【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第四話 ウステンクラブ

 ハイヤルマーチはスカイリムの北側に位置するホールドであり、モーサルをホールドの首都としている。

 北西には経済的に豊かなハーフィンガルホールドがあるが、ハイヤルマーチはその領地の殆どが湿地帯であり、主要な産業は林業くらいで、経済的にはかなり芳しくない。

 ハイヤルマーチ川から伸びた広大で寒冷な湿地帯は、作物の育成には向かないからだ。

 おまけに、この湿地帯にはシャウラスと呼ばれる危険な生物が生息していた。

 巨大なハサミムシを思わせるその生物は、硬い甲殻と巨大で鋭い牙だけでなく、強力な毒も持っており、毎年何人もの人間が犠牲になっていた。

 そんな厳しい土地なのだから、経済的に貧窮するのも無理はない。

 健人達はイヴァルステッドを出発した後、ホワイトラン経由でモーサルへと入り、その後、ウステングラブへと向かった。

 そして、モーサルを出て湿地を進むこと数日。

 一行は、ようやく目的地に到着した。

 

「ここが、ウステングラブ……」

 

「ええ、見たところ、古代ノルドの墳墓のようですね」

 

 湿地帯の端に、ひっそりと設けられた墳墓。

 雪と土、そしてコケに覆われた墓は、湿地帯に常時漂う霧と相まって、不気味な雰囲気を醸し出している。

 墳墓は全体が円形をしており、中央には縦穴が掘られていた。

 縦穴には螺旋階段で下に降りられるようなっていて、螺旋階段の先には、凝った意匠が施された扉が見えた。

 

「古い墳墓にはドラウグルがいます。古代ノルド人のアンデッドで、墓を荒らすものを容赦なく排除していきます。

 それに、数多くの罠も張り巡らされています。気をつけましょう」

 

 リディアの忠告に頷き、一行はゆっくりとウステングラブの扉を開けて、中へと入っていく。

 墳墓の中は長年人が入らなかったためか、かび臭い空気が充満していた。

 しかし、長年人が入っていなかったにしては、奇妙な点がある。

 埃と土に覆われた床にいくつか真新しい足跡が残っているのだ。

 

「これは……。もしかして、先客がいる?」

 

「おそらくそうでしょう。しかも、こんな人気のない場所の墳墓に入ろうとするのは、大抵碌でもない輩です」

 

「例えば?」

 

「山賊、死霊術士、吸血鬼。まあ、殺すのに躊躇うような奴らではありません」

 

 地下へと続く道を進む健人達。

 通路は長い年月の中で、所々木の根に侵食されており、ゴツゴツとした石材が根に絡まり、あちこちから飛び出している。

 地下ゆえに気温も低く、床や壁の彼方此方も露で濡れていた。

 進み始めてすぐに、健人達は山賊の死体に遭遇した。

 体のあちこちに焼けた跡がある所を見ると、この山賊はどうやら魔法で殺されたらしい。

 死体はまだ新しく、腐敗は進んでいない。

 はっきりと確認できる苦悶に満ちた表情が、死の直前に彼が感じた恐怖を物語っている。

 注意しながらさらに奥へと進んでいくと、カン、カンと、金属で何かを叩くような音が聞こえてきた。

 よく見ると、通路の奥から明かりが漏れている。

 

「しっ……」

 

 先頭を歩いていたドルマに促され、健人達は身をかがめる。

 そして音を立てないように注意しながら、そっと明かりの先を覗き見た。

 健人達が見たのは、つるはしを振り下ろす2人の山賊と、黒いローブを着た男女。

 ローブを着た男女は向かい合って何か話をしており、山賊たちは黙々とつるはしを振るっている。

 しかし、健人はつるはしを振るっている山賊に、奇妙な違和感を覚えた。

 山賊の体に、蒼く光る線が幾重も走っている。

 しかも、なにやら「う~う~」と、言葉にならない呻き声を漏らしていた。

 健人の疑問に答えるようにリディアが口を開いた。

 

「あれは、死霊術ですね」

 

 死霊術。

 召喚魔法の系統に属する魔法で、死者に仮初の命を与え、使役する魔法だ。

 死体を操るという事で、数ある魔法の中でも強く忌避されている魔法の一つ。

 実際に、死霊魔法を研究する人間は人々のコミュニティーの中にいられず、街から離れ、野に出ていく。

 そして自らの研究に没頭するあまり、人としての道から外れていく者が多いのだ。

 このウステングラブに入り込んだ死霊術師も、そんな人道を外れた死霊術師たちであることを窺わせた。

 

「猛吹雪にあったアルゴニアンより、ノロい奴隷だな」

 

「私達の労力を減らしてくれるなら、構わないわ。私は、肉体労働は苦手なの」

 

 盗賊の死体を使役する死霊術師の声が聞こえる。

 

「どちらが先に来たのかは分かりませんが、山賊と死霊術師が闘い、山賊は殺された挙句に、労働力として使われているらしいですね」

 

 耳元で呟いてくるリディアの言葉に、リータは頷く。

 召喚魔法によって召喚された存在は、召喚主のマジカによってこの世に留められているため、基本的に召喚主の命令に従う。

 実際、目の前の死霊術師たちは、会話の片手間に、発掘を行っている死体たちにあれやこれやと命令をしていた。

 

「ううう……」

 

 その時、今までつるはしを振るっていた死体が苦しそうにもがき始める。

 直後、呻いていた死体がまるで砂のように崩れ落ちた。

 

「やれやれ、またか」

 

 召喚魔法は術者のマジカを使っているだけに、マジカが切れれば、召喚された存在は異界へと還る。

 また、死体はマジカで動かされていた影響なのか、制限時間に達した際に粉々に崩れてしまい、二度と蘇生は出来なくなる。

 青白く光る砂になった山賊の死体を前に、女性の死霊術師が不機嫌そうに眉を吊り上げる。

 

「意志の弱い連中ね。死んでも役立たずだわ」

 

 いくら相手が山賊とはいえ、死者に対して何の感慨も感じさせない言葉に、健人は嫌悪感を掻き立てられていた。

 彼ら死霊術師にとって、死とは悼むものではなく、死者は弔うべきものではない。

 死者は己の目的の探求のための道具であり、死は道具を増やすための一手段でしかないのだ。

 その時、リディアが暗がりからゆっくりと手を伸ばし、広間の奥を指さす。

 

「見てください。どうやらまだ奥があるみたいです」

 

 リディアの指摘で健人達が広間の奥に目を向けると、崩れた石材の風に、ぽっかりと空いた大きな入口がある。

 

「本当だな。という事は、奥にはまだ奴らの仲間がいるってことか?」

 

「可能性は高いとみるべきでしょう」

 

 洞窟内は音が反響しやすいが、健人達はかなり小声で話している上、死霊術師達の傍には、つるはしでガンガン音を立てている死体がいるので、気づかれてはいない。

 健人達がこの場をどうやって突破しようかと考えている時、洞窟の奥で何かあったのか、話をしていた死霊術師の二人が、広間の奥へと目を向けた。

 

「どうやら、奥にいる仲間が何か見つけたみたいだな」

 

「ここをお願いね。私は奥を見てくるわ」

 

 男性の死霊術師を残し、女性の死霊術師は奥へと歩いていった。

 残った男性は、松明の明かりを手にしたまま、黙々と働く死者たちを眺めている。

 

「チャンスだな」

 

 健人達は弓を取り出し、矢を番える。

 暗がりに身を潜めている健人達を、明かりの傍に居る死霊術師が見つけることはほぼ不可能だろう。

 

「ふっ……」

 

 四人一斉に矢を放つ。

 

「ぐあ!」

 

 四本の矢を一斉に受け、男性の死霊術師は抵抗する機会すら与えられずに、物言わぬ躯となった。

 

「おおお……」

 

 同時に、支配されていた山賊たちが、塵へと帰っていく。

 最後に塵に還る瞬間の山賊達の声は、どこか安堵の色を帯びていたように思えた。

 

「おい、よそ者。先へ急ぐぞ」

 

「分かってる」

 

 少し感傷を覚えていた健人を、ドルマが小突く。

 まだ、死霊術師たちと、彼らが操る配下が残っている。気を抜いていい時ではない。

 健人は気を張りなおし、リータたちの後に続いて墳墓の奥へと足を踏み入れた。

 広間の奥には、入り組んだ通路が続いている。

 健人達がノルドの墳墓特有の波打つような絵柄が刻まれた通路を進んでいくと、奥から金属をぶつけあうような音と、耳障りな喧騒が聞えてきた。

 

「……! っ……!」

 

「何だか騒がしいな……」

 

 再び身を顰めながら進むと、死霊術師達が、何かと交戦していた。

 死霊術師たちの正面に対峙するように立つ複数の影。

 よく見ると影は、肉の削げた体躯にボロボロになった装具を身に纏っていた。

骨と皮だけになって落ちくぼんだ眼孔には、死霊を思わせる青白い光が宿っている。

 

「あれは、ドラウグル?」

 

 ドラウグル。

 死した埋葬者たちが蘇った、この世界のアンデッドの一種。

 スカイリムの古代の墳墓でよく見かける怪物だ。

 ドラウグルは普段、他の死者と同じように動くことはなく、眠りについている。

 しかし、自分たちの眠る墓を荒らす不届きな侵入者の存在を感知すると、起き上がって、容赦なく侵入者たちを排除しようとする。

 どうやら死霊術師の連中は、音を立て過ぎたせいで、起こさなくてもいい死者まで起こしたらしい。

 思いがけぬ襲撃に死霊術師たちは必死に抵抗していたが、彼らが操っていた死者達は、瞬く間にドラウグルたちに排除されていった。

 山賊の死体がつるはしを叩きつけようとするが、ドラウグルは器用に手に持った斧の腹で、つるはしの切っ先を受け流す。

 そして、お返しとばかりに斧を山賊の脳天に叩き付け、弄ばれていた遺体を、動かぬ死体へと返している。

 さらに他のドラウグルは、翳した手から炎を吐き出し、山賊の死体たちをまとめて灰にしている。

 その光景に、健人は目を見開いた。

 ドラウグルたちの動きがあまりに洗練されているのもそうだが、魔法まで使ってくるとは思っていなかったのだ。

 

「なんで、あんな巧みに武器を操れるんだ? それに、破壊魔法も使っている」

 

「ドラウグルの多くは、古代ノルドの戦士たちです。死してなおも、その技と魔道の力は残っています」

 

 健人の質問に、リディアが答える。

 そんな間にも、死霊術師たちは一人、また一人と、確実にドラウグルたちに狩られていた。

 

「ひっ!? こ、こんなはすじゃ」

 

 最後に残ったのは、先ほど広間にいた女性の死霊術師。

 配下の死体や仲間がすべて殺されたことで恐怖に駆られ、必死に逃げ出そうとするが、自分たちの安息を乱した彼女を、ドラウグルたちは逃がすつもりはなかった。

 あっという間に逃げようとする死霊術師に追いつき、襟を掴んで床に引き倒す。

 

「お、お願い。やめ……」

 

 死霊術師は必死に懇願するが、ドラウグル達は彼女の懇願を無視し、その手に持った得物を無慈悲に振り下ろす。

 助けてくれ、やめてくれと必死に叫んでいた死霊術師だが、彼女はドラウグルの一刀の元に切り捨てられた。

 ビシャリとまき散らされた血が、青白いドラウグル達の肌を紅く染め上げる。

 野蛮な侵入者たちを排除したドラウグルたちは、唸るような声を漏らしながら、あたりをウロウロと徘徊し始める。どうやら、他にも侵入者がいないか、確かめているらしい。

 しばしの間、周りを確かめるようにうろついていたドラウグル達だが、その内のドラウグルの一体が、健人たちが隠れている方向に視線を向けた。

 そして手に持っていた得物を向けて騒ぎ始める。 

 

「見つかった!」

 

 発見されたことに気付いたドルマが、いち早く迎撃態勢を整える。

 続いてリディアが前に出て盾を構えた。

 ドラウグル達が、新たな侵入者たちを見て殺到してくる。

 

「やるぞ!」

 

 向かってくるドラウグルの数は、全部で五体。

 持っている得物はボロボロの盾や片手剣、斧などだが、人を殺すには十分すぎる殺傷力を持っているのは、証明済みだった。

 先行してきた三体のドラウグルが、ドルマとリディアに向かってそれぞれの得物を振り降ろす。

 ドルマは両手剣で、リディアは左右の手に持った片手剣と盾で、ドラウグルの攻撃を受け止めた。

 ガイン! と甲高い金属音が通路に響く。

 同時に、ドルマの脇からリータが飛び出し、ドラウグルの側面に回り込んで剣を一閃させる。

 リータの剣は腐敗していたドラウグルの防具を容易く破壊し、痩せこけた胴体を背骨ごと両断する。これで残り四体。

 続いて、手の空いたドルマがリディアに襲い掛かっていた二体のドラウグルの内一体を斬り伏せる。これで残り三体。

 さらにリディアが、空いた盾で鍔競り合っているドラウグルの側頭部を殴りつけ、よろめいたところに得物を一閃。相手の首を胴体から切り落とす。これで残り二体。

 しかしここで、後方にいた2体が動いた。

 腹に力を入れるような動作をした後、大気が震えるような“叫び”を放つ

 

“ズゥン、ハァル、ヴィーク!”

 

「これは、シャウト!?」

 

 ドラウグルがシャウトを使ってきたことに、目を見開くリータ達。

 ドラウグルが放った“叫び”は、前線を張っていたリータ、ドルマ、リディアを飲み込み、その手に持っていた得物を弾き飛ばす。

 

“武装解除”

 

 敵が持つ鉄を否定し、得物を弾き飛ばすスゥーム。

 無手となってしまったリータ達三人に向かって、ドラウグル達は手をかざし、手の平から炎を放った。

 今まで仲間がいたから撃ってこなかったが、前線の仲間が全てを討たれたことで、容赦なく撃ってきたのだ。

 

「っ! させない!」

 

 最後尾にいた健人が、一気に最前線へと躍り出た。

 駆けながら詠唱を行い、意識を集中する。

 思い浮かべるのは、弾丸すら防ぎきる防弾ガラス。その外観とは裏腹に強靭な防御力を持つ、地球の特殊ガラスだ。

 健人のイメージに従い、彼の体内のマジカが隆起する。

 それはさながら、心臓から熱水が噴き出たような感覚だった。

 胸から溢れた熱は全身へと巡り、腕を伝って手の平に集まっていく。

 集まった熱に呼応するように健人の手に光が収束する。

 薄い皮膚を破ろうと荒れ狂う感覚に耐えながら、熱に浮かされるように健人は腕を突き出し、込めていた魔法を解放した。

 

“魔力の盾”

 

 魔法に対する防御となる障壁が、前面に展開される。

 それは一見すると薄い膜のようなものだったが、ドラウグルの火炎の魔法をしっかりとせき止めていた。

 

「おおおお!」

 

 健人はドラウグルの魔法を受け止めながらも、足を止めず、一気に距離を詰める。

 健人が魔法を展開できる時間は、非常に短い。

 詠唱していた時は煮えたぎっていたマジ力の熱は、瞬く間に失われ、体を動かすのも億劫なほどの寒気が襲ってくる。

 しかし、ここで足を止めれば、一方的に焼き殺される。

 健人は必死に足を動かし、障壁を維持できなくなる直前、どうにか剣の間合いまで距離をつめることに成功した。

 しかし、それはドラウグルにとっても、自身の得物の間合いに入っていることになる。

 二体のドラウグルが、それぞれが持つ片手斧を振り上げた。

 

「させない」

 

 その時、健人の後方から飛翔してきた矢が、左側のドラウグルの眉間に突きささった。

 リータがすばやく弓へと得物を持ち替え、矢を放ったのだ。

 頭を貫かれたドラウグルの体がよろめき、眼光が絶えたかと思うと、地面に崩れ落ちた。

 これでラスト一体。

 最後に残ったドラウグルは、せめて健人だけでも排除しようと思ったのか、大上段から思いっきり、斧を振り下ろしてきた。

 

「ここ!」

 

 リディアとの訓練を思い出しながら踏み込み、腰に力を入れて体をひねる。

 同時に、構えていた盾を、押し出すように一気に振りぬいた。

 直後、甲高い激突音と共に、振り下ろそうとしていたドラウグルの得物が、腕ごと大きく跳ね上がった。

 シールドバッシュ。

 リディアとの訓練で身に付けた、盾術の技法だ。

 

「おおおお!」

 

 大きく隙をさらしたドラウグルの肩口に、剣を叩きこんだ。

 健人の剣は長年の腐敗で脆くなったドラウグルの肩当てに深々と食い込む。

 しかし、今の健人の膂力では、ドラウグルの体を防具ごと斬り伏せるには足りない。

 ドラウグルの青白く光る眼光が、健人を捉えた。

 

”やばい!”

 

 そう思った時には、弾いたドラウグルの刃が再び振るわれ、健人の眼前に迫っていた。

 全身で打ち込むように振り抜いたために、盾を戻すことも間に合わない。

 

「ふっ!」

 

 しかし、健人の頭蓋が割られる前に、リータの第二矢がドラウグルに突き刺さっていた。

 続いて、後方からドルマが追撃する。

 

「さっさと眠れ。死にぞこない」

 

 拾い直した両手剣を振り下ろし、一刀のもとにドラウグルを両断する。

 唐竹割りに打ち込まれた刃はドラウグルの頭蓋を防具ごと両断し、泣き別れになった胴体が、ドシャリと崩れ落ちた。

 

「ケント、大丈夫?」

 

「ああ、うん。まあ……」

 

 リータが心配そうな声を上げて、健人に走り寄ってくる。

 健人は、マジ力の枯渇で全身に走る寒気に震えながら、手を上げる。

 一方、ドルマは健人に対しては何も言わず、両手剣を背中に納める。

 相変わらずにべもないドルマの態度に苦笑しながらも、健人は持っていた薬を一本開け、中身を素早く嚥下する。

 この世界の薬には、枯渇した魔力を回復させるものもある。

 道中で訪れたモーサルには錬金術の素材や薬を扱っている店があり、そこで補充しておいたものだ。

 健人は全身に走っていた寒気が引いていくのを感じながら、先ほどの戦いを思い出し、ため息を漏らした。

 

「はあ、しまらないなぁ……」

 

 健人は先ほどのドラウグルとの攻防を思い出し、大きくため息を吐いた。

 相手の魔法を防げたことはいい。振り下ろされた刃を、シールドバッシュで弾けたことも練習通りだ。

 しかし、やはり最後に相手を倒しきれなかったことが痛い。

 健人自身、防具を貫くほどの膂力はないのだから、防具のない首を貫くなりすればよかった。

 訓練では頭に浮かんでいても、いざ実戦で出来なければ、意味がない。

 その結果、またリータとドルマに助けられてしまった。

 

「そんなことないよ」

 

「従士様のおっしゃる通りです。最後の方は確かに仕留めきれませんでしたが、間合いに合わせた魔法と剣の切り替えはできていました」

 

 気落ちする健人を、リータとリディアがフォローする。

 実際、健人の動きは、新米としては十分すぎるものだった。

 魔法と体術の併用……とまではいかないが、間合いに合わせた切り替えはできていたのだから。

 とはいえ、強くなりたいという気持ちが疼く健人としては、嬉しいとも残念とも言えない、微妙な心境だった。

 

「ありがとう、二人とも」

 

「おい、いつまで喋ってる。先を急ぐぞ」

 

 ドルマの声に急かされ、一行は再び墳墓の奥を目指す。

 道中、何度かドラウグルの襲撃に遭うが、問題なく撃退していった。

 問題だったのは、遺跡に設置されていた奇妙な仕掛けの数々だった。

 絵面を合わせてスイッチを押すような仕掛けはまだいい。

 厄介だったのは、仕掛けを解くのに、リータがハイフロスガーで習得した”旋風の疾走”が必要となる箇所が存在したことだ。

 しかも、その仕掛けは、解かないと絶対に先に進めないようになっていた。

 

「これって、アーンゲール師は初めから、このスゥームが必要になるって分かっていたよね?」

 

「恐らくそうでしょう。グレイビアードの方々は、この遺跡の探索も修練の一つと仰っていました」

 

 旋風の疾走で駆け抜けた通路をさらに進むと、一層広い空間に出た。

 小道を抜けると、視界に巨大な縦穴が飛び込んできた。

 縦穴は健人達の場所から底まで数十メートルほどの高さがあり、外壁の所々から噴き出した水が、下へと流れおちている。

 また、縦穴の外壁には螺旋状の道が作られ、下へと降りられるようになっている。

 

「すごい。地下に滝がある」

 

「地下水が流れ込んでできたものですね。ん、あれは……」

 

 リディアが縦穴の底に目を向けると、舞い上がった水の飛沫に隠れて、何か大きなものが見えているのに気付いた。

 一行は螺旋状の道を降りて、滝の麓までやってきた。

 滝の傍に見えたものは、明らかな人工物だった。

 円弧状に巨石を削り出したような、巨大な石壁を思わせる建造物。

 表面には三本の爪でひっかいたような文字がいくつも刻まれ、文字列の上に牙をもつ獣が描かれている。

 

「これは、石碑だね。それもかなり古い。文字は……ハイフロスガーで見た文字に似ているし、上の獣は……ドラゴン?」

 

 石壁に刻まれていた文字は、ハイフロスガーでリータがシャウトを習得した時、グレイビアードがシャウトで床に刻んだものと同じドラゴンの文字だった。

 おまけに、石壁の上部に描かれている獣は、爬虫類の頭を思わせる造様をしている。

 

「ドラゴンに関する石碑か……」

 

 ドルマが呟く中、健人は興味本位で石碑に近づき、刻まれた文字に指を這わせてみる。

 カリカリと引っかかる石の感触と、風化した石碑の塵の感触を指で感じながら、健人はふとこの墳墓が作られた意味に想いを馳せていた。

 このウステングラブは、誰かを祀る墓だ。

 その墓に刻まれた、ドラゴンを連想させる石碑を見れば、相当昔に作られたものだと分かる。

 そして、この試練を与えたグレイビアードが探すことを命じたのは、彼らの始祖の笛。

 そこまで考えれば、この遺跡がグレイビアードと何らかの深いかかわりがあることは容易に想像できる。

 気が抜けない探索中に不謹慎かもしれないが、苔がむす石壁を眺めながら、健人はふと、この文字がどんな事を伝えようとしているのか気になった。

 

「……あれ?」

 

 その時、健人はふと、風が吹いた気がした。

 健人達がいるのは、墳墓の地下深くであり、この遺跡に入ってから、風を感じたことはなかった。

 

「うっ!?」

 

「リータ、どうした?」

 

 直後、リータが頭を押さえ、呻くような声を漏らす。

 ドルマが心配そうな目でリータを見つめる中、リータはジッと目の前に佇む巨大な石碑を凝視している。

 

「声が、聞こえる……」

 

「声?」

 

 ゆっくりと足を進めるリータ。

 突然の彼女の行動に、石碑の前にいた健人が慌てて退くと、リータは彼と入れ替わるように石碑の前に立ち、同じように刻まれた文字に指を這わせ始めた。

 

「フェイム……」

 

 リータがその言葉をつぶやいた時、彼女の姿がまるで霧のように白く薄れていった。

 まるで蜃気楼のようにかき消えそうになっている姿に、その光景を見ていた健人達が一気に気色ばむ。

 何らかの罠に掛かったと思ったのだ。

 

「お、おいリータ!」

 

「従士様!」

 

 リータの身に突然起こった出来事に、ドルマとリディアが慌てて駆け寄ろうとするが、次の瞬間、二人はリータの背中をすり抜け、石碑の壁に激突した。

 

「ぶっ!」

 

「はう!」

 

 石の壁にしたたかに鼻を打ち付けた二人が、苦悶の声を漏らす。

 

「え? 何、何なの?」

 

 一方、リータは突然自分の背中を突き抜けて現れたドルマとリディアの姿に、訳も分からず狼狽えている。

 気がつけば、先ほどまで白く霞のように薄れていたリータの体は、既に元の色合いを取り戻していた。

 

「リータ、一体どうしたの?」」

 

「この壁を見ていたら、声が聞こえてきたの。グレイビアードで、シャウトを教えてもらった時と同じような気がして……」

 

「聞こえてきた声って、どんな言葉だったの?」

 

「フェイム。意味は多分、幽体だと思う」

 

 どうやら、リータは石碑に刻まれていた碑文から、シャウトを学んだらしい。

 “幽体”という意味から察するに、今学んだ言葉は、霊体化することで物理攻撃を無効化するシャウトらしい。

 

「やれやれ。そんな出鱈目な事もシャウトは出来るんだな」

 

 シャウトの幅の広さに、ドルマが感嘆の声を漏らす。

 健人の方も、今まで見てきた僅かなシャウトの中にも、炎を出したり、高速で移動したりと、人一人が出来る範囲を大きく超えた力を見せつけられてきたが、シャウトがこんな科学的に説明できない現象まで引き起こすことに、驚きを隠せない様子だった。

 通常、いくら汎用性に富んだ技術とはいえ、ある程度の限界がある。

 だが、シャウトは魔法と同じとされているが、つまるところはただの言葉なのだ。

 その広がりは、使う者達の想像力と同じ。

 そして新しい概念が生まれれば、それは“言葉”としてシャウトの中に組み込まれる。

 文字通り、無限の可能性を体現した存在なのである。

 健人が、シャウトが持つ無限の可能性に驚嘆している中、リータはどこか難しそうな表情を浮かべていた。

 

「私も驚いてるわ……。でも、このシャウト、多分そう何度も使えるものじゃないと思う」

 

「分かるのか?」

 

「ええ、何となくだけど……」

 

「どんな代償?」

 

「多分、霊体化したまま元に戻れなくなる……」

 

「それは……嫌だな」

 

 眉を顰めるリータを見るに、使いすぎると何らかの代償を伴うシャウトなのかもしれない。

 シャウトは強力な魔法だが、どんな力であれ、使いすぎれば相応の反動に襲われる。

 シャウト使いとして稀代の才を持ち、強大な力を持っていた古代の上級王ウルフハースが、過剰なシャウトの使用で死亡したのは、有名な伝説だ。

 シャウト自体が無限の可能性を内包しようと、それが真の意味で実現可能な範囲は、使い手次第という事なのだろう。

 

「まあ、新しい言葉を学べたなら儲けもんさ。先へ進むぞ」

 

 ドルマに促され、一行は再び先へ進み始める。

 ウステングラブ。その最奥まで、あと少しだった。

 

 


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