【完結】The elder scrolls V’ skyrim ハウリングソウル 作:cadet
第一話 デルフィンとの鍛練
カイネスグローブでサーロクニルを倒したリータ達は、一度ハイフロスガーへと戻るために、イヴァルステッドを旅立った。
リータ達が再び世界のノドを登る一方、健人もまたイヴァルステッドから離れ、デルフィンからの鍛錬を受けていた。
場所はハイヤルマーチの中心の街、モーサル。
かつてウスングラブに向かう際に一度滞在したこの街が今の健人とデルフィンの寝床であり、この街の郊外の霧に包まれた森が、彼らの鍛練の場になっていた。
「うわ!」
健人の袈裟懸けを、デルフィンは盾を巧みに使って刃筋を滑らせた。
さらにデルフィンは体を落しながら体を回転させ、お返しとばかりに盾を薙いで健人の足を払う。
「体が硬い。全身を柔らかく使いなさいと言ったはずよ」
「がっ!」
足を刈られて倒れ込んだ健人の腹に、デルフィンは容赦なく蹴りを叩き込む。
健人を強くするために行われているこの鍛練だが、それは率直に言って、行き過ぎとも言えるような鍛錬法だった。
基本的なブレイズソードの扱い方を学んだ後はずっと模擬戦。
デルフィンは未熟な健人を容赦なく打ち据えながら、様々な技を実践で見せつつ、彼の問題個所を強制的に矯正するというやり方を取っていた。
「ぐう……」
腹を蹴られ、悶絶している健人を、デルフィンは冷たい目で見下ろす。
デルフィンの戦い方はブレイズソードを使うだけでなく、盾や短剣、さらには周囲の環境を含めた、あらゆる要素を使う。
その辺の生えた木や岩を使って相手の行動を制限し、逆に枝やツタを使って、自分はより複雑かつ機敏な動きで健人を翻弄する。
模擬戦の中で相手の欠点を矯正していくという鍛練は、以前に健人がリディアと行っていた時と同じだ。
使っている得物も実剣。
違うのは、デルフィンは一切寸止めを行っていないことだった。
つまり、矯正するたびに健人の体には、裂傷が刻まれていることになる。
「立ちなさい。それとも、この程度で音を上げるのかしら?」
「この!」
立ち上がった健人が、思いっきり大上段から刀を叩きつけようとする。
しかし、デルフィンは溜息と共に、右手に持ったブレイズソードを掲げた。
刀の柄を上に、刀身を体に沿わせるように斜めに掲げ、左足の膝の力を抜いて、体幹の軸を迫る斬撃から逸らす。
すると、健人の斬撃は、斜めに掲げられたデルフィンのブレイズソードの刃筋を滑りながら逸れていった。
「甘い」
デルフィンはヤケクソに振るわれた剣を片手で容易くいなし、勢い余ってたたらを踏んだ健人の背中を振り向きざまに蹴り飛ばした。
背中から蹴り飛ばされ、健人の体が地面を転がる。
とはいえ、健人もデルフィンにボコられながらも、段々と慣れ始めるころだ。
地面を転がりながらも素早く立ち上がりブレイズソードを構え直す。
しかし次の瞬間、健人の視線の先にいたデルフィンの姿が、急に霞のように消え失せた。
突然消え失せたデルフィンに健人が動揺した瞬間、健人は自分の体が後ろに引っ張られるのを感じた。
「がっ!」
視界が回り、次いで強烈な衝撃が背中に走る。
背後に回り込んだデルフィンが、健人の襟をつかんで地面に投げ倒したのだ。
“影の戦士”
隠形術における最高峰の技術。
体さばきや視線の誘導など、あらゆる技術を用いて影のように自らの気配を拡散、消失させ、相手の視界から己の存在を“ないものと認識させる”技術である。
さらにデルフィンは、おまけとばかりに、返す刀で地面に倒した健人の腹を刺した。
「ぐあああああ!」
「また感情に流された。怒りや激情だけで勝てるのは、物語の中の英雄だけよ。そんなことが出来る人間は、現実には存在しないわ。激情を冷たい理性で包んで御してこそよ」
刺した剣を少し捻り、更なる痛みを健人に与えると、デルフィンはすばやく突き刺した剣を引き抜く。
刺さっていた剣の切っ先が抜かれた事で傷口が開き、血が止めどなく流れ始める。
あまりの激痛に健人は悲鳴も上げられず、その場で体を丸めた。
「何やっているの、早く治療しなさい。深くならないように刺したし、内臓にも達していないわ。治療のやり方は教えたでしょう?」
弟子が重傷を負っても、デルフィンは健人を助けようとはしない。
ただジッと、弟子が治療を終えて起き上がるのを待つだけだ。
「はあ、はあ、はあ……ぐうううう!」
腹に穴が空いた痛みと、血が失われていく虚脱感の中で、健人は必死に手を動かす。
腰のポーチから針と糸を取り出し、革の鎧の端を噛みながら、空いた穴を縫い始める。
「う、ううううう……」
デルフィンが刺した傷は、彼女の言う通りそれほど深くはない。あえて深くまで刺さなかったのだ。
彼女が痛みを与えるのは、あくまで健人の動きの矯正が目的だ。動けなくなるほどの傷を負わせることはない。
健人は傷の奥から外へ針を刺し、糸を絡め、結んでいく。
針を刺すたびに走る疼痛。通した糸が腹の内側に擦れる鈍痛に顔を歪めながらも、健人は何とか傷口を縫い終わる。
最後に、治癒の回復魔法を傷にかけた。
縫いつけられた傷口が急速に塞がっていく。
細胞分裂の活性化による痒みが襲ってくるが、出血多量で死ぬよりはマシである。
しかし、健人の魔法効率では、マジ力が足りない。
健人は先程と同じようにポーチから瓶を二つ取り出し、瓶の蓋を開けて一気に煽る。
一つはマジカを回復する薬。もう一つが回復魔法の効果を一時的に高める薬だ。
一本目の素材は赤い花、モラタネピラ、熊の爪、二本目は塩と小さな枝角で作られた薬で、錬金術の鍛錬も兼ねて健人自身が作ったものだ。
モーサルほどの街には大概、錬金術師の店があり、そこには薬を作る為の設備が一通りそろっている。
デルフィンは健人に錬金術の訓練も施すため、実際に使う薬を作らせ、鍛練においてその薬を使わせていた。
もちろん、修行の密度や時間を延ばすために、鍛練前にもスタミナを底上げさせる薬も飲ませている。
健人がもう一度、治癒の魔法を己に使う。
マジ力の回復、さらに魔法効率を高める薬が健人の魔法の効果を一時的に高め、治りかけていた傷が完全に塞がる。
「ッ!ア! はあ、はあ……」
「治療は終わったわね。素振りをして体をほぐしたら、次は座学よ」
「は、はい……」
重傷と言っていい傷を癒したばかりの健人に、デルフィンは容赦なく次の課題を言い渡す。
健人は出血でだるい体をノロノロと起こし、地面に落ちたブレイズソードを拾って素振りを始める。
この素振りは、模擬戦で強張った体をほぐし、崩れた型を修正するために行うもの。
素振りを終えると、健人達はモーサルへと戻り、次の修練のための準備を始めた。
デルフィンの鍛錬は剣だけではなく、薬や毒などの錬金術、回復魔法以外の魔法知識、隠形術などを始めとした、生き残るためのスカウトの知識等、多岐に渡る。
そして、強くなるための鍛錬は、昼も夜も続けられる。
実際、カイネスグローブからモーサルまでの道中も、朝と夕方はブレイズソードの扱い方と型の基本を学び、昼は超長距離ランニング、夜は焚火の明かりで座学という有様だった。
無論、モーサルに滞在している今も、体力作り、戦闘術、座学の無限ループは続いている。
健人は、戦いの経験が少ない。武術の土台もない。知識が足りない。何もかもが足りない。
この世界での経験が圧倒的に足りない以上、それを補うだけの勉強量と厳しい鍛錬による大量のインプットとアウトプットが必要だった。
そして、実際にそれは多少なりとも成果を上げていた。
ここでの鍛練の中で、健人は回復魔法以外にも簡単な錬金術と変性魔法、破壊魔法、錬金術を身に着けた。
身を隠す術も学び、鍵開けの技術も学んだ。
どれも最も簡単な見習いレベルの代物だが、戦いの選択肢が広がったことは、大きな事だ。
ブレイズソードの扱いも、まだまだ素人に毛の生えたレベルだが、健人の体の動き自体は目に見えて改善されていており、魔法が存在しない地球では絶対に行われない命がけの鍛錬の日々が、確実に彼を強くしている。
このような無茶な鍛練を行えた理由は、様々な要因がある。
大量の治癒の薬を作れる錬金設備の整った環境、健人が初級とはいえ、回復魔法を習得していたこと。
なにより、師であるデルフィンが、健人の限界ギリギリを見極める腕を持つことが、このような厳しい鍛練を可能にしている。
デルフィンは生粋の戦闘者であり、隠者、そして諜報員だ。
その力量は、このタムリエル大陸を見渡しても間違いなく最上位に食い込む。
でなければ、何十年もサルモールに追われながら、生き延びることなどできはしない。
そんなデルフィンの鍛錬に食いついていこうとする健人を、デルフィンは内心感心しつつもどこか悩まし気に見つめていた。
(確かに驚異的な吸収力。少し、惜しいわね……)
デルフィンから見ても、この勤勉な弟子は、間違いなく強くなる。
どこか良いところのお坊ちゃまを思わせる軟弱な体の癖に、忍耐力は異常なほど高い。
デルフィンが課している修業は、並の戦士や兵士では、間違いなく音を上げるものだ。
おそらく、子供の頃から精神的に何かを耐える事に慣れているというのが、デルフィンの見解だ。
(記憶がないと言っていたけど、ウソなのは間違いないわね。まあ、私の目的の脅威にはならないみたいだけど……)
ドルマが健人の記憶喪失を信じていないように、デルフィンもまた健人が記憶喪失とは思っていない。
そもそも、記憶とは人の人格を形成する土台であり、その土台がない人間が耐えられるような鍛練ではない。
同時に、優れた諜報員であるデルフィンは、健人が“身内の死”に対して、本能的な忌避感と恐怖心を抱いていることも察していた。
だが、デルフィンは健人の過去を問い詰めない。
記憶が有ろうが無かろうが、健人が本気でリータの力になろうとしている事くらい、洞察力の鋭いデルフィンには手に取るように分かるからだ。
ズタボロになりながらも食いついてくるだけでなく、キチンと成長している所は、デルフィンもそれなりの好感を抱く。
(ドラゴンボーンとケント。どう見ても、成長速度が違い過ぎる。やはり、時間が足りないわね)
だが同時に、デルフィンはこの弟子が大成するには、どうしても時間が足りないと感じていた。
ドラゴンボーンであるリータは、内に秘めた血の力で、今頃驚異的な速度でシャウトを身につけているだろう。
一方、健人も成長速度はかなり早いが、それでもドラゴンボーンには及ばない。
さらに強大になっていくドラゴンボーンに対して、アルドゥインもより強大な刺客を差し向けてくる。そうなれば、健人がいずれ旅に付いていけなくなることは目に見えている。
(それでも、ドラゴンボーンが一番気にかけて、心の支えにしているのがこの少年。なら、せめて人間相手なら生き残れるくらいには鍛えておかないといけないわね)
この少年がもし死んでしまえば、ドラゴンボーンの精神に大きな影を残す。
デルフィンにとって、重要なのはリータであり健人ではないが、ドラゴンボーンが一番気に掛け、心の支えにしているのがこの不可思議な少年なのだ。
そもそも、デルフィンが健人の鍛練を引き受けたのは、偏にドラゴンボーンとの繋がりを確保するためである。
だからこそ、デルフィンは健人を手放さないし、生き残れるように、そして一人前になれるよう全力で教練を施す。
上手く行けば、ブレイズの一員として、確保できるかもしれないという思いもあった。
(ケントはドラゴンボーンの鎖。それでも、彼女自身に比べれば優先順位はずっと低い)
しかし、デルフィンは健人がドラゴンとの戦いの中で、死ぬこと自体を想定していないわけではない。
そしてドラゴン戦における健人の死は、デルフィンの目的にはそれほど大きな影響はない。
ドラゴンとの戦いの中で、もしもこの少年が死んでしまえば、ドラゴンボーンの精神は間違いなく不安定になるが、同時にドラゴンへの憎悪をさらに高ぶらせるだろう。
その憎悪の先をうまく誘導してやれば、ドラゴンボーンはさらに強くなるかもしれない。
現状では、健人の死はドラゴンボーンへの影響が大きすぎて取れる手段ではないが、どのような場合でも、目的を達するためのあらゆる手段を考えるのが、諜報員である彼女のやり方だ。
健人を全力で鍛える。しかし、その弟子がもし死ぬなら、それは仕方ない事と割り切っているのだ。
(ケントには悪いけど、世界のため。そして、私達の使命を果たすには、必要な事……)
そこまで思考したデルフィンは、新しく渡した付呪の本を読む健人からスッと視線を逸らして外に出る。
健人の鍛練だけが、デルフィンの仕事ではない。
アルドゥインの情報を手に入れるために、サルモール大使館のあるソリチュードに向かわなければならない。
その為の足や大使館へ侵入するための手段の確保をしなければならないのだ。
また、ドラゴン目撃の情報も、ドラゴンボーンに伝える用意をしておかなければならない。
「ケント、私はソリチュードに向かう下準備をしてくるわ。少しモーサルを離れるけど、貴方は鍛練を続けなさい」
「は、はい!」
「それから、今は大切な時期。必要以上に街に出て目立つのは控えておきなさい」
デルフィンは現在、サルモール大使館への潜入準備のほかに、各地で集めたドラゴンの目撃情報を、ドラゴンボーンに伝える準備もしている。
ドラゴンを倒して魂を吸収すれば、ドラゴンボーンはさらに強くなる。
彼女がアルドゥインに対抗できるように協力することも、デルフィンの使命だ。
誰かのために、ひたむきに強くなろうとする健人の姿に、デルフィンは内心湧き上がる罪悪感を覚えながらも、それを己の使命感で塗りつぶす。
全ては、ブレイズの為に。
そう、生きながらえてきた理由を、胸の奥で反芻させていた。
サルモール大使館に侵入する準備が整うまで、モーサルでの修行の日々となります。
陰鬱で幽玄な雰囲気が漂うモーサル。個人的にここの自宅は、ファルクリースのレイクビュー邸に並んで大好きな立地でした。