【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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お待たせしました。


第十二話 奮闘

 

 健人とセラーナが奮戦している中、カシトとソフィはグラップリングボウで遺跡の影に取り付き、機会を窺っていた。

 

「兄さん……!」

 

「う~~ん、これはちょっとまずいぞ……」

 

 状況はひっ迫している。

 召喚された巨大なデイドラの猛攻に戦力を分断され、その上、レッド・ウォーターの泉で健人に致命傷を負わせた吸血鬼も出てきた。

 

「相手の名前は確かフーラだったっけ? 今のケントじゃ、即座に突破するのは無理だね」

 

 レッド・ウォーターでの出来事は、カシトの記憶にも新しい。

 フーラ・ブラッドマウスは間違いなく、この場で最も強力な吸血鬼だろう。いくら健人とはいえ、苦戦は必須だ。

 おまけに今の彼はシャウトが使えない。タイタンを抑えているセラーナも長くはもたないだろう。ジリ貧になった結果、押し切られる未来は見えている。

 

「しかたない、か。ソフィ、オイラは健人に加勢するよ。うまくいけば、あのデカいデイドラを召喚した吸血鬼を仕留められるかもしれない。ソフィは、オイラが失敗したときのことを考えておいて」

 

 相手の意識は健人に向いているとはいえ、あの吸血鬼達はカシトの存在を知っている。おまけに、吸血鬼の感覚はかなり優れている。

 不意を打てるかどうかは、微妙なところだろう。

 そういう意味では、ソフィの存在は非常に重要だ。

 吸血鬼達は彼女の存在を知らない。未知とは、それだけで十分すぎるほどの脅威になりえるのだ。

 

「カシトさん……!」

 

「オイラは、ソフィがどれだけ努力してきたかを知っているよ。ちょっとどうかと思うところもあったけど、ね……」

 

「それは……」

 

 近くで見てきただけに、カシトはソフィが三年間重ねてきた努力を、この場にいる誰よりも知っている。

 領主代理として、誰よりも先に畑に出て鍬を振るい、噴出する無数の問題に対処し、夜は蝋燭が焼ききれるまで書を読む。

 召喚魔法に関しても、ファリオンを困惑させるほど質問攻めにしたり、弓も指先の皮が剝けるまで練習を繰り返した。

 あまりにも積極的に動いていたことから、方々を困惑させたり、時には反発されたこともあるが、この少女はその全てを乗り越えてきたのだ。

 

「だから、この状況でもなんとかできる手を思いつくと思っている。ケントもね」

 

「兄さん、も?」

 

 ソフィが漏らした声に、カシトは小さく頷く。

 カシトは、健人がフーラめがけて踏み込む直前、意識を自分達に飛ばしたことを気づいていた。

 ならば、応えよう。

 静かに戦意を震わせながら、カシトはニカッとソフィに笑いかけると静かに跳躍する。

 

「じゃ、頼んだよ」

 

「あっ……!」

 

 カシトは音もなく屋上に跳び移ると、物陰から物陰へと移動していく。

 先ほどの台詞を思い出し、カシトは「オイラも随分と変わったな~~」と内心苦笑を漏らした。

 以前の……帝国軍にいた頃なら、誰かに励ますような言葉を掛けることなどしなかっただろう。

 きっと、のほほんと乾いた笑みを張りつかせて適当に振る舞うか、それなりに力になりそうな言葉を口にしながらも、手を貸すことはしなかった。

 孤児のカジートとして生きてきた彼にとっては、それが処世術だった。出来るだけ敵を作らず、しかし内側に誰かを入れることは決してしない。

 人を信用せず、冷笑を浮かべ、常に懐には冷たく研ぎ澄ませた刃を隠し持ち続ける。その気質は今でも彼を構築する芯となっている。

 だが、それでも以前と同じかと言われれば、そうではない。

 健人と出会い、共に旅をして、彼がソブンガルデに消えた後は、ウィンドスタッド村で三年間を過ごした。

 その中で、彼自身にも変化があった。唯一の親友以外の他人に対しても、それなりの“信用”を置くようになったのだ。

 

(多分、あのバカノルド達に付き合ったからかな……)

 

 アルドゥイン事変の最後。カシトはウィンドヘルムで、マルス達と共闘した。以前健人を拒絶し、殺そうとした者達と。

 ある意味、あれがきっかけだったのだろう。彼がずっと胸の内に秘め、縋り続けていた“モノ”が、変わり始めたのは。

 

(オイラらしくないけど、気張りますか……!)

 

 口元に笑みを浮かべながら気合を入れ直し、カシトは素早く行動を開始する。

 隠密はカジートの得意とするところだ。だが、相手は吸血鬼。

 僅かな物音でも気付かれる可能性がある。慎重に、相手の後方に回り込む必要があった。

 

(ケントの方は……まだ大丈夫みたいだね)

 

 刃を交える健人とフーラは、互いに一進一退の攻防を繰り返している。

 身体能力や武術の経験値で言えば、フーラが圧倒しているだろうが、健人は既にレッド・ウォーターの泉で彼女の技を見ている。

 それ以外にも、健人がフーラに食いついていける要因があった。

 

「ほう! その技は以前見せなかったな!」

 

 健人が放った三連続の「旋風斬り」が、膂力で優るはずのフーラをわずかに押し戻す。

 スカイヘブン聖堂で『面影』が見せた技だ。

 それだけではない。視線や四肢の動きの中に虚実を織り交ぜており、以前の彼よりもはるかに先を読むのが難しくなっている。これも、『面影』から学んだのだろう。

 目にしたのはついこの前にもかかわらず、健人は自らの戦技の中に、自然と『面影』の技術を練り込んでいた。

 実際、フーラも健人の動きに攻めきれていない。

 レッド・ウォーターの泉での戦いではフーラの方が終始優勢だったにもかかわらず、結果的に互角の斬り合いを展開している。

 

(相も変わらず、オイラの親友はとんでもない成長をするな~~)

 

 戦いの中、爆速で成長するのがドラゴンボーンだ。特に健人は、その中でも突出した学習能力を持っている。

 ソフィの三年間を知るだけに、改めてカシトは健人もまた、特別な存在となっているのだと実感していた。

 とはいえ、相手は数千年の修業を重ねてきた吸血鬼。いずれ健人が学んだ技も対応されてくるだろう。

 その前に、召喚者を仕留めなくてはならない。

 可能なら、星霜の書の奪還も。

 聖蚕の僧侶を魅了したのは、間違いなくメリエルナと呼ばれる吸血鬼だ。なら、彼女が持っていると考えるのが妥当だろう。

 健人とフーラの戦闘に吸血鬼達の意識が集中している間に、更に忍び寄っていく。

 都合のいいことに、タイタンが放つ魔力によって、遺跡の屋上には身を隠せそうな岩が散乱していた。

 完全に背後に回り込んだところで、カシトは愛用している黒檀の短刀を抜く。

 薄紅色のマジカを放つそれを逆手に構え、両足に力を込める。

 

「っ、お前達、後ろだ!」

 

(ち、気づかれた……!)

 

 カシトがいざ飛び込もうとした瞬間に、フーラの怒号が響いた。

 健人と刃を交えつつ、隠形に徹したカジートの気配に気づくなど、いったいどういう気配察知能力なのだろうか。さすがはハルコンの懐刀といったところか。

 カシトは舌打ちしながら、隠れていた物陰から飛び出す。

 

「っ!?」

 

メリエルナが迫るカシトに気づくが、遅い。

カジートならではの獣のような敏捷性で、カシトは瞬く間にメリエルナに迫る。

 

「メリエルナ!」

 

 隣にいたレキナラが反射的に前に出て間に割り込み、剣を薙ぐ。

 だが、カシトは器用に黒檀の短刀で受け流すと、レキナラの脇を駆け抜けながら、彼女の腕を裂く。

 

「ぐぅ……!」

 

 短刀に付呪されていた炎が傷を焼き、二重の苦痛をレキナラに与えて得物を落とさせる。

 落ちた剣が乾いた金属音を立てた。

 レキナラが苦痛に顔をゆがめている間に、カシトはメリエルナを完全に刃圏に捉えていた。蹴飛ばされ、ろっ骨を折られたガランはまだうずくまったまま動けず、フーラも健人が完全に抑えている。

 守りを完全に失ったメリエルナは鈍く光る黒檀の短刀を前に、その表情が凍る。

 炎を纏った一閃が繰り出される。狙いは、彼女の心臓。

 紅色の一閃が、吸い込まれるように彼女の胸に迫っていく。

 

(もらった……!)

 

「させるか!」

 

 だが、カシトが繰り出した短刀がメリエルナの胸を貫く直前、レキナラの声が響いた。

 彼女の意志に呼応したように、移植されたデイドラの足の筋肉が隆起。瞬間的な加速を彼女に与える。

 そしてレキナラは、一瞬でカシトに追いつき、短刀の軌道に己の左腕を割り込ませていた。

 二の腕を黒檀の短刀が貫き、炎が噴出する。

 

「があああああああああ!」

 

 腕を内側から焼かれ、レキナラは苦悶の声を上げた。 

 

「レキナラ!?」

 

「ちい!」

 

 メリエルナが顔を真っ青にさせる中、カシトは短刀を引き抜いて呻くレキナラを蹴飛ばし、再度斬りかかる。

 

「っ、離れなさい……!」

 

 だが、カシトが再度踏み込む前に、メリエルナは己の魔力を叩きつけてきた。

 術式もなく、練られてもない只のマジカの塊。しかし、それでも吸血鬼としてハルコンから力を授かった彼女の魔力は相当なもの。

 叩きつけられた魔力の暴風に、カシトは数メートル弾き飛ばされる。

 

「くそ、失敗した……!」

 

 猫のように空中でくるりと身を翻して着地したカシトは、仕留めきれなかったことに思わず歯噛みする。

 一方のメリエルナは、左腕を焼かれ、崩れ落ちるレキナラを悲痛な表情で抱き留めていた。

 

「レキナラ、レキナラ! しっかりして!」

 

 メリエルナがレキナラの体をゆするが、返答はない。

 垂れた黒髪で隠れた目元、ぐったりと力なく下がった腕には、意識があるようには見えなかった。

 怒りに染まった眼が、カシトを貫く。

 

「このケダモノ、よくもレキナラを……!」

 

 メリエルナの怒りに呼応したかのように、彼女の隣に紫炎が立ち上り、炎の中から体長二メートルほどの異形が姿を現す。

 デイドロス。

 モラグ・バルに従属するデイドラであり、二足歩行をするワニのようなデイドラだ。

 

「ガアアアアアアアアアアア!」

 

 恋人を傷つけられたメリエルナの怒りに呼応するかのように、召喚されたデイドラは殺意に満ちた雄叫びを上げ、大きく広げれられた口から、紫色の炎を吐きだした。

 コールドハーバーの冷たい炎が、遺跡の床を黒く焼きながらカシトに迫る。

 

「は、どっちがケダモノだか!」

 

 デイドロスとメリエルナから向けられる怒りを鼻で笑いながら、カシトは横っ飛びで炎の吐息を躱す。

 怒りを覚えているのは、カシトも同じだ。レッド・ウォーターの泉では、彼女達のせいで、健人は致命傷を負い、危うく魂を抜き取られるところだったのだ。

 

「殺して! 殺しなさい!」

 

「やってみなよ! この売女!」

 

 互いに気に入らない者同士、殺し合うのは必定。

 金切り声を上げて叫ぶメリエルナを見下しながら、カシトは牙を向き、突進してくるデイドロスを迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 眼下で繰り広げられる戦いを見下ろしながら、ソフィは自問自答していた。

 

「私に、できること……」

 

 改めて突きつけられる、兄達と自分との差。

 必死に鍛練してきた。第三者が聞けば、間違いなく“危険だと言い切られる行為”も行って。

 それでも、彼らの背中はずっと遠い。

 三年という僅かな時間で精鋭クラスの召喚魔法を身に着けた彼女ではあるが、力を付けたがゆえに、下で戦う大切な人たちとの差を実感する。

 彼女に、兄のような剣腕はない。

 彼は力の大半を失い、それでも数千年を武に生きた吸血鬼に剣だけで肉薄している。幼く、小さなこの体では、兄のように双剣を振るうのは無理だ。

 彼女に、セラーナのような強大な魔力はない。

 あの巨大なデイドラを一時的とはいえ行動不能にするなど、いったいこのタムリエルで何人できるのだろう。

 それだけで、彼女がソフィよりも遥かに卓越した魔法使いだと突き付けられる。

 彼女に、カシトのような種族的に優れた敏捷さもない。

 いくら鍛えても、所詮は十三歳の童。膂力に優れたデイドロスを手玉に取る様な身のこなしもできない。

 だけど……。

 

(それでも、願ったんだ。お兄ちゃんの、隣に立ちたいって……!)

 

 遠い日の憧憬。

 冷たい雪の降る街で、災禍をまき散らした恐怖のドラゴンと戦い、孤独と飢えに震えていた自分の手を取ってくれた英雄、その背中に。

 

「……っ!」

 

 パチン! と頬を叩き、気持ちを入れ直す。

 今しなければならないことは何だ? 今の自分にできることは何だ?

 こみ上げる焦燥を押し殺しながら、必死に頭を回す。

 

(あの大きなタイタンは、オブリビオンゲートを介して召喚されてる。あの人は、どこからその力を……)

 

 メリエルナが召喚したタイタンは、あまりにも強大な存在だ。いくら吸血鬼とはいえ、一人の力で呼べるデイドラではない。

 

(となると、必ずどこから力を持ってきてる。それは多分、遺跡の屋上に書かれている魔法陣……)

 

 いったい何時、どこの技術かは分からないが、魔法陣自体相当古いものだと思われる。

 おそらくは千年以上前。明らかに遺跡自体よりも古い。

 もしかしたら、この遺跡はあの魔法陣を試すための実験場だったのかもしれない。

 だが、今それは考えることではない。

 意識を切り替え、ソフィは眼下の状況を再度確認する。

 古いものとはいえ、この手の類の魔法陣は簡単に壊せるものではない。

 実際、巨大タイタンの魔法の直撃をくらっても、魔法陣自体には傷一つないのだ。

 

(魔法陣を物理的に壊すのはかなり難しい。魔力で破るのはもってのほか)

 

 なら、どうすればいいのか。

 ジリジリと身を焼かれるような焦燥が、再び込み上げてくる。

 その時、ソフィの目に遺跡に落ちている煉瓦が目に留まった。

 おそらくは遺跡の一部だったのだろう。古い遺跡だ。よく見れば、戦闘の余波で砕かれ、欠けた破片が屋上のあちこちに転がっている。

 

(もしかしたら……)

 

 上を見上げる。

 広い空洞の天井が目に映る。彼女の脳裏に、天啓が降りてきた。

 背中に背負っていたグラップリングボウを取り出し、狙いを定める。

 目標は眼下の敵……ではなく、ずっと上に見える天井。そこに見える木の根だ。

 多分、地上に生えている木々のものだろう。そこに向けて、グラップリングボウのボルトを放つ。

 元々かなり強力な弦を使っているためか、ボルトはしっかりと天井から突き出した木の根に刺さる。続いてリールが高速で巻き取られ、ソフィの体を引き上げ始めた。

 

「我が力を糧に、霹靂より来たれ、異界の巌。我はここに不倒の強者を願う」

 

 同時に、彼女は自分の魔力を猛らせ、詠唱を開始。

 近くでセラーナとタイタンの魔力がせめぎ合っているためか、吸血鬼達もソフィの魔力に気づいていない。

 いまから使う魔法は、彼女が持つもう一つの召喚魔法。

 この場にいる敵に正面から戦うには、役に立たないだろう。確かに強力な召喚魔法ではあるが、それでもあくまで精鋭レベル。だが……。

 

「その歩みは巨人のごとく、その腕は大槌のごとく、その身は氷河のごとく。とく現れ、我が眼前の全てを打ち崩せ」

 

 ソフィの体が洞窟の天井に到達。そして彼女は、最後の一節を唱えた。

 

「いでよ、凍れし先兵!」

 

 詠唱完了と同時に紫炎が舞い上がり、氷に覆われた一体の巨人が姿を現す。

『氷の精霊召喚』

 その名前の通りオブリビオンにいる氷精霊を召喚する魔法であり、ソフィが可能な最も高位の術。

 この魔法で召喚される精霊のもっとも特徴的なのは、巨人にも迫るその体躯だ。

 体高三メートルほどもあるその巨体は、重さにすれば数トンにも及ぶ。

 氷精霊は召喚された瞬間、ニルンの重力に引かれ、落下を開始。

 瞬く間に速度を上げていく。

 

「兄さん、皆さん! 避けてください!」

 

(っ!?)

 

「な!?」

 

 ソフィが声を張り上げたことで、屋上で戦う者達はようやく自分達の頭上から落ちてくる氷の巨人に気づいた。

 思わぬ伏兵の存在に、吸血鬼達の視線が天井に向く。

 それは、この場で随一の腕を持つフーラとて同じだった。

 

「く……! まだ伏兵がいたのか!」

 

 フーラの意識が氷の精霊に逸れた直後、健人は抜いていた双刀を鞘に納め、居合の構えを取りながら影のように踏み込む。

 同時にスカイヘブン聖堂での『面影』での戦いで、不完全とはいえ身に着けた『影の戦士』で気配を散らしつつ、抜刀。胴を両断する勢いで振り抜く。

 

「っ……!」

 

 疾風を思わせる一閃が武練の吸血鬼に迫る。

 だが、やはりフーラは只者ではなかった。

 彼女は攻撃の直前に漏れた健人の僅かな殺意に気づき、超反応で左のメイスを健人が放った居合の軌道に割り込ませる。

 刃がメイスの柄に接触すると同時に、強烈な衝撃がフーラの左腕に走り、メイスが胴体にくっつくほど押しこまれた。

 脇腹に強烈な圧力がかかり、彼女の体が僅かに浮く。

 しかし、それでも防ぎきった。

 フーラは奥歯を噛み締めながら、反撃とばかりに右の片手斧を振り上げる。

 だが、彼女が斧を振り下ろすより前に、健人の『二撃目の居合』が放たれた。

 

「なっ……」

 

 それは、かつてデルフィンとの戦いで見せた、居合の重ね撃ち。

 健人が放った二太刀目は、先に一撃がめり込んだメイスの柄の部分に正確に撃ち込まれ、フーラのデイドラのメイスを柄から両断。そのままフーラの右わき腹から胸にかけて深々と斬り裂いた。

 

「ぐううううううううう!?」

 

「フーラ!?」

 

 吹き出る鮮血。

 まさか不意を突かれたとはいえ、ヴォルキハル最強の戦士が、剣で後れを取るとは思わなかったのか、ガランの口から驚嘆の声が漏れる。

 メリエルナとレキナラも、驚きの表情で固まっていた。

 そこに、氷精霊が爆弾のごとく落下してくる。

 ちなみに、氷の精霊の重さは数百を超え、トン単位。速度は時速にして約70キロ。

 そして氷精霊は地球で言えばトラックに追突されたくらいのエネルギーでもって、屋上に刻まれた魔法陣の中心に激突した。

 直後、魔法陣を支えている土台が一瞬沈みこむ。

 発動している魔法陣は確かに強固だ。

 

『しかし、それを支えている石床はそうではない』

 

 次の瞬間、魔法陣を支えていた天井がガラガラと音を立てて崩壊した。

 さらに、遺跡の屋上をぶち抜いた魔法陣と氷の巨人はそのままの勢いで、すべての階を貫通。直径数メートルに達する大穴を開けた。

 これに、タイタンを召喚するゲートを維持していた魔法陣が悲鳴を上げるように激しく明滅し始めた。

 魔法陣そのものは無事でも、魔力を供給していた術式そのものが崩壊したのだ。当然、その影響は魔法陣内部にも波及する。

 

「しま……!」

 

 荒々しく吹き上げるマジカを前に、メリエルナは焦りの声を漏らし、なんとか魔法陣を維持しようと試みる。

 しかし、いくら力を付けたとはいえ、彼女一人で保持できるはずもなく、魔法陣は爆発して消滅。連鎖するように、タイタンの上半身を引き出していたオブリビオンゲートも激しく律動し始めた。

 

「グオオオオオオオオオオオ!」

 

 完全にオブリビオンゲートが完全に閉じる直前、ゲートから無数の鎖が進出し、暴れるタイタンをコールドハーバーに引き戻していく。

 タイタンの巨体が明滅する光の扉の奥に消えた瞬間、オブリビオンゲートは完全に消滅。同時に強烈な衝撃波が四方に放たれた。

 

「うわ!」

 

「きゃあ!」

 

 放たれた衝撃波は洞窟の壁に皹を刻み、氷の巨人によって穿たれた穴が橋から崩れ、さらに広がる。

 また、内部での魔法陣の炸裂も、遺跡の構造に致命的な損傷を与えていた。

そのまま遺跡は支柱を抜かれた塔のように、内側へと崩壊を始める。

 

「わ、わわ……! きゃあああ!」

 

 洞窟の天井に張り付いていたソフィも、衝撃波で木の根に突き刺さっていたボルトが外れてしまった。

 ソフィの体が、先ほどの氷精霊のように、落下していく。

 

(ソフィ!)

 

 健人は重傷を刻んだフーラを蹴り飛ばすと、踵を返して駆け出す。

 ソフィが落ちていく先には、氷精霊によって穿たれた大穴がある。あそこに落ちれば、間違いなく崩れた瓦礫の下敷きになってしまうだろう。

 

(横から飛びついて、なんどかソフィを穴に落ちる範囲から弾き出す。できるか?)

 

 いや、やるしかない。

 覚悟を決めて、両足に全力を込める。

 だが、後数歩で跳躍するというところで、突如ソフィの落下速度が緩やかになったかと思うと、健人の方めがけて一直線に飛んできた。

 

(なっ!?)

 

「に、にいさ……」

 

(くううぅ!)

 

 飛んできたソフィを、健人は慌てて抱きとめる。

 兄の抱擁にソフィが赤ら顔で上ずった声を漏らす中、健人は彼女を落とさないように足を踏ん張り、なんとか体勢を立て直す。

 そこに、呆れた顔のセラーナが駆け付けてきた。

 

「本当に、無茶をする方ですわね。お兄さんとそっくりですわ!」

 

 彼女の言葉と纏わりつくマジカの残滓に、健人はソフィを助けてくれたのは彼女だと察した。おそらく、『念動力』の魔法を使ったのだろう。

 タイタンがオブリビオンに返還され為に、彼女の手が空いて間に合ったのだ。

 

「あ、あの。助かりました」

 

「いえ、ご無事で何よりですわ」

 

(カシトは……)

 

「よっと!」

 

 頭だけで振り返ると、カシトが天井に飽いた大穴を飛んでくる姿が飛び込んできた。

 

『無事だったか?』

 

「まあね、カジートの身のこなしを舐めてもらっちゃ困るよ。とはいえ、正直肝が冷えた……」

 

「メリエルナ達は……」

 

 健人達が吸血鬼達の方に目を向けると、フーラは脇腹から胸にかけての傷から血を流しつつも、しっかりと己の足で立ち、傷を刻んだ健人を見つめていた。

 

「……大したものだな。さすがは初代ドラゴンボーンを従える者。こうでなくては」

 

 凄惨な笑みを浮かべながら、左手で傷を拭い、付着した血を舐めとる。

 間違いなく重傷。にもかかわらず、フーラの戦意は萎むどころか、より一層激しく燃え上がっていた。

 

「私も再び己を鍛え直す。次に会う時、決着をつけるとしよう」

 

「この借りは、必ずお返ししますわ」

 

 レキナラを抱えたメリエルナもまた、炎を宿した瞳で健人達を睨みつけていた。

 やがて彼女達の後ろに青白いゲートが出現し、メリエルナ達は踵を返して転移門の中へと消えていく。

 吸血鬼達が離脱したところで、健人達の足元がひときわ大きく揺れた。どうやら、遺跡の崩壊がさらに加速したらしい。

 

(退避する)

 

「遺跡が崩壊する前に飛び降りてください。落下速度は私がなんとか致しますわ」

 

「オイラは、聖蚕の僧侶を回収するよ。健人はソフィを」

 

「あ、あの……」

 

 健人の視線にセラーナが答え、一同は一目散に屋上の縁へと駆け出す。

 既に遺跡の屋上は、その半分が崩れ落ちていた。

 健人達は構わず、崩壊した屋上の端から跳躍。同時に、セラーナが魔法を発動し、落下速度を減ずる。

 数秒の浮遊の後、地面に着地。カシトは瓦礫の傍で倒れていた聖蚕の僧侶を担ぐ。

 その間、崩れた遺跡の煉瓦が頭上から降ってくるが、セラーナが『念動力』で弾き返す。

 そして健人達が再度駆けだした数秒後、遺跡はドドド……! と土砂崩れのような音を立てながら、完全に崩壊した。

 

「間に合いましたわね」

 

 完全な廃墟と化し、土煙を上げる遺跡を前に、セラーナが安堵の声を漏らす。

 確かに、かなりの綱渡りだった。少しでも手を間違えていたら、間違いなく健人もカシトもソフィも死んでいただろう。

 

「とりあえず、目的だった聖蚕の僧侶は回収できたけど……」

 

 カシトが担いでいたデキソンを降ろし、顔色を確かめる。

 ペシペシと頬を叩くと「う~~ん」と気の抜けた呻き声が聞こえてきた。

 

「うん、大丈夫。首がちょっと変な方に曲がってるけど、ちゃんと生きてるよ」

 

「よかったですわ。少し手荒く扱ってしまいましたので、少し心配でしたの」

 

(ちょっと……なのか?)

 

 健人は思わずキノコで照らされた洞窟の天井を見上げる。

 とはいえ、メリエルナの手で重傷を負わされていたのだ。無事ならば御の字だろう。

 

「あとは、星霜の書ですけど……」

 

「ごめん、取り返せなかった」

 

 気まずそうに頭を掻くカシトを前に、健人は「気にしないでくれ」というように、静かに微笑みながら首を振った。

 全員無事なら何よりだ。それに、当初の目的だった、聖蚕の僧侶の救出はできたのだ。

 魅了を解いたら、話を聞けるだろう。まだ、手詰まりにはなっていない。

 そんな健人の態度に、カシトの表情が和らぐ。

 その時、腕の中にいたソフィが恥ずかしそうに身じろぎした。

 

「その、あの……」

 

(あ、そういえば、まだ抱き抱えたままだった)

 

 健人はソフィを優しく地面に降ろす。

 彼の腕から解放されたソフィは、恥ずかしそうに頬を染めながらも、どこか名残惜しそうに健人を見上げていた。

 そんな義妹に健人は微笑みつつも、黒板に白墨を走らせて掲げる。

 

『ありがとうソフィ、助かった』

 

 今回、吸血鬼達を撃退できたのは、間違いなく彼女のおかげだ。

 お礼の言葉と共に、健人はねぎらうように、彼女の頭を撫でる。

 

「あ、あう……」

 

「氷の精霊まで召喚できるとは、正直驚かされました。いささか無茶ではありましたけど、確かに有効な手段でしたわ」

 

 セラーナもまた、巧妙かつ大胆な手で盤上をひっくり返したソフィを称え、カシトは「やったね!」と言うように親指を立てる。

 

「は、はい! 兄さんのお役に立てて……本当に、よかったです……!」

 

 向けられる感謝、あふれる万感の思い。

 土煙に汚されながらも、彼女が見せた笑顔は、ここ数年で一番朗らかなものだった。

 




ということで、いかがだったでしょうか?
ソフィさん、精鋭魔法が使えるということで、実は氷の精霊を召喚することもできるようになっていました。
とはいえ、フーラや巨大タイタン相手には通用すると思えなかったので、その巨体を利用した質量爆弾で遺跡の床を破壊。連鎖する形で魔法陣を破壊し、結果としてオブリビオンゲートを閉じる最大の一手となりました。
前章でカシトが使っていたスクロールが実は伏線になっていたりします。
次は第二章のエピローグとなります。
以下、用語説明。


氷の精霊召喚
その名の通り、オブリビオンから氷の精霊を召喚する魔法。
ソフィが使える最も高位の魔法であり、ゲームではその耐久性から、魔法ビルドのお供として非常に有用だった。
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