【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
デキソンとの話を終えた健人は、首長の館で宴の準備が進む様を、二回の踊り場からボーっと眺めていた。
脳裏に、デキソンとの会話が思い出される。
星霜の書に新たに記された滅びの予言。それを裏付けるような、竜神の祝福の減退。
アルドゥインとの戦いを生き延び、吸血鬼の騒動に巻き込まれ、やっと帰ってこれたと思ったらこれである。
健人としても、思わずため息が漏れてしまう。
「どうかいたしましたの?」
そこに、セラーナが声をかけてきた。
一応、今の彼女はフードと眼帯を付けている。一応、首長に話は通してはいるが、念のためということなのだろう。
『少し、考え事を』
「デキソンの話については、今はどうしようもありませんわ。それを回避する予言も、まだ星霜の書からは読み込めていないのでしょう? なら、今は待つしかありませんわ」
(確かに、ね)
「宴の準備も終わりそうですわね」
確かに、準備は終盤に差し掛かっていた。
普段謁見に使われている大広間には色とりどりの絨毯が敷かれ、部屋の脇には蜂蜜酒の樽が並んでいる。
厨房からは次々と料理が運ばれており、その中でも特に目を引くのは、丸焼きにされた二頭の子牛だ。
黄金色に焼けた皮が、ジュウジュウと食欲を誘う香りを放っており、それをつまみ食いしようとするカシトを、首長の私兵であるゴルムが捕まえていた。
また、会場の一画には、演奏のための太鼓やハープなどの楽器が次々と運び込まれている。おそらく、宴を盛り上げるために蒼の艶百合の演者たちによる演奏が披露されるのだろう。
だがそれ以上に健人が気になったのは、セラーナのやや興奮した様子。
気のせいか、眼帯を付けていても、今の彼女にはこれまで纏っていた陰気な空気はほとんどない。口調もどこかざっくばらんというか、ハツラツとした印象を受けた。
『意外だね。騒がしいのは嫌いかと思っていたけど』
「そんなことはありませんわ。私も飲んで騒ぐのが大好きなノルドです。まあ、陰鬱な場におりましたから、騒ぐことはここ千年以上ありませんでしたけど」
健人の脳裏に、ヴォルキハル城での凄惨な宴が思い出される。
確かに、あの様子を見続けていたのなら、セラーナの言うことも無理はない。むしろ、あの環境にいながら、よく染まらなかったものだとも思えた。
宴の準備に奔走する人々を見下ろしながら、楽しそうに微笑むセラーナの横顔を眺めながら健人がそんなことを考えていると、セラーナが不意に健人の方に向き直った。
「正直なところ、影響はしっかり受けておりましたわ。こうして楽しめるかも、と思えるようになったのは、貴方のおかげですのよ?」
スッと顔を近づけながら、セラーナはそんな言葉を口走る
鼻腔をくすぐる花のような香りと、向けられる無邪気な笑みに、健人は思わず自分の心臓が高鳴るのを感じた。
そんな彼の動揺を知ってか知らずか、セラーナは「だから、一緒に楽しんでくださいまし」と言いながら、彼女は胸元から一本のワインを取り出す。
見てみると、かなり豪華な装飾が施されているワインボトルだった。
「首長の棚を観ましたら、意外な年代ものがありましたの。サマーセットのオレアンダー産です。この時代、まずお目にかかれない品だと思いますわ」
『まさかと思うけど、盗んだの?』
「あら? 心外です。目に見えるところにありましたから、飲んでもらうために置いてあったのですわ」
(そんな訳ないだろ!)
とても元高貴なお姫様とは思えないセリフに、健人は思わず真顔で突っ込む。しかし、声が出ない為に変顔での口パクにしかならない。
そんな健人の様子を楽しげに眺めつつも、セラーナは嬉々としてボトルの栓に手を伸ばす。
「私、この時代のビンテージワインを飲むのは初めてですの」
(おい、コラ待て……)
止める間もなく、ビキッ……! とワインボトルの栓が、ボトルの注ぎ口ごと引き抜かれた。
健人が茫然としている間に、セラーナはローブの中から取り出したワイングラスにワインを注ぎ、すっ……と優雅な動きで口をつける。
細い首元がコクリと動き、艶めかしく嚥下されていく赤色の液体。
よく見ると、彼女の頬はほんのり朱が差していた。
『もしかして、もう酔ってる?』
「少し前に、貰っていた貴方の血を飲んだので、そうかもしれませんわね。まあ、いいではないですか。貴方もどうぞ」
そんなことを言いつつ、健人に別のワイングラスをローブから出して手渡してくる。
『こらこら、共犯者にしようとするんじゃない!』
「あら、紳士なら、女性からのワインを断るなんてしませんわよね?」
言うが早いか、セラーナは健人にからのワイングラスを無理やり渡すと、トクトクと中身を注ぐ。
落とすわけにもいかずに受け取ると、彼女はニコニコと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「ふふ、これで共犯者ですわね。首長には黙っていてくださいまし」
(まったく……)
渋々と言った様子で、健人は強制的に手渡されたワインを口に運ぶ。芳醇な香りと程よい渋みが舌の上で踊る。なるほど、確かに美味な酒であった。
だがそれ以上に、健人は隣で無邪気にワインを傾けるセラーナに目を奪われる。これまで彼女が見せてきた冷たく、陰気な様とは真逆の姿だった。
健人はもしかしたら、元々彼女はこういう性格だったのではないだろうか? と思い始めていた。お転婆というか、無邪気というか、好奇心旺盛というか……。
「お二人とも、何やってるんですか」
「あら、ソフィさん」
そこに、宴の準備をしていたソフィがやってきた。彼女はワインボトルを持つセラーナを見て、眉を顰める。
「それ、首長が隠していたお気に入りの一本ですよね。何勝手に持ち出してるんですか」
「見られたからには仕方ありませんわね。貴女もどうぞ」
盗みを観られたセラーナは流れるような動きで健人のワイングラスをソフィに手渡す。
「もう……」
以外にも、ソフィは少し逡巡しつつも、差し出されたワインを受け取った。
ソフィがワイングラスを口に運ぼうとしたところで、健人はハッと、我に返り、慌てて黒板に文字を書き、ワイングラスとソフィの間に差し込む。
『こら、未成年がお酒を飲むんじゃない』
「あら? 今の時代、子供は飲まないのですか?」
「いえ? 別にそんな決まりはなかったと思いますけど?」
(そうだった……)
タムリエルに適正な飲酒年齢を定めた法律などない。
日本ですら、それを定められたのは大正になってからだ。
実際、健人もソルスセイムで飲酒していた時期がある。
もしかしたら国によってはあるのかもしれないし、慣習的に飲酒が進められないという話はあるのかもしれないが、生憎と健人はその辺りのことは詳しくは知らなかったりする。
『とにかく、子供の体には悪いから止めなさい』
「これまでも首長の宴や晩酌に付き合っていたこともありますから、大丈夫ですよ。それに、私はもう子供じゃありません!」
(あ……)
とりあえず、渡されたワイングラスは取り返した方がいいだろうと思った健人だが、手を伸ばしたところで、ソフィがぷすっと不満げな顔で一気に中身を飲み干してしまった。
「はふぅ……。ほら、子供じゃないんですから、ちゃんとお酒だって飲めるんですよ」
(そういう問題じゃありません。まったく……)
飲んでしまった者は仕方ない。
一杯だけなら、大したことはないだろう。
そんな言い訳を頭に浮かべながら、呆れ顔でソフィから空になったワイングラスを取り返す。
「そんなことより、兄さん。今回、私頑張ったと思いませんか?」
そんな健人をよそに、ソフィはズイズイと身を乗り出して、健人に詰め寄ってくる。
確かに、デキソンの救出では大きな力になってくれたと思うが、ぷくぷくと頬を膨らませる様が妙に子供っぽい。
(もしかして、もう酔った?)
「あら? まだ甘えたい年頃なのですか?」
「兄さんに甘えているのは、セラーナさんだってそうじゃないですか。現に今だって……」
首を傾げる健人をよそに、セラーナとソフィはパチパチと視線をぶつけ合い始める。
何やら剣呑な空気が漂い始めたことに内心冷や汗が出るが、少なくとも、いつもの毅然とした領主代理の仮面が外れかけているのは確かである。
それ自体は悪いとは思わない。健人としては、ソフィにはできる限り素直に、ありのままの姿で生きてくれたら嬉しいのだ。
『ほら、二人ともしっかり。宴ももう始まるから、そろそろ行こう』
とはいえ、さすがに酒の力でタガが外れるのはいかがなものか。
そもそも、宴の前に酔っぱらっているのは、さすがに体面が悪い。
健人はとりあえず、二人間に割って入り、一階にもどるよう促す。
「むう、仕方ありませんね。兄さんは私の隣ですよ。セラーナさんはここで独り晩酌していてください」
「あら、一応私も御呼ばれしているのですから、参りますわ」
とりあえず従ってくれるものの、互いに余計な一言をぶつけ合う二人。
健人としては、胃がシクシクする思いだった。
ちなみに、セラーナはくすねたワインが気に入ったのか、注ぎ口をさっと魔法で凍らせ、こっそりフードの胸元に隠し直していた。
持っていく気なんかい! と健人は思わず心の中で突っ込む。
三人が謁見の前に戻ると、既に宴の準備は終わり、参加者たちも自分達の席についていた。
「おや、来たね。ケント、こっちに来な。ソフィと客人は彼の隣だよ」
一番上座についていたイドグロッド首長が、手招きして健人を右隣に座らせる。
その横にソフィ、セラーナの順に席が設けられていた。
ちなみに、カシトは健人から見て右側。下座ではあるが、一番前にいた。客人であるデキソンはその隣に座っている。
健人が席に着くと、イドグロッド首長直々に酒をなみなみ注いだ杯を渡される。
「さあケント、アンタのための酒だ。今日はつぶれるまで飲むといい」
(あ、ありがとうございます)
妙に爛々と目を輝かせる首長に気圧されつつ、健人が杯を受け取ると、彼女はすくっと立ち上がると、老人とは思えないほど張りのある声を上げた。
「皆、待たせたね。少し遅れたが、我らモーサルの英雄の帰還を祝おうじゃないか!」
「「「おおおおおおおおおおお!」」」
首長の音頭で、皆が一斉に杯を掲げた。
中身は当然、蜂蜜酒だ。ノルドの宴はこれがないと始まらない。
即座に一杯目を飲み干し、二杯目、三杯目を空にしたところで、各々が一斉に目の前の料理に手を伸ばす。
そして、謁見の間はすぐさま喧騒に包まれた。
「お疲れ様だ、ケント。改めて、よく戻ってきてくれた」
皆が各々料理を楽しみ始めたところで、隣にいたイドグロッドが健人の肩を叩きながら、空になった彼の杯に新しい蜂蜜酒を注ぐ。
片手がふさがってしまっている彼は、苦笑を浮かべつつ小さく頭を下げて礼を返すと、首長が注いだ手早く飲み干す。
そして、ほんのりと頬を赤らめながら黒板に白墨を走らせて掲げた。
『まだちょっと、ゆっくりはできなさそうですけどね。でも今は、楽しむことにします』
「それでいい。こんな時間があるから、私達は戦えるんだ」
そう言って、イドグロッドもグビッと蜂蜜酒をあおる。
ごきゅごきゅ! ぷは! と景気のいい音を鳴らす彼女の顔は、満足そうな笑みを湛えていた。
促されるように、健人は目の前の喧騒に目を向ける。
カシトはなにやら飲み勝負の賭けを始め、蒼の艶百合の少女達は、クレティエンの指揮の元、演奏を始めていた。
宴の雰囲気を壊さず、同時に参加者たちの気分を高揚させる選曲と旋律。ついこの前、大損害を被った旅団とは思えないほど、堂に入った演奏だった。
また、セラーナとソフィは執政であり、イドグロッドの夫であるアスルフルと、彼の子供である娘の若きイドグロッド、ジョリックの話をしている。
特にソフィは二人ともかなり親しいらしく、リラックスした笑みを浮かべていた。
少し彼女達の周囲に視線を向ければ、何人かの衛兵が話しかけたそうに視線を送っている様子が見える。
方向性は違うが、二人は『宴の華』としてはかなり目立つ。
衛兵達の興味を引くのも当然と言えた。
とはいえ、吸血鬼であるセラーナに対しても一定の距離を取りつつ興味を抱く辺り、この街の衛兵は他の地域とはかなり違う印象を受ける。
「ん? ああ、セラーナ嬢への反応は三年前の事件がきっかけだよ」
(え?)
「アンタがこの街に滞在していた時、よく来ていたドラゴン、覚えているかい?」
(ヴィントゥルースの事ですか?)
健人が首肯すると、イドグロッドはにんまりと意味深な笑みを浮かべる。
三年前にアルドゥインの手で蘇り、ウィンドヘルムを焼いた伝説級のドラゴンだ。
そして、この竜は健人に敗れて以降、何度も挑戦してきた。
ホワイトランのドラゴンズリーチからアルドゥインがいるスクルダフンに行く際にもちょっかいをかけてきたりと、何かと頭の痛い存在でもあった。
「あのドラゴン、アンタが姉を追って世界のノドに向かった後にも、アンタと戦おうと来てね。一時は殺し合いになりそうなほどだったんだが、ソフィが上手いこと治めてくれた」
ソフィがヴィントゥルースを止めていたという言葉に、健人は眼を見開き、思わず義妹の方に目を向ける。
「その後、ソフィは何度もドラゴンに挑むようになってね。ドラゴンの方もうざったくしつつも、決して彼女を殺すようなことはしなかった。結局、一か月ほどでドラゴンは去ってしまったが、あの一件がこの街の人達の意識を良くも悪くも変えた」
そこまで喋ったところで、首長は一度蜂蜜酒で舌を湿らせる。
「よく言えば、異なる“モノ”に対する、ある種の寛容さ、と言えばいいのかね。悪く言えば鈍感さを身に着けたのさ。セラーナ嬢に対しても、さすがに吸血鬼相手にベッドを共にしてくれとは言わないが、色香だけでも間近で嗅いでみたいという男心が働くくらいの、ね」
アンタとソフィの影響さと、イドグロッドは肩をすくめながら、飄々とした笑みを浮かべる。それは、健人が知らなかったモーサルの変化だった。
「お疲れ様です、イドグロッド首長。失礼します」
「挨拶は終わりましたの? なら、お酒の相手をしてくださいまし」
そこに、アスルフル達との話を終えたセラーナとソフィがやってきた。
「ソフィもお疲れ。それからセラーナ嬢、私の部屋から持って行ったワインについては特に言わないから、出しなさい」
「あら、バレておりましたのね」
「当然だよ。本当なら、今日この場で開けるつもりだったんだからね」
そう言って首長はセラーナの懐をまさぐり、ワインを奪い返す。
イドグロッドは凍り付いたワインの注ぎ口に呆れ顔を浮かべると、ナイフで氷を砕き、クイクイとワインボトルを揺らして健人に杯を開けるように促す。
(この短時間で、何杯目だろう……)
そろそろペースを落としたい健人であるが、お世話になった首長相手となれば、断るわけにもいかない。
注がれるワインを受け取り、ちびちびと口をつける。
そんな中、イドグロッドは唐突な話題を健人に降ってきた。
「それでケント。老人の戯言として聞いて欲しいんだが……アンタ、良い人はいるのかい?」
(はい?)
「将来、結婚を考えている相手ってことさ。従士であるアンタの相手は、モーサル全体に影響が出るからね。いるなら把握しておきたいんだが?」
一瞬、健人は首長の言葉が理解できなかった。
結婚? だれが? 俺が?
数秒間、目をぱちくりさせたところで、ようやく我に返った健人は、当惑しつつも、黒板に白墨を走らせる。
『いません』
「そうかい。それはちょっと困ったね」
首をこてんと傾ける健人に、イドグロッドは神妙な顔を浮かべる。
「アンタはドラゴンボーンだ。知名度はリータ・ティグナには及ばないが、その重要性は彼女以上。となると、色々と面倒だろう?」
「彼の血筋、ですか?」
セラーナの言葉に、イドグロッドは神妙な表情で頷く。
「ああ。ドラゴンボーンの血は、この世界では特に重要だ。タイバー・セプティムがいい例だろう」
『そもそも、遺伝するんですか?』
リータの子供達には、ドラゴンボーンの血は伝わっているようだった。
しかし、健人の子供も同じという保証はない。
そもそも、健人自身がかなりイレギュラーな存在であり、異世界人であることを考えれば、タムリエル人と子供ができるかどうかも全く不明だ。
「ケントの身の上をよく知らない権力者たちにとっては関係ないさ。自分達の息のかかっている異性を傍に置くことに意味がある。で、だ。ケントの帰還は、遅かれ早かれ知られるだろう? なら、そんな奴らをけん制しておかなきゃいかん」
そこまで語ったところで、イドグロッドはグイっと残ったワインを一気に飲み干す。
次の瞬間、健人の眼前に首長の赤らんだマジ顔が一気に迫ってきた。
クマが突進してきたかのような圧力に、健人は思わず身を逸らす。
「だからケント、早々に婚約者を作るんだ」
(いきなりそんなこと言われましても!?)
「ちなみに、私のおすすめはソフィだ」
(……はあ!?)
続く予想外の台詞に健人が混乱の渦に叩き込まれる中、イドグロッドはソフィの肩を掴むと、彼女をズイッと前に押し出す。
「この娘はいい子だ。まだちょっと育ち切っていないが、あと数年すればだれもが目を見張るほどの女になるだろう」
(いや、それは……)
健人は思わず、前面に突き出されたソフィの方に目を向ける。
彼女はモジモジと俯きつつも、頬を赤らめながら健人を上目づかいで見つめていた。
そして彼女は、恥ずかしそうに胸元から銀色のペンダントを取り出す。
「兄さん、これ……」
マーラのアミュレット。
この世界では異性に求婚する際に、身に着ける品である。
それをなぜ、彼女が付けているのか。先ほどのイドグロッドの言葉と相まって、健人の頭を強烈な衝撃が襲ってきた。
(は? へ? え?)
言葉が出ない。そもそも健人は失声の身なので、声が出るはずもないのだが、そんなことも忘れて、健人は呆けた息を漏らす。
『いやいや! ソフィは妹ですよ!? それに歳だって相当離れてますし!』
慌てて黒板に文字を書きなぐって、掲げる。白墨で書かれた文字はぐちゃぐちゃになってしまっているが、そんなことすら気が回らないほど、彼は動揺していた。
「だが、三年分は縮まっているだろう? それに、英雄の結婚に歳の差なんて関係ないよ。アンタの価値を知れば、娘が一桁でも婚姻を進めてくる輩も出てくるだろうね」
しかし、イドグロッドはそんな健人の動揺も予想していたのか、淡々とした口調で健人の逃げ道を塞ぎにかかる。
彼女にとって、従士である健人の婚姻を世話することは当然であり、同時に首長として最大限の利益と安全を考えて行動している。
ソフィとの結婚は、ドラゴンボーンである健人をこの地に縛りつけるための最大にして、最良の選択だった。
健人とソフィは互いに根無し草であり、下手なしがらみがない。かつ、ソフィはハイヤルマーチホールドで住む者の中で、最も健人とつながりが深い。
功績に関しては村一つの統治なのでまだ足りないが、将来性は十分。
さらに、彼女自身も健人を想っているとなれば、激推しは確定である。
(なんじゃそりゃああああああ!)
とはいえ、肝心の健人の方は寝耳に水どころか、寝耳にドラゴンシャウトな話。声にならない無音の絶叫が、彼の口から漏れる。
余談だが、タムリエルで知られた歳の差婚となると、狼の女王ポテマが有名であろう。
時の皇帝の娘であった彼女は、十四歳で当時のスカイリム上級王に嫁いでいる。
まあ、色々と大問題を起こした女王ではあるが、歳の差婚が実際にこの世界でもあるのだ。
ちなみに、地球でも昔、ある王族が生まれる前の赤ん坊と婚姻を結び、出産数日後に結婚した話があったりする。
定命の者の変態性に、世界の違いなど些細なもの……という証明ができるかもしれない事例である。
『それでも、ソフィはまだ結婚できる年齢じゃないですよ』
もちろん、健人はそんな話など知らないし、ロリコンではない。
そもそも彼は同年代との結婚が当たり前で、晩婚化すら叫ばれる現代日本出身。十三歳の義妹と結婚なんて、考えられるはずもない。
「もう数年すればいいのかい?」
(いや、それは……)
せめてもの抵抗……かどうかは本人もよく分からないが、健人はソフィとの年齢差を出すが、イドグロッドは健人の言い分など簡単に予想できる。
ここで「はい」と頷こうものなら、その瞬間にソフィとの婚姻が決まってしまうだろう。
『そもそも、俺自身が結婚とかイメージできませんよ。それに、俺の中でソフィはやっぱりまだ妹なんです』
健人にとって、ソフィは可愛い妹だ。
確かに、三年という月日の差を実感はしているが、その点に変わりはない。
だから、彼女と結婚というのを受け入れるのは、今の健人にはできなかった。
「なるほど。その辺りも三年の時間差の影響か。ソフィはどう思う?」
しかし意外にも、イドグロッドは交渉役から降りるように、ソフィに話を振った。
「イドグロット首長……」
「ノルドの女なら、自分の言葉で好いた男に振り向いてもらうんだ」
いつもの胡散臭い笑みではなく、孫を見守る好々爺といった雰囲気。
ソフィは一度胸に手を当てて目を伏せると、静かに顔を上げた。その瞳に宿る強い光に、健人も自然と息を飲む。
「兄さん……私に魅力は感じませんか?」
静かな、独白のような告白。
健人は首を振る。
少なくとも、魅力は感じてくれている。その事実に、ソフィは小さく安堵を漏らす。
「もちろん、私にとって兄さんは大切な家族です。でもそれ以上に、恩人で、憧れで、目標で、なにより一緒にいて欲しい人です。あの冷たいウィンドヘルムの裏路地で、出会った時から……」
淡い想いの原点。
誰もが哀れみを浮かべながらも見て見ぬふりをする中、たった一人、手を差し伸べてくれた人。あの時から、彼女の道は始まった。
「私、頑張りました。兄さんの隣に立てる女性になりたいから」
三年間、胸に抱き続けてきた思いを語るソフィ。
そんな彼女の告白に、健人は静かに白墨を走らせる。
『正直、再会した時は、とても成長して可愛くなっていたから、吃驚したよ。ウィンドスタッドの統治も、きっと俺よりもうまくできていると思う』
ソフィとの再会は、彼にとっても驚きの連続だった。
村の規模まで発展したウィンドスタッドも、それを導いたのがソフィだということも。
なによりも、健やかに成長し、将来を期待させるほど強く、美しくなっていた彼女自身に。
その衝撃は、もしかしたらリータと再会した時以上だったかもしれない。
『だからこそ、俺の因果で必要以上に君を縛りつけたくない』
しかし同時に、妹の成長は健人には新たな枷を意識させることになった。
ドラゴンボーンの因果。吸血鬼と係わった事の因果。そして、その裏にいるであろう神々。
健人はそれらと、深くかかわってしまっている。
もちろん、彼女が戦いに加わることを、健人は認めた。それが、自分の身を守れるほどの力を手に入れた義妹との約束だったから。
だが、このレベルの話となると、健人としても自分の気持ちを飲み込んだままにするわけにはいかなかった。
「兄さんの言うことも分かっています。兄さんが私の人生を縛りたくないと思ってくれているのは。でも、私は縛りつけて欲しいです。こんなこと、兄さんにしか言いません」
そんな健人の気持ちを聞かされたソフィは、意外なことに嫌な顔はせずに、どこか穏やかに微笑んでいた。
ソフィ自身も、まだ自分が兄に受け入れてもらえるとは思っていなかった。
再会した当初は、もしかしたら……という感情はあった。でも、それはすぐに消えた。
三年の間、自分の気持ちを育ててきたソフィと、飛ばされた兄。二人の意識に差が生まれるのは当然だったから。
「でも、兄さんの気持ちは分かりました。私はまだまだ、努力しないといけないみたいですね」
だが、少なくとも兄の気持ちは聞けた。
今すぐ受け入れてもらえなかったことは確かに悲しいが、それでも大きな前進だ。
少なくとも、ずっと遠い存在だった兄に近づけたのだから。
ソフィはチラリと、隣のセラーナに目を向ける。眼帯の奥の瞳が、大きく揺れているように見えた。
目下、自分の最大のライバルであり、あの兄も少なからず惹かれている女性。
最初から女性として見られている彼女には、正直嫉妬も覚える。
それでも、ソフィはノルドだった。
ならば、正面から戦って、兄の気持ちを勝ち取ろう。
「覚えておいてください、兄さん。ノルドの恋は、万年雪を溶かすほど熱いんです。私は必ず、兄さんを振り向かせてみせます」
空を照らす太陽を思わせる満面の笑顔で、ソフィは兄とセラーナに向けて、そう宣言した。
「ま、二人の答えも聞けたんだ。後は宴を楽しむとするかね」
イドグロッドの一言を待っていたかのように、宴の場に流れていた演奏が止まる。
そして、一人の美女が会場の真ん中に静々とした足取りで出てきた。
それは、艶やかな赤のナイトドレスを身に纏ったクレティエンだった。
「お歴々の皆様、本日はこの英雄への宴で新生「蒼の艶百合」の演奏を披露させていただき、感謝いたします」
本来の彼女からは考えられないきりっとした表情で宴の会場の中心に立つと、健人とイドグロッドに向かって微笑み、恭しく帝国式の礼をする。
「この場を記念いたしまして、本日の主役、我らの恩人でもあるケント・サカガミ様へ、私達の中で最も優れた演奏者から、一曲、捧げさせていただきます」
そう言ったクレティエンがススっと端に寄ると、演奏団の中から可憐な少女が出てきた。
白を基調としたドレスを身に纏った、可憐な少女。
深紅のバラのようなクレティエンとは違う、白百合を思わせるその姿に、会場のあちこちから感嘆のため息が漏れる。
「ルナ?」
(あれ? 彼女が演奏するのか?)
「おや、知り合いかい?」
「ええ。私達が彼女達と一緒に行動していた時に少し……」
会場にいる者達から注目を浴びる中、ルナは楚々とした歩みで健人達の前へと歩み出た。
白百合を思わせる衣で着飾った彼女は、宴の席の人々の注目を一身に浴びながら、おもむろに手に携えたリュートを構える。
綺麗な、芸術品を思わせる佇まい。その静謐な姿に当てられ、会場の喧騒が一気に消え去る。
リュートを構えたルナの瞳が、上座に座る健人を捉えた。その赤く熱された黒鉄のような、ジンワリと染みわたるような眼差しに、健人は思わず息を飲む。
前奏が始まった。ルナの口がゆっくりと開く。
“我らの英雄、我らの英雄、求めたもう戦士の心”
ルナはほっそりとした指で滑らかに弦を弾き、澄んだ冬の空を思わせる歌声を響かせていく。
謡われるのはドラゴンボーンの歌。
モーサルの英雄を称えるに相応しい選曲である。
だが、ルナにとっては、唯一信じられる英雄へと捧げる歌。
“伝えよう、伝えよう、ドラゴンボーンが来る。古きノルドの御業、猛々しい声と共に”
演奏を続けながら、ルナは目に焼き付けるように、少し離れた場所にいる彼を見つめ続ける。
ずっと沼の底のような場所にいた。
オナーホール。臭いラットウェイ、沼の底に沈み続けた中で、唯一見つけた光。
“信じよ、信じよ、ドラゴンボーンが来る。スカイリム全ての仇、悪しき敵に終止符を打つために”
正面から、この気持ち伝えることはできない。
穢れた身であるという意識は、未だに彼女の心に根強く残っている。
隣にいる“義妹”のように素直に自分の気持ちを伝えることはできないし、“セラーナ”のように背中を預けられるほどの力もない。
“お前達は知るだろう、お前達は知るだろう。ドラゴンボーンが来る”
だけど、想いは止められない。
そして、同時に考えてしまう。
彼はまだ、これから困難な道を進まなければならない。
(だから、せめて祈らせて。慰めさせて。それが、私に今できる唯一の事だから)
奏でられる歌声は徐々に熱を帯び、それに伴うように、ルナの瞳は、抱く淡い光をさらに強めていく。
気が付けば、誰もが歌う彼女に目を奪われていた。首長も、ソフィも、セラーナも、そして、健人すらも。
想い人が自分だけを見てくれる。その事実に、彼女のテンションは最高潮を迎える。
(好きです、愛しています、想っています。どうか、ご無事で……)
ドヴァーキン、ドヴァーキン。
ナル・オク・ジン・ロス・ヴァーリン。
ワー・ダイン・ヴォクル・マーファエラーク・アスト・ヴァール。
アールク・フィン・ノロック・パール・グラーン。
フォド・ナスト・ホン・ジンドロ・ザーン。
ドヴァーキン・ファー・ヒン・コガーン・ム・ドラール。
ドラゴンボーン、ドラゴンボーン。
彼の名誉に誓う。
悪しき者が永遠に立ち入らないように。
そして敵が一目散に敗走するように。
勝利を告げるシャウトを聞く時だ。
ドラゴンボーン、貴方に祝福を。
心の中で“ズゥーウ・ホゥンネ……私の英雄”と呟きながら、ルナは後奏を追える。
数秒の沈黙ののち、割れるような歓声と拍手が巻き起こる。だが彼女はその歓声にこたえることはなく、一際熱を帯びた視線を健人に送ると、静かに一礼して背を向けた。
「これはこれは、面白いことになりそうじゃないか」
「兄さん、帰ってくるまでのこと、もう一回詳しく教えてもらえますか?」
「…………」
首長と恋敵たちの様子を背中に感じながら、ルナは会場を後にし、すぐさま先ほどの演奏の内容を思い返す。
今の自分にできる最高の演奏だった。
でも“今”の最高でしかない。
もっと上手く、美しく、彼のことを奏でたい。
リュートだけじゃない。竪琴でも、フルートでも。あらゆる楽器で。
(でも……)
分かってくれたかな? 察してくれたかな?
ほんの少しでも、彼の心に入り込めていたのならいいな……。
想いは乗せた。いつか、最高の歌でもう一度伝えたい。
消えることのない熱を胸に、彼女は艶やかに微笑んでいた。
いかがだったでしょうか?
前話がシリアスだったので、こっちはシリアルです。
一番の話題は、健人の結婚相手についてでしょうね。
健人もドラゴンボーンであり、さらに男性なので、リータと違い、その気になれば多数の女性をあてがって複数の子供を作ることも可能となれば、非常にセンシィティブ。
今後ですが、本来のドーンガードのストーリーラインからは少し離れる予定ですので、少し間が開くと思います。
気長にお待ちいただけたら幸いです。
以下、登場人物紹介。
・セラーナ
色々と素が出始めた酔っ払いお姫様。
本来の彼女は割とおてんば気質であり、健人の前ではそれが顕著に表れるようになっている。
健人の血とお酒の相乗効果でほろ酔い気分。さらに健人に甘えるなど上機嫌だったが、義妹の告白とルナの演奏により、内心ブリザード。
・ソフィ
ついに兄に想いを伝えた義妹。
ノルドらしく、兄と隣の吸血姫に正面から宣戦布告を突き付けた。
首長の後押しもあり、現状最有力候補として驀進中。
ちなみに、直前に飲んでいたワインの影響も多分にある。未成年に酒を飲ませてはいけない。
肝心の兄にとっては青天の霹靂、寝耳にシャウト。
・ルナ
最有力候補が正面から猛攻を仕掛けている中、横から奇襲を仕掛けた策士。
本音としては、歌詞の中に”私の英雄”と入れたかった。
告白できないといいつつ、内心では自分を見てほしいという女の情が垣間見える。
ちなみに、演奏ではがっちり恋慕が混ざっているので、聞いた女性陣には完全に察せられている。
・健人
未だに現代日本の感性を色濃く残している話題の中心人物。
妹に告白され、さらに首長から婚姻を薦められるという状況に頭を抱えている。
さらには、ルナの異様な気配を伴った演奏もあり、完全に許容値をオーバーした。
とりあえず爆発しろ。