【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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閑話 お姫様のお勤め

 健人がソフィと鍛冶場で仕事を始めたころ、セラーナもまた頼まれた役目をこなすためにウィンドスタッド邸を出て、村の方へと降りていた。

 行先は、この村唯一の酒場である平屋の建物。

 店の名前は霧飲の巨人。巨人という名に反して、こじんまりとした酒場であるが、この村で唯一、酒を提供している店ということもあり、夜になれば寒村にはふさわしくない喧騒を響かせる場所でもある。

 また、2部屋だけではあるが、泊まるための客室も併設されていた。

 

「お邪魔いたしますわ」

 

 酒場に入ると、大きなメインホールが目に飛び込んでくる。

 ホールの中央には十人ほどが囲めるほどの暖炉があり、天窓からは日の光が差しこんでいる。構造的には、一般的な酒場兼宿屋に近い。

 そしてドアをくぐったセラーナを、一番奥のカウンターにいた中年の女性店主が出迎えた。

 

「ようこそ客人。宿泊なら、まずはこちらの台帳に記入を……」

 

 くすんだ金髪と、女性としては比較的背は高いが、細身の体躯。

 顔立ちはそれなりに整っているが、相応の苦労を重ねてきたのか、顔には深い皺が刻まれている。

 使い込まれた麻の服とエプロンを身に着けた彼女は、そう言ってカウンターの上に置かれた台帳を広げた。

 

「申し訳ありません。客ではございませんわ。この場所で村民たちの診療を行うよう申し付けられた者です」

 

「ああ、そうか、アンタかい。ソフィ様から話は聞いてるよ」

 

 セラーナが客でないとわかると、女店主の口調はざっくばらんとしたものに変わる。

 女性にしては低く、外見通り、かなり気が強そうな声色だった。

 

「一応、必要なものはそこに運び込まれているから、確認して」

 

 そう言って、女主人はカウンターと部屋の中央を挟んで反対側の壁を指さした。

 比較的新しい壁の傍には、人の背丈ほどもある五段の木棚と、錬金台が置かれている。

 棚の中には、青の花などの素材と、ガラス製の瓶、乳鉢などがあった。

 

「確かに。これだけあれば、十分ですわ」

 

「そうかい。じゃ、アンタはアンタの仕事をしな」

 

 それだけを言うと、女主人は名乗ることもなく、さっさと仕事に戻ってしまった。

 明らかに歓迎されている様子ではない。

 しかしセラーナは特に気にせず、棚の中の素材と乳棒、乳鉢を取り、調合を始めた。

 元より、脛に傷を持つ身である。歓迎しない村人がいることは容易に想像がついていた。

 ピリッとした空気の中にもかかわらず、女主人も既に夜の仕込みを始めている。

 トントントントン、ゴリゴリゴリゴリ……。

 冷たい沈黙の中、互いの作業音だけが流れていく。

 

「お母さん! ただいま!」

 

「仕込みに必要な食材、もらってきたよ!」

 

 そんな空気を二つの甲高い声が破った。

 木製の少し立て付けの悪い扉がバン! と開けられ、大きな麻袋を抱えた二人の少女が飛び込んでくる。

 一人は十代前半ぐらい。おそらくはソフィと同じくらいの年齢で、くすんだ金髪を背中の肩甲骨くらいまで伸ばしている。顔に着いたそばかすが印象的な少女だった。

 もう一人は一桁後半から十歳くらい。くるくると癖のある金髪を肩くらいで切りそろえている。

 そばかすはないが、顔立ちはもう一人の少女とよく似ており、着古した麻の袖付きワンピースを身に纏っている。

 先の会話も考えるに、二人はこの酒場の女主人の娘たちであることが想像できた。

 二人の少女は、最初に母親である女主人に目を向けるも、すぐに酒場の中にいたセラーナに気づく。

 そして、手にしていた袋をその場に落とすと、興味深そうに駆け寄ってきた。

 

「初めまして! 私、リフェルニア・クレンタス! この酒場の店主アレアの娘です。こっちは妹のネリン」

 

「初めまして! 私、ネリン!」

 

「あ、ありがとう。セラーナ、と申しますわ」

 

「ねえ、さっそくで悪いんだけど、あなたが村長の奥さん?」

 

「え?」

 

 いきなり詰め寄ってくる姉妹の圧力に、思わず気圧されるセラーナ。

 おもわず「そうですか、この酒場の主人の名前はアレアというのですか……」などと思考が逸れる中、女主人であるアレアの怒声が響く。

 

「こら二人とも、他所様の邪魔するんじゃない。それから、商売道具を床に捨てるな!」

 

「あっ!」

 

 姉妹は慌てた様子で、床に落とした麻袋を拾うと、母親のもとへ駆け寄っていく。

 そして麻袋を手渡したところで、アレアの拳骨が二人に振り下ろされた。仕入れた品を床に落とした折檻なのだろう。

 酒場の反対側にいるセラーナの耳にも届くほどの音だった。

 あまりの痛みだったのか、姉妹は蹲り、フルフルと震えている。

 アレアはひとしきり説教を終えると、姉妹に店の掃除を命じて、麻袋の中身を取り出した。

 出てきたのは、大きな鹿肉。おそらく、猟師から分けてもらったのだろう。

 それを小分けにして、カウンター奥の調理窯にかけていた鍋に入れて仕込みを再開した。

 セラーナもまた、薬の調合に戻る。

 しかし、彼女が乳鉢で素材を砕いていると、掃除をしていたはずリフェルニアが近寄って話しかけてきた。

 

「ねえねえ、何してるの?」

 

「何、しているの?」

 

 姉につられてか、妹のネリンも掃除の手を止めてセラーナの元に来る。

 

「掃除はよろしいのですか? また怒られますわよ」

 

「大丈夫。朝のうちに一通りはやってるし、お母さん料理中はあまり周囲の音が聞こえないの」

 

「それで、何しているの?」

 

 姉妹の視線は、セラーナが使っている錬金台や手元の乳鉢に向けられている。

 好奇心で爛々と輝く瞳。錬金術が目の前で行われることが相当珍しいのだろう。

 あまり邪魔されるのは困るが、少し答える程度ならいいかと、セラーナは口を開く。

 

「薬を作ってますわ。後は、傷口を洗うための酒精ですわね」

 

「しゅせい……ってなに?」

 

「お酒の中にある、人を酔わせるものですわ。傷口を洗ったりするのに使うのです」

 

「そのしゅせい、ってのがあると、傷にいいの?」

 

「劇的に直す効果はありませんわ。でも、汚くしているよりはマシですから、作っておくのです」

 

「あ、そういえば、ヴェニスンさんが怪我した時、お母さんからワインを持って行ったっけ……」

 

「ワインは正直、傷を洗うには向きませんわね。酒精が弱すぎますから」

 

 そうなんだ~~、と姉妹が感心した様子をみせる。

 ちらりとセラーナが横目で酒場の奥を覗き見ると、アレアと目が合った。

 

「じゃあ、お姉さんが今作っている薬ってなに?」

 

「主に、傷の治りを早くするための薬ですわね。素材と込めるマジカで効果が変わります」

 

 いわゆる回復ポーション。その中でも、あまり効果が強すぎない薬である。

 

「どうして、もっと強くしないの? そっちの方が、早く治るんでしょう?」

 

「強い薬には、相応に副作用があります。回復ポーションの場合は疲れやすくなったりします。しばらく動けなくなったりするときもありますわね」

 

「副作用って?」

 

「その薬に望んでいた効果とは違う効果ですわ。これは基本的に消すことはできません。あとは、疫病退散の薬ですわね。大抵の病はこれでどうにかできます。かなり強い薬なので注意が必要ですが、念のためにと作っておりますわ」

 

「お姉さん、物知りだね! まるでソフィみたい!」

 

 ネリンが興奮した声を上げる。

 

「彼の妹さんですか……」

 

「うん! お姉ちゃんと同じくらいの歳なのに、お姉ちゃんと違ってすっごく物知りで立派なの! この間なんて、帝都からのお客さんの相手を一人でしてたんだから!」

 

「頼りなくて悪かったわね……」

 

 ネリンが興奮する一方、リフェルニアは不満顔を浮かべる。

 一方、セラーナはネリンが発した一言が頭に首をかしげる。

 

「帝都からのお客さん?」

 

「うん! 少し話したらすぐに帰っちゃったけど、また来るって言ってたみたいだよ? すっごくきれいな人だった!」

 

 帝国の人。おそらくその人が、ソフィの言っていた面倒な人だろう。

 このハーフィンガルは内戦において、帝国側についている。別に不思議なことではないが、セラーナには妙に気にかかった。

 

「ねえ。もう一回聞くけど、お姉さんって、村長さんのお嫁さんなの?」

 

 妹のネリンが無邪気な表情で、再び健人との関係を尋ねてくる。

 

「……いいえ、違いますわ。どうしてそう思いましたの?」

 

「みんな言ってるから。村長がお嫁さん連れてきたって。違うの?」

 

「え? ええ、まあ……」

 

「なら、どうして村長と一緒にこの村に来たの?」

 

「家の方でも問題が起きて帰れなくなったので。そうしたらケント……村長と出会って、色々あって……」

 

「そうなんだ~~」

 

ほへ~っと感心した様子を見せるネリンに、姉が呆れた様子で肩をすくめる。

 

「もう、ネリンは察しが悪いな~~。ま、だ、お嫁さんになってないってだけだよ」

 

「あ、じゃあ、恋人さん!?」

 

「それも……違いますわ」

 

「え~~そうなの~~? そんな風には見えなかったけどな~~」

 

 喰いついてくる姉妹に、セラーナは思わずたじろぐ。年頃の少女特有の、色恋への好奇心なのだろう。

 元々娯楽の少ない小村で、この手の話題に飢えているのもあるのだろうが、若い故のエネルギーに満ちた追及をどう躱せばいいのか、セラーナには思い浮かばなかった。

 しかし、そこでアレアの怒声が再び響く。

 

「二人とも、いい加減にしな! これ以上仕事をさぼるなら、トイレの掃除させるよ!」

 

「うわ、やば!」

 

「す、すぐやるから!」

 

 トイレ掃除がよほど嫌だったのだろう。

 姉妹は慌てふためいた様子で、掃除へと戻っていく。

 

「まったく、困ったもんだ。あんまりうちの子に変な魔法を教えられちゃ困るんだがね」

 

「申し訳ありませんわ。突然聞かれたので、思わず答えてしまいました」

 

 セラーナの傍に来たアレアが腰に手を当て、呆れた様子で呟く。

 アレアが彼女に向ける視線は、相も変わらず警戒の色を帯びている。

 今のセラーナは眼帯で顔の半分近くを隠している。端から見ても不審がられるだろう。

 しかし、アレアの方は警戒しても、セラーナを追い出すつもりは今のところないらしい。

 

「私達は、ソフィ様にこの村においてくれた恩がある。彼女の客なら、不審な人間とは言え、開口一番に追い出すわけにはいかないよ」

 

 どうやら、彼女もまた健人がウィンドスタッドを開けている間、ソフィに助けられた者の一人らしい。

 

「だか、もしお前が彼女や、私の娘たちの害になるのなら……薪にして、この酒場の暖炉にくべてやる」

 

「心得ておきますわ」

 

 威圧するように睨みつけてくるアレアを、セラーナは眼帯越しに見返す。

 しばしの間、見つめ合う両者。やがて、アレアはふぅ……と力を抜くように、息を吐く。

 

「ならいい。それ、客が来たぞ」

 

 アレアが宿屋の玄関を指さすと同時に、扉が開いた。

 

「すみません、ちょっとよろしいですか……?」

 

 入ってきたのは、老齢の女性。

 かすれた息を吐きながら、胸を押さえている。

 

「最近胸が痛くて……息をするのが苦しいんです」

 

 セラーナは老婆を近くの椅子に座らせ、触診をしてみる。

 胸に手を当て、続いて首筋に触れると、普通の人よりも硬い感触が指先に帰ってきた。

 

「少し喉が腫れていますわね。悪い空気を吸ったのでしょう」

 

 症状としては、典型的な風邪。

 まだ軽いが、重くなると最悪の場合、命を落とす。特に老人などは注意が必要だろう。

 セラーナは作ったばかりのポーションを老婆に差し出す。

 

「こちらの薬を、一日三回、喉を湿らすように飲んでください。それから、できるだけ栄養のあるものを食べるように。熱が出るようなら、下がるまで自宅で休んでください」

 

「ありがとうございます」

 

 薬を受け取ると、老婆はホッとしたように顔をほころばせた。

 そして、何度も頭を下げながら帰っていく。

 このような小村では、まともな薬を手に入れるのも難しい。たとえ手に入っても、間に合わずに死に至るケースも多々あるからだ。

 

「すまない、農作業中に腰をやってしもうて……」

 

 老婆の診察から数分後、今度は歳を召した男性が、後ろ手に腰をさすりながら入ってきた。

 眉を顰めているようすからも、かなりの鈍痛が走っているらしい。

 

「分かりました。少し観ましょう。そこのベンチに横になってください」

 

「あ、ああ、わかったわい……」

 

 老人をベンチに寝かせると、上着を捲り上げて触診してみる。

 サワサワと走る絹のような指先に、先ほどまで痛みを我慢していた老人の頬が、イヤらしく緩む。

 

「ほ、ほう、もうちょい、もうちょいゆっくり。出来るならもっと下の方を……あ、痛った~~~~~!」

 

「典型的な腰痛ですね。湿布薬と痛み止めを出しておきます。少しひんやりしますよ」

 

「ほうわぁああああああああ!」

 

 一度老人の腰をギュッと押してから、患部にシップをワザとらしくパチンと張り付けるセラーナ。

 老人のエロ心を察してか、その手つきは先の老婆に比べてもかなり適当だった。

 

「なあアレア、医者がこの村に来たって聞いたけど……」

 

「そこにいるよ。診察して欲しいなら話をしな」

 

 そうこうしている間に、次の診察希望の村民が尋ねてくる。

 今度は若い金髪碧眼のノルドの男性。この地の者らしく背は高いが、まだどこか幼さを残した若者だった。歳はおそらく、十代後半から二十歳くらい。

 

「ああ、彼女か。よろし……」

 

 アレアが指さす先にいたセラーナを見て、若者が突然硬直した。

 一体どうしたのかと、セラーナは首を傾げる。

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いや、あまりの美人に思わず言葉を失ってしまって……」

 

「そうですか。ところで、どこが悪いのですか?」

 

 どうやら、セラーナの美貌に当てられたらしい。

 彼女は構わず、診察を始めた。緊張しきった若者と比べ、セラーナの反応は淡白そのもの。

 美人といわれることには慣れている。その手の類の視線を受けることにも。

 

「あ、いや、その、ち、ちょっと鎌で手を切っちまって……」

 

 セラーナがガチガチになってしまっている青年の手を取ると、手の平にぱっくりと割れた傷口があった。

 若者の目が見開かれ、頬に朱が差すが、彼女は構わず診察を続ける。

 

「深いですわね。自然に治るのを待つより、回復魔法を使った方が良さそうですわ。魔法を使ってもよろしくて?」

 

「あ……ああ、頼む」

 

 今の時代のノルドが魔法を嫌う傾向があることから確認をとるセラーナ。

 彼女がそっと片手を若者の傷にかざし、マジカを込めながら詠唱すると、見習いクラスの「治癒」が発動。淡い光が手のひらを照らす。

 手のひらを包む温もりに若者が惚けている間に、傷口は瞬く間に塞がれていく。

 

「これで終わりですわ」

 

「…………あ、もう終わったのか?」

 

「ええ、もう痛みはないでしょう? お大事に」

 

 スッと消える温もりに、若者が一瞬名残惜しそうな顔を浮かべる。

 その後、何度か自分の手のひらとセラーナの間に視線を行き交いさせると、若者はお礼を述べて出て行った。

 

「すまん、ちょっと診て欲しいんだが……」

 

「はい。どうぞ」

 

 若者と入れ違うように、また別の村人がセラーナの元を訪れる。

 その後も、次から次へと村人たちが宿屋を訪れてきた。中には診察を受けず、冷やかしに来るものもいたが、セラーナは構わず仕事に専念し続ける。

 そうこうしている間に数時間が経過し、ようやく訪問客がひと段落。再びがらんとしたホールを見て、セラーナは大きく息を吐いた。

 肉体的には疲れというよりは、気疲れからのため息。よく知らない人と接するのは吸血鬼という境遇もあり、彼女に思った以上に負荷をかけていた。

 

「ねえお姉さん、少し休憩しない?」

 

 そんな中、リフェルニアが話しかけてくる。

 少女が指さした方には、お茶と御茶請けを用意しているアレアとネリンがいた。

 彼女達も休憩するらしい。

 とはいえ、アレアは許さないだろう。セラーナはちらりと、姉妹の母親に視線を向ける。

 

「一緒でよろしいのですか?」

 

「この子達が煩いんだ。大人しく仕事させるためだよ」

 

 不信感はあれど、子供達のごり押しに負けたらしいアレアが、不満げに鼻を鳴らす。

 意外と子供相手には弱いところがあるらしい。セラーナが思わず苦笑を漏らすと、ジロリと睨まれた。

 努めて吊り上がりそうな口元を押さえながら、セラーナはアレアたちの元へ行く。

 席に座ると、アレアがマグを出してきた。酒を飲むマグに入れてくるあたりが、いかにも酒場である。

 礼を言って口をつけると、香草の香りと、ほんのり甘い蜂蜜の味が口の中に広がる。

 

「蜂蜜を入れたお茶ですか?」

 

「まあね。少し高台に上ったところに生えててね」

 

 ちなみに、お茶受けはハニーナッツ。

 炒ったナッツを砕き、蜂蜜をかけて丸めたノルド定番のおやつである。

 

「そういえば、今日ソフィを村で見ていないけど、どこにいるの?」

 

 ハニーナッツを頬張っていたリフェルニアが、セラーナに質問してきた。

 

「彼女はケントの手伝いをしていますわ。ウィンドスタッド邸にいるはずです」

 

「ふ~ん、そっか~~」

 

 おやつを口いっぱいに頬張る姉妹が微笑む。親しみを匂わせる言葉尻だった。

 

「お二人は、彼女……ソフィさんとは親しいのですか?」

 

「うん? そうだね、友達と言えるくらいには付き合いがあるよ? ソフィのお兄さんについても、色々と聞いているし」

 

「実際に見た印象は、いかがでしたか?」

 

「うん。なんか優しそうでよかったな~~って思ったよ!」

 

「そうですか……」

 

 確かに、領主が暴君でないと分かれば、領民としては安心するだろう。

 アレアは「フン……」と鼻を鳴らしてお茶を啜っているが、特に悪口を言う様子はない。審議中、というところだろう。

 

「ところで、この宿屋のご主人は……」

 

「戦争で死んだよ。四年前にね」

 

「それは……申し訳ありません」

 

「いいさ、今さらの話だ。過去をどうこう言ってもどうしようもない」

 

「それにしても、凄いねお姉さん。千客万来だったよ」

 

「物珍しさが先んじている部分もあるでしょうね。医者など、できるなら繁盛しないほうがよろしいのですが……」

 

 実際、怪我や病気などしないほうがいい。

 吸血鬼であるセラーナはこの世の病などとは殆ど無縁であるが、普通の定命の者たちにとっては死活問題だ。このような辺鄙な場所にある開拓村などでは特に。

 

(しばらく、忙しくなるかもしれませんわね。村人それぞれに合わせた調整も必要でしょうし、レシピも残しておきましょうか……)

 

 とはいえ、この村でのセラーナの役目は一時的なものであり、長居するわけにはいかない。

 可能な限り早く聖蚕の僧侶の居場所を突き止め、安全を確保。奪われた星霜の書を取り返し、父の野望を止めなくてはならない。

 

(そうしなければ、世界中が父の手によって血に染まることになる)

 

 今一度自身の意思を固めるように息を飲む。手に持つカップから、僅かにきしむ音が流れる。

 胸の奥で渦巻く不快感を落ち着けるように窓の外に目を向ければ、遠くに太陽に照らされた丘の上に立つウィンドスタッド邸が見えた。

 

(そして、彼にかけられた魂縛を……解く)

 

 助けてくれた人、巻き込んでしまった人。自分の正体を知り、呪いを受けてなお、共に立ち向かおうと手を取ってくれた人。

 こんなことは、もう二度とないと思っていた。

 誰かの隣に立って、共に歩んでいくことができるなんて。

 ウィンドスタッド邸で汗を流しているであろう健人の姿を思い浮かべながら、セラーナは思いをはせる。

 彼の稀有な在り方に、この短い間でどれだけ助けられただろう。

 現在もこうして、迷惑をかけている。別れた方がいいと思いつつも、その優しさと強さに甘えてしまう自分がいる。

 少し前は罪悪感が勝っていた。でも、今は……喜びの方が勝る。

 なぜそうなったのか。思い返していると、セラーナは自然と自分の手が左胸を抑えていることに気づいた。

 レッド・ウォーターの泉で、健人に刺してくれと懇願した場所。

 とっくに傷は癒え、跡も残っていない。でもそこに触れるだけで、心地よい熱が全身を包み込むような感覚を覚えた。

 互いに助け、助けられた旅路。

 ある意味、あの時が本当の意味で、セラーナと健人が仲間同士になれた瞬間だったのだろう。

 思わず笑みがこぼれ、その微笑に宿屋の三人は思わず目を奪われる。

 

「失礼します」

 

 そんな中、宿屋のドアが開かれ、大柄なノルドの男性が入ってきた。

 衛兵の鎧を纏った、三十代のノルド。見覚えのある人物の姿に、セラーナは席を立つ。

 

「あら、貴方は衛兵の……フルサイムさん……でしたわね。怪我でもしたのですか」

 

「いや、怪我はしていない」

 

「では、病気ですか? どのような症状が……」

 

 厳つい表情をさらに硬くしながら、衛兵はセラーナの前に立った。

 何やら緊張している様子。セラーナが首をかしげている中、フルサイムは何度か深呼吸を繰り返した後、覚悟を決めたような顔で口を開いた。

 

「結婚してください」

 

「……はい?」

 

 一瞬、セラーナは彼が何を言っているのか理解できなかった。

 眼帯の奥で何度か目をぱちくりさせていると、顔を赤くしたフルサイムは一度大きくせき込み、先ほどよりも大きな声で再び告白を始める。

 

「一目惚れだ。俺と一緒に家族を作ってくれ。きっと幸せにして見せる!」

 

「申し訳ありませんが、受けられませんわ」

 

 突然の出来事に驚いていたセラーナだが、すぐに事態を理解。静かに、しかしはっきりとした口調で、彼からの告白を断った。

 

「ぐう……分かりました」

 

 フルサイムも、初めから受け入れてもらえると思っていなかったのだろう。

 一瞬悔しそうな表情を浮かべるも、直ぐに気持ちを切り替え、静かに頭を下げると踵を返した。

 しかし、彼が出ていこうとしたその時、宿屋のドアが開いて別の男たちが入ってくる。

 数は三人。よく見ると、セラーナには見覚えがあった。朝から診断してきた客の中にいた男達だった。

 名前はよく覚えていないが、大した怪我でも病気でもなく、只噂の美女の正体を確かめに来ただけの野次馬である。

 

「お、ダメだったのかフルサイム。お前みたいな傭兵崩れじゃ、女を口説くなんて無理さ。さてお嬢さん、この……」

 

「お断りいたします」

 

「…………」

 

 フルサイムを揶揄しつつ、流れるようにセラーナ口説こうとする優男。だが、彼が口説き文句を口にする前にセラーナは一刀両断。

 求婚の台詞すら言わせてもらえず、自信満々の優男は笑顔のまま硬直しているが、彼女としては知った事ではない。

 

「なんだ、ヴェニス、お前も振られてるじゃないか!」

 

「煩い」

 

 醜態を仲間に揶揄われ、苦虫をかみつぶしたような顔をしているヴェニス。他の二人もヴェニスに続くように求婚してくるが、セラーナは即座に断る。

 彼らのやや軽薄な様子に、思わずヴィンガルモの姿を脳裏に浮かべてしまったことも、セラーナの口調が固くなってしまった理由であった。

 にべもなく三人を振り、彼女は背を向けるも、その背に三度声をかけてくる男性がいた。

 

「あ、あの……」

 

「貴方は先ほどの……。まだ何か……貴方もですか」

 

 声をかけてきたのは、今日三番目に診療に来たノルドの若者だった。

 いい加減鬱陶しさを我慢できなくなってきていたセラーナは、不機嫌な口調で応じるも、彼の胸元にかかるペンダントを見て、更に眉を顰めた。

 マーラのアミュレット。

 このタムリエルで求婚の際に使われるペンダント。おそらくこの若者は治療を受けた後、わざわざペンダントを手に入れてきたのだろう。

 他の求婚者たちにはない真剣さである。

 

「ええっと、その、よければ俺と……」

 

「……申し訳ありません。貴方と夫婦にはなれませんわ」

 

「そ、そうですか……」

 

 しかし、それだけでセラーナが頷けるはずもない。

 そもそもセラーナ自身、吸血鬼なのだから結婚などできるはずもない。

 肩を落としてトボトボと去っていく若者に申し訳なく思いつつも、そうして突然の求婚ラッシュを早々に受け流したセラーナは、先ほどまでお茶をしていた自分の席に戻り、大きなため息を吐きながら座り込んだ。

 

「……疲れましたわ」

 

「セラーナ凄いね! 今日だけで四人から結婚を申し込まれるなんて!」

 

「まあ、アンタくらい綺麗だったら仕方ないさ。男ってのはどいつもこいつも、美人には弱いからな。特に、若い男は」

 

「できるだけ隠すようにしておりますのに……」

 

 朝からの村民による診断爆撃もあり、セラーナはぐで~~とテーブルに突っ伏す。

 

「正直、そこまで綺麗だとむしろ逆効果になっているだろうね」

 

 なまじ容姿の良さが滲み出ているため、隠すことで逆に男たちの想像を刺激していると語るアレア。セラーナはぐうの音も出なかった。

 

「そういえば、村長は何をしてるんだ」

 

「農具を作ると言っていましたわ」

 

「作れるのかい? 遠目から見ただけだけど、かなり貧弱そうじゃないか。まともに槌を振るえるのか怪しいところだ」

 

「実際、あのウィンドスタッド邸を建てる際に必要な道具を作ったのも彼とのことです。問題はないでしょう。それに強さという一点を考えれば、この村の誰よりも強いですわ。彼がモーサルで何を成したのか、聞いておりませんの?」

 

「ん? ああ、吸血鬼の集団を討伐したって話だろ。それから、なんでもドラゴンボーンで、モーサルを襲撃してきたドラゴンを撃退したとか」

 

 そこまで話し終えると、アレアは舌を湿らせるように、お茶を一飲みする。

 

「私は元々、外から来た人間だからね。実際に村長が何をしたのかを見たことはない。だが、ドラゴンボーンはホワイトランにいるんだろ? 正直、かなり疑わしく思っている。」

 

「ですが、実際に見た者もいるのでしょう? 私は彼の声の力を見たことがありませんが、その心の強さは十分知っております。彼は、勇者と呼ぶにふさわしい方ですわ」

 

「…………」

 

「は、はうゎぁ……」

 

「うわ~~。すっごい惚気……」

 

 アレアが驚きの表情を浮かべ、リフェルニアはほけ~と呆れたような顔をしている。ネリンに至っては、何故か顔を真っ赤にしていた。

 

「……お二方、勘違いしないよう。私は恩人が誤解されるのが嫌なだけですわ」

 

「お姉ちゃん、これって」

 

「誰が何を言おうと、彼は私の勇者ってことね。間違いないわ。完全に村長にホの字よ。思ってはいたけど、ソフィにとんでもない強敵が出現したわ」

 

「ですから、私は……」

 

「は、つける薬はなさそうだな」

 

「もういいです」

 

 勝手に盛り上がる姉妹とからかうような視線を向けてくるアレアから逃げるように、セラーナは席を立つ。

 

「あ、どこに行くの?」

 

「少し気分転換に歩いてきます」

 

「ああ、そうだ。ついでに屋敷にいる村長と代理にこれを届けてくれ」

 

 これ以上弄られるのは堪らないと出ていこうとするセラーナをアレアが呼び止めると、カウンターからトレーを取り出した。ポットとカップ、そしてハニーナッツのおやつを乗せた皿を二つ乗せ、差し出してきた。

 ポットの口からは甘い香りの湯気が立ち上っている。おそらく、セラーナに出した蜂蜜で味付けしたお茶だろう。

 

「差し入れだ」

 

「…………」

 

 二人が気になっているんだろう? 口元を吊り上げながら視線で語りかけてくるアレアに、セラーナは渋顔を浮かべるも、これ以上反論する気も起きなかった。

 はあ……と憂鬱な溜息を洩らすと、セラーナは生暖かい視線を向けてくる三人に背を向け、宿屋を後にする。

 

「もう、勝手を言ってくれますわ」

 

 しばらくブツブツと小言を漏らすセラーナ。丘の上に立つウィンドスタット邸を見上げる。するとどうだろう、先ほど高ぶっていた気持ちは、スッと落ち着いていく。

 そして脳裏に今頃煤まみれになっているであろう健人の姿が浮かび、思わず苦笑が漏れた。

 

「でもまあ、あの方も少し休んだ方がいい時間ですわよね」

 

 じんわりと湧き上がる高揚に促されるまま、セラーナはウィンドスタッド邸への道を進む。

 そして雑貨屋の前を通った時、ふと目に入るものがあった。

 

「いらっしゃい! おや、村長と一緒に来た美人さんじゃないか。何か買っていかないかい?」

 

 雑貨屋の店主はニコニコと愛想笑いを振りまきながら、自分の店の商品を進めてくる。

 この村唯一の雑貨屋ということもあり、確かに品ぞろえは色々ある。

 裁縫に使う布や、動物の皮。瓶詰めの保存食に櫛などの小物まで。

 ただ、そのどれもが多少なり使い込まれた、中古品だった。

 

「いえ、特に買う物は……あら?」

 

 そんな中、セラーナの目に羊の羽毛を編んで作られた、雪のように白いマフラー。

 使用感はなく、明らかに他の品に比べて浮いている。

 

「お、お目が高いね。それはソリチュードから仕入れた新品のマフラーさ。あのレディアント装具店の品で、品質は保証済みだ。買わないかい?」

 

 セラーナの脳裏に、傷だらけになった健人の首が蘇る。嘆きの首輪の残滓。痛々しく、否応なく人目を引いてしまう傷跡だ。

 それを思い出した瞬間、セラーナは反射的にそのマフラーに手を伸ばしていた。

 

「……これ、頂けますか?」

 

 トレーを片手で保持したまま、もう一方の手で胸元から取り出したそれを、雑貨屋の店主に見せる。

 

「おいおい、これはルビーか? しかも、かなり上質なものじゃないか!」

 

「新品、かつ、これほど上質な羊毛を使ったものなら、これだけの値段はするのではありませんか?」

 

「いやまあ、確かにかなりの出費だったが……」

 

 上質な道具は、この世界ではかなりの高値で取引される。

 実際、店主がこのマフラーをソリチュードで仕入れた時は、セプティム金貨で数十枚かかった。

 冬前に衣服の需要があると見込んでの仕入れであり、目玉商品として購入したのだが、出来たばかりの小村の住む住人には高すぎて、売れ残っていた。

 ちなみに、なぜセラーナが宝石を持っているかというと、貴族故の処世術だ。

金貨などかさばるモノより、価値のある小物を身に着けて置いた方が、いざ緊急で金や人手が必要な時に役に立つからだ。

 ちなみに、セラーナはまだいくつかの宝石を隠し持っている。

 突然出されたルビーに面食らった店主だが、ずっと残っていた在庫がはけたことに満足な顔を浮かべる。

 一方のセラーナは、受け取ったマフラーを片手で器用に畳むと、胸元にしまう。

 そして再び、ウィンドスタッドへの道を歩き始めた。

 その横顔は、心なしか嬉しそうに綻んでいる。

 だが正門の前に来た時、門の奥から飛び出してきた影に、思わず眼帯の奥で目を見開いた。

 

「は?」

 

 ガラガラガラガラ! とけたたましい音を響かせながらウィンドスタット邸から出てきたのは、荷車を引く一人の少女だった。

 荷車の上には作ったばかりと思われる農具が詰まれていた。おそらく、健人が作っていた農具だろう。

 車輪に絡む泥をまき散らしながら、荷車を引く少女……ソフィはセラーナに気付かないまま、一目散に坂を駆け下りていく。

 その横顔は、まるでトマトのように真っ赤になっていた。

 村の中へと消えていくソフィを面食らった表情で見送ったセラーナは、視線を眼下の村からウィンドスタット邸へと戻す。

 正門の奥。屋敷の鍛冶場では、おそらくソフィが飛び出していった元凶と思われる人物が、目をぱちくりとさせていた。

 

「……何をしておりましたの?」

 

 彼女自身も驚くほど低い声を漏らしながら、セラーナは眼帯越しに健人を睨みつけた。

 

 

 




というわけで、いかがだったでしょうか?
今回のメインはセラーナさん。
村民の健康状態を見ていたところで、お盛んな男どもに早速求婚されています。
基本、厳しい自然環境の中で生きるノルド達は、結婚までのスパンが現代日本とは比較にならないほど短い。
彼らの恋は枯野に火を放つようなもので、お付き合いを吹っ飛ばして婚姻を結ぶことも珍しくないとのこと。
そんなノルドたちの村に絶世の美女がきたら、間違いなく独身男性たちは群がるでしょう。
ちなみに、村長の恩人、もしくは恋人(又は妻)と思っている者達もいるので、一応、気を使っている者達もいます。

以下、登場人物紹介

セラーナ
突然男たちに求婚され、さらにそれをアレアに揶揄われて辟易としている。
彼女自身、王族として多くの男から求婚された経験があるので、迂遠な断り方はしない。ノルドらしくバッサリ切る。

アレア・クレンタス
セラーナが診察を行っていた宿屋兼酒場の女主人。
子供が6人おり、また亭主もいないためか、とてもしっかりとした人物であるが、同時に口が悪い。
ちなみに、ゲーム本編でもとあるクエストに登場している。

リフェルニア・クレンタス
アレアの子供の一人であり、三人目の子供。
ソフィとは友人関係であり、健人のことも聞かされていた。
健人とセラーナ、そしてソフィの関係に興味津々。

ネリン・クレンタス
アレアの末娘。
姉と同じくソフィ達にも興味はあるが、同時にセラーナが使う錬金術にも興味を抱いている。

恐れ知らずのフルサイム
三十代のノルド。町に三人いる衛兵の一人。
元傭兵であり、独り身。そのため、結婚してくれる女性を探していた。
ちなみに、彼もゲーム本編で登場している。

モブ3人衆
軽い調子がセラーナにヴィンガルモを想起させたため、容赦なく一刀両断された。
特に語ることはない。

手を怪我していた若者
セラーナに一目惚れし、速攻でマーラのアミュレットを用意して求婚してきた好青年。
年齢は二十台前半。この時代のノルドにしてはとても誠実であり、セラーナもそれを感じ取ってか、他の男たちに比べれば優しく振っている。

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