【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル   作:cadet

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第2章最終話 より強くなるために

 カイネスグローブの森に逃げこみ、一時的にサーロクニルの目から逃れた健人たちは、どうやってあのドラゴンを倒すか、対策を考えていた。

 状況は芳しくない。

 上空を抑えられ、こちらには攻撃手段がない状態である。

 

「どうする?」

 

「上空を抑えられているから、逃げるのは無理でしょうね」

 

「それに、下手に長引かせると、ドラゴンの狙いが私達からカイネスグローブの住人に変わる危険もあります」

 

 カイネスグローブに危険が及ぶ可能性を示唆され、リータは無言で立ち上がった。

 ドラゴンに家族を殺された彼女にとって、リディアの懸念は看過できるものではない。

 

「待ちなさいドラゴンボーン。何か手はあるの?」

 

「ないですけど、ドラゴンが街を襲うかもしれない以上、ここで隠れているなんてできません」

 

「止めなさい。打開策がないまま外に出れば、ただ殺されるだけだわ」

 

今にも駆けだしそうなリータをデルフィンが諫める。

 

「だからと言って、放置はできません。シャウトを使える私なら、あのドラゴンの突進を躱せます」

 

「躱せたとしても、反撃する余地がないでしょう。あなたが回避に使うシャウトは方向転換できないみたいだし……」

 

 デルフィンの指摘に、リータは歯噛みする。

 彼女の言う通り、旋風の疾走は一方向に急加速するシャウトだ。

 当然、勢いのある加速のせいで、方向転換はできない。

 サーロクニルは着地の際の反動を利用しているが、地面を走るリータには不可能な芸当だ。

 リータもそんな事は理解している。

 でも、たとえ諫められたとしても、リータはこのまま逃げるなどという選択を取る気は微塵もなかった。

 敵に後ろを見せず、こうと決めたら決して退かないノルドらしさが出ているといえばそうだが、この場においてはよくない傾向だ。

 今のリータは冷静ではない。

 両親を殺したアルドゥインに自分のシャウトが全く通用しなかったことが、彼女の焦燥を掻き立てていた。

 

「なら、急降下してくるところを“揺ぎ無き力”のカウンターで……」

 

「あの大質量の突進を跳ね返せるだけの威力が、今のあなたのシャウトにあるのかしら? 失敗すれば、間違いなく潰されるわ」

 

 リータの“揺ぎ無き力”は、最大で二節。

 揺るぎ無き力は、一説では敵の城門を吹き飛ばしたなどという伝説があるほど強力な衝撃波を放てるが、それは歴戦のシャウト使い達が束になってこそ、成し遂げられた業。

 ドラゴンボーンとはいえ、シャウト使いとしてはひよっ子のリータには、ドラゴンほどの超大型の生物の突進を跳ね返すなど、まだ無理な領域だ。

 そもそも、サーロクニルの旋風の疾走は、リータのものと比べても明らかに加速力が違いすぎた。

 百メートル以上の高度から、数秒で地面に到達するほどの速度である。

 どう考えても、時速百キロ以上の速度は出ている。自動車並みか、それ以上の速度だ。

 現代日本で考えれば、戦車が時速百キロメートル以上で激突してくるのと、ほぼ同じ。

 さらに速度だけでなく、その加速力も脅威だ。

 どんな自動車や飛行機、はたまた宇宙ロケットだって、最高速までは数秒から数十秒の時間がかかるのに、旋風の疾走による加速は、ほぼノータイム。

 戦車ほどの大質量が、一瞬で時速百キロ以上に加速し、突進してくる。悪辣極まりない攻撃だ。

 

「霊体化で躱して反撃すれば……」

 

「でも、霊体化は攻撃すれば実体化するし、出来て一撃だ。それでドラゴンの飛行能力を奪えなかったら、今度こそ空から一方的に攻撃されて終わりだと思う」

 

 臍を噛むように顔を顰めてリータの言葉に、今度は健人がダメ出しをする。

 霊体化を使えば、確かに回避と同時に反撃ができる。

 しかし、サーロクニルが上空に退避する時間を考えれば、攻撃のチャンスはほとんどない。出来て一撃だろう。

 それであの巨大なドラゴンの飛行能力を奪うことは難しい。

 そして、失敗すれば、ドラゴンは反撃を警戒し、今度こそ上空から降りてこなくなるだろう。

 そうなれば、リータ達に勝ち目はない。

 

「どうしたもんか……」

 

 悩ましげに呟いたドルマの一言が、この場にいた全員の気持ちを代弁していた。

 

「ケント様はなにか思い浮かびませんか?」

 

「……え? 俺ですか?」

 

「はい、ケント様なら何か名案が思い浮かばないかなと……」

 

 リディアから突然話を振られた健人は、思わず呆けたような声を漏らした。

 リータたちも、どこか期待を込めるような視線で健人を見つめてくる。

 仲間たちからの思わぬ視線に、健人は顎に手を当てて考え込む。

 サーロクニルの武器である上空からの強襲。

 ドラゴンの最大の利点が空を飛べることであるなら、その強みを奪うことが敵を倒すうえでの必須事項となる。

 だが、健人たちの攻撃では上空のドラゴンに満足な打撃を与えることは難しいし上、サーロクニルは強襲時に、着地の反動をうまく使って逃げてしまう。

 

(なら、十分な着地ができる余地を奪ってしまえばいい。問題は、それをどうやって行うかということだけど……)

 

「ええっと……深い川に誘い込んで落とすとか、突進の時にバランスを崩させるとか、落とし穴に嵌めるとか……」

 

 必要な手段はいくらか思いつくが、どれも現実的ではなかった。

 カイネスグローブの近くにはダークウォーター川と呼ばれる大きな川が流れているが、健人たちがいるのは森の中だ。おそらく川に出るまでに上空のドラゴンに見つかることは確実である。

 突進時にバランスを崩させることは、空の上の敵に満足な攻撃ができない健人達には不可能。

 落とし穴は、そもそも掘っている時間がない。

 八方ふさがりという状況。だが、健人の話を聞いていたデルフィンが、何かを思いついたように頷いた。

 

「そうね、悪い考えではないわ」

 

「……え?」

 

「ドラゴンボーン、一つ提案があるわ」

 

 活路を見出したというようなデルフィンの声に、健人達は目をパチクリさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーロクニルは、上空を滑空しながら、獲物を探していた。

 叩きつけてくる吹雪と、スカイリムを囲む山々に懐かしさを感じながら、眼下の森を睥睨する。

 サーロクニルの心は、これ以上ないほど高揚していた。

 ようやく、永年に渡る屈辱の日々が終わったと。

 これからは再びこの大空を自由に飛び、自分を殺して冷たい土の中に閉じ込めた人間達への復讐が出来ると。

 主であり、長兄であるアルドゥインの帰還。それはサーロクニルにとって、再び自分たちドラゴンの時代が訪れたことの証左だった。

 だが、サーロクニルの胸の奥に、一抹の不安要素がある。

 ドヴァーキン。定命の者たちが、ドラゴンボーンと呼ぶ存在だ。

 不滅であるはずの、ドラゴン達を殺し、その力と知識を簒奪する盗人。

 サーロクニルがまだ死ぬ前にも存在した、翼を持たぬドラゴンもどきだ。

 かの者はたとえスゥームでその名と運命を縛ろうが、必ず主であるドラゴン達に仇をなしてきた。

 そして、今代のドラゴンボーンも、従属することはないとサーロクニルは判断している。

 だからこそ、受けた主命は、迅速に終わらせる必要があった。

 

“ドヴァーキンめ、隠れても無駄だぞ”

 

 脆弱な定命の者たちは、その弱さにふさわしく、ドラゴンたちと比べて体躯も小さい。

 しかし、その小さな体躯は隠れることにはこれ以上ないほど適している。

 サーロクニルの眼下には鬱蒼と茂る森が広がっている。

 吹雪が吹いていることもあり、人間が隠れるには絶好の環境だ。

 しかし、その程度でこのサーロクニルが獲物を逃がすことなどありえない。 

 彼はドラゴン。

 この世界の生物の頂点に立ち、超常の力を操る理不尽の化身なのだから。

 

“ラース、ヤハ、ニール!”

 

 オーラウィスパー。

 どのような形の命であれ、その存在を看破できるようになるスゥーム。

 サーロクニルの視界に、木の陰で一塊になる4つの影が映った。

 

“そこか!”

 

 翼を折りたたみ、一気に降下する。

 見つかったことに気付いたのか、影が慌ただしく動き始める。

 サーロクニルの目に、木の影から覗く金髪が映った。

 最優先目標である、ドラゴンボーンの髪だ。

 振り向いた彼女とサーロクニルの視線が交差する。

 

“ウルド、ナー、ケスト!”

 

 目標を見つけたサーロクニルがシャウトを唱えた。

 降下していたサーロクニルの速度が、旋風の疾走によってさらに跳ね上がる。

 吹きすさぶ雪が線となって、彼の視界の外へと押しやられていく。

 風を切り裂いて降下する中、サーロクニルは後ろ足を上げ、着地態勢を整えると、その勢いのまま、リータに向かって突進した。

 だが、既にサーロクニルの姿を確認していたドラゴンボーンが、旋風の疾走を唱え、その場から離脱する。

 取り逃がしたことを悟ったサーロクニル。

 しかし、次撃で仕留めればよいと思いなおし、着地に備える。

 

“逃がさな……なに!?”

 

 ところが着地の瞬間、サーロクニルの足元が突然崩れた。

 まるで薄氷を踏み抜いたように体が沈み込み、崩れた土砂が足元を覆い隠していく。

 慌てて翼をはためかせ、その場から飛び上がろうとするが、崩れた足場では踏ん張りがきかず、彼の体はそのまま地面に埋まっていく。

 サーロクニルが踏み抜いたのは、鉱山の坑道だ。

 カイネスグローブは古くから鉱山で生計を立てているだけあり、村の周辺にはこのように廃れた坑道がいくつも存在する。

 サーロクニルの突撃はそのあまりの威力ゆえに、地下にあるその坑道を、数本まとめて踏み抜いてしまったのである。

 

「今よ!」

 

「おおお!」

 

「ええい!」

 

 デルフィンの掛け声とともに、リディアとドルマが斬りかかる。

 下半身が半分近く埋まってしまったサーロクニルは翼をはためかせて二人を牽制するが、その間隙にデルフィンが正面から切り込んできた。

 両腕が塞がっているサーロクニルは、抜いたブレイズソードを腰だめに構え、吶喊してくるデルフィンを噛み砕こうと首を伸ばす。

 

「ふっ!」

 

 サーロクニルの鋭い牙が眼前に迫る中、デルフィンは踏み込んだ右足の力を、意図的に抜いた。

 重力に従って沈み込んでいく体を感じながら、同時に力を抜いた右足とは逆に、左足に力を入れる。

 力の均衡が崩れたデルフィンの体は、沈みながら滑るように右に流され、ドラゴンの致死の牙を逃れながら、翼の下へと潜り込む。

 

「せいや!」

 

 両足の筋肉を張り、沈み込んだ体を跳ね上げながら、ブレイズソードの切っ先を鱗の隙間に突き入れる。

 目標は、サーロクニルの左腕肩部。

 鋭いデルフィンの突きは、サーロクニルの肌と筋肉を貫き、その先にある関節に達した。

 サーロクニルの激痛に悶える咆哮が、カイネスグローブに響く。

 確かな手ごたえに、デルフィンの口元が吊り上がる。

 だが、相手はタムリエルの生物の頂点に立つドラゴン。致命傷にはなっていない。

 サーロクニルが怒りに燃えた瞳でデルフィンを睨みつけ、今度こそかみ砕こうとしてくる。

 デルフィンはやむを得ず、突き刺したブレイズソードを手放し、素早くその場から離脱する。

 デルフィンの回避は、間一髪間に合った。空を噛んだ牙が、ガキン! と耳障りな音を立てる。

 

「くっ! さすがはドラゴン。一筋縄ではいかないわね」

 

「それでも、翼は潰した。これで……」

 

 俺たちの切り札の番だ。

 そんなドルマたちの想いに応えるように、腰の剣を抜いたリータが、サーロクニルの前に立つ。

 ここにきてサーロクニルは、初めて今代のドラゴンボーンと正面から相対した。

 

「ファス、ロゥー!」

 

 リータの“揺るぎ無き力”がサーロクニルに襲い掛かる。

 未だ二節の、未熟と言えるスゥーム。

 だがそのスゥームには、アルドゥインの配下たるサーロクニルをして、悪寒を感じさせる“熱”があった。

 純粋な敵意と憎悪。古の時代に、ドラゴン達を蹴落とした人間たちと同じ、復讐に燃える者の熱だ。

 

“ドヴァーキン! お前の声など及ばないぞ!”

 

 ドラゴンらしい傲慢さを思わせる声を上げながら、サーロクニルは翼を広げて己を鼓舞する。

 瞬間、リータがサーロクニルめがけて駆け出した。

 サーロクニルがスゥームを使う間もなく間合いを詰め、その手に握った刃を振るう。

 鮮血が舞い、サーロクニルの悲鳴が響く。

 ドラゴンキラーとしての本能のままに、リータが剣を振るう度に、サーロクニルの体に裂傷が刻まれていく。

 リータの剣は、ホワイトランでミルムルニルと戦った時よりも、明らかにキレを増していた。

 ドラゴンボーンとしての本能と、力を求めるリータの熱が竜殺しとしての彼女を、さらなる高みへと押し上げようとしている。

 サーロクニルの表情に、焦りの色が浮かぶ。

 彼はドラゴンボーンの存在は知っているが、実際に戦った経験はない。

 同族から聞かされていたドラゴンボーンの力を目の当たりにしたサーロクニルの第六感が、けたたましい警報を鳴らし続けていた。

 

「死ね!」

 

 怒りを感じさせる声とともに振り抜かれた剣が、サーロクニルの体に一際深い裂傷を刻み込んだ。

 荒々しくサーロクニルの体を削り取って行くリータの剣に、ついにサーロクニルが音を上げた。

 

“フェイム、ジー、グロン!”

 

「なっ!?」

 

 サーロクニルがシャウトを唱えた瞬間、彼の体がまるで幻のように透けていく。

 振り下ろした剣が、まるで霞を切ったように素通りした。

 “霊体化”

 己の肉体を霊魂のみとすることで、魔法を含めたあらゆる攻撃を一時的に無効化するシャウト。

 渾身の一撃を外されたリータは、勢い余って、そのままサーロクニルの霊体を通り抜ける。

 慌てて振り返ろうとするが、その前に実体化したサーロクニルの尾が、リータの体を捉えていた。

 

「がっ!?」

 

 ボールのように跳ね飛ばされたリータの体が、地面に激突。

 衝撃でリータの体が動かなくなった隙に、サーロクニルが追撃を放つ。

 

“フォ、コラ、ディーン!”

 

「リータ!」

 

 最大級のフロストブレスが、リータを襲う。

 だが、その射線上に、健人が割り込んだ。

 魔法防御が施されたエルフの盾を構え、僅かなマジ力をひねり出す。

 サルモールの部隊と相対した時のように、全力で障壁を張り、真正面からサーロクニルのフロストブレスを受け止める。

 

「ぐ、うううう!」

 

 しかし、魔法防御が施された盾と、障壁の魔法を併用しても、サーロクニルのシャウトは強力過ぎた。

 極寒の息は瞬く間に健人の体から体温を奪い取り、その命も飲み込もうとする。

 サーロクニルの殺意が乗せられたシャウトは、彼の数千年の怒りを余すことなく健人に叩き付けてくる。

 

(これは、憎しみと、痛みと……)

 

 傲慢で思い上がった人間どもよ、分相応の死に落ちるがいい!

 押しつぶされそうになるほどの殺意と憎悪。自分を殺した人間達への積年の憎しみ。そして、サーロクニルが人間達に殺されたときの痛みが、そのシャウトには込められていた。

 シャウトは、物理的だけでなく、精神的にも、さらには魂にすらも影響を与える。

 この瞬間、健人は肉体だけでなく、精神的にも殺されそうになっていた。

 

(だけど、それでも……!)

 

 サーロクニルの痛みと憎しみ、そして絶望を感じながらも、健人は迫りくる死に抗っていた。

 死にたくない。死んでたまるか。

 何より、後ろにいる彼女を、殺されてたまるかと。

 確かに、サーロクニルの憎しみは察することが出来る。

 ドラゴンは本来、不死の存在だ。

 肉体は死んで動けなくとも、魂はそこにあり続ける事を考えれば、サーロクニルは光も何も感じない冷たい地面の下に、数千年も押し込められていた事になる。

 もしそうだったのなら、例えサーロクニル自身に殺される理由があったとしても、自分を殺した人間を恨むだろう。自分を地下に押し込んだ人間達を絶滅させることすら考えるに違いない。

 それでも、健人は今ここで殺されてやるわけにはいかないのだ。

 向けられる殺意に対する反骨心と、家族を守りたいという想いが、健人に限界以上のマジ力を引き出し、サーロクニルの殺意と憎悪を受け止める。

 しかし、それも続かない。

 精神よりも、肉体が限界を迎えた。

 体温を奪われた体が、彼の意思とは関係なく、膝を折ろうとする。

 だが、サーロクニルの殺意が健人を殺す前に、一陣の風がサーロクニルのフロストブレスに飛び込んだ。

 

「ウルド!」

 

 リータが旋風の疾走で飛び出す。

 剣を肩から突き出すように構えながら、一直線にサーロクニル目がけて突撃する。

 サーロクニルのシャウトに込められていた憎しみは、健人だけなく、リータにも届いていた。

 いや、ドラゴンボーンとして覚醒しているリータの方が、より鮮明に、サーロクニルの憎悪を感じ取っていた。

 しかし、サーロクニルの憎悪に対して彼女が抱いた感想は、健人が抱いたものとは違っていた。

 

(憎い? だから何? 数千年も前のカビの生えた恨みなんて、私には関係ない!)

 

 彼女が胸に抱くは、サーロクニルと同じ憎しみ。

 家族を奪ったアルドゥイン、ひいては、ドラゴンそのものに対する強い殺意だ。

 殺意には殺意で、剣には剣で。

 ドラゴンボーンの血と、己の抱く憎しみが導くままに、リータはサーロクニルの心臓めがけて疾駆する。

 だが、まだ足りない。

 この殺意の吹雪を突破するには、疾さがまだまだ足りていなかった。

 

(力を、もっと力を! この吹雪を斬り裂く“暴風”と“大嵐”を!)

 

 力を渇望する心が、リータのドラゴンソウルから力の言葉を引きずり出す。

 聞こえてきた言葉は二つ。

 先のグレイビアードとの修練では、聞き取れはすれど、その意味は浮かばなかった言葉。

 

「ナー、ケスト!」

 

 継ぎ足された力の言葉が、リータの体をさらに加速させる。

 文字通り一陣の嵐となったリータは、サーロクニルのフロストブレスを消し飛ばしながら疾走し、その胸に掲げた剣を突き立てた。

 

“がああああああ!”

 

 サーロクニルの絶叫が、カイネスグローブに響く。

 完成された旋風の疾走により勢いを増した突きは、サーロクニルの強靭な鱗と筋肉を貫いて心の蔵を突き破り、噴出した血がリータの体を真っ赤に染めた。

 絶叫を上げたサーロクニルの体が崩れ落ち、炎に包まれる。

 舞い上がった光はリータの体に吸い込まれ、やがてそこには骨だけになったサーロクニルの遺骸だけが残されていた。

 その遺骸を無感動な瞳で見下ろしながら、リータは剣を鞘に納める。

 

「はあ、はあ……。リータ、大丈夫?」

 

 リータの背後から、健人が声をかけてくる。

 その声はか細く、弱々しいものだった。

 

「ええ。健人は? 大丈夫……じゃなさそうだね」

 

「うん。感覚がない……」

 

 振り返ったリータの目に、負傷した健人の姿が飛び込んでくる。

 その姿は、お世辞にも無事とはいいがたい姿だった。

 健人の顔は赤く腫れ上がり、体もあちこち凍り付いている。

 特に、障壁を張る際に突き出していた腕の方は酷く、小手を外すと赤く腫れ上がった両手が出てきた。間違いなく重度の凍傷になっている。

 リータは直ぐに自分の小手を外すと、素手で健人の両手で包み込む。

 柔らかいリータの手の温もりが感覚のなくなった健人の手に染み渡っていく

 

「ちょ、リータ!」

 

「いいから、大人しくして」

 

 突然手を握りしめてきたリータに、健人が慌てふためくが、リータは構わず、健人の手を握りしめ続ける。

 リータの脳裏に、ヘルゲンを脱出した時の健人の姿が重なる。

 あの時、戦いの経験が全くない健人は、リータを守るために、襲い掛かってきたストームクローク兵の前に飛び出した。

 そして、ホワイトランでもウステングラブでも、この少年は常にリータに襲い掛かる危険の前に自分を晒し続けていた。

 怯えながらも、震えながらも、彼女を守ろうと盾を構えて、浅くない傷を負いながら。

 その姿が脳裏に蘇り、リータの胸をキシリと締め付ける。

 

「いつも、怪我してばっかりだね」

 

「ごめん、まだ弱くて……」

 

「弱くてもいいよ。でも、死なないで……」

 

 健人のその言葉を、リータは首を振って否定した。

 弱くたっていい。強くならなくたっていい。ちょっと常識外れだって全然かまわない。

 ただ、死んでほしくない。

 それだけは耐えられない。

 健人が強くなろうとしている理由を、リータは知っている。

 その気持ちはとても嬉しいし、彼の気持ちを感じるだけで、胸がポカポカする自分がいる。

 だがそれでも、リータは健人に傷ついてほしくなかった。

 ナイトゲートでは何とか堰き止めていた淀みが、今になって溢れていた。

 

「リータ」

 

 俯いているリータをあやすように、健人はゆっくりと語りかける。

 

「俺はさ、ヘルゲンではリータに守ってもらってばかりだった」

 

 健人の脳裏によみがえるのは、この世界に来たばかりの頃の光景。

 言葉が通じず、常識すらわからず、途方に暮れている彼を、リータは付きっきりで世話をしてくれた。

 分からない言葉を一つずつ教え、道具の使い方を教え、常識を説いてくれた。

 何より、異世界で孤独となっていた彼の傍に付き添ってくれていた。

 健人にとって、それがどれほど救いになっていた事か。

 

「そんな事、ない。ヘルゲンから逃げるとき、助けて、もらってる……」

 

「ああ、そうだったね」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻く健人。

 しかし、その柔らかい苦笑も、すぐに消える。

 

「でも、俺が弱いままなのはだめだ。この世界は、優しくない。強くないと、生き残れない……」

 

 スカイリムは、厳しい土地だ。

 元々の厳しい気候と、政情不安。何よりも、蘇る災厄が、この土地で生きていくことを、さらに厳しいものにしてしまっている。

 健人自身、日本で生きてきた常識が、ここでは通用しないことは理解している。

 日本では、強くなくとも生きていけた。しかし、ここでは強くなければ、生きていくことすらままならない。

 誰かを守りたいと思うのなら、尚の事だ。

 

「俺は、強くなる。家族を守れるくらい、リータに心配かけなくてもいいくらい、強く……」

 

「……うん」

 

 やはり、リータがいくら止めても、健人の意思は変わらない。

 彼は、唯一残った家族を守るために、自分は大丈夫だと証明するために、これからもリータの旅に付いて来ようとするだろう。

 

(力を、もっと、力を……。私から家族を奪う、ドラゴン達を殺す力を……)

 

 だからこそ、リータはもっと強くならないといけなかった。

 健人が戦いに出なくてもいいように、彼よりもずっと強くならなくてはいけない。

 サーロクニルの魂を取り込み、一層熱を帯びるようになった己のドラゴンソウルを感じながら、リータはドラゴンへの憎悪と、力への渇望をより高めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーロクニルを倒したリータ達は、カイネスグローブの宿屋「ブレイドウッド」で一泊した。

 宿屋に入った時、ホールの中はガランとしていて、リータ達以外にいるのは宿屋の主人であるイドラだけだった。

 ほかの住人たちはドラゴンの襲撃におびえ、一目散に逃げだしてしまったらしい。

 イドラは勇猛果敢なノルドはいないのかと憤慨していたが、リータ達が泊まりたいと申し出ると、豪快な笑みを浮かべて、無料で部屋と食事を提供してくれた。

 戦闘で疲弊していたリータ達は各々の部屋に入ると、すぐさま眠りに落ちてしまう。

 翌日、宿の前でリータ達は向かい合い、これからの方針を確認していた。

 

「それで、今後の事だけど……。私達は一度ハイフロスガーに戻るわ。この角笛を届けないといけないし……」

 

 リータはユルゲンウインドコーラーの角笛を届けるため、ハイフロスガーへと戻ると言った。

 そこで、グレイビアードから本格的に声の修練を受けるつもりなのだ。

 

「私は少しサルモールを探るわ、準備を整えたら、ソリチュードへ行くつもりよ」

 

 一方、デルフィンは何故かソリチュードへ向かうと宣言した。

 

「ソリチュードへ?」

 

「ええ、サルモールのエレンウェン特使が主催する晩餐会があるの。外部の人間を招いてのパーティーだから、うまく潜り込めると思うわ」

 

 ソリチュードはこのスカイリムで経済的も栄え、先代の上級王が在位していたホールドだ。

 上級王とは、このスカイリムで実質的に頂点に立つ王であり、七つある各ホールドから選出される。

 現在、この上級王は空位の状態であり、これがスカイリムの内乱に拍車をかけている経緯もある。

 また、ソリチュードはスカイリムにおける帝国軍の中心拠点であり、同時にサルモール大使館があるホールドでもあった。

 

「なんでまたサルモールを?」

 

「残念だけど、私たちにはアルドゥインに対抗するための情報が足りないわ。サルモールなら、少しは有益な情報を持っているかもしれないし」

 

「持っているのか?」

 

「期待はしていないけど、何もしないよりはマシよ」

 

 肩をすくめながら軽い調子で述べるデルフィンだが、それが簡単なことではないことは分かり切っている。

 しかし、同時にサルモールは、この大陸で間違いなく最大の勢力。

 持っている情報も、個人で掴めるものとは比較にならない量と質が期待できる。

 

「それで、しばらくケントを預かるわ。彼から直々に鍛えてほしいと頼まれているし、いいわよね?」

 

 リータ達の視線が、健人に集まる。

 問い掛けるような仲間達の視線を受け、健人はデルフィンの言葉を肯定するように頷いた。

 

「ケント様、よろしいのですか?」

 

「うん。デルフィンさんの腕は確かだし、戦い方も俺には合っていると思う。何より、強くなりたい」

 

 ナイトゲートでデルフィンに詰め寄っているだけに、健人の決意を聞いても、リディアの顔色にはどこか不安げな色が残っている。

 不安があるのはリータも同じであった。

 

「……分かった。気を付けてね?」

 

「ああ、リータ達も」

 

 しかし、リータはその不安を再び押し殺し、これから修行へと赴く健人を見送ることに決めていた。

 彼がやるべき事を定めたように、リータもまた己のやるべきことを見出していたからだった。

 

「グレイビアードでの修練が一段落したら、ソリチュードで落ち合いましょう。晩餐会は三か月後よ」

 

 デルフィンの言葉では、晩餐会は三か月後、南中の月に行われるらしい。

 その間に、健人は強くならなくてはならない。

 健人が決意を新たにしている中、ドルマがズイっと前に出てきた。

 

「おいよそ者」

 

「なんだよ」

 

 相も変わらず威圧的な視線で睨みつけてくるドルマに対して、健人もツッケドンな返事を返す。

 しかし意外なことに、ドルマの口から続くいつもの罵詈雑言は、思ったほど強くはなかった。

 

「……いや、何でもない。精々足掻いておけ」

 

「そっちこそ。いつの間にか俺のほうが強くなっているかもしれないぜ?」

 

「はっ! 無理だな。どう考えても時間が足りねえよ」

 

 時間が足りない。

 全員が理解していたが、あえて誰も指摘しなかった事を、ドルマは平然と健人に突き付けた。

 口元を吊り上げ、煽るようなドルマの態度に、リディアとリータが、眉を顰める。

 

「それでもやるさ。やらなきゃいけないんだからな」

 

 しかし、健人はそんなドルマの言葉を即座に跳ねのける。

 迷いのない、決意に満ちた健人の声を聞き、ドルマはすぐに表情を改めた。

 沈黙が、健人とドルマの間に流れる。

 しばしの間、視線を交わしていた健人とドルマだが、やがてドルマが「そうか……」と一言つぶやくと、二人は示し合わせたかのように背を向け、歩き始めた。

 

「デルフィンさん行きましょう」

 

「ええ」

 

 健人の声に促されるように、デルフィンが後に続く。

 最後に健人は、歩き振り返り、リータ達に手を振る。

 

「皆、またソリチュードで会おう」

 

「う、うん! またソリチュードで!」

 

 ソリチュードでの再会を約束しながら、リータは小さくなっていく健人を見送る。

 やがて健人とデルフィンの姿が見えなくなると、リータは振っていた手を力なく下した。

 

「ねえ、ドルマ」

 

「なんだ?」

 

「私、強くなる。今度こそ、ケントが戦わなくてもいいように、私と同じ人を増やさないために、ドラゴンを皆殺しにする」

 

「……そうか」

 

 ソリチュードでの再会を約束しながら、健人とリータは別々の道を歩み始める。

 空には日が昇り、暖かくなり始めた日差しがそれぞれの道を照らしている。

 季節は春から夏へ、徐々に移ろい始めていた。

 

 

 

 

 




お疲れ様でした。
これで、第2章は最終話となります。
強くなるためにデルフィンに弟子入りした主人公と、シャウトを学ぶためにハイフロスガーへと戻るリータ。それぞれの道が、ここで一度別れることになります。
第3章は現在執筆中ですが、執筆が終わり次第、投稿しようと思います。

もしよろしければ、第2章の感想等、よろしくお願いいたします。
それではまた。

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