【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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お待たせしました。
今回は色々とてんこ盛りです。


第六話 千差百貌の英雄

 高速で振るわれる四つの刃が、スカイヘブン聖堂の暗がりを火花で照らす。

 互いに初めから本気。手加減などないと言わんばかりに相手の急所めがけて刃を振るうのは、異端のドラゴンボーンと古の英雄。

 

「……!」

 

(っ……!!)

 

 幻影である『面影』は言葉を発しない。元々、そのような機能を削除しているのだろう。

 一方の健人もまた、声を失った身だ。

 互いに無言。しかし、振るわれる刃は二人の英雄が放つ戦意を明確に示していた。

 『面影』が振るった長刀を落氷涙が跳ね上げ、突き込まれたオリハルコンの刃を『面影』の小刀が逸らす。

 しかし、健人のオリハルコンの刃は僅かに『面影』の鎧をかすめ、傷を入れた。

 

(速度は、俺の方が上か……!)

 

 面影との速度差を認識し、健人は相手が本気を出す前に押しつぶそうと、さらに剣速を上げる。

 理由としては、自分と相手が持つ得物の性能差。

 健人は察していた。持つ武器の性能は、おそらく『面影』の方が勝っていると。

紫色の人影が持つ二刀は、健人が見たこともない素材でできている。質としては、おそらくは黒檀と同等か、それ以上。

 落氷涙はともかく、オリハルコンのブレイズソードは明らかに見劣りする。

 付与されている付呪も不明。だが帯びている赤光の濃度からみても、相当強力な効果が付呪されていると思われた。

 

(だからこそ、一気に押し込む!)

 

 息を吸い、吐き、止め、ギアを一気にMAXに振り切る。

 疾風のような連撃が、烈撃を伴った暴風へと変わり、『面影』を一方的に押し込み始める。

 もちろん『面影』も双刀を高速で振るい、迫る刃を弾き返そうとするも、瞬く間に異端のドラゴンボーンが放つ剣嵐に飲み込まれる寸前となってしまう。

 

(もらった!)

 

 渾身の一太刀が『面影』の防御を打ち崩し、二刀を跳ね上げた。

 がら空きになった胴。そこめがけて、健人の返しの刃が放たれる。

 

「っ!」

 

 だが、オリハルコンの刃が胴体を捉える直前、『面影』は己の体をまるでネジのように捻った。

 そのまま後方に跳躍しつつ、貯め込んだエネルギーを解放。全身を回転しつつ、猛烈な一撃を放つ。

 

“旋風切り”

 

『面影』が使う双剣術の一つ。

 体幹を捻った力を解放し、旋風を思わせる一撃で周囲を薙ぎ払う技だ。

 全身の力を乗せて放たれた『面影』の刃は、そのまま猛烈な勢いで踏み込んできた健人の側頭部に迫る。

 

(くっ!)

 

 崩した相手から放たれたまさかの反撃に、健人は咄嗟に横薙ぎを斬り上げに変えて迎撃。

 ガキィイイン! と耳をつんざくような激突音が響き、互いに間合いが開く。

 健人はすぐさま体勢を立て直し、吶喊。一方の『面影』も着地の後、体を沈ませる。

 迎え撃つつもりか。そう思った健人の視界の中で、『面影』がゆらりと体を揺らした。

 陽炎のような動き。続いて、『面影』の姿がブレて消える。

 

(っ、まずい……!)

 

 猛烈な悪寒を覚え、健人は咄嗟に横に跳躍。

 同時に迫る殺意。健人は反射的に、殺意と己の体に双刀を滑り込ませた。

 直後、健人の両腕に強烈な衝撃が走った。

 

(ぐう……!)

 

 横に跳んでいた体が押し込まれ、スライドしながら斜めに流される。

 健人は勢いを殺さず受け身を取り、地面を転がりながら間合いを取る。視線を上げれば、双刀を振り切った『面影』の姿。

 

(影の戦士? いや、ちがう。気配は消えていない。だが、透明化とも違う)

 

 直前に『面影』が視線を振る様な動作をしていたことから、吸血鬼などが使用していた『透明化』とは違う形で不意を突いてきたと健人は判断。

『面影』の技について考えていると、『面影』が懐に手を伸ばし、投剣を放ってくる。

 

(ふっ!)

 

 健人が迫る投剣を弾く中、再び『面影』の姿がブレて消えた。

 今度は右側面から迫る殺気。健人の視界の端に、今まさに刀を振り上げようとしている『面影』の姿が映る。

 

(ここ!)

 

「っ!」

 

 右下方から迫る刃を、健人はブレイズソードの横薙ぎで迎撃。

 再び聖堂内に響く重い激突音。今度は弾かれることなく、健人と『面影』の刃は拮抗し、ギリギリと鍔迫り合う。

 だが数秒間の押し合いの後、二人は息を合わせたかのように後方に跳躍。再び間合いを開けた。

 相手を注視しながらも、小休止を入れるように息を吐き、構え直す。

 

(なるほど、暗殺者の動きを元にした剣術か。なんとなく、デルフィンさんに似ている)

 

 凍るような戦意の中、健人は高速で思考を回す。

 脳裏で再生される、先ほどの『面影』の動き。

 デルフィンが使っていた『影の戦士』ほどではないが、確かにそれに連なる系統の技だろう。

 事実、『面影』の技は、“待ち伏せ”と呼ばれる、第二期の暗殺者が使っていた技だった。

 元々は“神速の影”と呼ばれる、マジカを用いて姿を消すと同時に高速で踏み込み、相手の不意を衝く技。それを、マジカを持ちることなく、体術で体現したものである。

 その肝は、視線の誘導と視覚の誤認を利用した一種の幻惑体術。

『影の戦士』と呼ばれる隠密最高峰の技にも含まれる要素であり、エズバーンからもらった書物にも記されていた技術であった。

 

(……やってみるか)

 

 健人はおもむろにスッと構えを解き、体の力を抜く。

 突然構えを解いた健人を前に、『面影』から怪訝な気配が伝わってくるが、構わず意識を集中させる。

 

(動作の入りと終わりも見えた。なら……)

 

 脳裏に先ほどの『面影』の動きを描き出し、そこに自分の姿を重ねていく。

 視線の誘導、重心の位置、踏み込んでから得物を振るうまでの動き、それらを体格の違い、速度の違い加えて補正。

 更に殺気を隠匿しつつ、気配の分散を試みる。

 エズバーンから受け取った『影の戦士』には人を惑わせる知識の他に、このような一節が記されていた。

 

“我を殺し、世界にて活きよ。岩のように動かず、風のように軽やかに、火を湛え、水のように滑らかな毒となれ”

 

 遠回しな言い方をしているが、要は気配の隠匿と発散という、矛盾した行動が『影の戦士』には求められるらしい。

 完全にできるとは思えない。

 だが健人は、自分が最良と考えられる動きを思い浮かべ、すべての動作を一本の線として構築する。

 

(こうか……?)

 

 そして健人は、『面影』からの視線を散らすようにユラリと体を揺らしながら、体を落とした。

 同時に意識を限りなく希薄にしつつ、目の焦点もワザと外す。

『目』は、声以外で人が最も雄弁に語る器官だ。それを自分から制限することで、相手に己の意図を悟られないようにする。

 当然、全身の力も抜ききっている。筋肉の強張りも、相手に戦意を悟られる理由になるからだ。

 そして落ちた体重は踵に叩き込まれ、健人の体はまるで地を滑る蛇のように、面影の間合いへと踏み込んでいく。

 

(しっ!)

 

「っ!」

 

『影の戦士』の知識と『待ち伏せ』を組み合わせた健人の攻撃に、『面影』の行動は明らかに遅れた。

 健人の踏み込みに遅れること数瞬。オリハルコンのブレイズソードの軌道に差し込まれた赤い小刀が、かろうじて健人の斬撃を逸らす。

 だが、防御が遅れたことで『面影』の重心が浮き、体が半死となる。

 

(ふっ!)

 

 続いて流れるような健人の斬り返しが『面影』を襲う。

 しかし、さすがは古の英雄。力づくで振り下ろした長刀を健人の斬撃に叩きつけ、その反力で致命の刃から逃げつつ距離を取った。

 咄嗟に相手がとった冷静な判断に、健人は内心感嘆を漏らす。

 

(すごいな。完全に先手を打てたと思ったのに凌がれた)

 

 同時に健人は、自身の踏み込みを内省する。

 攻撃の際の気配を消しきれなかったか?

 それとも、殺気を殺すことに意識を向けすぎて踏み込みが足りなかった? もしくは……。

 考えられる限りの問題点を頭の中で上げ、動きを頭の中で事細かに修正していく。

 

(なら、こうか?)

 

 己の動きを確かめるように、再び体を揺らし始める健人。同時に脱力しつつ、意識を希薄化。限りなく己を周囲と同化させつつ、滑るように踏み込む。

 そんな健人を前に、『面影』の動きは先と比べてもさらに遅れていた。

 左脇を薙ぐように繰り出された薙ぎ払い。それを『面影』は、大きく後ろに跳躍して躱す。

 今度は防御を挟む時間もなかったのだ。

 

(やっぱり練度不足か。だが、押し返すことはできた……!)

 

 今度は健人が攻勢に出る。

 退避した『面影』に向かって踏み込みつつ、連撃を繰り出す。

 『面影』もまた同じように双刀で迎撃するも、剣速に関しては健人が上。

 瞬く間に『面影』の斬撃を飲み込み、相手が持つ赤い二刀を弾き飛ばした。

 

「……!」

 

 これで終わりと、健人は無手になった『面影』に踏み込む。

 ブレイズソードと落氷涙をクロスさせ、逃げ場を塞ぐように交差斬撃を繰り出す。

 完全に間合いに捉えられた『面影』の体を、健人の斬撃は捉えていた。

 刃がマジカで編まれた防具に食い込み、その仮初の肉体を容赦なく切り裂く。

 深々と刻まれる裂傷。そこから紫の光が散り、『面影』の体が崩れ落ちる。

 数秒の残心の後、健人は相手が動かなくなったことを確かめ、双刀を鞘に納めた。

 

(ふう……)

 

 緊張が解け、思わず息が漏れる。油断ならない強者だった。

 速度で優っていたこと、不完全とはいえ『影の戦士』で先手を取り戻せたからこそ勝てた勝負だった。

 振り返れば、同じように安堵している仲間達の姿があった。

 ただ、その中で事の元凶であるカジートの親友が混じっているのは納得できない。

 

(なんで、お前はそっちに交じってんだよ……)

 

 手を貸せよトラブルメーカーと、思わず心の中で悪態をつく健人。

 案の定、カシトはセラーナとソフィに睨まれ、お仕置きとばかりに思いっきり髭を引っ張られた。「にぎゃああああ!」と、親友の汚いダミ声が聖堂に響く。

 

(まったく、あのカジートは本当にもう……)

 

 元凶がお仕置きを受けたことに留飲を降ろし、健人は仲間達の元へと歩いていく。

 だが数秒後、カシトの髭を引っ張っていたセラーナの表情が凍り付いた。

 

「ケント、後ろです!」

 

(っ!?)

 

 焦燥を顕わにしたセラーナの大声に、健人は反射的に納めたばかりの得物を抜き、その場から跳躍した。

 直後、先ほどまで健人がいた空間を、炎の塊が高速で通過する。

 

(炎弾!?)

 

 視界の端に映る、二発目の炎弾。

 考える間もなく、健人は振り向きながら、迫り来る炎弾を斬り払う。

 奥には、倒したはずの『面影』の姿。彼は白い光を帯びながら立ち上がり、その手に持つ一本の長杖を健人に突きつけていた。

 

(どうなっている!? 確かに致命傷だったはずだ!)

 

 よく見ると、先ほど刻み込んだ裂傷が、すさまじい勢いで塞がっている。

 強力な回復魔法なのだろうか? 健人が驚く間にも、『面影』の傷は小さくなっていく。

 白光が収まった時には、『面影』の傷は完全に消えていた。

 復活した『面影』に一瞬思考が途切れかけるも、健人はすぐさま意識を戦闘モードへと切り替えて踏み込む。

 迫る健人に対し、『面影』は杖から次々と炎弾を放つ。

 一秒間隔で襲い来る炎弾。健人はその全てを斬り払うか、体捌きで躱しつつ、あっという間に距離を詰めていく。

 

(狙いが投剣と同じだ。それなら避けるに難はないぞ!)

 

 だが、間合いまであと二歩というところで、突然『面影』が大きく身を逸らした。

 かつて、他の敵でよく見た動作。その姿に、健人の本能が反射的に警告を鳴らす。

 

(っ!?)

 

 ほぼ無意識に健人は左手の落氷涙を逆手に持ち直し、そのまま背中の盾を引っ掴んで掲げていた。

 次の瞬間、『面影』の口から強烈な熱を伴った、赤みを帯びた濃緑色の吐息が吐きつけられる。

 

(炎の吐息!? いや、それだけじゃない!)

 

 盾越しに伝わる熱とは違う、肌に走る痛みに、健人は毒を帯びた炎を吐きつけられたと察する。同時に、仕立て直したばかりの防具がジュウジュウと気色の悪い音を立て、鼻を突く金属臭が漂い始める。

 

『ノクシャスブレス』

 毒の混じった炎の吐息を吐きつけ、相手を焼きつつ、その守りを腐食させる術だ。

 

(威力が低い。シャウトじゃないな。何かの技か? だが……!)

 

 派手な見た目の一方、その威力の低さに、健人はシャウトではないと看破する。

 ドラゴンのシャウトは強力無比だ。ドラゴンアスペクトを使えない今の健人なら、防ぐことすら困難だ。少なくとも、盾を保持している左手は熱で使い物にならなくなっている。

 一方で、多少肌に痛みは感じたが、動きにほとんど支障はない。

 健人はノクシャスブレスが途切れた瞬間、今度こそ仕留めんと再度踏み込み、掲げていた盾で『面影』の杖をはじき上げる。

 

(もらった!)

 

 がら空きになった胴体。そこにめがけて、斬撃を叩き込まんと、健人はオリハルコンのブレイズソードを振り抜く。

 吸い込まれるように『面影』の腹部に迫る刃。

 だがその瞬間、健人の視界に強烈な閃光が走り、強烈な悪寒が背筋を走り抜ける。

 目に飛び込んできたのは、いつの間にか一本の光輝く槍を持ち、今まさに健人を突き刺そうとしている『面影』の姿。

 直後、引き絞られた槍が放たれ、強烈な三連撃を健人に見舞う。

 

(ぐう……!)

 

『穿刺攻撃』

 マジカで生み出した聖なるエドラの槍から繰り出される連撃。

 額、喉、心臓。急所めがけて間隙なく放たれた連撃を、健人は盾を引き戻すことで何とか防ぐ。

 だが、『面影』の予想外の反撃は、彼に強烈な動揺を誘うに十分だった。

 

(なんだこれは! 詠唱はしていなかったぞ!)

 

 繰り出された光の槍は、強烈なマジカを帯びていた。

 一方で、『面影』に詠唱を行っていた気配はない。

 既に光の槍は消え、『面影』が持っていた得物は長杖へと戻っているが、強烈な違和感と悪寒に襲われる。

 だが、その間にも『面影』は次の行動に移していた。

 マジカを帯びた左手を掲げ、振り下ろす。その動きに沿って、三条の炎による裂撃が健人に襲いかかった。

 

(炎の爪!? 本当にどうなっている!)

 

『残火』

 

 炎爪が、健人の盾に三本の傷を刻んだ。『面影』の連撃は続く。

 掲げられる長杖。そこに、先の三連撃よりもはるかに長い光槍が一瞬で生成され、猛烈な勢いで薙ぎ払われた。

 

(がっ!?)

 

『三日月薙ぎ払い』

 

 長さ5メートルに届こうかと思われる長槍の薙ぎ払いに、健人の踏み込みは完全に勢いを殺され、逆に押し込まれる形となる。

 咄嗟に両足を踏ん張って耐えたものの、既に剣の間合いからは大きく離れてしまっていた。

 

(まさか、ミラークと同じ無詠唱……。この距離はマズい!?)

 

 振りかぶられる光槍。

 猛烈な悪寒と共に、健人の脳裏に最悪の状況が思い浮かぶ。

 

『オーロラジャベリン』

 

 そんな彼の予感は正しいと言わんばかりに、投げつけられた光槍が健人の体を大きく吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「兄さん!」

 

 追い詰められる健人を前に、ソフィが悲鳴を上げる。

 投げつけられた光の槍は何とか盾で防いだ健人だが、『面影』の攻勢は止まらない。

 古代の英雄は杖から炎弾を放ちつつ、上空へ光の槍を投げ飛ばす。

 天高く昇った槍は数秒の後、猛烈な勢いで炎弾を回避している健人へと落下し、地面に突き刺さると同時に炸裂。衝撃波と熱が健人を飲み込む。

 

「無詠唱魔法か。今ではほとんど見ないな。君は見たことはあるか?」

 

 健人と『面影』の戦闘を冷静に観察していたエズバーンが、横目でセラーナに問いかける。

 動揺を露にしているソフィと違い、彼女は比較的冷静に事態を見つめていた。

 

「確かに、卓越した魔法使いは使っておりましたわ。でも、早々できる技術では……」

 

 無詠唱魔法はその名の通り、詠唱を省いて魔法を展開する技術。

 思考と編み込んだマジカだけで術式を構築するため、必然、桁外れの難易度を誇る。

 さらに、もし可能だったとしても、生半可な技量では、普通に詠唱するよりも発動に時間がかかってしまう。

 つまるところ、無詠唱魔法というのは、よほど熟しない限り、デメリットにしかならないのだ。ミラークとヴァーロックが、どれだけ規格外だったかがよく分かる。

 

「それより、あの紫人間、どうして致命傷負って復活してんの!? あの魔法具の効果!?」

 

 一方で、カシトの方は無詠唱の魔法より、『面影』が致命傷を負いながらも復活したことに驚いている様子。

 セラーナもまた、その点については疑問を抱いていた。

 確かに、健人の交差斬撃は『面影』に致命傷を与えたはず。普通の召喚魔法や幻惑魔法なら、この時点で魔法体を維持できずに四散する。

 しかし、『面影』は数秒後には何事もなかったかのように立ち上がっていた。

 その際に発していた白い光も、マジカではない。魂力によるものだ。

 

「あの古の英雄、魂に何か秘密があるのですか?」

 

「分からん。サイ・サハーンの記述は、まだ解読できていない部分があるのだ。ただ、かの英雄は死んでも何度でも蘇ったらしい」

 

 不死の英雄。

 その事実に、ソフィとカシトは絶句し、セラーナもまた表情を強張らせる。

 長いタムリエル史の中でも、稀も稀。

 その手の類の似非伝説ならいくらでもあるが、本物となると、片手で数えるほどもないかもしれない。

 

「信じられませんが、もし本当なら今のケントに打開策はありませんわ」

 

 殺せない相手との戦いなど、結果は子供でも分かる。

 

「なら、早く助けないと……!」

 

 焦燥を漂わせるセラーナの言葉に、ソフィが駆け出そうとする。

 しかし、その襟をセラーナが掴み止めた。

 非難の目を向けてくるソフィをいったん置き、セラーナは改めてエズバーンに質問を投げかける。

 

「その前に、もう少しお聞きしたいことがありますわ……ご老人。これのどこか、彼の力になるというのです?」

 

「失った声を取り戻すことも、神を殺す力を手に入れることも簡単ではない。ならば、少しでも彼が死ぬ可能性を減らす必要がある」

 

「答えになっておりませんわ」

 

「そうだな。だが、説明することは難しい。だから、見ていて欲しい。確かに『面影』は稀代の英雄であり、あの魔法具はその姿を余すことなく再現してはいるが、あれはただの影でしかないのだから」

 

 そう言うと、エズバーンは再び視線を戦う二人へと戻す。

 セラーナは一瞬、老人を睨みつけるも、こみ上げる感情を押し殺し、エズバーンと同じように戦いを観る側へと戻る。

 カシトも同様。ソフィはまだ迷っている様子だったが、セラーナとカシトが手を出さない様子を見て、それ以上踏み込むことを止めた。

 しかし、その顔には隠し切れない不安が張り付いている。

 そうこうしている間にも、戦闘は続く。

 絶え間なく放たれる炎弾と光槍。炸裂した衝撃が盾を歪ませ、健人に徹底的な回避を強いている。

 一見すると、勝算がないように見える戦場。

 だが、徐々に戦況に変化が表れ始めた。回避に徹していた健人の動きが、瞬く間に洗練されていく。

 盾による防御が少しずつ減り、回避に余裕が出てくる。

 数十秒後には、鎧にかすめることすら稀になっていた。

 

「これは……」

 

「やはりな。すでに見切ったか」

 

 納得したようなエズバーンの言葉に、セラーナ達の視線が再び老人に向く。

 

「『面影』が使う無詠唱は、彼が戦ったミラークやヴァーロックとは違うものだ。一種の付呪に近いな」

 

「付呪?」

 

「己の魂に術式を刻み込むことで、詠唱を破棄することを可能とする技法だ。これなら、己のマジカを流すだけで、即座に魔法を使える」

 

 付呪を用いた無詠唱。

 すなわち、自分自身を杖に見立てた方法だ。

 当然危険性も高い。刻みすぎたり、付呪した魔法を制御できなければ、魂か肉体のどちらかが壊れ、廃人一直線である。

 その汎用性も、ミラークやヴァーロックが使用していた無詠唱よりも低い。

 

「あの方法では一人が刻める術式には限りがある。必然、使用される魔法は限定的。それにかのドラゴンボーンが気づかないはずがない」

 

 エズバーンの言葉を肯定するように、健人の動きはさらに洗練されていた。

『面影』は杖の魔法や、光槍を高速で投げ飛ばしたり、上空から降らせたりするが、その全てを健人は容易く回避。逆に『面影』の間合いを侵食し始めている。

 

「デルフィンからの話や、義姉との戦いを聞いて思っていた。彼は元々、かなり高度な教育を受けている。また生まれ持った環境ゆえか、我々よりもイメージ能力が高い。そして、デルフィンが教え込んだのは、思考を正確に、己の動きに反映させる能力。それらが合わさることで、驚異的な学習、対応能力を発揮する」

 

 故に、『面影』の技を『影の戦士』の本に記された動きに落とし込んだり、これほど早く『面影』の魔法に対応できるようになると、エズバーンは語る。

 実際、健人はかつての戦いで姉の“攻撃反射”やデルフィンの“鎧剥ぎ”の太刀を即座に学習し、再現したことがあった。

 老人が話している間に、健人は距離を詰めていく。

 あと十メートル。そこまで来た時、健人は盾を放り投げ、突然左手を後ろの腰に伸ばした。

 

「あれは……!」

 

 彼が取り出したのは、先ほどエズバーンが渡したグラップリングボウ。

 それを健人は素早く放つ。

 既に装填されていたボルトが勢いよく射出され、風を切り裂きながら『面影』に迫る。

 

「っ……!」

 

 面影は障壁を張ってボルトを防ぐ。

 ボルトの先端が障壁にめり込み、尾部に取り付けられていたロープが延びてたるむ。

 そして、一定距離延ばされた瞬間、グラップリングボウは拘束で延ばしたロープを巻き取り始めた。

 同時に健人の体に急加速が加わり、一気に残っていた間合いを潰し切る。

 当然、『面影』も光槍による連撃で引き離そうとするも、既に『面影』の動きを見切った健人は、傷一つ追わずに全ての槍撃を双刀で打ち払い、逆に突進の勢いを乗せた容赦のない一撃を見舞う。

 踏み込みの速度を乗せた横薙ぎは、杖ごと『面影』の胴体を両断。断ち切られた上半身が地面に崩れ落ちる。

 だが数秒後、再び『面影』の体を復活の白光が包み込んだ。

 

「でも、これじゃあ鼬ごっこです! このままじゃ兄さんが……!」

 

「それについては、大して手間ではありませんわ」

 

 言うが早いか、セラーナはマジカを練り上げ、手早く詠唱を済ませる。

 吸血姫が持つ強大な魔力が渦を巻き、彼女の右手に集束。ピシピシと澄んだ音を響かせ始めた。

 セラーナはそのまま、収束したマジカを解放。強烈な吹雪が渦を巻き、進路上の空気を凍らせながら直進する。

 狙いは、未だ燃え盛る古の魔法具。

 セラーナが放った『アイスストーム』は瞬く間に魔法具を包み込み、氷漬けにしてしまった。同時に、燃え盛っていた炎が消える。

 すると、復活しようとしていた『面影』もまた、四散した魔力炎と同じように、ちりぢり鱗片となって消えてしまった。

 

「あ……」

 

「樹液が燃えている間幻影が生み出されているなら、その炎を消せばよいのです」

 

 セラーナが語る極めて単純な理屈に、ソフィとカシトは思わず肩を落とす。

 

「何というか、簡単だったね」

 

「だから、焦る必要はないといっただろう?」

 

「説明してからやってよね!」

 

「そもそも事の原因はカシトさんでしょうが!」

 

 思わずエズバーンに突っかかるカシトに、ソフィの怒号が響く。

 どうやら、かなりご立腹の様子。怒り心頭の妹様は事の元凶に飛び掛かると、再び髭を思いっきり引っ張り始めた。

 

「いひゃいひゃいいひゃい!」

 

「もう、もう、もう! この人はホントにもう!」

 

 身体能力に優れたカジートのカシトではあるが、意外とソフィの力は強く、繊細な感覚器官を引っ張られていることもあり、引っぺがすのに苦労している様子。

 一方、セラーナとエズバーンはドタバタ、ドタバタと騒ぐ二人を放置し、装備を回収して戻ってきた健人を出迎えていた。

 

「で、どうだった?」

 

『凄く為になりました』

 

 エズバーンの問いかけに、健人は呼吸を整えながら、黒板に白墨を走らせて掲げる。

 彼としても、古の英雄との戦いは、得るものが多かった。

 特に今回は『影の戦士』のとっかかりを掴めたような気がする。

 まだまだ不完全な上、技に入るために数秒の猶予が必要だったりするが、大きな前進である。

 健人の言葉にエズバーンも満足そうに頷く。

 

「よかった。転移装置はいつでも使えるから、訓練したくなった時は来てくれ」

 

『それから、彼が使っていた魔法は、俺にも使えますか?』

 

「可能性はある。だが、今すぐは難しいだろう。『面影』の魔法は第二期のものだ。今とは術式の体系がかなり違う。それに、君の魂は特殊だ。どのような影響があるか分からん。ただ、調べることはしておこう」

 

『ありがとうございます』

 

「それからもう一つ。実は『面影』の人物像はほとんどわかっていなくてな」

 

 エズバーンの話では、『面影』の伝説では、鎧を纏って大剣で大軍を蹴散らしたとか、獣を従えていたとか、デイドラを操り、雷を降らせたとか、弓矢の名手であったとか、様々な姿が記されているらしい。

 もしそれが本当なら、『面影』が持つ戦術は、どれほど多岐にわたるのだろうか。

 まさしく、千差百貌と呼ぶにふさわしい英雄である。

 

『つまり?』

 

「次に現れる『面影』は、まったく違う戦法を用いてくる可能性が高い、ということだ」

 

 エズバーンの話では、この魔法具はどうやらそれら『異なる姿の面影』も映し出すらしい。

 

(それは……確かにすごい訓練になる)

 

 おもわず、健人は口元が吊り上げる。

 もしかしたら、他にもいくつか、彼が使う技も身に着けることができるかもしれない。

 もちろん、これでハルコンに対抗できるのかと言われれば否だ。

 だが、少なくとも古の吸血鬼に対する力は付けられる可能性がある。まったく前進を感じられなかった頃に比べれば、心はかなり楽になったと言える。

 

「ああ、それから。聖餐の僧侶について情報が来た。スカイリムに来る僧侶の名前は、デキソン・エヴィカス。40代くらいのインペリアルの男性らしい。まだスカイリムに入ったという情報はないが、分かったらまたすぐ知らせよう」

 

 そう言って、エズバーンは懐から巻物を取り出し、健人に手渡してきた。

 広げると、豊かなひげを蓄えた、壮年のインペリアル男性の似顔絵が描かれている。

 これは、非常に重要な情報だ。

 聖餐の僧侶は、星霜の書を読み解くことができる数少ない者達。

 血の星霜の書を持つハルコンも追っていることは間違いない。吸血鬼達の暗躍をくじくためにも、絶対に確保しなければならない人物だった。

 

『ありがとうございます』

 

「いや、こちらこそだ。ドラゴンボーンに仕えることが、我らの本懐だからな」

 

 その後、健人はスカイヘブン聖堂を後にして、ウィンドスタッド海岸へと転移。

 村への帰路に付いた。

 

「とりあえず、ケントはこれからどうするの?」

 

『定期的にエズバーンさんのところで訓練しながら、山賊の討伐をするよ』

 

「行くのはオイラと、セラーナ嬢かな?」

 

「そうですわね。衛兵の数も少ないですから、妥当な選択かと」

 

 とりあえず、装備は整った。後すぐに対応できそうな問題は、山賊関係だろう。

 ソフィには、村の防備を頼もう。そう考えていた健人が義妹に目を向けるが、彼女は何故かボーっと表情を見せていた。 

 いったいどうしたのかと肩を叩くと、ビクリと体を跳ねさせる。

 

「あ! に、兄さん。どうしましたか?」

 

『今後のことについて、少し話していた』

 

「ケントとオイラ、セラーナ嬢で山賊に対応するよ!」 

 

「考え込んでましたわね。どうかしましたの?」

 

「い、いえ、なんでもありません。分かりました兄さん。私も同行します」

 

 その言葉に、健人は思わず考え込んでしまう。

 できるなら、村で待っていて欲しい。その方が安全だからだ。

 そんな健人の懸念を察してか、やや食いつき気味にソフィは言葉を重ねる。

 

「大丈夫です。私も昔とは違います。それなりに、強くなっていますから」

 

 まっすぐ見上げてくる義妹の視線には、絶対について行くという意志に満ちていた。

 健人としては、ウィンドヘルムの一画でボロボロになっていた頃を知るだけに、妹の成長は素直に嬉しい。

 しかし、危険な場所へ赴こうとすることには、どうしても忌避感を抱かずにはいられない。

 とはいえ、健人自身、かつて反対する姉を押し切ってドラゴン殺しの旅に同行した身。

ソフィの気持ちが分かるだけに、自分の一方的な意見を力づくで押し通す資格はない。

 だから、この三年でソフィがどんな力を身に着けたのかを見せてもらうことにした。

 

『分かった。だけど、少しでいい。力を見せてくれるか?』

 

「……はい」

 

 ソフィは小さく頷くと、おもむろに詠唱を始める。

 淀みなく諳んじられる祝詞。涼やかな、春の風を思わせる声色だった。

 そして、祝詞と共に、彼女の右手にマジカが収束。続いて弾けるような音と共に、紫紺色の弓が彼女の手に出現していた。

 

(召喚魔法?)

 

 魔力の弓。

 その名前の通り、魔力で練り上げた弓矢を手の中に生み出す魔法だ。

 召喚魔法としては精鋭レベルであるが、当然ながら、生み出した武具を扱えなくては意味がない。

 いったい、ソフィはどのくらい弓を使えるのだろうか。

 そんな健人の懸念を察してか、ソフィはおもむろに弓を構えると、少し離れた木に向かって続け様に矢を放ち始めた。

 標的になった木との距離は、三十メートルほど。

 一本、二本、三本、四本。一息のうちに放たれた四射は、木の幹の中心から十センチの中に、正確に命中。その精度に、健人は思わず感嘆の息を漏らす。

 近づいて確認してみると、矢尻は硬い木の皮を貫き、幹に深々と刺さっている。威力も十分あるようだった。

 

「私は女で、ウィンドヘルムでのこともあってか、どうしても非力です。ですので、このような技を磨いていました」

 

 それにしたって、精鋭クラスの魔法を使えるとは驚きだった。

 

「他にも、こんなことができます」

 

 ソフィは再度マジカを練り上げて詠唱し、召喚魔法を発動する。

 紫色の炎が燃え上がり、中から薄い光に包まれた一匹の狼が姿を現す。

 

『ウォオオオン!』

 

(オオカミを召喚する魔法か)

 

「はい。狩りの時は猟犬として手伝ってもらっていました。とてもいい子ですよ?」

 

 そう言って、ソフィは召喚されたオオカミの頭を撫でる。

 オオカミはそんなソフィの手を、満足そうな表情で受け入れていた。どうやら、関係も良好らしい。

 召喚魔法としてはこちらは見習いレベルだが、召喚されたオオカミの能力は現実の狼と遜色はない。

 ソフィが召喚したオオカミは体格もしっかりしていて、体長150センチはあるだろう。

 かなり大型であり、立派な成獣である。

 ベルクマンの法則によれば、寒冷地の生物は大型化する傾向にあるらしいから、もしかしたらこれよりも大きな狼もいるかもしれないが、少なくとも武器を持たない大人なら、噛み殺すことも可能だろう。

 なにより、召喚した動物を良い関係を作れているという事実が、彼女が持つ召喚の才能を示している。

 

「ソフィ、実は狩りにもよく出ているんだよ? 仕留めた得物は村人に分けたりしていたから、特に冬の間はとても感謝されていたんだ!」

 

『名前はあるの?』

 

「ウィルトゥスといいます。ウィルトゥス、兄さんに挨拶を」

 

 ソフィがそう言うと、ウィルトゥスは耳をピンと立て、トコトコと健人の前に歩み出てくる。

 健人が手を差し出すと、フンフンと匂いを嗅ぎ始めた。そして尻尾を腹に巻き、ぺたんと地面に付せる。

 服従の際に見せるポーズの一種。どうやら、ウィルトゥスは健人を自分より上位のものであると認めたらしい。

 

(なんとなく、見上げてくる目に怯えがあるように見えるのは気のせいだろうか……)

 

「可愛らしい子ですわね」

 

 しゃがみ込んだセラーナが、微笑みながらウィルトゥスの背中を撫でる。どうやら、このオオカミをかなり気に入っている様子だった

 一方、ウィルトゥスだが、心なしか耳がペタンと落ち、ケントを見上げる目に懇願が混じり始めた。

 美女と野獣。なんとなく絵になる光景なのに、致命的なすれ違いが起きているような気がする。

 

「そういえば、この子、屋敷では見ませんでしたわね」

 

「その、この子を出すとヴィーヘンがいじけるんです。なんか、母親を取られたと思うらしくて……あ!」

 

「ピュイピュイ!」

 

 言うが早いか、ウィンドスタッド邸の方から一羽の鷹が鳴き声を上げながら飛んできた。ヴィーヘンである。

 ヴィーヘンは何度か健人達の上空で旋回すると、地面に降り立ち、一直線にソフィめがけて突進。金切り声を上げながら喚き始める。

 

「ピュイ、ピュイピュイピュイ!!」

 

「ご、ごめんね! 寝てたみたいだから起こすのも悪いと思って……!」

 

 ヴィーヘンはソフィにひとしきり不満をぶつけると、今度は地面に伏せているウィルトゥスに飛び掛かる。

 ウィルトゥスはパッと飛びのき、ヴィーヘンの爪を回避。「ブフッ!」と呆れたような鼻声を鳴らす。それが癪に障ったのか、ヴィーヘンがさらに気色ばみ、両者の間に一触即発の空気が流れた。

 

「こ、こらヴィーヘン、やめなさい! ウィルトゥスも挑発しないの!」

 

(なるほど、仲は悪いというより、ヴィーヘンが一方的に嫉妬している感じか)

 

 慌てた様子でソフィが両者の間に割って入る。

 健人は仕方なく、後ろからヴィーヘンを抱き上げ、そのまま落ち着かせるように頭を撫でる。ヴィーヘンは健人の腕の中で羽をばたつかせるが、しばらくすると落ち着きを取り戻したのか、暴れなくなった。

 健人はヴィーヘンが大人しくなったことを確かめると、自分の肩に乗せる。

 ヴィーヘンは何度か健人とソフィの間で視線を行き来させていたが、やがて何かに満足したのか、「ピュイ!」と一鳴きして羽繕いを始めた。

 

「……なんか、今度は私がヴィーヘンを取られた気がします」

 

 そんなヴィーヘンの様子に、今度はソフィが頬を膨らませ始めた。

 一体どうしろというのか。内心肩を落としつつ、改めてソフィを見つめる。

 力は見せてもらった。今この場所だけではない。ウィンドスタッドに戻ってきたその時から、何度も何度も目の当たりにしてきた。

 百人を超える人を従え、村を維持し、発展させていく。並大抵の意志でできることではない。

 それとなく、ソフィの手を見る。無数の擦り傷とあかぎれが重なり、年不相応に硬くなった手。

 空白だった三年間。その全てを理解することなどできない。だけど、ソフィが積み重ねてきた血と汗、才能と努力の片鱗は、彼女の意思を痛いほど訴えてくる。

 その義妹の想いを真正面から受け止めつつ、健人は静かに黒板を掲げた。

 

『ソフィ、力は分かった。よろしく頼む』

 

「あ、はい! ありがとうございます、兄さん!」

 

 一瞬、呆けながらも、次の瞬間に見せてくれたのは満面の笑顔。

 そんな彼女の姿に、健人もまたこの家族を必ず守ろうと、己を正す。

 

『それにしてもすごいな、その歳で召喚魔法を使えるなんて』

 

「え、えへへへ……! ファリオンさんに無理言って教えてもらいました!」

 

 健人に認められたことで、少し前の不満などとっくに忘れた様子。

 さらに褒めると、テレテレはにかんだ笑みを見せた。この辺りは年相応の少女のままのようで、健人としてはほっこりする。

 同時に、モーサルに行ったら、ファリオンにもお礼を言っておこうと決めた。

 ファリオンとはモーサルの吸血鬼騒動の時からの知り合いだが、会うのも三年ぶりとなれば、色々と聞ける話もあるだろう。

 そんなことをしていると、村の方から誰かが駆け寄ってきた。

 

「ただいま帰りました、従士様」

 

 走ってきたのは、モーサルに使いを出していたヴァルディマーだった。

 彼は健人の前にくると、恭しく膝をつく。

 

『おかえり、ヴァルディマー』

 

「おかえりなさい、ヴァルディマーさん。それで、どうでした」

 

「従士様の手紙は渡しました。首長が直接話をしたいとのこと。セラーナ嬢とも会うそうです」

 

(よかった……)

 

 どうやら、イドグロッド首長は話を聞いてくれるらしい。

 話を先に通しておいた方がいいだろう。

 山賊退治は少しお預けだ。翌朝、モーサルへ向けて発つことを決めると、一行は準備を整えた後、休むことにする。

 

「えへへへ! お兄ちゃん……!」

 

 その夜、ソフィはいつも以上に健人にべったりで、寝るまで健人から離れなかった。

 そして健人達は翌日、セラーナの“半月の船”でモーサルへ向けて出発するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「実験は一応成功した。これで、次の段階に事を進められるだろう」

 

 ヴォルキハル城の最奥。聖堂の間で、ハルコンは静かに目の前の祭壇を見上げていた。

 深紅の血を吐き出す禍々しいモラグ・バルの神像。振り返った彼の前には、『嘆きの首輪』を付けられた元相談役の二人が後ろ手に縛られたまま、跪いている。

 二人の周囲には見張り役のガーゴイルが4体控えており、冷たい石の目で、ハルコンに叛意を咎められた罪人を見下ろしていた。

 

「ハルコン様、わた、私は……ぐぎゃあああ!」

 

 最初に口を開いたのはヴィンガルモ。

 何らかの弁明を述べようとしたのだろう。

 しかし、ヴィンガルモの内に潜む邪な心に反応した首輪が、彼が言い訳を口にする前に内側の棘を首に突き立てた。

 容赦なく与えられる激痛。火箸で頭を掻きまわされたような痛みに、ヴィンガルモは目をひんむいてのたうち回る。

 

「言い訳をする時は自分の心すら騙しきった上でするのだな。オースユルフ、お前も何か言いたいことはあるか?」

 

「い、いえ、なにも……」

 

 ハルコンの冷徹な目が、ヴィンガルモの隣にいるオースユルフへと向けられる。

 かつての政敵へのあまりの仕打ちに、オースユルフは顔を真っ青にしながら、下を向く。今更叛意など起きるはずもなかった。

 オースユルフが震えていると、隣から鼻を突く刺激臭が漂ってきた。どうやら、ヴィンガルモが漏らしたらしい。

 

「軟弱な。あのドラゴンボーンなら、この程度の痛み、耐えながら牙を向いてくるだろうに……」

 

 情けなく股を濡らすかつての相談役。そのあまりに無様な姿に、ハルコンはさらに落胆の声を漏らす。

 とはいえ、聖堂でこれ以上排泄物をまき散らされてはたまらない。

 ハルコンが指を鳴らすと、ヴィンガルモに苦痛を与えていた首輪が沈黙。

痛みから解放されたハイエルフの吸血鬼は息も絶え絶えといった様子で身を起こし、躾けられた犬のように平身低頭する。

 

「貴様らには、混乱を振りまく役を与える。まずは吸血鬼ハンターの根城を壊滅させろ。それから、小さな村や山賊から襲い、数を増やせ。このスカイリムを、不安と猜疑心という病で侵すのだ」

 

「は、はい……」

 

 以前、ハルコンは目障りな存在となりえるドーンガードを排除すべく、吸血鬼を送るよう命令しており。その中に二人を入れたのだ。

 ちなみに、以前送り込んだ吸血鬼達は軒並み撃退されていた。在野に隠れ住む吸血鬼程度に、イスランが負けるはずもない。

 しかし、拠点であるドーンガード城にはかなりの被害を与えられた。

 人海戦術による火攻めで、内部の施設の大半を焼き尽くせたのだ。

 

「では、連れて行け」

 

 オースユルフが首肯し、ヴィンガルモが震えながら頷くと、ハルコンは控えていたガーゴイルに命じ、二人を聖堂から追い出す。

 そして遠くにいる自身の『写し身』へと声を飛ばす。

 

「メリエルナ、ガラン、聞こえるか?」

 

『はい、聞こえております、我が君主よ』

 

 鈴の音を思わせる美声が聖堂に響く。メリエルナの声だった。

 

「聖餐の僧侶の捜索状況はどうだ?」

 

『シロディールと国境を接するファルクリースで情報を収集したところ、既に聖餐の僧侶はスカイリムに入っているようです。行先の詳細は不明ですが、北西へと向かったとのこと』

 

「分かった。引き続き足取りを追え」

 

『はい』

 

「それから、与えた“力”はどうだ?」

 

『なんとか使いこなせます。情報の収集にも役に立ったところ。感謝しております』

 

「そうか。お前には期待している。今はまだ戦力に乏しいかと思うが、頼むぞ」

 

『……はい』

 

 使い魔との通信を切ると、ハルコンは聖堂を後にし、城の西の一画へと向かう。

 簡素な部屋。その中に、棺が一つ置かれていた。

 棺の中は赤い水に満たされ、四肢を失った一人の女性が寝かされている。

 フーラ・ブラッドマウス。

 ヴォルキハルの最高戦力であるが、先のレッド・ウォーターの戦いの中で四肢を失う重症を負っていた。

 現在、彼女はヴォルキハル城で傷を癒している。

 使われているのは、レッド・ウォーターの泉で回収したブラッドストーンの聖杯だ。

 この遺物から絶え間なく流れ出す赤水は、吸血鬼の力を一時的に高めてくれる。

 精神的、肉体的に弱い者は副作用により自滅するが、フーラ程の吸血鬼なら、問題なく克服すると読んでの処置である。

 

(奴の血を使ったこともあるしな……)

 

 フーラの棺の中に入れられたブラッドストーンの聖杯を見つめながら、ハルコンは独り思う。

 再誕のドラゴンボーンの血は、間違いなく極めて異質な血であると。

 

(一定の処置を施した奴の血は、神、もしくはそれに類する力あるアーティファクトの力を劇的に高める。それこそ、オブリビオンやニルンの壁を切り裂いて、アービスの領域に届くほどの……)

 

 再誕のドラゴンボーンの血は、極めて特殊な代物だ。

 何の処置もしないままでは、本当に只の血でしかない。吸血鬼にとって極めて美味であり、ともすれば魅了されそうなほど芳醇ではあるが、それだけだ。

 ただ、特殊な処置。特定の神やエイドラの力で馴染ませると、途端に強烈な増幅材となる。

 その結果が、レッド・ウォーターの泉での現象だ。

 ハルコンの剣と泉の源泉。二つに“共鳴”した血は劇的なエネルギーへと変換され、一時的に虚無の領域へと繋がった。

 虚無、もしくはアービスの領域。

 ニアとパドメイがせめぎ合い、最初のエイドラ、アカトシュが生まれた場所だ。

 しかも生み出された力はそれだけでは収まらず結果、あの大爆発へとつながった。

 ちなみに、この処置を施すのには二週間ほどの時間が必要だった。この間、ハルコンはひたすらこの聖堂でモラグ・バルに祈りを捧げ、己の魔力とかの邪神の力を血に注いでいた。

 吸血鬼の王とデイドラロードの力ですら、これだけの時間がかかるのだ。小さな小瓶一つのみで。

 他の吸血鬼なら、いったいどれほどの時間がかかるか。おそらく、数年から数十年はかかるだろう。下手をすれば、数百年……。

 

「だが、分かったこともある。思った以上に、この世はまだ不安定なようだ。ならば、これもまた使いやすかろう」

 

 ハルコンは懐から、黒い球体を取り出す。

 それは光沢と帯び、デイドラの文字が刻まれた玉。不気味な青白いマジカを放つそれは、明らかにデイドラ由来の品だった。

 

「これを、我が配下、メリエルナのところへ持っていけ。彼女なら、上手く使うだろう」

 

 聖堂に控えていたガーゴイルに今しがた取り出した“印石”を渡す。

受け取ったガーゴイルはハルコンに恭しく頭を下げ、聖堂の窓から闇夜へ飛び去って行く。

 

「さて、私は私のするべきことをするとしよう」

 

 そう言うと、ハルコンは吸血鬼の王の姿に戻ると、魔力を隆起させ、門を開く。

 幻想的ではあるが、どこか邪悪な気配が漂うポータル。そこへ彼は迷いなく足を踏み入れる。

 やがて光が消えた時、聖堂には静寂だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 




 いかがだったでしょうか?
『面影』の能力をある程度区分しますと、スペックはリータ>>健人≧面影であり、『面影』は基本的な能力ではリータ達には及ばず、シャウトが使えない健人と同程度です。
 しかし、その膨大なスキルによってその差を補うことが可能。
 ちなみに、マジカを使うスキルはこの作品では魔法のカテゴリーとしています。
 その数は基本となるクラスライン、アクティブスキル、パッシブスキル、武器スキルの組み合わせ次第で非常に多彩。

 今回健人の相手をした『面影』のクラスラインは
・ナイトブレイドの「暗殺」
・ドラゴンナイトの「熾烈なる炎」
・テンプラーの「エドラの槍」
であり、武器は双剣と炎の杖。
 デバフと継続ダメージ、攻撃力、貫通力を重視したDPS重視のダメージビルドです。
以下、登場人物、用語説明

『面影』
 第二期に存在した、記されない英雄。名前も、種族も、顔も、性別すら全く不明。
 しかし、その影響は、確かにタムリエルの歴史の奥に刻み込まれている。
 本小説の中での二つ名は『千差百貌』
 その正体は、かつて蟲の王マニマルコの手により、モラグ・バルに捧げられた生贄の一人。魂なき者と呼ばれ、コールドハーバーで永遠の苦役を強いられていた存在。
 本来なら永遠にコールドハーバーに囚われ、その存在が消滅するまで永遠の苦痛を強いられるが、ある者達の協力により、コールドハーバーより脱出。
 その後、自身を縛り付けていた虫の王とモラグ・バルを打倒し、混迷期のタムリエルの中で様々な偉業を成した。
 彼最大の特徴は、「魂なき者」でありながら、コールドハーバーから帰還し、不死と化したこと。
 たとえ殺されても即座に復活することができる。
 第二期に存在した高度な魔法や多種多様な技、技術を使いこなすことができ、その在り方は正に鍛え切ったTESシリーズ主人公と呼べるもの。

 健人との戦闘で『面影』がつかった技は以下の通り。

・旋風切り……全身をひねり、周囲を薙ぎ払う二刀流のスキル。
・待ち伏せ……ナイトブレイドのスキル。相手を幻惑すると同時に高速で踏み込み、斬りつける。
・ノクシャスブレス……ドラゴンナイトのスキル。毒と炎の吐息により、相手を焼きつつ守りを腐食させる。
・穿刺攻撃……テンプラーのスキル。光の槍を生み出し、三連撃を繰り出すスキル。殺列する光が敵を焼き、同時に自身を癒す攻防一体のスキル。
・残火……ドラゴンナイトのスキル。炎の爪で相手を切り裂きつつ、相手の生命力を奪う。
・三日月薙ぎ払い……テンプラーのスキル。巨大化した光槍による薙ぎ払い。
・オーロラジャベリン……テンプラーのスキル。光の槍を投擲し、敵を吹き飛ばす。
・光る雨……テンプラーのスキル。光槍を上空へ投擲し、降り注ぐ光で敵を穿ち、焼き尽くす。

 無詠唱魔法(付呪式)
 その名前の通り、己の魂に術式を刻み込むことで、詠唱を破棄することが可能となる技術。ミラークやヴァーロックが使っていた無詠唱とは別物。
 しかし、一人に刻める術式には限りがあり、一度刻むと外すこともできないなど、かなりのデメリットがある。
 ちなみに、魂が特殊な『面影』にはこれは適用されず、自由に刻みなおすことができた。
 今回、『面影』はテンプラーのスキルとドラゴンナイトの『残火』を使用する際に使っている。
 第二期の魔法は第四期と比べて高度であり、付呪による無詠唱技術が存在していた。
 しかし、これらの技術は年月の経過と度重なる戦乱、魔術師ギルドの解体などが重なったことで、第四期では失われている。

 影の戦士(劣化版)
 健人が『面影』の技、“待ち伏せ”とエズバーンから受け取っていた『影の戦士』の書物から読み取った情報、自身が直接体験したデルフィンの『影の戦士』をもとに再現した技。
 視線誘導や目の錯覚の誘発、動作の緩急等、あらゆる技を使用し、自身を強制的にいない者と錯覚させる隠形の究極系。
 気配の消失と発散という、矛盾した技術すら要求されるため、その難易度は『面影』の『待ち伏せ』すら上回る。
 この小説の設定的には、この『待ち伏せ』を後々の戦士たちが昇華させた技が『影の戦士』である。
 健人もまだ完全に身に着けたわけではなく、『面影』に攻撃直前の気配を察知されている。

 ソフィの召喚魔法
 実は精鋭レベルの魔法を使用可能であり、年齢を考えれば間違いなく異常な高レベル。
 すべては兄の隣に立つため、モーサルのファリオンに無理やり弟子入りして学んだ。
 ちなみに、その際にお願いされた首長は嬉々としてソフィを応援。ファリオンを首長の館に呼びつけて二人っきりで直談判し、かの召喚術師を大いに困惑させた。


 ウィルトゥス
 ソフィが初めて召喚できたオオカミであり、本編のあとがきでちょこっとその存在が示唆されている。
 意味は「力」「美徳・道徳」「勇気・武勇」「内発性」
 彼女が召喚魔法を身に着けてから一貫して呼び出されており、彼女との絆は相当深い。
 そのため、ヴィーヘンからは一方的に嫉妬されている。
 性格は誇り高く、決して主を見捨てない気高い狼……なのだが、吸血鬼の力を持つセラーナは苦手としている様子。
 オオカミらしく上下関係ははっきりとしており、彼の中でのサカガミ家の順位は
 健人≧ソフィ>>>自分>ヴィーヘンである。


 印石
 オブリビオンやった人には説明不要の石。
 
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