【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
カイネスグローブは、イーストマーチホールド、ウインドヘルムの南側に位置する、小さな村だ。
この村は鉱山の村であり、クジャク石と呼ばれる鉱石が取れる鉱山がある。
クジャク石は精製しただけでは割れやすいが、月長石と組み合わせて鍛造すると、武具として非常に優れた素材となる。
また、その碧がかった独特の光沢と美しさから、碧水晶と呼ばれており、武具としてだけでなく、美術品の素材としても非常に価値が高い。
故に、原材料であるクジャク石の価値も高く、結果としてカイネスグローブという村ができた経緯がある。
その村は今、恐怖と混乱に包まれていた。
吹き荒ぶ吹雪の中、悲鳴と怒号が飛び交っている。
「どうやら、当たりみたいね」
デルフィンの冷静な声が、健人の耳には妙に遠くに聞こえた。
健人達は逃げまどっている村人の女性を捕まえ、話を聞こうとする。
「ドラゴンはどこに行ったの?」
「ええっと……。あの黒いドラゴンは街の上空を飛んで、ドラゴンの古墳に降りていきました」
「その古墳は何所?」
「鉱山の入口がある丘の上です」
「っ!」
村人の話を聞いて、居ても立ってもいられなくなったのか、リータが駈け出した。
慌てて健人達が後を追う。
「リータ!」
「行こう!」
駆けだしたリータを追うために、健人達は吹き荒ぶ風を切り裂きながら、村の中央通りを駆け抜け、鉱山の入り口の脇の山道を通り抜ける。
木々が生い茂る林を抜けると、広々とした空間が健人達の目に飛び込んできた。
だだっ広い広間の中央に、円形の皿を思わせる盛り土がある。
あれが、おそらくドラゴンの古墳だろう。
古墳の上空には、かつてヘルゲンで見た漆黒のドラゴンが悠々と旋回している。
炎を連想させる鱗と、血のように真っ赤に染まった瞳を持つドラゴン。
「いた、間違いない。ヘルゲンを襲ったドラゴンだ!」
「アル、ドゥイン……!」
押し殺した声を漏らしながら、リータは上空のアルドゥインを、怒りに満ちた目で睨みつけている。
「なんて大きな奴なの……。静かにして。アイツが何をしているのか見てみましょう」
初めて間近でアルドゥインを見たデルフィンが驚嘆の声を漏らすが、すぐに冷静になり、健人達に隠れるように促す。
彼女の言葉に従い、健人達は近くにあった大岩の影に身を潜めた。
上空を旋回していたアルドゥインは、やがてゆっくりと高度を落とし、古墳の上でホバリングすると、古墳に向かって何やら叫び始めた。
“サーロクニル! ジール、グロ、ドヴァー、ウルセ!”
地響きのような声が、カイネスグローブ中に響き渡る。
自分たちに向けられた言葉ではないにもかかわらず、健人達の全身に重りを背負ったような重圧感が圧し掛かる。
生物の本能的な恐怖を呼び覚まされたのか、周りにいた動物たちや、地中で息を潜めていた小動物までもが、一斉に逃げ始める。
健人達があまりの威圧感に息をすることすら忘れそうになる中、リータだけは、上空のアルドゥインを射殺さんばかりに凝視していた。
“スレン、ティード、ヴォ!”
アルドゥインが、何か波動を伴ったシャウトを放った。
放たれたシャウトは古墳の中に吸い込まれるように消えると、続いて爆音と共に、地面が吹き飛んだ。
土砂が舞い上がる中、姿を現したのは、ドラゴンの骨。
まるでスケルトンのように動く骨だが、やがて光と共に、肉体が形成されていく。
雪を思わせる美しい皮膜が両腕を覆い、脈動する筋肉が骨格を覆い始める。
背中には氷柱を思わせる棘が屹立し、純白の鱗が全身を覆う。
「これは、思ったよりも深刻だわ……」
ドラゴンの復活に、デルフィンが重苦しい声を漏らした。
伝説に伝わる、アルドゥインの力。
その一端を目の当たりにし、事態の深刻さに唇を噛み締めている。
アルドゥインの再来と、ドラゴンの復活。
想定していた最悪の事態が現実であることに、恐々としている健人達を尻目に、アルドゥインと復活したドラゴンが何やら話し始めた。
“アルドゥイン、スリ! ボアーン、ティード。ヴォクリハ、スレイセジュン、クルジーク?”
“ジヒ、サーロクニル、カーリ、ミル”
「何言っているんだ?」
ドラゴンの言葉が全く分からないドルマが、尋ねるようにリータに視線を向ける。
当のリータも、ドラゴンが交わしている言葉はまだ知らないものらしく、厳しい表情を浮かべたまま、首を振っていた。
その時、アルドゥインの視線が、ドラゴンから健人達が隠れている大岩に向けられた。
隠れていることがバレたのか?
そんな疑問と緊張感が健人達の間に流れる中、リータがおもむろに、隠れていた岩陰から身を乗り出し、アルドゥインの前に姿を晒した。
“フォル、ロセイ、ドヴァーキン? ズーウ、コラーヴ、ニド、ノル、ヴドブ、ド、ハイ”
アルドゥインが、何らかの言葉をリータにかける。
だが、肝心のリータは、アルドゥインが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
彼女が習得した言葉は、ごく僅か。ドラゴンの会話を理解するには至っていない。
ただただ、両親を殺したドラゴンを、怒りに満ちた瞳で睨みつけている。
“言葉の意味を知らぬと見える。自らドヴァーを名乗るとは何たる不届き者よ”
そんなリータを、アルドゥインは取るに足らぬ存在と断じた。
シャウトは、ドラゴンの力そのものだ。
アルドゥインから見れば、龍の血脈を持ちながら、スゥームを満足に使えないリータは、そこらにいるただの定命の者と何も変わらなかったのである。
まるで塵芥を見るような怨敵の態度が、リータの怒りに油を注ぐ。
湧き上がる怒りはリータの中のドラゴンソウルを隆起させ、彼女の内に秘めた超常の力を引き出していく。
力を、もっと力を。
彼女の渇望に答えるように、高まる力が最高峰に達したその時、リータは喉から“力の言葉”を押し出した。
「ファス、ロゥ!」
“揺るぎ無き力”
押しかかる絶望と理不尽を撥ね退けるためにリータが欲した力が顕現し、アルドゥインに襲い掛かる。
大気を震わせながら疾駆する衝撃波が、今まさに、漆黒の竜をとらえようとしたその瞬間……。
“ッ!”
瞬く間に霧散した。
そよ風のように散っていく自分のシャウトに、リータは呆然としている。
無理もない。
リータのシャウトを潰した時、アルドゥインは声すら発していなかった。
ただ、喉を震わせただけ。
それだけで、リータの渾身のシャウトをかき消したのだ。
“メイ。フェン、アロク、アーラーン、ウンスラード、ズー、ダール、フォディズ、スゥーム”(愚かな、不滅の我に、このような稚拙なスゥームで牙を向こうとするとは)
ドラゴンの王、全てを食らうもの。
伝説にその名を刻むドラゴンの王は、稚拙で脆弱なドラゴンボーンとその仲間たちを、王らしい傲慢さをもって睥睨する。
そして、竜王アルドゥインは、復活させたばかりのドラゴン、サーロクニルに命を下した。
“サーロクニル、クリイ、ダー、ジョーレ”
“ヤー、スリ!”
定命の者たちを殺せ。
主の命を受けたサーロクニルが、リータたちに襲い掛かる。
アルドゥインの言葉は理解できずとも、その態度と気配で戦いの雰囲気を察していたデルフィン達もまた、得物を構えて迎撃の姿勢を取っていた。
一方、配下に命令を下したアルドゥインは、もはやリータ達の事などどうでもいいと判断したのか、翼をはためかせて嵐の向こうへと飛び去って行く。
「っ……! 待ちなさい!」
「リータ、今は目の前のドラゴンに集中しろ!」
相手にすらされなかったリータが、激高した声を上げるが、彼女たちの眼前には、サーロクニルが今まさにシャウトを放とうとしていた。
“フォ……コラ、ディーン!”
「っ! ウルド!」
フロストブレス。
極寒の吐息が、リータたちに襲い掛かる。
リータは咄嗟に旋風の疾走を使用して、フロストブレスの射線上から離脱。
健人達は岩陰に身を潜めて、冷気の直撃を避ける。
「ぐうう……」
直撃でなくとも、極寒の吐息は体温を一気に奪い取る。
ピキピキと髪が凍り付いていく。
吐息が放つ冷気に晒された全身に刺すような痛みが走り、思わず健人は呻いた。
直撃を受けたら、悲鳴すら発することも出来ずに凍死してしまうかもしれない。
しかし、サーロクニルのシャウトも永遠に続くわけもない。
数秒の後に、氷の嵐は唐突に止んだ。
「行くぞ!」
ドルマの掛け声に呼応するように、リディア、デルフィンが岩から飛び出して弓を構え、矢を放つ。
「ファス、ロゥ!」
リータは“揺るぎなき力”のシャウトを浴びせるが、サーロクニルは素早く空中に退避した。
目標を失った矢と衝撃波が、むなしく地面を抉る。
“我が声は長きにわたり封じられていた。だがスリが戻った今、今度はお前たちが土に還る番だ、ジョーレ”
空中に飛翔したサーロクニルが、再びフロストブレスを放ってくる。
目標はやはりリータだ。
ドラゴンにとって、この場で最も脅威なのは、ドラゴンの魂を滅ぼすことができるリータである。
真っ先に狙うのも、当然だった。
リータが地面を転がってサーロクニルのシャウトを躱しているうちに、ドルマ達が立て続けに矢を放つが、元々強固な鱗を持つドラゴンに対しては、やはり効果が薄い。
常に制空権を取られているこの状況では、圧倒的にドラゴン側が優勢だった。
このような時、最も頼りになるのは、やはり高威力の破壊魔法だ。
現に、ホワイトランでは、健人が魔法の杖に込められた魔法で、ミルムルニルを完全に足止めしている。
おまけに、爆発系や雷系の魔法なら、矢のように距離によって威力が大きく減衰することもない。
しかし、この場ではあの魔法の杖もなく、破壊魔法に長けた人間は一人もいない。
さらに状況が悪いことに……。
“ウルド、ナー、ケスト!”
「なっ!?」
上空から、翼を広げたサーロクニルが、足の爪を立てながらリータめがけて“旋風の疾走”で突進してくる。
巨大な質量と、頑丈さを武器にした質量爆弾だ。
しかも、その速度はリータの旋風の疾走と比べても明らかに速かった。
「ウルド!」
リータは咄嗟に、再び旋風の疾走を使ってその場から飛びのく。
直後にサーロクニルが高速で地面に着地。
轟音と共に地面が揺れ、四方八方にまき散らされた衝撃波が健人たちを襲う。
「うわああああ!」
「ぐうううう!」
舞い上がる突風に揉みくちゃにされる健人たちをしり目に、サーロクニルは着地の反動を使って、再び上空に飛翔する。
飛翔したサーロクニルは、再びフロストブレスを吐き、隙を見つけては旋風の疾走による突撃を加えてくる。
ブレスによる牽制と、質量爆弾による重撃を前に、健人たちは翻弄される。
着地の瞬間を狙おうにも、撒き散らされる衝撃波と石礫が、接近を阻み、その間にサーロクニルは素早く空に退避するということを繰り返す。
打つ手がない状況に、健人達は陥っていた。
「くっ! このままじゃジリ貧だわ」
その時、健人の目に森の木々が飛び込んでくる。
「リータ! こっち!」
健人は、リータの手を取って森に向かって走る。
森に隠れれば、生い茂る木の葉によって、上空からは簡単には見つからないと考えたのだ。
ケントの意図に気付いたのか、ドルマ達も健人の後に続いて、駆け出す。
”臆病者め、逃げるか!”
リータ達を逃がすまいと 後方から飛んできたサーロクニルがフロストブレスを吐きかけてくる。
背中から迫る極寒の冷気に呑まれまいと、健人たちは必死に足を動かした。
もし、背中から襲ってくる冷気の嵐に飲まれれば、間違いなく異世界人の氷像の出来上がりである。
幸いにも、健人達の退避は間一髪、間に合った。
サーロクニルのフロストブレスは、森の木々を凍らせるだけで終わり、健人達を飲み込むことはなかった。
背中から凍てつく波動を感じながら、健人達は何とか、森の中に逃げ込むことに成功した。