【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
薄暗い洞窟の中を、所々に生えている光るキノコの僅かな明かりを頼りに、静かに降りていく。
ピチョン、ピチョンと滴り落ちる地下水の滴。反響する音が、只でさえ暗さで曖昧な感覚をより惑わせる。
だが、健人としては慣れたもの。
この世界に来てから、洞窟や遺跡の中に散々潜ってきているのだ。その場の環境に合わせて自分の感覚を調整する術は、とっくに習得している。
一方でソフィは慣れない様子。
健人達と歩調を合わせてついて来ているものの、やや緊張している気配が感じ取れた。
(この辺りは、まだ経験不足か……)
三年間、ソフィはかなりの修練を積んだものの、それでもウィンドスタッド村の統治にかなり時間を取られていた。
もし何かあったら、フォローする必要があるだろう。
ちなみに、カシトとセラーナは何の問題もない。
カシトは元々夜目の利くカジート。吸血鬼であるセラーナにとっても、暗闇はないようなものだ。
「この洞窟、妙ですわね。奥から不思議なマジカが漂ってきています」
「そうなの?」
「私も感じます。肌寒さ、というんでしょうか……。兄さんはどうですか?」
ソフィに言葉に、健人も奥の暗闇に意識を向ける。
拭いてくる風に交じる奇妙な感覚に、健人もまた小さく頷く。
(なんとなく、レッド・ウォーターの泉で感じた魔力に似ている。あそこよりも、だいぶ弱いけど……)
この地も、何らかの力の源泉があるのかもしれない。
そんな場所に、聖蚕の僧侶を攫ってきたメリエルナ達。ろくでもないことを企んでいるのは事実だろう。
健人達が洞窟を進んでいくと、両側の壁が開け、圧迫感が一気に消えた。広い空間へ出たのだ。
半球状の地下空洞。高さは少なくとも、数十メートルはあるだろう。
底部には川が流れ、対面には崩れた砦のような遺跡がある。
そして、砦のような遺跡の屋上。その中央には、緑に輝く光の渦が、まるで柱のように立ち昇っていた。
「あれ、遺跡かな?」
「それなりに古いものですわね。少なくとも、数百年は前かと。どのような遺跡なのかは分かりませんが。それより気になるのは、あの光の渦ですわね。地下道を降りていた時に流れてきたマジカと同じものを感じますわ……」
「誰か、あの光の渦の傍にいます」
光柱の傍には、複数の人影が見えた。緑光に照らされるその人影たちを、目を凝らして確かめる。
「メリエルナ。それにガランもいますわね。他の吸血鬼達も」
数としては五人程。元同僚のメリエルナ、レキナラ。ハルコンの執事のガラン。それからおそらく配下であろう吸血鬼が二人。
健人はその光景に違和感を覚える。
(レキナラさんが、いない?)
「ねえ、誰か光の渦の傍にいるよ」
メリエルナの傍に、いつもいるレッドガードの女性の姿はない。
健人が首をかしげる中、カシトが光柱の奥。ちょうどメリエルナと向かい合い、光の渦に隠れる形で佇む誰かがいることに気づいた。
すぐさま、目を凝らして確認する。渦の巻く緑光に紛れているが、白に近い亜麻色のローブが見えた。
おそらく、あれが攫われた聖蚕の僧侶、デキソン・エヴィカスだろう。
問題は、どうやってあの場所まで行き、聖蚕の僧侶を救出するかだ。
(俺達がいる場所からたどり着くには、坂道を降りて川を渡らないといけない)
おまけに、その道は一本道。さらに、道中あちこちに小さな異形の影がある。
襲撃現場にもいたスキャンプだ。指揮をしている吸血鬼の姿もある。必然として、正面から行けば必ず見つかるだろう。
しかし、他に道もない。
「正面突破する?」
(できなくはない……と思うが)
カシトの提案に、健人は顎に手を当てて考え込む。
聖蚕の僧侶を無事に救出するには、速度が最も重要だ。
侵入がバレれば、最悪聖蚕の僧侶を連れて逃げられる可能性もある。
それに、相手がデイドラを召喚しているとなると、援軍を呼ばれる可能性が高い。
「……一つ、提案がありますわ」
どう囚われている聖蚕の僧侶に近づくか健人達が苦慮している中、セラーナが口を開く。
「私が、正面から行きます」
その一言に、健人は一瞬目を見開き、そしてすぐさま理解した。
彼女は、自分を囮として使うつもりなのだ。
セラーナはハルコンの娘だ。ハルコンも、彼女に対してだけは情をかけている。
配下である吸血鬼達が無視できるはずもない。
同時に彼女にかなりのリスクを背負わせることにもなる。無理やり連れ戻される可能性だってあった。
だが、確かに有効な手だ。彼女が姿を現せば、吸血鬼達の注目は間違いなく彼女に集中し、潜入できる隙も生まれるだろう。
『俺も行こう』
「兄さん!?」
間髪入れず、健人は同行することを申し出た。
ソフィが切羽詰まった声を上げる。
「ちょっとちょっと! アイツら、健人の魂も狙ってるんでしょ!?」
『だからだ。俺もハルコンの標的。獲物が二人そろって姿を現せば、あいつらの注目は絶対にこちらに向く』
健人としては、ここでセラーナ独りに行かせるという選択はない。
セラーナが姿を現せば、吸血鬼達は当然、健人が近くにいることも想像するだろう。
実際、彼女がヴォルキハルを出るきっかけになったのが健人なのだ。彼が同行しない限り、吸血鬼達の注意を全て集めることは難しい。
「でも、すぐに襲われるかもしれないじゃないですか!?」
『その時は抵抗しまくるから、よろしく頼むよ』
当然、即座に殺しに来る可能性も零ではないが、この辺りは吸血鬼たちの反応を見るしかない。
健人としては、無力化してくるか即殺してくるかは、五分五分くらいと考えている。
多少確率は変わるだろうが、今さらだ。その場合は、正面突破するだけである。
「兄さん!」
ソフィがこれ以ないほど厳しい表情で健人に詰め寄る。その表情には、不安と不満がありありと浮かんでいた。
健人としては心配してくれるのは嬉しいが、もう決断してしまっていた。
仕方なく、健人は誤魔化すように彼女の頭を撫でる。
「わぷ! ちょ、もう……!」
恥ずかしさから抵抗するソフィだが、健人が構わず撫で続ける。
ころん、ころん、ころんころん。達磨が転がるように何度もユラユラと揺らされているうちにソフィも諦めたのか、されるがまま。
頬をぷくりと膨らませつつも、嬉しそうに瞳だけは潤ませるという器用なことしている。
そんな兄妹に、セラーナは思わずため息を漏らした。
カシトも健人の内面をよく知る故に、肩をすくめて呆れ顔を浮かべるのみ。
「まあ、しょうがないよね。確かに、それが一番確実そうだし」
「カシトさんまで……」
「仕方ないよ、これがケントなんだから」
孤立無援になったソフィの目には、未だに不満と不安が浮かんでいる。
「まあ、簡単に手を出させるなんてこと、させませんわ。いざという時はなんとかいたします」
「本当ならいいんですけど……」
セラーナとソフィの視線が交わり、ぱちりと火花が散る。
突如として重みを増した空気に、男性陣は思わず一歩距離を取った。
その時、洞窟内を明るく照らしていた光が消え去る。
はっと我に返った健人達がよくよく見ると、遺跡の屋上で輝いていた光の渦が消えていた。
「ん? なんか起きた?」
「分かりません。ですが、碌なことではないでしょう」
メリエルナ達が聖蚕の僧侶に何をしているのかは不明だが、もうあまり時間は無いだろう。選択の余地なく、即座に行動を開始する必要があった。
『ソフィ、これを』
健人は後ろの腰に手を伸ばすと、手に掴んだそれをソフィに手渡す。
それは、エズバーンから貰ったグラップリングボウだった。
『何かの役に立つかもしれない。持っていてくれ』
「は、はい」
『それじゃ、行ってくる。援護、頼む』
「任せといて!」
「兄さん、お気をつけて……」
カシトは相も変わらず軽い調子で、ソフィの方も不満は一旦飲み込んでくれている。
二人の気遣いに感謝しつつ、ケントとセラーナはおもむろに立ち上がって、坂を下りていった。
並んで坂を降りる中、セラーナは隣を歩く健人をちらりと覗き見ながら、おもむろに口を開く。
「……ありがとうございます」
「?」
「一緒に行くと言ってくださって。嬉しかったですわ」
『今さらだろ』
掲げられた黒板、書かれた簡素な言葉。でもそれだけで、凍り付いた心臓に熱がこもる。
数千年間、ついぞ感じることのなかった熱。誰かが隣にいる温かさ。
たとえ限りある間だけだとしても、共に並んでくれる人がいるだけで、これほど不安が消えるのか。
(この方と一緒にいて思う。多分、貴方が居なければ、私は父に逆らおうとは思わなかったでしょうね……)
でも、他の人が隣にいたらどうだっただろうか。
父に逆らい、同胞に刃を向ける。そんなこと、出来たのだろうか?
セラーナは、心の中で首を振る。
無理だっただろう。千年を超える諦観と孤独は、それほど大きい。
隣を歩く健人に気づかれないよう、セラーナは横目で覗き見る。彼の目はまっすぐ、前だけを見据えていた。
不安もためらいもない、静かな瞳。ひしひしと伝わってくる信頼の熱。こんな場所にもかかわらず、かすかに喉の渇きを覚える。
その信頼が嬉しく、同時にどうしようもないほど不安を掻き立てる。
彼から向けられる信頼が、温もりが、優しさが、明るさが、セラーナ自身にこびり付いた汚れと醜い本質を浮き立たせるから。
『どうかした?』
覗き見ていたことに気づかれ、彼の瞳が、自身に向けられる。
それだけで、渇きが一気に増す。
同時に、ありもしない希望が脳裏をよぎる。
「……いえ、なんでもありませんわ」
願ってしまう、期待してしまう。
それを振り切るよう努めて声を押さえながら首を振り、伝わってくる怪訝な気配に曖昧な笑みを返す。
これからも、一緒に……。
おそらく、口に出すことはできないだろう、その言葉を飲み込みながら。
「ギャギャ……!」
スキャンプたちの唸り声が聞こえてきた。見つかったようだ。
前方から感じ取れる視線の数が一気に増え、針で刺されるようなものに変わる。
「では、参りましょう」
セラーナは意識を切り替え、吸血鬼の姫としての己を前面に出す。
同時に、地下に満ちる空気よりも冷たい気配が漂い始めた。
そうして健人達が坂を下りていくと、案の定、見張りをしていたスキャンプたちが騒ぎ始めた。
「ギャギャ!」
「侵入者か。こんな時にこんな場所に来た不幸を呪え……」
スキャンプ達の騒ぎを聞きつけた吸血鬼達もまた、近づいてくる健人達に気づき、その手に魔力を帯びさせ始める。
「私相手に、いきなり無礼極まりないですわね」
「セ、セラーナ様……」
傲慢に、不遜に、セラーナは己の姿を確かめて驚くハルコンの部下を睨みつけた。
それだけで、吸血鬼は狼狽したように視線を彷徨わせる。
なるほど、父にとって、私はまだ“ちゃんと利用価値のある”存在のようだ。セラーナは内心冷たく微笑むと、できるだけ尊大な態度で、無表情に見下ろす。
「城で犬の世話役をしていたロダンですわね。上にいる聖蚕の僧侶と、最近できた父の腹心に用があります。下がりなさい」
「私に貴方様を傷つけることはできません。しかし、その人間は別です。即座に殺せと……」
「これは私のもの。父の命とて、手を出すことは許しません」
隣の健人に対する込みあげる申し訳なさと、ほんの少しの優越感。それを押し込めつつ、彼を自分のものだと強調する。
同時に、ロダンを威嚇するように、全身から魔力を滲ませる。
セラーナは吸血鬼の姫、ハルコンに次ぐ存在だ。
当然、その魔力は古の吸血鬼と比しても規格外。マジカは静かに渦を巻き、それだけに彼女の足元を凍らせる。
脳裏に浮かぶのは、ヴォルキハル城での己の失態。
あの時、もしセラーナが全力で抵抗していたら、彼にいらぬ呪いを背負わせることはなかったかもしれない。
今更、意味のない仮定。だが、消すことのできない汚点だった。
“たとえ昔からヴォルキハルに仕え、知る者であっても害することを厭わない”
そんなセラーナの強硬な意思を前に、部下の吸血鬼の顔は青ざめ、スキャンプ達も一斉に身を縮こませた。
『これはこれは、よくこの場所を見つけましたわね。お久しぶりです、セラーナ様』
「メリエルナ……」
洞窟内に、二人が知る声が響く。
鈴のように軽やかでありながら、氷のような冷たさを含む声。
『ハルコン様のご息女の願いとなれば、私に断ることはできませんわ。どうぞ、いらしてくださいな』
しらじらしい。
セラーナは健人と共に遺跡への道を進んでいく。
道中にはスキャンプのほかにも、腕に翼を生やしたデイドラや、蜘蛛のようなデイドラ。更には、デイドラの中でも特に有名で厄介なドレモラの姿もあった。
黒い肌に赤の戦化粧を思わせるライン。刺々しい漆黒の鎧をまとうそれは、人と二足歩行をしながらも、明らかにニルンに住む定命の者達とは違う気配を纏っている。
ドレモラ。
デイドラが住むオブリビオンの中でも、特に魔法や武術に長けた種族。
定命の者達とは違い、寿命も極めて長く、死んでも蘇るという、明らかに上位の特性を持つ種族だ。
(見たところ、チャールか、ケイテフ程度ですが……厄介ですわね)
ニヤニヤと蔑んだ目で眺めてくる彼らを横目で確認しながら、セラーナは思考を巡らせる。
混沌をそのまま吐いてぶちまけたようなオブリビオンであるが、実は種族によってはそれなりの社会体制が確立されている場合もある。
ドレモラはその典型であり、彼らはデイドラロードを頂点とした完全な実力主義の縦社会を構築している。
ドレモラ・チャール、ドレモラ・ケイテフはその中では最も下位の戦士階級である。
しかし、例え下位だと言っても、それはドレモラ社会の中でのこと。
彼らがそもそも持つ自力は、総じて定命の者とは比較にならない。
また、その能力に比例してプライドが高く、自分よりも下位と判断した者に対して容赦がない。
当然の事ながら、基本的に人間よりも優れた能力を持つドレモラを始めとしたデイドラは、人間などのニルンで生きる者達を見下している。
デイドラが自分を召喚した召喚士を怒りのまま即殺したというのは、よく聞く話だ。
そんなドレモラ達がまかりなりにも従っているということも、セラーナが警戒する要因でもあった。
(彼の方は……)
セラーナは再び、隣にいる健人の様子を覗き見る。
彼はドレモラから向けられる無遠慮かつ挑発的な視線に対して、ほとんど無視していた。
時折混じる殺気に対しても、平然と受け流し、気にも留めない。
むしろ、メリエルナがいる遺跡の屋上に意識を向けていた。
そんな彼の反応に、何人かのドレモラが顔を歪めて自身の得物に手を伸ばすが、それ以上は何もできず、最終的に唾を吐く、ということが何度か繰り返される。
(召喚した術者に縛られているせいですわね。彼もそれを理解している……。)
健人が警戒している理由を察し、セラーナもまた意識を切り替える。
デイドラを召喚したのは、ガランか、メリエルナか、どちらかであろう。
もしメリエルナだった場合、彼女はまた新たな力を手にしたことになる。
まだ真祖である自分には及ばないだろうが、ともすればヴォルキハルの古い吸血鬼達に比肩する力を得ている可能性があった。
(少なくとも、先のレッド・ウォーターの泉の時よりも、確実に強くなっているでしょうね……)
そうこうしている間に、セラーナと健人は遺跡の中を通され、屋上へと案内されるのだった。
砦のような遺跡の屋上に連れてこられた二人の目にまず飛び込んできたのは、奇妙な円陣だった。
中央には薄緑色の縞模様が施された大石が鎮座し、薄光を抱いている。
その円陣の前に、三人の人物がいた。
ハルコンの執事であるガラン、聖蚕の僧侶と思われる老人。そして、煌びやかなドレスを纏ったメリエルナである。そして、メリエルナの手には、セラーナが奪われた星霜の書があった。
健人達が来たことに気づくと、メリエルナは手に持った星霜の書をガランに渡し、妖艶な笑みを浮かべながら纏ったドレスの端を掴み、恭しく頭を下げてくる。
「ようこそいらっしゃいました、お嬢様。そしてケント様」
礼儀正しくも挑発的な声色に、眉を細めつつ、健人は周囲を窺う。
屋上に見える影は、全部で十。
吸血鬼はメリエルナとガラン、そしてロダンの二人だけで、他はドレモラが三体、他がすべて下位のデイドラである。
その者達の中に、既知のレッドガードの女性の姿はない。
(やっぱり、レキナラさんの姿はない。いったいどこに……)
彼女はメリエルナの恋人であり、常に彼女の傍にいた。
気配を探るが、周囲にデイドラ以外の気配は感じない。
(気にはなる……が、今は星霜の書を取り戻して、聖蚕の僧侶を助け出さないと)
メリエルナの後ろに控える聖蚕の僧侶には、特に反応がない。
まるで夢遊病患者のように、虚空を見上げている。
(聖蚕の僧侶は……遅かったか……)
「本日は、この書を取り返しに来ましたの? それとも、この老人を助けに来たのですか? どちらにしろ、少し遅かったですわね」
「お仕え出来て光栄です、ご主人様」
「聖蚕の僧侶を魅了しましたのね」
「ええ。聖蚕の僧侶は定命の者達の中でもかなり抵抗力を持っています。しかし、今の私なら、この通りですわ」
メリエルナの隣で跪き、心酔した様子で見上げる聖蚕の僧侶。
この様子では、既に星霜の書も解読されただろう。
健人が内心焦りを押し殺している中、セラーナの姿を見たガランが一歩前に出る。
「お嬢様。ハルコン様が探しておられます。どうか、人間などという愚かな者達のところから去り、城へお戻りください」
「父が進む道には、破滅しかありません。無用な争いを生み、同時に流さなくてもよい血を流す。それは、王の道ではありませんわ」
懇願してくるガランの言を、セラーナは真っ二つに切って捨てる。
そんな彼女の言葉に、メリエルナは鼻を鳴らした。
「ガラン様、無駄ですわよ。お嬢様は隣の定命の者に、心を乱されておられるのですから。彼を殺さない限り、お嬢様の目は覚めませんわ」
「させるとお思いですか? 私の恩人であり、心の拠り所を……」
怒りを漂わせた言葉と共に、セラーナの体からマジカが噴き出す。
紫光が漂うにつれ、冷たい洞窟の中の気温がさらに下がり、屋上一面に霜が降り始める。先ほどロダンを威嚇していた時よりも、明らかに強い力。
先のレッド・ウォーターの隠れ家では健人に掛けられた「嘆きの首輪」を解除するため、ほとんどの魔力を使い切っていた彼女だが、その力は真祖として相応しいもの。
ただ垂れ流すだけで、周囲の環境を大きく変えるほどの魔力を持っている。
実際、周囲を囲むドレモラ達はおろか、長く彼女と接してきたガランさえ、セラーナの魔力を見て目の色を変えていた。
「数千年間、家出していた放蕩の姫とは思えない言葉ですね」
一方、メリエルナの方は口元に浮かべた笑みを変えず、逆に挑発的な言葉を投げかけ、セラーナと同じように己の魔力を解放した。
薄青色のマジカがセラーナの魔力とせめぎ合い、パチパチと音を立てる。
メリエルナの魔力は影響を及ぼす範囲としてはセラーナには及ばない。
しかし、まかりなりにも多少拮抗できているという事実が、彼女がどれだけの力をハルコンから受け取っているのかを物語っていた。
「貴方に言われたくはありませんわ、メリエルナ」
「あら? どういう意味で、ですか?」
「お判りでしょう? 安易に力を欲して吸血鬼になり、父の足を舐め、さらには助けになってくれたケントの厚意を無碍にする。三文芝居に出てくる悪女そのものではありませんか」
さらにセラーナは「まるで、松明の周りを跳び回る蛾のよう。せめて蝶なら愛でることもできたでしょうに」と切れ味抜群の言葉を続ける。
あまりに冷たい言葉に思わず戦慄し、ガランもまた顔を引きつらせていた。
「あら、フラフラしているのはむしろ貴女様では? 自身の本来の姿を見せず、向けられる厚意に甘えるだけ。旅団でも、貴方様は何もしなかったではありませんか。自分の正体を隠し、誰ともかかわらず、離れたところから見るだけだったのですから……」
「ええ。だからはっきり言って、貴方の姿は自分を見るようで本当に見苦しいです。ところで、レキナラがいないようですわね」
「貴方には関係のないことです。お嬢様」
「振られましたの?」
「…………本当に、忌々しいですわね」
「お互い様ですわ。私も、正直貴方のことは好きにはなれません。同族嫌悪というやつでしょうか?」
絶対零度の言葉の応酬と共に、高まる互いの魔力。
ぶつかり合うマジカがいよいよ臨界に近づき、雷まで帯びるようになってきたところで、健人が一歩前に出た。二人が放っていた魔力が治まり、静寂が戻る。
進み出た彼を見て、メリエルナは一瞬目を見開き、唇をわずかに噛み締めたかと思うと、静かに口を開いた。
「……お久しぶりですわね、ケント様」
『レキナラさんはどうした?』
「彼女は……必要だと思うことをしておりますわ。そんなことより、いかがですか? 今の私は」
くるりと周り、スカートをたなびかせながら、両手を広げるメリエルナ。
その身に宿る力は、既に古の吸血鬼と比して大差なく、瞳は不気味な光を湛え、爛々と輝いている。
満面の笑みは誰もが惹きつけられるほど強烈な魅惑を放ち、その美貌はセラーナと比して全く劣らない。
声すらも、耳の奥を優しく愛撫するほど蠱惑的だった。
おそらく、今の彼女が一声かければ、例え敬虔な神の信徒や、厳粛な王ですら、己の全てを捧げて従うだろう。
事実、彼女は既に“聖蚕の僧侶”という、この世界でも特に高尚な僧侶を零落させている。
『ハルコンから、また力を貰ったのか?』
「はい。此処の場にいるデイドラたちも、私が召喚し、従えた者達。いかがですか?」
健人としてももしかしてと思っていたが、やはりこの場のデイドラたちは全て彼女が召喚したらしい。
健人は努めて無表情を維持しつつも、内心戦慄する。
通常、召喚魔法で呼び出せるのは1体のみだ。しかし、複数体召喚した上に、しっかりと制御下に置いている。
おそらく、通常の召喚魔法とは違う手段か能力なのだろうが、どちらにしても大きな脅威だった。
そんな健人の静かな驚きを察したのか、メリエルナは改めて微笑み返すと、恭しく頭を下げてきた。
「今一度、お願いいたしますわ。私たちやハルコン様と共に、覇道を歩んではいただけませんか? 残った呪いの残滓も、私がなんとか致します」
メリエルナの言葉に健人は思わず面食らい、同時に強烈な違和感を覚えた。
それは既に断った話。にもかかわらず、彼女はなぜ今さら自分を求めるのだろうかと。
張りついた満面の笑みからは、感情が読み取れない。
だが、ドラゴンボーンとして、声の練達としての直感が告げる。
未だに彼女は、健人を求めている。それも本気で。
なぜ、ここまで執着するのか、健人には理解できなかった。
ドラゴンボーンだからか? 開闢の虹石だからか? 向けられる視線からは、その意思を察することはできない。
だが、答えは決まっていた。
「…………」
メリエルナの懇願に、健人は首を振り、改めてハルコンにはつかないと告げる。
理由はどうであれ、彼女の行動は多くの血を流す。それには、健人が大切にしている人たちも巻き込まれるだろう。
それを、彼は容認できない。
「そうですか。やはり、貴方も……………………ですのね」
ほとんど聞き取れないほど、小さく、呟くような声。
だが、彼女の目に残っていた僅かな光が、完全に消え去った。
ゾワリと、背筋に走る悪寒。何か致命的なタガが外れてしまったような感覚が、健人を襲う。
「とにかく、星霜の書は返してもらいます。それから、聖蚕の僧侶も開放していただきますわ」
「星霜の書を返すことはできませんが、聖蚕の僧侶は構いませんわ。……死体なら、ですが」
「っ!?」
言うが早いか、キラリと煌めく刃がデキソン・エヴィカスの胸を貫く。
「主、さま……」
「星霜の書の解読は済みました。用済みです」
目を見開くデキソンをよそに、メリエルナは刃を引き抜く。
鮮血が胸に空いた穴から噴き出し、体が崩れ落ちる。
「っ!?」
瞬間、健人とセラーナは地を蹴った。
健人が抜き打ちでメリエルナ達をデキソンから引き離し、セラーナが崩れ落ちる彼の体を受け止める。
そして、すぐさま回復魔法を展開。傷を塞ごうと試みる。
しかし、治りが遅い。刺した刃に何らかの毒が仕込まれていることが予想された。
「ケント様、確信をもってお伝えしておきます。貴方様は必ず、そこの女に裏切られますわ」
メリエルナの言を聞き流しつつ、健人はセラーナを庇うように得物を構え、周囲を警戒する。彼が剣を抜いたことで、デイドラたちも既に臨戦態勢に入っていた。
ドラモラは赤黒いデイドラ特有の武器を抜き、スキャンプや翼ある者達もマジカを隆起させる。
「殺しなさい」
そして、メリエルナの冷徹な命令と共に、周囲を囲んでいたドレモラ三体が一斉に健人に襲い掛かかった。
「人間風情が……!」
「さあ、血を流してのたうち回れ!」
嗜虐的な笑みを浮かべつつ、ケントに斬りかかるドレモラ達。
迫ってくるのは片手剣をもつドレモラ・チャールが2体と、大剣を持つドレモラ・ケイテフ1体。前後左右から健人に斬りかかる。
(セラーナさん、伏せて)
「っ!」
健人からの目配せ。セラーナは即座に彼の意図を理解し、反射的に頭を下げた。
同時に、健人は左手で『落氷涙』を抜き、二刀となって構える。
脳裏に浮かべるのは、スカイヘブン聖堂で戦った過去の英雄の姿。
彼が使っていた技を細部まで思い出し、体を捩じりつつも脱力させる。
そして、襲い掛かってきたドレモラ達が得物を振り下ろそうとするその瞬間に、緩ませた全身の筋肉を総動員。足の先から両手の得物先までの動きを全て連動させ、旋風のごとき一撃を放つ。
(ふう…………!)
旋風斬り。
千差百貌の英雄『面影』が使っていた二刀流の技だ。
攻撃の直前、全身の力を込めて絶妙なタイミングで放たれた一撃は、今まさに得物を振り下ろそうとしていたドレモラ達を強制的に受けに回らせる。
「ぐっ!?」
「なっ!?」
定命の者に機先を制されるとは思っていなかったドレモラ達。
得物を振り抜いた健人は、ドレモラ達が見せた僅かな動揺の隙をさらに押し広げんと、そのまま逆方向に体を捩じり、追撃を放つ。
旋風斬り、二連。
間隙なく繰り出された二撃目の旋風斬り。
先撃とは真逆の方向からの一撃に、ドレモラ達の武器が横方向に大きく弾かれる。
「しま……!」
(シッ……!)
その明確な隙を、健人が逃すはずもない。
彼はオリハルコンのブレイズソードを斬り返し、大剣を持っていたケイテフの首を両断。続いて茫然としている二体目のドレモラ・チャールの喉を落氷涙で貫く。
「がは……」
「定命の者風情が……!」
最後のドレモラ・キンが、落氷涙を抜き抜いた健人の背後から斬りかかる。
全力を込めた、大上段からの振り下ろし。
しかし、健人は只引き抜いた落氷涙を静かに背中越しに掲げるだけで、滑らかにドレモラの唐竹割りを受け流す。
「な、あ!? ガヒュ!」
視線を向けられることなく渾身の一撃を捌かれたことに動揺した瞬間、振り抜かれたブレイズソードが最後のドレモラの首を斬り飛ばす。
そのあまりの隔絶した技量を見ていた、犬使いのロダンが震えた声を漏らす。
「っ、ドレモラを、いとも簡単に……!」
「ギャギャ!」
「キュルルルルルル!」
健人に対して勝ち目が薄いと感じたのか、スキャンプと翼ある者達は聖蚕の僧侶を治療しているセラーナを狙う。
放たれる炎弾と雷撃。しかし、セラーナは右手で回復魔法を維持しつつ、左手で障壁を展開。撃ち込まれたデイドラ達の魔法はセラーナの障壁に当たった瞬間、まるで岩に叩きつけられた水のように四散してしまう。
「効きませんわよ」
(ふ……!)
そしてセラーナに意識が集中したデイドラたちを、健人が狩っていく。
それはもはや“戦闘”ではなく、“駆除”と呼んだほうがいいほど一方的だった。
「やはり、ドレモラ・チャール、ケイテフ程度では足止めにもなりませんか」
「ガラン様、あの二人相手ではわかっていたことです」
ロダンと違い、既に健人達の力を知っているメリエルナとガランは、特に焦った様子はない。
「やはり、使うしかありませんわね」
メリエルナは、ガランから星霜の書を受け取ると、屋上の端の一画に移動する。
そこには、薄緑色の縞模様が刻まれた台が鎮座していた。
彼女が台座に手をかざすと、屋上に刻まれていた魔法陣が再び光を放ち始める。
(さっき見た魔力流……? っ、セラーナさん!)
悪寒を覚え、セラーナに目を向けると、彼女は既に聖蚕の僧侶を担いで魔法陣の外に退避していた。
細身な女性であっても、吸血鬼であるなら造作ない。
「これは、ハルコン様が私に下賜してくださったものの一つです。お二方、ぜひ、その力をご堪能ください」
(あれは……)
健人達が魔法陣から噴き出す魔力流から退避している隙に、メリエルナが、懐から何かを取り出していた。
それは丸く、黒々とした球体。
表面にはデイドラ文字が刻まれた、蒼白い奇妙なマジカを放つ、明らかに異質な代物だった。
メリエルナが球体を掲げると、魔法陣から噴き出していた魔力が瞬く間に吸い込まれ始めた。それに伴い、球体がまばゆいばかりに青白く輝き始める。
その様子に、セラーナは目を見開く。
「印石!? ケント、気を付けて! 何かをオブリビオンから呼び出すつもりですわ!」
直後、球体が洞窟の上空に向けて、一筋の光を放った。
打ち上げられた光は弧を描きながら遺跡の外へと飛んでいくと、弾けて不気味な霧を纏う、巨大な円形の膜を生み出す。
それは、オブリビオンとニルンを繋ぐゲートであった。
その奥から巨大な漆黒の影が姿を現す。
(なん、だ、こいつは……)
それは、巨大な生物の上半身であった。
毒々しい薄紫色の肌と、青白い眼。広げられた翼は洞窟の天井を覆うほどの巨大で、皮膜と骨のあちこちが黒い巨大な鎖が固定されている。
腕は人の体躯よりも太く、大岩をも軽く砕くのではと思えるほど力に満ちている。
その腕にも、巨大な黒檀の腕輪が何か所にもかけられ、繋がれた太い鎖が青白いゲートの奥までのびていた。
そして、屹立する頭部にはこれまた黒檀と思われる巨大な兜が被せられ、顔面をすっぽりと覆いつくしている。
「タイタン!? でも、こんな巨大なタイタンは……!」」
「―――――――――――――――――――――!!!!!!」
健人が今まで見たこともないほど、巨大なデイドラ。
タイタンと呼ばれたそれは兜越しにぐもった咆哮を上げ、洞窟全体を地震のごとく震わせるのだった。
いかがだったでしょうか?
ちょっとメリエルナサイドの変化がいきなりすぎたかなと思っております。
以下、人物、用語説明。
メリエルナ
ハルコンからさらに力を授かり、下位のデイドラを召喚する力を得た。
通常の召喚魔法とは違うようで、複数体のデイドラを召喚可能。
相手が健人だったために今回は一蹴されているが、本来なら帝国軍の小隊程度なら圧倒される戦力を持つに至っている。
印石。
オブリビオンをプレイした人なら良く知っている代物。
オブリビオンゲートを制御するための要であり、それ自体が強大な力を持つ。
だが、メリエルナがハルコンから下賜された印石はその中でも特殊なもの。
タイタン
デイドラロード、モラグ・バルがとあるドラゴンを元に作り上げたデイドラ。
元がドラゴンとは言え、モラグ・バルの手によって生み出された模造品でしかない彼らは、シャウトを使うことはできない。
しかし、ドラゴン由来の強大な力は有しており、最上級の魔法すら容易く扱うことができる。
ESOにて登場したデイドラ。