【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第七話 暗雲の影と思わぬ再会

 幽玄の街、モーサル。

 湿地帯と霧に包まれたハーフィンガルの首都は、船から遠目に見る感じでは、三年経っても特に変わった様子は見受けられなかった。

 ただ、街の端にある桟橋に船をつけたところで、健人は妙な違和感を覚える。

 

(……帝国兵?)

 

 街の衛兵に紛れて、チラホラと帝国兵が歩いている様子が見受けられる。

 元々街の治安維持を担っていたのはモーサルの衛兵達だけだったはず。

 首を傾げつつも、健人は首長、イドグロッドが待つハイムーン広間へ向かう。

 首長の館は相も変わらず、街の中央西側に鎮座していた。

 門番をしている衛兵にソフィが話を通すと、あっけなく館に入ることを認められる。

 

(さて、それじゃあ行くか)

 

 セラーナと視線を交わし、小さく頷きながら、健人はハイムーン広間へと入る。

 すぐ目の前に広がるホール。その脇には衛兵が並び、健人の姿を確かめると、歓迎するように一斉に剣を抜いて掲げた。

 十数本の剣が天を突き、そのまま流れるように下に向けられ、左手に保持された盾の前で静止する。

 一糸乱れぬ、荘厳な敬礼。

 突然の光景に健人が目をぱちくりさせていると、人を喰ったようなしわがれた声がホールに響く。

 

「久しぶりだね、モーサルの英雄。いや、ニルンの英雄といった方がいいかな?」

 

 ホールの奥の玉座に座る、モーサルの領主。イドグロッド・レイブンクロークだった。

 

「元気そうで何よりだ。それで、どうだい? 君の功績を考えれば、正直みすぼらしいだろうが」

 

 ニンマリと悪童のような笑みを浮かべながら、首長は両手を広げ、ホールに並ぶ衛兵達を示す。健人が困惑することをわかっての台詞だろう。

 割と悪戯好きなこの老人。以前に健人がサルモール大使館で騒ぎを起こしてくれと頼んだ時も嬉々として道化を演じてくれた。

 そんな首長の変わらない様子に、健人も思わず苦笑を漏らす。

 首長の後ろに控えている護衛のゴルムと、執政であり夫のアスルフルも健人と同じように苦笑いしている。

 

『いえ、感謝しています。妹を含め、三年間、本当にありがとうございました』

 

「気にしないでくれ。前途有望な若者への当然の措置だ。さて、それじゃあさっそく、本題に入ろうか」

 

 ギシリと玉座に座り直しながら、イドグロッドは健人に話を促す。

 その目は既に先ほどの好々婆ではなく、一つのホールドを統治する王の覇気を漂わせている。

 その目に、健人はかつて従士の地位を受け取った時のことを思い出す。

 あの時はスカイリムでの地位や拠点、そしてリータの情報を収集するためだったが、その際もこの首長は同じ目をしていた。

 

(しかも、今回はセラーナのこともある。衛兵がこれだけ多いのも、当然と言えば当然か)

 

 もし、健人が信に足らなかった場合、この首長はこの場の衛兵達に即座にセラーナを殺すように命じるだろう。実際、衛兵は歓迎の為に抜いた剣をまだ納めていない。

 歓迎の意思を示しつつも、油断はしない。相も変わらず、食えない老人である。

 セラーナもイドグロッドの思惑を察しているのか、微動だにせずとも、静かに魔力を練り上げ始めていた。

 そんなセラーナに、健人は「信じてくれ」と目配せをする。

 彼女は一瞬戸惑いつつも、彼の意思を組むように、練り上げていた魔力を四散させる。

 二人の様子を見ていたイドグロッドはニンマリと笑みを浮かべると、玉座から立ち上がり健人に近づいていく。

 そして深い皺の刻まれた指で、健人の首に巻かれたマフラーをずらす。

 喉に張り付いた黒い瘡蓋と、首を一周する斑点。それを見てイドグロッドは一瞬眉を顰めるも、斑点に指を触れると、安堵したように息を吐いた。

 

「奇妙な跡はあるが、噛まれてはいないね。人間のままだ。で、彼女が件の吸血鬼のお姫様かい?」

 

 イドグロッドの目が、健人から後ろのセラーナに移る。

 一瞬、戸惑う様子を見せていた彼女だが、健人と視線で確認した後、フードを脱ぎ、ゆっくりと眼帯に手を伸ばした。

 

「ほう、これはこれは。類を見ないほどの美人じゃないか」

 

 眼帯が外されると、ホールのあちこちから感嘆の声が流れてくる。

 やはり、セラーナの美貌は相当なものらしい。

 一瞬呆ける周囲をよそに、セラーナはイドグロッドの目をまっすぐ見返しながら口を開く。

 

「私はセラーナ。ヴォルキハルの長、ハルコンの一人娘ですわ。父を止めるために、私達に協力して欲しいのです」

 

 淀みなく告げられる願い。

 イドグロッドは数秒の沈黙を挟み、健人を一瞥した後、セラーナに答えた。

 

「まあ、嘘は言っていないようだね」

 

「すぐに信じてくれますのね」

 

「相当な時間一緒にいたにもかかわらず、ケントが人間のままだからね。信じられないが、欲に任せて血を吸う輩ではないようだ。それに彼は強い。此処にいる者たちすべてを合わせても。それはアンタも同じだろう?」

 

 セラーナは第一紀から生きている吸血鬼だ。

 しかも、モラグ・バルに直接吸血鬼にされた真祖である。

 当然、その力は並大抵のものではない。

 

「力で如何様にもできるにもかかわらず、態々言葉を交わそうとする。その心意気を信じることにしただけさ」

 

 イドグロッドはそう言うと、背を向けて玉座に戻る。

 

「さて、手紙から大体のことは知らされている。吸血鬼クラン、ヴォルキハルの暗躍か。にわかには信じがたいが、こうして見たこともないほど強力な吸血鬼がいる。我らの英雄が言うことだ。間違いはないんだろう」

 

 相も変わらず、飄々としながらも果断なイドグロッド。

 そう言って彼女は、衛兵に目配せをする。

 すると、彼らは一斉に抜いていた剣を納めた。どうやら、もう完全にセラーナを害する気はないらしい。

 二人はホッと、安堵の息を漏らす。

 

「さて、結論から言おう。悪いが今回、私は表立って協力することは難しい」

 

 しかし、イドグロッドの答えは、思ったほど良いものではなかった。

 同時に、彼女の言葉に違和感を覚え、健人は眉を顰める。

 

「理由だが……ケント、今のモーサルに違和感を覚えなかったかい?」

 

『帝国兵が妙に多いこと、ですか?』

 

「ああ。最近活発になった山賊。それらの対応らしいが、実際のところはどうだか……。どうも彼らは、ストームクロークが山賊退治の名目で攻め入ってくると思っているらしい」

 

 山賊が多くなってきていることは、健人もソフィから聞いている。

 

『山賊の討滅は、以前もやったのでしょう? 今さらその程度で警戒するのは妙ですね』

 

「そうなんだがね。山賊は確かに厄介なのだが、まだハイヤルマーチの衛兵でどうにかできる程度だ。にもかかわらず、帝国軍は兵を送ってきた」

 

 基本的に、スカイリムでは各首長による自治権が強い。

 なので、帝国軍と言えど、いたずらに軍を派遣することは控えてきた。

 送られた帝国兵の数はそれほど多くないが、それでもこの三年の中では異例とのこと。

 

「それから、彼らはこの街に滞在しているタウリナス特使の兵じゃない。ソリチュードから来たリッケ特使の兵だ」

 

(リッケ? あの停戦会議の時にいた……)

 

 健人の脳裏に、ハイフロスガーで見たノルドの帝国兵の姿が思い浮かぶ。

 相当な実力者であると同時に、ストームクロークのリーダーであるウルフリックや、その右腕であるガルマル・ストーンフィストとは旧知の人物。

 そして、現在スカイリムに滞在する帝国軍の最高司令官、テュリウス将軍の副官だ。

 

「本来なら、帝国兵と言えど、勝手にモーサルの中に入れないのだが、彼女の兵となると話は別でね。中々難しいところさ」

 

 停戦条約の終了まであと2年。

 ドラゴンが全く姿を見せなくなったこともあり、スカイリムでは再び内戦の火種が育ち始めているようだった。

 

「まあ、それは今置いておこう。ヴォルキハルについては了解した。できる限り警戒するよう、ソリチュードや他のホールドに伝えておこう」

 

『お願いします』

 

「父は相当な野心家ですが、同時に狡猾です。ヴォルキハルは数こそ少ないですが、ほぼ全員が古から生きる吸血鬼。どうか、気を付けてください」

 

「分かった。忠告に感謝しよう。ケント達は、これからどうするんだい?」

 

『星霜の書を追います。ハルコンの野望の成就に必要なものですので』

 

「同時に、それを読める聖蚕の僧侶がスカイリムに来るとのこと。彼らは星霜の書を読める数少ない者達。当然、父の標的にもなっているでしょう」

 

「つまり、以前君の義姉を探したときと同じように、情報が欲しいわけだね。わかった。他にも情報を得られそうな伝手はあるかい?」

 

「エズバーンという老人が、盗賊ギルドを介して情報を送ってくれるそうですわ」

 

「ああ、アイツだね。あのブレイズの生き残りをウィンドスタッドに贈ったのは私だ。どうだい、役に立ったかい?」

 

『色々と貴重なものをいただきました』

 

「そうかい。そりゃよかった。さて、真面目話はここまで。今日はこの館に泊っていくといい。そちらのセラーナ嬢も、その方が色々と好都合だろう?」

 

 実際、セラーナが吸血鬼であることを隠すなら、宿屋より首長の館の方がいい。

 会える人を限定できるからだ。

 

『助かります』

 

「感謝いたしますわ」

 

 そこまで話したところで、イドグロッドは話を切るようにパン! と手を叩いた。

 同時に、不動のまま佇んでいた衛兵達の顔が、一気に緩む。

 いったいどうしたのだろうか? 

 健人とセラーナが首を傾げているなか、待ちきれないと言った様子だったイドグロッドが、突然大声を張り上げた。

 

「さあ皆、三年の月日を経て、モーサルの英雄が帰還したんだ。今日は宴だよ! ありったけの酒を持ってきな!」

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」

 

「久しぶりだ、モーサル中の酒を飲み干すぞ!」

 

「こんなこともなければ、寂れたこの街で宴なんてないからな!」

 

 ハイムーン広間を揺らすほどの叫び声が響き、思わず瞠目する健人とセラーナ。

 そんな二人をよそに、衛兵達は怒号を上げながらハイムーン広間を飛び出していく。首長の命令で、酒と料理を確保しに行ったのだろう。

 そのあまりの気合と勢いに茫然としている中、衛兵達の台詞に思わず変な思考が浮かぶ。

 

(もしかして、騒ぎたかっただけなのでは?)

 

「なんだか、出汁にされた気分ですわね」

 

「そう言いなさんな。君が帰ってきてくれたことは本当に嬉しいのさ。私もそうだし、街の人達もね」

 

 いつの間にか傍に来ていたイドグロッドが、健人の肩を叩きながらニンマリと笑みを浮かべる。

 

『あまり、滞在することはできませんでしたけどね』

 

「だけど、大きなものを残してくれた。モヴァルスにドラゴン。君が居なかったら、このモーサルは少なくとも二回は灰燼に帰していただろうからね。私達が勝手に歓迎するだけさ。受け取り拒否は認めないよ」

 

 ここまで言われたら、健人としても拒むことはできない。

 仕方ないというように苦笑を漏らしながら、小さく頷く。

 そんな健人の様子に満面の笑みを浮かべるイドグロッド。本人の不気味さも相まって、思わず腰が引けそうな笑顔だった。

 

「それから、ソフィ、お疲れ様。どうだい? 」

 

「ありがとうございます、なんとか、兄さんに認めてもらえました!」

 

「そりゃよかった! 私も応援したかいがあったってもんだよ」

 

『その節は本当にお世話になったようで……』

 

「本当にありがとうございました、イドグロッド首長」

 

「だから、止めな。アンタに借りがあるのはモーサルの方だし、ソフィはもう私の孫みたいなもんだ。公の場ならともかく、この場では今さらかしこまる必要はないよ」

 

『ところで、ソフィはどんなことをやっていたんです?』

 

「ん? まあ、それは酒の席で話そう。ああそうだ。そういえば、ケントとセラーナ嬢に会いたがっている人がいたよ。共通の友人らしいね」

 

(共通の友人?)

 

 健人とセラーナは互いに顔を見合わせ、首を傾げる。

 

「どなたですの?」

 

「やあやあ、久しぶりだね二人とも」

 

「……なんで貴方がいますの、クレティエン」

 

 リフトで別れたはずの全裸団長が何故かいた。当然、全裸で。

 

 

 

 

 クレティエン・キュリオ。

 帝国貴族であり、娼婦旅団『蒼の艶百合』の団長だ。

 最後に会ったのはリフトでドーンガードに襲われたセラーナを助けた時。

 その際にセラーナの身の上と、彼女を家族の元まで護衛して欲しいと頼まれた。

 吸血病にならず、セラーナに血を与えるための採血道具も、元々は彼女が用意してくれていたもの。

 健人にとってはかつての雇い主であり、恩人の一人。同時に、その芸術に対する欲求と性欲から、とんでもないトラブルメーカーでもあった。

 全裸団長はそのまま、見事なモデルウォークを見せつけながら健人達のところに歩み寄ってくる。

 真昼間っからすっぽんぽんとか、倫理観どうなっているんだと思う健人だが、生憎と相手は吸血鬼であるセラーナ相手にも欲情する変態である。

 周囲からの視線など、今更気にするはずもなかった。

 

「酷いなセラーナ! 友人との再会を前にして! 英雄クンは喜んでくれるだろう?」

 

(やかましい。ソフィの目に毒になる様なものを見せるんじゃない!)

 

 確かに美人だが、こうも慎みがないと呆れの感情しか湧かない。

 今さら考えたところで無駄だと割り切り、荒々しく外套を脱いでクレティエンに被せる。これ以上、この痴女の痴態を見ていたくなかった。

 

「わぷ! ふふ、随分と紳士的じゃないか。逞しい雄の香りがするよ。スンスン、スンスン……。これは、あれだな。夜のお誘いと考えていいな」

 

(きも! やっぱ返せ!)

 

「ああん!」

 

 健人が外套を取り返そうと引っ張ると、全裸団長はこれ見よがしに汚い悲鳴を上げる。

 本当に困った人だと健人が内心頭を抱えていると、後ろにいたソフィが、二人の間に割って入ってきた。

 

「キュリオ様、控えてください」

 

「おお、ソフィ嬢も久しぶりだね」

 

 兄(の貞操)を守るためなのか、ソフィの顔は真剣そのもの。

 一方のクレティエンは、これまた喜悦に満ちた表情をしている。

 ソフィは美少女だ。年齢的にはまだまだだが、既に将来性を十分感じさせるほど魅力的になっている。クレティエンのお目にかかっても無理はないだろう。

 だが健人が気になったのは、二人の間に流れる既知の空気。

 

『ソフィ、知っているのか?』

 

「いえ、兄さんが戻ってくる前にウィンドスタッド邸に来まして。ちょっと、その……」

 

「なに、ちょっと一日、ソフィ君のベッドを貸してくれないかと頼んだだけさ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、健人は変態団長を思いっきり睨みつけた。

 この女がソフィ程の美少女を前にして何もしないはずはない。

 驚きが一気に敵意へと変換され、クレティエンへと叩きつけられた。

 かつて、ソルスセイムで荒んでいた頃、ミラークやハルメアス・モラに向けてきた戦意にも匹敵する怒気。ハイムーン広間の中の気温が、一気に氷点下に落ちる。

 事の成り行きを見守っていた首長や衛兵達の顔も青ざめ、思わず距離を開けていた。

 

「だ、大丈夫です! なにもされませんでしたから!」

 

「……されそうにはなりましたのね?」

 

「ええ、まあ……あっ!」

 

(よし、殺そう)

 

 ソフィが「しまった!」という表情を浮かべるが、時すでに遅し。

 健人の怒気は殺意へと変わり、左手で外套を掴んだまま、右の手が腰のブレイズソードへと延びる。

 さすがに今の健人はやばいとクレティエンも悟ったのか、慌てた様子で言い訳を始めた。

 

「英雄クン、ちょ、ちょっと待ちたまえ! さすがに君に斬られたら死んでしまう!」

 

『黙れ、強姦魔の両刀ペド野郎』

 

「野郎じゃない! 私は絶世の美女だ! 悪意のある妄言の流布は止めたまえ。私は同意なしに事に及ぶような変態ではないぞ! それからソフィ君に手を出すのは、ペドというよりロリだろう!? 同意すればどちらでも全然OKだがな!」

 

(ペドとロリは否定しないのかよ!)

 

 というか、お前に言葉の使い方云々言われたくないわ!

 健人が心の中で怒号を上げる中、クレティエンの言い訳は続く。

 

「セラーナも君も押し倒さなかっただろう!? 本当に……ほんとう~~にヤリたかったけどな! 同意ができるなら、アルフィクやサクスリールの卵、ヒスト、スプリガンとだってできるぞ! スロードは……さすがに考え方が合わないが、気持ちよさそうではある!」

 

(自慢してんじゃねえ!)

 

 告白と露出がセットになった言い訳に、健人は慄く。

 人種はおろか、人かどうかですら問題ではないと言い切るクレティエン。

分かってはいたが、予想以上の守備範囲である。

 話を聞いていた周囲の誰かが「こいつ、デイドラの類じゃね?」と呟いていたが、仕方ないだろう。

 

「分かった! 私の体を一晩好きにしていい! だから君の妹に手を出そうとした件は水に流してくれないか!?」

 

『いらねえよ!』

 

「どうして!? 胸も尻も絶妙なバランスだろう!? 肌だって手入れは欠かしていない! 今ならセラーナもつけるから!」

 

「なんで私が一緒なんですか!?」

 

「あ、もしかして二人っきりがいいのかい!? 大丈夫、三人で楽しんだ後ならふたりっきりでしっぽりと……」

 

 これ以上汚い話は聞いてられんと、健人はキン! と鯉口を切る。

 

(とにかく、何度かぶっ叩いて静かにさせよう。獣はしつけが大事)

 

 もはやクレティエンを人間というカテゴリーから外した健人。

 しかし、彼が刀を抜く前に、呆れた声が冷え切ったハイムーン広間の中に響いた。

 

「なにしているのよ、クレティエン」

 

(あっ……)

 

 声がしてきた玄関の方に目を向けると、白い袖付きのワンピースを纏った美しい少女がため息を漏らしながら健人とクレティエンを眺めていた。

 以前、『蒼の艶百合』と行動していた時、一緒に働いていた少女。ルナ・フォアシールドだ。

 

「お久しぶりですね、ルナ」

 

「ええ、久しぶりね、セラーナ。それから……」

 

『元気そうだね。無事で良かった』

 

 久しぶりの再会に、健人は一旦クレティエンを解放。

 変わりない彼女の様子に笑みを浮かべつつ、白墨を黒板に走らせて掲げる。

 山賊団とストームクローク、そして吸血鬼の三つ巴の乱戦だったのだ。無事に再会できたことは、純粋に嬉しい。

 

「…………」

 

(あ、あれ? なんか怒ってる?)

 

 一方、ルナの方は何故かしかめっ面。

 思ったものとは違う反応に健人は首を傾げるも、彼女は避けるように視線を先ほど詰められていた全裸団長へ向ける。

 

「……クレティエン、そろそろ準備しないといけないんじゃないの?」

 

「お、そうだね! お仕事お仕事……」

 

「それから、コンスタンス・ミッシェルが怒っていたわよ」

 

「な~~に。大丈夫さ。首長や今日の宴の主賓に挨拶しに行ったと言えば、言い訳は十分……」

 

「いいえ、十分ではありませんわね。何をしていたのですか?」

 

「げえ!? コンスタンス・ミッシェル……!」

 

 健人たちの前に突然インペリアルの女性が現れ、額に青筋を立てながら、クレティエンを睨みつけ始める。

 以前、ダークライトタワーを拠点にしていた山賊に捕らえられていた女性で、ルナがかつていた孤児院で働いていた人物だ。

 どうやら、今はルナと共に『蒼の艶百合』で働いているらしい。

 

「本当、いい加減にして欲しいところです。町や村に入るたびに毎回毎回問題を起こして……! さすがに我慢の限界です……!」

 

「し、しかたない、じゃないか……。芸術には、犠牲はつきもの……!」

 

「貴方の場合は、崇高な大義に見せかけた欲望でしょうが。まだ幼い子供もいる前で、なんて破廉恥な……!」

 

 そのままクレティエンに手を伸ばすと、瞬く首根っこと足首を引っ掴み、仰向けにして肩に担ぐ。そしてエビように反ったクレティエンの背骨を、更に逸らし始めた。

 

「ぐぎぁああ!」

 

 ミシミシと背骨が鳴り、汚い濁声がハイムーン広間に響く。

 なんとなく、プロレス技のバックブリーカーように見えるが、インペリアルに伝わる体術か何かだろうか?

 その後、クレティエンは二十秒ほど締められ、すっかりのびてしまった。

 コンスタンス・ミッシェルは力を無くした団長を放り捨てると、改めて健人とセラーナに向き合い、胸に手を当てて静かに頭を下げた。

 

「失礼しました。お久しぶりですね」

 

『ええ。体の方は……』

 

「はい、もう大丈夫です。ルナ共々、大変お世話になりました。今は蒼の艶百合で、事務などをさせていただいています」

 

『ところで、どうしてここに“蒼の艶百合”が?』

 

「商売ですね。あの一件で大人がかなり減ってしまったこともありますし、色々な理由から、今この旅団は純粋な旅芸人の一団になりました。今回は首長が私達の芸を披露できる場が出来たということで、団長が挨拶に行く予定だったのですが……」

 

 コンスタンス・ミッシェルがチラリと脇に目をやる。

 先ほどのびていたクレティエンは、いつの間にかいなくなっていた。

 相当な逃げ足である。

 

「コンスタンス・ミッシェル。私は先に準備しているわ」

 

「……ええ、お願いしますね」

 

 ルナもまた、団長の奇行にため息をつきつつも、首長の家を出て行ってしまった。

 久しぶりに会ったから驚いているのか、もしくはまだ男性恐怖症の影響があるのだろう。仕方ないと、健人は苦笑を漏らす。

 

「ちょっと、どう話したらいいのか分からないだけです。大丈夫です。貴方が嫌いになったわけではありませんよ。むしろ浮ついているくらいです」

 

(は……?)

 

「さて、それでは私も準備に戻ります。彼女の演奏、期待していてくださいね」

 

 呆ける健人をよそに、コンスタンス・ミッシェルはふふふ! と意味深な笑みを浮かべると、再度静かに頭を下げ、ハイムーン広間を出て行ってしまう。

 

(……どういうこと?)

 

「本当、どうしようもない方ですわね」

 

「兄さん、またですか?」

 

 セラーナがため息を漏らし、ソフィが剣呑な気配を纏い始める。

 そんな三人を眺めながら、カシトと首長達は端の方でなにやら意味深な笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、面白くなってるじゃないか」

 

「でしょ? で、首長はどっちに賭けるの?」

 

「私は当然、ソフィだ。かわいい孫みたいなもんだからね」

 

「オイラは……セラーナ嬢かな? なんだかんだ、ケントも気になっているみたいだし」

 

 良く聞こえないが、妖しい雰囲気のカシトと首長一家一同。健人が怪訝な視線を向けると、なにやら急かすように腕をつき上げたり、抱きしめたりするような動作をしている。

 いったい何をしているのか。

 どうにも不穏な気配を感じ、健人が眉を顰めていると、半開きになっていたハイムーン広間の扉の隙間から、茶色い何かが飛び込んできた。

 バサバサとは音を立てながらハイムーン広間に入ってきたそれは、天井の梁に止まると、ケント達を見下ろしてくる。

 

「鷹だね。自分の巣だと勘違いしたのかい?」

 

 イドグロッド首長がしっしっ! と手を振るが、飛び込んできた鷹はじっと健人を見つめている。

 やがて、ぱっと止まっていた梁から飛び出すと、一直線に健人めがけて降りてきた。

 

(ちょ!)

 

 戸惑う健人をよそに、鷹は彼の肩に止まると自分の足を嘴でカリカリと搔き始めた。

 そこで、健人は鷹の足首に何かが巻かれているのに気づく。筒状の金具が取り付けられた足輪だ。

 金具の蓋を取り外すと、中から小さい長方形の紙片が出てくる。

 それを開き、健人は目を見開いた。

 

『すみません、宴には参加できなさそうです』

 

 紙片にはこう書かれていた。

 

『エズバーンからケント・サカガミへ。聖蚕の僧侶をハーフィンガルのドラゴンブリッジで見かけた。すぐに向かわれたし』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイムーン広間を出た私は、宿屋の近くにある『蒼の艶百合』のテント群へと向かっていた。歩みはいつしか早足へ、そして駆け足へと変わっている。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 熱い息が溢れる。

 驚きが止まらない。

 生きていた。そして、会うことができた。もう、会えないと思っていたのに。

 あの時、恐怖とトラウマで動けず、再び穢されそうになっていた私を助けてくれた人。何も言わず、何も伝えられずに去ってしまった人。

 どこにいるのか、今何をしているのか。クレティエンからセラーナを送り届けに行ったとは聞いていたけど、まさかこんな辺鄙な街で再会できるなんて……。

 同時に、先ほどの痴態が思い浮かぶ。

 笑いかけてくれたケントを、思いっきり睨んでしまった。そんなつもりなかったのに……!

 でも、驚きと緊張から、なにも言えなくなっちゃってた。

 

(どうしよう。まだ、お礼も言ってなかったのに……)

 

 山賊達の前で慰みものになりそうだったのを、彼は命がけで助けてくれた。

 ワザワザ助ける必要などなかったのに。

 今でも、鮮明に思い出すことができる。

 山賊の拠点。その広間で行われた蛮行。

 身がすくみ、足が震え、全身が凍り付くような恐怖。向けられる無遠慮で、ネバついた視線。トラウマの元凶達の、ムカデのような怖気が走る手の感触。過去に自分が犯した罪が向けてくる、処刑の刃。

 そして、その全てから守ってくれた、温かい手と背中。

 

「はふ……」

 

 思わず声が漏れ、体が熱を帯び始める。

 走ったことによる熱さではない。臍の下、お腹の奥から溢れ出す熱。

 

「あ、ルナ。帰ってきたんだ! ……どうかしたの?」

 

 演奏の準備をしていたヴェルナが、フルートを手に首を傾げた。

 まだ彼女は大っぴらに披露する機会は少ないが、最近は雑務だけでなく、旅団の芸にも積極的に加わっている。

 

「う、ううん。なんでも……」

 

「嘘、何かあったんでしょ」

 

 体が火照っているからか、どうしても声が震えてしまう。

 そんな私の様子を、ヴェルナは目ざとく見抜いてきた。

 どうも、私はこの友人に隠し事をするのが苦手だ。元々、向いていないとも言われているが。

 話すのはとても気恥ずかしい。だけど、この“気持ち”を、共有して欲しいという思いもあった。そんなこともあり、私はハイムーン広間での出来事を、滔々と話し始める。

 

「その……。ケントに会った。セラーナとも」

 

「ウソ! ほんとに!?」

 

 ヴェルナの顔が、一気に綻んだ。

 彼女も、あの山賊の拠点で健人とセラーナに助けられているし、私と同じように、心配もしていた。

 というか、今『蒼の艶百合』にいる人たち全員がそうだ。

 あの危機的状況で生き残れたのは、二人が行動してくれたから。それは、私達の共通認識でもある。

 

「う、うん」

 

「よかったじゃない! ずっと気になってたんでしょ?」

 

「ま、まあ、ね……」

 

 満面の笑みで抱きついてくるヴェルナに、私も思わず顔が綻んでしまう。

 多分、言葉で気持ちを表すことが苦手な私を気づかってくれている部分もあるのだろう。こうしたさりげなく、自然な気遣いができる彼女は、ひそかに私の憧れだったりする。

 まあ、それは旅団の他の皆にも言えるんだけど……。

 とはいえ、先ほどの自分の態度を思い出してしまうと、再び気持ちが沈んでしまう。

 

「でもその……」

 

「うん? どうかした?」

 

「会えると思ってなかったから、ちょっと頭が真っ白になっちゃって……その……」

 

「なに、また変なことケントに言ったの?」

 

「い、言ってないわよ!」

 

 ただ、思わず睨んじゃっただけ! 

 それを聞いたヴェルナは、これ以上ないほど呆れ顔を浮かべた。

 

「なにやってんのよ……」

 

 仕方ないじゃない! だって、だって、何も言わずにいなくなっちゃったんだよ!?

 せめて一言、無事だって自分の口から伝えてくれてれば……。

 

「仕方ないじゃない。あんな酷い状況だったんだから。それに、何か理由があるみたいだったし」

 

「それは、分かるけど……」

 

 私も子供じゃない。

 いや、年齢的には微妙だけど、色々あったから、世の中のことは多少理解している。

 セラーナもケントも、特別な人間だ。私のような、孤児とは違う。

 それに、二人にはなんとなく繋がりある。絆というか、縁というか。そう言う類のもの。

 それは、健人の後ろにいる少女からも感じ取れた。

 ソフィ・サカガミ。ケントの義理の妹で、ウィンドスタッドの領主代理らしい。

 そして、私を同じ孤児だったと。

 私と同じ13歳だけど、同い年とは思えないほどしっかりした気概を感じる人で、生命力にあふれる、魅力的な少女だった。

 彼女達にはあって、私にはない。その事実が、胸の奥でグルグルと渦を巻く。

 

「準備は進んでいますか?」

 

 戻ってきたコンスタンス・ミッシェルが話しかけてくる。

 あの後のケントの様子が気になって、私は食いつき気味にコンスタンス・ミッシェルに詰め寄ってしまう。

 

「コンスタンス・ミッシェル……あ、あの!」

 

「彼なら大丈夫ですよ。少し困惑していましたが、別に悪く思っているわけではないようです」

 

「そ、そう……。よかった……」

 

 とりあえず、ほっと安堵の息が漏れる。でも、それで胸の奥の疼きは治まらない。

 ケントのことは、モーサルに来てから色々と聞く事が出来た。

 吸血鬼を退治した英雄、強大なドラゴンを退け続けた勇者。そして、もう一人のドラゴンボーン。

 そんな偉大な人だとは思わなかった。

 先ほど感じていた疎外感が強まり、私は思わず、ケントがいるハイムーン広間に目を向ける。

 そんな中、コンスタンス・ミッシェルが静かに口を開く。

 

「ルナ、今日の演目、最後は貴方だそうです」

 

「え?」

 

 蒼の艶百合では、最も優れた演者が最後を飾る。

 かつてはメリエルナ達がしていたが、彼女達がいなくなってからはクレティエンが暫定的に行っていた。

 それを、どうして今……。

 私は思わず、団長が居るテントに目を向ける。

 入口の隙間からこちらを覗いていたクレティエンが、これまた鼻につく笑顔を浮かべながら親指を立てていた。

 してやられた。

 でも、同時に何とも言えない嬉しさがこみ上げる。

 そんな私の様子に、コンスタンス・ミッシェルもまた苦笑を浮かべていた。

 

「頑張りなさい」

 

「は、はい!」

 

 その一言だけを伝えると、彼女もまた準備へと戻っていく。

 彼の前で、演奏できる。その事実が、ゆっくりと胸に染み渡っていく。

 言葉にすることは苦手だ。男の人はもっとダメ。でも、彼になら……。

 両手を顔に当て、大きく深呼吸。

 

「……よし!」

 

 気合を入れ直し、私は愛用のリュートを手に取った。弦の一つ一つを丹念に確認し、調律していく。

 せめてのお礼に、今の私にできる最高の演奏を贈ろう。

 演奏する曲は決めている。彼がドラゴンボーンであると知った時から、考えていた曲だ。

 本来勇ましく、力強い歌であるが、穏やかな彼にはちょっと似合わない。

 だから、合うように私がアレンジした。

 調律が終わると、その曲の一音一音、一句一句を確かめていく。

 再会できた喜びと助けてくれたことへの感謝、そして、ほんの少しのごめんなさいを加えながら。

 そうしていると、頭の中で彼の前で演奏している自分の姿が浮かんできた。

 翼を得て空を飛ぶような興奮がこみ上げ、自然と頬が緩む。

 ああ、やっぱり、私は……。

 己の想いを自覚し、それを伝える時を夢見る。

 もしかしたら、今日気づいてくれるかもしれない。そんな淡い期待すらこみ上げてくる。

 だが……。

 

「すまないね、宴は延期になっちまったよ」

 

「え~~~~~~~~~!」

 

 肝心の健人がドラゴンブリッジに向かったことで宴がおじゃんになり、私は打ちひしがれるのだった。

 

 




ということで、いかがだったでしょうか?
三年を経て、何やら不穏な空気のモーサル。
一方、健人達はクレティエン達と再会しました。
彼女がモーサルにいる理由に関しては……まあ、皆さん予想がついていますよね?
以下、登場人物紹介

・イドグロット首長
 ハイヤルマーチホールドの首長。健人に一目置き、今回も可能な限り協力することを約束している。
 ちなみに、健人の嫁レースではソフィ推し。

・クレティエン・キュリオ
 ドーンガード編前日譚で大暴れした性欲魔人。攻めも受けもでき、芸術と性欲のためなら相手の種族は問わないほどの好色家。
 旅団・蒼の艶百合の団長。
 健人と再会する前にあらかじめウィンドスタッドを訪れており、その際ソフィに一夜を共にしないかと誘いをかけている。その後、コンスタンス・ミッシェルに〆られた。
 ちなみに、彼女はディベラの加護を受けているので、性病にはかからない。他の相手の性病を移すこともない、完全に安全なビッチである。

・ルナ・フォアシールド
 ドーンガード編前日譚に登場していた13歳の少女。
 芸術方面、特に歌や演奏などの音楽に関しては、誰もが認める才能を持っている。
 色々あって、健人に対して淡い思いを抱いているが、本人を前にすると素直になれない。詳細は前日譚にて。
 代わりに、健人のために歌を作っていたりする。そこ、愛人系ヒロインとか言わない。

・コンスタンス・ミッシェル
 かつてリフトにあったオナーホール孤児院で働いていたインペリアル。
 孤児院存続のための融資を集めている最中に山賊に攫われ、慰み者にされていたが、健人の手で助けられた。
 以降、蒼の艶百合で事務や雑務の統括として働いている。
 団長のクレティエンには感謝しているが、その奔放すぎる性格には苦労している。
 団長が貴族ということもあり、最初は言葉で止めようとしていたが、口であの淫乱魔人が止まるはずもなく、やむを得ず実力行使に踏み切るようになった。
 それでもお咎めなしなのは、クレティエンの人柄ゆえであり、コンスタンス・ミッシェルもその点は理解している。(でも、手加減はしない。
 最近はパンクラティオンに似た体術を体得中。元々は女だけの旅団とそこにいる少女たちを守るためだったが、もっぱら言うこと聞かない団長に使われている。

・ヴェルナ
 ルナの友人で、蒼の艶百合の団員。
 最近、旅団が披露する劇や芸に参加するようになった。

 
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