【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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お久しぶりです。
ドーンガード編、第三章を開始したします。


ドーンガード編 第三章
第一話 重なる災いの影


 おぞましい、禍々しい。そんな言葉では表せないほど、醜悪な光景が目の前に広がっていた。

 空に浮かぶ真紅の月と、青白い邪神の姿。その足元で邪神を賛美するかのように、両手を掲げる父。そして、地面を覆いつくす、血にまみれた死体の数々。

『悪夢』と呼ぶにはふさわしい光景だろう。

 千人もの生贄を捧げ、父は灰色の怪物と化した。そんな彼を空虚な目で見上げ続けていると、ふと己の両手が目に飛び込んでくる。

 父と同じ灰色と化した肌。それを覆うように、べっとりと深紅の血が纏わりついている。

 

「ああ、これは、あの時の……」

 

 初めて『力』に覚醒した際の光景。

 いや、真の意味で『怪物』となった時の記憶。

 千人を超える無辜の民を贄に、父は吸血鬼の王となった。

 そして、私と母も……。

 全身に浴びた熱い血潮。香しくもそそる血臭が鼻腔をくすぐり、人であった時そのまま地面に並ぶ贄達の血を啜っていた。

 今思えば、この上なくおぞましい姿だろう。

 そんな私の横で、母は力を手にした父を冷たく見上げていた。

 忘れられない記憶。そして、私達家族の帰還不能点。

 

「っ……」

 

 ふと我に返り、窓の外に目を向ける。

 いつの間にか、外は朝日に照らされ始めていた。

 封印から逃れてから、まともに眠れたことなどない。

 いや、それは封印される前からだった。吸血鬼となったその日から、安らぎなどとは無縁になっている。

 その時、二階からトントン……と階段を下りてくる音が響いてきた。

 

「あ……」

 

 誰なのかはすぐに分かった。先ほどまでの陰鬱さが、瞬く間にしぼんでいく

 代わりにこみ上げてくるのは、捨て去ったはずの安堵。スカイリムの永久凍土のように凍り付いた心臓が、トクン……と熱を帯びる。

 導かれるように椅子から立ち上がり、鏡の前へ。急かされるように手櫛で髪を整える。

 寝ていないから寝ぐせなどはないのだが、それでも気が付けばそうしていた。

 聞こえてくる足音が近づいてくる。通り過ぎるタイミングで、扉を開いた。

 

「あら、おはようございます」

 

 偶然を装い、彼に声をかける。

 一瞬驚いたような表情を浮かべるも、彼はすぐに笑みを浮かべながら黒板を掲げてくれた。

 

『おはようございます。早いですね』

 

「一応、居候の身ですから」

 

 持ち前のにこやかな鉄面皮で誤魔化しつつ、春の日差しを思わせる温もりに身をゆだねる。気づかれぬようにしているが、自然と笑みはこぼれてしまう。

 

「今日も鍛練ですの?」

 

 ケントが小さく頷く。

 彼は鍛練を欠かさない。ドラゴンボーンとしてうんぬんと言うより、この世界で生きていくうえで、様々な厄介事に関わってしまったことからの習慣なのでしょう。

 実際、父や、彼の身に残っているモラグ・バルの魂縛のこともあります。

 気が抜けないのも、無理はないでしょうね。

 

「では、私も参加したします。今日もお願いいたしますね」

 

 胸の高まりを誤魔化すように言葉を返す。

 これまでは怠惰に生きていただけですが、私もこの村に来てから鍛錬を行うようになっています。

 魔法に関してはそれなりとの自負がありますが、彼と戦いを潜り抜けていく中で何となく、このままではいけないという感覚を覚えるようになりました。

 今ではケントやドーンガードの面々と共に、嗜みだった剣の扱いや魔法などを実戦の中でより活用するにはどうすればいいかなどを学んでいます。

 何かを学ぶというのは数千年ぶりですが、なんというのでしょうか。あの陰気な城にこもっていた時よりも、生きているという実感がします。

 

「…………」

 

「ふふふ……」

 

 互いに並んで玄関へ向かいます。

 思わず漏れる笑み。

 ほんの僅か。十数歩ほどの道のりですら、心が躍る。

 玄関から外に出ると、気持ちを引き締めろと言うかのように、朝の冷気が頬を叩いてきました。

 そのまま玄関前を回り、南側の海岸に面した開けた場所へ。

 ウィンドスタッド邸の庭。そこには、ドーンガードの面々が待っています。

 拠点を失い、メンバーの大半が殺されてしまったドーンガードだが、今はこのウィンドスタッド邸で活動をしています。

 他には、ウィンドスタッドの衛兵三人の姿。

 彼らもまた、早朝訓練に参加しております。

 

「来たな。では、始めるか」

 

『ええ、よろしくお願いします』

 

 訓練は基本、組手の形で行われます。

 最初に組手を始めたのは、ケントとイスラン。互いに向き合い、得物をぶつけあい始めました。

 双方、この世界でも最高峰の剣腕、技術の持ち主。

 すぐに余人では介入できないほどの苛烈さとなり、鳴り響く金属音が、まるで落雷のように響き始めます。

 

「じゃあ、こっちも始めるか」

 

「ええ、お手柔らかにお願いしますわ」

 

 私が相対するのは、イスランに次ぐ実力者であるガンマー。

 獣使いである彼の背後には、当然のごとく、僕であるトロールが控えていますが、訓練には参加いたしません。

 ガンマーとしても、自身の強さを磨くため、そして配下であるトロールに己がリーダーであることを示す目的もあるのでしょう。

 

「むん!」

 

「甘いですわ!」

 

 突っ込んできたガンマーが双斧を振り下ろすが、私は手にした剣で弾き返しつつ、反撃のアイスストームを放つ。

 正直、生半可な相手なら即座に凍り付けになる魔法ですが、ガンマーなら避けきるだろうと信じて遠慮なく撃たせていただきます。

 実際、ガンマーは私の魔法を横に跳んで避け切りました。

 思った以上に余裕をもって躱されましたわ。もう少し、魔法の発動を速めるよう意識しなくてはなりませんわね。

 ガンマーの感の良さというか、見切りの良さを私が実感している一方、ガンマーも、私の剣捌きに驚いている様子。

 一応、こう見えても剣の扱いはそれなりに身に付けておりますの。

 もちろん、ケントやイスランには及びませんが、生半可な相手なら圧倒できるだけの力はあるつもりですわ。

 その後も、何度か攻防を繰り返します。時間にして、一時間くらい経ったところで、ガンマーが双斧を降ろしました。 

 

「ふう、こんなものかな」

 

「ええ。相変わらず、良い腕ですね」

 

「アンタもな。やっぱりそれなりに剣も使えるんだな」

 

「嗜み程度です。ケントやイスランにはとても及びませんわ」

 

「だが、アンタの本質は魔法使いだ。その強力無比な魔法は他に類を見ない」

 

「そうですわね。一応、私の数少ない手札ですわ」

 

 実際、私が持つ魔法の中には、ブリザードを始め、超広範囲に絶対的な死を与えるような魔法が複数あります。伊達に千年以上生きてはいませんわ。

 そう言いつつ、私は近くの柵に掛けて置いたタオルを手に取り、頬を拭う。綿を編み込んだ布に広がる、汗の染み。

 

(やはり、本物の強者を相手にするのは、たとえ鍛練でもそれなりに緊張を強いられますわね)

 

 そんなことを考えながら、私は自分の汗を拭きつつ、少し離れたところに視線を向けます。

 イスランとケントは、未だ激しく斬り結んでいました。

 まるで二つの台風がせめぎ合うような激しい剣戟。

 武器を振り抜く勢いには遠慮や気づかいというものは一切なく、ぶつけ合う気迫もまさに実戦そのもの。

 当然だが、互いの得物には刃抜きなどはされていません。一歩間違えれば、重傷間違いなし。とても訓練とは思えない光景ですわ。

 互いにこのくらい打ちこんでも相手がミスをすることはないと踏んではいるのでしょうが、それにしても尋常ではない激戦です。それだけ、二人の技量と度胸が隔絶しているのでしょう。

 

「脇が甘いぞ、アグミル」

 

「は、はい!」

 

「アグミルさん、筋は悪くないと思いますよ、すくなくとも、モーサルの衛兵達と比べれば、間違いなく上です。傭兵だったアスルフルさんといい勝負はできると思いますよ。それじゃあデュラックさん、お願いしますね」

 

「あ、ああ……」

 

 少し離れたところで、訓練をしているのは、デュラック、アグミル、ソフィさんの三人。

 ドーンガードが壊滅した影響でしょうか。手合わせをしているアグミルの表情には、余裕がないように見えます。

 一方でソフィさんは、年不相応の落ち着きを見せていますわ。

 元々、ケントの傍で彼の剣腕を見続けていたこともあるのかもしれません。数年の間、一つの村を立派に統治していた経験値は伊達ではないということなのでしょう。

 最初にアグミルとデュラックが手合わせした後、ソフィさんが交代。

 幼い(と言ったら本人は怒るだろうが)彼女がきつい訓練に交じろうとする姿に、デュラックも努めて淡々としていますが、若干戸惑っていますわね。

 

「来なさい、ウィルトゥス!」

 

 オオカミの召喚獣を呼び出し、続いて魔力の弓を生成。咆哮と共に飛び出したウィルトゥスに合わせて、デュラックに立て続けに魔力の矢を放ちます。

 デュラックはまさかソフィさんが召喚魔法を使うとは思っていなかったのか、一瞬驚いた顔を見せるも、そこは歴戦のオーク。

斧で噛みつこうとしてくるウィルトゥスをけん制しつつ、迫る矢を躱していますわ。

 

「ガウゥ!」

 

「ぬ!?」

 

 デュラックの一瞬の隙を突いて、ウィルトゥスがデュラックの右足に噛みつきました。

 ドーンガードの足具は強固で、オオカミの咬合力程度ではびくともしないが、それでも動きの制限はかなりかかります。

 その間に、ソフィさんは一息に三本の矢を放ちます。

 こうしてみると思いますが、とても十代前半の少女が持つ技量ではありませんわね。

 しかし、デュラックも斧の側面と柄でソフィが放った三本の矢を全て防ぎきっています。続いて彼の刃が向かうのは、未だに足に噛みついているウィルトゥス。

 

「むん!」

 

「っ、ウィルトゥス、退いて!」

 

 振り下ろされたデュラックの刃。ウィルトゥスは弾かれたように横に跳ぶと、そのまま後退。主である少女とデュラックの間に入り、頭を下げて唸りを上げます。

 

「さすがは、あの男の妹殿。とても十三歳とは思えないな」

 

「ありがとうございます」

 

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げる彼女。淡々とした声色だが、口元が僅かに緩んでいます。

 その様子を少し離れたところから見学していたアグミルは、若干羨ましそうな目でソフィさんを見つめていました。

 彼からすれば、自分より年下の少女がデュラックに認められているとなれば、気にするなというのは難しいでしょうね。

 

「ぐう!」

 

「ほらアレサン、しっかりしろ!」

 

「さ、次々行くわよ!」

 

「ひいぃいいい!」

 

 さらに別の場所では、ウィンドスタッド村の衛兵であるアレサンが、同じ衛兵のアスルフルとドーンガードのソリーヌに鍛練をつけられていました。

 クロスボウを主武装として使うソリーヌですが、接近戦ができないわけではない様子。

 現に彼女は左手に片手剣、右手にクロスボウを持ち、剣を手にした左手の二の腕にクロスボウの頭を支えるというかなり変わった構えで、アレサンの相手をしています。

 高威力のクロスボウを突きつけて相手をけん制しつつ、隙あらば斬りかかるというスタイル。もしくは剣で相手の防御を崩し、そこにクロスボウを撃ち込むつもりなのでしょう。

 心なしか、クロスボウが少し小型化しているように見えます。元々技術者であるソリーヌ。そちらの方も手を加えているようです。

 ちなみに、ソリーヌはアレサンの前にアスルフルと組み手をしていました。

 結果は見ていませんでしたけど、多分ほぼ互角、もしくは若干ソリーヌが押していたように感じましたわ。

 しかし、元々傭兵だったアスルフルはともかく、まだ体が発達しきっていないアレサンは、彼女の相手に四苦八苦している様子。

 実際、放たれるクロスボウに機先を制され、続いて片手剣の連撃が加えられています。

 ソリーヌは女性だからそれほど腕力はありませんが、長年戦いに身を置いた者特有の鋭さがあります。

 それは動きそのものではなく、練密な各動作。そして迷いのなさ。

 

「思った以上に粘るわね」

 

「一応、それなりに鍛えてはいるからな」

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 しかし、アレサンの方も想像以上の粘りを見せています。

 一応、この村の衛兵としての、相応の鍛練は積んでいるということなのでしょう。

 

「頑張っているようですね」

 

 そこに、先ほどまでデュラックと組み手をしていたソフィさんがやってきました。

 額に汗が浮いていますが、まだまだ大丈夫と言った様子。

 やはり、この子は強い。とても十三歳とは思えないほどに。

 自分が彼女と同じくらいの時はどうだったろうかと、ふと思う。

 魔法という分野ならともかく、あそこまで戦うのは無理でしょう。そういう意味では、彼女も義兄と同じく、ある意味異常と言えますわね。 

 

「お疲れ様です。村長代理」

 

「アスルフルさんも、朝からお疲れ様です。ついでですので、今日の予定を確認しておきたいのですが?」

 

「はい。今日の午前中はアレサンと、村の外の見回りを行います。午後からは牛飼い達の手伝いをしようかと」

 

「分かりました。よろしくお願いしますね」

 

 ふとそんなことを考えていると、ソフィさんがアスルフルに今日の予定を尋ねていました。僅かな時間も、部下の行動の把握とコミュニケーションに利用する。なんというか、統治者としても無駄のない方です。

 

「分かりました。それで、アレサンの方は……」

 

「げふぅ!」

 

 そこに、ソリーヌさんと戦っていたアレサンが飛んできました。

 どうやら、強烈な前蹴りをくらった模様。彼もソフィさんと同じく、二次性徴を迎え始めたばかりで体が成長しきっていませんから、腕力では限界がありますでしょうね。

 アスルフル達もそれを見越して、先に効率的な体の動かし方を教え込むつもりなのでしょう。ダメージの方も、鎧越しに蹴られただけですから、派手に吹き飛んだわりに少なそうです。

 とはいえ、かなり疲労はしているのか、倒れ込んだまま荒い息を吐いています。

 

「おいアレサン、しっかりしろ。愛しの村長代理の前で情けない姿を見せるのか?」

 

「っ、いや、まだやれます!」

 

 ところが、アレサンはアスルフルの叱咤激励に、突然元気を取り戻しました。

 その際、一瞬視線がソフィさんに……。

 なるほど。これは面白いことになっているみたいですわね。

 一方、ソフィさんはアレサンの奮闘を見て静かに笑みを浮かべています。

 あれは気づいているのでしょうか?……いえ、多分気づいていませんわね。単純に微笑ましいという感情しか見えませんわ。

 

「アレサンも、少しづつ腕を上げているみたいですね」

 

「ええ、この村に来たばかりの頃は、そもそも一週間生きられるかどうかって感じでしたけど」

 

「あら、そうなのですか?」

 

 ちょっとした興味本位から、思わず会話に混ざり、尋ねてしまう。

 私の方に視線を向けたアスルフルの表情が、少し強張った。

 

「あ、ああ。一年くらい前に村の外に倒れていてな。かなり衰弱していて、それを村長代理が助けて、以降村の一員になったわけだ」

 

「なるほど……」

 

 緊張を含んだ返答。まだ求婚を断られたことを引きずっているのかしら?

 とはいえ、私が彼にしてあげられることはありませんので、気づいていないふりをしつつ、視線をソリーヌとアレサンに戻します。

 

「はいここまで!」

 

「はあ、はあ、はあ……。あ、ありがとうございました」

 

 一度大きく得物をぶつけ合ったところで、ソリーヌが終了を告げました。

 いまにも倒れそうなほど疲労しているアレサンと違い、ソリーヌは涼しい顔です。

 そのまま彼女は、アレサンの動きについて、アドバイスを始める。

 

「筋は悪くないけど、一回一回の動作が途切れがちね。考えるのはいいことだけど、それに囚われすぎると結局動きが鈍るわ。まずは、自分の体を思い通りに動かせるようにしてから、一つ一つの型を体になじませること。そうすれば、自然と正しい動きを滑らかにつなげられるようになるわ」

 

「が、がんばります!」

 

「うん、いい返事ね。後で、弓術についても教えてあげるわ」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 現在、ウィンドスタッドには村の規模には見合わないほどの強者たちがそろっている。力をつけるのに、これ以上のチャンスは無いでしょう。

 若さというか、生命力を感じさせますわ。

 ……なんとなく、この考えは良くないような気がします。一旦切り替えましょう。

 

「さて、これで皆さん大体終わりましたわね。後は……」

 

 そして、この場にいる者達の視線は、組手を続けている最後の一組へと向かいます。

 

「ふん! ふぅ! ぜえええいいい!」

 

「っ! っつ! ……!」

 

 それは当然、ケントとイスランの二人。

 得物は、ケントがオリハルコンのブレイズソードと落氷涙。イスランがドーンガードの大槌を両手に持ち、腰には予備の武器である片手剣を差しています。

 イスランの大槌がドラゴンの尾のようにしなりながら振り下ろされ、ケントの刃が嵐に耐える樫の木のようにしなやかに受け流す。

 二人の得物が激突する度に、雷のような火花が散り、大気が渦を巻く。この二人、本当に別次元の強さですわね。

 

「むん!」

 

 体格差を活かした体当たりをイスランが繰り出す。

 健人はまともに受けないように間に腕を挟み込みますが、僅かに間合いが開きました。

 攻防のバランスが、イスランに傾きます。

 繰り出される強烈な横薙ぎ。ケントは横に跳んで勢いを殺しつつ、ブレイズソードと落氷涙を掲げて防ぎますも、完全には受け流しきれず、体が流れました。

 好機と見たイスランが、更に追撃をかけようと踏み込みます。

 ですがその時、ケントが僅かに腰を落としたかと思うと、彼の姿が、まるで蜃気楼のようにぼやけました。

 

「っ!?」

 

 一瞬、逡巡を見せるイスラン。

 二人の戦いに魅入られていた他の皆も、おもわず呆けた様子を見せています。

 刹那の後、姿を消した健人が、イスランの側面に現れました。

 腰だめに構えたブレイズソードが、イスランの脇腹めがけて振り上げられます。

 ケントの奇襲に気づいたイスランは目を見開きつつも、即座に対応。なんとか引き戻した大槌の柄で、ケントの刃を受け止めました。

 

「むうっ! その技、以前は見なかった。隠形の一種か!?」

 

「っ!」

 

 驚くイスランをよそに、ケントの追撃はさらに続きます。

 刃を振り上げた勢いそのままにイスランに体を寄せ、左の落氷涙を上から大槌に引っ掛ると、そのまま体を斜め後ろに流しつつ、腕を一気に引き落としました。

 激しく上下に振られた大槌が地面に突き刺さり、イスランの体が完全に流れます。

 ケントはさらに体をたたみながら一回転しつつ、再度斬り上げを一閃。振り抜かれた刃はイスランが持つ槌の柄へと滑り込み、カン! と甲高い音と共に真っ二つ断ち切られます。

 

「ぐぅ!」

 

「イスランの槌を破壊しやがった!?」

 

 観衆が騒めく中、繰り出されるケントの追撃。

 薙ぎ払われた双刀がイスランの胴に吸い込まれていきます。

 しかし、イスランもさしたるもの。即座に予備として差していた片手剣を引き抜き、ケントの剣を迎撃。

 弾かれたのは、なんとケントの方でした。

 

「っ!?」

 

「すまないが、私は剣も使える。どちらかというと、こちらの方が得意でね」

 

 ケントの攻勢を防ぎきったイスランが、再度攻勢に出ます。

 その剣戟は荒々しくも流麗。しなやかな筋肉を持つレッドガードの資質を完全に活かした、まるで竜巻のような連撃でした。

 そもそも、レッドガードは『剣』という存在を、己の生活や生き方に異様なまでにすり込んだ民族。

 そんなレッドガードであるイスランが、剣を扱えないはずありません。

 

「っ……!」

 

 渦潮に飲まれた木の葉のように、翻弄されるケント。叩きつけられるイスランの刃が産み出す火花が、まるで餌に群がるカラスのようにケントを包み込みます。

 

「ぬっ!?」

 

 ですが、その竜巻も突如として消えました。

 なぜかイスランが攻撃の手を止めて、後退したのです。

 

「なにが起きた?」

 

 イスランの突然の後退に訝しむドーンガードの面々。

 しかし、吸血鬼である私の目には、その理由がしっかりと見えていました。

 

「ケントがイスランの斬撃に合わせて、彼の腕に自分の刃をめり込ませようとしていたのです」

 

 ケントは猛撃を受ける中、その内の一撃を見極め、イスランが剣を振り抜くタイミングで半歩前進。イスランの間合いの内に滑り込みつつ、迫る斬撃の勢いを利用し、切っ先で相手の腕の内側を斬り裂こうとしたのです。

 まさに、攻防一体。

 一番驚くべきなのは、ケントはそれを『自身の行動を完了せず』に、イスランを退かせたことです。

 

「だけど、そんな動きは……」

 

「はい。実のところ、ケントの剣はイスランの腕に届く軌道にありませんでした。ですが、僅かな体捌きと視線だけで、自分の意図をワザとイスランに読ませたのでしょう」

 

 実際、健人は足を動かしてすらいませんでした。

 肩をすぼめ、腰を落とし、掲げた双刀をわずかに動かすだけ。

 健人の狙い通りに後ろに退いてしまったイスランも、「しまった」というような表情を浮かべています。

 猛攻を繰り出す中、相手の危険な一手を即座に看破して退いたイスランも凄いですが、それ以上に『相手に己の意図を誤認させてるだけ』で不利を全部ひっくり返すケントもケントです。

 

「っ!」

 

 ケントの反撃が始まります。

 先ほどのように強烈な一撃ではなく、絶え間なく吹きすさぶ旋風のような連撃。

剃刀を思わせる鋭い刃が、絶え間なくイスランに襲い掛かります。

 当然、イスランも対応しようとしますが、いかんせん装備重量の差故か、数撃が彼の守りを突破し、重装鎧に傷を刻んでいきます。

 

「凄まじい剣腕だな! まるで、剣神レキのようだ! 君がレッドガードなら、間違いなく剣聖となっていただろう!」

 

 レッドガードとしての本能が高ぶっているのでしょう。

 寡黙で、その仏頂面を決して変えそうにないイスランが、喜悦の笑みを浮かべています。

 私としても、この短い攻防の中で、戦慄を覚えずにはいられません。

 脳裏に、スカイヘブン聖堂で『面影』と戦っていた彼の姿が被ります。

 本来の力の根源であるシャウトを失ってこれです。

 これが異端のドラゴンボーン。これが、再開闢の英雄。

 そうして、しばらくの間刃をぶつけ合っていた二人ですが、互いに示し合わせたかのように後退します。

 

「ふう……ここまでだな。これ以上は本当に行くところまで行ってしまう」

 

「………」

 

 イスランの言に、ケントが静かに頷きます。

 途端に、二人の戦いを見守っていた一同が、次々に安堵の吐息を漏らしました。

 私も思わず、深い息を吐いてしまいます。

 息をすることすら忘れる。それほどの戦いでした。

 

「お疲れ様ですわ」

 

 刃を納めた彼に歩み寄ると、彼の額には玉のような汗が浮かんでいました。

 手に持っていたタオルを手渡しつつ、おもわず「ああ……」と内心の声が漏れます。

 先ほど抱いていた隔絶感が消え、代わりに「彼もまた、血が通う一人の人間なのだ」という実感が戻ってきます。

 

「……?」

 

 一方、ケントは私が渡したタオルで汗を拭いていますが、なにやら怪訝な顔。

 ……しまった、アレは私が使っていたタオルでした。

 汗臭くなかったでしょうか? 変な臭いだと思われていません?

 ええっと、違うタオルは……。

 

「……なにをやっているのですか?」

 

「いえ、そのつい……」

 

「つ、い?」

 

 歩み寄ってきたソフィさんから、槍の切っ先を思わせる剣呑な視線が心臓を貫いてきます。違うのですよ。ボーとしたまま間違って手渡してしまっただけなのです!

 

『なにやってるんだ?』

 

「いえ、なんでもありません兄さん。それより、こちらのタオルを……」

 

 ……お待ちなさい。貴女のも使用済みでしょう?

 何どさくさ紛れに同じことをしようとしているのですか! しかもワザと!

 それとなく二人の間に割り込み、彼女の行動を阻止します。

 この子、本当に見境なくなってきましたわね。

 

「?」

 

「き、気にしないでください。大したことではございませんので……」

 

「あ、ケント、ちょっといい?」

 

 そんな中、ソリーヌが健人に話しかけてきました。

 どうやら、何か話がある様子。ちょうどいいですわ。この隙にソフィさんを連れてこの場から離れることにいたしましょう。

 

「あ、貴方はソリーヌの話を聞いてきてください。私達は朝食の用意をしてきますから」

 

 訳が分からない様子で首を傾げるケントを誤魔化しながら、そのままソフィさんの手を取って、邸宅内の台所へ引っ張り込みます。

 ソフィさんからのジト目がさらに強まりましたが、ここは押し通らせていただきますわ。

 

「……邪魔するつもりですか?」

 

「ち、違いますわ! ちょっと間違って手渡してしまっただけで……」

 

 予想外の事態になってしまいましたが、本当に他意はないのです!

 

「そもそも、私は吸血鬼ですわよ。人である彼とどうなるかなんて、あるわけないじゃないですか」

 

「どうですかねぇ……」

 

 全く信じていない口調。悲しいですわ。とても可愛らしい方ですのに。

 ちょっとお兄さんへの思いが強いですが、素直ですし、なにより私が吸血鬼と知っても受け入れてくれています。

 ケントが可愛がる気持ちもわかりますわ。

 私も一人っ子でしたから、妹がいたらこんな感じだったのでしょうか? あの陰気な城でまともに育つとは思えませんが……。

 

「それでソリーヌ、ケントに渡したそれ、使えるのか?」

 

「ええ。まだ改良の余地があるけど……」

 

 そんなことを考えていると、リビングが騒がしくなってきました。健人達が戻ってきたようです。

 いけません。リビングと台所には隔てる扉はないのですから、こちらのやりとりもあちらに聞かれてしまいます!

 

「そ、そんなことより! 早く朝食を作ってしまいましょう。人数も多いのですから」

 

 無理やりにでも話を逸らし、私は棚から包丁とまな板を、籠からキャベツとリンゴを取り出します。

 実は最近、ウィンドスタッド邸に滞在している人数が増えたので、日々の食事が結構手間になってきています。

 ですので、ソフィさんにお願いして料理の手伝いをさせていただいてます。

 ……別に大した考えはありませんわよ? 自分は錬金術も使いますから、その知識を使ってみたらどうなるか気になるだけです。

 

「……まあ、いいでしょう。そんなことよりセラーナさん、包丁逆に持ってます」

 

「あ、あら……」

 

「へえ~~。片手剣はそれなりに扱えるのに、包丁は逆に持っちゃうんですね~~。へえぇ……」

 

 ソフィさんのジト目が戻ってきました。

 だから、違うのです! ちょっと取り違っただけなのですよ~~~!

 なんとか言い訳を考えていると、リビングのさらに奥から、ガチャリと扉が開かれる音が聞こえてきました。

 もしかして、お客さんが来たのでしょうか?

 

「だ、誰か来たみたいですわね。ちょっと様子を見てきますわ」

 

「あ、逃げた! 待ちなさ~~~い!」

 

 逃げるようにローブを被って、リビングに入ります。決して逃げたわけではありませんわ! 

 リビングには、案の定、既に来ていた健人やドーンガードの方達がいました。

 健人の手には、なにやら見たことのない道具。多分、ソリーヌが話していたことは、あの道具に関してなのでしょうけど。なんとなく、ドーンガードが使っているクロスボウに似た感じを見受けられます。

 同時に、私の視線は今来たばかりの来訪者へと向けられます。

 一人は、この村の衛兵長であるヘルカス・コトユラグ。もう一人は……鎧を纏った知らない女性ですわ。

 年齢は多分、三十代から四十代。多分、この時代で帝国軍と呼ばれている軍隊に属する者が着る鎧ですわね。それも、かなり上の方の将校が身に纏うもの。

 ちょうどその時、台所からソフィさんが飛び出してきました。

 

「ちょっとセラーナさん、話は終わっていませんよ!」

 

「村長、ソフィ様」

 

「あ、ヘルカスさん。どうかしましたか?」

 

「お客様が来ております」

 

「お客様? こんな早朝にですか?」

 

 突然の来訪者に、彼女も首を傾げています。

 そんな知らぬお客さんの目は、突然リビングに飛び込んできた私でもソフィさんでも、もちろんドーンガードの面々でもなく、ある一人だけを見つめていました。

 

「あなたは……もしかしてリッケ特使?」

 

「そうだ。そして久しぶりだな、もう一人のドラゴンボーン」

 

 リッケ特使と呼ばれた帝国将校。

 彼女の視線に、一瞬、ケントの目が僅かに細められました。

 

 

 




いかがだったでしょうか?
投稿が遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
正直、話の流れについて、内戦クエストを絡ませるかどうしようか迷っていました。
ドーンガード編と言いつつ、第三章は内戦クエストの方が多いかもしれん。
他にもいろいろなクエストが絡んでいますので、ここからは、更にオリジナル色が強くなると思います。
正直、やりすぎ感があるかもしれません。
できるなら、第三章半ばまでにはそれなりの形にしたい所存……。
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