【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第二話 寄り添う者達

 イヴァルステッドに到着した四人は、すぐに宿に直行した。

 宿屋はあまり繁盛していないのか、食堂を兼ねたホールの中はガランとしていた。

 暇そうにカウンターの上に肘をついていた宿屋の主人、ウィルヘルムと名乗ったノルドは、リータの名前を聞くと目を見開き、続いて跳ねるように身を起こした。

 

「ああ、ホワイトランを救ったドラゴンボーン様ですね!」

 

「え? なんで私の事を……」

 

「もちろん、聞き及んでいます。古より復活した獣を倒した英雄! 無辜の民が住む街を襲った卑劣な野獣を倒した勇者!」

 

 リータの名前を聞いた宿屋の主は、満面の笑顔を浮かべ、高揚した様子でリータを称える言葉を大げさな仕草で語り続ける。

 まるで、アイドルに出会ったような興奮ぶりに、当人であるリータは戸惑う。

 宿屋の主であるウィルヘルム曰く、旅の商人がホワイトランのドラゴン襲撃について、詳しく語っていたらしい。

 そして、宿を挙げて歓待するというと言った主人は、当惑するリータを宿で一番いい部屋に案内していった。

 

「リータの名前がこんなに早く知られているなんて……」

 

 カウンターの前に残された健人が、ポツリとそんな言葉を漏らした。

 イヴァルステッドはハイフロスガーへと続く玄関であるが、つまるところ、ド田舎の寒村である。

 当然ながら、ハイフロスガーへと向かおうとする修験者以外が訪れることはほとんどない。

 だからこそ、健人としてはこんな田舎村にリータの名前が届いていることに、驚きを隠せない様子だった。

 

「伝説のドラゴンを倒し、その力を手に入れた従士様であるのなら、その名前が風のように広がることは、さほど不思議には思いませんが……」

 

「そう、かな?」

 

 一方、リータの偉業を誰よりも理解しているリディアは、特に不思議には思わないらしい。

 実際、健人たちはホワイトランで準備を整えるまで、一ヶ月近くの時間を要している。

 その間に、ホワイトランでの出来事を知った商人が、先にイヴァルステッドに来ていてもおかしくはないとリディアは考えていた。

 

「まあ、サービスしてくれるなら、受けない理由はないだろう」

 

 

「まあ、そうだけどね……」

 

 ホワイトランからイヴァルステッドまでの道中、当然ながらずっと野宿だった。

 慣れない旅は健人の体にも心にも確かな疲労として残っている。

 久しぶりにベッドで眠れることもあるし、歓迎してくれるなら、受けない道理はない。

 結局、健人達は宿屋で一晩を過ごし、翌日にハイフロスガーへと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿屋に泊まった健人たちは久しぶりに奮発して、手の込んだ料理に舌鼓を打った。

 宿屋の主人も、家畜として貴重な鶏を丸焼きにして出すなど、普段なら出さない料理をサービスして、リータ達を持て成してくれた。

 食事を終えた後、健人は一人で宿の外に出る。

 宿屋の裏に出た健人は腰に差した片手剣を抜き、夜の帳が下りて二つの月の光が照らす宿屋の裏で、剣を振り始める。

 

「ふっ! せい!」

 

 戦士としては未だに素人の域を出ない健人。

 リータの旅に同道するために、彼は毎日こうして、剣の鍛練を行うようになっていた。

 当然、彼が夜に行う鍛練は剣だけではない。

 剣の鍛錬が終わった後は、魔法の勉強が待っている。

 

「精が出ますね」

 

「リディアさん」

 

 健人が素振りを始めてからしばらく経つと、宿屋の影から姿を現したリディアが声を掛けてきた。

 彼女は自分の腰に差した剣の柄をトントンと叩くと、口元に笑みを浮かべる。

 

「お手伝い、しましょうか?」

 

「よろしくお願いします」

 

 互いに向かい合い、武器を構える。

 健人の稽古の相手は、もっぱらリディアが行っていた。

 教えようにも、リータの剣は我流で、ドルマは両手剣使い。

 健人が使うのは盾と片手剣というのもあり、同じ武器と防具を使うリディアが適任だった。

 

「はあ!」

 

「しっ!」

 

 しばしの間、二人は剣と盾をぶつけ合う。

 模擬剣などという気の利いた物を持ち歩く余裕はない。二人とも刃引きされていない本物の剣をぶつけ合っている。

 普通なら取り返しのつかない怪我を心配するところだが、リディアと健人では、力量の差は明らかであり、ゆえに健人の剣はリディアの髪一本散らすこともできない。

 そのため、リディアは余裕をもって剣を寸止めし、健人に己の問題点を指摘している。

 数刻の間、打ち合っていた両者だが、やがて健人のスタミナ切れという形で、今日の修練は終わりを告げた。

 

「はあ、はあ……」

 

「剣の方はまだまだですが、盾の使い方はだいぶ良くなってきましたね」

 

「そ、そうですか……」

 

 リディアの指摘通り、健人の防御術は、少しずつ改善を見せていた。

 未だに筋力不足から動きは遅れ気味だが、しっかりと腰を据えて、相手の攻撃を受けることが出来るようになってきている。

 問題は攻撃面である。

 腰を据えて攻撃を受けていることもあるが、どうにも攻防の切り替えが未だに慣れていないというのがリディアの感想だった。

 

「ケント様、腰を据えて受けるだけでなく、相手の攻撃に合わせてこちらから盾をぶつけて相手の攻撃の出鼻を挫くことで、こちらの攻撃を有利に行うことが出来るようにもなります」

 

 俗に言う“シールドバッシュ”と呼ばれる技能であり、相手の攻撃を殺しつつ、こちらの攻撃に繋げる技術だ。

 実際、リディアはこのシールドバッシュが非常に上手く、ここに来るまでの鍛練で、健人は何度も攻撃の出かかりを潰されていた。

 

「剣も盾も、腕だけで扱うものではありません。全身の筋肉を活かすことで、より素早く、より自然に、強力な攻撃が可能になります」

 

「全身の動きですか」

 

 盾と剣は別に扱うのではなく、一つの動きの中で使い分けるべしと、リディアは健人に教える。

 健人としても理屈は察することができる。

とはいえ、頭の中で漠然と理解しただけで習得できるほど、剣の道は容易くはない。

 頭の中の動きと、実際の体の動きが乖離していることは、普通の人間なら当たり前である。

 また、実際の戦闘では、思考しながら戦っていては間に合わない。

 刻一刻と変わる戦況の中で、反射的に体を動かせるようにならなくてはいけない。

そして、こればっかりは気が遠くなるほどの修練を繰り返すしかない。

 正しい動きを正しく行い、正しく自分の体に染み込ませる以外に、近道はないのだ。

 

「ですが、例え動きが改善できても、やはり攻撃面での不安があります。ケント様の体格では、私達のノルドの剣術は、どうにも相性が悪いようにも思えますし……」

 

「やっぱりそうですか……」

 

 さらに、ノルドと日本人の間の体格差による相性も問題だった。

 ノルドの剣はほぼ肉厚の直剣である。

 戦い方も自分たちの恵まれた体躯を活かしたものであり、相手を防具ごと叩き潰す戦法が主流だ。

 しかし、今の健人に鉄製の防具を貫くほどの膂力はない。つまり、剣の振るい方一つとっても、ノルドの剣術は健人には向いていないのだ。

 

「分かりました。今日もありがとうございました」

 

「いえ。ケント様は、これから魔法の修練ですか?」

 

「修練と言っても、ダニカさんがくれた本を読んで、限界まで魔法を使うだけですけどね。それじゃあ、また明日」

 

「はい、お休みなさいませ」

 

 健人はリディアと別れると、宛がわれた自分の部屋に戻り、カバンの中から毎日読み返している本を取り出した。

 そして、ホールの暖炉に残っていた火種から種火を作り、貰ってきた蝋燭に火を灯す。

 健人がホワイトランを旅立つ際、ダニカは餞別として、彼に数冊の本を渡した。

 ダニカが渡したのは、魔法や錬金術、付呪に関する基本を記した本と、健人が実際に習得した回復魔法の術式を記した魔法書である。

 荷物としては嵩張るものだが、力で劣る健人にとって、魔法の知識はなによりも心強いものである。

 その為、健人はホワイトランを旅立ってから毎晩、夜遅くまでダニカから渡された本を読み返していた。

 同時に、魔法の実践もかねて、就寝する直前に魔力を限界まで使う事も忘れない。

 今の所、マジ力の効率が良くなった感じはなかったが、魔法を使う感覚を体に染み込ませるためにも、続けるべきだと思ったのだ。

 

「さて、やるか……」

 

 蝋燭の明かりを頼りに、健人は開いた本を読み始める。

 既に、何度も読み返した本だ。

 どのページに何が書いてあるか、既に頭の中に入っている。

 それでも、健人は繰り返して読み続ける。

 

「ケント、まだやってるの……?」

 

 部屋の扉を開けて、隙間からリータが顔を覗かせてきた。

 もう寝るつもりだったのか、普段は纏めている金髪をほどいている。

 

「リータか。先に休んでいていいよ」

 

「でも、明日は七千階段に挑むんだよ? ケントも早めに休んだ方がいいよ」

 

 ハイフロスガーへの道のりは長く、巡礼者の中には、途中で力尽きて凍死するものも少なくないのだ。

 リータが健人を心配するのも無理はない。

 

「それでも、やるよ。繰り返さないと身に着かないから」

 

 そう言いながら、健人は読書に戻る。

 彼にとって、夜遅くまで勉強していることは、それほど不思議な事ではない。

 教育制度が充実し、受験という人生の登竜門がある現代日本では、ごくごくありふれた事である。

 また、現代日本においては、科学技術によって恒常的な明かりには困らず、日が落ちた後、夜遅くまで起きていることは、さほど珍しくはない。

 中には、昼夜が逆転した生活を送る者もいるくらいだ。

 つまり、長時間勉強するための環境と慣習が揃っているといえる。

 一方、リータにとって、夜になっても勉強を続ける健人の姿は、ある種の驚嘆を覚える程のものだった。

 スカイリムでは、科学技術が未発達であるが故に、恒常的な明かりを得ることはほぼ不可能だ。

 その上、教育などは家庭内か、村などの共同体内に留まってしまう。

 教育の水準や範囲も総じて狭く浅いもので、高度かつ大規模な教育制度や教育機関などはない。

 また、環境的にも日常的に勉学に励むような習慣も根付いていない。

 大規模な教育機関などは、スカイリムの中ではウインターホールドにある魔術師大学位だ。

 だからこそ、リータは本を読み続ける健人の姿に感嘆を覚える。

 つまるところ、異世界レベルの文化と慣習の違いが、ものの見事に表れた結果と言えた。

 

「……ねえ、私も一緒にやっていい?」

 

 勉強する健人の姿に触発されたのか、リータが一緒に勉強したいと申し出てきた。

 

「いいけど、リータも覚える気なの」

 

「うん。私も強くならないといけないから」

 

 強くなりたい。

 それは、リータと健人、二人に共通している想いでもある。

 どちらも、無力なままの自分は嫌だと心の底から想い、立ち上がった人間だからこその感情だ。

 

「じゃあ、一緒にやろうか」

 

「うん!」

 

 リータの心情を理解しているからこそ、健人は彼女の頼みを受け入れた。

 同じ机に並んで、一つの明かりを頼りに本を読み進めていく。

 時間は限られている。

 目の前の蝋燭が尽きるまでが、今日の健人とリータに与えられた時間だった。

 宿屋の店主から貰えた明かりは、この蝋燭一本のみ。

 恒常的は明かりを得ることが困難なスカイリムでは、蝋燭一本とっても、大切な資源だからだ。

 

「ねえケント、リディアに変なことしてない?」

 

 しばらくの間、読書にふけっていた二人だが、リータがおもむろに話を振ってきた。

 

「変な事ってなんだよ」

 

「それは、その……」

 

 一体何を想像したのか、言いよどむリータに、健人は溜息を吐いた。

 

「変な事なんてできるわけないだろ。あれだけ強い人なんだぞ」

 

「ま、まあそうなんだけど、何となく気になっちゃって……」

 

「なんだそれ?」

 

 リータの意味不明な返答に、ケントはさらに首を傾げる。

 とはいえ、ケントから見てもリディアは間違いなく魅力的な女性である。

 彼女の容姿はごく普通のノルドではあるが、その教養や心根は、非常に好感が持てる女性だ。

 相手を立てる器量と配慮のある気使い。そして、一流の武技を併せ持つ女性であり、良き相手に恵まれてしかるべき魅力も持っている。

 彼女の気使いに助けられていることは、ケントも自覚しているし、感謝もしている。

 しかし、それは恋愛云々というよりも、ハドバルと同じように、尊敬できる大人といった印象が大きかった。

 

「俺は、家族の力になりたいんだ。だから今は、それ以外の事に気を向ける余裕はないよ」

 

「そっか……」

 

 健人の答えに満足したのか、彼の手のかかる義姉は口元に安堵の笑みを浮かべた。

 そして、また二人は静かな読書へと戻る。

 儚げな蝋燭の明かりが消えるまで、二人はより添って、己の力を磨いていた。

 

 

 

 

 


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