【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
惑星ニルン。タムリエル大陸の北方、スカイリム。
この極寒地方のヘルゲンという街の近くが、坂上健人が迷い込んだ場所だった。
知らない惑星、聞いたことのない大陸に国名。さらに彼を茫然自失にさせた二つの月。
次々に明らかになった事実を前に、健人は自分が今どこにいるのかを、嫌が応にも理解させられた。完全な異世界である。
ただでさえ理解困難な事態に直面し、追い討ちを掛けるようにオオカミに襲われた健人だが、偶然その場に駆け付けた男女に助けられ、なんとか事なきを得る。
それから三か月。怪我は完治したものの、異世界という全く知らない世界に放り出された健人だったが、今はこのヘルゲンの宿屋を経営している夫妻の世話になりながら、何とか生活していた。
言葉の方も少しずつ習得し始め、簡単な会話ならなんとかやれるようになってきていた。
「ケント、地下の倉庫からハチミツ酒を十本持ってきてくれ。ホニングブリューのだ」
「すぐに持ってきます」
「ケント、そっちが終わったら調理場の方も手伝ってくれない? 今日はお客さんが多くて手が回らないの」
「分かりました」
中年の男女に頼まれ、健人は蜂蜜酒を取りに宿の地下へと向かう。
ティグナ夫妻。この宿屋を経営するノルドの夫婦であり、彼を助けた恩人の両親でもあった。
夫のアストン・ティグナがお客の応対や帳簿の管理、妻のエーミナが厨房などの裏方を担当している。
ノルドとは、タムリエル大陸に住む人種の一つで、極寒のスカイリムに適応した人々だ。
元々ノルドの先祖はタムリエル大陸より北のアトモーラ大陸に住んでいたが、数千年前にその大陸から移住してきたらしい。
彼らはがっしりとした体躯を持ち、寒さに適応した人種で、この極寒の地でも逞しく生きている人々だった。
健人にとってこのスカイリムの寒さは、日本で経験した寒さとは比較にならないほどで、室内でも防寒着が手放せないほどだが、彼らノルドにとって、恵雨の月である今の季節は、寒さはかなり和らいでいるらしい。
「はー、はー。やっぱり寒すぎるよ……。手が凍りそうだ」
宿屋の倉庫として使われている地下で頼まれた蜂蜜酒を探しながら、健人は毛皮のコートの中で身を震わせていた。
常に火を焚いているホールと違い、暗い地下の倉庫はやはり寒い。
吐く息を手にかけ、健人は手早く棚に置かれていた蜂蜜酒の瓶を取ってホールに戻る。
ホールに戻ると健人は、宿のカウンターで客の応対をしているアストンに、持ってきた蜂蜜酒を届ける。
「持ってきました」
「ああ、ありがとう。カウンターの上に置いておいてくれ……って、ケント、これはブラックブライアの蜂蜜酒だ。頼んだのはホニングブリューの蜂蜜酒だよ」
「え? す、すいません! すぐに持ってきます!」
健人はどうやらラベルに張られていた文字を読み間違えたらしく、別のお酒を持ってきてしまったらしい。
「慌てなくていいよ。ホニングブリューのは棚の奥だ。持ってきたお酒はそのまま置いておいてくれ。どうせ使うだろうから」
「は、はい!」
今一度地下倉庫に戻った健人は素早く棚の奥からホニングブリューの蜂蜜酒を取り出すと、すぐにホールに戻り、カウンターの上に持ってきた蜂蜜酒を並べる。
このタムリエルには、共通の言語が存在するが、健人はまだうまくタムリエル語を話すことはできていない。当然ながら、文字もよく読めない。
単語や文法はなんとなく英語に似ているような気がしていたが、彼自身は学生ではあっても外国語の成績は決して良いものではなかった。
それでも必要に迫られた際の人間の集中力というものはすさまじく、わずか三か月でそれなりのコミュニケーション能力を彼に与えてくれていた。
とはいえ、今でも早口で言われると何を言っているのか分からなかったりする。
ホニングブリューの酒瓶を並べ終わった健人は、そのまま厨房へと向かった。厨房では料理を担当しているエーミナの手伝いをするためだ。
「手伝います」
厨房に到着すると、エーミナ夫人がテキパキと料理をこなしていた。暖炉で鹿肉のスープとサケのステーキを作っている
厨房のテーブルには料理を乗せるための皿が所狭しにならんでおり、健人は付け合わせの野菜を刻み、次々と皿に盛りつけていく。
スカイリムの料理は基本的な味付けに塩を使っており、健人が日本で食べていた料理と比べても味が単調になりやすい。
しかし、エーミナは野に生えている花や香草、木の実などを巧みに使い、多彩な味を作り上げている。
健人がこの世界に来た時に始めた食べたミルクスープも彼女が作ったものであり、彼女の料理はこの宿の客寄せに一役買っていた。
「ありがとうケント。鹿肉のスープをお願いできる? 出来たら器に盛り付けてホールに持って行って。サケのステーキはもう少しかかると思うから」
「分かりました」
健人はエーミナの言うとおり、鹿肉のスープが入った鍋を見てみる。
ヤギの乳と鹿肉のスープが、コトコトと音を立てていた。
スープの中のニンジンを一欠片摘まみ、口に運ぶ。噛むとホクホクと崩れ、甘みが口いっぱいに広がる。どうやら具には十分火が通っているようだ。
焦げ付かないようにゆっくりと鍋をかき混ぜながら、もうしばらく火にかけ続ける。
最後にみじん切りにした香草を一つまみ入れて完成。
スープができたら、鍋を暖炉から離してテーブルに置き、手早く器に盛りつける。
エーミナはその間にジュウジュウと焼けているサケのステーキと向き合い、手早くひっくり返す。
ニンニクの香りが漂うサケ肉に手早く香草を振りかけ、焼き色が付いたら皿へ。その間に健人は空になった料理鍋を素早く水で流し、再び暖炉にかけて次の料理ができるようにする。
実は、健人は母親を早くに亡くしており、父親と二人暮らしだった。そのため、料理などの一般的な家事は大体身に着けている。
その家事能力は、この宿の厨房でもかなり重宝されていた。料理ができるのがエーミナ一人という事が大きかったらしい。
もっとも、やはりスカイリムで使われる食材も調味料も日本とはかなり違うため、最初は結構失敗することも多かった。
それでも、三か月もすれば大体の料理の調理法は理解できるし、こうして厨房の手伝いくらいなら任せられるようになっていた。
そうこうしているうちに料理が完成。
健人とエーミナは料理を盛り付けた器と皿を持って食堂へむかう。
食堂に到着すると、料理を待ち望んでいた客たちから次々に催促の声が上がった。
「おーいケント、鹿肉のスープをくれ。ついでに蜂蜜酒も」
「ケント、こっちはサケのステーキ頼んでから待ちっぱなしなんだぞ、早くしてくれ!」
「ケント~、俺のスイートロールが盗まれた~! 探してきてくれ~!」
「すぐお持ちします。それからスイートロールはさっき食べたでしょう。自分の腹の中を探してください」
ホールに集まっているお客たちが、口々に健人の名を呼んで料理を求めてくる。
耳を突くような大声や酔っぱらいの呂律の回らない催促にも、健人は嫌な顔一つ浮かべずにこなしていく。
さらに泥酔している客に、それとなく水を差しだしたりする気遣いも忘れない。
健人の仕事ぶりを、ティグナ夫妻は優しく見守っていた。
そんな中、ひときわ特徴的な人物が健人に話しかけてくる。
「ケント、おいらのハニーナッツはどこ? 注文したはずだけど?」
声をかけてきたのは、全身を体毛に覆われた、人に似た亜人だった。
猫をそのまま人型にした容姿、臀部から伸びる尾。この世界でカジートと呼ばれる獣人だ。
カシト・ガルジット。
このヘルゲンにて、帝国軍に属する兵士の一人である。
「いや、注文はこれで全部だ。お前のはない」
「なんで!? おいらもお客さんだよ?」
「先日のツケを払っていないからな。ツケがある以上、お前は訪問者であって、お客様にはならないの」
カシトはこの酒場の常連客であり、この世界で健人が気を使う必要のない、数少ない人物だった。
このカシトという人物を一言で言い表すなら“スキーヴァの舌野郎”である。
大げさなことを言うが、実際は成功した例がない。
元々、健人とカシトの出会いは、彼がこの宿屋のツケを1か月ほどため込んだことからである。
給金が出たら払うといいながら、期日の日、彼は支払いができなかった。
その後、色々とすったもんだの末に、カシトはツケを払い終えるまでこの宿屋の丁稚奉公をすることになり、帝国軍兵士としての軍務の傍ら、健人と一緒に一か月ほどただ働きを行った。
そして、その奉公中に、彼は持ち前の大言壮語で色々と騒動を起こしていたのだ。
当然ながら、その騒動に、いの一番に巻き込まれたのは、健人である。
当時はまだスカイリムに迷い込んで一か月とちょっと。日常会話もおぼつかない健人にとって、カシトがいた一か月は、別な意味で衝撃的で忘れられない一か月となった。
同時に、この一か月で健人のカシトに対する遠慮や気遣いなどというものも微塵に砕けて消滅したのだが。
「大丈夫! 来週には大きなお金入るから! がっぽり間違いなし! カシト嘘つかない!」
「嘘はつかないって言うけど、大げさに誇張した挙句に失敗はするだろ。この前も数百ゴールド儲かるとか言って、実際の儲けはゼロだったじゃないか……」
「ケント、その猫には水も出さなくていいぞ」
「わかりました」
「あ、ちょっと!」
カシトの呼び止めを無視して、健人は背を向けて仕事に戻る。
ちょっとかわいそうな気もするが、生憎と金がないのは、彼の自業自得。健人も今は一日の中では比較的忙しい時間帯で、余裕がない。
とはいえ、少し良心が痛むことも確か。
空のジョッキや食器を片づけながらチラリと目を向けると、カシトはまるで叱られた幼子のようにショボンとしている。
ふさふさの尻尾は垂れ下がり、普段はピンと立っている耳は力なくペタンと、折れ曲がってしまっていた。
「カシト、これ」
「え?」
スッとカシトの元に戻ると、健人は懐から数枚のクッキーを取り出し、彼に手渡した。
「試作品のクッキーだ。まだ店には出せないが、味見役を頼む」
渡したのは試作品のハニークッキー。はちみつで甘みをつけ、スノーベリーを混ぜて焼いたものだ。
余った食材で作った、手間のかからない簡素なもの。現代日本のクッキーとは比べ物にならないほど粗雑だが、このスカイリムでは、甘味は最上の娯楽の一つ。
その証拠に、先ほどまで沈んでいたカシトの表情が、ぱあっと輝いた。
「あ、ありがとうケント! おいら大好きだよ!」
「むが」
感極まった様子でカシトが抱き着いてくる。
軍属というむさ苦しい職務につきながらも、鼻につくような悪臭はなく、人より若干高い体温が、じんわりと沁みてくる。
もさもさ感満載の毛並に包まれながら、健人はむさ苦しくも、どこか満足そうだった。
カシトからの抱擁から脱した健人は、仕事に戻る。
クッキーをもらったカジートはホールの端で一口一口、味わうようにゆっくりと食べている。
相当嬉しかったのか、時折耳がピンと立ったり、尻尾がピョンピョン跳ねていた。
片付けが一段落した健人に、アストンが声をかける。
「お疲れケント。少し休んでくれ」
「え? まだ大丈夫ですよ?」
「いいんだ、朝からずっと働きっぱなしだろ? しばらく新しいお客さんは来ないと思うから、今のうちに少し休憩しておくんだ。今日の夜も忙しくなると思うから」
「分かりました。少し休みます」
「それからあのクッキー、もしよかったら俺にも焼いてくれ。食べてみたい」
「わかりました。用意しておきます」
アストンが満足そうに笑みを浮かべる。
生活に必要なあらゆる事が機械化、簡略化されている現代日本と違い、このスカイリムでは、普通に生活するだけでも大変だった。
単純な水汲みから燃料の薪割りに火おこし、料理に洗濯、家畜の世話。
日本でならボタン一つでできてしまうことも、スカイリムでは手間暇かけて行わなければならない。
必然的に、朝から晩まで働き詰めになってしまう。
肉体的にはキツイ。それでも健人は、慣れない日常作業を文句ひとつ言わずにこなしてきた。
「でも、ケントが料理できてよかったわ。お父さんもリータも料理はからっきしだから」
厨房での仕事がひと段落したのか、エーミナが健人たちの会話に混ざってきた。
「う……。わ、悪かったな。不器用で……」
「私も最初は失敗しましたよ?」
「それでも、よ」
空いた皿を片付けながら、エーミナは優しい微笑みを健人に向けた。
この世界での料理法は、現代日本で行うものとは勝手が違う。
料理に使う熱源ひとつとっても、ガスコンロのような調理専用の熱源はなく、暖炉の火を利用している。
これは燃料の節約のためだが、そのため火力の調整ができない。
よって、作る料理に合わせて鍋やフライパンを変え、火力の調整を行っている。
最初は慣れない調理器具に失敗していた健人も、今では立派な厨房の戦力だった。
アストンは料理があまり得意ではないので、この厨房で仕事をするのは、もっぱら健人とエーミナの二人だけである。
ちなみにティグナ夫妻には一人娘がいるのだが、この娘はとある理由から完全に戦力外とみなされており、厨房に入ることすら許されていなかったりする。
「そういえば、リータはどうしたんですか?」
「ドルマと一緒に狩りに行ったわ。もう少しで帰ってくると思うけど……」
「最近は戦争の影響で物騒だから、心配なのだが……」
リータとはアストン夫妻の娘だ。彼女は今、狩りに出ている。
夫妻は娘が心配なのか、不安そうな表情を浮かべるが、それも無理ないことであった。
このスカイリムはここ近年、スカイリムの実質支配していた帝国と、帝国からの独立を目指すストームクロークと呼ばれる反乱軍との戦争が勃発し、内乱状態なのである。
その為、治安は急激に悪化。
各地で難民が溢れ、山賊に身を落とし、近くの村や町を襲う事態も頻発しているため、どの集落も神経を尖らせている。
そのため、ティグナ夫妻も初めは異邦人の健人を内心では訝しんでいた。
だが、健人がタムリエルの常識はおろか、言葉すら全く知らなかったこと。何よりここ数ヶ月の間、真面目に働く健人の仕事ぶりを見てきたためか、初めのころに抱いていた警戒心はすっかり薄らいでいた。
その時、宿の外から溌剌とした声が響いてきた。
「お父さん、お母さん、ただいま~」
「帰ってきたみたいね」
「今日は野ウサギ一匹と、野ヤギが獲れたよ」
宿の玄関を開けて現れたのは、金髪をポニーテールに結わえた少女と、筋骨逞しい青年。
この二人が、先ほどの話に出てきたリータとドルマ。
リータはディグナ夫妻の一人娘で、この宿で手伝いをする傍ら、狩りで家計を助けたりしている。
ドルマとよばれた筋骨隆々の青年はリータの幼馴染のノルドで、まだ十代ながら、彫の深い顔立ちと強面の表情、金色の不精髭が、彼を二十代にも三十代にも見せていた。
リータは背中に弓矢を背負い、腰には鉄製の片手剣を差している。
一方のドルマは背中には鉄製の両手剣と木製の弓矢を背負い、肩に獲物であろう山羊を担いでいた。
少女は手にした野兎を嬉しそうに掲げ、青年は担いだ山羊を無言で近くのテーブルに乗せる。
「あ、ケント、手伝うね」
「い、いや、いいよ。リータは疲れているだろ。気にしなくていいよ」
「……なんで言葉に詰まるのよ」
「……さて、仕事に戻るか」
「その間は何よ~~!」
「ぐえ! 首、首! 締まってる!」
頬を膨らませたリータが後ろから健人を羽交い絞めにして、首を絞めはじめる。
女性とはいえ、立派な狩人であるリータのチョークスリッパーに、健人はタップを繰り返しながら、必死に逃げようとする。
「私だってやればできるんだからね!」
「そう言って鍋いっぱいに炭作ったのは誰だよ。ついでに皿を運ぶ時も必ず転ぶ癖に」
「ぐぬ……。ケントのくせに生意気な……」
「ドルマ君も、ありがとね」
「気にしなくていいです。おいよそ者、もっていけよ」
「うわ!」
エーミナがお礼を言うと、ドルマは不愛想に狩ったヤギを健人に向かって放り投げた。
健人は慌てて投げられた山羊をキャッチするが、受け止めきれずに尻餅をついてしまう。
「相変わらずひ弱だな。まるでエルフどもの耳みたいだ」
「……」
「面倒にならない内に、さっさと出ていけよ。よそ者」
尻餅をついた健人を見下ろしながら、ドルマが侮蔑の視線を送ってくる。
ドルマの無礼な態度に健人は思わず眉をひそめるが、何も言わずにグッと口をつぐむ。
ドルマは森に迷い込んだ健人を助けた人物の一人であり、健人にとっては恩人の一人でもあるからだ。
言い返さない健人に対して、ドルマもまた意気地なしと言うように眉を顰める。
その瞬間、健人の後ろに居たリータが口を開いていた。
「こら、ドルマ!」
ドルマの言葉にリータが声を荒げる。
「間違っちゃいないだろ? 唯でさえストームクロークと帝国軍の小競り合いのせいで街の中がギスギスしているんだ。そんな中でよそ者に長居されるのは迷惑なんだよ」
「それでも、記憶を失くして行く当てのないケントにいきなり出て行けはないでしょ!」
ここ三か月ほど、このヘルゲンの街で生活していた健人だったが、彼はすべての街人に歓迎されていたわけではなかった。
むしろ彼を受け入れている人間は半数で、残り半数の人達からは、余所者として冷めた目で見られていた。
これには複数の理由があり、一つはスカイリムでストームクロークとの内乱が起こっていること。ただでさえ政情不安な中に身元不明の人間など、警戒されて当たり前である。
もう一つの理由は、ノルドの気質が関わっている。
スカイリムは高い山脈や一年中降る雪などで道が寸断されることが多く、寒冷で作物も育ちにくい。そんな厳しい土地の集落は、どうしても閉鎖的になる。
また、極寒のスカイリムに住むノルドは戦士としての力量を重んじる気風が強く、その環境に適応したためか、生まれながら恵まれた体躯を持っている。
ノルドとしてはごく普通のリータですら、健人と身長は同じくらいであり、ドルマに至っては身長180センチを楽々超えている。
ごく普通の日本人の体格であり、剣も握ったこともない健人は、ノルドから見れば蔑視の対象でしかなかったのである。
もちろん、ティグナ夫妻や酒場の常連のように、健人のどんな仕事にも真面目に取り組む姿勢に好感を持っている人もいるのも事実ではある。しかし、その数はまだ多くはなかった。
「大体コイツ、怪しすぎるんだよ。記憶喪失なんて信じられるか? ストームクロークのスパイだって方が、よっぽど現実的だ」
「ドルマ!!」
「ふん……事実だろうが」
リータに噛みつかれたドルマだが、鼻を鳴らしてリータの母が差し出したハチミツ酒を飲み始める。
その頑なな態度が、自分の意見を撤回する気がないという事を如実に語っていた。
「もう、ごめんねケント」
「……いいよ、僕がよそ者なのは確かだから」
申し訳なさそうに肩を落とすリータに、健人は気にするなと言うように首を振る。
彼自身も、自分がこの街にとって異物であることは理解していたし、ドルマが、頑なな態度をとる理由も納得できていた。
健人は、会話ができるようになってきた頃、ティグナ夫妻から出身地を聞かれていた。
しかし、健人は自分が地球の日本という国の出身であることを、記憶喪失という事で隠したのだ。
異世界の出身ですなんて言っても、信じてもらえるはずがない。
咄嗟に口から出た嘘ではあったが、タムリエル大陸の基本的な常識すら知らない健人の姿は、リータやティグナ夫妻に対し、彼の言葉に信憑性を持たせる結果となっていた。
しかし、当然ながら、ドルマのように健人を怪しむ者もおり、実はこれがヘルゲンの人たちが健人を受け入れられないもっとも大きな要因だった。
それでも健人としては、自分の身に起きた現実を考えれば、こうして寝食を確保できているだけでも、十分すぎた。
「ケント、ドルマの事は気にするな。一週間前に来たハドバルが言っていたが、最近はストームクロークと帝国軍との戦いも激しくなってきている。
街に駐留している帝国軍兵も増えてきたから、イラついているんだろ」
リータの父が、健人を気遣うように微笑みかける。
そばに控える彼の妻も、夫の気持ちに同意するように頷いていた。
健人の心に、温かい熱がこみ上げる。
そして同時に、そんな嘘を信じて自分を助けてくれたティグナ夫妻とリータに対して、出来るだけの恩返しをしたいという想いをなお強く抱くようになっていた。
「街にいる帝国兵が増えたのは分かるけど、何かあるのかな?」
「リフトの方に対する備えかもしれないけどな。あっちの首長はストームクロークを支持しているし」
リータの疑問にドルマが答える。
ヘルゲンの東の小道を進むとリフトと呼ばれるホールドがある。
ホールドとはいわゆる一つの国、領地であり、リフトの首都はリフテン。その首長、ライラ・ローギバーは、ストームクロークのリーダーであるウルフリックを支持している。
東の小道は大軍が通るには向かないが、ヘルゲンはスカイリムにおける帝国の一大拠点の一つであり、油断はできないのかもしれない。
そもそも、ストームクロークが帝国に反旗を翻した理由は、第4期初めに勃発したアルドメリ自治領と帝国の戦争“大戦”の講和条約である白金協定が原因である。
この白金協定で、アルドメリ自治領は帝国内でのタロス神の信仰禁止を要請し、帝国はこれを受け入れた。そうしなければ、さらに戦いが長引き、帝国の崩壊は避けられなくなるからだ。
だがタロスはノルドにとっては重要な英雄神であり、人としてタイバー・セプティムと名乗っていた頃は現在の帝国の礎を築いた重要人物でもある。
その為、英雄神の信仰を禁止されたことがノルドの怒りを買い、ひいてはストームクロークの決起につながった経緯があった。
「あの、タロス信仰ってそんなに大事なんですか?」
「大事も大事さ。何でエルフの奴らのいう事を聞いて、我らがタロスへの祈りをやめなきゃならない!」
宗教というものに対して思い入れが今一ない健人が漏らした疑問に、ドルマが怒りをはらんだ声を叩き付ける。
その怒気に、健人は思わず息を飲んだ。
「余所者にはわからんだろうな。我らの想いなど」
「……ごめん。あまりに不躾だった」
「ちっ……」
あまりにも配慮に欠けていた。健人は素直にドルマに対して、素直に頭を下げた。
一方、ドルマは頭を下げた健人にますます苛立ちを募らせる。
飲んでいた常連たちも、皆一様に苦々しい表情を浮かべていた。ドルマの態度はともかく、彼らもまた白金協定に対して、同じ想いを抱えているということが、その表情にありありと浮かんでいる。
ヘルゲンの人々の帝国に対する悪感情は、他のホールドに比べればかなり薄い。
この街は帝国の根拠地であるシロディールと国境が近く、スカイリム最大の交易拠点であるホワイトランへの中継拠点として長年栄えてきたからだ。
街中には帝国軍の砦もあり、だからこそ、帝国に事情について、理解を示す者は多い。
しかしそれでも、長年の信仰を捨てることへの抵抗感は、消えないというのがこの街の現状だった。
「ドルマ、この街であまり声高に騒ぐな」
「分かっていますよ。帝国兵の前では言いません。それに、自分も分かっているつもりです。下手に大事にすれば、結果的にエルフどもに手を貸すことになることくらい」
コップを拭いていたアストンがドルマを諫める。
今白金協定を破れば、アルドメリ自治領は今度こそ帝国を潰すだろう。
ドルマ自身も、帝国の事情は理解しているし、大っぴらにアルドメリ自治領への非難を口にはしない。
下手をすれば、自分たちの周囲に迷惑がかかるかもしれないことも理解している。
忸怩たる思いはあるが、それでも、幼馴染の家族に迷惑をかけたくないという思いは変わらないのだ。
重い空気が宿屋の中に満ちる。
その時、宿屋のドアがバン! 大きな音を立てて開かれ、血相を変えた街人が飛び込んできた。
「お~い! 大変だ!」
「いったいどうしたんですか?」
「ウ、ウルフリック・ストームクロークを、帝国軍のテュリウス将軍が捕まえたらしい!」
そして物語は幕を開ける。
業火と災厄、そして怨嗟の気配とともに。
というわけで、これからが本当のストーリの始まりとなります。
メインクエスト序盤からいろいろ違うスカイリム。
こんなスカイリムでもいいなと思い、書いています。
次の投稿では、オリキャラについて書こうと思います。
序盤はオリキャラの会話が多いですが、オリキャラはこれ以上は、ほぼ増えないと思いますので、ご了承ください。