顔近い!)
突然の強襲に、出鼻をくじかれるソフィ。
特徴の掴みづらく、普通のノルドから見れば決して魅力的とは言えない容貌であるが、ソフィにとってはずっと想い焦がれていた想い人である。
告白しようと意気込んでいたところに迫られだけに、恋する乙女への刺激は数倍に跳ね上がっていた。
ここでさらに、ソフィの心を貫く一撃が放たれる。
(ふひゃああああああ!)
ハンカチを持つ健人の手が、ソフィの頬に触れ、優しくさすっていく。
(お兄ちゃんの手、お兄ちゃんの手! 汗の臭いもすごい、くらくらする……!)
布越しに感じる兄の温もりが、ソフィの精神を容赦なく打ちのめす。
告白しようとした気概と数年間兄に触れられなかった禁欲生活も相まって、鼻腔に香る汗の臭いすら、今のソフィには刺戟が強すぎた。
目覚めたばかりの女としての欲求が否応なしに荒れ狂う。
既に体はマグマのように熱くなっている。告白の台詞は吹き飛び、頭の中には一人の女として、目の前の雄に抱かれる光景で埋め尽くされている。
熱い息が漏れ、視線は想い人に完全固定。体は縋りつくように自然と兄の元へ……正確には、健人の唇へと向かっていく。
夜では一緒のベッドに潜り込んではいるくせに、妙なところが弱い妹様である。
しかし、彼女が一歩前に進む前に、頬から伝わってきていた温もりがふっと消えた。
『ごめん。不躾だったな』
兄の手が離れ、そして慌てた様子で書きなぐった黒板が掲げられる。
それでも数秒の間、ソフィは兄が残した熱の残滓に酔っていた。
「ふわぁ……い、いいえ! 大丈夫です! 全然気にしていません! むしろ、できるならもっと……」
(……はぅ! 私、今一体何を言いかけたの!?)
しかし、残った残滓も閾値を下回れば、思考は一気に現実に戻される。
代わりにこみ上げるのは、強烈な羞恥。
欲情し、その様を思いっきり想い人の前で曝してしまったという事実が、先程までの反動としてソフィに襲い掛かる。
「な、なんでもありません兄さん! わ、私、出来た農具を村の皆さんに届けてきますね!」
もはや正常な行動などできるはずもなく、ソフィは取り繕うように傍にあった荷車を引っ掴み、逃げるように駆け出した。
正門を出る瞬間、セラーナが驚いた表情で彼女を見つめていたが、そんな視線に気づくことなく、ソフィは街までの坂道を激走。
ちなみに、荷車の長さは2メートルから3メートル。重さは荷を合わせて百キロちょっと。十三歳の少女が引くには厳しい重さである。
しかし、兄の前で醜態をさらした(と思い込んでいる)少女は、三年の間に鍛えた身体能力も相まって、まるで子供の手押し車のように軽々と荷車を引きずっていた。
(あああああ~~~~~~! お兄ちゃんに絶対変な娘って思われた~~~~~! 私のバカバカバカ~~~~!)
どったんばったんと後ろで暴れる荷車をよそに、村への下り坂を駆け下りたソフィは、泥を巻き上げながら大通りを抜けていく。
何事かと通りに出てきた村人は、普段は理性的な村長代理からはあまりにかけ離れたソフィの姿に茫然自失。
そんな彼らの前をソフィは軍馬のごとく駆け抜けていく。
その後、ソフィは畑に来たところで力尽き、更なる羞恥心に悶えていたのは、甚だ余談である。
いかがだったでしょうか?
淡い思いと同時に、実は一人の女性としての欲求も抱えていたソフィさん。
セラーナの存在に危機感を覚え、首長に頼んで用意していたマーラのアミュレットを身に着けていざ告白! というところで思い人から強襲を受けて撃沈。
満載まではいかずとも、農具を積んだ荷車を一人で引いており、13才でありながら、この時点ですでにゴリラの才能を窺わせる。
ちなみに、ソフィにとってセラーナの危険度は伝説のドラゴンクラス。現状最大の脅威認定である。