【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
「……何をしておりましたの?」
突然飛び出していった妹。そしてセラーナからの詰問に、健人は慌てて黒板に白墨を走らせる。
『いえ、自分にも何が何やら……』
実際、健人自身も状況がよく分かっていないのだ。
確かに、年頃の女の子に対しては少し失礼な行動だったかもしれないが、いきなり逃げられるとは思っていなかった。
しかし、セラーナは何かを察したようにため息を吐くと、口元を不機嫌そうに吊り上げる。
「また変なことをなさったのですね。彼女が少しかわいそうですわよ」
『何もしてませんよ!? 顔についていた汚れを吹いただけです』
(というか、またってどういう意味だい!)
口元をへの字に曲げて不満げな健人を他所に、セラーナは小さくため息を漏らす。
「その程度であんな風に逃げたりしなと思うのですが?」
(いやまあ、そうなんですけど……)
なんだか分からないが、旗色が悪い。
そう感じた健人は、話題を変えるように黒板に白墨を走らせる。
『ところでセラーナさん、それは何ですか?』
彼女が持ってきたトレーを指さしながら黒板を掲げる健人。
小さくため息を吐いた彼女は、持ってきたトレーを軽く掲げる。
「差し入れです。ソフィさんの分もあるのですが……」
せっかくアレアが用意してくれていたものだが、肝心の本人は屋敷から飛び出してしまっている。
しばし、所なさげに沈黙していたセラーナだが、とりあえず、持ってきたトレーを作業台の上に乗せる。そしてカップを一つ取り、ポットの中のお茶を注ぎ始めた。
『態々すみません』
「いいえ、お気になさらず。私の方も診察がひと段落して、休憩していたところですから」
微笑みながら、セラーナはカップを健人の前に差し出す。
甘い香りが鼻腔を刺激し、健人の喉が急激な渇きを訴え始める。
そこで彼はようやく、太陽がかなり高く昇っていることに気づいた。
早朝に鍛冶を始めたことを考えれば、軽く6時間は水も飲まず作業をしていたということになる。
「随分長く打っておられましたわね」
(ええ、まあ……)
時間を忘れて鍛冶をしていたことを指摘され、健人は恥ずかしそうに頭の後ろを掻きながらも、喉の渇きに促されるまま差し出されたカップを受け取り、口をつけた。
程よく冷めたお茶が鍛冶の熱で火照った体を冷やし、甘みが澱んでいた疲れをかき消していく。
朝から飲まず食わずで作業をしていた体には、まるで砂漠に降った雨のように染み渡るようだった。
(はぁ……)
思わず感嘆の息を漏らす健人。それを見て、セラーナが空になった杯にお代わりを注いでくれる。
『ありがとうございます。美味しかったです』
「お礼なら、宿屋のアレアに伝えてください。彼女が用意してくれたものですから」
二杯目を飲み干したところで十分の喉が潤った健人がお礼を伝えると、セラーナもまた静かに微笑みを返してくれた。
ゆるやかに弧を描く口元。無理のない自然な笑みだ。
健人は空となった杯を返すと、鍜治場の隅に腰を下ろした。セラーナもまた、彼の隣に座り込む。
肌が触れ合うのではと思えるほどの距離。僅かにこすれ合う服の感触が肌に走り、背筋に痺れが走る。
『仕事の方はどうですか?』
込み上げる気恥しさ。それを誤魔化すように、健人はセラーナに問いかける。
健人が鍛冶の仕事をこなしているように、セラーナもまた、今日から村の仕事をある程度担うようになっていた。
彼女の仕事は怪我人や病人の治療や診断。
元々、蒼の艶百合でも薬の調合や診察を行っていたので、適任と言えた。
ちなみに、患者を診る場所として、彼女は村唯一の酒場を使っている。
理由は酒精が手に入りやすいからだ。
もちろん、ワインや蜂蜜酒をそのまま使うことはできないので、錬金台を持ち込んで蒸留し、酒精を強めている。この辺りは錬金術の技を持つ彼女ならではと言えた。
「何とかこなせそうですわ。初日から随分と多くの方が来られました。やはり、日々の仕事はこなせるとはいえ、多少の不調を抱えている方はおられるようですね」
どうやら、酒場を利用した簡易診療所は大盛況のようだった。
それからセラーナは他にも、世話になっている宿屋について語り始める。
ウィンドスタッド村の酒場の名前は、霧飲の巨人。
こじんまりした村の酒場としては名前負けしている感が否めないが、酒場の女主人曰く、このくらい威勢がいい方がちょうどいいとのこと。
ちなみに、酒場の主人の名前は、アレア。恰幅の良い中年のノルドであり、子供二人と一緒にこの村に移住してきた。
彼女は内乱で夫を亡くしているものの、あっけらかんとしたしっかり者らしく、子供達のために一からやり直せる環境を求めて、この村に来たらしい。
「とはいえ、良い歳の男性達が、少し肘を擦りむいたくらいで来るのはいかがなものかとも思いますが……」
どうやら、不調の村民だけでなく、美人のセラーナを一目近くで見ようと思った男達も押しかけて来たらしい。
目元を隠すような眼帯をしているとはいえ、セラーナは目を見張るほどの美人だ。
寒村で色々と持て余している若い男達が注目するのも無理はない。
『……口説かれたりしたのでは?』
「いえ、その……求婚されました」
(速いな、おい!)
「しかも、四人……。うち一人は、衛兵のフルサイムです」
(……よし、少し喝を入れるか!)
そういえば、衛兵達がどの程度の腕なのかを確かめてはいない。
ほの暗い笑みを浮かべながら、健人静かにセラーナに見えないところで拳を握る。
三人しか衛兵がいないことを考えれば訓練は必須だし、各々の練度も確かめておきたい。もっとも、理由の大半は恩人に無理を言った部下への戒めであるが……。
『うちの部下がすみません』
「まあ、結婚する気はない旨を話したらすぐに諦めてくれましたわ。アレアにも助けられましたが……こちらは、貴方の新しい得物ですか?」
セラーナの目が、作業台の上の武具に向けられる。
『ええ、まあ。必要ですから』
「賊、ですか。本当にその手の類の者達は消えませんわね。まるで台所に出てくる虫かスキーヴァのようですわ」
略奪を行う賊が再び増えていることは、セラーナも当然聞いている。
潰しても増えてくるあたり本当にゴキブリか鼠みたいだ、と言い切る彼女に健人も頷く。
もちろん、山賊となった者達の中にはやむを得ない事情を抱えている者もいるのだろうが、生憎と他者を踏みにじることを良しとした者達に対して、毅然とした態度と力を行使することは、この世界で生きていくには必要なことでもある。
一方のセラーナは、おもむろに立ち上がり、作業台の上に置かれたオリハルコンのブレイズソードを手に取る。
鈍い濃緑色の刃が、太陽の光を浴びてきらめく。その刀身の腹に指を這わせながら、セラーナは感嘆の息を漏らした。
「良い剣ですわ。これほどの武器は、早々お目にかかれません。貴方は優れた鍛冶師でもありましたのね。付呪ができることもそうですが、羨ましいですわ」
『セラーナさんも、錬金術や魔法に詳しいしょう?』
セラーナの魔法の腕は、今さら疑うまでもない。なにせ、自身の血をハルコンの血と偽装して、健人がかけられた『嘆きの首輪』を解除するほどなのだ。
不完全な解除であったが、元々がデイドラロード由来の呪物である。
本人の戦闘経験など、いささかいびつな部分はあるが、技量は間違いなく、健人が知る中でも上澄みに属しているだろう。
しかし、そんな健人の言葉とは裏腹に、セラーナはどこか寂し気な笑みを漏らす。
「私の魔法や錬金術は母から教えてもらったものですが、その実、褒められるようなものではありませんわ。理由は、察しておられるかと思いますけど」
セラーナの一家はデイドラロード、モラグ・バルの信者だった。
当然、彼女が教えられた魔法は闇に属する魔法。この世界では忌避される類の力である。
「母が特に傾倒していたのは、死霊術です。人の魂と肉体を弄ぶ邪法。当然、私もその手の類の術を教えられましたわ」
目を伏せ、俯き気味にセラーナがそう付け加えた。
事実、セラーナが魔法を学ぶきっかけは、家族のデイドラ信仰が理由だ。
なので、彼女の魔法の根幹は普通の魔法ではなく、死霊術から始まっている。
そして死霊術は召喚魔法の中でも外法と呼ばれることが多い。死んだ人間や動物の死体を使うからだ。
そんな自分が使う力は、決して褒められたものではない。そう言外に語る彼女に、健人は一度深呼吸を挟むと、手に持つ黒板に白墨を走らせた。
『俺はシャウト使いでした。かつて暴政を敷いた、ドラゴンの力です』
シャウトはノルドの間では神聖視される力ではあるが、その歴史を考えれば、決して綺麗なだけの力ではない。
ドラゴンの圧政や竜戦争、その後にノルド達がシロディールやモロウウィンド、ハイロックに侵攻する際にも使用されている。
『でも、この力のおかげで、俺は大切な家族を守れました。力そのものが事の良し悪しは決めません。その力で、何をするかが大事なんだと思います』
大事なことは、その力をどう使うか。
そもそも、人間が持つ力の中で、血に汚れていないものなどない。
健人の言葉に、セラーナは呆れたような、しかし嬉しそうな苦笑を浮かべる。
「……貴方なら、そう言ってくれると思ってましたわ」
セラーナも理解はしている。力はただの力でしかない。
だが、自らが他者の命をすすらねばならないという現状と、これまでの凄惨な過去が、彼女の心をどうしようもなく縛り付けてしまっている。
だから、確かめたかった。目の前の彼が、忌まわしい自分の力をどのように考えているのかを。
健人の意思を確かめられ、安堵したセラーナの目に、黒く歪んだ傷跡が刻まれた彼の首元が映る。
今の彼の首にはアルドゥインとの戦いによる負傷跡だけでなく、『嘆きの首輪』による呪印も残っている。
首の周りをぐるりと囲う黒い斑点。それが、モラグ・バルの魂縛がまだ活きている証だ。
「痛みますか?」
セラーナは持っていたブレイズソードを作業台に戻すと、スッと健人に身を寄せ、その首筋に手を伸ばした。
痛々しげな傷跡を慈しむようにそっとさする。無意識の中、小さく唇を噛み締めて。
そんなセラーナの気持ちを察してか、健人は静かに微笑み、なんでもないというように首を振った。
「よかったです。ですが、少し目立ちますわね」
セラーナはおもむろに懐に手を伸ばし、白い長方形の布を取り出す。
柔らかな羊毛で編まれたそれは、先ほど買ってきた新品のマフラーだった。
「酒場の隣にある雑貨屋で買ってきましたの。これなら、傷跡を隠せますわ」
健人の首の傷は、正直かなり目立つ。それに今では『嘆きの首輪』の跡もある。目立たないようにするに越したことはない。
取り出したマフラーを、そっと健人の首にかける。
(これ、新品?)
この世界では、新品の布製品は高価だ。現代の地球と違い、大半がハンドメイドだからだ。
そのため、雑貨屋などに売っている服は、大半が中古品である。
高かったのではないか?
無言の視線で訪ねてくる健人に、セラーナはわざとらしくピン! と人差し指を掲げた。
「正直、高かったですわ。でも、こういう時の為に、私のような者は色々と身に着けておりますの」
そう言ってセラーナは、胸元からいくつかの宝石を取り出した。アメジストやエメラルド、そしてダイヤ等。どれもが上質で、金貨にすれば一つ辺り数十枚から数百枚の値段がつくだろう。
『ありがとうございます。せっかくですし、使わせてもらいます』
そして健人は首に回されたマフラーに手を伸ばし……黒ずんだ指を見て、思わず手を止めた。鍛冶仕事で汚れたまま、綺麗なマフラーに触れることをためらったのだ。
「少しお待ちになって……」
まごまごしている健人に代わって、セラーナが代わりにマフラーを巻いてあげる。
マフラーと比べても短く、目立たないマフラーは、男性用のアクセサリーとしても使えた。それに、結んで余った布を上着の襟の中にしまえば、さらに目立たなくすることもできる。
彼の首の傷が隠れるように巻き、手早く結ぶ。
結び目は正面ではなく、ちょっと横にずらす。わざとアンシンメトリーの要素を組み込むあたりが小洒落ていた。
これでよし、とポンと襟元を軽くたたくセラーナに、健人はお礼と共に微笑みながら、黒板を掲げる。
『ありがとうございます。やっぱりセラーナさん、優しいですね』
「……だから、吸血鬼ですわよ?」
『でも、優しい人です』
「もう……あっ」
そこでセラーナは、思った以上に健人に近づいている自分に気づいた。
すぐ目の前にある、彼の顔。向けられるまっすぐな視線。瞳の奥に宿る信頼に、セラーナの脳裏にこれまでのことが蘇る。
何度も助け、何度も助けられてきた。
出会ったのは僅か数か月前なのに、まるで長年共にいたかのような感覚を覚える。
ヴォルキハル城にいた時には決して感じることのなかったもの。遠い昔に無くし、二度と手に入ることがないと思ってきた安堵の感情。
汚いもの、薄汚れたもの、血に濡れたものを多く見てきた彼女の人生。それを知った上で、助け、そして共にいてくれる人。
この人ともしもずっと一緒にいられたら……。思わず、そんな欲求がこみ上げてくる。
『どうかしました?』
「あ、いえ、その……少し喉が渇きまして……」
一度意識してしまえば、溜めこんでいた感情は容易くあふれ出してしまう。
同時に湧き出す、強烈な欲求。鍛冶仕事で汚れた手を握り、身を寄せ、そして唇を触れさせたい。そして、その首に……。
女としての、そして吸血鬼としての欲求。
それは甘酸っぱく、暖かく、同時に目を背けたくなるほど浅ましかった。
こみ上げてきていた己の感情を自覚し、セラーナは眼帯の奥で瞠目する。
一方の健人は、そんな彼女の様子に首をかしげる。
『血、飲みます?』
「い、いえ! 結構ですわ!」
(今飲んだら、どんな粗相をしてしまうか分かりません! それに、噛んでしまったら彼が吸血鬼に……!)
注射器とシリンジを取り出した健人に背を向け、胸を抑え、唾を飲むことで己の欲を抑え込む。
深く深呼吸をすること数度。吸血鬼としての衝動がようやく収まってきた彼女は、遠慮気味に口を開いた。
「そ、その……。私がここにいること、煩わしくはありませんか?」
背を向けたまま、横目で覗き込んでくるセラーナを安心させるように、健人は静かに首を振る。
『煩わしくなんてありませんよ。それに、ハルコンは放っておけませんし、この魂縛を解きたくもあります。どのみち、もう避けて通れません』
嘆きの首輪の跡が残った首筋を指さしながら、健人は軽い調子で苦笑する。
『なにより、ハイさよならっていうのは、寂しすぎますし……』
どこかあっけらかんとした様。苦笑いを浮かべつつも、彼の瞳に宿る意志の光はまるで揺らがない。
未だ残るモラグ・バルの魂縛。己に降りかかった災難を前にしても、迷うことなく、前へと進もうとする強い意思、その片鱗。
その優しくも暖かく、強い意思が、セラーナの胸の奥に疼く蟠りを、そっと拭っていく。
「私は、ずっと独りでした。父も、母も、私を顧みることはありませんでしたから。それに、人々から忌み嫌われる吸血鬼です。だから、その、随分と、重くなってしまうかと思います……」
『そっちも今さらだと思います。俺も随分と厄ネタを持っている人間ですから。お互い様ですよ』
「そう、ですわね。ふふ、そういう意味では、似た者同士と言えますわ」
互いにクスクスと含み笑いを漏らし合う。
ひとしきり微笑んだ後、セラーナは一拍を置き、改めて健人と向き合う。
「その……お願いがあるのですが」
何やらかしこまった様子に健人が首をかしげる中、彼女は確かめるように、ゆっくりと口を開く。
「敬称を外してくださいますか。貴方には、本当の私を見ていただきたいのです」
これまで、健人はセラーナに対して敬称を付けていた。別に彼女対して隔意があるというわけではなく、彼の癖のようなものでしかない。
だがセラーナとしては、それすらもどこか煩わしさを覚えるようになっていた。
そんな彼女の願いに、健人は小さく頷く。
『わかった、セラーナ』
「ありがとうございます。嬉しいですわ……」
『セラーナの方は敬語止めないんだ』
「この口調はもう癖です。今さら治りませんわ。諦めてくださいまし」
楽し気に口元を緩めながら、セラーナはカラカラと笑う。
コロコロと違う笑顔を浮かべる彼女に、健人の胸も思わず高鳴る。
『ずるくないか?』
「あら、女はズルいものですわよ」
今度はどこか妖艶で、つかみどころのない笑顔を浮かべるセラーナ。
健人の脳裏に、蒼の艶百合の団長、クレティエンの姿が思い起こされ、思わず渋顔を浮かべる。
『その顔は止めてくれない? あの旅団の痴女団長を思い出すから』
「あらあら、彼女も随分疎まれましたわね。無理ありませんが、あまり嫌わないでくださいまし。ああ見えて、私の数少ない友人なのですわ」
『セラーナ、人付き合いは選んだほうがいいよ?』
「ふふ、その言葉、そっくりお返ししたしますわ」
「何やってるんですか、二人とも……」
そんなこんなでじゃれ合いを続けていた健人とセラーナの間に、不満げな声が割って入る。
声が聞こえてきた正門に二人が目を向けると、いつの間にか帰ってきたソフィが正門のところに立っていた。
彼女の隣には、カシトの姿もある。
ソフィの方は落ち着いたようだが、足元は土に汚れ、不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。
(あ、ソフィ……。それにカシトも)
「申し訳ありませんわ、つい、話し込んでしまいまして……」
ソフィがセラーナにジト目を向けるも、セラーナの方は軽い調子で受け流す。その間にも、セラーナはスッと健人に身を寄せていた。
彼女のその行動に、ソフィの目じりがさらに釣りあがる。
その目は当然、隣の義兄にも向けられる。
義妹から突然向けられた糾弾の視線。健人はいったいどうしたのかと首を傾げつつ、黒板に白墨を走らせる。
『ソフィの方もお疲れ様。頼まれていた道具、渡せた?』
とりあえず、二人の様子は一旦横に置き、健人は作った農具の使い心地について義妹に尋ねる。
せっかく作ったのだから、出来るだけ早く感想を聞かせて欲しい。
「あ……その、お疲れ様です兄さん。みなさん、満足されていたようで……」
慕う兄からの笑みに先の醜態を思い出し、一瞬表情を引きつらせるソフィ。
しかし、彼女の目はすぐに兄の首元に掛けられた真新しいマフラーへと向けられる。
「ところで兄さん、そのマフラーはどうしたんですか? 朝は持っていませんでしたよね?」
「首の傷を隠すのに良いと思いまして、私がお渡ししましたの」
今朝の兄は持っていなかったマフラー。しかも新品の、かなり仕立てのいい品。
それが隣の超美人が兄に贈ったものと告げられ、ソフィはさらに気色ばむ。
「ふ~~~~~~~~ん…………。セラーナさん、ちょっと兄さんと近くありませんか?」
「あら? 私たちの仲なら、このくらいは普通ではなくて?」
まるでトロールですら凍り付きそうな声色で牽制するソフィ。
一方のセラーナは特に気取った様子を見せずとも、その声は隠し切れない喜色がにじんでいる。
事実、二人の距離はセラーナが健人の首に巻いたマフラーを結んでいたこともあり、まるで恋人同士のようだった。これに、兄を慕う義妹の妬心が我慢できるはずもない。
「いいえ、明らかに近すぎます! 兄さんはこの村の村長で、ホールドの従士で、責任ある立場の人なんですから、変な誤解を受けたら困るんです!」
「貴女も毎晩、お兄さんと一緒に寝ているのでしょう? それこそ、変な噂になるのではなくて?」
「私は兄さんの妹なんだからいいんです! ほら、離れてください!」
「あらあら。そんなに強引だと、ケントも驚いてしまいますわよ」
グイっと兄をセラーナから引き剥がしたところで、ソフィはようやく兄が目をぱちくりさせている様に気づく。
自分の醜態に気づき、彼女は慌て兄の腕を放すと、取り繕うように澄まし顔を浮かべた。
「あ、コホン……。兄さん、お疲れさまでした。昼食の用意ができましたので、行きませんか?」
(あ、うん……)
先ほどまでトロールもかくやと思える形相を浮かべていた義妹の変化に、健人は黒板を書くことも忘れてただ頷く。
どうやらソフィの話では、農作業をしていた村民たちがまとまって昼食を取るので、そこで一緒に食べようとのこと。
なんともほのぼのとしているが、妙に領主と村民の距離が近いこの形は、身分差が明確なタムリエルでは異質だろう。
事実、セラーナもソフィの言葉に苦笑いを浮かべていた。
『分かった。ここを片付けたら行くよ』
「手伝いますわ」
「私も」
とりあえず、妙に怖い妹に促されるまま、健人は使った道具の片づけを始める。
農具の量産のため、かなり多くの型枠を使ったためか、鍜治場の周り中なり雑然としていた。とりあえず、使用した型枠を一つずつ鍜治場の脇に寄せて置く。
「ほら、カシトさんも兄さんを手伝ってください」
「え~~、でもオイラ、頑張って畑を耕して疲れたよ~~」
「途中まで湿地のほとりで寝ころんでいた人とは思えない言葉ですね。お昼、抜きましょうか?」
「頑張る! オイラ頑張るよ!」
ソフィに睨まれ、カシトは態度を一変させて型枠を運び始める。
その姿に、健人もセラーナも呆れ顔を浮かべた。どうやら健人の親友のズボラさとさぼり癖は三年経っても変わらなかったらしい。
「村の皆さんはどこで昼食を?」
「住宅地と農地の間に少し広い場所があります。そこでいつも炊き出しをしているんです」
そうこうしている内に片付けを終え四人はウィンドスタッド邸を後にした。
健人の両隣にセラーナとソフィが並ぶ。
再び張り詰める空気。キシリ……と、氷が軋むような音が鳴ったような気がした。
そんな三人を後ろから眺めていたカシトが、ニヤニヤとしながら口を開く。
「ケント、責任はちゃんと取ろうね!」
(よく分からんけど、仕事から逃げ回っていたお前に言われたくな~~~~い!)
無言の抗議を幽玄の空にぶつけながら、健人は荷馬が畑に着くまで、軋むような空気にひたすら耐え続けるのだった。
と、いうわけで今回もセラーナさんエピソード。
ゆっくりと、しかし確実に接近していく二人。そんな様子に妹様はさらに焦りを募らせ……。
とりあえず、閑話はここまで、次回からはまた本編を進めていこうとも思います。