【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第八話 宿屋ウィンドピーク

 宿屋ウィンドピークの中は、昼間とは思えないほど暗い雰囲気が漂っていた。

 普段なら客のために絶えず赤々とした火を湛えているはずの暖炉は消え、寒さと沈黙だけが室内を支配している。

 当然、宿泊客がいる気配もない。

 床は一見綺麗に見えるが、部屋の端の方にいくと、うっすらと積もった埃が見て取れる。

 店員たちは地下にいるのか、カウンター奥の階段からはわずかではあるが灯りが漏れ出ていた。

 

「こんにちは、誰かいらっしゃいますか?」

 

「客か? こんな時に珍しい」

 

 セラーナが声をかけると、階下から茶髪のノルドが姿を現す。

 おそらく、アストンが言っていた恩人、ソーリングだろう。

 縮れた茶髪と髭。目元には濃いクマが刻まれ、先ほどの番兵と同じく、疲労困憊といった様子が見て取れた。

 

「私はセラーナ。こちらは夫のケントですわ。食料を少し売っていただきたいのと、一晩泊る宿をお借りしたいのですが……」

 

「すまないな、宿屋は閉業中だ。酒場としては開けてるから、夕方になったら来てくれ」

 

「……理由を聞かせていただいても?」

 

「人手不足、でな」

 

 諦めを漂わせた目で、宿屋のノルドは明らかに手入れが行き届いていない、さびれた店内を見渡す。

 

『それはもしかして、この街に広がっている病が原因ですか?』

 

「知っているのか?」

 

 健人が首肯すると、店主は呆れた表情を浮かべる。

 

「この街が呪われていると知っていながら来たのか。勇気があるのか、それとも向こう見ずなのか」

 

 まあ、普通に考えれば、厄介ごとに見舞われている地に自分から入ろうとはしないだろう。ソーリングは一度大きくため息を吐くと、重苦しい表情で再度口を開いた。

 

「ああ、そうだ。確かに、この街は原因不明の病に侵されている。娘のカリタも、店を手伝ってくれていたアベローネも、ずっと眠ったままだ。私も毎日のように、悪夢にさいなまれている」

 

 おかげで、この店もこの有様だと、ソーリングは天に嘆くように手を広げつつ吐き捨てる。

 労働力が三分の一になり、悪夢で満足に眠れず、さらに娘の看病もしなければならないとなれば、店の手入れに手が回らないのも当然と言える。

 

「どのような悪夢なのです?」

 

「……五年前に亡くなった妻の夢だ。朝までずっと冷たくなった妻に責められ続けるんだ。死に顔がずっと、瞼の裏に張り付いている。寝たきりのカリタもうなされている。悪夢に囚われたまま、衰弱死した者達もいる」

 

「だから、一刻でも早くこの街から離れろ」と、ソーリングは重ねて忠告してくる。

 健人はあらためて、ソーリングの様子を窺う。なんとなく、彼の周囲にドーンスターを漂うマジカが纏わりついているように感じられた。

 それとなく視線をセラーナに向けると、彼女も同意するように小さく頷く。

 

「ケント、この方からも、ドーンスターを覆うマジカが漂ってきます。ここに来るまでにあった衛兵やスカルド首長からも、同じ気配が……」

 

 さらにセラーナは、衛兵やスカルド首長からも同じマジカを感じていたらしい。

 やはりこの辺りの感覚は、セラーナは相当優れている。さすがは、千年単位の時を生きた吸血鬼である。

 

(同時に、すぐにこの街を離れるわけにはいかなくなったな……)

 

 この街を覆うマジカは微弱ではあるが、かなり悪辣である。

 元々可能性はあったが、デイドラの存在がかなり濃厚になったと言える。

 健人の脳裏に、ソルスセイム島での出来事が思い出される。

 直接力を及ぼしていたのはミラークだったが、その背後にいたのはハルメアス・モラだ。

 かの邪神は、ミラークが抱いていた叛意も自由への渇望も全て理解しきった上で利用しきっていた。自らが発動させた魔法の自爆によってとん挫したが、それも最後の最後での話。

 奇跡的な偶然が重なり、薄氷の勝利を手にしたものの、犠牲も大きく、特にスコール村には消えない傷を残した。

 ここで、それを再び引き起こすわけにはいかない。

 そのためにも、この街の状況をもっと詳細に知る必要がある。

 

「ですが、私達も先立つものが必要です。ですので、もしよろしければ、一日この店で雇ってくださいません?」

 

「雇う? お前達を?」

 

 そんな健人の意図を察してか、セラーナが有効な提案をソーリングに提示した。

 この店は確かに宿屋としては閉店しているが、酒場としてはまだ開いている。

 古今東西、人は酒が入れば口が滑りやすくなるもの。酒場での情報収集は有用だ。

 一方、セラーナの提案を聞き、ソーリングの目に訝しげな光が宿る。

 いきなり店に来て雇ってくれなどと言われれば、怪訝な顔をするのも無理はない。

 しかも、閉店中の店にだ。

 

「まあ、確かにこの店は、夜だけ酒場として開けてはいるが……」

 

 ソーリングの瞳の奥が揺れる。

 日々の糧を得るには、店を完全に閉めるわけにはいかないのだろう。

 明らかに迷っている様子が見て取れる。

 

「分かった。正直、猫の手も借りたいところだったんだ。手を貸してもらうよ」

 

 しかし、それも僅かな間だった。

 事実、本当に困っているのだろう。健人には濃いクマが刻まれた目元が、僅かに緩んだように見えた。

 

「決まりですわね。ついでと言っては何ですが、泊まる場所も……」

 

「ああ、分かってる。部屋は用意するよ。こっちだ」

 

 宿屋としては閉まっているとはいえ、部屋はそのまま残っている。

 ソーリングの案内で通されたのは、他の部屋と比べて一際広い部屋だった。

 

(……え? 相部屋?)

 

 問題なのは、案内されたのは一部屋のみだったということ。

 

「アンタら、夫婦なんだよな。なら、一部屋でいいか? 二人一緒に泊れるとなると、ここが一番なんだが」

 

(いや、ちょ! 確かに夫婦設定だけど!)

 

 濃いクマが刻まれた顔に満面の笑みをたたえるソーリング。完全に善意の笑顔である。

 一瞬、混乱しかける健人だが、夫婦設定を思い出して、何とか冷静さを保つ。

 相部屋なら、ベッドは二つあるはず。そう思って、ソーリングの横から室内を覗き見るが……。

 

(一つだけ……)

 

 室内に設けられていたのは、ダブルサイズのベッドが一つだけだった。

 なんとか保っていた冷静さが、一気にエセリウスまで飛び去ってしまう。

 

「はい、大丈夫です。感謝いたしますわ」

 

「よかった。じゃあ、準備が出来たらホールに来てくれ、仕事について話すから」

 

 呆然としている健人をよそに、セラーナはソーリングに満足そうな笑みを返す。

 ソーリングの方も軽い足取りでホールに戻ってしまった。

 

「さ、旦那様。荷物を置いて戻りましょう」

 

 セラーナの言葉に促され、健人は茫然としたまま、背負っていた荷物を部屋の端に置く。

 

(いや、夜にはカシトと合流するからな、うん。大丈夫、問題ない。ベッドハツカワナイ……)

 

「旦那様、どうかしたのですか?」

 

(い、いや!! なんでもないよ!?)

 

 ブンブンと首を振る健人に、一瞬怪訝な表情を浮かべたセラーナだが、チラリと部屋唯一のベッドに向くと、ニコリと意味深な笑みを浮かべる。

 

「あら? 何か良からぬことでも考えていらっしゃるので?」

 

(考えてないって言ってるだろ! クレティエンじゃないんだ!)

 

 色事となると、どうしても脳裏に浮かんでしまう淫乱団長。

 ある意味、健人の嗜好に多大な影響を及ぼしていた。もちろん、反面教師として。

 彼女の奔放さは『蒼の艶百合』がウィンドスタッドに来た初日で、村の若い男性五名が一度に捕食されたことで村中に知れ渡っている。

 なお、クレティエンはそれだけでは足りなかったようで、その後メインディッシュとばかりに六人目に襲い掛かった。

 襲われかけたのは健人。もちろん、実力行使で黙らせている。

 その後、彼女は獣を捕獲するための鉄の檻に入れられ、一日村の入り口前でさらし者にされたが、翌日シレっとした顔で健人に会いに来ていたりする。

 

(一回死なないかな~~。アイツ。いや、デイドラなら死んだところで復活するか)

 

 もはや、健人はあの女性をデイドラと同じ類と認識していた。

 世界を救ったドラゴンボーンに化け物認定されるなど、ある意味偉業である。

 そこまで思考が明後日の方に跳んだところで、健人は意識を変えるように黒板に白墨を走らせた。

 

『セラーナ、この一件にデイドラロードが介入している可能性、あるか?』

 

 できるだけ考えないようにしていた懸念。

 黒板を見たセラーナの表情が、一気に引き締まる。

 

「……あります。私もその可能性は考えていましたが、この街を覆う魔力を直接感じて、ほぼ確信しています。この力はおそらく、デイドラロード・ヴァーミルナでしょう」

 

 ヴァーミルナ。

 デイドラロードの一柱にして、悪夢を司るデイドラロード。

 正確には夢の世界を支配していると言われている。

 魔術師神マグナスともかかわりがあるとされているが、その辺りは健人もよく分からない。

 ただ、デイドラロードである以上、健人としては警戒せずにはいられない。

 同じデイドラロードのハルメアス・モラも、ミラークの一件や、アルドゥインとの最終決戦の時の僅かな会話の中で誘惑と契約を忍び込ませるなど、一歩間違えたら取り返しのつかないことを平然とやってくる。

 

『セラーナ。ヴァーミルナはどんな手を使っていると思う?』

 

「ヴァーミルナの典型的な方法としては、人に悪夢を見せ、不安を煽り、現実と夢の境界を曖昧にして道を踏み外させることですわね。たとえ夢と分かっていても、長時間にわたり干渉され続ければ、影響は免れませんわ」

 

 自らが干渉した定命の者達の隙に巧みに取り入り、マッチポンプで配下にするというのは、デイドラ達の基本的な干渉方法だ。

 もちろん、自らデイドラに関わる定命の者達もいるが、それは全体としては少数派である。

 

「それから、デイドラロードの目的は基本的にニルンに対する影響力を強めること。となると、権力者に強く干渉した方が効率的です」

 

『スカルドか……』

 

「はい。ほぼ間違いなく、影響を受けているかと。おそらく、あと気になるのは、街はずれの丘の上にある塔ですね」

 

(ああ、新しい衛兵長が近づくなと厳命している塔か)

 

 遠目から見た感じでは、かなり古い塔に見えた。

 セラーナが感じ取ったなら、ほぼ間違いなく関わりがあるだろう。

 

(そちらも調べる必要があるな)

 

「あと、もう一つ可能性として考えられることがあります。首長が積極的にデイドラに関わっている可能性です」

 

 これもないとは言い切れない。

 デイドラと積極的にかかわろうとする人間も、ゼロではないのだ。

 港の様子を見るに、スカルドは明らかに侵攻の準備をしている。それが本人によるものなのか、デイドラの干渉によるものなのか、見極めなくてはならない。

 

「宿屋の手伝いついでに、その辺りを確認してみましょう」

 

 方針は決まった。

 とはいえ、あまり時間はない。

 そろそろホールに戻らないと……。

 そう考えたところで、健人の耳に、まるで風のささやきのような『声』が流れてきた。

 

『き……こえ……か? たの……、私の……に、……………くれ』

 

(ん? なんだ?)

 

 か細く、ぐもった声。

 意識を傾けても聞き取れないほど

 

「ケント、どうかいたしましたの?」

 

『何かが聞こえたような気がして……』

 

 耳を澄ませる。

 しかし、聞こえてくるのは港の喧騒と海風が屋根を揺らす音だけ。 

 気のせいか? 

 健人は首を傾げつつも、なんでもないというように手を振り、セラーナと共にホールへと戻る。

 閉じられる扉。

 誰もいなくなった部屋の中で、淡い光を放つ青い人影が佇んでいた。

 




というわけで、久しぶりの投稿。
なんか、ドーンスター編もうちょいかかりそう。
以下、登場人物紹介

ソーリング
宿屋ウィンドピークの主人。娘と従業員の三人で、店を切り盛りしていたが、二人がこん睡状態になってしまい、宿屋の方は営業することができなくなった。
現在は夜だけの酒場を開きつつ、何とか日々の糧を得ている。
三年前は、親なしとなっていたレッドガードのアレサンを住まわせていた。


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